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O plus E 2020年Webページ専用記事#3
 
その他の作品の短評
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
   (隔月刊の本誌でカバー仕切れない作品をWebページ専用記事として掲載する。この短評欄は随時少しずつ追加するので,時々点検されたい)

 緊急事態宣言が解除され,映画興行も再開されて,公開延期で待機して作品が6月5日から映画館で上映されるようになった。当欄は,同じ時期に公開された作品を(東京での)公開日順に掲載することを原則としている。O plus E本誌の誌上で掲載した事実は変更できないのでそのままにしておくが,このWebページ専用記事は自由度があるので,「2020年Web専用#2」に掲載した作品群をこのページに移動させてくることにした。
 『天気の子』:その前に,昨年夏のヒットアニメ作品もこのページで論評しておこう。映画興行が再開された5月下旬の興収ランキングの上位(2週連続2位)に位置していたからである。待機していた新作の公開日が決まるまで,各映画館は少しでも集客が見込める旧作を揃えるしかなく,その中の一作であった。『君の名は。』(16)で特大ヒットを飛ばした新海誠監督の3年ぶりの新作で,大キャンペーンが張られていたので,最初から興収100億円以上は約束されていたと言えよう。例によって,国産アニメに殆ど興味のない筆者は試写会に行く気になれず,こうしてDVDが出てから点検し,当欄流のコメントを発するだけである。『君の名は。』では, 「大きな感動もなく,さしたる感想もない。この手の映画としては,中の上と言ったところか。若い男女の胸キュンドラマとしてはごく普通で,特に嫌味をいうほどでもない」と書いたが,全体的印象はそれに近い。主人公の男女と言っても,高校1年生と中学生であるから,前作よりも年齢は低下している。ディズニー・アニメのように広くファミリー層を取り込む方針は採らず,同世代の共感を呼ぶ興行戦略であるから,その意味でも益々大人の映画ファンが見る映画からは遠ざかっている。前作では,タイムスリップと主人公の男女の身体が入れ替わる仕掛けがウリであったが,本作では主人公の少女・陽菜に,局所的かつ一時的であるが,天気を晴れにできる特殊能力をもたせている。物語全体は地球上の異常気象をテーマにし,そこに巫女的存在の「晴れ女」を登場させている訳だ。子供騙しだと言えばそれまでだが,大半のSF映画はそうだから,目くじらを立てるレベルではない。残念なのは,『君の名は。』同様,この超能力に対して,もっともらしい科学的解釈が全く付いていないことだ。特筆すべきは,背景画の驚くべき精緻さと美しさである。元々,風景描写の緻密さには定評がある監督だが,そのレベルが一段と進化している。フルCGアニメとは一線を画す,独特の魅力的な画調だと言える。では,どうやって描いたかと言えば,大半は実写の風景写真の半人工的なぞり描き(デジタル写真にトゥーンシェーダーを施した後に人手で加工)だろう。対象は現代の東京の風景だから,(時間はかかるが)そう難しい作業ではない。その証拠に,殆どがカメラ固定で,人物像や電車や自動車だけが動いている絵である。さすがに,もう少しカメラワークをつけて欲しいと感じる。その一方で,何ヶ所か,明らかに3D-CGで描き,そのレンダリング結果を加工したと思われるシーンもある。この2つの制作手法の違いが目立ち過ぎるのが欠点だと言える。次回作では,この両者をもう少し融和させて欲しいものだ。
 『ANNA/アナ』:フランス映画界の巨匠リュック・ベッソン監督の最新作で,女性スパイを主役に据えたアクション映画だ。『ニキータ』(90)『ジャンヌ・ダルク』(99)『LUCY/ルーシー』(14年9月号)等,戦う女性を描くのはお手のものだが,最近は製作側に回り,『TAXi』『トランスポーター』『96時間』シリーズ等のノンストップ・アクションを数多く生み出している。主演は,ロシア生まれで,フランス・ファッション界の寵児となったスーパーモデルのサッシャ・ルス。同監督の『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』(18年3・4月号)にも起用されていたそうだが,端役だったようで記憶にない。2作目の本作で,主演に抜擢された。なるほど美形で,男を魅了する,彼女の魅力を前面に出した,最近には珍しいスタームービーだ。時代は1990年,モスクワの露店でスカウトされたアナは,パリでモデル・デビューし,すぐに売れっ子になる。完全にサッシャ・ルスの経歴を意識したイントロである。モデル事務所の共同経営者と深い仲になった彼女は,彼の裏の顔が武器商人と知り,すぐに彼を射殺する。実は,アナはソ連KGBに凄腕のスナイパーとして育成された女性諜報員だった。その後,物語は二転三転するが,米国CIAの罠に嵌まり,今度はダブルスパイとして国家間の争いに巻き込まれる……。助演は,KGB女性教官役にヘレン・ミレン,男優陣はルーク・エヴァンス,キリアン・マーフィが脇を固めて彼女をもり立てている。モデル時代のファッションショーは圧巻で,衣装担当側もモデル側も,さすがプロだと感心する。監督自身が彼女に惚れ込んで演出しているのが,ストレートに伝わって来る。演技は稚拙だが,初主演ながら,よくぞここまでのアクションをこなしたと褒めておきたい。アクション映画としては一級品に仕上がっている。物語は1990年を中心に時間を往き来するが,同じトリックの反復ゆえに,結末がすぐに読めてしまったのが少し残念だ。
 『ルース・エドガー』:続いては,優等生の黒人青年を巡るヒューマン・ドラマだ。舞台は米国バージニア州アーリントンで,どこにでもある田舎町である。その町に住むルース・エドガー(ケルビン・ハリソン・Jr.)君は17歳の高校生だが,米国生まれでなく,アフリカの貧民で,7歳の時に米国人夫妻の養子となって成長したという人物設定である。養父母(ティム・ロスとナオミ・ワッツ)は裕福で温和な白人夫妻で,その描き方も,いかにもという感じだ。ルースは文武両道の模範的高校生で,誰からも愛され,称賛される完璧な優等生である。オバマ前大統領の若き日はこういう感じだったのだろうと思わせる(彼はアフリカ出身ではないが)。そのルースが提出した課題レポートの内容を,黒人の歴史教師ハリエット・ウィルソン(オクタヴィア・スペンサー)が問題視し,次第に彼女と衝突し始める。ルースが垣間見せる「恐ろしい怪物」的側面が登場し,映画は一気にサイコサスペンスの様相を呈し始める……。ある種のブラックムービーなのだが,ちょっと珍しい題材だ。監督・製作・共同脚本は,『クローバーフィールド・パラドックス』(18)のジュリアス・オナー。J・C・リーの戯曲「Luce」の映画化だけあって,土台がしっかりしていて,会話の中身も深味がある。N・ワッツとO・スペンサーの白黒米国人の対比も印象的だったが,O・スペンサーはやはり上手いなと感じた。
 『アドリフト 41日間の漂流』:「Adrift」とは,船が漂流する状態を意味する英単語の副詞で,名詞ではない。副題からは,小型船か救命ボートで長期間漂流し,苦難の末,生還するサバイバル映画だと予想できる。日数まで記されているからには,実話に違いないと思ったが,その通りだった。1983年に起きた海難事故を描いた映画である。タヒチ島から米国サンディエゴへの6400kmのヨットの回航を請負った男女が,カデゴリー4の記録的なハリケーンに遭遇し,巨大な津波に飲み込まれてしまう……。監督・製作は『エベレスト 3D』(15年11月号)のバルタザール・コルマウクル。集団遭難事故を描いた大作から,今度は海が舞台で,2人だけが登場するサバイバルものである。その分,出演俳優も豪華ではない。主人公の女性タミー役は,『ダイバージェント』シリーズ3部作で主人公の少女トリスを演じたシャイリーン・ウッドリー。同シリーズの紹介記事では,類似の『ハンガー・ゲーム』シリーズのジェニファー・ローレンスに比べると魅力に欠けると書いてしまったが,余り美形ではなく,少し個性的な顔立ちで,演技力も今イチだった。しばらく見ない内に,少女の面影はなくなり,すっかり大人の女性になっていた。ただし,意志が強く,タフな女性のイメージは変わらない。共演は,婚約者リチャード役のサム・クラフリン。『パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉』(11)では人魚と恋に落ちる若い宣教師,『スノーホワイト』(12年7月号)では白雪姫に恋する白馬の王子,『世界一キライなあなたに』(16年10月号)では富豪の御曹司を演じた優男のイケメン男優である。どう見ても,この婚約者カップルは釣り合わない。もてない女性が,ようやく見つけた彼氏が,またとないハンサムなナイスガイだったという訳だ。この組合せが,事故後の物語に活きている。映画は遭難後にタミーが船内で目を覚まし,婚約者がいなくなったことに気付く場面から始まる。ようやく海上で漂流中のリチャードを救助したが,彼は瀕死の重傷を負っていた……。甲斐甲斐しく彼を世話し,ヨットを操るタミーが次第に逞しくなって行く様が,この2人の関係を如実に表していた。良くも悪くも,これは製作にも名を連ねるS・ウッドリーのための映画だ。サバイバル映画としての迫力はさほどではなかったが,揺れる船上での演技には苦労が多かっただろうなと想像できた。もう少し年齢を重ねれば,母親役として好い味を出し,活躍することだろう。
 『ザ・ファイブ・ブラッズ』:仕事が立込んでいる時期だったのに,「今晩Netflixをご覧になりませんか?」というメールが舞い込んで,思わず開けてしまった。冒頭だけざっと眺めて,後日にじっくり観賞するつもりが,深夜3時半までかけて観てしまった。スパイク・リー監督の最新作で,それだけ惹き込まれる内容だったからである。オスカー候補作の前作『ブラック・クランズマン』(19年Web専用#2)の紹介記事では,作品自体は評価しつつも,同監督のアカデミー賞授賞式での大人げない行動,毎度お馴染みの人種差別に対するメッセージに対して苦言を呈した。本作も,モハメド・アリの抗議発言から皮切りに,黒人差別に関する歴史的事件を辿るオープニングシーケンスは,相変わらずだなと感じた。ベトナム戦争に従軍した黒人兵に関わる映画ゆえに,劇中でも抗議メッセージはたっぷりと盛り込まれている。ところが,それを過剰に感じなかったのは,黒人男性を窒息死させた白人警官への抗議活動のニュースを連日のように見てきたためだろうか。ベトナム帰還兵の4人が久々に集結し,戦死した隊長の遺骨探しと埋蔵してきた大量の金塊を回収するためにベトナムを再訪する物語である。コメディタッチの珍道中で始まり,中盤の地雷源で起こった出来事で緊迫感が一気に増す。後半は,現地人との銃撃戦のアクションを織り交ぜ,複雑な人間模様を見事に描き切っている。ユニークだったのは,戦争当時の回想シーンの描き方だ。16mmフィルムで撮影して画質を落とした上,4:3画面にしているので,回想シーンだとすぐ識別できる。そこに登場するノーマン隊長だけが若々しく,部下である主役4人は現代の年齢のまま(即ち,老人の顔)であるから,奇妙この上ない。監督が若手俳優の起用を好まず,VFXで若返らせる予算がなかったからだと報じられている。違和感のあったこの描き方が,次第に味のある表現法に思えて来た。現代人の視点で,ベトナム戦争の意味を点検し直している感じがしたからである。「スパイク・リー監督の最高傑作であり,デルロイ・リンドーの演技はアカデミー賞に値する」との評価を,納得が行くものだと感じた。
 『水曜日が消えた』:邦画の青春映画で,素直に面白かった。まず題名に惹かれた。一体,何なのだと思わせるキャッチーな題名で,まずこれで成功している。主人公はイケメン青年(中村倫也)だが,ある事故から曜日ごとに別の人格になり,その状態で16年間生活してきたという設定である。即ち,1人の青年の中に7つの人格が共存している「七重人格」なのだが,混在している中から突如1つが現れるのではない。朝起きるときちんと曜日ごとの人格になり,記憶も1週間前に戻っている。「斎藤数馬」という名前があるようだが,劇中では曜日名で識別されている。最も大人しくて存在感のない「火曜日」を中心に物語は展開するが,後半,対照的な「月曜日」も登場する。物語は,ある日突然「水曜日」が消滅し,「火曜日」が2日間を謳歌する……。てっきりSF小説の映画化だと思ったが,新人監督のオリジナル脚本というので,少し驚いた。タイムスリップや記憶喪失等が定番の青春映画の中で,着想が斬新で,先が読めない展開が素晴らしい。監督は,CM, MC畑出身の吉野耕平で,これが長編デビュー作である。なかなかのビジュアルセンスであり,ギャグセンスも悪くない。歯ブラシやタオルはしっかり色分けされていて,人格毎の衣服の使い分けも唸らせてくれる。数多くないが,VFXシーンも効果的に使われていた。途中では「彼はどうやって生計を立てているのか?」「火曜日だけでなく,他の曜日のキャラも全部描けよ」と突っ込みどころを考えていたのだが,ラストまでに全部納得させてくれた。SFらしい辻褄合わせもしっかりなされている。才能ある監督で次回作が楽しみだ。唯一の欠点として,セリフが聞き取りにくかった。
 『ペイン・アンド・グローリー』:『オール・アバウト・マイ・マザー』(99)で知られるスペイン映画の巨匠ペドロ・アルモドバルの最新作だ。当欄では,近年の監督作『私が,生きる肌』(12年6月号)『アイム・ソー・エキサイテッド!』(14年2月号)と製作を担当した逸品『人生スイッチ』(15年8月号)を紹介している。変幻自在の監督だが,全作での共通項は鮮やかな色使いだ。本作では,その極みとも言える色彩感覚が縦横に発揮されている。室内装飾や登場人物の衣装がカラフルで,さすが南欧の明るさだと感じさせる。特筆すべきは,映画の冒頭部で登場する「地理学」「解剖学」と題したCG映像で,主人公サルバドールの経歴と身体的苦痛の原因を色鮮やかに描いている。主演は,アルモドバル作品の常連俳優のアントニオ・バンデラスで,かつて世界的に名をなした映画監督役を演じている。おそらく,お気に入り俳優に,監督自身の自伝的要素を演じさせているのであろう。それに応えた繊細な演技で,カンヌ国際映画祭の主演男優賞を受賞し,アカデミー賞やゴールデングローブ賞では国際長編映画賞(外国語映画賞)と主演男優賞にノミネートされていた。 前者に『パラサイト 半地下の家族』(19年Web専用#6),後者に『ジョーカー』(19年9・10月号)のホアキン・フェニックスという飛び抜けた存在がない年なら,オスカー2部門受賞も有り得たかと思わせる出来映えだ。共演女優が,この監督のミューズで『ボルベール〈帰郷〉』(06)等で起用されたペネロペ・クルスとくれば,てっきり2人の濃厚なラブロマンスかと思ったのだが,何と,母親と息子の関係だった。即ち,回想シーン中でのサルバドール少年の母親役である。これまで華やかな女性ばかりを演じてきたペネロペが,貧困の中で力強く生きる母親を演じるというのも珍しい。サルバドールが,脊椎の痛みからヘロインの常用に至る下りでは,人生の苦悩ばかりを描くのかと思わせるが,そこから立ち直る様を描いた人生讃歌の佳作だった。ラストシーンで,2人が同時代に登場する趣向に少し驚くが,これは観てのお愉しみだ。巨匠らしい凝った演出満載で,最初からもう一度観たくなる映画だと明言しておこう。
 『MOTHER マザー』:2014年に埼玉県川口市で起きた17歳の少年による祖父母殺害事件を基にした映画だ。監督・脚本の大森立嗣はフィクションであることを強調しているが,最終的な量刑と少年の母親に対する思いが少し違うだけで,登場人物の境遇,殺人動機等はほぼ現実の事件の骨格を踏襲している。あらすじを読んだだけで不愉快になった。自堕落で反省の色のない母親を演じる主演女優が長澤まさみというのに,少なからず驚いた。最近芸域を拡げているとはいえ,華やかな女性を演じてきた彼女に,こんなに汚れたシングルマザーを演じさせるのは,どう考えてもミスキャストではないかと。物語の進行とともに,崩れた感じの汚れ役を上手く演じていると感じ始めた。彼女にまとわりつく野卑な男を演じるのは,阿部サダヲ。彼を基点に考えると,蒼井優と共演した 『彼女がその名を知らない鳥たち』(17年11月号)と比べてみたくなる。ただし,彼の役は同作ほど善人ではなく,もっと遙かにダメ男だった。『彼女がその名…』のキャッチコピーは「共感度0%, 不快度100%」だったが,本作は「不快度120%」だ。実年齢17歳で祖父母を殺害する少年・周平を演じたのは,オーディションで選ばれた新人俳優の奥平大兼,彼を気遣う児童相談所の職員を夏帆が演じている。この種の映画が成功する場合は,子役,新人俳優,助演陣の演技が光っていることが多いが,本作では,主演の長澤まさみの存在感がダントツだった。女優として脱皮する大きな転機となったことだろう。かつては好きな監督の1人だったのに,当欄では,大森立嗣監督の前2作『母を亡くした時,僕は遺骨を食べたいと思った。』(19年Web専用#1)『タロウのバカ』(同Web専用#4)を酷評した。本作では,筆者の好きな大森監督が少し戻って来た気がした。その個人的な好みで言えば,「Mother」を前面に押し出すならば,エンドソングにジョン・レノンの「Mother」を採用して欲しかった。少年時代に両親の愛に飢えていたというジョンが「Mama don't go, Daddy come home」と絶叫する狂気のリフレインは,本作のラストにぴったりだと思う。
 
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