O plus E VFX映画時評 2024年2月号

『沈黙の艦隊 シーズン1
〜東京湾大海戦〜』

(Amazon MGMスタジオ)




オフィシャルサイト[日本語]
[2月9日よりAmazon Prime Videoにて世界独占配信中]

(C)2024 Amazon Content Services LLC OR ITS AFFILIATES.原作/かわぐちかいじ「沈黙の艦隊」(講談社「モーニング」所載)


2024年2月9&10日 エピソード1〜6を視聴
2024年2月16日 エピソード7&8話を視聴

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


ネット配信ドラマで再登場, 人物描写は充実したが, VFXは今イチ

 2月のメイン欄は閑散期なので,暖めていた『ブルービートル』を紹介することにし,他の掲載予定も入れたところで,このドラマシリーズの配信開始の報が入って来た。昨秋の劇場用映画『沈黙の艦隊』(23年9月号)の未公開シーンを追加し,続編を加えた全8話ドラマだという。単なるディレクターズカットの増補版ではないようだ。シーズン1というからには,これが原作をフルに描いた完結編ではなく,まだその先も続くようだ。原作ファンにとって,劇場版は大いに不満であったので,前稿では「序章を描いただけで,まるで予告編かせいぜい第1話である」と書いている。さらに最終パラグラフで,以下のように書いたのを覚えておられるだろうか。
「原作の終盤のエッセンスを盛り込んだ続編が登場することを,筆者はまだ諦めていない。国内資本ならこれ1作で終了する可能性が大だが,バックにAmazonスタジオが付いているなら,シリーズものとして国際的に配信する可能性も有り得るかと期待している。3部作にするなら,2作目はロシアや中国の原潜を操艦の妙で一泡ふかせ,核の脅威で嚇し続ける痛快映画を,3作目は国連総会で海江田がしっかり世界に訴えて大団円を迎える映画を希望しておきたい。」
 即ち,あくまで劇場用映画の3部作を想定して希望だったのである。あの『ロード・オブ・ザ・リング(LOTR)』3部作 (01〜03)の前日譚をTVドラマシリーズ化し,Prime Videoで『同:力の指輪』(22年Web専用#6)の全8話をネット配信した実績のあるAmazonスタジオであったが,実現形態がかなり違う。LOTRの場合は,劇場版3部作(01〜03)の完結後に。前日譚の『ホビット』3部作 (13〜15)も劇場公開され,そのさらに前日譚であり,過去作とは全く重複のないドラマであった。一方,今回のドラマシリーズ化は,劇場版を含む上に,原作の内容を完結させていない。
 この公開/配信形態は思いつかなかった。というか,邪道だと思える。半年も経たない内の配信開始は,当初から計画通りで,シーズン1はすべて取り終えていたのだろう。この営業方針の是非は最後に語るとして,劇場版が物足りなかっただけに,続編が出て来たこと自体は素直に喜ぶことにした。
 原作への思い入れは既に語ったし,登場人物の紹介も済んでいるので,それは劇場版紹介の前稿を見て頂きたい。本稿では,劇場版からの追加,原作コミックとの過不足を語りながら,このシリーズの意義と見どころを記す。今月のメイン欄はこれに専念し,他の掲載予定2本は見送ることにした(片方は駄作なので取り上げず,もう一方は短評欄で済ますことにした)。
【シーズン1の流れ,劇場版との違い】
 今回の全8話の構成は,以下の通りである。
●2月9日配信開始
  エピソード1 やまなみ圧潰 (56分)
  エピソード2 シーバット浮上 (45分)
  エピソード3 海江田VS深町 (41分)
  エピソード4 戦闘開始(45分)
  エピソード5 日米首脳会談(40分)
  エピソード6 シーバット,東京湾へ入港(47分)
●2月16日配信開始
  エピソード7 やまとVS日本,同盟交渉(44分)
  エピソード8 たつなみ航行不能(57分)

 劇場版の内容は第4話の半ばまでで描かれている。日本初の原潜「シーバット」は米国第7艦隊所属として試験航行中に反乱逃亡し,独立戦闘国家「やまと」を宣言する。追ってきた米軍の原潜3隻をモロッカ海峡で航行不能にし,日本との友好条約締結を求め,米国はその対応に苦慮する…というところまでである。これは,原作コミック(全32巻)の第3巻の途中までに相当していた。今回のシーズン1は,上陸した海江田艦長(国家元首)が東京での日本政府との会談を終え,「やまと」が東京湾から脱出して,NYの国連本部を目指すところまでを描き,区切りとしては丁度良い。原作では,第11巻の75%程度までをカバーしている。
 追加分4.5話で原作8巻分では,かなり端折った駆け足だったかと言えば,そんな感じはしなかった。沖縄沖でのソ連攻撃型原潜との交戦を第4話前半の米国原潜との交戦に含めてしまい,ソ連艦隊との沖縄沖海戦をすべて割愛していたからだ。原作よりも戦闘シーンを少なく or 短くしているものの,同盟関係の締結,日米首脳会談等はしっかり描いていた。物語の大きな流れがきちんと押さえられていたので,むしろ充実感があった。
 配信開始日は,なかなか手の込んだ巧妙な営業戦術だと感じた。全8話で毎週1話ずつでなく,全体を2分するなら4話ずつで良いはずが,6:2にしたのは恣意的だろう。4話で切って,ほぼ劇場用映画の増補版と分かると,視聴者は少なかっただろう。プラス2話以上あるとなると,(筆者のように)劇場版で不完全燃焼だった観客は,この続編を配信開始日からすぐに観たに違いない。そこで,第6話が終了したところで,残る2話の思わせぶりな予告編が始まる。実に見ア巧みな広報戦術であるが,Amazon Primeは通常,年額固定料金で観ることを考えれば,こんなミエミエの6:2分割が必要だったのかと思う。
 劇場版とシーズン1では,かなり印象が違った。潜水艦の戦闘よりも,政治ドラマの色彩が増し,それが充実していたからである。劇場版(113分)に相当する3.5話分は,(各話のエンドロールを除いても)40分以上も長くなっている。未公開分がこれだけあると十分物語を拡張でき,その大半が日本政府首脳内の会談や劇場版には登場しない人物の描写に費やされていた。即ち,劇場版は原潜シーバットの行動を追うだけで精一杯で,人間ドラマが希薄だったのである。
 政治ドラマとしての出来映えは出色で,日本の首相や官房長官が米国大統領に国家としての姿勢をこれだけ堂々と述べるドラマも珍しい。その一方で日米対立だけに絞っていることに不満を感じた。原作でかなりの登場するソ連(ロシア)太平洋艦隊は全く登場しない。30年前の漫画連載を現代に置き換える難しさはあるにせよ,フィリピン沖での海戦に中国が無反応なのも,不自然に思える。次に「やまと」がNYに向かうのは北極海経由となるだろうから,ロシア艦隊が黙っているはずはない。
 実際,同じかわぐちかいじ作品「空母いぶき」は「尖閣諸島中国人上陸事件」に始まり,中国軍との戦闘を描いていた。そして,新シリーズ「空母いぶき GREAT GAME」では,ロシアの北海道侵攻が描かれ,正に今,コミック誌連載はロシア空母艦隊が待ち受ける北極海を舞台とした攻防に入ろうとしている。これには北欧諸国の油槽船団も登場するので,国際政治&軍事ドラマである。実写映画『空母いぶき』(19年5・6月号)は失敗作であったから,続編は期待できない。となると,本作のシリーズ2以降に,原作者の意を汲んだ北極海海戦を描くことが求められると思う。劇場版から現在までの半年弱の間に,中東ガザ問題が生じ,ウクライナの苦戦が伝えられ,国際情勢は混沌としている。そんな中で,日米同盟の破綻を感じさせるような物語展開は不自然に感じられるので,シリーズ2以降の脚本はかなり難しくなると思われる。

【登場人物の描かれ方とその印象】
 いずれの演技も素晴らしかった。ここまで見事だと,脚本と演出が秀逸だと言えるし,概ねキャスティング段階で成功していたとも思える。
 ■ 主演の大沢たかおは劇場版の際にも絶賛したが,シーズン1を通しての印象はそれ以上だった。本人は原作者の前で,顔立ちは「余り似ていない」と発言していたが,そんなことはない。かわぐち作画では激しい顔立ちの人物が多いので,海江田の柔和かつ知的で,意志の強そうな役柄には似合っている。何よりも,白い制服に白い帽子を目深に被っただけで,海江田四郎になり切っている(写真1)。背筋をピンと伸ばした立ち姿,特に後ろ姿が美しく,気品がある。艦長としての発令も,首相や大統領に対する理路整然とした発言も,まさに海江田四郎だ。いや,原作を超える海江田四郎像を作り上げたとも言える。「大沢たかお=海江田四郎」の一体感は,初代中村錦之助(後の萬屋錦之介)が演じた「宮本武蔵」の他は,緒方拳の「仕掛け人・藤枝梅安」,田宮二郎の「外科医・財前五郎」,二代目中村吉右衛門の「火盗改め長官・長谷川平蔵」に匹敵する域に達していると思う。


写真1 白い制服が凛々しく, 後ろ姿が美しい

 ■ 一方,ディーゼル潜水艦たつなみ艦長の深町洋を演じる玉木宏は,当初は少し線が細く感じたが,シーズン1が進むに連れ,すっかり深町らしく見えるようになった(写真2)。原作コミックでは,性格は温厚だが軍事作戦や政治的判断が大胆な海江田に対して,深町は直情径行型だが比較的オーソドックスな作戦や行動を採る人物として描かれ,本作の脚本もそれを踏襲している。2人で一対という関係を見事に演じ切っていると言える。


写真2 直情径行タイプだが, 次第の人情派の深町らしくなって来た

 ■ 劇場版で感心しなかった政府首脳は,いずれも見違えるような描かれ方になっていた。これは,筆者の眼力がなかったのではなく,劇場版の登場人物の紹介があまりにもお粗末だったからだ。既に撮り終えているシーズン1から,尺を合わせるため,適当なシーンを見繕ったため,劇場版の完成度が殊更低かったのだと思う。最も見違えるような人物に描かれていたのは,竹上登志雄首相(笹野高史)だ。貧相で自信なげだった気弱な総理が,米国大統領との首脳会談や記者会見に臨むと,驚くほど情熱的な弁舌をふるい,立派な答弁だと感心した。根っからの平和主義者で,それは微動だにしない(写真3)。昨今の日本の首相でこんな立派な人物はいなかったと思えてくる。相対的にこの確変ぶりが目立ったが,もう少し最初から意志が強そうな人物に描いていても良かったかと思う。その設定でも,笹野高史はしっかり演じたはずだ。劇場版のままの総理なら,そもそも民自党総裁に選ばれるはずがない。私見だが,現在連載中の「空母いぶき GREAT GAME」に登場する柳沢律子のような女性首相にしても面白かったかと思う。もっとも,それに見合う熟年女優の選択が難しいが。


写真3 貧相で気弱に見えるが,演説は立派だった

 ■ 劇場版で痴呆老人にしか見えなかった内閣官房参与・海原大悟(橋爪功)は,シーバット計画の発案者であり,日本の次の100年前まで考えている人物として描かれている。ただし,演じたのが好々爺然とした橋爪功では「演技」が目につくので,もっと自然体で妖怪に見える俳優の方が良かったかと思う。彼と息子の官房長官・海原渉(江口洋介)との2度にわたる父子対話シーンは,この政治ドラマの見どころだ。この海原渉の存在感と発言内容がシーズン1の成功要因だと思う(写真4)。いい脚本だ。ただし,この人物造形は原作通りではない。原作では,海原渉は右翼的人物で,深町以上の激情派としか思えない。本作では,その彼に知的で外交上手な外務事務次官・天津航一郎を併せた人物として描いている。上記の父子対話は,原作では天津と海原大悟とのシーンである。原作では,天津次官の出番は多く,日米首脳会談にも参加している。それを官房長官・海原渉に合体させて描いた以上,今後も天津の出番はなく,臨時国連総会に関わる場面でも1人で通すつもりだと思われる。


写真4 原作の天津次官を併せた人物に描かれている

 ■ その他の男優助演陣では,少し悪役の外務大臣・陰山誠得治(酒向芳)と剽軽な「たつなみ」の水測長・南波栄一(ユースケ・サンタマリア)はそれぞれ好い味を出していた。海上自衛隊・第2護衛隊群司令の沼田徳治を演じる田中要次は,原作コミックと顔がそっくりで,嬉しくなった(写真5)。原作にない重要な登場人物は,シーバットIC員の入江覚士(松岡広大)だ。3年前に浸水事故に遭った「ゆうなみ」で,海江田艦長が電動機室のハッチを閉めるよう指示して殉死した隊員・入江蒼士(中村倫也)の実弟という位置づけである。兄弟で会話する回顧シーンや幻影として深町の前に兄・蒼士を登場させる等,ヒューマンドラマを印象づける題材として使われている。その他,食事や寝室のシーンで隊員同士の会話場面を挿入し,人間味をもたせたドラマを指向している。


写真5 沼田群司令(右前)は,原作コミックにそっくり

 ■ 女性陣では,防衛大臣・曽根崎仁美(夏川結衣)とたつなみ副長・速水貴子(水川あさみ)の出番がぐっと増え,存在感も増している。前者は,再三外務大臣と渡り合う場面が多く,女性大臣としての貫録十分だ。後者の水川あさみは可愛過ぎて,この役には似合わない。まるで艦橋の女房役で,一昔前の映画の描き方である。原作の速水建次副長はかなりの美青年であるから,本作では女性を配してみたのだろう。さほど美形でなくても,寺島しのぶ,菊地凛子,安藤サクラ級の存在感のある女優を起用した方が,深町との掛け合いは盛り上がったと思う。その他の女優では,ニュースキャスター市谷裕美(上戸彩)は重要な役割を果たし,海原官房長官の秘書・船尾亮子(岡本多緒)が新たに登場している(と思うが,劇場版にも出ていたか?)。2人とも原作にはない役柄で,映画にバラエティをもたせる役目を果たしている。全8話もあると,時間的余裕があり,登場人物に深みを持たせることができる。
 ■ 米軍関係者では,ニコラス・ベネット大統領役のRick Amsburyは少し線が細く,まるでバイデン大統領の若い頃のようだ。原作のベネット大統領は大柄&太めで,大国の傲慢さを絵に描いたような存在であるから,トランプ似の男優の方がぴったりだと思う。もっとも,そこまで支離滅裂で下品な大統領では,政治ドラマの落とし所を描くのには相応しくないと考えてのキャスティングにしたのかも知れない。第7艦隊司令官のリチャード・ボイス(Rob Flanagan)は思慮深い慎重派,第3艦隊司令官のアラン・B・ランシング(Michael Gencher)は敵対心丸出しの軍人で,かなり性格や思想が異なる人物として描いている。ここでも海江田vs. 深町,海原 vs. 天津と同じ,硬軟の使い分けだ。原作の2人はそこまで差はないでので,これも本シリーズをヒューマンドラマ化する上での脚色だ。もう1人いた。シーバットに同乗する目付け役のデヴィッド・ライアン大佐(Jeffrey Rowe)で,彼はルックスも言動も原作のままだった。いずれもさほど名のある俳優ではなさそうで,演技は善し悪しを判断できるほどではなかった。もっとも,日本人監督には,彼らにどういう演技を求めるべきか分からなかっただろうが…。

【美術セットとCG/VFXの見どころ】
 本シリーズ1の戦闘シーン,そのVFXでの描写を絶賛する記事が既に散見されるが,当欄は全くそのように評価しない。お粗末とまでは言わないが,政治ドラマの見事さに比べて,CG/VFX的には褒めるほどではなく,何とか合格点のレベルである。絶賛記事の執筆者は,当欄のメイン記事の対象映画を殆ど観ないか,10〜15年前のハリウッド映画の記憶しかないからかと想像する。
 以下では,劇場版の紹介記事を前提に,改めて気付いたこと,少し見応えがあったと感じたシーンを述べた上で,当欄の視点からの注文を記すことにした。
 ■ 公開されているメイキング映像では,「やまと」と「たつなみ」の発令所の美術セットにはかなり力を入れたことが強調されていた。通常のスタジオ内の床面上ではなく,倉庫内にこの発令所が入る小屋を設け,それをクレーン操作で傾けて,潜水艦のアップトリム,ダウントリム時に対応させている。これは劇場版当時と同じで,シーズン1用に増設した訳ではない。それでも,登場シーンが多くなり,各種モニター上にソナーやレーダーが感知したデータが刻々表示されていることが確認でき,見かけだけの機材配置ではなく,大半はきちんと動作させていたことが確認できた。
 ■ 潜水艦の外観の描写は,海上でも水中でも,劇場版と印象が余り変わらない。ただし,シーバットの浮上シーンの水の処理は,改めて観ても好い出来映えだった(写真6)。空母,巡洋艦,潜水艦それぞれで,航行時の航跡描写には注力したことが,メイキング映像中で示されていた(写真7)。きちんと流体力学に基づく物理シミュレーションを行ったのか,それとも簡易作成セールの産物なのかは不明だが,全く不自然さを感じさせない出来映えである。


写真6 シーバットの浮上シーンの海面処理は見事

写真7 メイキング映像で示された各艦の航跡描写

 ■「たつなみ」の出航シーン(写真8)は,初見時には何となく見ていたのだが,艦橋の先端や前方潜舵上に隊員が立っているシーンは危険なので,本当に実写で撮ったのかと疑った。海上自衛隊の協力で,本物の潜水艦を潜らせたり,浮かせたりして撮影したというから,俳優ではなく自衛隊員に立ってもらったかも知れない。人物だけCGを描き加えたのであっても不思議はない。シーバット/やまと級の原潜は日本には存在しないので,大半がCG映像のはずである。海江田四郎が上陸するため,艦橋上部の開口部から姿を見せるシーン(写真9)は,この部分だけの実物大模型を使ったスタジオ内撮影で,背景の海はVFX合成だろう。ライアン大佐の場合も同じだ。この程度のVFX処理は,ライティングだけ注意すれば,初心者でも達成できる。


写真8 海自の協力で撮影され「たつなみ」の出航シーン

写真9 艦橋上に現われた海江田元首(海はVFX合成)

 ■ 水中での潜水艦は,CGのモデリングは容易だが,航行をリアルに描こうとするほど平凡になり,面白みがない。やまと単体の正面画像(写真10)は原作通りのイメージだが,少し複雑な操舵となると,原作コミックのような誇張した表現にはできない。それでも,写真11のような魚雷爆発シーン,写真12のような2艦の並走シーンには工夫が感じられたが,似たような航行シーンが多く,つまらなかった。モロッカ海峡の雷撃戦では,やまとは1発の魚雷も発射せず,10分間で第7艦隊の原潜3隻(原作では,3分間に6隻)を航行不能にする。見せ場の1つなのだが,その面白さをビジュアルで表現できていなかったのが残念だ。CG描画力が未熟なのではなく,ビジュアル化のアイデアが足りないのだと思う。逆に,原作にあって,簡単に描画できるのに描かれなかったシーンがある。「やまと」が水中で90度直立して敵の魚雷を交わすシーンは,現実の潜水艦でそんなことが可能なのかと当時話題になった。これなどは,是非描いて欲しかったシーンである。


写真10 「やまと」の正面映像。モンスターらしさが漂っている。

写真11 後で米軍原潜の魚雷が爆発

写真12 (上)2艦が並走すると大きさの違いがよく分かる
(下)接触を和らげるため「やまと」が放出したポリマー

【その他のCG/VFXの見どころ】
 ■ 空母の描画は,劇場版で述べたように,高いレベルに達している。第7艦隊のロナルド・レーガンも第3艦隊のエブラハム・リンカーンも同じニミッツ級空母だから,ほぼ同じように描画できる。カメラ方向に迫って来るシーンも,何度も出て来ると見飽きてくる。(写真13)。艦隊全体の俯瞰シーンも同様で,似たようなシーンが何度も登場する(写真14)。アングルやカメラワークを変え,既視感を減らす工夫が足りない。せいぜい楽しめるのは,「やまと」が海中から発射したトマホークミサイルが空母リンカーンに迫り,この後チャフのアルミ箔が空中に散乱するシーンくらいだった(写真15)。ミサイルと言えば,「やまと」や「たつなみ」に向けて,艦上から多数の対潜ミサイルが発射されるシーンも頻出する(写真16)。軍事専門家によれば,現在主流の探知機能をもつアスロック型の場合,これは有り得ないそうだ。スキャニング・ソナーを利用して目標を探知するので,複数本同時に発射すると他のミサイルの音に反応してしまうため,1本ずつ発射するのが普通だという。それでは絵にならないから,現実には有り得なくても,エンタメと割り切って我慢するしかない。


写真13 空母のアップの光景(こればっかりで, 見飽きた)

写真14 第7艦隊の俯瞰シーン(これも1パターンで退屈)

写真15 (上)やまとが海中から発射したトマホークミサイル,
(下)第3艦隊の空母リンカーンを襲う

写真16 (上)艦上から発射された多数の対潜ミサイル
(下)アスロック・ミサイルは放物線を描く(本当は多数同時には打たない)

 ■ 登場するCG映像のクオリティは低くないが,決定的に欠けているのは,被弾・破壊シーンの演出だ。空母リンカーンの撃沈シーンでも,被弾しての煙や煙を描き加えている程度で,空母本体が破壊されたり,海水が艦内に侵入したり、乗員が艦内を逃げ惑うシーンが全くない(写真17)。甲板上の航空機の損傷もなければ,空母が沈没するまでの過程を描いていない。護衛艦「はるさめ」が米軍の攻撃を受け,損傷するシーンも同様だ(写真18)。登場したのは,負傷した自衛隊員が他艦に移され,甲板上を運ばれているシーンだけだった。要するに,ハリウッド製のVFX多用作なら約10年前から当り前のように描いていることが実現できていない。例えば,さほどのヒット作にならなった『ミッドウェイ』(20年7・8月号)のCG/VFXと見比べれば、その差は歴然だろう。邦画でも,10年以上前の『聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-』(12年1月号)は,海戦シーンを迫力満点で描いている。今回本作の参加している白組は,『アルキメデスの大戦』(19年7・8月号)で,戦艦大和の転覆・沈没シーンを見事に描写している。手が足りなかったというなら,空母の撃沈シーンは,米英のVFXスタジオに発注すれば済んだことだ。ニミッツ級空母の幾何形状モデルは既にあるだろうから,他のVFXシーンとは独立して作業できたはずである。


写真17 空母エブラハム・リンカーンが魚雷攻撃を受け撃沈される

写真18 護衛艦はるさめが被弾(煙を描き加えただけ)

 ■ その一方で,少し頑張ったなと思えたのが,第7話と第8話に登場する「サザンクロス」に関わる描写だった。「やまと」の点検・補給のために日本政府が用意した移動浮きドックである。「やまと」が海中からドックに入渠するシーンは無難に描かれていた(写真19)。このドック内はどうやって描いたのだろう? この映像見る限りはフルCGで描けなくもないが,その他のシーンも多数あり,CG製の「やまと」以外は実写に見える。通常の船舶は,港湾部にある「乾ドック」で建造・修理する。潜水艦となると,これも海上自衛隊の施設を借りて,その水面にCG製の「やまと」だけ描き加えたのだろうか? このササンクロスが米軍潜水艦の攻撃目標となり,魚雷攻撃を受け,沈没する(写真20)。艦首部分から沈み,艦尾が少し持ち上がる瞬間に「やまと」が脱出するシーンは原作でも大いなる見せ場であった。本作でも卒なく描けていたが,カット割りも多用し,もう少し尺を使って丁寧に見せて欲しかったところだ。この後,「たつなみ」が犠牲になって撃沈されるが,海面への浮上方法は,原作の方が優れていると感じた。ここでも,VFX演出をケチったとしか思えなかった。本作のCG/VFXの主担当はOmnibus Japan, 副担当は白組で,他に20社弱が参加している。1社で数名というスタジオも多く,合計人数はさしたる数ではない。


写真19 浮きドック「サザンクロス」に入渠した「やまと」

写真20 米軍の魚雷攻撃を受け,サザンクロスが傾く

 ■ かわぐちかいじ作品の最大の魅力は,戦闘シーンも面白さだ。2番目が,国際情勢を一歩も二歩も踏み込んだ設定で描いてくれることである。「沈黙の艦隊」のその2つを併せ持った秀作である。潜水艦雷撃戦を誇張した作画とコマ割りの見事さで魅了してくれたが,そのまま海中を実写+VFXではうまく表現できないことは既に述べた通りだ。それならば,別の方法で「やまと」の操艦の見事さをビジュアル化することである。筆者ならこうするという私案を披露しておこう。劇中では,写真21のような各艦の位置や射程距離を描いたグラフィック表示が何度も登場する。実物は観たことないが,どの艦もレーダー探知データを基に,これに類した図示を採用しているものと思われる。この2D表示をどうして縦方向も含めた3Dマップに置き換えないのだろう? その程度のものは,米軍なら最新鋭艦に装備して不思議はないし,たとえ実用化していなくても,映画でなら自在に描いて欲しい。その種の立体的な解説があれば,モロッカ海峡での攻防や東京湾海戦での「やまと」の戦術が分かりやすかったと思う。リアルタイム表示に越したことはないが,敵を航行不能にした後の解説であっても,魅力は増したはずだ。海底地形は等高線として2Dで描かれているが,これを3D-CG化すれば,「やまと」が浦賀水道から相模湾トラフに脱出するルートも,説得力をもって描写できたはずである。


写真21 各艦の位置や射程距離のグラフィック表示
(C)2024 Amazon Content Services LLC OR ITS AFFILIATES.
原作/かわぐちかいじ「沈黙の艦隊」(講談社「モーニング」所載)

【総合評価】
 このシーズン1は,人物描写の見事さと政治ドラマとしての完成度の高さに魅了されて最高点評価を与えたが,戦闘シーンの演出とVFX利用にはかなり不満が残った。満足度を数値で示すなら,前者は95点,後者はせいぜい65〜70点である。ドラマと戦闘シーンのバランスは悪くなく,その切り替えも問題なかったが,欠点はVFXシーンの迫力のなさだ。『ミッション・インポッシブル』シリーズ『ワイルド・スピード』シリーズほどの過剰演出は求めないが,ハリウッド大作の平均レベルは欲しかった。このままでは,国際的に通用しない。
 同じAmazonスタジオ製のドラマシリーズとしては,上述の『ロード・オブ・ザ・リング:力の指輪』のVFXとは格段の差がある。邦画と比べるなら,『ゴジラ−1.0』(23年11月号)をもっと見習うべきだ。同作は,国内外で「怪獣映画としては,人間ドラマが優れている」と高評価されたが,VFXでもアカデミー賞視覚効果賞部門にノミネートされている。少人数,低予算ながら,ゴジラの破壊シーンの演出上の工夫でハリウッド大作と渡り合っている訳だ。本作も「潜水艦映画としては,政治ドラマが優れている」と言えるが,潜水艦の戦闘シーンが今イチだったのが惜しまれる。この後,シ―ズン2で終わるのか,シーズン3まで進むのかは不明だが,是非,名誉挽回を図って欲しいものだ。
 ここまで書いて思うのは,昨秋の劇場版は一体何だったのだろう…ということだ。半年以内にこのシーズン1が登場すると分かっていたら,映画館に足を運ぶ観客は激減しただろう。筆者の場合は,マスコミ試写で2度見せてもらったからいいが,長めの予告編に過ぎなかった映画に1,900円を投じた観客は怒りが収まらないと思う。あれで13.5億円もの興行収入を得たのなら,その利益をこのシーズン1のVFX充実に回して欲しかった。

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