O plus E VFX映画時評 2023年9月号

『グランツーリスモ』

(コロンビア映画/SPE配給)




オフィシャルサイト[日本語][英語]
[9月15日よりTOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー公開中]



2023年9月15日 TOHOシネマズ二条 (IMAX)

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


ゲームオタクがプロのレーサーになるという驚愕の実話

 題名だけでカーレース映画だと分かる。レーシングカーの大半がCG描画であることは今や自明だが,過去に秀作を何本も紹介したので,本作は短評欄で済ますつもりであった。今月はメイン欄の対象作品が多数であった上に,マスコミ試写のタイミングが合わなかった『名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊』と本作を映画館で観るため,メイン記事にする時間を見つけられそうになかったからである。公開日早々に,予定通り近くのシネコンでこの2本を観た。『名探偵ポアロ…』の評価は短評欄の通りだが,本作は予想以上の出来映えであり,画像入りで記録を残しておくべき作品だと考え直した。
 この映画の題名は,PlayStation用のゲームソフトの名称でもある。日々そのドライビングゲームに興じていたゲームオタクが,プロのレーシングドライバーになる過程を描いた伝記映画が本作である。しかも,ゲームのトッププレイヤー達を集め,プロレーサーに仕立てる育成プロジェクト「GTアカデミー」が存在し,それが実話だというから半端ではない。既に「eスポーツ日本一vs. 実車レースの覇者」を描いた邦画『ALIVEHOON アライブフーン』(22年5・6月号)を紹介したが,対象はドリフト走行専門のレースであり,全くCGが使われていなかった。一方,本作は当該ゲームソフトの開発元「ポリフォニー・デジタル」と密接な関係にあるPlayStation Productionsが製作に参加している。それなら,従来のカーレース映画と一味違うのも当然で,CG/VFXの使い方も一工夫されていた。制作背景を調べている内に数日経ってしまったが,遅ればせながらメイン記事としてアップロードする次第である。

【物語の概要】
 1人の英国人が横浜の日産グローバル本社を訪れ,役員相手に熱弁を振るうプレゼンの場面から映画は始まる。プレゼンの主は英国日産のマーケティング担当者のダニー・ムーアで,近年のドライビングゲームの優秀さを力説し,それを新たなビジネス機会とするために,バーチャルとリアルを繋ぐプロジェクトを提案した。彼の構想は採択され,ダニーは夢ある「GTアカデミー」の実現のため,元レーサーのジャック・ソルターにチーフ・エンジニアを引き受けてくれるよう説得する。
 物語の主人公は,英国カーディフ市在住の10代の青年ヤン・マーデンボローで,子供の頃からレースドライバーに憧れていた。衣料品店で働きながら「グランツーリスモ」でのプレイに興じる日々を,元プロ・サッカー選手の父からは「現実を見ろ」と呆れられていた。ある日,友人から「GTアカデミー」の存在を知らされ,育成選手選考会でトップスコアをたたき出して,アカデミーのキャンプへの参加切符を得る。世界中のトッププレイヤーを集めたキャンプでの厳しい訓練を経験し,最終レースを僅差で制してプロのレーサーになる道が開ける。その後,国際レースに参加して上位入賞を果たし,FIA(国際自動車連盟)のプロライセンスを取得する。そして,プロとしてレース経験を積み,憧れのル・マン24時間レースでの表彰台を目指す。といった筋立てである。
 モデルはいるものの,ダニーやジャックが架空の人物であるのに対して,ヤン・マーデンボローはGTアカデミー出身でプロになった実在の人物であり,今尚,現役のレースドライバーである。日産チームの一員として,2016年から20年まで日本を拠点としていたそうだ。映画であるから,かなり脚色されているのは止むを得ないが,ヤン選手の経歴は概ね実話と考えて良いようだ。

【監督とキャスティング】
 監督・製作は,ニール・ブロムカンプ。長編デビュー作の『第9地区』(10年3月号)で大ヒットを飛ばした南ア出身の,あの若手監督(公開時に30歳)である。当欄では「新しい才能を感じる」と絶賛した上に,メジャーデビューを果たした2作目『エリジウム』(13年10月号)も『チャッピー』(15年6月号)もしっかり紹介している。コロナ禍の真っ只中に低予算で撮ったマイナー作品の『Demonic』(21)は本邦未公開だったので観ていないが,本作は彼の長編の5作目に当たる。実はエンドロールを観るまで,彼が監督とは知らなかった。彼がカーレース映画を撮るとは思いも寄らなかったことも一因である。
 彼の過去作はすべて「ディストピアSF」とでも言うべき作品ばかりで,すべて自ら脚本を書いていた。本作は実話ベースの上に,『パワー・ゲーム-』(14年11月号)『アメリカン・スナイパー』(15年3月号)のジェイソン・ホール,『ドリームプラン』(22年Web専用#1)『クリード 過去の逆襲』(23年5月号)のザック・ベイリンの2人のプロの脚本家が担当している。それでどうしてカーレース映画を手がけることになったかと言えば,彼の過去作の配給元であったソニー・ピクチャーズに次回作の相談に行ったところ,「こちらはどうか?」と進行中の企画を逆提案され,引き受けたそうだ。彼自身,個人的にNissan GT-Rを3台も所有しているカーマニアであったから,この「GTアカデミー」を描くのにはピッタリの存在である。過去作からCG/VFXに通暁していることも明らかなので,本作を観て,なるほど彼の映画だったのかと納得した訳である。
 GTアカデミー創設者のダニー・ムーアを演じているのは,『ロード・オブ・ザ・リング-』『ホビット-』両3部作や『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズで人気を博したオーランド・ブルームだ。前者では弓の名手のエルフの貴公子レゴラス,後者ではキーラ・ナイトレイの恋人である鍛冶屋の青年を演じていた。あの甘いマスクの美男俳優が,本作ではすっかりオヤジ顔で登場している(写真1)。まだ46歳なのに,この劣化ぶりには,かつての女性ファンは失望することだろう。


写真1 あの甘いマスクのレゴラスが,こんなオヤジになるなんて…

 一方のジャック・ソルター役に配されたのは,脇役俳優のデヴィッド・ハーバー。悪役での助演が多いが,主演作と言えば,『ヘルボーイ』(19年9・10月号)ではかなり特殊メイクを施した異形の主人公,『バイオレント・ナイト』(23年2月号)で強盗団を退治するサンタクロースであったから,殆ど素顔では登場していない。マーベル作品の『ブラック・ウィドウ』(21年7・8月号)では,ナターシャとエレーナの父親役でソ連が生み出したスーパーソルジャー「レッド・ガーディアン」を演じていたが,髭面の肥満男であった。それが何と,本作では精悍で情熱的に若者を指導するトレーナー役である(写真2)。俳優なら如何様にも化けられるとはいえ,見事な変身ぶりで,事実上の主役と言える。


写真2 一方,ヘルボーイ俳優が,精悍な情熱的なトレーナー役でブレイク

 主人公のヤン役の抜擢されたのは,アーチー・マデクウィ。まだ殆ど無名の若手俳優で,『ミッドサマー』(19)『ヴォイジャー』(21)にはチョイ役で出演していたようだが,全く記憶にない。現役レーサーのヤン・マーデンボロー自身が,自分がサーキットを走行する想定のシーンでスタントドライバーを務めたそうだが,当然,顔は見せていない。映画の最後で,俳優と本人を並べた写真が何枚も登場するが,2人は余り似ていない。写真3の下はWikipediaにアップされているマーデンボローの画像だが,ほぼ同じ構図であるので,GTアカデミーでの訓練風景はかなり正確になぞっていることが分かる。


写真3 上:主演のアーチー・マデクウィ,下:レーサーのヤン・マーデンボロー本人

 ゲームソフトの原開発者の山内一典は,製作総指揮に名前を連ねていて,ヤンが彼女と東京見物にきた際に入る寿司屋の板前役でカメオ出演している。映画中での彼を演じたのは平岳大(平幹二朗の息子)だが,こちらは本人にかなり似ている。劇中での2011〜12年当時の山内氏の年齢にも近い。

【ドライビングシミュレーターとGTアカデミー】
 まず,元のゲームソフト「グランツーリスモシリーズ」のことから語ろう。ただし,このソフトの変遷を熟知しているコアなユーザーは対象ではなく,利用経験のない一般読者向きである。同シリーズは,累計8千万本を売り上げた世界的ベストセラーであり,同分野でも別格的存在で,他の追随を許さない頂点の製品である。最初の製品(GT1と略す)が発売されたのは1998年12月だが,現行製品は「GT7」まで進んでいる。自らビデオゲーム機を操作しなくなって四半世紀以上経つ筆者は,今回「GT7」の機能を調べて,その進化ぶりに少なからず驚いた。
 当映画評の前身である「コンピュータイメージフロンティア(CIF)」の連載では,1990年代から始まる「映像情報メディア革命」の様相をインタビューやルポ形式で報告していた。1993年末にセガのAM2研究開発部を訪問し,3D-CGの現状を取材した折,開発責任者の鈴木裕氏(ゲームクリエーターの伝説的人物)がアーケードゲーム機で最終試作段階の「バーチャファイター」と「デイトナUSA」を体験させてくれた。同氏は3D-CGの未来について熱弁をふるい,翌年にはセガサターンに移植予定と語っていた。鈴木氏からは「バーチャファイター」の感想を求められたが,筆者は「バーチャレーシング」を改良した「デイトナUSA」の方に興味があった。当時,スーパーファミコン用の「スーパーマリオカート」がヒットしていたが,お子様用としか思えない同ソフトに比べて,(当時としては)圧倒的なCGクオリティの差に惚れ込んだからである。クルマは実際のスポーツカーやフォーミュラーカーをCGモデル化すべきだし,世界のサーキット場を入れれば,絶対に夢中になるユーザーは多いはずだと発言した記憶がある。
 そうした発言をしたのは,同時並行で「フライトシミュレーター」も調査・取材していたからである。各航空機毎の専用システムは約数十億円したが,パイロット養成用のシミュレーターは,PCで稼働するソフトへと移行しつつあった。その中には世界の代表的な飛行場が入っていたし,米国では,認定済みのPCソフトでの体験時間は,操縦免許取得に必要な飛行時間に算入して良いとされていた。
「レースソフト」と呼ばれていたものが,本格化するとともに「ドライビングシミュレーター」と呼ばれるようになった。運転練習用も開発され,21世紀に入ると自動車教習所でも使われるようになった。ゲーム分野では,家庭用ゲーム機のCG描画性能の向上により,物理演算を導入してリアルな挙動を追求するようになった。筆者はナムコの「リッジレーサー」をPS1で自ら体験し,2000年代には大学のCGの授業で,その描画性能の進化の例として「リッジレーサーシリーズ」の変遷を見せていたが,運転操作のリアリティ向上まではウォッチしていなかった。
「グランツーリスモシリーズ」は,開発責任者の山内一典氏は最初からドライビングテクニックを学べるレベルに育て上げるつもりだったようだ。初代の「GT1」から既に国内外の自動車メーカーと提携し,数十種類の実在する車種を収録していたことに驚いた記憶がある。その後はウォッチしていなかったが,世界の代表的なサーキットやシティコースを本格的に収録したのは2004年末発売の「GT4」からのようだ。
 その後の進化は凄まじい。提供され車種そのままでなく,1mm単位での車高調整や0.1度単位でのキャンバー角調整が可能で,メンテナンスもできる。スピードとサーキット状況を反映したタイヤの摩耗やガソリン消費量も表示される。レースでのピット作業では,ジャッキアップ,タイヤ交換,給油時間が反映され,その作業スタッフも描画される。複数人でレースを行う機能があるのは勿論で,強化学習で腕を上げたAIレーサーと競うこともできれば,AIドライバーに指示を出してレースを支配する監督役も体験できる。さらには,賞金を稼いだり,改造パーツを購入したり,記念撮影を行なったりと,レーサーの生活を仮想体験できる種々の機能まで用意されている。この進化状況には,かなり驚いた。
 なるほど,ここまでシミュレーターが本格化すると,それで磨いたドライビングの腕を競いたくなる若者が増えるのは当然で,今や「eスポーツ」の代表格である。2018年からはFIA 公認の「FIA GT チャンピオンシップ」が始まり,シミュレーターでの優勝者が実車レースでの優勝者たちと一緒に表彰されるにまで至っている。
 さて,バーチャルとリアルの懸け橋役を果たした「GTアカデミー」である。日産側からの提案がきっかけであったことは,この映画で描かれた通りだが,正式名称は「GTアカデミー by 日産×プレイステーション®」なるドライバー発掘・育成プログラムで,2008年に活動が始まった。多くのプロレーサーを輩出し,2016年に終了したが,本作のヤン・マーデンボローは2011年度の首席卒業生である。そのアカデミーキャンプの模様は,シミュレーターブースでのドライビングテクニック向上(写真4),過酷なGに耐え得るフィジカルトレーニング,実車(Nissan GT-R NISMO等)を使っての模擬レース等々が描かれている。世界から集まった精鋭たちから,どんどん絞られて行く過程の描写が楽しい(写真5)


写真4 ドライビングシミュレーターのブースと操作画面。実レース感覚で対戦し,テクニックを磨く。

写真5 Nissan GT-Rを使った実車訓練で選抜が進む

 ヤンがその中で生き残って行く過程で,様々なレースを経験するが,大筋は以下の順である。
①アカデミー訓練生間のレースで,最終的に僅差でヤンが優勝する
②国際レースに参加し,4位フィニッシュしてFIAのプロライセンスを取得する
③アカデミー出身者3人のNISMOチームで,ル・マン24時間レースに出場する

【CG/VFXとレース映像】
 ■ これまでのカーレース映画でも,レーシングカーの殆どはCGで描かれていた。本作は世界最高水準のドライビングシミュレーターの存在を前提にした映画であるから,レース中の各車両の挙動やレース全体のデザインすら簡単にできる訳だ。「どこが実写かCGか,観客には見分けられないだろうが,大半はCGだ」と監督も認めている。こうなるとむしろ,どこが実写なのかを探してみたくなる。レース中のサーキットを空から俯瞰したシーンが何度か流れるが,映像のクオリティ的にこれは実写だろう。ヘリでの撮影ではなく,最近ならドローンを使って撮影したと思われる。実写のサーキット上にCGの車輌を配置するのは容易だが,この俯瞰シーンは実際に何台かでレースをさせて撮影したようだ。このクラスの大作なら,その方が容易だったのだろう。
 ■ GTアカデミー内の訓練や選抜のための①のレースには,実車の利用比率が高かったように感じた(写真6)。ヤンをはじめ,運転中の訓練生たちの表情を車内や他車両から捉えたシーンや,いかにも走行中の車輌から前を走る車両を捉えた映像が多かったからである。このアカデミーキャンプでの利用車両は基本的に日産のR35系GT-Rのはずだが,写真5, 6ではフロントグリルが異なる2車種が使われている。なぜ全員同じ車種で訓練しないのか,筆者は詳しくないので,両車種の違いが分からない。一方,チャンピオンになったヤンが参加する②や③のレースとなると多数のレーシングカーが登場する(写真7)。こうなると簡単に識別できないが,車両はほぼすべてCGかと想像する。映画品質となると,サーキット周辺の景観は誤魔化しが利かないから,ドイツのニュルブルクリンク,オーストリアのレッドブルリンク,ハンガロリンク等は,この映画のための撮影を行なったようだ。空の実写サーキットにCG車両を配して迫真のレースを描くのも,本作の場合はさして難しくない。何しろ「GT4」以降のソフトには当該サーキットがデータとして入っているのだから,複数のゲームプレイヤーでレースシミュレーションをさせて,それを映画クオリティで描画し直せば済む訳である。即ち,俳優の動きをMoCapしたデータでデジタルダブルに演技させるのと同様,ゲームソフトで作ったレースデータで映画中のレースを描いて行くことができる。


写真6 GTアカデミー内での最終レースでチャンピオンを決定

写真7 どのレースでも,CGなのか実車なのか,まず区別できない

 ■ 誰もがCGだと分かるシーンも列挙しておこう。スタンドからレースを観る大観衆は勿論CGで,おそらく群衆生成ソフトの産物だ(写真8)。運転ミスやレースバトルでの接触からおこる事故のシーンも,当然CG描画である(写真9)。車両が高く舞い上がる際の路面,事故車両が後続車に突っ込んで来る際のモーションブラーもきちんと描いている(写真10)。クルマを部分的に透明化して描いているシーンは,物語とは無縁のお遊びだろうが,少し和んで嬉しくなる(写真11)


写真8 スタンドの大観衆は,勿論CGで描写

写真9 接触によるコース逸脱やクラッシュは,当然CGで描写

写真10 事故車の挙動やモーションブラーもリアルに描写している

写真11 突然こんなシーンが登場するのも嬉しい

 ■ 本作特有のCG表現があるのも喜ばしい。各サーキットで,プロのレーサーなら経験的に最速で走行できる標準的なラインを通るが,シミュレーターソフトでは別のラインが見つかることがあるという。このラインを利用して,ヤンが不可能と思われる追い抜きを行なうシーンは痛快だった(写真12)。別の見どころは,レーシングカーの車体がめくれ上がって分解され,ヤンが自宅でゲームソフトを操作してシーンになり,また元のレースシーンに戻って行くシーンだ(写真13)。ヤンが昔の自分の姿を戻って,初心を取り戻す回想シーンのような描写である。『トランスフォーマー』シリーズの変形は,ロボットとクルマのCGオブジェクト間での段階的遷移なので少し違うのだが,あの斬新な変形シーンを初めて観た時に近い気持ちになった。本作のCG/VFXの主担当はUPPで,その他Pixomondo, SSVFX,Crafty Apes, Zero VFX, DNEG等が参加している。CG使用量やVFXシーン数の割には,他のVFX大作に比べて参加スタジオ数が少ないのは,シミュレーターソフトの開発元のポリフォニー・デジタル社からの全面的バックアップがあったからだと思われる。


写真12 レース中にシミュレーターの体験感覚を思い出し(上),定石でない追い越しラインを見つける(下)

写真13 走行中のレーシングカーがバラバラになってゲーム中の画面になり,また戻る(後半のみ表示)

【総合評価】
 短評からメイン欄に格上げし,かなりの長文記事を書いたのは,記録に残すべき映画だと思ったからである。個人的には,娯楽映画としてかなり楽しめた。ゲームオタクがプロのレーサーなれるというだけで,若者には夢のようなワクワクする物語だろうなと思いつつ眺めていた。あまりカーレース映画を観たことのない観客には,レースのシーンはかなり見応えがあったと思う。
 その反面,当映画評としては,少し残念な点が多い映画であった。1つは,一般受けを狙ったためか,かなりカーレース部分の比重が大きかったことである。そのジャンルで勝負するなら,かつての『栄光のル・マン』(71),近年の『ラッシュ/プライドと友情』(14年2月号)『フォードvsフェラーリ』(19年Web専用#6)には到底敵わない。本作は,映画としての主張すべき力点を間違えていると感じた。
 2つ目は,ソニーと日産の宣伝臭が強過ぎることである。いくら配給元がソニー・ピクチャーズであっても,映画中でソニー製の音楽プレーヤーを登場させるのは白けるし,日産本社を立派に見せようとし過ぎだ。そんなことはしなくても,この映画によって,ゲームソフト「GT7」の売り上げが急増することは間違いない(Nissan GT-Rは簡単には買えないが…)。ハリウッド映画にしては,日本や東京を美化して描き過ぎだ。これも両社に対する配慮からだろうが,日本人として少し気恥ずかしくなる。
 それらは些細だが,この映画で力点をおくべきだったのは,ドライビングシミュレーターとしての「グランツーリスモシリーズ」の優秀さの具体的説明だと思う。単にダニー・ムーアに画期的だと言わせるだけでは,何ができて,どう優れものなのかは伝わらない。「GTアカデミー」もしかりで,レーシングドライバーの育成プログラムの合理性をもっとしっかり解説すべきだ。駆け足でそのカリキュラムを巡るだけでは,ゲーマーが本物のレーサーとして通用するのかという素朴な疑問への答えになっていない。実話ベースの伝記映画であるなら,ドキュメンタリー性を高め,娯楽性を弱めた方がリアリティが増し,映画としての重みも備わったと思う。そうでなかったことが残念で,少し評点を下げた。


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