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O plus E VFX映画時評 2023年6月号

『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』

(コロンビア映画/SPE配給)




オフィシャルサイト[日本語][英語]
[6月16日より全国ロードショー公開中]

(C)2023 CTMG.(C)& TM 2023 MARVEL.


2023年6月16日 TOHOシネマズ二条(IMAX)

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


前作を超える圧倒的なヴィジュアル, 見事な緩急のつけ方

 本作と『ザ・フラッシュ』は,本邦では同日公開である(米国では,本作が2週間早い)。共通項も多く,比較して論じたいことも多いので,同日でなくても,いつもなら2本まとめて語る形式にするところだ。そうしなかったのは,『ザ・フラッシュ』の大半を先に書いていたのと,2本とも語るべきことが多過ぎたからである。本作は,言うまでもなく,アカデミー賞受賞作『スパイダーマン:スパイダーバース』(19年Web専用#1)の続編である。本稿を読んで下さる読者は,その前作の紹介記事を改めて熟読して頂きたい。画調の確認も含めてである。そうでないと本作の価値を理解して頂けないからだ。
 前作を「鮮烈,斬新…,一見に値する新感覚のフルCGアニメ」と激賞した以上,当然,画調もその路線の継続だと思っていた。ストーリーも平均よりも少し上で,80点程度の出来だろうと予想していた。それが続編企画の安全線だからである。本シリーズの製作者たち(フィル・ロード&クリス・ミラー)は,そんなレベルでは満足していなかった。海外での絶賛,破格の高評価が聞こえて来たが,実際に自分で観て,前作と同様に「皆が絶賛している娯楽作品の場合は,やはりそれだけのことはある」と改めて感じた。「最高傑作,更新!」なる宣伝文句には全く同意する。余程のライバルが現われない限り,来年も長編アニメ部門のオスカー受賞は確実だろう。
 以下では,ストーリー展開の詳細には触れず,見どころの要点と映像表現の素晴らしさを,全くの主観的視点から語る。物語展開がつまらなかったのではなく,少し複雑で,メモを取り切れなかっただけである。また,「マルチバースの使い方」に関して,日頃から呈している苦言を改めて考えてみることにした。

【物語の概要と演出】
 多数のスパイダーマンやスパイダーウーマンが登場するが,基本的にはマイルス・モラレス(シャメイク・ムーア)とグウェン・ステイシー(ヘイリー・スタインフェルド)が中心の映画である。元々は別次元の世界に住む存在だが,前作で初めて出会い,本作でもマイルスが暮らすアース1610にグウェンがやって来て,2人は再会する(写真1)


写真1 グウェンがやって来て,マイルスと再会

 映画は,アース65のグウェンとその家族の物語から始まる。この次元での親友ピーターを殺害したとの嫌疑をかけられ,スパイダーウーマンのグウェンは苦境に立つ。その後,アース1610でのマイルスとその家族の話へと転じる。共に父親が警察署長という共通点があり,それぞれ両親に自分がスパイダーマン/スパイダーウーマンであることを打ち明けるかどうかで逡巡していた。
 このアース65,アース1610の他,アース42, 138, 404, 616,688, 928,50101等々が登場するが,一々番号や各次元の特徴を覚えておく必要はない。1人だけ意識しておきたいのは,アース638のスパイダーマン2099であるミゲル・オハラ(オスカー・アイザック)だ(写真2)。彼はスパイダー・ソサエティを組織し,マルチバース間を移動するヴィランを捕まえ,次元間の平和を維持する役目を担っている。マイルスもこの組織への参加を希望するが,スパイダーマンの守るべきカノン(規範)を乱す存在として糾弾され,加入を拒否される。後半は,このことでマイルスが自分のアイデンティティに悩む物語となっている。


写真2 ソサエティを仕切るミゲルは,マイケルの加入を拒否する

 このマイルスを助けようと,グウェンの出番が増えるが,物語も佳境となったところで,突然本作は終了する。そう言えば,『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(22年Web専用#1)の記事中で『スパイダーマン』シリーズ全体を整理し,本作を『…アクロス・ザ・スパイダーバース (パート1) 』[2022年公開予定]と書いていたのだが,2部作の前編に過ぎないことをすっかり忘れていた。後編は(パート2)と呼ばず,『スパイダーマン:ビヨンド・ザ・スパイダーバース』と改題され,来年公開予定である。当初から前後編であることは公言されていたが,本作の広報宣伝でそれを明示していない。
 そうしたアンフェアを感じたものの,本作は文句なしの傑作だ。物語としてはやや複雑だが,緩急のつけ方が見事なため,物語の流れには素直について行け,存分に楽しめる。CGアニメ史上最長の140分もの尺を使っているので,駆け足の展開にならずに済んでいるだと思う。

【主要登場人物とその関係】
 前作から引き続いての再登場は,マイルスとグウェンの他は,マイルスの両親,マイルスを指導したアース616のピーター・B・パーカー程度であって,前作のスパイダー・ハム,スパイダー・ノワール,少女ペニー・パーカー等は登場しない。その代わり,各アースに1人いるはずのスパイダーマン/スパイダーウーマンが,多数新登場する。その個性によって,スパイダーパンク,スパイダーマン・インディア,スカーレット・スパイダー,スパイダーバイト,スパイダーバイト等々の固有の愛称があるが,とても覚え切れない。一々覚えなくても問題はない。
 グウェンのスーパーヒロイン姿は,前作ではスパイダーグウェンと呼ばれていたのに,なぜか本作では「アース65のスパイダーウーマン」である。名前は陳腐化したが,出番も多く,ますます魅力的になった(写真3)。男性観客の大半は,CGで描かれたこの少女に恋するに違いない。彼女の両親は初登場である。


写真3 上:素顔はアース65に住む素朴な少女
下:スパイダーウーマンとしての凛とした美しさ

 スパイダーマン2099のミゲル・オハラは,前作にも少し登場していたようだが,気付かなかった。本作での存在感は抜群だ(写真4)。彼はヴィランではないのだが,マイルスにとっては考え方が相容れない「政敵」とでも呼ぶべき存在である。声の出演のO・アイザックは,今月号短評欄の『カード・カウンター』で詳しく触れたが,助演の敵役は彼の最も得意とする役柄だ。ただし,描かれたルックスからはアダム・ドライヴァーを思い出してしまう。


写真4 スパイダーマン2099としての圧倒的な存在感

 純然たるヴィランとしては,スポットとヴァルチャーが登場する(写真5)。アース1610のコンビニに登場するスポットは白地に黒の斑点模様で,この黒部分が他次元に繋がっているという厄介な敵だ。一方,アース65の美術館に登場するヴァルチャーはハゲタカのことで,大きな翼をもった怪鳥である。いずれもヴィジュアル重視で選ばれた気がした。


写真5 本作のヴィランは,スポットとヴァルチャーの2人

【本作の映像表現】
 映像表現のベースは3D-CGであるが,前作で他のどのスタジオにもないユニークかつ魅力的な描画法を確立していた。当然,その路線を踏襲するものと思っていたのだが,その予想を遥かに上回る斬新なタッチで本作を描いている。マイケルのアース1610の描き方は前作とほぼ同じで,他の次元に比べると背景も人物もリアリティ重視だ(写真6)。グエンのアース65もそれに近いが,水彩画風の色合いが強く出ている。前作でも手書きの味付けや光線の使い方が巧みだったが,本作では2Dアニメの様々な技法を積極的に取り入れている。線画で輪郭を強調したり,その逆に輪郭線は描かなかったり,彩度や色彩の数を調整して,別の次元であることを意識させている。まさに「多彩」という言葉が当て嵌まる(写真7)。各次元で,異なったアーティストが主担当として,その中での統一感を出しているようだ。マルチバースであり,アニメであるゆえに使える手法だが,1つのアニメ映画でこれだけ様々な描画スタイルを盛り込んだ作品はなかったと断言できる。


写真6 マイルスが住むアース610の画調は,前作を踏襲

写真7 1本のアニメ映画で,多彩な絵画スタイルを混在させている

 その各次元の中に登場するスパイダーマンのルックやコスチュームも,バラエティに富んでいる(写真8)。前作で,「ウルトラセブン」「ウルトラマンタロウ」等が登場する「ウルトラマン」シリーズのようなものだと書いたが,多様さ,多彩さにかけては,全くその比ではない。実写映画ではあり得ない人物表現だが,この点でも前作を超えていて,まさに「最高傑作,更新!」である。その中心となったのは,前作同様,Sony Pictures Imageworksであるが,本作には2つの2Dアニメ・スタジオが参加している(社名は控え損ねた)。


   

写真8 各バースに登場するスパイダーマンのルックもバラエティに富んでいる

 構図やカメラワークの点で,ちょっと嬉しくなるシーンがある。アース1610にやって来たグウェンが,「話があるの。出かけない?」とマイルスを誘ってスパイダースウィングで空中移動した後,ビルに逆さ吊りになって語り合う場面である(写真9)。言わば,2人の逆さ吊りデートである。これも実写映画では簡単に描けない構図である。今後,名シーンの1つとして語り継がれて行くことだろう。


写真9 上:グウェンの髪の毛の方向に注意
   下;こうやって見ると,その理由がよく分かる

【マルチバースについて】
 前作と本作のマルチバースについて再考してみよう。前作は,ピーター・パーカーの遺志を継いでマイルスがスパイダーマンとなり,アース616のピーター・B・パーカーの手ほどきを受けるが,舞台となったのはマイルスがいるアース1610だけである。次元の扉が開いたことから,他次元のスパイダーマンがここにやって来たに過ぎない。それに対して,本作では多数のバースが登場し,その間の移動も頻繁に行われている。前作の原題は『Spider-Man: Into the Spider-Verse』で,本作は「Across」であるから,きちんと題名通りだと言える。この分で行くと改題した次作の「Beyond」では何が起こるのか,楽しみになってくる。
 この前作よりは後発であったが,実写映画の『…ノー・ウェイ・ホーム』も映画の舞台は,現役のトム・ホランドがピーター・パーカーを演じている世界だけであった。こちらも次元の境界を越えて,過去作のスパイダーマン/ピーター・パーカーとそのヴィランがこの世界にやって来た。同じ役を演じた過去の俳優が一堂に会することを,多次元宇宙という解釈で実現させたゆえに楽しかったが,マルチバースものとしては,かなり限定された使われ方である。
 ここで注意したいのは,各次元で放射性のクモに咬まれて超能力を得てスパイダーマン/スパイダーウーマンとなるのは同時には1人だけというルールが守られていることだ。それゆえ,咬まれる人物はピーター・パーカーとは限らず,マイルス・モラレス,グウェン・ステイシー,ミゲル・オハラ,ジェシカ・ドリュー,パヴィトラ・プラバカール等々,性別も人種も違う人間かスパイダー化できる訳である。これはコミック誌上で既に実現されていたことで,それをCGアニメ化しただけであり,矛盾はない。アース628にあるスパイダー・ソサエティ本部には,様々な次元からのスパイダーピープルが集まって来ていて,なかなか壮観である(写真10)


写真10 他数の次元から集まったスパイダーピープルたち
(C)2023 CTMG.(C) & TM 2023 MARVEL. All Rights Reserved.

 このシリーズのストーリー展開が心地よく感じるのは,何でもありで,無節操な「Multi-Verse」ではなく,スパイダーマンだけの「Spider-Verse」に限定されているからだと思う。これには,版権問題が深く絡んでいる。マーベル・コミックの「スパイダーマン」の独占的映画化権はソニー・ピクチャーズが保有しているからである。同様に,かつては「X-メン」や「ファンタスティック・フォー」の映画化権は20世紀フォックスが保有していた。マーベル・スタジオが権利をバラ売りしていたゆえ,コミック誌上ではクロスオーバーは簡単に実現できても,実写映画ではそれが難しかったのである。それゆえ,バラ売りしていないヒーローだけでしかMCUの「アベンジャーズ」は結成できなかったのである。
 ところが,マーベル・エンターテインメントスも20世紀スタジオもディズニー傘下に入ったことにより,20世紀フォックスから継承した権利により,ヒーローたちはディズニー配給のMCU作品に登場できるようになった。この業界再編とMCUの成功を見たソニー・ピクチャーズが「スパイダーマン」の映画化権をマーベルに逆貸与し,業務提携したことにより,『アベンジャーズ』シリーズにトム・ホランド演じるスパイダーマン/ピーター・パーカーが途中参加することになった訳である。その裏返しで,マーベル・スタジオ製作,ソニー配給の『スパイダーマン』シリーズに,アイアンマンやドクター・ストレンジを登場させることも実現した。この実写映画群はMCUにカウントされている。  前作,本作のCGアニメシリーズは,Sony Pictures Animation製作であり,マーベル・スタジオは直接制作には関与していない。よってMCUの一部でもない。即ち,ソニー・ピクチャーズが保有している元の映画化権の範囲内であるので,Spider-Verseしか描けない訳であり,それが奏功していると感じる。前作の解説の最後で,「実写版MCU作品群は,飽きられ始めたら,次々と本作の画調でのCGアニメに転じてくると予想しておこう」と書いたのだが,この予想は(少なくとも今のところは)見事に外れている。
 実質は飽きられ始めていても,ケヴィン・ファイギを代表とするマーベル・スタジオは,MCUがマルチバースに突き進むことを宣言している。筆者の懸念は,版権上は何の制約もなく,やりたい放題のマーベルが,無分別で合理性のない「マルチバース映画」を続々と作り続けるのではないかということだ。「マルチバース」そのものを毛嫌いしているのではなく,さほど代わり映えがしなくなったスーパーヒーロー映画を,安直なシナリオでお茶を濁そうとしていることを嫌っているのだと,自己分析している次第である。


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