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O plus E VFX映画時評 2023年5月号

『雄獅少年/ライオン少年』

(配給:ギャガ,泰閣映畫,面白映画,
Open Culture Entertainment)




オフィシャルサイト[日本語]
[5月26日より新宿バルト9ほか全国ロードショー公開中]

(C)BEIJING SPLENDID CULTURE & ENTERTAINMENT CO., LTD,
(C)Tiger Pictures Entertainment


2023年5月13日 オンライン試写を視聴

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


中国製のフルCGアニメで, 描画レベルの高さに驚き

「2021年中国大ヒット&作品満足度No.1!」だそうだ。日本国内の評価でも「2022年一番面白かったアニメ!」らしい。この種の宣伝文句は映画界の常だから,さほど期待した映画ではなかったのだが,試写を観て驚いた。中国製のフルCGアニメが,これほどの出来映えとは想像も出来なかった。予定外の追加で,メイン欄で語ることにしたものの,画像を取り寄せ,もう一度試写を見直して記事を書くのに時間がかかってしまった。
 まずは,いつものように題名からどんな映画を想像したかから始めよう。「雄獅」なる表現から,中国映画であることは容易に想像できた。内容は深く考えなかったが,『ライオン・キング』(19年Web専用#4)のようなライオン親子の物語なのか,それとも『ジャングル・ブック』(16年8月号)のように動物世界でライオンに育てられた人間の少年の物語かも知れない程度の予想であった。アニメ作品だと知った時にも,フルCGアニメだとは全く思わず,セル調2Dアニメだと思っていた。中国が舞台の劇場用アニメとなると,古くは和製アニメの原点『白蛇伝』(58),ディズニーアニメのヒット作『ムーラン』(98)の印象が強かったからだろうか。あるいは,日本のアニメが中国でも人気があると聞いていたからかも知れない。よく考えれば,DreamWorks製の『カンフー・パンダ』シリーズは中国が舞台のフルCGアニメだったのだが,この時は思い出さなかった。
 そもそも過去の中国製のアニメ作品を全く知らないし,当欄で取り上げたこともない。中国映画業界でのアニメの地位も知らなかった。よって,中国のアニメ・スタジオが国内No.1ヒットとなるようなCG技術を持ち合わせているとは想像できなかった。中国製アニメの歴史的経緯や動向は,本作のプレス資料を読んで初めて知った次第である。本作は,中国国内でも常識を覆すヒット作となり,日本には昨年3月に上陸し,「電影祭」(中国映画を特集上映する会)において,『雄獅少年 少年とそらに舞う獅子』なる邦題で「日本語字幕版」が限定上映されたという。それが高い評価を受けたことから,今回「日本語吹替版」を中心に全国公開される運びとなったようだ。
 試写を見始めて,冒頭の数分だけでぶっ飛んでしまった。映像クオリティに驚いた。CG映像の精細度,描画力に驚嘆し,オンライン試写であったので,冒頭の数分だけを巻き戻して,何度も見直してしまった。その後も,関心は映画の中身よりも,CGのモデリングの精緻さ,レンダリング技術の高さであり,物語を理解したのは,2度目か3度目の視聴時であったと思う。
 内容は動物ものではなく,「獅子舞競技に魅せられた少年達の熱き物語」であった。よく考えれば,中国の「獅子」や「狛犬」は伝説上の生物であり,中国奥地に虎はいたことはあっても,アフリカに生息するライオンはいない。よって,ライオンに育てられた少年の物語などある訳がない。「獅子舞」がテーマだとすれば,すべて納得が行く。伝統芸能である「獅子舞」をCGで描くというのは,米国製やフランス製のCGアニメとは全く趣きの異なる作品となり,嬉しくなるではないか。CGの描画力ばかりを追いつつも,このアジア風,中国風のテイストは好ましく感じた。
 何となく歴史ものを想像していたのだが,時代は現代で,広東省の小さな村が舞台だった。獅子舞は武術・技芸・演劇の要素をもつ伝統芸術で,現在の中国でも無形文化財であり,嶺南地方の仏山,広州には多数の獅子舞チームがあるという。主人公は,両親が出稼ぎに出ていて,祖父と2人で暮らす少年チュン(写真1)である。ある日赤い獅子頭(ししがしら)を被った同じ名前の少女と出会う(写真2)。彼女から,その獅子頭と獅子舞競技会のチラシをもらった少年チュンは,仲間のマオとワン公を誘ってチームを組み,競技会に出て両親に晴れ姿を見せることを目指す。素人同然の演技で資金も集まらず,周りから馬鹿にされた3人は,かつて獅子舞の名手であった飲んだくれの魚売りチアンを見つけ出し,弟子入りを懇願する。後は,彼の特訓の下,めきめき実力を向上させた少年チームが競技会でどんな成績を残せるかが焦点である。


写真1 主人公の少年チュン。人物造形はかなりシンプル。

写真2 マドンナ的存在の謎の少女チュン

 スポーツ競技や音楽コンテストがテーマの映画によくあるパターンで,その点では新味はなかった。それでも,獅子頭のデザイン,獅子舞競技会の描写が見たこともない代物であったので,十分に映画全体を愉しめた。製作/製作総指揮の張苗(チャン・ミオ),監督の孫海鵬(ソン・ハイホン),脚本の里則林(リー・ゼェーリン)は,これまで全く知らなかったが,これだけのアニメ映画を生み出せる実力は素直に評価していいだろう。
 以下,獅子舞の意義とCG描画を中心とした感想と論評とである。
 ■ まず,日本の「獅子舞」の話から始めよう。現在では伝統芸能として継承され,祭礼で演じられる程度だが,筆者の子供の頃には,正月になると各家庭に獅子舞がやって来た。獅子頭の口で頭を噛んでもらうと「無病息災」の効能があるとされていたからだ。神社のお守りみたいなものだが,子供にとっては結構怖かった。獅子頭は殆どが赤色で,木製で朱色の漆塗りである。金色や黒色のものもあるようだ。ところが,本作に登場する中国の獅子頭は,遥かにカラフルだ(写真3)。少し剽軽な顔立ちであり,表情も豊かで,親しみが持てるデザインである。獅子の体毛を表わす部分の材質は毛糸か絹糸のようで,かなりモフモフ感がある。おそらく,これは本場中国の獅子舞の被り物を忠実に描いているのだろう。これをCGで質感豊かに描くには,相当なモデリング力を要するが,まずこの段階で合格点だ。


写真3 獅子頭も胴体部もカラフルでモフモフ感たっぷり

 ■ 筆者が体験した(噛んで貰った)獅子舞演者は1人だったが,この中国式獅子舞は2人一組で,頭部&前肢の担当と背中&後肢担当に分かれている(写真4)。2人演技は自体は,日本の獅子舞の場合にも見たことがある。問題は,本作で描かれる競技会の内容だ。伝統芸能の舞踊的な演技力を競うのかと思ったが,高い柱の上の台座を飛び移って演技する競技であった。スポーツ的な能力を競う獅子舞競技会も実在するのかも知れないが,本作での競技には普通の人間ではとても出来ないアクロバット動作を必要とするので,これはCG描写を想定した脚色であると思われる。


写真4 2人一組で獅子を演じ,円柱の上の台座を巡る

 ■ CG描画に関しては,人物の顔立ちや肢体は極めてシンプルだが,髪の毛や衣服はそれよりは質感を高めてある(写真5)。その一方で,驚くべきは背景描写の精緻さだ。冒頭部分の庶民の住宅地や郊外の農地の部分だけで驚いたのだが,残念ながら,そのスチル画像が入手できなかった。その一端は予告編で観ることができるし,写真5の背景の一部からも伺い知ることが出来るだろう。絶品と言えるのは,競技を指導するチアンの店舗の描写であった。よくぞここまで多数の要素を描き込んだものと,ただただ畏れ入ってしまった。ピクサーやDreamWorks作品での背景のリアリティを褒めたことは度々あったのだが,それらとは明らかに違う。何が違うのかまだきちんと分析できていないのだが,強いて言えば,光の反射屈折モデルを複雑にしたりテクスチャマッピングを巧みに使っての光学的写実性ではなく,描き込んでいるシーンの複雑さが図抜けているのだと思う。


写真5 5 少年3人は魚売りのチアンに弟子入りする
(背景の農村がしっかり描かれていることにも注目)

 ■ 背景が精緻というだけでなく,多数の要素を描いた上でそれに動きを加えたり(写真6),構図やカメラアングルの面でも感心するシーンが多々ある(写真7)。光を効果的に使った陰影表現の演出も,新規性はないが,もうここまで高度なレベルをマスターしているのかと感心する(写真8)。どのシーンも膨大な計算時間を要するはずだ。人海戦術で,人数と時間をかければ可能だと理屈の上では分かっているが,それを監督が要求し,CGチームがやってのけることに中国映画界の底力を感じる。その半面,少し残念だったのは,ラストシーンの分かりにくさだ。エンドロールに登場する写真数枚の意味も,何度か見直してようやく理解できた。映画館で一度見ただだけでは,まず理解できないと思う。稀にみる大作が出来たと喜んだ監督が,少し気取った演出にしてしまったのだろう。惜しい。


写真6 獅子の動きに応じて,頭部や胴体部の揺れもしっかり描いている

写真7 鳥瞰視点から見た場合も,個々の獅子舞をきちんと描いている

写真8 森の中の木洩れ陽も逆光の夕陽も見事な出来映え
(C)BEIJING SPLENDID CULTURE & ENTERTAINMENT CO., LTD, (C)Tiger Pictures Entertainment. All rights reserved.

 ■ 映像ばかり褒めたが,音楽も優れていた。明るい歌中心だが,悲しい曲も適宜盛り込まれている。太鼓の音がリズミカルで,それが物語を引き締めている。ともあれ,総合力で感じたこれだけのクオリティのCGアニメを次々と制作できるなら,世界中が中国製CGアニメを注目し,多くのファンを獲得することだろう。こういう米中競争なら歓迎だ。今でも2Dアニメに拘っている日本アニメ業界には,これだけの技量もパワーもない。これまでの限られたファンにはアピールできても,世界市場では中国に大差をつけられてしまうと思われる。その兆しを感じた作品であった。


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