O plus E VFX映画時評 2023年11月号

『ゴジラ−1.0』

(東宝)





オフィシャルサイト[日本語]
[11月3日よりTOHOシネマズ日比谷他全国東宝系にて全国ロードショー公開中]

(C)2023 TOHO CO., LTD.


2023年10月18日 TOHOシネマズ新宿[マスコミ試写(東京)]
2023年11月3日 109シネマズ港北

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


家族ドラマと怪獣映画の絶妙のバランス, ゴジラ映画の記念碑

 この秋の映画界の注目を一身に集める意欲作だ。15秒の予告編は早くから公開されていたが,それ以外の内容に関してはと殆ど伝わって来ず,徹底した情報管理が行われていた。公開日が近づくにつれ,監督や主演男女優のインタビューの報道/放映が相次いで,ネタは小出しにされ,長い予告編も登場した。そして,東京国際映画祭のクロージング上映(11月1日)前後から凄まじい分量のスポット広告が流れ出した。見事な広報・宣伝戦術である。
 元々東宝のドル箱,シンボル的存在であり,日本の怪獣映画の原点で,世界中にファンがいる。加えて,第1作『ゴジラ』(54)からの70周年記念作品で,シリーズ30作目となると,社内一丸で熱が入るのも無理はない。『シン・ゴジラ』(16)の広報・宣伝やタイアップもかなりのものだったが,本作のヒートアップぶりはそれ以上だ。前評判も上々で,既に『シン・ゴジラ』を超えたとの声も少なくない。ハリウッド製フルCGのゴジラ4作品を全て観てきた当欄としては,これは見逃せない。
 実は,筆者はたった1日しか機会がなかったマスコミ試写を10月18日に観終えていた。早く書きたくてうずうずしたのだが,紹介記事の公表は映画の公開日まで禁じられていた。その後,解禁日は少し早まったが,当欄の解説に必要な画像が,公開前には提供できないという。かくして,公開日を過ぎてからのWebアップロードとなってしまった次第である。
 監督・脚本・VFXは,『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズの山崎貴。自ら毎度VFXを付すように,我が国のVFXを牽引する第1人者である。当欄は,監督デビュー作『ジュブナイル』(00年7月号)以来,(フルCGアニメを除く)「実写+VFX」全作品をメイン欄で取り上げ,応援してきた。その最新作がゴジラ映画となると,二重の意味でフルパワーで語らざるを得ない。結論を先に言えば,山崎テイスト満載のヒューマンドラマであり,ゴジラ映画としても過去最高作だと思う。ゴジラ映画としての論評は山のように出て来ると思われるので,山崎ウォッチャーである当欄としては,VFXシーンの分析を中心とし,その中でゴジラの出来映えを語ることにした。
 ただし,1点だけ気になることがある。「11月3日」は「ゴジラの日」だそうだ。第1作『ゴジラ』(54)の公開日が昭和29年11月3日であり,この30作目の公開日もそれに合わせたようだ。待てよ。それじゃ69周年じゃないか!? ゴジラ生誕60周年記念としてハリウッド製『GODZILLA ゴジラ』(14年8月号)が製作され,その続編の『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』(19年Web専用#3)は65周年記念と銘打っていたが,計算は合っている。国内では,30周年記念で第16作『ゴジラ』(84)が,50周年記念で第28作『ゴジラ FINAL WARS』(04)が製作されたが,いずれもきちんと記念すべき年に公開されていた。本作だけが,なぜフライングして「70周年記念」を喧伝するのかが不思議だ。当初は,来年のGWか夏に公開する予定だったのが,余りに出来が良かったゆえ,待ち切れずに「11月3日」に出してしまおうとなったのだろうか。実際に出来映えが良いゆえに,好意的にそう解釈することにした。

【物語の概要と時代設定】
 題名中の「−1.0」は「マイナスワン」と読む。時代設定は,第1作の1954年よりも9年も前で,太平洋戦争末期の1945年に始まり,終戦後の1947年までが描かれている。「戦後,日本。無(ゼロ)から負(マイナス)へ。」がキャッチコピー」である。ただし,「マイナスワン」が「−1」でなく,なぜ「−1.0」なのかはよく分からない。
 敗戦の色濃い戦争末期に,海軍分遣隊の基地がある大戸島の飛行場に,敷島浩一少尉(神木隆之介)が操縦する零戦が着陸するところから物語は始まる。特攻出陣する前に機体修理のためであったが,夜になると恐竜のような生物が現われる。島の伝説でゴジラ(呉爾羅)と呼ばれる凶暴な怪物らしく,ベテラン整備士・橘宗作(青木崇高)から零戦に装着された20ミリ砲で射殺することを命じられるが,敷島は恐怖で撃てなかった。翌朝目が覚めると,橘と敷島以外の整備兵は全員ゴジラに殺されていた。このことが,戦後も敷島苦しめるトラウマとなる。  45年12月,引き揚げ船で敷島は復員し,焦土と化した東京に戻る。かろうじて自宅は残っていたが,両親は死亡したことを隣人の太田澄子(安藤サクラ)から告げられる。敷島は,闇市で乳児を連れた大石典子(浜辺美波)と出会うが,乳児は彼女の子供ではなく,空襲の最中に託された赤の他人の明子であった。この2人が敷島の家に住み着き,奇妙な擬似家族を形成する。  46年3月,生活に窮した敷島は,高給が得られる危険な職に就く。木造の特設掃海艇「新生丸」に乗り,米軍が残した海中の磁気式機雷を撤去する仕事だった。見事な射撃能力で機雷を爆破し,乗員たち(佐々木蔵之介,吉岡秀隆,山田裕貴)とも打ち解ける。一方,典子も銀座で事務員として働くようになる。
 46年7月,ビキニ環礁で米国が核実験を行い,接収されていた戦艦・長門が沈没し,近海にいたゴジラも被爆する。その結果,ゴジラの再生能力が暴走し,身体は巨大化し,放射能の火炎を吐く怪物と化す。
 47年5月,謎の巨大生物による多数の船舶の被害が報告される(写真1)。この生物が日本に近づいて来たため,新生丸がその足止めの任務に就く。海上から姿を現した巨大生物を見て,敷島はこれはゴジラだと確信する(写真2)。12ミリ砲の連射(写真3)や機雷の口中爆発でも死なないゴジラを前に絶体絶命となるが,シンガポールから駆けつけた重巡洋艦・高雄の参戦で敷島らは助かる。その高雄もゴジラの巨大なパワーにはなす術もなく,海の藻くずと消え去った。


写真1 巨大な生物により,船舶の被害が出始める

写真2 遂に姿を見せた怪物を,これはゴジラだと確信する

写真3 12ミリ砲連射ではゴジラに全く歯が立たない

 やがて,ゴジラは品川に上陸し,銀座に移動して,2万戸を破壊し,3万人の犠牲者が出た。ゴジラの発した青い破壊光線の爆風の中,典子は行方不明となり,生き残った敷島はゴジラへの復讐を心に誓う。ソ連との緊張関係を気遣う米軍は軍事行動を起こさず,自前の軍隊を持たない日本では,ゴジラ退治に民間人が結束せざるを得なかった。「巨大生物對策会議」が設けられ,ゴジラを葬る「海神(わだつみ)作戦」に新生丸の乗組員達も重要な役割を果たすことになる。相模湾に姿を現したゴジラに対して,敷島は自分独自の方法でゴジラに立ち向かおうとするが……。
 大抵の怪獣映画で,政府要人や科学者らは登場するものの,さして物語性はなく,怪獣の猛威や怪獣同士の戦いの描写が大半だ。それに対して,本作は極めてドラマ性が高い。大戸島での出来事の後,巨大化したゴジラが登場するまでに約40分もあるが,敷島と典子の出会いから,彼らが戦後社会でいかに生きて行くかを描いた良質の物語を味わえる。擬似家族とその仲間を描いた家族ドラマは,『三丁目の夕日』シリーズの世界を,時間軸上で10余年シフトしたような感覚だった。まさに山崎ワールド全開で,映画の前半はゴジラは添え物に過ぎない。さすがに銀座での大暴れ以降の後半は,十分見応えのあるゴジラ映画に仕上がっていた。
 ドラマとしての結末やゴジラがどうなるは容易に想像できる。本作はその予想を外そうとはせず,オースドックスな娯楽映画に徹している。少し意外で,嬉しかったのは,終盤に局地戦闘機「震電」が登場して,大きな役割を果たすことだ。一般的な知名度は低いが,戦闘機マニアなら知っているユニークな機体形状をもつ飛行機で,アニメ,コミック,ゲーム等では何度か登場している。ネタバレになるので詳しくは書けないが,ゴジラとの関わりは観てのお愉しみとしておこう。

【過去のゴジラ映画との比較】
 山崎監督が自分の作品でゴジラを描くのは,これが3度目とのことだ。『ALWAYS 続・三丁目の夕日』(07年11月号)の冒頭で,ゴジラが登場したことは覚えている。約2分間の登場場面だったようだ。もう1本は劇場公開映画でなく, 2022年7月に「西武園ゆうえんち」に設置された人気アトラクション「ゴジラ・ザ・ライド 大怪獣頂上決戦」で使用される10分間の映像で,これが山崎監督作品だそうだ。製作時期から考えても,後者と本作は近いので,ゴジラのデザインもそれに近いと考えられる。それをベースとしながらも,本作のような記念碑的大作に当たっては,細部をデザインし直したとのことだ。他と比較するために,本作のゴジラは「マイナスワン・ゴジラ」と呼ばれ始めているようだが,文字列が長いので,本稿の以下では「山崎ゴジラ」と呼ぶことにする。
 監督自ら原点たる第1作をリスペクトしていると公言している。ところで,一般読者のどれくらいが,その第1作を観たことがあるのだろう? 69年前となると,公開時に見た人の多くは既に鬼籍に入っている。よって読者の大半は,後年TVで観たことがある程度だろう。最近はDVDで簡単に入手できるので,ゴジラマニアはバイブル的存在の第1作は観ているに違いない。筆者自身は,公開時に映画館では観ていない。1954年11月は小学校1年生であり,まだ映画館には連れて行ってもらえなかった。最初に観た洋画は,『汚れなき悪戯』(55)であり,これは1957年1月の日本公開作品だった。その前に中村錦之助主演の時代劇を観た覚えがある。恐らく,1957年の後半か58年の初めに(即ち,小学4年生で),第1作,第2作『ゴジラの逆襲』(55),『空の大怪獣 ラドン』(56)の3本立てを観たのだと思う。「団塊の世代」は,大抵その年齢で映画館を通い始めた。ようやく家庭にTVが普及し始める時期であったが,映画は最大の娯楽であり,商業価値の高い劇場用映画をTVで放映することはなかった。よって,大ヒットしたという第1作を公開時に映画館で観た観客は,現在85歳以上の世代であるはずだ。
 たった1度観ただけの第1作の内容は殆ど覚えていなかったので,今回レンタルDVDで見直した。大きな誤解をしていたことに気付いた。ゴジラの宿敵「アンギラス」が第1作にいない。これは第2作に初登場する怪獣で,その後の怪獣対決映画の原点となったようだ。ただし,まだ映画を観ていない内から,子供の「ごっこ遊び」では,ゴジラとアンギラスは対だった。野球は「巨人 対 西鉄」,相撲は「栃錦 対 若ノ花」,プロレスは「力道山 対 ルー・テーズ」であった時代で,姿を見てもいない子供もゴジラとアンギラスの名前は知っていた。
 第1作をじっくり観て,山崎監督の敬意を抱く部分を随所で見受けた。まず,本作の冒頭から登場する大戸島は,第1作でゴジラが出没する太平洋の小島の名前を継承している。これは実在の島ではない。一般には,ゴジラは1954年の水爆実験で生まれたかのように伝わっているが,これは正しくない。既に第1作で,大戸島には古来より怪物「呉爾羅」伝説があり,若い娘を生贄にしていたと語られている。水爆実験以前の遥か前から存在していたのだから,1945年の大戸島にゴジラを登場させたのは,何の矛盾もない。ただし,1954年3月のビキニ環礁での水爆実験が世界初であったことは確かなので,1946年に水爆でゴジラが巨大化するのはおかしいと思われがちだ。映画本編では「46年7月 ビキニ環礁 クロスロード作戦」としか書かず,少しぼかしているが,これは水爆でなく原爆実験なのである(ちなみに,54年の水爆実験は「キャッスル作戦」である)。即ち,第1作以前の終戦直後の時代を描き,かつゴジラの巨大化の原因として実在した核実験を持ち出している。それを水爆だと思い込むのは観客の勝手だという,実に巧みな時代設定で,第1作を見事にオマージュしている。『シン・ゴジラ』が第1作の世界観を全く無視した設定となっているのとは好対照だ。
 第1作の初代ゴジラは東京湾に潜み,品川埠頭や芝浦海岸から上陸して銀座方面に向かい,さらに国会議事堂も破壊している。本作の山崎ゴジラも品川から銀座・有楽町と,ほぼ同じルートを進む(写真4)。鉄道車両を襲って口でくわえることも踏襲している。若干違うのは,初代ゴジラは品川駅構内に入り,EF58形電気機関車を襲っているのに対して,山崎ゴジラは有楽町高架付近で山手線の63系国電車両を襲う(1947年当時,まだ日本国有鉄道ではなかったので,厳密には「省電」と呼ぶべきだが)。日劇や和光ビルを破壊するのも同じで,それをよりリアルに描くことで,本作はゴジラ破壊力と脅威を強調している。


写真4 日劇横まで移動し,山手線に目をつける

 ゴジラのサイズと造形に移ろう。『シン・ゴジラ』の前の第28作『ゴジラ FINAL WARS』までのゴジラは,サイズはかなり変化したが,基本は着ぐるみでの演技であり,初代ゴジラの体形を踏襲していると言える。比較すべきは,デザインの自由度の高いCG製のゴジラ同士である。基本となる初代ゴジラは体高50mという設定である。第1作で国会議事堂を見下ろしているシーンがあるが,議事堂の中央塔の高さは65.45mなので,辻褄が合わない。この種の特技撮影の黎明期であったので,ミニチュアサイズとの正確な整合まで意識していなかったのだろう。
 本作の冒頭の大戸島に登場するゴジラは,巨大化前であり,体高は15mとの設定である。動きも何となく恐竜っぽい。これは,『ジュラシック・パーク』(93)に登場するT-Rexの体高と同じであり,同作では実物大模型を作り,油圧式制御で動かす方式を採用し,同時にCG製のT-Rexも導入していた。即ち,島民が恐れた小型山崎ゴジラは,恐竜並みのサイズであった。ゴジラを丸ごとCGで描いた最初の映画はローランド・エメリッヒ監督の『GODZILLA』(98)である。映画としてはラジー賞受賞の駄作であったが,CGレベルは当時の最高峰だった。体高は60mと初代ゴジラよりも大きかったが,体形はほぼ恐竜,顔はまるでイグアナで,日本製のゴジラとは似ても似つかなかった。現在,マニアの間では,監督名に因んで「エメゴジ」と呼ばれ,半ばバカにされている。
 ハリウッド製CGゴジラの2作目は,上述の60周年記念の『GODZILLA ゴジラ』だった。監督は先月『ザ・クリエイター/創造者』(23年10月号)で言及したばかりのギャレット・エドワーズで,自らゴジラオタクと言うだけあって,見事に原点帰りさせていて,立ち姿だけでゴジラだと分かった。体高は108mで,体形的には背ビレをかなり大きくしていたが,思わせぶりに全身を見せない演出であった。CG/VFX的には申し分なく,当欄は最高点のを与えている。その続編である65周年の『…キング・オブ・モンスターズ』と『ゴジラvsコング』(21年5・6月号)では,体高は119.8mとなり,背ビレは益々強調され,体表面の質感も向上している。同じ「モンスター・バース・シリーズ」であるので,体形は「エドワードゴジラ」をほぼ踏襲している。
 純国産の第29作『シン・ゴジラ』は,『GODZILLA ゴジラ』の大成功の2年後の製作なので,対抗心からか「エドワードゴジラ」の原点帰りを大きく外し,初代ゴジラへの敬意は全く感じられない造形だった。途中3度も変身して,最終的には体高は当時最大の118.5mであった。ゴジラの全編CG製であることをウリにしていたが,当欄の基準では語るほどのものではなかった。
 以上に対して,本作の「山崎ゴジラ」の体高は50.1mである。初代ゴジラをリスペクトしながらも,10cmだけ大きいというのは,洒落っ気なのだろう。それで十分大きく見えるのは,当時の銀座界隈のビルの高さとの相対的比較のためで,計算づくである。人間が下から見上げる構図を多用しているので,余計に大きく,恐怖を感じる。着ぐるみではできなかった巧みな演出だ。「エドワードゴジラ」やその続編がやや前傾のファイティングポーズをとっているのに対して,「山崎ゴジラ」は背筋を伸ばした立ち姿が印象的だ(写真5)。これも第1作への敬意の表れである。元々「初代ゴジラ」は脚が太いが,「山崎ゴジラ」はさらに太ももが強調されている(写真6)。足先も大きく,それを露出させて歩くのも「エドワードゴジラ」との大きな違いである。


写真5 前かがみでなく,背筋を伸ばした立ち姿

写真6 頭部は小さく,大腿部はかなりの太さ

 プロポーション的には,「初代ゴジラ」に比べてかなり小顔だ。第1作と比べると,山手線をくわえるシーンで相対的に電車が大きく見える(写真7)。第1作を改めて観ると,「初代ゴジラ」の背ビレは驚くほど小さい。「山崎ゴジラ」の背ビレがかなり大きいことは,海上に背ビレだけを出しているシーンで分かるが,これは「エドワードゴジラ」へのオマージュだろう(写真8)。ボディ本体は海中なので,相対的にどちらが大きいかは判別できない。


写真7 顔が小顔な分,第1作より電車が大きく見える

写真8 潜望鏡のように背ビレだけが海上に(ハリウッド版では定番のシーン)

【時代考証と美術セット】
 擬似家族ドラマのクオリティもさることながら,時代考証の確かさも山崎作品の大きな美点だ。他のゴジラ映画が同時代を描いているので比較にならないが,終戦直後を描いた他作品と比べても全く引けをとらない。『三丁目の夕日』シリーズの手口をそのまま踏襲し,少し誇張している。既に山崎監督は『海賊とよばれた男』(16年12月号)でこの時代を少しだけ描いているが,今回はずっと本格的だ。山崎監督はもとより,団塊の世代の筆者とてぎりぎり生まれていない時代であるが,幼少期にまだその名残はあった。昭和30年代前半の映画を見れば,終戦直後のシーンは何度も出て来るので,リアリティの高さは実感できる。おそらく,現役の美術スタッフに当時を生で知っている人はいないだろうが,それは美術部門内のノウハウ継承でカバーされているのだろう。
「Behind the scenes」を含む特番が公開前に放映され,既にYouTubeにもアップされているので,敷島の自宅付近のバラック住宅や闇市はスタジオ内撮影,銀座近辺で人々が逃げ惑うシーンはグリーンバックの屋外撮影だと分かるが,足りない部分はVFXで補完できるのが山崎組の強みだ。ただし,ちょっと誇張しすぎだと感じたのは,バラック住宅付近の荒れようだ。東京大空襲で大規模なものは1945年の3月10日から5月26日であり,敷島が復員して来る12月は終戦後4ヶ月も経っているので,さすがに瓦礫の山は撤去され,あまり残っていなかったはずだ。
 筆者が注目したのは,闇市で売られている商品や屋内での小物類である。会議室のランプや敷島が訪ねる役所内での什器類の選択もしっかりしていた。これらが正確であると分かるだけで,若い世代の観客は戦後の復興期の様子を視認することができ,この映画の価値が高まる。この点で,小物の不満は幼児の明子の布団だ。そこそこ立派な子供用布団で寝ている。筆者の子供時代,こんなことはなかった。大人の布団の隅で寝るか,子供数人が大人の布団でゴロ寝していた。戦前から子供用布団はあっただろうが,終戦直後なら,余程の金持ち家庭でない限りそんな物はなく,貧しかった敷島や澄子の家に立派な子供用布団があったと思えない。
 こうした小物の細部まで,山崎監督が指定・点検しているとは思えないので,趣旨だけ話して,美術班にお任せなのだろう。監督第2作『Returner リターナー』(02年9月号)で筆者がインタビューした折,主人公の部屋や漢方薬局のことを尋ねたら,まさにその通りだった(いま写真を見ると,山崎監督が若い!)。腕利きの美術スタッフに任せて,闇市や昭和22年の銀座の街並みを再現しようとするマインドが嬉しい。それを大味になりがちなゴジラ映画でやっていることに価値がある。

【CG/VFXとその見どころ】
 ■「山崎ゴジラ」の造形は既に述べた通りだが,勿論,すべてCGで描かれている。模型を先に作り,3Dスキャンしてモデリングしたのではない。記者会見や舞台挨拶で見せていた小型ゴジラは,3D彫刻ソフトでデザインした幾何データから3Dプリンタで出力したものである。ゴジラの動きは,人間の演技のMoCap入力でなく,手付けのアニメーションのようだ。とりわけ,獣脚で一歩ずつ歩く様(写真9)は他作品にはない表現だ。ここに重低音が加わって迫力満点である。もう1つ特徴的なのは,大きな背ビレの中から一部がせり上がって来て,青白く光るシーンだ(写真10)。放射能パワーの象徴として使われている。第1作はモノクロ映画であったので,放射熱線が白い光線であったのは止むを得ないが,以後のカラー作品では青白い光束が定番であった。本作は,その青がかなり強調されていた。一度この破壊熱戦を発したら,ゴジラが次の発射に向けてパワーをチャージする必要があることや,傷ついたゴジラの再生能力についてもきちんと劇中で説明されていた。


写真9 巨大な足を踏みしめ,しっかりと歩く。怖い!

写真10 体内から背ビレがせり上がり,青く発光する

 ■ 本作のゴジラの登場場面は大きく4つに分れている。①冒頭の大戸島での小型ゴジラの登場,②巨大化したゴジラを新生丸が視認し,高雄が破壊されるまで,③品川に上陸したゴジラが銀座&有楽町に移動し街を破壊する,④相模湾での「海神作戦」によるラストバトル,である。最大の見どころは,予告編にも登場する③だ。数寄屋橋や銀座4丁目交差点は日本映画での最も象徴的な場所であり,NYのタイムズスクエア,ロンドンのピカデリーサーカスに匹敵する(最近は,渋谷スクランブル交差点にその地位を譲りつつあるが)。東京大空襲を免れた日劇や時計塔のある和光ビルの昭和22年の姿を再現し,それを破壊させている(写真11)。東宝本社のある日比谷地区も壊されたはずだ(写真12)。この破壊シーンのリアリティは,ハリウッド大作にようやく追いついたと感じた。破壊熱戦による爆発(写真13)や黒い雨まで描いているのは,放射能パワーの脅威,反核のメッセージのようにも受け取れる。


写真11 破壊された銀座4丁目の和光ビル

写真12 ゴジラに破壊され,瓦礫の山となった市街地

写真13 ゴジラの放射熱線による爆発。まるでミニ原爆。

 ■ ゴジラに追われて逃げる人々の姿は,9・11のWTC崩落直後の映像を彷彿とさせる(写真14)。逃げ惑う人々の実写はエキストラ数十人だが,足りない分はCG製人間で補い,ゴジラや当時に街の風景をCG描き加えている(写真15)。今後もゴジラ映画や日本のVFXを語る上での代表シーンとして引用されるだろう。ゴジラにくわえらえて垂直になった山手線車両内で,典子がぶら下がっているシーンも印象的だった。比較的単純なVFX合成のはずで,『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE 』(23年7月号)のトム・クルーズやヘイリー・アトウェルのように本物の車両内で吊されていた訳ではない。明らかに『ミッション…』の方が過剰演出だ。その後,典子は川(?)に落ちて難を逃れるが,あれは一体どこの川だったのだろう? 山手線の高架軌道は川を横切っていない。勝鬨橋のある隅田川では遠過ぎる。最短は皇居の内堀だが,そうは見えなかった。ゴジラの移動経路は当時の地図と正確に対応させたと言っているのに,ここだけは杜撰に感じた。


写真14 逃げ惑う人々の姿は9・11を思い出す

写真15 (上)屋外でグリーンバックを使って撮影,
(中)撮影班や機材は消し,CG製のゴジラや建物を配置,(下)完成映像

 ■ 陸上だけなく,海のVFXも上出来だった。新生丸の前に現われた巨大化したゴジラは,かなり恐ろしく感じる。重巡洋艦・高雄とゴジラの戦いは,アクションシーンとしてユニークかつ迫力があった。この高雄の他,引き揚げ船も「海神作戦」に参加する駆逐艦4隻もすべてCG製である(写真16)。駆逐艦のすれ違いシーンは,ほれぼれする出来映えだ(写真17)。『アルキメデスの大戦』(19年7・8月号)で戦艦大和を描いた「白組」にしてみれば,難もなくこなせるレベルなのだろうが,腕を上げたなと感じる。海の表現力も向上している。「海神作戦」には多数の民間船も参加するが,そのシーンではダンケルク海岸のダイナモ作戦を思い出した。この民間船も,ほぼCGだと思われる。数隻の本物を確保するのは難しくないが,駆逐艦と一体となった「海神作戦」を描くには,全部CGで描く方が容易だ。山崎監督や白組は,現状のVFX技術でやれることをきちんと仕上げるのが上手い。


写真16 三浦半島の港での停船シーン。トラックと人物が実写で, 背景は合成, 駆逐艦はCG。

写真17 駆逐艦のすれ違いシーン。なかなか好い出来だ。
(C) 2023 TOHO CO., LTD.

 ■ 終盤の局所戦闘機「震電」の登場にはワクワクした。零戦が古くなり,高速性を重視して設計された海軍の新型戦闘機である。水平尾翼を廃して主翼より前に水平小翼を配置した前翼型飛行機で,プロペラは機体尾部にある。即ち,プロペラと水平尾翼を,通常とは前後逆に配置する形式である。1945年6月に試作機が完成し,8月に試験飛行を行ったが,実戦配備の前に終戦を迎えたとのことだ。現在,飛行可能な実機はなく,実物大レプリカが福岡県の平和記念館にあるという(写真18)。本作では,1947年当時残っていた機体を見つけ出し,これを飛行可能なように修復してゴジラ退治に利用するという筋書きである。開発の経緯や試験飛行までの史実と矛盾はない。『永遠の0』(14年1月号)では実物大の零戦の機体を作っていたが,本作の実写撮影用に作られたのは多分操縦席部分だけだろう。それで十分だ。白組にとっては,この程度のフルボディはCGで描くのは朝飯前の課題で,本編中では相模湾上空を悠々と飛行していた。こういうマニアックな機種を登場させようという脚本が嬉しい。[注:その後の情報によると,この映画用に震電の実物大模型が作られていたようだ。白組内での制作ではなく,『永遠の0』の零戦,『DESTINY 鎌倉ものがたり』(18年1月号)の旧型江ノ電(タンコロ)と同じ(株)Oosawaに外注したそうだ。こうした職人技の工房が映画美術を支えているというのは喜ばしい限りだ。]


写真18 「震電」の実物大レプリカの展示
(福岡県朝倉郡筑前町立大刀洗平和記念館)

 ■ 本作のVFXシーンは,全編で670カットだそうだ。ハリウッド製VFX大作なら1,500〜2,000カットは当り前だから,随分少ない。それでも,670は山崎作品で最大の数だという。そう感じさせないのは,1カットが長いからのようだ。勿論,山崎監督が所属するVFXスタジオ「白組」が主担当で,他に5社程度が少し参加しているだけである。いつも当欄に書く参加社数に比べると,これも少ない。主担当の白組のCGアーティスト,VFXエンジニアの合計数も約50人程度だ。ハリウッド大作に参加する欧米加豪のVFXスタジオだと,これが20〜30倍になる。徹底した分業制で,Job Descriptionを明確にすると,カット数も増え,参加クリエーターも増えるのだろう。その点,山崎組に参加するクリエーター達は1人何役もこなし,かつ過去作の資産を使い回しするのが巧みなのだと思われる。白組は単なるCGスタジオでなく,ミニチュア制作やモーションベースの使い方にも長けている(かつて,筆者もミニチュアを発注したことがある)。ピーター・ジャクソン監督のWeta FXとWeta Workshopを1つの組織のままで維持している感じだ。山崎監督は本作を「自らの映画の集大成」と発言しているが,白組のVFX技術の集大成にもなっていると思われる。

【総合評価】
 ドラマ,CG/VFX,美術のいずれもが優れていて,しかもその美点がバランス良く盛り込まれている。1つ忘れていた。音楽&音響も全編で素晴らしく,邦画の平均水準より遥か上にある。緊迫感のあるシーンで,一瞬音楽を止めて無音にする演出もあった。そして,クライマックスで,伊福部サウンドの「ゴジラのテーマ」を重低音で流す心憎い演出である。
 本作が『シン・ゴジラ』よりも圧倒的に優れているのは,キャスティングだと思う。主要登場人物は,上に挙げた人物以外では,せいぜい「海神作戦」を率いる駆逐艦「雪風」元艦長の堀田辰雄(田中美央)くらいだ。『シン・ゴジラ』のように300人も出演させたのでは,誰が誰だが区別できず,各俳優の個性も引き出せない。ゴジラが別の意味の主役である分,主要人物は『三丁目の夕日』シリーズよりも少ないが,この多過ぎない少数精鋭が,ドラマ部分を引き締めている。主演の男女優は悪くはないが,演技力はまあこんなものだろう。助演陣で出色だったのは,隣家の澄子を演じる安藤サクラと新生丸艇長役の佐々木蔵之介である。元々芸達者であるから,彼らが演じやすい優れた脚本だったからとも言える。
 若いカップルやゴジラの結末が安直過ぎるとの声も出るだろうが,本作はこれでいいと思う。山崎作品はカンヌやヴェネチアを狙う映画ではなく,カルト的人気も期待していない。オーソドックスな娯楽作品で,入場料分のカタルシスを味合わせてくれる映画なのである。これまでの怪獣映画に余りそれは期待できなかったが,本作はそれに成功した秀作だと評価したい。
 さて,11月3日が「ゴジラの日」であることは既に述べた。山崎ゴジラが相模湾の海中に没したのは,何月のことだったのだろう? 巨大化したゴジラによる船舶被害が報告され始めたのが1947年5月で,その後,高雄を沈め,銀座周辺に甚大な被害をもたらし,「海神作戦」の計画立案,「震電」の修復を経ていると,夏から秋までかかったのだろうか? (軽いネタバレになるが)山崎ゴジラは初代ゴジラのように死亡することはなく,いずれ復活するはずだ。実を言うと,筆者は1947年11月3日生まれである。まさか,自分がゴジラの生まれ変わりだとは言わないが,山崎ゴジラがいつ復活するのかは気になるところだ。本作が大ヒットすることは確実だから,『三丁目の夕日』シリーズと同様,この路線で続編2本くらいが登場しても不思議はない。それは1年後で,今度こそきちんと70周年にしてくれるのか,それとも数年後なのか…。その場合,タイトルは「−1.1」になるのか,それとも負が減って「−0.9」になるのか,興味深い。続編のゴジラは純然たる敵役でなく,別のミッションが与えられることだろう。それだと従来路線とそっくりなので,別の新機軸が生まれることを期待したい。
 

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