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O plus E 2022年7・8月号掲載
 
その他の作品の短評
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)  
   
   『あなたと過ごした日に』:コロンビア映画で,公衆衛生学者エクトル・アバド・ゴメス博士の波乱万丈の人生を描いている。後に作家となった息子が書いた伝記小説を,オスカー監督のフェルナンド・トルエバが映画化した。物語は1983年イタリアのトリノから始まり,コロンビアの都市メテジンへと移り,さらに回想シーンで1971年へと移行する。麻薬カルテルが台頭する時代であったが,大学教授ゴメス博士の家庭は,愛と自由を信奉し,活気と創造性に溢れていた。5人姉妹と1人の息子は,父親を深く尊敬していたことが伺える。姉妹の1人が難病に冒され,悲しみと怒りからゴメス博士は政治活動にのめり込み,やがて多発するテロに巻き込まれる…。映画は再び政情不安な1983年に戻るが,1971年がカラーで描かれているのに対して,1983年はモノクロ映像だ。この家族にとっては,1970年代が明るく楽しい日々であったこと象徴している。
 『アウシュヴィッツのチャンピオン』:題名通りのホロコーストもので,1940年に強制収容所に入れられたポーランド人ボクサーの物語である。数あるホロコーストものの中で,ここまで収容所内の日常生活を詳しく描いた映画は珍しい。収容所内での娯楽として組まれたボクシングの試合で,プロ経験のある痩身の主人公が大男をノックアウトするシーンは痛快だ。その一方,彼が可愛がった少年や少女が射殺されるシーンは惨くて,目を背けたくなる。現在のロシアのウクライナでの所業もこれに近いのではと想像してしまう。本作も実話で,ボクサーの名はタデウシュ・“テディ”・ピトロシュコスキ。「ホロコーストを生き延びたボクサー」というから,彼が大戦後まで生きていたことが事前に分かっていたのが,観客にとってのせめてもの救いだった。監督・脚本のマチェイ・バルチェフスキもホロコーストの生存者の孫だという。主演のピョートル・グウォヴァツキの風貌は,「ゴッホの自画像」に似ていると感じた。
 『映画はアリスから始まった』:こちらは題名から想像したものとは全く違った。ハリウッド映画製作の原型となった実録映画だというが,「不思議の国のアリス」制作の舞台裏ではない。1873年生まれで,早くも1896年に映画を撮った女性監督アリス・ギイの業績と生涯を探る伝記ドキュメンタリーだ。彼女は1895年のリュミエール兄弟の上映会に参加したが,記録映像では価値が小さいと感じ,翌年世界初の劇映画『キャベツ畑の妖精』の監督・脚本・主演・製作を務めた。その後,10年間に約1,000本の映画を生み出し,クローズアップ,特殊効果,着色,音の同期といった技術革新にも取り組んだというから,まさに「映画黎明期のパイオニア」だ。1960年代,70年代に評価されず,業界人の大半も忘れる存在となったが,近年彼女を再評価しようという運動が盛り上がっている。本作の監督は,この運動の中心人物のパメラ・B・グリーン で,これが長編デビュー作だ。アリス・ギイは1968年に94歳で没しているが,1957年の本人のインタビュー映像が収録されている。
 『島守の塔』:昭和18年の出来事から始まるが,昭和20年の熾烈を極めた沖縄戦の模様を忠実かつリアルに描いた映画である。題名は,戦没者の慰霊目的で立てられた塔の名で,当時の沖縄県知事・島田叡と生死を共にした警察部長・荒井退造の2人を記念している。当時の映像を交え,まるでドキュメンタリーのようだが,2人の出身地の兵庫県,栃木県の協賛で作られた劇映画で,萩原聖人と村上淳がW主演で知事と警察部長を演じている。約20万人が犠牲となった太平洋戦争末期の出来事は,毎年夏の終戦時に語られるが,ここまでストレートに描かれると観るのがつらい。この映画を観て日本国民は何を考えるのだろう? 昨年までなら,綺麗事の「非戦の誓い」で済んだだろうが,力ずくで隣国に攻め込む国,ウクライナの現状を考えると,我々は単にそれを非難するだけなのか,防衛力を増せばいいのか? 沖縄の不幸は地政学的なものと考えるだけでは済まない。
 『1640日の家族』:フランス映画で,里子をめぐる家族愛のヒューマンドラマだ。生後18カ月のシモンを里子として迎え入れたアンナと夫ドリスが主人公で,4年半が経過した時,実父エディが息子を引き取って暮らしたいと言い出したことから,里親夫妻も兄弟同然に暮らしてきた実子たちも当惑する。制度上,彼らに抗する術はなく,家族でいられるタイムリミットが近づいてくる……。当局の女性ナビラが不快極まる人物で,他の映画でもそうだったが,英国も仏国も公務員は,堅物で融通が利かない人種ばかりらしい。演出上のことと思いつつも,観客の90%以上は,「こんな身勝手な話があるのか」と憤りたくなるだろう。養子縁組と里親制度の違いを学ぶいい教材であるが,「大切なのは愛し過ぎないこと」というメッセージには,異を唱えたくなる。ファビアン・ゴルジュアール監督が,自らの幼少期の実体験をもとにこの物語を描いている。
 『アプローズ,アプローズ! 囚人たちの大舞台』:本号の短評欄18本の内,13本がドキュメンタリーもしくは実話ベースの物語である。フランス映画の本作も後者の1つだ。売れない俳優のエチエンヌ(カド・メラッド)が刑務所内の囚人たちに演技を教えることになり,彼の情熱的な指導で,めきめき上達した囚人劇団は,刑務所外の公演を依頼されるようになる。彼らが演じた演目はS・ベケット作の戯曲『ゴドーを待ちながら』で,不条理劇の代表的作品とされている。筆者も学生時代に何度か観たが,かなり難解だった。この難作の舞台を見事にこなせるようになった囚人劇団は,大劇場パリ・オデオン座の公演を依頼されるが,その最終公演では,思いがけない結末が待ち受けていた……。エチエンヌがそれにどう対処したかは,観てのお楽しみとしておこう。スウェーデンの俳優ヤン・ジョンソンの実体験をもとに,実在の刑務所で撮影を敢行したという。
 『L.A.コールドケース』:題名からは,すぐに『L.A.コンフィデンシャル』(97)を思い出す。原題は単に『City of Lies』なのに同作を類推できるようにしたのは,同じくLAPD内の腐敗を描いているからだろう。18年前の著名ラッパー2人の射殺事件を追う正義感の強い刑事(ジョニー・デップ)と,その記事を書いた新聞記者(フォレスト・ウィテカー)のコンビが事件を再考する物語だ。風変わりな人物を演じることが多い「ジョニデ」だが,比較的真っ当な刑事役で登場する。かつて切り裂きジャック事件の捜査を担当した警部役の『フロム・ヘル』(02年1月号)があったが,未解決事件というのは同じだ。上層部からは担当を外されるが,真相究明に奔走,やがて警察内の腐敗にたどり着くというのは,定型パターンの刑事ものだが,何とこれが実話だという。現実のLAPDはここまで腐敗しているのか。クライムサスペンスと銘打っているが,社会派映画のタッチだ。真面目過ぎて,やや盛り上がりに欠ける。
 『プアン/友だちと呼ばせて』:タイ映画で,『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(17)で話題を呼んだバズ・プーンピリヤ監督の最新作だ。同作で天才的頭脳を大学入試に悪用する手口を描いたが,本作は男女の機微を描いた回顧譚とロードムービーから構成されている。主人公のボスはNYでバーを経営する若手実業家だが,白血病で余命宣告を受けた親友ウードの頼みで,故郷のバンコクに戻る。ウードの最後の願いは,元カノたちに再会する旅に出ることで,ボスはその運転手を務めることになる。前半はいかにも青春映画で,タイの各地を巡る観光映画の一面もある。後半は2人でNYに移動することになり,物語の様相が一変し,複雑な男女関係が描かれる。絵作りは上手く,音楽も悪くない。ジャズとカクテルがカッコいい。主人公ボスは,かなりイケメンで金持ちの息子だ。アジア人の若者にとっての憧れの存在として描いているのだろう。
 『劇場版 ねこ物件』:好評のTVシリーズの劇場映画化版だが,監督は 『劇場版 おいしい給食』シリーズ2作の綾部真弥だというので,期待が持てた。典型的な猫好きのための映画だが,この映画で猫好きに転じる観客もいることだろう。「物件」が付くのは,シェアハウスの入居者募集条件に「猫も含んだ共同生活」が入っている賃貸物件だからだ。主人公は2匹の猫と暮らす30歳の二星優斗で,古川雄輝が演じている。入居者全員がイケメン男性で,演技力は今イチだったが,この映画はそれでも差し支えない。猫が主役だからだ。実際に何匹の猫を使ったかは不明だが,猫たちの演技が凄い。犬に比べて,猫に演技させることは難しいとされている。どういう技巧を凝らしたのか,見事に演技しているように見えた。単なるほのぼの系映画かと思ったが,結構シリアスな家族ドラマのエッセンスも含まれていた。
 『ファイナル アカウント 第三帝国最後の証言』:ナチス支配下のドイツ・第三帝国が犯した史上最悪の犯罪を,ドイツ人,オーストリア人の加害者側の証言を集めたドキュメンタリーだ。正に,おぞましき「実話」の極致である。この映画を撮ったのは,英国のドキュメンタリー監督のルーク・ホランドで,母親がユダヤ人難民であったことから,2008年から10年の歳月をかけて,250以上のインタビューを敢行した。本作の完成直後の2020年6月に癌で71歳の生涯を閉じたことから,この題名がついている。取材対象は,武装親衛隊のエリート士官,強制収容所の警備兵,ドイツ国防軍兵士,軍事施設職員等々,ホロコーストを目撃した人物たちだ。中には,深く反省し悔恨の念を語った者もいるが,自己弁護や言い逃れが多く,今尚ヒトラーを崇拝すると言い放つ重要証人もいた。(暗殺か病没かは分からないが)プーチン亡き後,今回のウクライナ侵攻の関係者たちも,同じような証言を繰り返すのだろうと想像できる。
 『長崎の郵便配達』:題名からは邦画の心温まるドラマを想像したが,これも見事に外れた。監督は川瀬美香で,邦画ではあるが,16歳で被爆した郵便配達員・谷口稜曄を見守ったフランスの作家(元は英国軍人)ピーター・タウンゼンドとその著作を巡るドキュメンタリーだった。女優である彼の娘イザベルがナレーターとして,父の歴史と絶版となった書籍「THE POSTMAN OF NAGASAKI」について語る。父ピーターの残した多数の録音テープが見つかったことから,長崎を訪れ,父の足跡を辿る。その中で見聞きした被爆時の悲惨な結果を伝えるのが,本作の主テーマだ。被災し,現存する教会には,今も破壊されたマリア像が残されている。近くの住民1万2千人の内,8千人以上が死亡したという。毎年夏の核爆弾反対の報道に麻痺してしまっている我々も,この種の映画でまた新たな思いが湧いてくる。反戦メッセージは,それでいいのじゃないかと思う。
 『ブライアン・ウィルソン/約束の旅路』:一般的な知名度は低いが,The Beach Boysのリーダーで,類い稀なる作曲,プロデュース能力の持ち主である。ホール・マッカートニーに大きな影響を与えたことでも知られている。伝記映画『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』(14)はP・ダノとJ・キューザックが2人1役でブライアンを演じるという変則主演であったが,本作はまだ現役の本人が出ずっぱりの,少しユニークなドキュメンタリー映画だ。人嫌いのブライアンを登場させるのに,親しい知人が運転するクルマの助手席に彼を乗せ,昔話や音楽トークをしながら,想い出の地を巡るというもの。最初のアルバム・ジャケットのビーチへの再訪は,ファンなら嬉し涙を流すはずだ。道中はカーステレオからかつての名曲や新曲が流れっぱなしという趣向である。歌手仲間では,エルトン・ジョン,ブルース・スプリングスティーンが,天才ブライアンに関して,多くを語っていた。どうせなら,P・マッカートニーからのメッセージも含めて欲しかったところだ。
 『キングメーカー 大統領を作った男』:本号の短評欄で意図して語る話題は,実話ベースか否かの他に,邦題から予想した内容であったかどうかだ。本作で想像したのは,まず米国大統領選の裏事情であり,次いで韓国大統領選挙を巡る政治ドラマだった。後者が当たっていた。韓国映画界を代表する名優ソル・ギョングとイ・ソンギュンが,それぞれ野党・新民党の政治家キム・ウンボムと彼の選挙参謀ソ・チャンデを演じる。ウンボムの政治的姿勢に感銘し,心酔したチャンデは天才的選挙戦術を駆使して,立て続けに選挙に当選させ,やがて党の大統領候補選出にも勝利する。1961年に始まり,1971年に大統領選に至るこの物語は,名前は変えてあっても,韓国人ならすぐに金大中と厳昌録だと分かるようだ。目的のためには手段を選ばないチャンデは,ウンボムの信を失い,彼の下を去る。この間の政治的サスペンスの演出が見事だ。金大中が今も韓国民に尊敬されていることが,本作から伺い知ることができる。
 『セイント・フランシス』:主人公は34歳の独身女性で,大学は1年で中退し,レストランの給仕をして暮らすブリジット(ケリー・オサリヴァン)だ。歳相応の生活ができていない冴えない自分に悩んでいる。ある夏に,バイトとしてナニー(子守役)を始めたが,依頼主はレズビアンのカップル(黒人と白人の女性)で,6歳の少女フランシス(ラモーナ・エディス・ウィリアムズ)のナニーとして雇われた。最初はそりが合わなかった2人は,次第に打ち解けあうが,フランシスの小学校入学とともに2人のひと夏の交流が終わる……。同棲,妊娠,中絶,生理,浮気,尿もれ,トイレ修理等々,普通なら映画で描かないシーンが次々と登場する。まさに「女性あるある」エピソードの連続で,それが同じ悩みをもつ女性観客を惹きつけるのだろう。女性監督の作品だと思ったら,K・オサリヴァン自身が脚本を書き,自ら主演し,実世界のパートナー,アレックス・トンプソンに監督を依頼したという。まさに私小説の映画化である。
 『新章パリ・オペラ座 特別なシーズンの始まり』:『パリ・オペラ座のすべて』(09)『パリ・オペラ座 夢を継ぐ者たち』(16)を紹介した以上,当然本作も気になった。栄光の歴史や特別なバレエダンサーに焦点を当てたドキュメンタリーではない。コロナ禍でオペラ座が閉鎖され,公演だけでなく,練習さえもできなくダンサーたちの苦悩を描いている。3ヶ月間の完全休暇の後,ようやく練習が再開する。ほぼ同時進行で撮影した記録ゆえ,内情の描写が生々しい。予定していた2020年12月の公演は,無観客でネット配信のみとなった。それでも,流れるような舞台なやはり素晴らしい。ようやく翌年6月に「ロミオとジュリエット」の初演が,観客を入れて実施された。映像を観ながら,思わず拍手したくなった。両公演で,男女1人ずつのエトワール(ダンサーの最高位)が誕生した。関係者だけでなく,観客からも祝福される光景に,もう一度拍手したくなった。
 『スワンソング』:数カ月前にSF映画『スワン・ソング』(22年Web専用#2)を紹介したばかりなので,紛らわしい。原題はいずれも『Swan Song』で共に2021年製作の映画だが,後発の本作は邦題に「・」を入れずに区別している。本作は,実在のカリスマ美容師をモデルにしたロードムービーだ。ゲイであった主人公パット(ウド・キアー)は,最愛のパートナーのデビッドを亡くした後,老人ホームで暮らしていた。ある日彼に届いた思いがけない依頼は,元顧客で親友のリタの遺言で,高額の報酬で彼女に死化粧を施すことだった。一旦は固辞したパットだが,現役時代の華やかな想い出,リタとの間の複雑な感情から,遺言を達成しようとリタの家へと向かう……。道中,様変わりした町の風景や予想外の出来事を雑えて,人生の意味を少し変わった語り口で描いている。ゲイ文化に根ざした見事な鎮魂歌であるが,こういう終末の迎え方も悪くないなと感じた。
 『Zola ゾラ』:一言で言えば,嫌悪感しか感じない映画だった。デトロイトで,夜はダンサー&ストリッパーとして働く黒人女性のアザイア・“ゾラ”・キング(テイラー・ペイジ)は,ウエイトレスとして働くレストランで,客として来た白人女性ステファニ(ライリー・キーオ)と知り合い,意気投合する。翌日,「ダンスで大金を稼ぐ旅に出よう」と誘われ,フロリダに向かう。それが彼女にとって48時間の悪夢の始まりだった……。クラブでのポールダンスのシーンは『ハスラーズ』(19)でのジェニファー・ロペスの演技が見事だったが,セクシーさでは本作も引けをとらない。問題は,その後彼女たちが管理売春を強要されるシーンだ。これくらいなら,新宿・歌舞伎町でも日常茶飯事だろうと思いつつも,すぐに銃が出て来るところに米国の底辺社会だと思い知らされる。本作は,2015年のゾラがSNSに投稿した148件のツィートをもとに映画化されたという。これがすべて事実と知り,実話の重みを痛感した一作だ。
 『異動辞令は音楽隊!』:トランスジェンダー映画『ミッドナイトスワン』(20)の内田英治監督のオリジナル脚本映画で,主演に阿部寛を起用している。本作はLGBTQとは無縁で,辣腕ではみ出し者の熱血刑事が,上司に楯をつき,部下からはパワハラで訴えられたことから,音楽隊勤務に左遷される。その設定だけでも笑えるが,さほどのコメディでなく,結構真面目な音楽映画,人生ドラマとなっている。犯人逮捕のためなら手段を問わない暴力刑事・成瀬司に阿部寛は似合っているが,その彼が和太鼓の経験者というだけで,警察音楽隊のパーカッション担当となる。慣れない手つきで,ドラムの練習する姿が微笑ましい。成瀬の惚けた母親役を演じる倍賞美津子が良い味を出していた。老人を狙ったアポ詐欺の手口解説は分かりやすく,事件の結末もクライマックスの演奏会も悪くない。大きな欠点はないが,アクションも音楽ももう1レベル上が欲しかった。

 
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