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O plus E VFX映画時評 2023年5月号

『ワイルド・スピード/ファイヤーブースト』

(ユニバーサル映画/東宝東和配給)




オフィシャルサイト[日本語][英語]
[5月19日よりTOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー公開中]

(C)UNIVERSAL STUDIOS


2023年5月16日 TOHOシネマズ梅田[完成披露試写会(大阪)]

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


全編をノンストップ・カーアクションで押し切る

 シリーズ11作目で,スピンオフ扱いの1作を除くと第10作目となる。第7作『ワイルド・スピード SKY MISSION 』(15年5月号)の後,残り3本を製作し,10作目で終了と発表されていた。第8作『ワイルド・スピード ICE BREAK 』(17年5月号)の公開時には,ここからは3部作とされていたのに,『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』(19年Web専用#4)を挿入して,これは主役のトミニク(ドム)・ホブス(ヴィン・ディーゼル)が登場しないので,スピンオフ映画であり,メインストリームである「The Fast Sage」には数えないと言い訳していた。第5作目から登場のルーク・ホブス捜査官(ドウェイン・ジョンソン)と第7作目で敵役として登場し,その後ドムとは協力関係となった元英国MI6諜報員のデッカード・ショウ(ジェイソン・ステイサム)の2人が主役のバディ映画であった。折角のハゲ・トリオの揃い踏みでなかったのは残念であったが,ファンとしては1本得した感もあったので,言い訳は許せた。他にも2本のスピンオフ作が計画されていたようだが,まだその噂は聞かない。
 さて,いよいよ本作『Fast & Furious 10』で3部作が完結,メインストリーム全10作が終了かと思っていたのだが,ネット上で見る各俳優の出演予定には2025年公開の『Fast & Furious 11』が挙がっているではないか。もう1本作るらしい。どういうことかと調べたら,この追加は2020年10月に発表されていた。そして,本作の最終的な原題は『Fast X』となり,2年後のもう1作は『Fast X Part 2』となっている。即ち,3部作の最後を前後編2作品に分けたということである。『ハリポタ』シリーズも『トワイライト・サーガ』も同じ手を使っていたから,人気シリーズの完結編は2本分稼ごうという営業政策上の常套手段なのである。ただし,他シリーズでは前後編であることを明示しているのに,本作を『Fast X Past 1』と呼ばないのはフェアではない。邦題もしかりだ。前編と断ると,後でまとめて見れば良いと考える観客がいることを恐れたのではないだろうか。
 既に「ワイスピ」なる日本人得意の四音略語まで登場している邦題の変遷については,前作『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』(21年Web専用#4)の記事中で詳述した。ここでは重複を避けるが,その変遷でのルールからすれば,完結編後編の邦題は『ワイルド・スピード/ラストブースト』か『…/ファイナルブースト』になると予想しておこう。ただし,ここまで来ると,本当にこれで完結なのかは疑わしい。
 前作で監督はシリーズ中で最多登板のジャスティン・リン監督に戻り,完結編まで彼がメガホンを取るとされていた。ところが,本作の監督はルイ・レテリエに替わっている。『トランスポーター』シリーズの2作目までと『インクレディブル・ハルク』(08年8月号)『グランド・イリュージョン』(13年11月号)等を手がけたフランス人監督である。ジャスティン・リンは本作の製作や脚本に名を連ねているが,なぜ監督降板となったのかは明らかにされていない。
 以下,前作と同様のスタイルで内容紹介するので,前作と対比させながら,読んで頂きたい。

【物語設定と脚本】
 前作の解説中で,当シリーズのファンは,路線拡大の肯定派と否定派に大別できることを述べた。カーレースが得意な程度の不良中年に国の命運を託すのはやり過ぎで,カーアクションだけの原点に戻せという否定派と,物語設定などどうでもよく,面白ければスケールアップはいいじゃないかという肯定派である。さすがに,本作では国家転覆や世界制覇の野望をもった敵は登場せず,悪漢の父親を殺された息子が,私怨からドムとそのファミリーに報復しようとする物語である。
 ストリートカー・レースを含め,全編で様々なカーアクションを楽しめる。その意味では,否定派の希望が叶った形であるが,報復攻撃のスケールは凄まじい。屋内外での銃撃戦,武闘アクションも満載で,肯定派もこのスケールアップに満足すると思われる。ヒューマンドラマの要素はかけらもない。製作側は,「ワイスピ」ファンはそんなものを求めていないと割り切っている。本作は2部作の前編なので,それらしい終わり方だと言っておこう。

【登場人物について】
 完成披露試写会で配られた資料には,通常のプレスシートの他に「CHARACTERS」と題したカラーシートが1枚あった。ドム・ファミリーを含め37名もの俳優の顔写真と役名が書かれている。公式サイトの「キャラクター」のページと同じ内容だ。前後編2部作はオールスターキャストで,彼らを全員登場させようという意図かと思われる。
 興味深いのは,この人物一覧で悪役だけが赤地の背景で色分けされていることだ。その代表は,本作で初登場のダンテで,第5作『ワイルド・スピード MEGA MAX 』(11年10月号)で登場した麻薬王エルナン・レイエスの息子である。陽気だが,常軌を逸した残忍さでドム・ファミリーを付け狙うダンテ役を演じていたのは,『アクアマン』(19年1・2月号)のジェイソン・モモアだった(写真1)。「ジャスティス・リーグ」のスーパーヒーローを配するのだから,見事な悪役振りで,迫力があるのも当然だ。


写真1 ファミリーの前に立ちはだかるダンテ。アクアマンの貫録。

 10年前,この悪人父子のアジトから,ドム達が巨大金庫を盗み出すシーンから物語は始まる。そのチェイスシーンでクルマのハンドルを握っていたのは,どう見てもブライアン(ポール・ウォーカー)である。遂に待望のCGによるブライアンの再登場をやってくれたのかと小躍りしたのだが,これは糠喜びだった。既視感があると思ったら,5作目の巨大金庫を引きずってのチェイス映像を再利用していたに過ぎない。初登場のはずのダンテの登場場面を巧みに織り交ぜてあるので,昔の映像の使い回しだと気付きにくい。
 悪人の事前色分けで興味深いのは,ドムの実弟ジェイコブ(ジョン・シナ)と宿敵のサイファー(シャーリーズ・セロン)だ。前作で悪役だったジェイコブは終盤兄弟の絆を取り戻していた。それを受けて,本作ではファミリーの一員として色分けされているので,甥のリトルBを守る役目も安心して観ていられる。一方,唯一善悪両方の色分けだったのがサイファーで,宿敵のはずが変だなと思ったが,早々にダンテに襲撃され,ドムの元を訪れて助けを求める。
 連繋する味方扱いに変わったせいか,C・セロンが殊更美しい。最初に観たのは,ジョニー・デップの妻役を演じたSF映画『ノイズ』(00年2月号)で,まだ20代前半だったはずだ。ただの若手美人女優だったのが,その後,激太りで汚れ役を演じたり,『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(15年7月号)では丸坊主頭で登場する等,凄まじい女優魂で,多彩な役を演じている。邪悪な女王役もよく似合うが,本作のような善人役や素顔は,アラフィフとは思えぬ驚くべき美貌だ。
 彼女には敵わないが,他の女優陣も美しく,魅力的に描かれているのが嬉しい。凄腕ハッカーのラムジー役のナタリー・エマニュエルは,これが4作目の登場だが,本作では出番も増え,ショートヘアにして登場すると,なかなかのキュートだなと見直した(写真2)。初登場組では,ドムの子リトルBを遺して落命したエレナの妹イザベル役でダニエラ・メルシオール,ミスター・ノーバディの娘テス役でブリー・ラーソンと,訳あり人物の血縁者が続々と登場する(写真3)。それぞれ,『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党, 集結』(21年Web専用#4)でネズミの大群を操っていた女性,『キャプテン・マーベル』(19年3・4月号)のヒロインである。この美形女性トリオは,ボンド・ガールに対抗して,ドム・ガールと呼んでも好いような描かれ方だが,彼女らと男女関係にならず,妻のレティ一筋なのが,ドムの硬派たる所以だ。


写真2 ショートヘアにしたラムジー(左)はなかなかキュート

写真3 左:エレナの妹イザベルはレーサー,右:ミスター・ノーバディの娘のテス

 CHARACTERSシートには今は亡きエレナも載っているが,後編では回想シーンとして再登場させるのだろうか? 前作で飛行機が撃墜されたミスター・ノーバディはまだ行方不明扱いなので,「実は生きていた」と後編の見せ場で姿を現わすに違いない。同じく本編では姿を見せないルーク・ホブスも,後編で登場することは間違いないとだけ言っておこう。さらにもう1人,CHARACTERSシートには人気女優の写真があるが,誰であるかは自分で公式サイトのページを点検して頂こう。
 初登場のファミリー・メンバーで少し驚いたのは,ドム,ジェイコブ,ミアの祖母のアブエリータだ(写真4)。元気一杯の老婆だが,いくら何でも祖母でなく,ドムとはせいぜい親子関係だろうと思ったのだが,演じているリタ・モレノが現在91歳と知って,祖母役で納得した。アカデミー賞,ゴールデングローブ賞,トニー賞,グラミー賞,エミー賞を受賞した伝説の大女優をこんな役柄で登場させるとは,人気シリーズゆえの余裕である。
 かく左様に,多彩な登場人物の血縁関係,敵対関係を整理し,過去作での登場回数を数える等で愉しめるのも,長寿シリーズのセールスポイントであり,その点では成功している。


写真4 ファミリーを仕切る白服の女性がドムたちの祖母

【カーアクションに関して】
 印象としては,映画の大半がカーアクション・シーンで,そうでなければ,派手な肉弾戦,銃撃戦,爆発シーンである。シリーズ最高と言いたいところだが,第7作『… SKY MISSION』で「史上最大級のカーアクション」,第8作『… ICE BREAK』で「観たこともないカーアクション満載」,そして前作『…/ジェットブレイク』では「カーアクションは引き続き過激で,CG利用は過去最高」と書いてしまっている。回数や時間の長さまでメモして比べている訳はないので,本作が最高なのかは分からない。過激度も,壊したクルマの数か,現実離れしたクルマの挙動なのか,どのようにも定義できる。定義や尺度はどうあれ,過去作とは異なる手口で,カーアクションを堪能させてくれることだけは間違いない。
 主なシーンだけ触れておこう。時間的に最も長かったのは,中盤のローマでのシーケンスだ。中性子爆弾を搭載した鉄球がローマの街を延々と駆け巡り,バスや建物も破壊する(写真5)。スペイン広場等の名所地も登場するが,テンポが速く,観光映画のように楽しんでいる余裕はない。


写真5 中性子爆弾を積んだ球体がローマ市内を爆走する

 後半のリオでのストリートカー・レースは,本シリーズの原点帰りかと喜ぶファンも多いことだろう。終盤のポルトガルでのカーアクションは,1シーケンスではなく,多数のシーケンスの連続である。例によって,空からクルマごと降りてきたり,ダムをクルマで駆け降りたり,もはや何があっても驚かない。そんな中で,ジェイコブからドムへとリトルBを引き渡すシーンは,シンプルながら手に汗握る見事なカーアクション・シーンだ。
 投じた製作費は歴代5位の約3億ドルであり,それに相応しい豪華なカーアクション映画であると言える。

【CG/VFXの利用度と出来映え】
 ■ 通常なら,クルマが大きくジャンプしたり,数回転するシーンはCGで描く方がてっとり早いが,本シリーズの場合は,それの大半は実写だと考えてよい(写真6)。高級車や大型車を平気で破壊している。ローマで鉄球爆弾を転がす写真5のようなシーンも,メイキングビデオを観る限り,大半は実写で,ワイヤー操作での転がしているようだ(写真7)。炎に包まれ,爆発も起こして市中を転がすのだから,危険この上ない。劇中では,ドムがクレーン操作でこの球体を川に沈めて,バチカン教皇庁を救う。水中爆発で破壊力が減じたとはいえ,ローマ市内にはかなりの被害が出る。この爆発や被災地の描写はさすがにCGだろう。


写真6 ジャンプし,回転し,燃え盛るクルマはすべて本物

写真7 この球体もCGでなく,本物だったとは…

 ■ 空からの落下も,もはや本シリーズの定番だが,本作で少しユニークだったのは,ジェイコブがリトルBを連れての飛行機からの脱出行のシーンだ。通常の客席の下の収納庫に2人の小型艇(写真8)を用意しておき,これに乗って機外へと脱出する。今回は2人が乗っているシーンがあるので,空中に実物を放りだしたりはせず,CGで描写していることだろう。


写真8 この小型艇に2人乗って,旅客機から空中脱出する

 ■ ドムのクルマをヘリ2台で宙吊りにするシーン(写真9)は,CGでも実物でも実現できるだろうが,この場合は,クルマはワイヤーで吊し,ヘリはCGのようだ。ドムらの救出に向かったチームの飛行機が敵に撃墜されるが,これもCGだろう。ヘリや飛行機はCGでも構わないが,クルマは可能な限り実車を使うというのが,本シリーズの矜持のようだ。


写真9 このシーンでは,クルマは本物,ヘリはCG
(C)UNIVERSAL STUDIOS

 ■ 終盤,ドムへとリトルBをダンテがダムで待ち受けるシーンでは,ダムの上に2台の大きなタンクローリーが登場する。前作の連結車両アルマジロの実現方法から考えれば,今回のタンクローリーにも実車とCGモデルの両方が存在し,ドムらを追い詰めるのは実車,2台が衝突して破壊されるシーンはCGだと考えるのが合理的である。ドムへとリトルBのクルマがダムを駆け降りるのはさすがにVFX合成と考えられる。ダム一帯を上部から眺める眺望は美しいが,これはロケ地ではなく,丸ごとCGであっても不思議ではない。もはやどのシーンもメイキング映像が提供されない限り,筆者にも見分けがつかない。
 CG/VFXの主担当はDNEG,副担当はILM,プレビズはProofという制作体制は,前作と同じだ。他には,beloFX,Ghost VFX,Outback Post, Lola VFX, Bluebolt等が参加している。

【総合評価】
 全く映画賞とは無縁で,批評家の評点など気にせず,観客満足度だけを気にしていれば良いシリーズだ。第1作『ワイルド・スピード』(01年10月号)から22年,ドム,ミア,レティらが年齢を重ねるのも無理はない。4作目からは,スピンオフも含めて,きちんと2年おきの公開を遵守している。興行収入を低下させず,ユニバーサル映画のドル箱の地位を維持しているのは,娯楽映画として立派なものだ。総合評価としては,それしか言いようがない。
 通常,前後編の2部作は同時に撮影しておき,後編は公開を遅らせるだけのことが多いが,今回の場合,後編の大半はまだこれから撮るようだ。であれば,気が変わって,もう1本増やし,3部作にすると言い出しかねない。そうであっても構わないが,筆者の個人的な願いはただ1つ,完結編の最後には,CG製のポール・ウォーカー演じるブライアンを再登場させて欲しい。同じ思いの熱烈「ワイスピ」ファンがいるなら,誰か署名活動でも始めてくれないだろうか。


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