O plus E VFX映画時評 2026年1月号

『ランニング・マン』

(パラマウント映画/東和ピクチャーズ配給)




オフィシャルサイト[日本語]
[1月30日よりTOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー公開中]

(C)2025 Paramount Pictures


2025年12月23日 東宝東和試写室
2026年1月14日 東宝試写室(大阪)

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


めでたさも楽しさも中くらいだが,リメイクとしては大成功

 この数ヶ月のメイン記事と同様,本作もまず全体的な感想と評点を書いた。その時,かなり長めの感想と評点の根拠を述べたので,後はしかるべき画像を探して埋めるだけのつもりでいた。ところが,思いがけず長い時間がかかってしまったのは,旧作と見比べて論じるべき映画だと気付き,当の旧作を入手して,その違いを分析するのに手間取ったからである。
 本作はオリジナル作品でなく,『バトルランナー』(87)のリメイク作品であること,その原作はホラー小説界の寵児スティーヴン・キングであることは既に書いた。厳密に言えば,彼が「リチャード・バックマン」名義で発表した小説「The Running Man」である。別名義にしたこともあってか,お得意のホラー要素は少なく,近未来の管理社会を描いたディストピア小説である。映画化もほぼその路線を踏襲し,題名も同じ『The Running Man』であった。劇中で登場する人気TV番組の名前である。ところが,それでは地味だと考えたのか,国内配給会社がアクション映画らしく「バトル」を入れたようだ。同作の主演は,『ターミネーター』(84)でブレイクしたアーノルド・シュワルツェネッガーだった。その後の『コマンドー』(85)『ゴリラ』(86)『プレデター』(87)で,シルベスター・スタローンと並ぶアクションスターの地位を確立しつつあった。
 原作の発表年は1982年で,小説中の「近未来」は43年後の2025年である。一方,1987年公開の『バトルランナー』は少し近未来を引き寄せ,30年後の2017年としていた。即ち,2度目の映画化の本作は,原作の描いた2025年に公開し,邦題も原作に忠実な『ランニング・マン』にしたという訳である。メジャー系のアクション大作であれば,当然,昨年11月7日に日米同時公開だろうと思ったのだが,年明けの月末公開となったのは意外であった。秋の映画繁忙期を避け,意図的に大作の閑散期を狙ったのだろうか?
 逃げ切れば大金を手にできるが,捕まれば即死という悪趣味な番組であることは同じで,題名通り,主人公は命懸けでひたすら走る。「イカれた鬼ごっこ」「30日間生き残れ」のキャッチコピー通り,ノンストップアクション映画であり,サバイバルゲームがテーマである。では,面白かったか,楽しかったかと問われれば,否定はしないが,抜群の面白さではない。新春を飾る目出度いヒット作になるかと思ったのだが,緊迫感も結末の驚きも,小林一茶の句通りに「中くらい」なのである。
 主演のグレン・パウエルは,昨年の夏以降,映画雑誌で大きな特集が組まれていた男優である。現在の年齢は37歳で,そう若手でもないのだが,業界あげて新しいアクションスターに育てたい俳優のようだ。本作も師弟関係にあるトム・クルーズばりの「超絶アクション」との触れ込みだが,まだまだ同じ配給会社の『M:I』シリーズのイーサン・ハントほどの外連はないし,彼ほどの華もない。逃げる道中で行動を共にする女性は登場するが,さほどの美女ではないし,特別な男女関係になる訳でもない。以上は,業界期待の旬の俳優であるゆえの辛めの評価である。
「中くらい」とはいえ,娯楽映画として入場料分の価値は十分にある。この映画の楽しみ方として,当欄では次の2つを挙げておきたい。1つは,旧作『バトルランナー』との近未来の描き方の違いである。筋肉量ではボディビルダーのシュワに負けるし,運動神経ではトム・クルーズの真似はできないので,ネット社会に相応しいゲーム感覚のスピード感で勝負している。それを支えているのが,CG/VFXであることは容易に想像して頂けるだろう。技術的には格別斬新ではないが,丁寧な絵作りであり,質的には見るべきものがあった。これは多数のメイキング画像を使って解説する。

【本作の概要と物語展開】
 本作の米国公開は2025年秋で,原作小説が描いた未来と同年であるが,現代劇ではなく,やはり時代は近未来となっていた。ただし,それが何年なのかは特定されていない。せいぜい約15〜20年後かと想像した。既に,米国は富裕層と貧困層に分断された管理社会で,暗黒時代に入っていた。人々を実質的に支配しているは,国家権力ではなく,巨大メディア産業の「ネットワーク社」であった。同社は,通信・金融・流通のほぼすべてを握っていた。大衆の不満のはけ口として,同社は低俗で暴力的なゲーム番組や実録番組をネット上に流していた。最も人気があったのは「ランニング・マン」で,応募者は凶悪なハンターと戦いながら,30日間ランナーとして生き延びると,賞金10億ドルを手にできた。逃亡範囲は無制限だが,常時監視されている上に,ランナーの居場所を通報した一般視聴者には懸賞金が支払われた。「捕まれば即死亡」という究極の「鬼ごっこデスゲーム」であった。
 舞台となる中心地は架空の大都市「コープ・シティ」で,「ネットワーク社」の本社があり,番組「ランニング・マン」もこの本社内で収録されていた。主人公のベン・リチャーズ(グレン・パウエル)はこの町の貧困街に住む労働者だった。労働組合活動でブラックリストに載せられていた彼は給料の前借りもできず,勤務態度不良で解雇された。幼い娘キャシーの薬代も払えなくなったので,背に腹は変えられず,彼は妻シーラが止めるのも聞かずに「ランニング・マン」に応募してしまった(写真1)


写真1 主人公は労働者階級の普通の男ベン

 多数の応募者の試用訓練期間を経て,彼は3人のランナーの1人に選ばれた(写真2)。$1,000の当座資金と12時間の先行スタートが与えられたが,エヴァン・マコーン(リー・ペイス)率いる凄腕のハンター達が彼らを追う「ランナー狩り」が始まる。毎日,自分の映像を届け出る上に,一般視聴者に通報されないよう変装し,身を隠す必要があった。何人かの協力者の助けで,数々の試練をくぐり抜けたベンは,何とか生き残る。他の2人,ティムとジェニーが殺されたことを知ったベンは,一般人女性のアメリアを人質にとり,カナダへの逃亡を試みるが……。


写真2 選抜に合格しランナーに選ばれた。目の前の球体はドローン。

 この映画は,東京と大阪でマスコミ試写を観たので,物語展開はしっかり覚えている。その後,本稿の完成版執筆前に旧作『バトルランナー』を観て,かなり印象が違うのに驚いた。荒唐無稽なデスゲームの人気番組「ランニング・マン」のバカバカしさは同じだが,人物設定も物語展開も随分異なる。このリメイク作でかなり改変したのではなく,むしろ旧作の『バトルランナー』が原作にかなり手を入れていた。逆に,本作は原作に近い形で作り直していたのである(ただし,結末だけは映画向けに変えてある)。
 旧作は主人公の名前ベン・リチャーズだけが原作通りで,悪役は姓だけ同じデーモン・キリアンである。本作はそれを原作通りのダン・キリアンに戻した上に,エヴァン・マコーン,ブラッドリー・スロックモートン,エルトン・ベラキス,アメリア・ウィリアムズ等の主要登場人物を復活させ,名前もそのまま使っている。主人公が,30日間生き延びるために変装をして,ニューヨーク,ボストン等の都市を渡り歩くというのも原作と同じだ。
 両作で何よりも異なるのは,主人公のベンの経歴である。本作のベンが金なし,職なし,特殊能力なしの普通の男で,娘の入院治療費を稼ぐために「ランニング・マン」番組に応募するというのは,ほぼ原作通りである。一方,旧作のベンは,戦闘能力抜群で正義感あふれる警察官だったが,上司の命令に逆らったため,無抵抗の市民を殺害したという無実の罪で大量殺人犯扱いされてしまう。番組を面白くするため,キリアンから番組のランナー役に誘われたという設定であった。
 全体の印象の違いはそれだけでなく,旧作は未来社会の描き方がお粗末であった。何しろ,1987年にはインターネットは普及しておらず,映画中で未来社会をCGで描くこともできなかった。ビジュアル面で著しく劣っていたのも止むを得ない。この点に関しては,後で詳述する。

【監督と主要登場人物のキャスティング】
 旧作『バトルランナー』の監督は俳優と兼業のポール・マイケル・グレイザーだが,いずれもTVドラマが中心で,劇場用映画は4本しか撮っていない。その内の1本のこの映画は,主演のA・シュワルツェネッガーがウリのお手軽アクション映画の域を出ていない。1980年代はそういう時代だったという気もする。
 本作の監督のエドガー・ライトの経歴もよく似ている。低予算のゾンビ映画『ショーン・オブ・ザ・デッド』(04)がデビュー作で,監督・脚本・出演をこなし,英国でヒットしたが,日本では未公開だった。それ以降は,監督・脚本と俳優は別のことが多く,ほぼ半々の数である。二刀流と言えば聞こえはいいが,いずれも大きな成功は得ていない。当欄で紹介した監督&脚本作品の『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!』(14年4月号)『ベイビー・ドライバー』(17年9月号)は低予算映画であったが,興行的にはそこそこの成果を得ていたようだ。その甲斐あって,本作で初めてのメジャー系大作を撮る機会を得たと言える。
 主演のグレン・パウエルの映画デビュー作は,当欄でも取り上げた『スパイキッズ4D:ワールドタイム・ミッションン』(11年10月号)だが,チョイ役だったようで,全く記憶にない。名だたる大スターが多数登場の『エクスペンダブルズ3 ワールドミッション』(14年11月号)でも同様だった。ようやく,話題作『トップガン マーヴェリック』(22年5・6月号)で名のある役を得たが,トム・クルーズ演じる教官に指導される若手パイロットの1人に過ぎなかった。それが,リチャード・リンクレイター監督の『ヒットマン』(24年9月号)では,自ら製作・脚本・主演を担当し,当欄も高評価を与えた。ただし,題名が平凡で地味すぎて印象に残らない上に,VFX大作ではなかった。続く『ツイスターズ』(24年8月号)で,ようやく当映画評のメイン記事で取り上げたが,女性主人公の相手役の準主役であった。そして,本作はVFXを多用したメジャー系のアクション映画であり,晴れてその主人公としてメイン記事で紹介することになった次第である。
 助演陣で最も名のある俳優は,悪役である番組プロデューサーのダン・キリアン役のジョシュ・ブローリンだ。主人公の補佐役か,本作と同様に敵役の凖主演での出演が多い。究極の悪役は『アベンジャーズ』シリーズで指パッチンを行なうラスボスのサノス役だった。CG製の顔で登場していたので,MoCap演技と声の出演だけで,最後は塵となって消滅してしまった。主演級では,ハリウッド・リメイク作の『オールド・ボーイ』(14年7月号),ジョージ・クルーニーと競演の『ヘイル,シーザー!』(16年5月号)があるが,最近の『WEAPONS/ウェポンズ』(25年11月号)での失踪した子供たちの行方を探す父親役が好印象を与えた。
 助演の2番手は,番組の派手な司会者ボビー・T役の黒人男優のコールマン・ドミンゴである。『カラーパープル』(24年1月号)では主人公の姉妹を苦しめる嫌な役であったが,『シンシン SING SING』(25年4月号)では刑務所内の演劇Gr,のリーダー役で,GG賞,アカデミー賞の両方で主演男優賞にノミネートされていた。ベンを助けるモリー役のウィリアム・H・メイシーはベテラン男優で,最近は好々爺の役が多いが,かつては癖のある中年男役を演じていた。『ファーゴ』(96)では小心者の夫,『ジュラシック・パークIII』(01年9月号)では偽の冒険者役であった。その他,ゲーム参加者のジェニーとティム,ハンターのマコーン,反ネットワーク活動家のブラッドリーやエルトン等もしっかり出番があったが,ここでは省略する。
 女性陣では,ベンの妻シーラ役はジェイミー・ローソン。主にTVシリーズで活躍してきた女優のようで,名前は全く知らなかったのだが,調べてみると『THE BATMAN―ザ・バットマン―』(22年3・4月号)『罪人たち』(25年6月号)に出演していたようだ。ベンが人質にする女性アメリア役はエミリア・ジョーンズで,オスカー受賞作『コーダ あいのうた』(22年1・2月号)で聾者の両親や兄を手話通訳で助ける主演の女子高生役を演じていた。随分大人になり,かなりイメージが違っていた。子役時代には,『パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉』(11年5月号)『グランドフィナーレ』(16年4月号)にも出演していたようだ。2人とも本作ではあまり存在感のある役ではない。本作は徹底して男性中心の映画であった。

【未来予測とそのビジュアルデザイン】
 旧作(前作)を観ての感想・分析と,それを踏まえた上での本作の描き方に分けて語ることにした。

●前作の未来予知能力と表現力のお粗末さ
 38年も前の映画を観れば,古くさく感じるのは当然だ。画質的に低レベルなのは止むを得ない。一方,旧作の未来予測は「過去から見た未来」と言われる類いであり,すべて予想通りであるはずはない。ただし,先見性のある未来予測であれば,予測の根拠が参考になるし,その後,現在までに何が格段に進歩したかを分析するのは,技術史の観点からは大いに意味がある。
 この映画の前作『バトルランナー』は,その時期までのSF映画の平均点以下であり,未来予測はかなりお粗末であった。とても30年後の未来描写とは思えないシーンばかりだった。近未来を描いたSF映画として成功させるには,未来に何が存在するかの予知能力,それをどう表現するかのビジュアルデザイン力,実際の映像化する上での制作技法のすべてが必要となる。SF小説の場合は,作家の着想力と文章力だけで勝負できる。漫画の場合は,線画での表現力が加われば未来性が増す。手塚治虫の場合はそれが優れていたので,筆者らの子供時代は貸本でそれを貪り読んだ。それが映画となると,科学には疎いが辛辣な批評家や目の肥えた観客を満足させるのに,専門家チームを集めて最新の映像技術を駆使することが不可欠となる。
 過去にも優れたSF映画は多数あった。同作の約20年前の『ミクロの決死圏』(66)や『2001年宇宙の旅』(68)は,映画史に残る素晴らしいビジュアル表現で観客を驚かせた。前者の設定は,治療班が人間の体内に入るという,今も未来もあり得ない医療行為であるが,美術表現が画期的であった。生身の人間を縮小するのではなく,マイクロエレクトロにニクスで実現すると読み替えれば,外科手術の未来像を示していたと言える。後者は大規模予算を投じたSF超大作だけあって,宇宙と地球とのTV電話交信,そのためのタブレット型端末,宇宙船のデザイン,宇宙船全体を管理/制御するコンピュータHAL,その視聴覚認知機能等々,各分野の専門家が検討しただけあって,現在までにかなりの部分が実現している。それでも,超大型コンピュータが前提となっていたのは,IBMが担当したためであり,まだLSIの出現を想定できていなかった。
 その約10年後の『SW 3部作(EP4〜6)』(77, 80, 83)が大ヒットしたのは,宇宙が舞台の活劇の描き方が斬新で,娯楽性が高かっただけであり,未来予測は殆ど含まれていなかった。ジョージ・ルーカス監督が,映画人として,絵作りの独創性に優れていたに過ぎない。ただし,彼が設立したルーカス・フィルムの一部門の特撮工房ILMが,その後のCG/VFX技術の先駆者となり,SF映画だけでなく,すべての映画の進歩に繋がったことは間違いない。
 話題を戻すと,前作『バトルランナー』の場合,人気作家の原作と旬のアクション男優を組み合わせただけで,何を描きたいかの構想力が欠如していた。加えて,次の90年代から振り返れば,SF映画にとって80年代は暗黒時代だったと言える。コンピュータ間通信は,米国国防総省(DARPA)の大規模実験に参加する大学や研究機関の間ででしか実現していなかった。World Wide Webの概念は1989年に登場したが,まだインターネットの商用サービスは始まっていなかった。Virtual Reality (VR)なる言葉が生まれたのも,同じ1989年だったので,前作の1987年にそれを映画のネタにすることも考えつかなかった。この時代,ピクサー社が試みていたように,フルCGの試験的な短編映画は作られていたが,技術的にも採算的にも,長編実写映画でのCG利用は非現実的であった。
 それでも,『SWシリーズ』同様,かつてのSFX技術,とりわけ多重露光や分割画面の合成等を巧みに用いれば,CGはなくても,SF映画を作ることはできた。同じA・シュワルツェネッガー主演で同年公開の『プレデター』(87)では,赤外線による探知&透視能力,自らの身体を隠す光学迷彩,プラズマ光線兵器による破壊力等をもつ「戦闘能力の高い異星人」という設定は,観客にも説得力があった。既に,醜悪な宇宙生物の『エイリアン』シリーズで成功を収めていた20世紀フォックス社ゆえに,この企画が実現できたとも言える。『SWシリーズ』もまた同社のドル箱作品であった。
『バトルランナー』はコロンビア映画の子会社トライスターピクチャーズの作品ゆえ,十分な製作費がなく,冒険ができなかったとも考えられる。この時代,コロンビア映画自体はまだソニーの傘下には入っていなかった。『バトルランナー』は,SF要素は切り捨てて娯楽アクション映画に徹したが,皮肉にも,数年後にこのトライスター社が,同じシュワルツェネッガー主演の『トータル・リコール』(90)『ターミネーター2』(91)を大ヒットさせ,斬新なSF映画の配給元として注目を集めた。
 前作『バトルランナー』のお粗末な近未来シーンを例示しておこう。写真3は,ほんの一瞬だけ登場する夜の都市景観である。この程度の高層ビル群は既にニューヨークやシカゴに実在していた。その実映像をそのまま使ったのでは近未来都市にはならない。これはマット画であり,ビル壁面の大型モニターだけが,合成だと思われる。写真4は,暗唱記号入力による入室管理で,この程度の陳腐なアイディアなら,せめてもう少し洒落た機器デザインにできなかったかと言いたくなる。さらにお粗末なのは,ワイヤーフレーム表現でのビルの俯瞰シーンである(写真5)。これ自体はCGであるが,この程度の線画しか出せなかったのなら,登場させない方がマシだ。ランナーの監視画面の操作卓も当時の武骨なCRTモニターであり,薄型画面らしく見せようともしていない。


写真3 旧作に登場する夜の町の景観

写真4 暗唱記号入力する入出管理装置。

写真5 これもCGには違いないが, この程度じゃ出さない方が良かった

 写真6は,主人公がリュック型ジェット噴射器(ジェットパック)を着けて飛行するシーンである。器具自体は本物で,背景のビルは合成だろうが,全く新しさを感じなかった。既に1984年のロサンジェルス五輪の開会式で登場していたし,その約20年前の『007/サンダーボール作戦』(65)で,ジェームズ・ボンド役のショーン・コネリーはこれを背負って演技していた。近未来と言えるのはこのレベルで,他はゴーカート風の乗り物で円筒形の通路を疾走する程度で,銃撃戦や爆発による決着は普通のアクション映画と変わりがない。


写真6 ジェットパックを背負っての飛行。さほど新鮮でもなかった。

 映画の前半で「ネットワーク」という言葉が登場するので,せめて現在のような「ネットワーク社会」を予見していたのかと喜んだが,これは全国放送の「TVネットワーク」の意味であった。ランナーたちは日々の自分の行動を録画してビデオテープで主催者に届け出ていた。主人公らの叛乱もTV中継局を襲うという物理的なハッキングであり,全くTVの世界から逸脱できていない。まだ携帯電話は普及していなかったので,スマホがSNS社会の中心機器となるとは思いもよらなかったのだろう。既に1980年代中盤には,情報科学研究者間ではコンピュータネットワークが未来を変えると予想していたが,この映画の企画者たちはかなり勉強不足であった。
 前作は公開当時から,原作ファンからは嫌われ,原作者S・キングも出来映えが気に入らず,苦言を呈していたようだ。その一方で,アクション映画ファンからはカルト的人気を得ていたらしい。今回リメイク作の本作が登場したことにより,80年代を懐かしく感じる世代から,当時のカルト的人気が再燃しているという。

●本作のビジュアルデザインとアクション演出
 試写を2回観た直後の,本作の「中くらい」という評価は今も変わらない。最近のアクション大作,一線のSF映画と比べての評価であるからだ。ところが,前作『バトルランナー』を観たことにより,ここから先のメイキング解説の視点がかなり変わってしまった。
 本作は,前作の近未来社会描写のお粗末さを一挙に解消しようとしていると感じる。そもそも本作の企画自体が,なるべく原作に忠実な映画化を指向していることが,登場人物名や主人公の行動経路からも伺える。それでいて,前作で既視感のあるシーンが頻出する。これは,敬意を表してのオマージュではなく,もっと上手く描けたはずというメッセージであり,見比べることを推奨しているように思える。38年後のリメイクならば,「じゃんけん後出し」で映像的には勝っているのは当然である。この観点から本作のビジュアル面での特徴を列挙する。
  (a) 人気TV番組の収録現場と番組の制作・演出
 最も前作を意識しているシーンは,人気番組「ランニング・マン」の収録の舞台設定である。司会者が舞台の中心に立ち,半円形形の観客席がその周りを囲うというアリーナ構造(写真7)も,多数の女性ダンサーに踊らせるという下品な演出も酷似している(写真8)。ランナーが円筒形の容器に出入りする場面に至っては,両作をじっくり観ていないと,意図的にこのシーンを挿入していたことなど気付かない(写真9)


写真7 円形のステージの周りを囲う観客席

写真8 女性ダンサーを使った演出は前作を踏襲。上が前作,下の炎はCG。

写真9 ランナーが入る円筒形ブースまで前作(上)を真似ていた

 前作では,ハンターがランナーを殺害するのを観客が眺めて狂喜していた。「プロレス的見世物」であり,全国中継のTV放送でお茶の間の視聴者も同時にそれを楽しんでいた。一方,明確な言及はなかったが,本作では地上波放送やCATVでの映像中継ではなく,おそらくデジタルネット配信の画面を観ている。追跡と殺害はアリーナ内に留まらず,都市空間にまで及んでいる。監視ドローンがランナーを常時追尾していて,視聴者はそれをネットワーク経由で画面から確認できる(写真10)


写真10 (上)ランナーが届けたビデオ映像。2017年想定なのに,まだ4:3のNTSC画質。
(下)常時監視されていて, ネットで見られる。右下が主宰者のキリアン。

 それだけでなく,一般視聴者がランナーの位置情報をSNS経由で通報することもできる。言わば,「観客参加型の追跡」である。視聴者のランナーの好感度やハンターの支持率がリアルタイムで変動し,その数値が画面の隅に表示されているという番組演出もなされていた。監視は国家や権力者だけが行うのではなく,一般観客も担う「分散監視型社会」というディストピアを描いているのである。
  (b) 未来性を感じさせる小物アイテムのデザイン
 さほど多くないが,未来性を感じさせる小物アイテムも所々で登場していた。機能や目的の説明はなかったが,主人公のベンのリストバンドには文字表示があり,手にしていた小型武器(?)は発光していた(写真11)。ブラッドリーの仲間の活動家エルトン・ペラキス(マイケル・セラ)の特殊銃「サイコハイドロ銃」もその類いのアイテムである。引き金を引くと飛び出すのは,銃弾でも火炎でもなく,化学薬品の液体である(写真12)。形状は特別斬新ではないが,軽やかなデザインで悪くない。


写真11 さほど斬新ではないが, この程度のアイテムがいくつか登場

写真12 エルトンが使うサイコハイドロ銃。化学溶液を噴射する。

 上述の監視ドローンは球体で,勿論,CG製であり,実物は飛ばしていない(写真13)。これもデザイン的には平凡だが,とにかく至るところに登場するのが印象的だった。最も楽しかったのは町中の郵便ポストである。市街地のシーンにCGでデザインした新式の郵便ポストを置かれていて,変装したベンが郵便物を投函すると,その上部が浮き上がり飛び去る(写真14)。早速配達に向かうのであろう。1通毎に集配していては採算が合わないだろうと思うが,ギャグとしては面白い。


写真13 常時2台のドローンがランナーを追跡し, 監視している

写真14 路上に設置された近未来の郵便ポスト。(上)CGデータを重畳,
(中2枚)投函を識別すると色が変わる, (下)上部が外れて配達に向かう

 未来アイテムが多数登場するSF映画ではないが,物語の展開を左右する訳でもない小物の登場は嬉しい。背伸びせずに,少し遊び心も感じられる。製作側の余裕が感じられ,ノンストップアクション映画の息抜きには丁度良い。
  (c) アクション演出と炎の利用
 前作では,ハンターがショーマンであり,専用武器(チェーンソー,電撃等)を見せた上で,ランナーの殺害が観客に見せるパフォーマンスであった。1対1の決闘構図が「興行」でもあり,こんなことがあっては困るという「社会風刺」として描かれていた。一方,本作は常に監視・追跡され,何人が殺害される映画であるのに,個々のアクションシーンは余り記憶に残っていない。スピーディなノンストップアクションであり,遠距離攻撃や追込み型包囲があったので,1対1の対決が長く続く映画ではなかったこともあるのだろう。
 予告編やメイキング映像にあった橋上の爆発シーン(写真15)は印象に残っている。ベンが自ら運転するバギーをハンターの車と衝突させ,川の中に逃げるシーンである。本作では,俳優にMoCap演技させることはなく,主演のグレン・パウエルもほぼすべて生身のスタント演技である。ただし,トム・クルーズのように現場で危険なシーンを演じたのでなく,スタジオ内のアクション演技を映像収録し,CGで描いた橋の上に合成して,川に落ちるまでを描いていたに過ぎない。ただし,終盤の機内での攻防は,本作のクライマックスとして,そこそこよく出来ていた。これは次章で詳述する。


写真15 バギーをハンターの車に激突・炎上させ, その間にベンはジャンプして川に飛び込む

 上記の橋上の爆発シーン以外にも,本作では火炎や爆発の登場場面が多かった(写真16)。飛び切り多いと言っても過言ではない。本物の炎であってもCGであっても不思議はないが,他のVFXメイキング映像から判断して,大半はCG製の炎だと思われる。危険度はなく,演出の自由度は高く,今やコスト的にもCG利用の方が合理的である。


写真16 炎が登場するシーンが多かった。CGで容易に描けると, 気軽に使ってしまう模様。

  (d) 様々なインビジブルVFXの利用
 上記の橋上シーンはCG/VFXの産物であるとすぐ分かったが,メイキング映像を観るまで気付かないシーンも多々あった。いわゆる「Invisible VFX」と呼ばれているシーンである。都市空間をランナーの逃亡範囲にしたと言うだけあって,屋外シーンでのVFX利用に力を入れていた。そのいずれもが,かなり丁寧な仕上げであったので,種明かしがないと,すべて実写映像なのかと思ってしまう。それを「VFX Breakdown」と題した映像として複数公開しているということは,余程の自慢のシーンなのだろう。それを紹介するのも当欄の役目と考え,次章ではセレクトした一部を解説する。

【CG/VFXシーンの見どころ】
 ■ 都市景観に力を入れていたので,まずベンが住み,ネットワーク社のある架空の都市「コープ・シティ」から始める。写真17は一見どこにでもある大都市だが,あまり近未来らしくない。モダンな高層ビルだけでなく,古びた低層ビルも描き加え,既にディストピア状態であることを示している。夜の光景も実在の光景をそのまま使用せず,照明を変え,スロープを設けて,それを登る走行車輌を描き加えている(写真18。ベンの住むアパートは高層ビルであるが,すでにスラム化している(写真19)。そこから市街地を歩いてネットワーク社の本社ビルに向かう過程のBreakdown映像が出色であった。実在の景観を利用しながら,ビルやその壁面の大半をCGに置き換えている(写真20)。そのまま進むと富裕層地区に入り,大企業のビルがあって,貧民地区とは明確に分離されているという設定である(写真21)。ネットワーク社の本社ビルもこの地区にあり,低層階に番組収録のアリーナがある(写真22)


写真17 舞台となるコープ・シティ。さほどモダンでないのは, 多数が貧困のためか。

写真18 実在の市街地をVFX加工して作り上げた夜の光景

写真19 ベンが住む貧民街。高層だが, 既にスラム化している。

写真20 (上)実写映像, (中上)一番左の壁面以外はCGに置き換え,
(中下)単純なレンダリング結果, (下)高架上に電車を走らせ, 遠景をぼかした完成映像

写真21 その先まで進むと, 富裕層のエリアになった

写真22 ネットワーク社の本社ビル。(上)エントランスは既存のビルを借用して撮影,
(中)エントランスの内部,(下)最上階を見上げた光景(CG描画)。
[『ファイナル・デッドブラッド』(25年10月号)の写真1, 写真10と同じ手口である]

 ■ 狩りが始まるとベンは変装して会場を抜け出し,NYに向かう(写真23)。チェックインしたホテルのベランダから見下ろす光景は,向かいのビルも車もCGで描いている(写真24)。道路を横断するシーンは実写だが,手前の数台はCGに置き換え,フロントグリルのデザインがモダンなモデルとして描いた(写真25)。写真14の郵便ポストはこの通りを渡った場所に置かれていた。ランナー仲間のティムが殺されたことをライブ映像で知ったベンは,ボストンに逃亡する。このボストンの夜の道路の光景が絶品だった(写真26)。こんな道路が実在している訳ではない。他の都市を参考にして,ビルも街路樹もすべてCGで描き,照明や番組宣伝ボードを描き加えている。


写真23 この程度の変装でも, 結構印象は違う

写真24 ホテルのベランダから外の路上を見下ろすシーン。
グリーンバック撮影を多用しているのは, 街の描写に自信があるからだろう

写真25 (上)市街地の実写映像, (中)手前の3台をCGに置き換え, (下)完成映像

写真26 (上)ビルも街路樹も全面的にCGデータ, (中)VFX処理の途中段階, (下)完成映像

 ■ 郊外や田園風景は実在の景観を基にしているが,それぞれに何らかの手を加えている。写真27の手前の番組広告塔はいかにもCGだが,それだけでは淋しいのか,植物を増やし,列車も描き加えている。もう少し民家がある写真28はこの原画像だけで十分に思えるが,他の車輌,多数の建物を合成した上に,住民も数十人描いている。「どうだ,ここまでやっているとは気付かなかっただろう」と言いたげなInvisible VFXの数々である。写真29に至ってはさらに呆れた。これも原画像のままでいいと思うのだが,向かって右の隣家を増築し,左奥の家を建築中に変更している。物語に影響はないと思うのだが,この種の加工は,監督かVFXスーパバイザーの趣味か拘りなのだろうか?


写真27 (上)田園地帯の撮影映像, (下)完成映像

写真28 (上)撮影映像, (下)色々描き加えた上に,遠くの建物や右の道路上の車輌は消去
(なぜこの加工が必要なのかの理由は不明)
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写真29 (上)現地での撮影映像, (下)完成映像(こちらも理由不明)

 ■ その他の車輌や飛行機の描画にも言及しておこう。ブラッドリーに匿われたベンは,メイン州デリーで仲間のエルトンに紹介される。エルトンは次の逃走場所への移動のため,彼のバギーにベンを乗せる。なぜこの場面でバギーを選んだかと言えば,前作のベンを追うのに白いバギーが使われていたからだろう(写真30)。この程度は実物の車輌だと思ったのだが,小屋から飛び出すシーンでは,CG製のバギーだったようだ(写真31)。ハンターが乗ったヘリがこのバギーを襲うシーンでは,前方の丘以外,ヘリ,道路,道路脇の植物は,すべてCG製である(写真32)。ヘリが実機でなく,CGで描くと決めた以上,ヘリが巻き起こす風が巻き起こす砂塵や細い木々の揺れもCGで描く必要があったからだろう。飛行場のシーンは,さらに手が込んでいた。実在の飛行場を借用して撮影するなら,既に駐機中の飛行機はそのままでいいと思うのだが,一旦それらを消去して管制塔を描き,その上でベンとアメリアが乗る黒い飛行機や他の航空機を描き加えている(写真33)。じっくり見ないと気がつかないが,このシーンでも監視ドローンが何機か飛んでいる。

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写真30 (上)山道を走るエルトンのバギー,(下)前作でベンを追う白のバギー

写真31 (上)このシーンにはCGを利用, (中)単純レンダリング結果,
(下)前後判定処理,ライトの点灯, 左の物体を追加した完成映像

写真32 (上)ヘリで銃を構えるハンターのリーダー, (中上)奥の丘以外はCG,
(中下)上記のレンダリング結果に砂煙を追加, (下)手前にバギーを入れた完成映像

写真33 (上)実在の飛行場での撮影画像, (中上)駐機中の機体を消去し, 管制塔を追加
(中下)主目的の1機と奥の2機のCGデータ,(下)完成映像(2台のドローンにも注意)

 ■ 屋外でカメラを引いたシーンの大半は実写の景観映像ベースだが,ランナーやハンターのアップのシーンは,基本的にスタジオ内でグリーンバックでの演技を背景に合成して使っている。写真34はその最も平易な事例である。ハンターとバズーカ砲だけが実写で,まずCG製の煙と火花を加え,さらに他のビルを描き加えて完成映像としている。写真35は宙吊りの2人の演技の分だけ複雑で,スタジオ内撮影のアクション演技とボバリングするヘリを,CG製の鉄骨シーンに描き加えている。写真36は,訓練中のランナーたちが平均台のような細い通路を歩くシーンだ。板も歩行も本物だが,低い位置に設営して,安全のため床には落ちても怪我のないようにマットを敷いて撮影している。MoCap演技での歩行データをCG製のランナーに適用した方が容易だと思うが,制作方針の違いとしか言いようがない。


写真34 (上)実物はハンターとバズーカ砲だけ。硝煙と火花のCGデータは付加済
(中)周囲のビルのCGデータを追加, (下)完成映像

写真35 (上)鉄骨とヘリのCGデータを配置, (中上)上記のレンダリング結果,
(中下)スタジオ内撮影風景の嵌込み位置調整, (下)照明や霞を調整した完成映像

写真36 (上)ランナー役俳優が歩く撮影風景, (中上)背景や谷底部を消去
(中下)奥行き方向と谷底部のCGを追加,(下)照明と遠景のぼかしを調整した完成映像

 (b) Junior Creeper:大型の豚ほどの大きさ。直立すると人間の身長とほぼ同じだが,個体差はある。
 (c) Mama Creeper:水平方向で9ft(約 2.7m)。直立すると20 ft(約6m)以上の巨体。

 ■ 最後は予告通り,クライマックスの機内での攻防シーンの解説である。アメリアを人質にとったベンがマコーンに誘導されて番組が用意した飛行機に乗り,カナダに向うという設定である。離陸後にパイロットを含めたクルー全員がハンターであることが判明するが,彼ら全員を倒せばベンは晴れて高額賞金を手に出来るという意味も込めて,手に汗握る本作一のアクションシーンとなっていた。何とかハンターたちを倒すか,機外に放り出したベンは,アメリアをパラシュートで降下させ,自らは操縦桿を握るが,機体は墜落して炎上する(写真37)。質感の高い機内セットでの撮影の可能性もあるが,他のVFXシーンから推察すると,すべてグリーンバックでの演技で,機内の客席も操縦室もCG描画の可能性が高い。操縦席のパネルや急降下中の擬似無重力状態の描写がよくできていた(写真38)。映像的には満足できたが,機内の攻防は漫画的すぎる。派手ではあるが,アクション映画としての品位は高くなかった。本作のCG/VFXの主担当はILMで,他にはRodeo FXが参加しているだけである。両社からVFX Breakdown映像が公開されていたので,現在のInvisible VFXのレベルを把握できたのは大いに参考になった。自慢するだけのことはある見事な出来映えであった。より,頭部1節,胴部4節はほぼそのまま採用し,クリーパーは4対8本の足の内側にさらに細かな多数の足があるデザインにしている。


写真37 (上)ベンとアメリアを乗せた飛行機がカナダに向けて離陸,
(中)敵を倒したベンが操縦桿を握る, (下)墜落し, 炎上する機体
(原作では, ネットワークのビルに突っ込むことになったいたが…)

写真38 (上)コックピットのパネルデザインは秀逸
(下)急降下中で身体が浮くシーンの描写も上々
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