O plus E VFX映画時評 2023年9月号

『ドラキュラ/デメテル号最期の航海』

(ユニバーサル映画/東宝東和配給)




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[9月8日よりTOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー公開予定]

(C)2023 Universal Studios and Amblin Entertainment


2023年8月22日 東宝試写室(大阪)

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


船上で展開する見事なゴシックホラー, CG/VFXもたっぷり

 久々のドラキュラ映画だ。最近あまり耳にしなくなったが,「ユニバーサル・モンスターズ」「ユニバーサル・ホラー」は,ユニバーサル映画が得意としたジャンルを指す言葉で,1920〜50年代に大きな足跡を残した。中でも「ドラキュラ」「フランケンシュタイン」「狼男」は「3大モンスター」と呼ばれる別格的存在であり,その他「ミイラ」「透明人間」「半魚人」「せむし男」なども含まれていた。VFX発展期に紹介した『ヴァン・ヘルシング』(04年9月号)は,この3大モンスターを勢揃いさせ,主人公がモンスター退治をする映画であった。一方,『モンスター・ホテル』(12年10月号)は,ユニバーサル作品ではないが,ドラキュラ伯爵が経営するホテルにこの種のモンスター達が宿泊するというフルCGアニメであった。
 そう言えば,ご本家ユニバーサルは,2010年代にかつての名作群をリブートする「ダーク・ユニバース」構想を打ち出していたと記憶している。全く聞かなくなったのは,その第1作『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』(17年8月号)が大コケしたからのようだ。そのせいなのか,本作は殊更「ユニバーサル…」を強調していないが,3大モンスターの筆頭格のドラキュラが単独で登場するゴシックホラー映画である。
 ドラキュラ作品の原典とされるのは,アイルランド人作家のブラム・ストーカーが1897年に出版したホラー小説「吸血鬼ドラキュラ」(原題は,単にDracula)で,ここから多くの翻案ものが生まれている。TV番組や映画化された作品は数多いが,当欄で過去に紹介した映画の中で,表題に「ドラキュラ」が含まれているのは,『ドラキュラZERO 』(14年11月号)だけである。この映画は,所謂ビギニングもので,ストーカー作品のモデルとなった実在の人物「ヴラド3世」が,闇の力と契約して悪の吸血鬼と化して行く過程を描いた映画であった。他の吸血鬼ものや初期のドラキュラ映画に関しては,同作の紹介記事中で書いたので,そちらを参照されたい。
 さて,本作である。原題は『The Last Voyage of the Demeter』で,国内公開版ではこれを副題にしている。不思議だったのは,なぜドラキュラが航海に関係するのかであった。ドラキュラ伯爵といえば,ルーマニア中部のトランシルヴァニアの古城に住んでいるか,夜のロンドンの街に出没し,若い女性の生き血を吸うかのイメージだったからである。何と,トランシルヴァニアでは村人たちに恐れられて,誰も近づかなくなったため,彼は新たな獲物を求めてロンドンに転居することにした。その途中の航海の模様を描いているのが,本作だという。随分斬新な発想の新企画だと思ったが,原典ストーカー版には第7章「デメテル号船長の航海日誌」があり,今回初めてそれを映画化したそうだ。1章を長編映画1本にするにはかなり加筆・脚色したと思われるが,原典がベースなら本物中の本物であり,これは見逃せない。

【物語の概要と登場人物】
 1897年8月6日,大嵐の後,英国ホイットビーの海岸に漂着した難破船の無残な姿から映画は始まる。ルーマニア発英国行きのデメテル号で,生存者はいなかったが,船長の航海日誌が見つかった。そして,その日誌に書かれた内容に沿った物語が始まる。
 ルーマニアを出たチャーター船のデメテル号は,ブルガリアのヴェルナ港に入港し,ここでルーマニアのカルパチア地方から届いた50個の無記名の大きな木箱を積み込み,7月6日に出航する(写真1)。黒海から地中海に入り,約1ヶ月かけてロンドンまで荷を運ぶ航海である。その途中,夜になると想像を絶する忌まわしい事件が起き,舵を失った船は大嵐に遭遇して難破してしまった……。


写真1 ブルガリアの港からロンドンに向けて出航

 本作の監督は,ノルウェー人監督のアンドレ・ウーヴレダルだ。当欄で取り上げるのは初めてだが,ホラー系作品が得意な監督のようだ。勿論,ドラキュラはこの映画の中で何度も登場するが,セリフはなく,醜い吸血鬼姿の怪物である。フルCGで描かれる部分もあるが,俳優ハビエル・ボテットが特殊メイクを施して登場するシーンも数多い。特異な体形(身長2m4cm,体重45kg)をもつ,この種の怪物演技専門の男優で,素顔で登場することはない。
 実質的な主演は,英国人医師ヘンリー・クレメンスを演じるコーリー・ホーキンズだった(写真2)。クレメンスはケンブリッジ大学出身の初めての黒人医師だが,人種差別でまともな職に就けず,大陸での活動を断念してロンドンに戻ろうとしていた。船医としての雇用を希望したが断られ,乗組員に欠員が生じたため,最後の1人としてデメテル号に乗り込み,船内で起きた不思議な出来事に関わって行く。


写真2 主役は,ケンブリッジ大学出身のクレメンス医師

 途中ヴェルナ港への寄港,港と船を描いた構図,最後の1人としての乗船,航行中の船の様子,そして遭難等々から,『タイタニック』(98年2月号)を思い出してしまった。船の大きさ,遭難の原因は全く違うが,色々な点で似ている。エリオット船長(リーアム・カニンガム)の顔立ちや髭も,タイタニック号の船長にそっくりだ(写真3)。出航前にカードゲームをしているシーンなど,意図的に『タイタニック』を想起させる演出だったのかも知れない。そう言えば,タイタニック号沈没後に生存者救出にやって来て,約700名を収容した船は「カルパチア号」だった。


写真3 エリオット船長と孫のトビー

 ドラキュラは,積み込んだ木箱の1つの土の中から現れる。まず家畜類を殺し,そして乗組員や料理人等を次々と殺害して生血を吸う。船内での紅一点は,壊れた木箱から見つかった若い女性のアナ(アシュリン・フランチオージ)で,彼女は村民からドラキュラに差し出された生贄であり,身体には噛まれた多数の傷跡があった。彼女は船にその吸血鬼が潜んでいることを船長らに語り,一同は驚愕する。通常のホラー映画なら,主人公が悪魔や怪物を倒して,ハッピーエンドとなるところだが,本作の場合は,ドラキュラは死なず,その後ロンドンに出没することは分かっている。船内,船上という,逃げ場のない場所でのサバイバル映画であり,不吉な音楽が恐怖感を煽る。衣装や美術を含め,格調高いゴシックホラーとして描かれていた。

【CG/VFXの見どころ】
 予告編から,デメテル号の航行シーンやドラキュラがCGで描かれていることは分かっていたが,全編でVFXシーンは1,200以上もあるという。その心構えをして試写を観たが,それだけの見応えはあるVFX大作であった。
 ■ まず最初に嬉しくなるVFXシーンは,木箱を積んだ多数の荷馬車がカルパチア山脈を越えて港の見える場所に差しかかる場面だ(写真4)。何でもないシーンに見えるが,当然海やその手前の街はCG,馬車は実写で,どこで接合しているのか分からない絶妙のVFXであった。それに続く港のシーンも,19世紀末の欧州の港町を再現した見事な出来映えだった(写真5)。監督は極力船の一部や街並みは作ったと言うが,当時の衣装を着た多数の人々が描かれている。この複雑なシーンもどこでCGと実写を繋いでいるのか全く見分けられない。この明るい港町とは対照的に,ラストでは霧の深い夜のロンドンが描かれていた。


写真4 木箱を積んだ荷馬車と港が見える美しいVFXシーン

写真5 ブルガリアのヴェルナ港。19世紀末の港町を再現。

 ■ 大きさはかなり違うが,『タイタニック』と同様,デメテル号も実物大の船体(65.27m×11.5m)を作り,デッキ上での出来事を撮影したようだ(写真6)。ただし,高いマストや大きな帆はCG製で,この種のシーンも実写との合成が見事な出来映えと言える(写真7)。大海原を航行するデメテル号は勿論CG製だが,光の当て方が絶妙で美しい(写真8)。海の描写も秀逸で,今から思えば,四半世紀前にCG製の海を進むタイタニック号の単純な航海シーンに感激したのが,嘘のように思えてくる。


写真6 デッキ上の出来事の撮影シーン

写真7 高いマストや大きな帆がCGで描き加えた

写真8 エーゲ海を航行するシーンが美しい(すべてCG製)

 ■ 大嵐の中のデメテル号の描写も素晴らしかった。写真9はフルCGだが,大波や揺れる船体は物理シミュレーションによってレンダリングされ,そこに霧,雨,稲妻,大波による水飛沫が描き加えている。一方,デッキ上の実写撮影では,ジンバルで船体を揺らし,大量の水をウォーターマシンで吹きかけ,そこにVFX加工を施している。この船上シーンで演技する俳優たちは,さぞかし大変だったことだろう。観客はドラキュラとの攻防に気を取られがちだが,嵐の描写にも注目して頂きたい。


写真9 船や波の動きは物理シミュレーションし,暴風雨を描き加えている

 ■ ドラキュラの姿がようやく登場したのは,上映開始後,約45分経ってからだった。紳士然とした伯爵の姿ではなく,裸の怪物だったが,なかなか顔を見せずに観客を焦らす演出である(写真10)。ようやく見えた全身は,まるで『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのゴラムを彷彿とさせる醜悪な姿だった(写真11)。シーンによって特殊メイクを施した俳優とCG製のドラキュラを使い分けている。アップになったシーンでの手指(写真12)や頭部(写真13)は質感が高く,醜さが強調されている。このレベルとなると,特殊メイクでなく,CG描写だろう。変身したドラキュラには翼があり,蝙蝠の姿で飛翔する。これが終盤登場するのは,まるでアンコール要求に対するサービスでの再登場のように思えた(写真14)。この種のシーンは,しっかりプレビズでアクションデザインした上で,H・ボテットの演技をインカメラVFX(スタジオ内でのリアルタイムVFX合成)で加工して描いているようだ。

   
写真10 なかなか顔を見せず焦らせる(後ろ姿だけでも醜悪だが)

写真11 まるで長身痩躯のゴラム

写真12 質感の高い手や指もCG描写

写真13 醜悪な顔は冷酷なドラキュラ伯爵とイメージが違う

写真14 終盤は,期待に応えて翼がある姿でも登場する

 ■ 終盤には別途,CG/VFXならではの印象的なシーンが登場する。ドラキュラに噛まれて血を吸われた人間は感染し,凶暴化して行く。そして,朝になって太陽の光にさらされると,身体中の皮膚に異物が現れ,炎を発して落命してしまう(写真15)。これらのシーンも,流行のインカメラVFX撮影による産物のようだ。本作のCG/VFXの主担当はRise Visual Effects Studiosで,副担当はMPC,その他Jellyfish Pictures, Onyx VFX, Firebrand VFX, Halon Entertainment LLC等が参加している。


写真15 ドラキュラに噛まれた人物は,太陽の光で炎を出して燃えてしまう
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