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O plus E誌 2016年10月号掲載
 
その他の作品の短評
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
   『ある天文学者の恋文』:監督は『ニュー・シネマ・パラダイス』(88)のジュゼッペ・トルナトーレ。原題は『Correspondence』だが,うまい邦題をつけたものだ。老教授と美人学生の恋物語で,教授の死後も次々と彼女にメッセージが届く不思議な現象が起こる。IT技術を駆使した擬似ミステリー仕立てである。スコットランドやイタリアの湖水地方の景観が美しいが,ヒロインのオルガ・キュリレンコの裸身も眩しい。宇宙物理学での博士号取得を目指す大学院生であり,かつ人気女優という設定だが,この設定に無理がある。それが両立できるほど博士論文執筆は甘くない。そもそも,老教授(ジェレミー・アイアンズ)が美しい弟子に想いを寄せるのは勝手だが,彼女がこんな老いぼれに愛を感じることが理解できない。不自然だ。この映画は中高年の大学教授には見せたくない。彼らが勘違いして,セクハラ,アカハラ事件が頻発することを危惧するからだ。
 『闇金ウシジマくん Part3』:当欄で取り上げるのは初めてだが,人気シリーズの3作目である。元は真鍋昌平作のコミックだが,2010年にTVシリーズ「Session1」が放映され,2012年に劇場版映画が公開されている。この夏から秋にかけて,TVシリーズ「Session3」,映画は『Part3』と完結編の『ザ・ファイナル』が次々と放映・公開される凄まじさだ。強烈で印象に残る題名,返済金の取り立ての過酷さや目を背けたく拷問シーン,借金まみれになるダメ人物達……。とても青少年に見せられない映画と思いつつも,何かしら不思議な魅力をもったシリーズだ。闇金融,キャバクラ,ホストクラブ等の実態の描写は,現代の裏社会を学ぶ良い勉強材料になっている。最後にウシジマ社長(山田孝之)が発する短い言葉が人生の本質を突いた名言で,これも大きな魅力である。この3作目は,基本骨格を堅持し,取り上げるのは,詐欺まがいの「情報商材の販売ビジネス」だ。主要キャストも引き続き登場するので,安心して観ていられる。ただし,本作で借金を重ねる主な債務者は2人とも男性で,2人の物語が同時並行で進行する。これは,原作の「フリーエージェントくん編」と「中年会社くん編」を両方盛り込んだためだろう。
 『歌声にのった少年』:ちょっと珍しいパレスチナ映画で,全編アラブ語で語られる。歌手をめざす少年が,オーディション番組「アラブ・アイドル」に出て勝ち抜くサクセス・ストーリーで,実在の歌手ムハンマド・アッサーフがモデルである。出身はガザ地区で,イスラエルの脅威にさらされる同国の飛び地だ。子供の頃からカイロのオペラハウスで唄うのが夢だという。それだけなら,アイルランド人青年がロンドンをめざす『シング・ストリート 未来へのうた』(16年7月号)と相似形だが,政治的背景が全く異なる。ガザ地区の貧困,束縛された地域の描写が目を引く。ここにカメラを入れた劇場用映画は初めてだという。偽のビザでエジプトに入るプロセスはまさにサスペンス映画で,緊迫感がすごい。ただし,肝心のオーディション番組を勝ち抜く過程での歌を,もっともっと聴きたかった。たった98分の映画だから,何曲か増やせたはずだ。
 『将軍様,あなたのために映画を撮ります』:「将軍様」とは北朝鮮の独裁権力者のことだが,現在の金正恩ではなく,本作に登場するのは2011年に逝去した父親の金正日である。その映画好きは有名だったので,題名からは,彼に似た将軍様を登場させ,茶化し,コケにするコメディかと思ってしまった。実際は,韓国の人気女優・崔銀姫と元夫で映画監督の申相玉の拉致事件を描いた,極めて真面目なドキュメンタリーだった。まず崔銀姫の絶頂期の映像で始まり,監督との結婚と離婚が語られる。そして,1978年に2人が拉致され,1986年に米国へ亡命するまでの8年間が克明に描かれている。金正日の肉声を秘かに録音したテープ,北朝鮮の実態が映った数々の映像が登場し,その資料性の高さに驚愕する。北朝鮮映画の質を向上させるため,彼らを拉致したとの理由にも驚く。申相玉は「映画撮影所総長」に任じられ,拉致期間中に17本の映画を撮ったという。
 『高慢と偏見とゾンビ』:「高慢と偏見」はジェイン・オースティン作の英文学の金字塔で,何度も映画化されている。『プライドと偏見』(05)なる邦題で公開された近作は,様々な部門でオスカー候補となったが,主演のキーラ・ナイトレイの美しさが際立っていた。こともあろうに,そこに「ソンビ」を加えるとは,何たるジョークかと,そのオフザケぶりを楽しみにしていた。映画だけでのパロディかと想ったら,この設定での小説も存在するらしい。当然,その映画化作品であり,謎のウィルスに感染し,18世紀英国の上流階級の人々の困惑振りを大真面目に描いている。ヒロインは,実写板『シンデレラ』(15年5月号)でも主人公を演じたリリー・ジェームズ。やはり,美女にはこういう役がよく似合う。 上流社会の令嬢が格闘技もマスターしていて暴れ回る設定は面白い。ただし,恋愛劇とゾンビものを融合させた時に,どっちつかずになってしまった。惜しい。
 『アングリーバード』:主人公は,眉が太く,いつも怒ったような顔をしている赤い鳥のレッド。あちこちで見かけた覚えはあるが,「Angry Birds」なるスマホ・ゲームのキャラだとは知らなかった。2009年フィンランドのRuvio Entertainment社がiPhone向けに開発し,後にAndroid版,Mac版,PC版も作られている。合計30億ダウンロードで,モバイルゲーム史上最も成功したコンテンツだそうだが,勿論,筆者はやったことはない(噂の「ポケモンGO!」は少し試したが…)。そこまで知名度が高いならば,劇場映画化しても。世界中でそこそこの興行成績を上げることだろう。ただし,さほど凝ったストーリーのはずはなく,米国製アニメ特有のドタバタ劇を想像したが,その通りだった。少なくとも大人が観て,感心する物語ではない。フルCGアニメであっても,もはや一々当欄で取り上げる必要はない典型である。ただし,飛べない鳥たちの羽毛の精細さは以前より進歩していたし,3D上映の立体感も悪くなかったことを付記しておこう。
 『世界一キライなあなたに』:主人公は26歳の独身失業中の女性(エミリア・クラーク)で,バイク事故で車椅子生活となった富豪の御曹司(サム・クラフリン)の介護役となる。最初反目しあっていた2人に,次第に愛が芽生える…とくれば,『最強のふたり』(11)の男女恋愛劇版ではないか。ある意味のシンデレラ・ストーリーであるが,脊椎損傷で回復の見込みのない青年が残り半年で命を絶つ「尊厳死」を選んだことを知り,物語は急展開する。基本骨格は韓流映画によくある平凡な悲恋物語なのだが,脚本・演出が実に見事で,完全に感情移入してしまう。極上の音楽(サントラ盤紹介の項を参照)が物語を盛り上げる。最大の欠点は,女性観客のすすり泣き,それも複数人の合奏が耳障りなことだ。男性観客は,この愛らしい介護人を前に,自分なら尊厳死の選択を翻すかどうかと迷うことだろう。初老の筆者とて,息子の決断を見守る父親の視点にはなれなかった。
 『人間の値打ち』:イタリア映画で,4幕もののヒューマンドラマだ。上流,中流,下流の3組の家族が登場し,投資信託の破綻,不倫,ひき逃げ事故をめぐって,人々の欲望や愛憎が複雑に交錯する。ディーノ,カルラ,セレーナの3人の目を通して,同じ日の出来事を別の視点から描き,最終章で意外な結末を迎える。起承転結の典型と言える展開で,絶妙の脚本だ。脚本・監督はパオロ・ヴィルズィ。なるほど,監督自身の手なる脚本でしか撮り得ない演出だと合点が行く。イタリア映画界を代表する男優,名門家系出身の女優,オーディションで選ばれた新人女優と,出演者たちの経歴も多彩で,それぞれ名演だ。イタリアのアカデミー賞といわれるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞を7部門で受賞したというのも納得できる。最後に語られる表題の意味が,なかなか味わい深い。
 『永い言い訳』:予告編の「妻が死んだ。これっぽっちも泣けなかった」なるキャッチコピーが強烈だった。原作小説は西川美和監督自身の作で,直木賞候補にもなったので,話題性は十分だ。主演の本木雅弘は『おくりびと』(08)のように真面目一辺倒でなく,少し崩れた感じの人物を好演している。対照的な家族の交流を通して人生の機微を語る手法は,是枝裕和監督の『そして父になる』(13)に似ている。助演陣では,竹原ピストルの存在感が傑出していた。池松壮亮は相変わらず芸達者だが,本作での黒木華はミスキャストだ。主人公は嫌な奴と思わせておいて,徐々にその印象が変わってくる。結末はほぼ読めるが,それでも気持ちの良い着地点だ。クライマックスで手嶌葵が歌う「オンブラ・マイ・フ」が流れるが,心が洗われた。ヘンデル作曲のオペラ中の美しいアリアだが,まるで賛美歌のように聞こえる。この選曲と人選は見事だ。
 『奇蹟がくれた数式』:約100年前の第1次世界大戦前後の英国が舞台で,インド人天才数学者S・ラマヌジャンと,彼の天才を見出してあらゆる支援を惜しまなかったケンブリッジ大学教授G・H・ハーディの友情を描いた物語である。前者を演じるのは,『スラムドッグ$ミリオネア』(08)のデヴ・パテル。若手の演技派だ。後者は,英国の名優ジェレミー・アイアンズである。そう,上述の『ある天文学者の恋文』で,死後も弟子の美人女子研究員にストーカーまがいの恋文を送り続けた老教授だ。図らずも,本号の短評欄は彼に始まり,彼で終わることとなった。本作では,愛情には無縁で,ただただ数学に没頭し,若き天才を引き立てる役に徹している。経歴や人種的偏見なく,学術的好奇心に基づく師弟関係の絆は観ていて気持ちがいい。この映画なら,安心して大学人にも科学者を志す若者にも勧められる。威厳と格式あるケンブリッジ大学構内の光景も見ものだ。
 
  (上記の内,『闇金ウシジマくん Part3』『将軍様,あなたのために映画を撮ります』『アングリーバード』は,O plus E誌には非掲載です)  
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