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O plus E誌 2012年1月号掲載
 
    
 
その他の作品の短評
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
   ■『ニューイヤーズ・イブ』:贅沢な映画だ。老若男女あわせて18人のスター達が登場し,大晦日のニューヨークを舞台に8組の話が同時進行する。監督は,『プリティ・ウーマン』(90)の老匠ゲイリー・マーシャル。心の絆を取り戻そうとする人々の再生と希望の物語だが,さほどシリアスなドラマではない。映画としては歯ごたえがないが,豪華キャストの競演ショーだと思えば良い。一流ホテルで,顔見知りが沢山いる立食パーティに参加している気分だ。ミュージカルではないのだが,そう感じてしまうのは,後半矢継ぎ早に名曲が流れるためだろうか。この映画の主役は,NYタイムズスクエアの煌めくイルミネーションと年越しカウントダウンだ。リー・ミシェルが唄う「Auld Lang Syne(蛍の光)」の絶唱が,この光景に見事にフィットしていた。
 ■『ミラノ、愛に生きる』:ヴィスコンティの世界を髣髴とさせると言うだけのことはある。『フィクサー』(07)でオスカーを得たティルダ・スウィントンが自ら企画・製作し,ロシア出身でイタリアの富豪に嫁いだ上流階級のマダムを演じる。彼女の気品,優美な邸宅,洗練されたミラノ・ファッションには,絶対にアジアでは作れない欧州の香りがする。その主人公の女が目覚め,官能と激情の世界へと向かう展開は,多分に女性観客の感情移入を意識している。男性観客はせいぜい老義父の目でそれを見守るしかない。ティルダの裸身は少しなら好奇心の的だが,これだけ見せられると食傷気味だ。ただし,物語の鍵を握る海老料理はもとより,食卓に並ぶ数々の料理の美しさは特筆もので,食欲をそそられる。
 ■『運命の子』:邦題は現代風だが,原作は中国の古典的戯曲の「趙氏孤児」で,さらに原典は司馬遷の「史記・趙世家」にまで遡るという。舞台は2,600年前の中国・春秋時代の晋の国で,武官・屠岸賈の謀略で皆殺しにされた趙氏の遺児を中心に展開する復讐と父性愛の物語だ。こういう歴史物を撮らせたら,チェン・カイコー監督は上手い。冒頭から快適なテンポで飛ばし,中国古典の面白さを堪能させてくれる。中国国内では,原作を現代風解釈で脚色し過ぎという批判もあるようだが,元を知らない日本人には素直に楽しめる。ただし,前半部の快調さに比べると,クライマックスの盛り上げ方がやや淡泊に感じる。敵役の屠岸賈を演じるワン・シュエチー(王学圻)は存在感があり,医師・程嬰役のグォ・ヨウ(葛優)との演技合戦は見応えがあった。
 ■『フライトナイト/恐怖の夜』:3D&VFX意欲作だが,こちらは短評欄に回さざるを得なかった作品だ。またまたヴァンパイアもので,よくぞこれだけ類似企画が続くなと感心するが,1985年公開の同名作品の最新技術によるリメイクとの触れ込みだ。主演の男女は高校生でヴァンパイア族との壮絶な戦いを描くとくると,『トワイライト』シリーズへの挑戦状とも受け取れる。なるほど,人気の割に中身の薄い同シリーズよりもテンポは良く,戦闘シーンも迫力がある。コリン・ファレルを魅力的なヴァンパイアに仕立てているのも注目だ。特殊メイクをCGに置き換えたり,日光に照射されて消滅するシーンのVFXも見どころだ。ただし,ホラー分野の注目作でありながら,全く怖くない。
 ■『ストリートダンス/TOP OF UK』:2012年は日本の「新・ストリートダンス元年」だそうだ。中学校の体育授業でヒップホップ・ダンスが必修化されるという。それに花を添えるべく公開される本作は,文字通り,英国発のダンスムービーで,チーム型ストリートダンスの選手権大会のダンスバトルを描く。突如チームリーダーが有力チームに移って弱体化したチームを,新女性リーダーが立て直し,一丸となって優勝を目指す展開は,コンテストものでの想定内だ。新しい味付けは,ストリートダンスにクラシックバレエをミックスさせようとした試みで,映画のネタとしては上々である。主演のニコラ・バーリーも可愛いが,彼女を見守るバレエ学校の教師役のシャーロット・ランプリングが魅力的だった。
 ■『デビルズ・ダブル -ある影武者の物語-』:実話で,生き証人たる影武者の自伝本と証言に基づく映画化だそうだ。ここでいうデビルとは,「ブラック・プリンス」とも言われたサダム・フセインの長男のウダイ・フセインのこと。2003年イラク戦争で米軍の襲撃でいち早く落命し,遺体が公表された兄弟の1人である。評判が悪かった人物という記憶だけがあるが,これほど堕落した狂気の独裁者だとは知らなかった。そのウダイと影武者のラティフを演じるのは,『マンマ・ミーア!』(08)で若い新郎役を演じていたドミニク・クーパー。別の良く似た俳優を使っているのか,と思ったほどの見事な役柄の使い分けだ。一人二役の映画史に残る好演と言える。髪形と鼻の形を変えたメイクの助けもあるが,演技そのもので2人の性格の違いを際立たせている。
 ■『ヒミズ』:題名は「日見ず」の意で,地中や夜に棲息するモグラ科の小動物のことらしい。古谷実原作の漫画の映画化作品で,監督は『冷たい熱帯魚』『恋の罪』(11)で話題を呼んだ鬼才・園子温だ。ヴェネツィア国際映画祭に出品され,主演の男女(染谷将太,二階堂ふみ)が共に新人賞を受賞したというのも気になった。いかにも映画祭受けしそうな内容で,異様で過酷な家庭環境で育った少年と少女の心の闇を描く。絶望の果てに希望の光を見出すというメッセージは理解できるが,ひたすら暴力と狂気を描く,この描写が好きになれない。2人は熱演ではあるが,奇声・嬌声を発させているだけの演出に,この監督の表現力の限界を感じる。急遽,縁もゆかりもない東日本大震災の被災地を舞台にしたという方針変更にも,薄っぺらさと卑しさを感じる。この映画に高評価を与える人もいることは知りつつ,この映画は好きになれない。この監督の映画はもう観なくていい。
 ■『月光ノ仮面』:『板尾創路の脱獄王』(10)で監督デビューした板尾創路の監督・脚本・主演の2作目だ。製作者が楽しんでいるだけの吉本興業製の映画はもう観ないと決めておきながら,その禁を破ったのは,共演者が浅野忠信と石原さとみだったのと,古典落語「粗忽長屋」に題材を得ているというからだ。川内康範作の往年の人気ドラマ『月光仮面』とは縁もゆかりもないが,満月の夜にベートーベンのピアノ曲「月光」が流れるシーンは何度も出て来る。前作同様,主人公が黙ったままでセリフが全くないが,これが極めて不自然で,意外なラストで脅かすつもりだろうと察しがつく。結末は不可解,不愉快そのもので,やはり観るんじゃなかったと後悔した。物語の語り口はうまく,監督の才能はあると思うのに,このやりたい放題はもったいない。
   
   
   
   
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