O plus E VFX映画時評 2023年9月号

『ジョン・ウィック:コンセクエンス』

(ライオンズ・ゲート/ポニー・キャニオン配給)




オフィシャルサイト[日本語][英語]
[9月15日よりTOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー公開中]

(R), TM & (C)2023 Lions Gate Entertainment Inc.


2023年7月6日 アスミック・エース試写室

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


全面的スケールアップの4作目, 極上のアクション大作

 待ち遠しかった。やっと本邦での公開だ。キアヌ・リーブス主演のアクションシリーズの4作目である。世界各国の大半では3月22〜24日に公開されたのに,日本は半年遅れである。シリーズ最高傑作はもとより,近年のアクション映画の最高峰だという海外での評判を,何度も目にした。マスコミ試写は7月上旬に観て,正に評判通りの極上品だと確認した。それから2ヶ月半お預けで,ようやくこのアクション大作を紹介できる。
 当欄で本シリーズを紹介するのは初めてである。なぜ過去作を取り上げなかったかの言い訳をしておこう。当時の筆者の活動拠点は大阪であったが,配給ルートの関係で試写案内が得られなかった。低予算で単館系の1作目はVFX多用作でなく,あまり宣伝されていなかったので,存在すら知らなかった。その後,高評価の噂を聞き,個人的にはレンタルビデオで2作目までをまとめて観た。3作目は公開時に映画館で観ている。3年前から東京・大阪の両方で活動しているので,この4作目は東京の広報宣伝ルートから,マスコミ試写を視聴する機会が得られたという訳である。
 ここまで世評が高いと,配給会社も気合いを入れている。映画関係各誌はこぞってトップ記事にし,一般雑誌やネット記事も取り上げ始めている。今まで本シリーズ未見の読者も気になり始めたのなら,本作を起点に「JWワールド」に浸ることを勧めたい。後述するように,まだまだこの人気シリーズは続くからである。時間があるなら過去3作を全部見終えておくことが望ましい。それが無理なら,3作目だけでもざっと見て,物語の背景を知っておくのがベターである。
 総合的にもVFX的にも,自信をもってお勧めできる最新作であるが,1点だけ気に入らないことがある。意味不明の邦題である。原題はシンプルな『John Wick: Chapter 4』なのだから,『ジョン・ウィック4』か『ジョン・ウィック:第4章』でいいではないか。 過去3作は以下の通りであった。

『John Wick』⇒『ジョン・ウィック』
『John Wick: Chapter 2』⇒『ジョン・ウィック:チャプター2』
『John Wick: Chapter 3 - Parabellum』⇒『ジョン・ウィック:パラベラム』

 3作目は英題に副題が付いているのでまだしも許せるが,原題にない「コンセクエンス」を入れたのはどういう意図なのだろう? 英単語“consequence”は「結果」「帰結」を意味する言葉である。敵対する「主席連合」とは一応の決着がついたのつもりなら,しかるべき日本語表記の方が好ましい。(よくあることだが)これが最終作と思わせる営業戦略なら,そんな手は信頼感をなくすだけだ。いずれにせよ,何作目であるかのナンバリングは入れておいた方が良い。その方がファンに親切だ。見逃した作品を見るにも,過去作を見直すにも便利だし,メインストリームとスピンオフ作との区別もつきやすいからである。
 以下本稿では,「第○章」のように書くことにする。

【物語の概要と関連作品】
 本シリーズには,JWワールド特有の用語が登場するが,既に各誌やネット記事でも特集が組まれているので,本稿では用語解説も過去作の紹介も最低限に留める。
 ジョン・ウィックは類い稀なる戦闘能力を有する伝説の殺し屋であったが,既に組織から身を退き,平穏な暮らしを送っていた。第1章では,亡き妻が遺してくれた愛犬をロシアンマフィアのボスの放蕩息子に殺され,報復として彼を殺害する。父親はジョンに殺し屋を派遣するが,ジョンはすべて返り討ちにして,NYのロシアンマフィアを壊滅させる。第2章はその5日後で,裏社会に戻ったジョンに旧知のイタリアンマフィアから殺しの依頼があり,その攻防の中で,彼を殺害する。聖域のNYコンチネンタルホテルで不殺の掟を破ったため,ジョンは追放処分の上に高額の賞金をかけられ,世界中の殺し屋から命を狙われることになる。第3章も前章の直後の設定で,猶予時間の1時間を過ぎたジョンは,かつて所属した組織ルスカ・ロマを頼り,モロッコに向かう。紆余曲折の末,NYコンチネンタルホテルの扱いを巡る騒動に巻き込まれ,銃弾を受けるが,地下組織の助けでからくも一命は取り止める。
 この間の評価はうなぎ登りで,第1章からこの第4章まで,製作費,興行収入,上映時間,登場人物数は単調増加である。第1章の上映時間は101分であったが,122分,131分と増え,本作は3時間近い169分の長尺だ。最近の映画にしてはかなり長いが,全く退屈しない。アクション,戦いの武器,衣装,音楽,CG/VFXのあらゆる面でスケールアップし,長尺に見合う堂々たる大作に仕上がっていて,完成度が高い。
 物語の舞台となる場所も,ヨルダンの砂漠に始まり,NY→大阪→NY→ベルリン→パリへと移る。物語の根幹は組織を裏切ったジョンの粛清であり,裏社会を支配する主席連合からヴィンセント・デ・グラモン侯爵が派遣される。彼は前章での責任を断罪して,NYコンチネンタルホテルを爆破する。ジョンは,侯爵が放った盲目の刺客ケインや,パリ中の賞金稼ぎの殺し屋たちと戦いながら,最後は自由を賭けて,グラモン侯爵との決闘に臨むというストーリー展開である。
 結末は観てのお愉しみだが,いくつもの関連作品が用意されていて,JWワールドが拡大しつつあるに注意されたい。まず,本作の本邦公開と同日(9月22日)に,ドラマシリーズ『ザ・コンチネンタル:ジョン・ウィックの世界から』が配信開始になり,日本ではAmazon Prime Videoで視聴できる。次に来年公開が予定されているのが,スピンオフ映画の『Ballerina』である。第3章に登場した「バレリーナ」は,ルスカ・ロマが運営するバレエ学校の出身者だったが,この学校は暗殺者の養成機関であるという設定だ。主演は,『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』(21年Web専用#5)『グレイマン』(22年Web専用#5)の人気女優アナ・デ・アルマスであるから,これは見逃せない。
 そして,大いに期待されるのは,第5章の『John Wick: Chapter 5』へと続くことだ。当初,第4章,第5章を連続で撮影する予定だったが,これは一旦ご破算になった。既にライアンズゲート社の幹部は,今年3月に今後3つの計画があることを認めている。上記の2つの他にもう1つあるとすれば,第5章以外は考えにくい。まだ計画段階で,制作日程は決まっていないようだが,第4章が大ヒットした以上,時間の問題だろう。3部作で終わるシリーズは多いが,それを超えて続くシリーズは,今から観始めても遅くない。

【監督とキャスティング】
 監督は,本シリーズ4本で一貫してチャド・スタエルスキである。第3章は製作総指揮,この第4章は製作にも名を連ねている。厳密に言えば,クレジットはされていないが,第1章はデヴィッド・リーチが共同監督であったようだ。共にアクションシーンのスタントマン出身で,同作が2人の監督デビューであった。この2人の経歴とその後が興味深い。2人は1997年にアクションデザイン製作会社「87Eleven」を興し,数々の作品のスタントコーディネーターを務めていた。C・スタエルスキは『マトリックス』(99年9月号)『コンスタンティン』(05年4月号)等でキアヌ・リーブスのスタントマンを務め,『マトリックス リローデッド』(03年7月号)『マトリックス レボリューションズ』(同12月号)では擬闘スタッフを担当した。『マトリックス レザレクションズ』(21年Web専用#6)では,「チャド」なる役名で,俳優としても出演している。第1章はキアヌ・リーブスが私費を投じて製作総指揮を務めた作品で,長年の知己の2人に脚本を送り,アクション主体の映画へのコメントを求めたところ,自分たちが監督をしたいと逆提案されたとのことである。
 D・リーチは,主としてブラッド・ピットのスタントマンを務めていた人物である。JWシリーズでは,第2章以降の3作で製作総指揮に名を連ねている。自身の監督作としては,『アトミック・ブロンド(17年11月号)『デッドプール2』(18年Web専用#3)『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』(19年Web専用#4)を手がけた後,ブラッド・ピット主演の『ブレット・トレイン』(22年Web専用#5)のメガホンもとっている。今や2人とも,すっかり売れっ子監督である。
 本作には,キアヌ・リーブスの他に,ジョンの盟友たちが継続出演している。即ち,NYコンチネンタルの支配人ウィンストン役のイアン・マクシェーン,同コンシェルジェのシャロン役のランス・レディック,地下組織を率いるバワリー・キング役のローレンス・フィッシュバーンらである。新規登場組は,敵方では,グラモン侯爵には『 IT/イット “それ”が見えたら,終わり。』(17年11月号)で不気味なピエロを演じたビル・スカルスガルドが,盲目の暗殺者ケインには『イップ・マン』シリーズのドニー・イェンが配されている(写真1)。味方側には,ジョンの旧友で大阪コンチネンタルホテルの支配人シマヅ・コウジ役の真田広之と,その娘でコンシェルジェのアキラ役のリナ・サワヤマが登場する(写真2)。日本が舞台になっていて,しかもこの2人が重要な役であるのは嬉しい。元の役名は英文字であるのに,日本人名をカタカナ表記するのは癪なので,本稿では(独断で)島津耕史,晶と表記することにする。


写真1 盲目の刺客のケイン。座頭市というより, タモリに似ている。

写真2 真田広之と映画初出演のリナ・サワヤマが, 父と娘で登場する

 ドニー・イェンと真田広之を助演で配するというのは,アクション映画として贅沢なキャスティングだ。スタエルスキ監督は,敬意を込めて「2人のレジェンドに合わせたシーンを作った」と語っている。彼らのアクションシーンに関しては,次項で述べる。一方,日本人の晶が,米国在住のアジア人か,日系であっても日本語がたどたどしい女優だと興醒めだったが,映画初出演のリナ・サワヤマは日本語も英語も流暢に話していて,安心した。新潟県生まれで子供の頃に英国に渡り,日本人学校とケンブリッジ大学を卒業し,現在もロンドン在住のシンガーソングライターとのことだ。それならバイリンガルであることも納得できる。
 重要な役を忘れていた。このシリーズでは「犬」が必ず登場するが,この第4章では,賞金稼ぎのトラッカー(シャミア・アンダーソン)が常に猟犬と行動を共にしていて,この犬の嗅覚を頼ってジョンをつけ狙う。終盤のバトルで彼の愛犬が重要な役を果たし,観客の笑いを誘うこと必定である。

【アクションとビジュアルの秀逸さ】
 とにかく,アクションが凄い。全編アクションシーンの連続なので,何が凄いのか逐一語れないほどだ。強いて4大シーンを時間順に上げるなら,①大阪コンチネンタルホテルでの数々のバトル,②ベルリンのナイトクラブでの攻防,③凱旋門前の周回道路でのカーアクションと銃撃戦,④サクレ・クール寺院前での決闘へのジョンの到着を阻もうとする刺客たちとの激戦,ということになる。いずれもかなりの長さなので,シーンというより各々シーン群と言った方が正しい。④から決闘の決着までは1時間弱もある。カンフーをもじって,武術と銃撃を組み合わせた格闘を「ガン・フー」と呼んでいたが,それで行くと①では「ヌンチャク・フー」が登場し,③は「カー・フー」ということになる。
 様々な武器が登場するが,銃の種類や誰が何を使っていたかは覚え切れなかった。真田広之演じる島津耕史は日本刀と拳銃を併用し,娘の晶はナイフと弓を使って戦っていた。ドニー・イェン演じるケインは,座頭市をイメージしたというだけあって,仕込み杖の達人であり,拳銃もヌンチャク技も披露したと記憶しているが,もっとあったかも知れない。刺客たちが入れ乱れての格闘には,ファイティングコーディネータとして参加した日本人・川本耕史(島津耕史の名前は,彼からつけたそうだ)と彼のスタントチームに,スタエルスキ監督の「87Eleven」のチームが合流し、50人以上のスタント演技者が1ヶ月以上かけて撮影したという。
 アクションの激しさだけでなく,それを際出たせる背景シーンのビジュアルも秀逸なのが,本シリーズの特長だ。本作でも,はっとするような美しいシーンが随所に登場する(写真3)。凱旋門やサクレ・クール寺院の前の222段階段も効果的に使っているが,屋外シーンだけでなく,教会内部や地下鉄構内のカメラアングル,ナイトクラブやテル内部の装飾にも凝っている。既存の光景をそのまま使うのでなく,大型セットやオープンセットを組んで,アクション場面を広い空間内で演出している。②の外観にはベルリンの旧国立美術館が使われていて,内部は多層階のセットとして利用し,光や水や炎が彩るナイトクラブを実現している。


写真3 随所に登場する美しい光景。(上)遠近法を利用した長い回廊,
(中)ジョンの妻が眠る墓地,(下)大阪コンチネンタルホテルの外観

 我々日本人にとって最も着目するのは,「大阪コンチネンタルホテル」のデザインだ。外観(写真3下)はモダンだが,内部や庭園部分は和風テイストに溢れている。プロダクションデザインのケヴィン・カーナーのデザインだというから,純日本風というより,いかにも外国人が見た日本風美術である。それでも,ハリウッド映画によくある安直で極端な和風表現よりは,ずっと品がいい。日本人の庶民が宿泊するホテルではなく,主席連合傘下の殺し屋達が利用する会員制のホテルという設定であるから,これでいいかなという気がした。
 その極め付きは,日本の伝統的な絵画,工芸品,刀剣類を展示した鏡の間だ。この展示室でケインとジョンが対決し,庭園部分ではケインと島津の激闘がある(写真4)。余談だが,「大阪コンチネンタルホテル」なるホテルは実在しない。有りそうな名前だが,実在するのは「インターコンチネンタルホテル大阪」だ。そもそも世界的ホテルチェーン名と紛らわしいのだが,まさかJWシリーズのご用達だと思って,各地の「インターコンチネンタルホテル」を予約する旅行客はいないと思うが…。


写真4 和風の背景でのバトル。(上)ケイン対ジョン,(下)ケイン対島津。

 後半の舞台はパリで,パリの名所がいくつも登場する。昼間よりも,部屋の窓から夜景の美しさを強調していて,エッフェル塔,凱旋門,サクレ・ルール寺院の幻想的な光景も登場する(写真5)


写真5 夜のパリの三景。(上)エッフェル塔,(中)凱旋門,(下)サクレ・クール寺院。

【CG/VFXの利用場面と出来映え】
 CG/VFXシーンは,全編で1,523カットあるという。想像したよりも,かなり多かった。宇宙人,恐竜,空飛ぶスーパーヒーローが登場する訳ではないので,一般観客はCGとは気づかない「Invisible VFX」が大半だ。幸い,Rodeo FXが公開しているBefore/After画像対があり,公式サイトにはメイキング映像もある。それらを参考にして,いくつか種明かしや推測をしてみよう。
 ■ 写真6は凱旋門周辺のCGモデルとそこに走行するクルマを描き込んだ完成映像である。即ち,③のカー・フーのシーンは,現地で撮影したものではなく,別の場所で撮影した映像にCG描き込んでVFX加工したものである。メイキング映像には,荒野にアルファルト舗装した部分を作り,カースタントを予行演習している様子があった(写真7)。ここでスタントデザインをしておき,閉鎖された古い空港の滑走路を借りてクルマを走らせ,夜に実写撮影を行なった映像に凱旋門や多数のクルマを描き加えたのが写真8写真9である。凱旋門だけでなく,路面の敷石も忠実に再現されていて,いい出来映えだ。このレベルの映像がCG/VFXで作れるということは,写真5中の夜のパリの光景は,実写ではないことが分かる。


写真6 (上)凱旋門とその周辺の幾何形状モデル,(下)夜間の完成映像

写真7 こんな荒野の真っ只中で, カーアクションを練習

写真8 凱旋門に向かうシーン。(上)閉鎖した空港で撮影,(下)完成映像

写真9 周回道路でのカー・フー。(上)キアヌ・リーブスのアクションは本物,(下)完成映像

 ■ フランスのアパートでのバトルには,神の目線での長回しの映像が使われている。ドローン撮影での俯瞰映像そのままではなく,色調補正した上に,机上や床面に散乱した物体を多数描き加えている(写真10)。まずはアクションシーンを撮り終えておいて,戦いの激しさを強調するため,散乱物を加えて完成映像としているということだ。大阪コンチネンタルの屋上庭園シーンでは「初志貫徹」のネオンサインだけが描き加えられている(写真11)。これくらいは実物を作っても良さそうなものだが,CGの方がコストが安かったのか,それともどんな文字列が好いか,後で差替えて見比べたかったのかも知れない。それにしても,「初志貫徹」とは,あまり趣味が良くない(笑)。その他の部分はセットに作り込んであるので,ケインと島津の戦いのシーン(写真4下)も実写だと思ったのだが,違っていた。ドニー・イェンが戯れているグリーンバックの映像(写真12)を見ると,周りの樹木や岩はCGだったのだと分かる。


写真10 (上)ドローンで撮影した俯瞰映像,(下)色調補正し,事物を描き加えた完成映像

写真11 屋上庭園のシーンには「初志貫徹」のネオンを追加

写真12 写真4下は, グリーンバックで撮影(おどけるドニー・イェン)

 ■ 以上のメイキング例を参考に,他のシーンのVFX 加工を想像してみよう。ベルリンのナイトクラブでの写真13のシーンは,滝の部分はCGだと思われる。多層階の大きなセットを用意し,飾り付けていても,これだけの水を屋内で落下させ続けるのは現実的ではない。一方,ヨルダンのワディラム砂漠のシーンは,『アラビアのロレンス』(62)と同じ場所で撮影したことをウリにしているので,現地ロケしたことは確実だ。よって,馬でのチェイスシーンは本物だろう。こんな場所で首長と話し込む必要はないので,セット内撮影に背景として現地撮影してきた景観を合成したのだと思われる(写真14)


写真13 流れ落ちる滝も落下する人物もCG描写

写真14 上:砂漠での馬の疾走は本物だろう
下:首長との会談シーンは背景のVFX合成か

 ■ エッフェル塔をバックに決闘の条件を協議するトロカデロ広場のシーンや,ルーブル美術館でグラモン侯爵がソファに座って名画(トラクロワの「民衆を導く自由の女神」)を眺めるシーンは,本当に現地撮影したのだろうか? 筆者は,前者は本物,後者はトリック撮影だと想像する。エッフェル塔をCGで描けることは写真3上からも確実なので,改めて完成シーンをスチル画像で見るとVFX合成のように見えなくもない。実際の映画を観た時には,これは実写だと感じた。曇り具合の空気感とでも言おうか,これはCGの動画では描けないと感じたのである。果たせるかな,現地で監督と主役が話しているリハーサル画像があり,通行人の交通規制もしている。こうなると現地撮影したことは確かであるが,完成映像ではブルーバックの幕や通行規制用のコーン等は取り除かれている(写真15)。一方,早朝であれ,深夜であれ,ルーブル美術館がこんなシーンの撮影を許可するとは思えないので,こちらは俳優とソファはセット内で撮影し,絵画と壁は描き加えたと思われる(写真16)。上のシーンだけなら,額縁や複製画像をセット内に配置する手もあり得るが,下のようなシーンはとても通常の大きさのセットでは実現できない。ちなみに,「民衆を導く自由の女神」と周りの数枚の配置は,ルーブル美術館の実際の展示と全く同じである。


写真15 (上)トロカデロ広場でのリハーサル風景(奥で交通整理している),(下)完成映像

写真16 上:この構図なら,実写でもVFX合成でも可能
下:この大きさとなるとセット内での再現は無理

 ■ モンマルトルでの決闘時の朝焼けのサクレ・クール寺院のシーン(写真17)は,実写ではなく,CGだろう。こちらも,この場所でのこんな映画撮影の許可が下りると思えない。撮影のセッティングをして,決闘シーンを撮り終えない内に夜が明けてしまい。観光客が押し寄せてしまう。夜の凱旋門周辺をCGで描いた実力からすれば,朝のサクレ・クール寺院も十分描けるはずだ。そう考えれば,美しいと言った写真3の3枚も何らかのVFX加工の産物と思える。写真3上は回廊の奥行きの追加,写真3中は美しい空への加工,写真3下はこのホテルの建物自体がCGだと思われる。


写真17 早朝のサクレ・クール寺院での決闘シーン

 ■ 同じく,構図的に美しいと感じたのは,地下鉄の構内のシーンだった(写真18)。パリのポルト・デ・リラ駅は地下組織のバワリー・キングがジョン・レックに出会って主席連合への反撃を促すシーンに登場し,大阪の梅田駅はジョンが逃亡時に地下鉄を利用する場面で使われている。一見しただけで,後者は偽物だと分かる。地下鉄御堂筋線の梅田駅はこんなに美しくはなく,地下鉄車両も駅の構造もまるで違う(2車線を挟む対面式ホームでなく,かなり広い島型のホームだ)。別の駅の映像を加工したのか,あるいは最初からCGで作った駅なのかは不明だ。そう考えると,ポルト・デ・リラ駅も光景もこれが正しいのかどうか,我々には分からない。

写真18 (上)パリのポルト・デ・リラ駅,(下)大阪の梅田駅(実際とはまるで違う)
(R), TM & (C)2023 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.

 ■ また,忘れるところであった。トラッカーの愛犬のジャーマン・シェパードも,大半はCGで描いているようだ(あるいは,全部か?)。その他では,ジョンの指の切断やNYコンチネンタルの爆破シーンもCG/VFXの産物だと思われる。本作のCG/VFXの主担当はRodeo FXで,One Of Us, Pixomondo, Halon Entertainment LLC, Atomic Arts, Boxel Studio, The Yard VFX, Light VFX, WeFX, Mavericks VFX, Crafty Apes等,多数社が参加している。当欄でしばしば言及する大手スタジオが1社もないが,今や中堅どころのVFXスタジオの寄せ集めでも,このレベルのCG/VFXシーンを実現できている。スタエルスキ監督がメガホンを取り続けている限り,JWシリーズはアクションもVFXも高品質をキープすることだろう。


()


Page Top