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O plus E 2021年Webページ専用記事#2
 
 
ゴリラのアイヴァン』
(ウォルト・ディズニー映画)
      (C) 2020 Disney
 
  オフィシャルサイト [日本語]][英語]    
  [2020年9月11日よりDisney+にて独占配信中]   2021年4月2日 Disney+の映像配信を視聴 
       
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
  題名も噂も,聞いたことがなかったオスカー候補作  
  今年のアカデミー賞の視覚効果賞部門のノミネート作の1つを紹介しておこう。実は,その発表まで全くこの映画の存在を知らなかった。ノミネート作5本の題名を見て,2本知らない映画があった。劇場公開予定のない『Love and Monsters』と本作である。こちらの原題は『The One and Only Ivan』だが,既に邦題があったので,マイナーな配給ルートが急ぎ日本公開を決めたのかと思ったら,全く違っていた。何と堂々と「ウォルト・ディズニー映画」のブランドで製作された映画で,米国では昨年8月21日から,日本では9月11日からDisney+で独占配信されていたようだ。話題の『ムーラン』(20年9・10月号)が同じDisney+で9月4日配信開始だったので,それを観て,急ぎ記事を書くのに精一杯の頃だ。まさかその1週間後に,別のVFX大作が同じDisney+で配信されているとは思いもよらなかった。
 当初,映画館で8月24日から上映予定だったのが,この映画もDisney+での配信に変更されたらしい。なるほど,『ムーラン』や『ソウルフル・ワールド』(20年Web専用#6)と同様,今年だけの特例として,映画館上映を経ていないこの映画もアカデミー賞の対象となった訳だ。しかしながら,最初からオスカー候補となるほどの話題作だったのか? VFX専門誌CinefexのWebサイトでは,『Upcoming Effects Films』なるページに今後公開予定のVFX多用作の一覧を掲載している。筆者の残している控えを見ても,昨年2月や4月のそのページにこの映画の名前は見当たらない。
『ムーラン』『ブラック・ウィドウ』『ジャングル・クルーズ』等は,しっかりディズニー作品のラインナップにもあったが,本作は聞いたことがなかった。日本のディズニー配給網に「殆ど宣伝されていなかったが,本来はいつ公開を予定されていたのか?」と尋ねたら,「私たちも聞いたことがなかった。アカデミー賞候補のリストを見て,何,これ? という感じで…」という返事が返ってきた。やっぱり,そーか。米国では少数館での公開の後,事実上の「ビデオスルー」にする予定だったのかと思う。ディズニーのお子様向き作品ではよくあるパターンだ。日本では最初からビデオスルーの予定だったのが「配信スルー」になったということだろう。いくら大作が軒並み公開延期とはいえ,そのレベルの映画が視覚効果部門のオスカー候補とは,よほど技術的に優れているに違いない。ゴリラが主人公のようだが,当然CG製だろう。その意味では楽しみだった。
 結論を先に言えば,まさに予想通りのファミリー映画で,いかにもいかにもディズニー映画の動物ものだった。確かに,大人が敢えて映画館に出向き,入場料を払って観るような内容ではない。その半面,これまた予想通り,VFX的にはかなり優れていた。最近のCG技術ならどんな動物でも本物そっくりに描けることは,既に『ジャングル・ブック』(16年8月号)『ライオン・キング』(19年Web専用#4)で実証済みだ。ゴリラやその他数種類の動物ごときは,高額の製作費やハイレベルの新規技術が要るわけではない。本作の主人公アイヴァンの描き方で優れていたのは,この物語に相応しい描き方をしたことである。これは,じっくり後述しよう。
 これまで映画に登場するゴリラは,力が強く,獰猛で,大半は悪役か粗暴な脇役として描かれてきた。少なくとも,チンパンジーの方が圧倒的に知的に描かれている。一方,本作のアイヴァンは愛すべき存在として描かれている。この映画の原作は,キャサリン・アップルゲイト著の児童文学賞受賞作で,邦題は「世界一幸せなゴリラ,イバン」(2014年講談社刊)だそうだ。本作の主人公は,映画中でも「アイヴァン」と発音されている。1992年生まれで,生後まもなくアフリカのジャングルで捕獲され,米国にやって来る。3歳まで人間家庭でペットして飼われたものの,いつまでもそうは行かず,ショッピングモール内にあるサーカスに売り渡され,そこで見世物として約27年間過ごすことになる。動物愛護運動の高まりとともにサーカスからは解放され,自然が豊かなアトランタ動物園に移されたという実話に基づいている。ショッピングモール内でサーカス公演場所や動物たちの檻が常設されているというのに少し驚いた。野生に近い形で管理できる広々とした動物保護区が動物園として公開されているというのも,米国ならではのスケールだと感心する。
 監督は,テア・シャーロック。『世界一キライなあなたに』(16年10月号)が監督デビュー作で,これが2作目だ。この映画では,動物同士が会話をする設定なので,豪華俳優陣が声の出演をしている。主人公アイヴァンの声には『スリー・ビルボード』(18年2月号)でアカデミー賞助演男優賞に輝いたサム・ロックウェル,相棒の野良犬のボブには『ツインズ』(88)『ジュニア』(94)のダニー・デヴィート,きどったプードルのスニッカーズには『クィーン』(07年4月号)のヘレン・ミレンが配されている。そして,この原作を気に入り,映画化権を得たアンジェリーナ・ジョリーが製作に名を連ね,自らゾウのステラの声を演じている。サーカス団長や動物飼育係等の人間役にはさほど有名な俳優は起用されていない。実話ベースと言っても,実在の動物たちが会話していた訳はないから,そこは想像の産物である。
 
 
  一段と進化した感情表現と微妙な所作の描写に注目  
  Disney+で,映像を何度も止めながら,しっかりこの映画を観た。何度でも好きなように眺められるので,当欄にとってはオンライン試写やネット配信も有り難い存在だ。
 以下は,動物たちのCG表現やその演出についての当欄の視点からの評価と感想である。
 ■ 心優しいゴリラが主人公の映画としては,まず比較すべきは同じディズニー映画の『マイティ・ジョー』(00年3月号)だ。デジタル処理でのVFX技術が多用され,一気に進化した時代ではあったが,まだ巨大ゴリラをすべてCGで描くほど当時の技術は進んでいなかった。当時の解説記事でも書いたが,アニマトロニクス,CG,着ぐるみに入った人間の演技を使い分け,背景映像にVFX合成していた。CG以外をそのまま撮影現場で演じさせなかったのは,身長4mの巨大ゴリラゆえ,サイズが合わなかったからである。当時はかなりハイレベルだと感じたが,改めてこの映画もDisney+で眺めると,本作とは格段の差があり,改めてこの間のCG技術の進歩を感じる。
 ■ 巨大ゴリラをフルCGで描いたのは,ピーター・ジャクソン監督の『キング・コング』(06年1月号)だった。著名な1933年版へのオマージュとして作られたリメイク作であるので,キング・コングをリアルなCGで描いてみせたことをウリにしていた。人間の俳優の演技をMoCap収録してコングの動きとするのに,『ロード・オブ・ザ・リング』3部作で得たノウハウを効果的に使っていた。最近のモンスターバース・シリーズの『キングコング:髑髏島の巨神』(17年4月号)では,体長31.6mという巨大類人猿として登場する。大きさ自体にはさしたる意味はなく,もはや大きな進歩は感じなかったが,他の怪獣たちのデザインやラストバトルの出来映えは上々だった。2011年からの『猿の惑星』シリーズの主役はチンパンジーのシーザーだが,脇役の武装集団にはゴリラも多数登場する。いずれの質感も見事で,もはや完成の域にあると感じられた。
 ■ 本作では,ゴリラの他にゾウ,犬,ニワトリ,ウサギ,アシカ等の動物が登場するが,すべてCGで描かれている(写真1)。もはや一部に本物を使う方が時間もコストもかかり,使い分けるのも撮影が面倒なのだろう。それぞれの毛並みの質感や動作の躍動感の描写は,今や当たり前のレベルと思いつつも,プードル犬の毛並みの質感表現は圧巻で,うっとり見惚れてしまった(写真2)
 
 
 
 
 
 
 

写真1 (上)ショッピングモール前に動物たちのCGデータを配置,(下)完成映像

 
 
 
 
写真2 プードルのスニッカーズの白い毛には見惚れる
 
 
  ■ 個々の動物だけでなく,サーカスの舞台や,動物たちが居住する檻の中も,大半はCGで描かれている(写真3)。何もないと人間も演技しにくいので,最低限のセットだけ組み,細部はCGで描いてVFX加工したようだ。その質感表現も完璧に近く,こうしたメイキング画像を見せられない限り,どこまでが本物か見分けがつかない。
 
 
 
 
 
 
 

写真3 (上)アイヴァンだけでなく木や檻もCGモデル,(下)完成映像

 
  ■ 姿形のリアルさだけでなく,動物たちの挙動のリアルさも上出来だった。いや,本物の動物そっくりというより,少し誇張してサーカス公演で演技させている点が特筆に値する。主人公のアイヴァンは心優しいゴリラなのに,毎回咆哮して客を怖がらせる役割だ。その彼がいやいやながら演技しているように見えるのが素晴らしい。他で注目の的だったのは,新しくこのサーカス団に加わった赤ちゃんゾウのルビーの登場場面である。不安がるルビーに初老の雌ゾウのステラが鼻をすり寄せて誘導するシーンは感動ものだ。母親のようにルビーに寄り添い,サーカスに初登場させる場面も微笑ましい(写真4)。ステラの死去後に,独りで聴衆の前に現れるルビーの不安げな表情や仕草の描写は絶品だった。どんなに調教しても,本物の動物にこんな演技をさせることはできない。
 
 
 
 
 
写真4 大きなステラに付き添われて,ルビーのサーカス・デビュー
 
  ■ 最大の見どころは,アイヴァンの豊かな感情表現である。悲しそうな顔,不安げな顔,ルビーや他の動物をいたわる優しげな顔等々を使い分けている。顔の骨格も筋肉も違うから,人間の演技者のFacial Captureだけではこうは行かない。顔面のどの筋肉をどう動かせば,目的とする感情表現ができるのか,徹底的に分析し,試行錯誤したのだろう。アイヴァンと相棒のボブとのバディ関係の見せ方も秀逸だった(写真5)。剽軽なボブの表情も豊かだが,笑った顔には驚いた。犬がそんな顔で笑う訳がないのだが,巧みに擬人化し,いかにも笑っているかのように見せる技に感心させられた。
 
 
 
 
 
 
 

写真5 ゴリラのアイヴァンと野良犬のボブは絶妙のコンビ
(C)2020 Disney

 
  ■ 本作のCG/VFXは,MPCが1社で担当している。前述の『ジャングル・ブック』『ライオン・キング』も単独で担当し,『ダンボ』(19年Web専用#2)『ドクター・ドリトル』(20年3・4月号)でも主担当であったから,今やCG製動物の描写にかけては,実力も経験も群を抜いている。YouTubeには同社制作の「 The One And Only Ivan VFX Breakdown」なる動画がアップされている。これは自信の表われとも言えるし,オスカー獲得に向けて「単なるお子様映画ではないぞ!」とのアピールだとも受け取れる。プレビズ,ポストビズの主担当はNviz社で,業界最大手のThird Floorが少しプレビズをアシストしたようだ。
 
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