O plus E VFX映画時評 2025年11月号掲載
(注:本映画時評の評点は,上から![]()
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(11月前半の公開作品はPart 1に掲載しています)
■『TOKYOタクシー』(11月21日公開)![]()
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今月のPart 2の最初はこの映画だと決めていた。単に邦画の話題作というだけでなく,筆者にとって格別に思い入れのある作品だからだ。先月の『てっぺんの向こうにあなたがいる』を,吉永小百合124本目の主演作,阪本順治監督とは13年ぶりのタッグと書いたが,本作は94歳の山田洋次監督の91作目で,内70作目の出演となる倍賞千恵子と,時代劇『武士の一分』(06年12月号)の主演以来,19年ぶりの起用となる木村拓哉のW主演作である。その『武士の一分』の脚本執筆中の定宿に押しかけて監督と数回交流した思い出があり,この現代劇でキムタクをどんな人物に描くのかが最大の関心事であった。
また倍賞千恵子に関して言えば,『男はつらいよ』シリーズ終了以来,山田映画への出演作が極めて少ない。準主役級は,せいぜい『小さいおうち』(14年2月号)で主演の松たか子の晩年を演じたに過ぎない。それに対して,『母べえ』 (08年2月号)から『こんにちは,母さん』(23年9月号)まで,4回も吉永小百合を女性主人公に起用している。その浮気振りを不満に思っていたので,そろそろ本妻たる倍賞千恵子の堂々たる主演作を観たいと思っていたので,殊更楽しみであった。
加えて本作は,最近で最も気に入ったフランス映画『パリタクシー』(23年4月号)のリメイク作である。山田監督の他作品リメイクは,松竹の大先輩・小津安二郎の名作『東京物語』(53)を現代風に焼き直した『東京家族』(13年1月号)しか記憶にない。いくら松竹が『パリタクシー』の配給権を有しているとはいえ,山田監督がフランス映画をリメイクするとは驚いた。よほど,同作を気に入り,和風仕立てで脚色することに自信があったのだろう。かくなる上は,もう一度『パリタクシー』を見直し,両作の細部を比べて紹介しようと考えた。
『パリタクシー』は,貧しい46歳の中年男のタクシー運転手シャルル(ダニー・ブーン)が,92歳のマダムのマドレーヌ(リーヌ・ルノー)をパリ郊外の高齢者施設に送り届ける道中を描いた映画である。パリ20区を横切って反対側までの長距離運転の上に,マドレーヌの思い出に地に何度も寄り道しながら遠回りし,途中2度も食事するので,ほぼ丸1日の出来事であった。車中でマドレーヌが若き日の恋愛,妊娠&出産,再婚相手のDV,殺人未遂での逮捕と服役を語り,2人は打ち解ける。原題は『Une belle course(美しき旅路)』で,道中の車窓からパリ市街の美しい光景が見られるのが嬉しい。運転手役のD・ムーンは人気コメディアンだが,老マダム役のL・ルノーは国民的シャンソン歌手であり,出演時の実年齢が92歳であったことも話題になった。
一方,本作の老女は85歳の「高野すみれ」で,倍賞千恵子の実年齢は84歳である。個人タクシー運転手・宇佐美浩二の年齢は明かされていないが,家族構成,金欠状態,タクシーの黒い車体の形状もそっくりであった。物語の基本骨格はそのままで,すみれの過去の人生や重要シーンのセリフも踏襲している。完璧主義の山田監督の緻密さが伺える。それでいて,庶民の暮らしや山田流ヒューマンドラマの味付けは見事であった。本作は初めての観客のため,エンディングはネタバレ禁止となっているが,『パリタクシー』を観た読者にはほぼ同じと言うだけ分かるはずだ。『パリタクシー』は幸福感に浸れる映画だと書いたが,本作には思わず涙してしまった。
倍賞千恵子演じる主人公が「さくら」から「すみれ」なのにニヤリとする。ただし,マダムすみれは極めてお洒落で,赤紫のコートもその下の黒いドレスも見事に着こなしている。所帯じみた諏訪さくらとは大違いだ。自宅が葛飾柴又で,帝釈天の山門前から乗車するのも嬉しくなる。すみれの母親が経営する甘味処の店の奥にある居間は「とらや(くるまや)」そのものである。
柴又を出て,目的地の老人ホームの場所は東京のどこだろうと思ったが,何と神奈川県の葉山であった。美観からして,海の見える場所にしたかったようだ。これが府中や八王子では様にならない。道中の観光名所もスカイツリー,雷門,渋谷ハチ公前,東京駅前,東京タワー,みなとみらいの夜景,元町商店街のイルミネーション等々は,『パリタクシー』より贅沢な盛りつけだ。
すみれの若き日は,蒼井優が演じていた。山田監督のお気に入り女優の1人だが,倍賞千恵子に似ていないのは気にならなかった。木村拓哉はD・ブーンより数段イケメンなので,当初,この運転手役は似合わないと思った。ただし,劇中では「いい男」扱いされていた。既に50代に入っているだけあって,かなり渋い演技もできるようになっている。期待した以上の好演で,すっかり気に入った。助演陣で出色だったのは,本作でもまた笹野高史だった。『沈黙の艦隊 北極海大海戦』(25年9月号)の総理役,『港のひかり』(同11月号)の漁業組合会長役に続いて褒めっぱなしであるが,本作のすみれと懇意な司法書士役も絶品であった。
エンドロールを観て,「明石家さんま」の名前があったのに驚いた。一体,どこにどんな役で出ていたのだろう? ネット上の記事を読んでようやく分かったが,これは観てのお愉しみとしておこう。D・ブーンはコメディアンであるから,木村拓哉でなく,いっそ彼を葉山まで同行する運転手役で登場させたら面白かったと思う。さらに宇佐美の姉役で登場する「大竹しのぶ」を少し若作りメイクで妻役にしたら,もっと笑えたことだろう。
以上のように,山田流リメイクを堪能したのだが,『パリタクシー』の![]()
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評価よりも1ランク下げたのは,少し不満な点があったからだ。観光名所を見せたかったとはいえ,柴又から葉山に到る経路選択が余りにも出鱈目である。一度目のマスコミ試写ではなはだ疑問に感じたので,もう一度試写を見せてもらい,車窓から見える経路を確認した。まず,帝釈天前から都心に向かうのに,京成金町線沿いに国道6号線に向かわず,逆方向の江戸川堤防線を経由している。『男はつらいよ』でお馴染みの江戸川の光景を見せたかったからだと思われる。これは許そう。すみれの希望の言問橋で停車すると,スカイツリーが大写しになる。小さな路地を経て,雷門前を通ると,吾妻橋から再度スカイツリーが見える。なぜ,これだけ2度も見せる必要があるのか?
その後,上野駅前,不忍池,皇居前の内堀通り,日比谷公園横を通過し,神宮外苑,渋谷スクランブル交差点に到る。絵画館前から青山通りに向かうのは回り道だが,美しい銀杏並木を見せたいためだ。これも許そう。全く理解できないのは,渋谷の後,秋葉原と東京駅前が登場することだ。そこを右折して進むと,六本木五丁目で東京タワーが正面に見える,タワーの横を通り,その後多摩川を渡るが,その前に突如として西新宿の都庁が出て来る。東京タワー付近から神奈川県に入るなら,国道15号線の六郷橋を渡るのが最短なのに,第二国道の丸子橋を渡っている。この橋だけ,水色の橋桁が魅力的だったからだろう。高速は使わないと言いながら,大黒埠頭からベイブリッジを渡るのに,上部の首都高速湾岸線を使い,その後,みなとみらい地区のホテルで食事する。
ルートが変なのは,すみれと宇佐美の会話中の車外の光景は,都内と横浜近郊で多数撮影した映像を適当に配置したからだと思われる。せめて,東京駅前と都庁を別の場所に入れれば,ここまで不自然ではなかった。残念だったのは,細部まで綿密に点検する山田監督が,こんな杜撰な背景選択にOKを出したことである。今回,山田組としては初めて大型LEDパネルに映像を表示し,その前に2人が乗ったタクシー車輌を配置して演技させたという。従来のブルーバックのクロマキー合成であれば,後でいくらでも背景は差し替えられたのである。
とはいえ,この「美しい旅路」はヒューマンドラマとして秀逸であった。ラストのキムタクの涙は我々の涙を誘った。『パリタクシー』と同じ結末でありながら,この違いが出るのは,名匠・山田洋次監督の腕である。
■『ドミニク 孤高の反逆者』(11月21日公開)![]()
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上記がかなり長文になったので,本作の紹介はコンパクトに済まそう。もっとも,監督も俳優たちもほぼ無名で,劇中の主人公は正体不明の上,過去も目的も詳しく語られないので,余り書けることもないのだが。
原題は単なる『Dominique』で,女性主人公の名前である。舞台は南米コロンビアのラグアビア砂漠で,墜落した小型プロペラ機の中を無法者たちが積み荷を漁るシーンから始まる。彼らが地上からこの小型機を撃墜したのであった。1人が死んだと思った女性操縦士の所持金を奪おうとしたところ,彼女は突然目を覚まし,素早くこの男を刺殺し,銃を奪って全員を射殺する。彼女が主人公のドミニク(オクサナ・オルラン)で,もの凄い戦闘能力の持ち主であった。近くの町サンルカスに移動して盛り場に入ると,若いハンサムな男が「この町は麻薬カルテルが支配していて危険だ」と忠告してくれた。ドミニクが彼を誘い,2人はたちまち男女関係になる。
彼は真面目な警察官のフリオ(セバスティアン・カルヴァハル)だった。墜落時に頭に傷を負ったドミニクは感染症で倒れてしまい,傷が癒えるまで彼のフエンテス一家に住み着く。車椅子生活の父親(グスタヴォ・アンガリタ),姉で妊婦のパウリナ(マリア・デル・ロサリオ)と数人の子供たちの家庭だった。麻薬カルテルと結託して腐敗した警察署長(モーリス・コンプト)の悪事を調べ始めたフリオは惨殺され,フエンテス一家にも危機が迫る。後は何度も彼らを抹殺しようとする警官隊とドミニクの凄まじい銃撃戦の連続であった。ウクライナ人女性のドミニクがどこでその戦闘能力を得たのか,彼女の過去は不明のまま,ただただバイオレンスアクションが続く。少しミラ・ジョボヴィッチ似の美形だが,戦闘能力は女ジョン・ウィックと言える。
監督・脚本・編集のマイケル・S・オヘダはシカゴ生まれの米国人,主演のオクサナ・オルランはウクライナ系米国人だが,他の大半はコロンビア人の俳優のようだ。典型的な低予算のB級アクション映画で,そもそも冒頭の小型機撃墜自体がそう上手く行くとは限らない設定であるし,物語はなきに等しい。単純なハッピーエンドで終わらず,終盤一捻りあるが,さほどの脚本でもない。それでも,金髪美人が悪人どもをなぎ倒すのは痛快である。とりわけ,照明のON/OFFで敵を翻弄するシーンが楽しい。エンタメ映画はこの痛快さだけで十分だ。
■『ブラックフォン 2』(11月21日公開)![]()
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言うまでもなく,『ブラック・フォン』(22年Web専用#4)の正統な続編である。であれば,『ブラック・フォン2』と表記したいところだが,国内配給会社から「・」を外した上に,『Mr. ノーバディ 2』(25年10月号)と同様,「半角アケ」を入れて文字は「全角」にせよとの指定であるから,逆らうことはできない。どう考えてもこの担当者の日本語感覚は「正常」と思えない。原題は『Black Phone 2』で,英語表記は『Kung Fu Panda 2』『Toy Story 4』のように単語ごとに空白が入るが,邦題は『カンフー・パンダ2』『トイ・ストーリー4』のように間を詰めて半角数字のままにするのが慣例だ。日本語文で漢字や片仮名と英数字を混ぜると自動的に少し間が空く組版が多いので,その上「半角アケ」を入れると,ますます間延びして感じてしまう。この間延びは好きになれない。
結論を先に言ってしまうと,この続編はそんなに間延びした映画ではなかった。前作のテイストを維持したまま,引き締まったホラー映画となっていた。それとも,配給会社の担当者は,前作とは異なる「異常な」怖さであることを強調したかったのだろうか。
前作では,「グラバー」と呼ばれる連続殺人鬼(イーサン・ホーク)が少年たちを地下室に監禁して殺害する映画であった。地下室内には断線した黒電話があり,その部屋で惨殺された死者の霊からメッセージが届くという恐怖を描いていた。主人公の少年フィニー(メイソン・テムズ)も監禁されたが,予知夢を見る霊力のある妹グウェン(マデリーン・マックグロウ)が死者と協力して監禁場所を突き止めてくれたお陰で,彼は命拾いした。
続編の本作は,スコット・デリクソン監督,殺人鬼グラバーやフィニー&グウェン兄妹を演じる俳優もそのまま続投している。場所も同じコロラド州だが,前作の米国公開は2021年であったので,時代は正確に4年後の1982年となり,フィンは17歳,グウェンは15歳になっていた。前作の最後にグラバーは死んだので,本作でどういう形で登場するのかが興味の的であった。
フィニーは4年前の出来事がトラウマになっていて,妹グウェンは1957年に同州のアルパイン・レイクで起きた事件の悪夢に悩まされていた。ウィンターキャンプに参加した3人の少年たちが追い回されて殺害された事件で,夢は正確にそれを再現していた。正義感の強いグウェンは兄フィニーと前作で死んだロビンの弟のアーネスト(ミゲル・モラ)を説得して,3人で同地を訪れる。既に冬となっていて湖は凍り,その近くに公衆電話ボックスとキャンプ用の建物があった。建物内には管理人のマンド(デミアン・ビチル),姪のマスタング(アリアンナ・リヴァス)と職員2人がいたが,猛吹雪のため7人は閉じこめられてしまう。
2日目の夜,公衆電話に死者のグラバーから電話がかかって来る。前作で実の弟を殺させ,自分の命を奪ったフィニーへの復讐を口にした。グウェンらはモンドが保有していた写真からグラバーの正体を突き止め,彼の怨念を鎮めるため,3人の少年の遺体を探す……。
凍った湖が美しかったが,これはカナダのオンタリオ州で撮影された。その一方,寒々とした光景の中で旧式の公衆電話ボックスから聞こえる呼出し音が,前作とは異なる不気味さを感じさせた。ただし,全体の演出はホラー映画の平均レベルに過ぎず,少年たちの遺体の場所探索も前作の地下室の場所ほどの意外性はなかった。
本作の実質の主人公はフィニーでなく,妹のグウェンである。演じているM・マックグロウの美貌に驚いた。現在の実年齢は16歳だが,この年頃の少女は4年も経つとこうも大人の美しさになるのかと,改めて感心した。5歳の頃から子役として映画出演していたようだが,どんな女優に育って行くのかが楽しみだ。
■『WEAPONS/ウェポンズ』(11月28日公開)![]()
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結論を先に言えば,高評価を与えるに足る傑作なのだが,欠点は表題に特徴がなく,他作品と紛らわしいことである。同じワーナー・ブラザース配給作品に,英語とカタカナを併記した『WIND BREAKER/ウィンドブレイカー』(12/5公開予定)があるので混乱する。同作はコミックが原作の不良高校生の青春映画,本作は洋画のホラー・ミステリーである。「武器」を意味する題名から戦争映画を連想させ,『ウォーフェア 戦地最前線』(1/16公開予定)とも混同しがちだ。同作は米国海軍の特殊部隊がイラク戦争で体験した過酷な任務を描いた戦争映画だが,本作は軍隊や戦争とは無縁で,ある町で起こった少年少女の集団失踪事件の謎を追う物語である。ただし,拳銃による射撃はあり,死者は発生する。
ヒントはそれくらいにして,本編に入ろう。舞台は米国の静かな郊外の住宅地で,ある水曜日の深夜2時17分,子どもたち17人が突然ベッドを抜け出し,ドアを開けて,暗闇の中へ走り出したまま姿を消してしまった。いずれもメイブルック小学校3年生で,全員同じクラスの児童たちである。翌朝,その教室にやって来たのはアレックスなる男子生徒(ケイリー・クリストファー)だけだった。担任の女性教師ジャスティン・ギャンディ(ジュリア・ガーナー)は,保護者たちから失踪事件の責任を問われ,マーカス校長(ベネディクト・ウォン) から,しばらく休職扱いを言い渡される。彼女は真相に迫ろうとアレックス少年を尾行して自宅をまで行ったが,その家の中の異様な光景を目の当たりにする。
一方,失踪した息子マシューの父親アーチャー(ジョシュ・ブローリン)は,警察の捜査が進展しないことに苛立ち,自ら独自の捜索を始める。監視カメラ映像を分析したところ,子供たちが同じ方向に向かっていることを発見するが,目的地は判らなかった。さらに,教師ジャスティンと不倫関係のある警官のポール(オールデン・エアエンライク)が思いがけず事件に巻き込まれ,集団失踪事件の懸賞金目当てで町をうろつくホームレスの浮浪者ジェームズ(オースティン・エイブラムズ)が偶然ある「モノ」を発見したことから,物語の様相が一変し,予想もしなかった真相が浮かび上がる……。
これ以上は,ネタバレになるので詳しくは書けない。上記の『ブラックフォン 2』やその前作『ブラック・フォン』(22年Web専用#4)では,地下室で殺害された死者の少年たちからの電話が登場したが,本作も地下室が絡んでいるとだけ言っておこう。またこの映画の「武器」が何であるかを見定めるのも,謎解きの重要ポイントである。本作は,少し重複を交えて上記の登場人物それぞれの視点での展開が描かれ,かつ回想シーンを含んで時間軸上を往き来する非線形な構成となっている。
監督・脚本・製作・音楽はコメディアンのザック・クレッガーで,デビュー作『バーバリアン』(22)に続く監督2作目である。低予算映画ながら,米国では観客たちの考察投稿が相次ぎ,スマッシュヒットとなった。本邦でも『ファイナル・デッドブラッド』(25年10月号)に続いて,急遽劇場公開となった。上映館数が限られているので,早めの視聴を勧めておきたい。
■『マルドロール/腐敗』(11月28日公開)![]()
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本作もホラー要素を少し含むが,ジャンルとしてはクライムスリラーに属する。1990年代にベルギーで起きた実在の少女拉致監禁・殺人の「デュトルー事件」に基づく映画で,警察組織の腐敗や司法システムの欠陥を描いているらしい。監督・脚本は『変態村』(04)『地獄愛』(14)『依存魔』(19)の「ベルギーの闇 3 部作」で知られる名匠ファブリス・ドゥ・ヴェルツだというが,この監督のことは全く知らなかった。ベルギーの公用語はオランダ語・フランス語・ドイツ語であるが,全編のセリフはフランス語で語られ,登場人物の大半にフランス人俳優を起用しているから,フランス資本に頼って個性派のベルギー人監督が撮った映画だと言えそうだ。
時代設定は1995年,当時のベルギーの警察制度は,憲兵隊,自治体警察,司法警察が縄張り争いをし,敵対関係にあった。本作の主人公は若き憲兵隊員のポール・シャルティエ(アントニー・バジョン)で,血気盛んですぐ熱くなるが,いつも同僚のカタノ(アレクシス・マネンティ)に静止されていた。個人的には,恋人のジーナ(アルバ・ガイア・ベルージ)との結婚を控え,幸せな日々を送っていた。ある日, 7歳と8歳の2人の少女が行方不明になる事件が起きる。司法警察が事件性なしと動かない中,憲兵隊は小児性愛者を監視する秘密部隊の「マルドロール作戦」を実施することになり,正義感に燃えるポールはこの部隊への配属を志願した。
極秘捜査に中で,窃盗,文書偽造,麻薬密売等で闇社会に生きる男のマルセル・ドゥデュー(セルジ・ロペス)の存在が浮上し,彼が数年前から少女誘拐を仄めかし,地下室を用意していたことも発覚する。ポールはドゥデューの自宅から押収したビデオテープの日付が少女の誘拐日と一致していることを見つけ,上司のシャルル・ヒンケル(ローラン・リュカ)に報告したが,ポールの過激な捜査をもて余していた彼は取り合わなかった。さらに,16歳と17歳の少女の誘拐事件が起こり,ポールはドゥデューの共犯者のドルマンやルナールの仕業だと見抜いたが,またしても上司のシャルルに無視された。
さらなる誘拐事件では司法警察が手柄を立て,憲兵隊は無能であったという烙印を押された。激昂したポールは怒りをシャルルにぶつけるが,逆に「職務不服従と怠慢」を理由に懲戒免職となってしまう。行き場をなくし,荒れ狂うポールに傷つけられた妻ジーナは家を出る。ビデオテープの中身から警察幹部に小児性愛者がいること突き止めたポールは,驚くべき行動に出るが……。
またまた少女誘拐と地下室かと思いながら観ていたが,上記2作品に比べて,内容が盛り沢山で,頭の整理に苦労した。警察組織の腐敗と戦う正義感の強い捜査員は定番の1つだが,本作は不条理と狂気を好んで描くヴェルツ監督の個性で,物語展開が複雑になっていると感じた。ただし,終盤の畳み掛けと,ラストシーンの捻りは見事であった。実話ベースであるが,恐らくかなり脚色されていると思われる。主演男優も個性派であったが,ヴェルツ作品の常連で,シャルル役のL・リュカの存在感が際立っていた。妻ジーナ役のA・G・ベルージも監督のお気に入りらしく,なかなかの美形である。経歴を見ると,大ヒット作『最強のふたり』(12年9月号)で主人公の富豪フィッリプの娘役を演じていたようだ。計算すると,出演時はまだ15〜16歳である。上記『ブラックフォン 2』のM・マックグロウと同様,過去作から現在の大人の女性の美しさは想像できない。
■『ナイトフラワー』(11月28日公開)![]()
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9月号に書いたと同じ理由で,今月も最後に邦画が数本続く。これで7ヶ月連続である。まずは,内田英治監督の最新作のヒューマンサスペンスからだ。この監督の作品を最初に取り上げたのは『ミッドナイトスワン』(20年9・10月号)で,同作から本作までの間に彼は5本も撮り,当欄は『異動辞令は音楽隊!』(22年7・8月号)『サイレントラブ』(24年1月号)『マッチング』(同2月号)の3本を紹介している。この3本とも彼のオリジナル脚本であるだけでなく,それを小説にもしてしまう多才かつ多作な監督である。一気にブレイクした『ミッドナイト…』は草彅剛がトランス女性を演じたLGBTQ映画で,バレエもテーマになっていた。本作も同じく「夜の街」が舞台というので,一体何だろうと思ったら,主演は正統派美人女優の代表格・北川景子で,何と違法ドラッグの売人を演じるという。この映画は外せない!
主人公はシングルマザーの永島夏希(北川景子)で,借金取りから逃げ出すために,2人の子供を連れて東京にやって来た。昼は製造業のパート,夜はスナックで働くが,毎日の食べ物にも困る貧困生活だった。ある日,商店街の一角で娘の小春(渡瀬結美)がバイオリンを弾き,息子・小太郎(加藤侑大)の前に小銭を入れるコップが置かれていた光景を見て,涙が止まらなかった。偶然遭遇したドラッグの密売現場から,夏希はそれを持ち帰ってしまった。それがあっさり売れたことから,売人生活にハマり込んでしまうが,夜の街を仕切る元締めのサトウ(渋谷龍太)らにボコボコにされた。
その現場を目撃した芳井多摩恵(森田望智)は,自分がボデイガード役を務めるので,利益は山分けにしようと持ちかける。昼は格闘技の練習に励み,夜は風俗嬢として働く多摩恵も,命を削りながら生きていた。こうして始まった2人のタッグは順調に進んだが,彼女らが売った合成麻薬に手を染めた女子大生の死をきっかけに,2人の運命は思わぬ方向に狂い出す……。
助演陣には,多摩恵の格闘技才能に期待するジムの会長役に光石研,娘を失った病院の院長夫人役の田中麗奈,彼女に娘の素行調査を依頼される探偵役に渋川清彦らが配され,脇を固めていた。女性2人のバディ映画の進行が基本骨格であるが,多摩恵の格闘技の試合と小春のバイオリン演奏の上達ぶりがサイドストーリーとして見事な味わい深かった。リングで多摩恵も奮戦するが,相手も強く,見応え十分である。子役の渡瀬結美が演奏するバイオリンは,オーディションで選ばれただけのことはある見事な腕であった。少しクサいが,母や娘にバイオリンを買い与えるシーンには,じんと来てしまった。いつ咲くのだろうかと,思わせぶりな「ナイトフラワー」の開花シーンも,収まるべき所に収まっていた。
当欄で紹介した過去作の評点を見て少し驚いた。『異動辞令…』のみ![]()
評価で,他の3本には![]()
しか与えていない。こんな低評価の連続は珍しい。総じて言えば,毎度内容が盛り沢山で,監督の少し過剰な演出に,各俳優の演技がついて行けないという印象だった。本作はそれを吹き飛ばす,女優2人の好演であった。青く染めた髪を振り乱し,全編スッピンで関西弁をまくし立てる北川景子は,これがあの美人女優かと目を疑った。この汚れ役は,彼女にとっての一大転機となったことだろう。
一方,森田望智はNetflixのドラマシリーズ『全裸監督』(21)でのAV女優・黒木香役の印象が強かった。本作の格闘技は本格的で,元は格闘技選手であったのかと調べ直したぐらいだ(そんな事実は全くなかった)。この2人の女優は,複数の映画祭/映画賞で,主演女優賞,助演女優賞にノミネートされ,その内いくつかを受賞すると予想しておこう。
[付記]本稿執筆後,早速,2人とも第50回報知映画賞を受賞した。
■『栄光のバックホーム』(11月28日公開)![]()
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続いては,元阪神タイガースの選手で,若くして脳腫瘍を発症して引退し,28歳の若さで他界した横田慎太郎の軌跡をドラマ化した映画である。阪神ファンでその名と奇跡の出来事を知らない者はいないし,紹介も感想も客観的には語れない。それを承知の上で,一般的な概要を記した上で,個人的な視点での思い入れを語ることにした。
鹿児島実業高校出身の横田慎太郎は2013年10月のプロ野球ドラフト会議で阪神タイガースに2位指名された。2年連続して予選決勝で敗れたため甲子園出場経験はなかったが187cmの長身と,高校通算29本塁打の実績から,将来の長距離砲レギュラーとして期待を集めた。1年目の2軍戦で初HR,3年目の2016年開幕戦にスタメン起用されて初安打を打つ等,高卒の野手として順調なすべり出しであった。ところが,翌2017年春からボールが二重に見え始め,脳腫瘍と診断された。過酷な闘病生活も病魔には勝てず,2019年に現役引退を決意する。9月26日の2軍戦の引退試合で,センター前安打を本塁にノーバウンド送球して走者を刺したことは「奇跡のバックホーム」として話題になった。帰郷後,選手経験や闘病体験の講演や著作活動を行っていたが,腫瘍は脊髄に転移し,さらに脳腫瘍も再々発した。2023年7月18日に鬼籍に入り,帰らぬ人となった……。
映画で横田慎太郎役を演じるのは,新人俳優の松谷鷹也で,元高校球児で185cmの長身,横田と同じ左投げ左打ちで,実父が元プロ野球選手という点まで同じだ。これ以上ないキャスティングである。慎太郎をずっと見守る母まなみ役に鈴木京香,父・真之役に髙橋克典,親友の先輩選手・北條史也役に前田拳太郎が配されていた。てっきり「奇跡のバックホーム」シーンと試合後の感動の挨拶で締め括るものと思ったのだが,その後の闘病生活での母子の会話に長い時間が当てられていた。
企画・監督は『20歳のソウル』(22)の秋山純だったが,ホスピスの担当医役に佐藤浩市,大学病院の主治医役に小澤征悦,掛布雅之役に古田新太,金本知憲役に加藤雅也,平田勝男役に大森南朋,田中秀太役に萩原聖人という豪華助演陣に驚いた。ただし,弔事を読むOB会長・川藤幸三役に柄本明は全く似合わない。顔立ちからすると,まだしも古田新太か大森南朋の方が納得できた。
引退試合は2軍戦であり,さほどの観客はいなかった。多くの阪神ファンが横田の存在を再確認したのは,その報道と2022年にテレビ朝日系で放映されたドキュメンタリー・ドラマ『奇跡のバックホーム』である。筆者もこの番組で初めて彼の経歴を知った。彼の他界後,7月25日の追悼試合の巨人戦に阪神が逆転勝利し,8月6日に上記番組が再放送されて,横田フィーバーは最高潮に達した。例年なら夏のロードで苦しむタイガースは10連勝を果し,9月には11連勝で18年ぶりの優勝を果してしまう。横田慎太郎が天に召されてこの優勝を届けてくれたと阪神ファンは感動に浸った。
同年9月14日の夜,半年前に購入した入場券のお陰で,筆者は甲子園球場のスタンドにいた。9回の表,クローザーである同期の岩崎優がマウンドに向かう時に場内に流れたのは,岩崎自身の登場曲でなく,横田の登場曲,ゆずの「栄光の架橋」であった。そして,優勝決定直後の岡田監督の胴上げ時には,背番号24の横田のユニホームが掲げられていたのを,この目で直に観た。
こうした個人的な出来事の記述に対して,阪神ファンはそれぞれの想い出を語るであろうし,ファン以外には面白くも何ともないだろう。それでも,この映画は観て欲しい。将来を嘱望された選手が思いがけない病に倒れたこと,母と子の闘病記に心を揺さぶられるはずである。
[付記]松谷鷹也は,上記の報知映画賞の新人賞に選ばれた。また,12月1日放映の『プロ野球総選挙』(テレビ朝日系)で,横田慎太郎の経歴が紹介され,彼自身のバックホームシーンと引退会見の映像が流れると,会場のコメンテーター達で涙している人物が何名もいた。
■『兄を持ち運べるサイズに』(11月28日公開)![]()
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意外性のある題名で,少し驚いた。本気にして,可搬サイズに調整する方法があるのか,これはSFかと思ってしまった。キービジュアルは,厚紙に等身大のオダギリジョーの写真を貼ったボードを,3人の女性と1人の少年が運んでいる画像である。これなら楽々運べるだろうが,それじゃ題名は『兄を持ち運べる重さに』であるべきだ。監督・脚本は『湯を沸かすほどの熱い愛』(16年11月号)の中野量太で,長い題名が好みらしい。同作は監督のオジジナル脚本で,主演は宮沢りえ,夫役は同じくオダギリジョーであった。本作には原作があり,村井理子が2020年に上梓したエッセイ「兄の終い」である。「終い」というだけあって,兄は他界していたので,骨壷に入れたなら,そりゃ簡単に持ち運べる。そう言えば,3人の女性の1人は喪服を着ていて,背景右手にある立派な建物は葬儀場のようである。
作家の村井理子(柴咲コウ)は,宮城県塩竈警察からの電話で行方不明だった兄(オダギリジョー)の訃報を知らされる。遺体は同県の多賀城市のアパートで見つかり,発見者は息子の良一(味元耀大)だったらしい。彼は離婚歴のあるシングルファーザーで,5年前から音信不通であった。滋賀県在住の理子には夫と娘がいたが,とりあえず「持ち運べるサイズにして自宅に持ち帰ろう」と考え,東北新幹線で現地に向かったが,道中も子供の頃から自分勝手で散々迷惑をかけられた兄のことを思い出す。警察署の前で,7年ぶりに兄の元妻・加奈子(満島ひかり)と彼女が引き取った長女・満里奈(青山姫乃)と再会する。そこからの怒濤と混乱の4日間を描いたのが本作である。コメディタッチで始まり,後半から終盤は心温まる物語になることは容易に想像できた。
長男の良一は施設に預けられていた。少人数での告別式,火葬を終え,アパートに向かうとそこはゴミ屋敷と化していた。よくぞこんな部屋に親子2人で暮らしていたものだ。壁には4人暮らしだった頃の家族写真や,子供時代の兄妹の写真が多数貼ってあった。3人で後片づけをしながら悪口雑言を吐く理子に,加奈子は「もしかしたら,理子ちゃんには,あの人の知らないところがあるのかな」と呟く。それをきっかけにそれぞれの家族を見つめ直し,良一の将来を思いやることになる……。
ダメ男で行方不明というのは『湯を沸かす…』の夫役と相似形だ。身勝手ながら憎めない男はオダギリジョーのハマり役である。本作では最初から故人だったが,回想シーンで何度も登場する上に,亡霊として4人の前にしばしば現れて,セリフもたっぷりあった。現地風景もふんだんに盛り込んでリアリティを高めているのは,中野監督の本領発揮である。多賀城市立図書館内部がこれほど立派だとは驚いた。満島ひかりも過去作のいずれよりも美しかった。理子が終始緩めの服装で登場するのは,おそらく原作者自身がそうなのだろう。
映画の終盤で,理子はこの兄の死に伴う騒動を書いて出版し,そのサイン会を開いている。実際の文庫本にも「兄ちゃん,あの日からもう5年。とうとう映画が完成しました」で始まる一章が加えられていた。「兄の終い」はドキュメンタリー・エッセイという位置づけであるが,著者が実際にこうした兄の死を体験したのか,それとも自伝エッセイを装ったフィクションなのかは不明である。
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