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O plus E 2018年Webページ専用記事#1
 
 
ゴッホ
〜最期の手紙〜』
(ブレイクスルー・フィルムズ /パルコ配給 )
      (C) Loving Vincent Sp. z o.o / Loving Vincent ltd.
 
  オフィシャルサイト[日本語][英語]    
  [2017年11月3日よりTOHOシネマズ六本木ヒルズ他,全国順次公開中]   2018年1月24日 イオンシネマ京都桂川
       
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
  噂通りの野心作。当欄の読者なら,今からでも必見!  
  最も人気のある画家の1人,フィンセント・ファン・ゴッホの晩年と彼の死の謎を描いたアニメーション作品で,映像はすべてゴッホの画風を真似た油絵調というのがセールスポイントだった(写真1)。当欄として当然取り上げるべき映画であったが,残念ながら,昨年11月の公開前に試写を観る機会がなかった。公開後に劇場で観て,Web専用記事にすればいいと安易に考えたが,ファーストランを逃すと,この種のインディペンデント系作品は上映中の映画館を探すのも容易ではない。ようやくこの映画を観ることが出来たのは,今年1月の下旬,しかも普段行き慣れないシネコンの夜21時以降の上映回だった。
 
 
 
 
 
写真1 どのシーンも油絵タッチで,しかもゴッホの画風で描かれている
 
 
  この間に,アニメ映画の祭典のアニー賞は勿論,ゴールデングローブ賞やアカデミー賞の長編アニメ部門にノミネートされていた。掲載時期を逸してしまったので,アカデミー賞予想記事中で触れるだけにしようかとも思ったのだが,オフィシャル・サイトで調べると,まだ全国の数館で上映中ではないか。ロングランはまだまだ続くらしい。となれば,是非ともアカデミー賞授賞式前に書き終えて,記録として残しておこうと考え直した。
 厳密な意味では,アニメーションと呼べるかどうかは怪しい。何人かの俳優が演じた映像を絵画調にしているのだから,動きをつけるアニメーションではなく,基本的には「なぞり絵」に近い。同系統の作品としては,過去に『スキャナー・ダークリー』(06年11月号)『戦場でワルツを』(09年12月号)を取り上げている。いずれも,実写映像を「Non-Photorealistic Rendering」もしくは「トゥーン・シェーディング」と呼ばれるCG処理と画家による線画の描き加えを併用していた。両作品がセル調アニメか水彩画風であったのに対して,本作は本物の画家たち125人が1コマずつゴッホの筆使いを再現した油絵を描き,全編で計62,450枚に達したという(写真2)
 
 
 
 
 
 
 
写真2 125人の画家が,ゴッホを真似て62,450枚の絵を描いた
 
 
  ゴッホの絵が動き出すのは魅力的だ。ところが,この映像は画面がチカチカして,かなり目が疲れる。このことはまた後で論じよう。さらに厳密に言えば,ゴッホ調の絵画で描かれるのは,主人公の青年が,ゴッホの死の翌年に彼の死の謎を探る基本パートだけである,ゴッホ生存中の場面を回想するシーンは,モノクロのもっとシンプルなタッチで描かれている(写真3)。いずれもアスペクト比は4:3のスタンダード・フォーマットで,普通の映画とはかなり趣きが異なる。
 
 
 
 
 
写真3 ゴッホ生存中の回想シーンは,モノクロで描かれている
 
 
  物語の主人公は,フィンセント・ファン・ゴッホ(ロベルト・グラチーク)と親交のあったアルルの郵便配達人ジョゼフ・ルーラン(クリス・オダウト)の息子アルマン(ダグラス・ブース)である。フィンセントが自殺前に弟テオに書いた最期の手紙が「宛先人不明」で戻って来たため,父親から託され,パリまで出向いてこの手紙を届けようとする。ところが,テオも既に亡くなっていたことから,フィンセントが最期の日々を過したパリ郊外のオーヴェール=シュル=オワーズを訪れる。主治医ポール・ガシェ(ジェローム・フリン)やボート屋の親父(エイダン・ターナー)等から,フィンセントに関する証言を得ている内に,彼の死が果たして自殺であったのか,疑いをもつようになる……。
 物語自体はフィクションだが,自殺説を疑うミステリータッチの進行は新鮮だった。主治医の娘マルグリット(シアーシャ・ローナン)やラヴー宿の娘アドリーヌ(エレノア・トムリンソン)ら,女性陣が絡む展開も興味深く,映画としては見どころ十分だ。出演陣の中に,今年のアカデミー賞主演女優賞候補のシアーシャ・ローナンの名があるが,全く気がつかなかった。全員絵画調の顔で登場するので,誰も素顔が分からないからである。
 監督・脚本は,画家&映画作家のドロタ・コビエラとアニメ監督ヒュー・ウェルチマンで,7年を費やした製作であったという。以下,本作の視点での解説とコメントである。
 ■ 毎秒12コマの油絵が使用されている。62,450枚は約86.7分に相当する。全編95分だが,タイトル部やエンドロールがあるので,計算は合っている。ジャギーが目立って目が疲れるのは,通常の24コマ/秒の半分のせいだけではなく,ゴッホ流の筆使いをそのまま繋げたためではないかと思われる。後期印象派の中でも,うねった筆の運びを特徴とする画風ゆえに,本来平面的で均質な領域までも色彩や明暗に変化がつけられている。そうしたタッチで各フレームを独立して描かせ,それを繋いで動画にしたのでは,フレーム間での変化が多くなり過ぎる。むしろフレーム数を減らし,その間をコンピュータ処理で滑らかに接続する方法を採用した方が,見やすかったと思う。
 ■ 上記のような欠点はあるものの,見慣れた名画が随所に登場し,その中の人や雲や水面が動き出すのは嬉しい(写真4)。麦畑から多数のカラスが飛び立つ光景は,まさに動画化に最適なシーンだ。動きを与えているという意味では,立派にアニメ作品と言える。カメラアングルを変えて,建物や郊外の風景を3次元的に見せるのには,シーンの3次元幾何モデルでCG動画を作り,その各フレームを画家たちに提示しているのだろう。中には,元の名画にはいない登場人物を描き込んでいるシーンもある(写真5)。個人的には「アルルの跳ね橋」を登場させ,橋を開閉させて欲しかったところだ。
 
 
 
 
 
 
 
写真4 名画が続々と登場して動き出す
    左上:「夜のカフェテラス」,右上:「ローヌ川の星月夜」
    左下:「星月夜」,右下;「ピアノを弾くマルグリット・ガシェ」
 
 
 
 
 
写真5 左:「夜のカフェ」(1888),右:本作の主人公らを描き加えている
 
 
  ■ 主要な登場人物は勝手に配役を決め,適当な衣装を着せたのではない。ゴッホ自身が肖像画を残している人物に関しては,絵と似通った服を着せ,加工している(写真6)。なるべく,背格好や顔立ちが似た俳優を起用しているのも嬉しい。余談だが,62,450枚のそれぞれの絵は,映画完成後に販売されていて,結構人気しているという。
 
 
 
 
 
 
 
写真6 上:「アドリーヌ・ラヴーの肖像」,下:「医師ガシェの肖像」
左:撮影映像,中:ゴッホの絵,右:完成映像
(C) Loving Vincent Sp. z o.o / Loving Vincent ltd.
 
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