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O plus E誌 2020年9・10月号掲載
 
その他の作品の短評
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
   『メイキング・オブ・モータウン』:本号の短評欄は秀作揃いだが,先頭打者がいきなりホームランだ。昨年創立60周年を迎えた音楽レーベル「モータウン」の歴史を描いたドキュメンタリーで,(今年90歳とは思えぬ)創始者ベリー・ゴーディJr.と親友スモーキー・ロビンソンの語りで進行する。饒舌なベリー,身振り手振りで再現するスモーキーは,まるでお笑いコンビだ。ソウル,R&Bの数々のヒット曲の録音風景や意思決定会議の模様が楽しめる。自動車産業全盛期のデトロイトで創業し,分業体制,品質管理を音楽産業に転用したという。広報宣伝,アーティストの育成,女性幹部の登用なども先駆的だった。まだまだ黒人差別の時代で,ツアーでの生々しい出来事も描かれている。所属アーティストは多数登場するが,キング牧師,マンデラ元南ア大統領,オバマ前大統領の証言まで収録されているのは,黒人音楽文化を生み出した功績ゆえだろう。
 『プリズン・エスケープ 脱出への10の鍵』:表題通りの脱獄もので,潜水艦ものと並び,サスペンス映画の宝庫だ。『アルカトラズからの脱出』(79)『ショーシャンクの空に』(94)などの秀作があり,主人公と他の囚人たちの関係描写も魅力の1つだ。大抵は成功例だが,『穴』(60)のような例もあるので,目が離せない。舞台は1970年代の南アフリカで,まだアパルトヘイト全盛の時代だ。白人だが,解放運動に参加したという理由で収監された2人が脱獄を計画する。実話ベースだが,実在しない登場人物も加えている。主演は,ハリー・ポッターのダニエル・ラドクリフで,共演はダニエル・ウェバー。脱獄ものの面白さは,①脱出方法,②囚人たちの人間性の描写,③予想外の障害との遭遇,④クライマックスの緊迫感,だと言える。本作では,②③は今イチだったが,④はしっかり描かれていた。木製の鍵を制作し,鉄製の扉を開けるという①に新味があった。
 『鵞鳥湖の夜』:中国製のノワールもので,窃盗団の小競り合いの最中に誤って警官を射殺し,懸賞金をかけられた男の物語である。時代は2012年,再開発に取り残された町が舞台だが,「鵞鳥湖」は架空の湖のようだ。2019年公開の映画で,まだウイルス騒動の前の武漢で撮影されている。主人公が寡黙で,刹那的なハードボイルド・タッチで描かれている。警察とバイク窃盗団に狙われる逃亡劇で,ハイテンポではないが,じわじわ迫りくるクライマックスに目が離せない。殆ど夜のシーンで,幻惑的な光,蛍光塗料を塗った靴が印象的だった。その一方で,ワンタン,牛肉麺,家具屋,駅の風景,場末の安ホテル等々,中国の風俗,底辺の生活がよく分かる。主演男優のフー・ゴーは阿部寛似のイケメンだが,ヒロインの娼婦を演じるグイ・ルンメイもかなり美形で魅力的だった。ラストは余韻を残して味があり,少しホッとする結末だとだけ言っておこう。
 『ヒットマン エージェント:ジュン』:韓国製の他愛ないアクション映画だが,徹底したコメディタッチで,他愛なさ過ぎて面白い。主人公は,元は大韓民国国家情報院で特別育成された工作員(対テロ保安局「猛攻隊」のエース)だったが,職務に嫌気が差し,死んだと偽装して姿を消す…。要するに,韓国版ジェイソン・ボーンだ。音楽も「ミッション・インポッシブル」のもじりとしか聞こえない。それで何をしていたかと言えば,子供の頃からの憧れの漫画家になっていた。ところが,不人気で連載中止になりそうになり,酔った勢いで国家諜報機密を漫画の中でバラしたことから,大騒動になる。その結果,テロリストと国家情報員の両方から命を狙われるというのは,エージェントものの定番で,目茶苦茶強いのは『96時間』シリーズの主人公並みだ。実写の物語展開の中に,ネット版のコミック(ウェブトゥーン)やアニメが頻繁に出て来るのは,結構楽しい。
 『マティアス&マキシム』:カナダ映画で,セリフの大半はフランス語だ。監督・脚本はカナダ映画界の若き俊才のグザヴィエ・ドランで,主演の1人マキシム役も演じている。男2人が愛し合うゲイ映画では,『ブロークバック・マウンテン』(05)と最近の『君の名前で僕を呼んで』(17)が印象的だったが,後者に触発されてドランが一気に書き上げた脚本だ。友人たちとのパーティのシーンには監督の実の友人連中を起用したという。なるほど,会話も仕草もリアルだ。もう1人の主役マティアス役は,ガブリエル・ダルメイダ・フレイタス。余り馴染みのない俳優だが,知的な感じがする。ドラン監督は,2人の関係は純粋なゲイでないと言う。「二人の青年の葛藤と美しすぎる一瞬」はOKだが,「この想いは,誰もが知っている」なる他の評には,そりゃ言い過ぎだと返したい。マキシムの顔の大きな痣が特徴的で,この役はドラン自身以外には無理だっただろう。
 『ミッドナイトスワン』:何と言っても話題は,草なぎ剛が女装して初のトランスジェンダー役を演じることだ。最初聞いた時は,あのソフトなキャラの彼は似合うのではと思ったのだが,スチルや予告編で見ると,少し気味が悪かった。頬の骨がはった中年男の女装は,どう見ても場末の下品なオカマで,他の男優3人の女性メイクの方がずっとキレイだ。劇中では,長髪で派手な女装より,短髪のノーメイクでオネエ言葉の時の方が女性っぽく感じた。内田英治監督のオリジナル脚本で,養育手当て目当てで預かった親族の娘・一果に対して,初めは疎ましく思っていたのが,次第に母性を感じ始める物語である。監督も主演も,トランスジェンダーの扱いはまだ手探り状態だと感じた。2度目に演じたら,もっと演出も演技も様になっていることだろう。一果役に選ばれた新人・服部樹咲は,全く演技力不足だが,バレエの腕は相当なものだと素人目にも分かった。
 『フライト・キャプテン 高度1万メートル,奇跡の実話』:2018年5月に中国で起きた飛行機事故を描いた航空パニック映画だ。重慶市からチベット自治区のラサに向かう四川航空3U8633便は,操縦室のフロントガラスにひびが入り,大破したことから操縦困難の危機に陥る。ベテラン機長の冷静な対処で,乗客・乗員128名全員の命を救ったことから,中国版の『ハドソン川の奇跡』と呼ばれている。ただし,映画としての風格はまるで違う。トラブル遭遇前の描写が余りにも軽い。まるで機内案内,航空会社のCMみたいだ。管制室,空港内の地上職員から,緊急出動の消防隊まで,航空産業に関わるあらゆる部署を紹介しないと気が済まないかのようだ。コクピットや機内の再現は嘘っぽく,乗客は下品か幼稚で,音楽までがチープそのものだ。ただし,雲中や山岳部を航行する映像は迫力があり,機長を演じるチャン・ハンユーの抑えた演技がせめてもの救いだった。
 『トロールズ ミュージック★パワー』:前作『トロールズ』(16)は伝統あるDreamWorks Animation作品なのに,本邦では劇場公開されず,ビデオスルー扱いだった。配給元が東宝東和に変わり,本作が劇場公開されるのは喜ばしい。原題は『Trolls World Tour』だが,邦題で音楽が強調されている。前作の主題歌がアカデミー賞にノミネートされ,グラミー賞を受賞したことから,物語も音楽を前面に打ち出し,6つの音楽ジャンルに対応する種族のトロール達が登場する。カラフルなふわふわヘアーのトロールズはいかにもお子様向きのキャラで,彼らが歌うシーンは「NHKみんなのうた」風の映像だ。ところが,ジャンル間の対立,究極のコードで世界制覇という物語設定は込み入っていて,とてもお子様では理解できない。一見単純に見えて,随所で結構凝ったデザインのシーンが配されている。オンライン試写が続いた中で,久々に試写室で聴くサウンドに痺れた。
 『ライフ・イズ・カラフル! 未来をデザインする男 ピエール・カルダン』:当欄では数々のファッションデザイナーの伝記映画を紹介して来たが,まだこの大物が残っていた。イタリア出身で,まだ存命で,今年で98歳だ。ブランドの知名度は抜群で,高度成長期にファッション後進国日本にも上陸し,一世を風靡した。「飛行機からタオルまで」のコピー通り,商品は多岐に渡り,「少しだけ高い大衆品」のイメージが強かった。改めてこの映画で,デザインセンスは抜群の天才で,商才にも長けていて,まさに革命児であったことが分かる。なるほど,カラフルでモダンで,しかも個性的だ。森英恵や高田賢三が私淑した理由も理解できる。生い立ちも含め,伝記映画としてはオーソドックスな構成で,本人も登場し,自らのファッション履歴を語る。刺激的なエピソードに溢れていて,ビートルズや007も登場する。上映時間は100分ながら,中身はぎっしりだ。
 『ある画家の数奇な運命』:3時間超の長尺だが,前半から中盤までは,大河ドラマのような堂々たるドラマが展開する。第2次世界大戦中のナチスドイツ時代に始まり,スターリン独裁のソ連に影響下の東ドイツ,そして冷戦開始時期に西ドイツへと舞台は移る。美女の叔母はガス室で処刑され,父は自殺するという悲劇の中,美男美女のロマンスの始まりも,濃厚な情事のシーンも,サスペンスもある。美大のデッサンシーンが印象的で,フレスコ画の壁画も素晴らしかった。そして,デュッセルドルフでの体験は,さながらモダンアート入門だ。前衛的,哲学的な言葉の応酬が快い。叔母の悲劇や義父の経歴まで含めて,主人公クルトのモデルは,現代美術界の巨人ゲルハルト・リヒターらしい。後半は彼の「フォト・ペインティング」画法の誕生秘話となっている。何たる数奇な運命だ。素直に観ても面白いが,どこまでが実話なのか推測するのも一興だ。
 『異端の鳥』:これも3時間弱の長尺で,ナチスの迫害を逃れたユダヤ人の少年が,各地で虐待を受ける物語だ。物語の開始時期は上記の作に近いが,本作は数年間の出来事のようだ。驚くほど美しいモノクロ映像で,異次元の詩的な世界を感じる。ポーランドの作家イェジー・コシンスキの「ペインティッド・バード」を,チェコ出身のヴァーツラフ・マルホウル監督が11年かけて映像化した意欲作だ。国は特定されていなくて,セリフは欧州の人工言語で発声されている。怪しげな治療師,粉屋のDV,淫乱女,ユダヤ人の虐殺,ソ連軍の略奪……。少年が遭遇する残虐な出来事,理不尽な迫害には,一話ごとにテーマがあるロードムービーだ。最初はモノクロ画面に魅入られ,次々と登場する衝撃の展開に目を反らせたくなり,やがて次はどんな困難に遭遇するのかを楽しんでしまう。少年の背がどんどん伸びてくるから,年数をかけて順撮りしたようだ。
 『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』:サンフランシスコが舞台で,時代の流れに取り残された人々が描かれている。監督のジョー・タルボットと実名で登場する主演のジミー・フェイルズが10代に体験した自伝的物語だという。主たる登場人物は全員黒人なので,その意味ではブラックムービーだが,人種差別を描いたプロテスト映画ではない。かつて黒人と移民の街だったフィルモア地区は,都市開発の中で次第に富裕層の住宅地となり,立ち退かざるを得なかった住人たちは,今でもこの街に郷愁を感じている。遺産相続のトラブルで誰も住まなくなった家に,黒人の2人組(ジミーとモント)が無断で移り住む。ジミーの祖父が1946年に建てたヴィクトリア朝の家で,それを再生しようとする企てだ。なるほど,外観も内装も見もので,この家自体が主役だとも言える。音楽も優秀で,このオリジナルスコアが映画の格調の高さを支えている。
 『82年生まれ,キム・ジヨン』:題名に惹かれたが,2016年発行の同名の原作小説があり,韓国での大ベストセラーのようだ。「女性が社会で直面する様々な困難や差別を,精神科医のカルテという体裁で描き出す」がウリで,邦訳は日本でも売れ,20〜30代女性が共感したらしい。主人公は1982年の韓国人女性で,この年に誕生した女性で最も多い名前とのことだ。要するに,等身大の平凡な女性の典型として描かれている。主演女優は1983年生まれのチョン・ユミで,フリーアナウンサーの杉崎美香に似ている。そこそこ美形だが,女優としては余り目立たない,記憶に残らない顔だとも言える。映画はカルテ形式ではなく,夫(コン・ユ)が妻の異常な言動を見守る形で進行する。ある世代には受けるのだろうなと思いつつも,筆者には感動も感情移入も驚きもなかった。よって,韓国の社会事情,進学・就職・育児等々の実態を眺める映画と考えることにした。
 『望み』:監督は堤幸彦で,主演は堤真一,この堤コンビは初タッグとのことだ。雫井脩介作のミステリーの映画化だが,家族愛のヒューマンドラマでもある。建築家の家庭で,妻(石田ゆり子),長男(岡田健史),長女(清原果耶)の家族だが,長男の失踪から近隣で起きた殺人事件に巻き込まれる。やがて,長男は加害者の殺人犯か死亡した被害者のいずれかであることが判明する。父親は息子の無実(即ち,死亡)を信じ,母親は生存していること(即ち,犯人)を願うという,家族の絆を引き裂く展開となる……。失踪ゆえに長男の出番は少ないが,残る3人の個性,立場の違いがよく描けている。マスコミや建設業従事者の描き方も,それらしくてリアリティがあった。筆者は誰もが満足できる結末を予想していたのだが,これは見事に外れた。甘かった。建築家ゆえに,自宅のデザインが目を引いた。外観は選ばれた実物であり,室内はセットらしい。いい出来だ。
 『実りゆく』:邦画が3本続く。2本目は,長野県のりんご農家の父と息子の物語だ。「MI-CAN 未完成映画予告編映画大賞」は,本編はなし,予告編だけを制作して応募するコンテストで,グランプリ作品には映画化の権利が与えられるという催しだ。本作は,惜しくもグランプリは逃したが,「堤幸彦賞」と「MI-CAN男優賞」を受賞したことから,クラウドファンディングで資金を集めて映画化にこぎ着けた作品だ。監督は芸能事務所タイタンのマネージャーの八木順一朗で,同事務所所属の漫才コンビ「まんじゅう大帝国」の竹内一希が主演を務める。舞台は長野県下伊那郡松川町で,りんご農家の跡取りを望む父親に対して,息子の実は週末は東京でお笑いライブに出て,芸人として成功することを夢見ている。主演も監督も素人感たっぷりで,このほのぼの感がテーマと合っている。映画としては,高い評点は与えられないが,りんご農園の映像が美しかった。
 『星の子』:3本目は,天才子役として名をはせた芦田愛菜の6年ぶりの主演作で,今村夏子の同名小説の映画化作品だ。現在は16歳だが,撮影時は15歳で,中学3年生の少女ちひろ役である。あどけなさは減じたが,芸達者は相変わらずで,かなり小柄ゆえ,愛らしさは残っている。物語の柱は2本あり,まず未熟児であった「ちひろ」が「金星のめぐみ」なる水の存在で助かったと信じ込む両親が,この水を供給する新興宗教に傾倒してしまうことから生じる騒動である。後半は,ちひろが新任の数学教師・南先生(岡田将生)に恋心を抱くことから始まる青春の心の揺らぎだ。この種の純文学作品の映画化は難しく,苦労の跡は感じられたが,成功したとは言えない。監督・脚本は,実力派の大森立嗣だが,同監督の平均的な出来映えと感じた。出演者で目を惹いたのは,ちひろの叔父役の大友康平だ。日本を代表するロックシンガーが,味のある好い助演俳優に成長している。
 『わたしは金正男を殺してない』:原題は単に『Assassins』だが,まさに表題通り,2017年にマレーシア・クアラルンプール空港で起きた金正男暗殺事件についてのドキュメンタリーだ。実行犯として逮捕された2人の外国人女性の無実を訴える実録映画で,事件の背景分析,実行に至る経緯,裁判の過程を克明に描いている。当時の報道だけで,2人のその後を知らない観客には最適だし,結果は知っていても,裁判の過程を知らない人には十分楽しめる。ベトナム人とインドネシア人だが,2人の生い立ちが語られ,アジアの貧しい女性の実態が理解できる。当時の監視カメラの映像が生々しい。一部しか報道されていなかったが,こんなに残っていたとは驚きだ。改めて,監視カメラとSNSの威力は凄いなと感じる。警察&検察にとってだけでなく,弁護側にとってももの凄い威力だ。北朝鮮の手口の分析も克明で,日本がこんな風に関わっていたとは知らなかった。
 『スパイの妻』:いわゆるスパイ映画ではない。時代は1940年で,舞台は神戸だが,満州で偶然恐ろしい国家機密を知ったため,それを世の中に知らせようとした夫(高橋一生)に国家反逆者の嫌疑がかかる。世間に「スパイの妻」と罵られることを覚悟で,夫婦愛を貫こうとした妻(蒼井優)の心理描写を細やかに描いた話題作だ。主演の2人は『ロマンスドール』(20)でも夫婦を演じていたから,息は合っていて,安心して見ていられるはずだ。心配は,筆者と相性の悪い黒沢清監督作品で,ヴェネチア国際映画祭の出品作ということだった。最近の少しマイルドな演出に高評価を与えたこともあるが,映画賞狙いとなると肩に力が入り,また尖った演出に戻っているのではと懸念した。物語は悪くなく,主演2人も好演の部類だが,舞台劇のような気取った演出を好きになれなかった。それゆえ,これは何か受賞するぞと感じたが,予感通り「銀獅子賞(監督賞)」に輝いた。
 『靴ひも』:イスラエル映画で,母親の死により,孤独になった障害者の息子を,家族を捨てた父親が30数年ぶりに引き取って一緒に暮らす物語である。厄介者のはずの息子ガディが,次第に憎めない,可愛げがある存在に見えてくる。ほぼ全観客が父親に感情移入し,彼を愛しく思うはずだ。共に戸惑いながらも,2人が打ち解けて行く過程の描写が素晴らしい。父が末期の腎不全であることが判明し,腎臓移植が必要となることから,物語は急旋回する。ヤコブ・ゴールドヴァッサー監督の子供も障害児だが,俳優のネボ・キムヒが映画化を進言し,自らガディ役を演じたという。多数の映画祭で観客賞を受賞し,父親役のドヴ・グリックマンが助演男優賞を得ている。大方の予想を裏切る結末で賛否両論のようだが,こういう終わり方もありかと思う。劇中で,ガディが靴ひもを結ぶシーンが3度登場する。それぞれ別の意味をもたせているのが巧みだ。
 『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』:1967年から76年まで活動したカナダのロック・バンドで,その名もシンプルな「The Band」。当時日本での知名度は低かったが,後年,音楽シーンに与えた影響が高く評価されている。彼らの解散コンサートの模様を,当時新進気鋭のM・スコセッシ監督が映画化した『ラスト・ワルツ』(78)も音楽ドキュメンタリーの名作だ。本作でも製作総指揮として参加していて,まだ無名のバックバンド時代から,ツアーの様子,ドラッグでのトラブル,解散までを,現代から振り返った伝記映画である。5人組の3人は既に他界しているが,リーダーのロビー・ロバートソンの語りが絶妙で,さながらロック史の生き証人だ。フォークからロックに転じたボブ・ディランとのジョイント・ツアーが,ブーイングの連続だったとは驚いた。E・クラプトン,B・スプリングスティーンや,生前のジョージ・ハリスンまでがインタビューで登場する。
 『おもかげ』:平仮名4文字の表題は文芸調の香りがする。名作『つぐない』(07)『さざなみ』(15)にあやかって,同じ路線だと強調したいのだろう。スペイン映画で,監督は新鋭ロドリゴ・ソロゴイェン。冒頭は,6歳の息子が行方不明になり,パニックで右往左往する姿から始まる。てっきりミステリーか犯罪映画かと思ったら,そのまま行方不明で,物語は10年後に移る。エレナ(マルタ・ニエト)は夫と離婚し,息子が行方不明になったフランスの海辺のレストランで働いていた。彼女の前に息子の面影を残す少年ジャン(ジュール・ポリエ)が現れ,2人は次第に親密になって行く…。これじゃ,吉田羊と村上虹郎出演の『ハナレイ・ベイ』(18)の同工異曲じゃないか! 息子の年齢と喪失原因は違えど,10年間浜辺で幻影を追う姿も,「息子を失った女性の希望と再生の旅路」というテーマも同じだ。主人公の精神状態に迫る描写は,本作の方が優れていると感じた。
 『きみの瞳(め)が問いかけている』:素朴なラブストーリーだが,韓国映画『ただ君だけ』(11)のリメイクだという。筆者の興味は,『僕等がいた 前篇&後篇』(12)の吉高由里子が,8年経って,少し大人の恋愛劇を演じているかだった。監督は同じ三木孝浩で,今回は視覚障碍者の役である。相手役は,若手の横浜流星。そこそこのイケメンで,少し不良っぽい感じがする男優なら誰でも良かった。空手が得意なので,キックボクサー役に抜擢されたのだろう。目が見えないために,彼を「おじさん」と思ってしまう前半が面白かった。実は訳ありで,思わぬ関係が明らかになる後半の展開は,いかにも韓国発のラブストーリーだ。そうと分かっていても,素直に彼女を見守りたくなる。宮崎美子風の明るさは従来通りで,同年代のNHK桑子アナにも似てきた。日本語ヒップホップはラブストーリーのエンドソングには珍しいが,全く違和感はなかった。
 『パピチャ 未来へのランウェイ』:アルジェリア映画で,同国出身で,ロシアで映画制作を学んだ女性監督ムニア・メドゥールが母国で撮った長編デビュー作である。アルジェリアは,かつて宗主国であったフランスの文化圏だが,アラブの国でもある。よって,宗教上の制約が強く,特に女性には窮屈なイスラム社会であるゆえ,常にテロの脅威に晒されている。本作の舞台となるのは,内戦に明け暮れた1990年代で,シリアスな社会派ドラマかと思ったが,ファッションデザイナーをめざす女子大生の青春ドラマだった。美男と美女たちで若さに溢れているが,キラキラ映画でないのは,「この国にいたら,いつか殺される」のセリフ通り,常に危険と隣合わせているからだろう。女性監督らしい映画で,主人公だけでなく,他の何人かにも自分の生き方と主張を投影していると感じた。未来への夢と期待,悲劇と絶望が混じり合う中で,少し希望を感じる映画だ。
 
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