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O plus E 2022年Webページ専用記事#7
 
その他の作品の短評
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)  
 
   隔月刊であった紙媒体のO plus Eは休刊となったが,当欄は継続執筆するので,新年からの公開分は従来の月刊スタイルでWeb上にアップロードすることとなった。このページは,11・12月号までに紹介できなかった積み残し分の短評で,年内の公開/配信作品までをカバーしているため件数が少ない。

 『聖なる証』:この数年,師走になると観る余裕がなかったネット配信映画(特に,Netflixオリジナル作品)をまとめて観ることにしている。GG賞,アカデミー賞やその前哨戦狙いのためか,秋以降に秀作が多く,当欄としてもそれをカバーしておきたいためだ。今年もその方針で観始めたが,GG賞ノミネート作品は別ページに移した。即ち,このトップバッターのNetflix配信映画は,そこそこ秀作でありながら,GG賞の候補作とはならなかった映画という訳である。舞台はアイルランドのミッドランズ地方の村で,大飢饉から13年経った1862年に起きた出来事を描いている。主人公は,ナイチンゲールの指導を受けた英国人の元従軍看護師リブ・ライトで,フローレンス・ピューが演じている。リブは,同地の評議会から不思議な少女を2週間観察するという依頼を受け,信心深い人々が暮らす集落を訪れる。調査対象は,アナ・オドネル(キーラ・ロード・キャシディ)なる11歳の少女で,4ヶ月間水だけで生きているという。果たして,これは天の恵み“マナ”による奇跡なのか,それとも何かトリックがあるのか,彼女はジャーナリストのウィル・バーン(トム・バーク)の協力を得て,謎の解明に挑む…。歴史小説家エマ・ドナヒュー小説『The Wonder』が原作で,実話がベースだそうだ。気味の悪い宗教的儀式の数々,信仰に取り憑かれた人々の言動の中で,物語は次第にホラー性を帯びてくる。家族から隔離したところ,次第に少女は衰弱し始めるが,さて真実は如何に? 信者を誤った方向に導く宗教の恐ろしさへの警鐘とも言えるが,一度信じたら説得も意味を成さない信者をどう扱うかが,この映画の焦点となっている。真相が判明した後,こういう結末に落ち着くとは全く予想できなかった。映画の全編でアイルランドの田園風景が登場し,まるで絵画のようだ。主人公の青いドレスと草原との対比も印象的だった。F・ピューは,『ミッドサマー』(19)でのパニック障害の女子大生役,『ブラック・ウィドウ』(21年7・8月号)でナタ―シャ(スカーレット・ヨハンソン)の妹で暗殺者のエレーナ役の印象が強かったのだが,本作のような大人の女性役も悪くない。今後も目を離せない女優の1人だ。
 『ラーゲリより愛を込めて』:一転して,次は年末公開の邦画の話題作だ。製作中から関連報道が相次いでいて,気になっていたのだが,試写を観る機会を逸して,公開日の昼過ぎの映画館で観ることにした。こうした硬派の東宝作品に,どれだけの観客がいるのかも知りたかったからである。原作は辺見じゅん作のノンフィクション「収容所(ラーゲリ)から来た遺書」(1989年刊)というから,勿論,実話である。終戦間際,突如参戦したソ連軍に拘束され,シベリアで抑留中に病死した元日本人兵・山本幡男が日本に住む家族に宛てた遺書をめぐる物語だ。故郷の島根県・国賀海岸に顕彰碑が建てられているというから,さぞかし立派な人物だったのだろう。「キネマ旬報」等の映画専門誌が本作を大きく扱うのは理解できたが,「Newsweek日本版」が12月13日号で特集を組んでいるのに驚いた。6件の記事で全20ページの大特集である。単なる映画の紹介ではなく,日本人に「この悲惨な抑留の痛みを忘れるな」と訴える社会派記事のオンパレードとなっている。数々の戦争もの映画を観てきたが,抑留生活の悲惨さを克明に描いた前半は辛かった。ナチのアウシュビッツものを観ても,単に歴史上の惨劇と客観的にしか観なかったが,日本人の物語となると,いつロシアが現代の我々に同じことをしかねないと感じてしまう。この映画を見て,ソ連/ロシア嫌いが加速しない観客はいないだろう。長年かけた企画だが,図らずもロシアのウクライナ侵攻の年に公開された訳だ。この硬派の映画のメガホンを任されたのは,瀬々敬久監督。アダルト映画出身だが,近年の『8年越しの花嫁 奇跡の実話』(17)『護られなかった者たちへ』(21年9・10月号)等を考えると,妥当な人選だと思う。主人公を演じるのは,『硫黄島からの手紙』(06年12月号)で若い日本人兵士役を好演した二宮和也。同作公開時は23歳だったが,本作の撮影時の38歳(現在は39歳)は,36歳で抑留され,45歳で没した主人公を演じるのに相応しい年齢だ。前作の『TANG タング』(22年7・8月号)のダメ男とは打って変った見事な演技で,いい大人の俳優になったなと感じる。間違いなく,彼のライフワークの1つに数えられるだろう。後半は,抑留者たちの生活も落ち着き,仲間意識が芽生える頃から,観ている側もほっとする。そして,遺書が届くまでの物語が素晴らしい。誰もが涙するが,その届け役を演じた演者らも,俳優冥利に尽きるだろう。戦友役の松坂桃李の最近の充実ぶりは,本作でも発揮されている。桐谷健太が演じた鬼軍曹は誰でもやれる役だが,彼の存在感も悪くなかった。本作で筆者の評価が一変したのは,元上官の原幸彦を演じる安田顕だ。演技派のバイプレーヤーとの噂だったが,主演作『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。』(18年5・6月号)『母を亡くした時,僕は遺骨を食べたいと思った。』(19年Web専用#1)で受けた印象が絶悪だった。ところが,本作の助演の演技は秀逸で,大いに見直した。やはりバイプレーヤーの方が似合っている。強制収容所で飼われていた黒毛の犬・クロの存在が,この悲惨な物語の一服の清涼剤となっている。TVドラマ版で主人公を演じた寺尾聰を,長男・山本顕一の現代の姿で登場させるという計らいも少し嬉しい。極寒のシベリアを描くのに,新潟県の苗場にオープンセットを組んで撮影したそうだが,1945年のハルピンの町等を描くのには,CG/VFXも活用されている。
 『チーム・ジンバブエのソムリエたち』:ユニークかつ心が和むドキュメンタリー映画だ。ワインのテイスティング大会に挑む黒人4人のチームを描いた実録映画なのだが,まるで人生賛歌のドラマのように感じてしまう。白人の裕福な階層のために高級ワインを選択するソムリエ職に,アフリカ貧困層の黒人が就いていること自体が驚きだ。貧困と混乱のジンバブエ共和国から逃れて南アフリカに辿り着いた難民で,各自が努力を重ねてその職を得たという。ワインなど口にしたこともない貧民が,高級レストランのソムリエになるのは,元々味覚,嗅覚が優れていた上に,かなりの努力と幸運が重なったのだろう。その位置に安住せず,フランスで開催される「世界ブラインドワイン・テイスティング選手権2017」にソムリエとして初参戦するという。「神の舌を持つ」と言われる23カ国の一流ソムリエたちと競うのだから,まさに痛快事である。彼らを応援するメッセージがSNS上で流され,クラウドファンディングでフランス往復の航空運賃と滞在費が集まった。故郷の威信と期待を背負ってフランスの空港に着き,各地を巡って舌を馴らし,聖地ブルゴーニュの会場に向かうまで,克明な描写が続く。まるで五輪参加のように,元一流ソムリエの現地人がコーチとして雇用され,チーム競技の作戦も練られている。完全な実話で,実在の人物なのに,よくできたドラマのように感じてしまう。なぜそう感じたかは,大会参加を追うストーリー展開,カメラワーク,音楽が,計算された劇映画のようだったからだ。この挑戦を記録映像に収めるプロ集団も結成され,会場にもカメラが入って,大会の模様や「チーム・ジンバブエ」の挙動を追っていたからだ。『世界一美しいボルドーの秘密』(14年10月号)の監督ワーウィック・ロスと製作総指揮ロバート・コーが,本作の共同脚本,共同監督を務めているので,ワインに関する造詣も一級品だ。故郷ジンバブエやフランスのワイナリーを捉えた映像も美しい。インタビュー相手から得られるコメントも含蓄深い。最近紹介した『ソウル・オブ・ワイン』(22年Web専用#6)と見比べるのも一興だろう。
 『かがみの孤城』:待ち遠しかったマスコミ試写は観たものの,本音を書くべきかどうか,迷った映画だ。筆者が苦手な邦画のセル調2Dアニメだったが,原作が本屋大賞受賞作,しかも史上最多得票数獲得というのが,その気になった最大の理由である。同賞受賞作の映画化作品には,これまで全く外れはなかったからだ。今回は,失敗だった。直木賞作家・辻村深月作の若者向きファンタジーで,不登校の中学生たち7人が,各自の自宅の鏡を通り抜けると,不思議な城の中に通じていたという設定である。彼らがそこに集められた理由を求めて,ミステリータッチで物語が進行する。SFミステリーは好きなジャンルのはずだったが,全く面白くなく,何一つ感動しなかった。累計160万部突破の大ベストセラーで,若者に大絶賛されているというからには,それだけのものがあるはずだ。それを理解できなかったことに,ショックを受け,罪悪感すら覚えた。この世代の心情にシンパシーは感じなくても,映画としての出来映えは論じられると思ったのだが,それすらできない。もはや,筆者のような老人がこの種の映画を語ってはいけないのだと悟った。
 『死を告げる女』:韓国映画のクライムサスペンスで,TV局の女性取材記者が巻き込まれる不思議な事件を描いている。主人公のセラは,プライムタイムのニュース番組の看板キャスターとして売り出し中だったが,ある日,本番5分前に彼女を指名した電話が入り,ユン・ミソと名乗る女性が「殺されるかもしれない」「私が殺されたらあなたが報道してほしい」と告げる。いたずら電話と思いつつも,独占スクープの可能性も捨て切れず,自宅を訪ねたところ,彼女と娘の遺体が見つかった。警察は,心を病んだユン・ミソが娘を殺して自殺したとして処理してしまい,外部犯行の可能性を認めない。セラが独自取材を続けると,ミソの主治医の精神科医イノが怪しげな行動をとり,次第に彼が真犯人ではないかと疑うようになる……。主演は『哭声/コクソン』(17年3月号)のチョン・ウヒで,個性的かつ魅力的な現代風女性だ。文字通り,彼女の個性がこの映画全体を支配している。物語はミステリータッチで進行するが,精神医学や催眠療法が絡むと,一気にサイコホラーの側面が強まってくる。統合失調症,解離性同一症なる用語も登場するが,後者が「幼児期に受けた苦痛がトラウマになる多重人格障害」だと分かると,結末も大体読めてしまう。類似作品が何本あるからだが,慣れない観客は素直に展開を楽しめば好い。ちょっと強引な結末だが,それなりに面白い。TV番組作りに関係する記者,キャスターの実態がよく分かるが,米国も日本も韓国も,まあ似たようなものだなと感じてしまう。
 『離ればなれになっても』:イタリア映画らしい愛の映画だ。陽光の下,明るく,楽しく,感情過多な演技で織りなす物語を期待したが,ほぼその期待通りの映画だった。時代は1982年から現在の2022年までの40年間で,男3人と女1人の16歳に始まり,時代に翻弄されながらの40年間の悲喜こもごもの出来事が描かれている。男女比が2:2ではなく,3:1であることが肝心で,「ひとりの女を愛した3人の男たち」で「さよならの数だけ愛が深まる」がテーマである。監督・脚本は,名匠ガブリエレ・ムッチーノ。イタリア・ローマ出身だが,ハリウッド進出してウィル・スミス主演で撮った『幸せのちから』(07年2月号)『7つの贈り物』(09年2月号)がヒットした。当欄では,イタリアを舞台にした『家族にサルーテ!イスキア島は大騒動』(19年5・6月号)も紹介している。本作はイタリア人俳優とスタッフだけを起用し,イタリア映画の伝統をしっかり守ろうとしている意図が感じられる映画だった。ヒロインのジェンマを演じるミカエラ・ラマツォッティ,彼女を愛した3人の男を演じる,ピエルフランチェスコ・ファビーノ,キム・ロッシ・スチュアート,クラウディオ・サンタマリアは,いずれもイタリアを代表する有名俳優らしい。出会いの16歳時の4人は若手俳優が演じているが,大学卒業直後の22歳からの展開を,アラフィフの壮年男優たちに演じさせているのは,さすがに無理がある。観ている側が辛く,笑えるほどだ(終盤では,そのことを笑いにしていたが)。ローマとナポリが舞台で,随所で美しい景観が登場する。芸術的,文学的要素があるかと思えば,観光地で「トレビの泉」,挿入歌で「フニクリ・フニクラ」,時事的話題で「9・11」といったかなり通俗な話題を盛り込む等,コメディ要素,サービス精神もたっぷりだ。劇伴音楽も挿入歌も素晴らしいが,これはサントラ盤ガイドで触れよう。時に楽しく,時にもの悲しく,盛り沢山の愛憎劇だが,最終的には正にイタリア製の人生賛歌だ。
 
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