O plus E VFX映画時評 2025年9月号
(注:本映画時評の評点は,上から,
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の順で,その中間に
をつけています)
当欄の愛読者なら,この題名に見覚えがあり,オススメ作品であることも知っておられるだろう。既にフルCGで3本が作られ,アニメ史に残る名作だと評価されている。ところが,3作ともアカデミー賞は受賞できず,2作目は日本で劇場公開すらされなかった。それに悲憤慷慨していたことも覚えておられるかと思う。
副題も数字も付かないので,本作が続編のシリーズ第4作でないことはすぐ分かる。さりとてリバイバル上映でもない。第1作と全く同名で公開されるのは,その実写リメイク作であるからだ。上記の見出しにも書いたように,この実写化が最高の出来映えである。シリーズ最高作品という意味ではない。過去にセル調2Dアニメ,フルCGアニメを実写化した映画は多数あるが,その全体の中でベストなのである。当欄の愛読者には,その実写化の威力のほどを是非映画館で観て確認して頂きたい。フルCGを「実写+VFX」にしたことにより,実写映画の美点を最大限に発揮しているからである。
過去作を観ていない読者は比較できないから,旧作を観て予習しておくべきかと言えば,その必要はない。本作だけをいきなり観ても単独で絶品であり,予備知識なしで楽しめる。なぜなら,本作はほぼ完璧にアニメ版第1作の物語をなぞっているからである。本作にはアニメ版の残り2作の内容は含まれていないが,本作を機に,CGアニメ版3部作をまとめて観たい,原作童話も読んでみたいと思われる読者のために,以下ではその案内も添えることにした。
【CGアニメ版3作の概要と受賞歴】
原作は,英国の女流作家クレシッダ・コーウェルが2003年に発表した同名の児童文学書(原題:「How to Train Your Dragon」)で,2015年までに全12巻(他に外伝1巻)が出版され,計700万部以上を売り上げるベストセラーとなった。邦訳本は,アニメ映画化の前年の2009年から順次,小峰書店から発行されている。CGアニメの3部作の概要は以下の通りである。
①『ヒックとドラゴン』(10年8月号)
監督・脚本は,ディーン・デュボアとクリス・サンダース。原作本からは北欧のバーク島が舞台で,バイキングの民と多数の空飛ぶドラゴンたちの物語という基本骨格だけを抽出し,気弱な青年ヒックが伝説のドラゴン「ナイト・ナイト・フューリー」と友情を結ぶ物語に脚色されていた。「敵対→理解→友情→共闘」という流れの自然さが高く評価された。ジョン・パウエル担当の音楽も素晴らしかった。『シュレック』シリーズの実績をもつドリームワークス・アニメーション(DWA)の作品で,当時はパラマウント映画の配給網から公開されていた。
アニー賞は15部門ノミネート,作品賞を含む10部門受賞の快挙だった。内容の素晴らしさから,本作がアカデミー賞,GG賞の長編アニメ賞を受賞すると思われたが,いずれもノミネート止まりで,アニー賞無冠の『トイ・ストーリー3』(10年8月号)の後塵を拝した。当欄の同年のアカデミー賞予想記事では,知名度の差から『トイ・ストーリー3』の戴冠を予想していた。嬉しくない予想が当たった訳である。国内興行も知名度の差から大差がついていた。
②『ヒックとドラゴン2』(14)
上記の世界的ヒットにより,続編2本の製作が決定した。監督・脚本はD・デュボアの単独登板となり,主要な声優キャストは継続出演した。物語は前作の5年後で,主人公のヒックは死んだと思われた母と再会するが,その一方で父の死も体験する。新しいドラゴンが多数追加され,強大な敵のドラゴの登場,前作以上の巨大ドラゴンが海に出現で,物語は一気にスケールアップした。
アニー賞は10ノミネートで作品賞を含む6部門受賞。GG賞は受賞したが,アカデミー賞はまたもノミネート止まりに終わった。オスカーはアニー賞1冠に過ぎないディズニーアニメ『ベイマックス』(15年1月号)が獲得した。もっと悲惨だったのは,日本国内での公開だった。DWA作品の配給は20世紀フォックスに移っていたが,日本支社は海外アニメの国内公開に消極的で,米国公開から半年経っても動きがないので筆者は海外版DVDを購入した。熱心なファンが署名活動を起こしたが,それでも国内公開のアナウンスがなかった。アカデミー賞落選が判明してから,国内10数ヶ所の映画祭で無料上映されたが,これは半年後のDVD/BDの国内発売の宣伝用だったと言われている。GG賞受賞作を劇場公開しないとは,アニメ史に残る滑稽な出来事で,日本の映画配給網の醜態であったとされている。
③『ヒックとドラゴン 聖地への冒険』(19年11・12月号)
引き続き監督・脚本はD・デュボアの単独担当で,時代設定は前作の1年後,ヒックは族長となっていた。人間とドラゴンの共存は維持されていたが,バーク島が手狭になったため,ヒックは村人やドラゴンを連れて,噂に聞く「ドラゴンの楽園」を求めて旅に出るという物語であった。ヒックの相棒の黒いドラゴン「ナイト・フューリー」の恋のお相手として白いドラゴン「ライト・フューリー」が登場するのが微笑ましかった。作品クオリティは高く,批評家からも「3部作の最終作品としては画期的」と絶賛された。当欄では「まだCGは進化していると感じさせる表現力」と評し,特に炎と照明表現を高評価していた。
当初予定から1年遅れで,前作から5年後の米国公開であったが,その間にDWAがユニバーサル映画に買収されたため,日本国内でも東宝東和配給となり,国内公開の配給ルートが安定した。この朗報にファン一同は安堵した。ただし,同社もCGアニメ作品は大人気の『ミニオンズ』シリーズを有するイルミネーション作品を優先させるため,DWA作品はギャガと共同配給となり,公開時期は今も遅くなりがちである。
高評価の半面,3作目となると新規性を重視する映画祭での受賞は芳しくなかった。アカデミー賞,GG賞にはノミネートされたが,両賞ともまたも『トイ・ストーリー4』(19年7・8月号)に破れている。ただし,この年は素直に『トイ・ストーリー4』の方が優れていると記している。アニー賞はと言えば,両作はそれぞれ5部門,6部門のノミネートに留まり,いずれも無冠で終わっている。同年のアニー賞作品賞の受賞作は『クロース』(20年Web専用#1)で,ノミネートされた7部門すべてで受賞するという快挙であった。3Dツールを駆使した2Dアニメであり,その制作手法の斬新さから,当映画評も評価を与えた。このように,ライバル作品が強力であったため,大半はノミネート止まりに終ったが,映画の完成度は高く,興行的にも成功した。シリーズの完結編に相応しく,3部作全体でCGアニメ史に残る良作であったと評価されている。
ちなみに,この3部作と今回の実写版のRotten Tomatoesのスコア(公開の数週間後)は,以下の通りである。
・Tomatometer(批評家スコア): 98%, 92%, 91%, 78%
・Popcornmeter(観客スコア): 91%, 90%, 88%, 97%
【本作の物語展開】
北の海に浮かぶバーク島にはバイキングの一族が暮らしていたが,何世代にも渡って,家畜を奪い,生活を脅かすドラゴンとの戦いを繰り広げていた。このため,村の青年には,一人前の大人になるまでにドラゴン退治法を修得することが求められていた。族長ストイック(ジェラルド・バトラー)は勇猛な戦士のリーダーで,自分の息子ヒック(メイソン・テムズ)を後継者に育てたかったが,臆病でひ弱なヒックはその期待に応えられず,いつも仲間たちの足手まといであった(写真1)。鍛冶屋で働く彼は発明好きであり,自分の身体的な弱点を補うため,機械仕掛けの武器を生み出す努力を続けていた。
ある夜,最も凶暴な伝説のドラゴン「ナイト・フューリー」が村に襲来したが,ヒックは自作の投石機を使ってこのドラゴンを撃墜する。確かに手応えがあったので,翌朝,森の中を探すと,ナイト・フューリーは投石機が尻尾に巻き付き,片方の尾翼の一部を失って動けずにいた。ヒックはこの黒いドラゴンにとどめを刺すことができず,「トゥース」と名付けて命を助ける。再び飛べるようになるよう,自ら人工的な尾翼を作って装着してやる(写真2)。次第にヒックとトゥースは心を通わせるようになり,ヒックはドラゴンを訓練する方法を学んだ。
父親の命令で,ヒックはドラゴン退治法を身に付ける「炎の試練」課程を履修する訓練生であった。当初は劣等生だったが,力でドラゴンを屈服させるのでなく,トゥースから学んだドラゴンを宥めて制御する方法で最優秀の成績を収め,父親を安心させた(写真3)。ヒックの憧れの優等生の少女アスティ(ニコ・パーカー)は,ヒックの急成長に疑問を抱き,後をつけてヒックとトゥースの秘密の関係を知ってしまった。そんなアスティに「ドラゴンは敵ではない」と説得し,一緒にトゥースの背に乗って大空を飛翔する内に,「ドラゴンの巣」の島に辿りついた(写真4)。そこは巨大なドラゴン「レッド・デス」が支配する世界で,多数のドラゴンを従えていた……(写真5)。
監督・脚本は,CGアニメ版の②③に引き続き,D・デュボア単独で,C・サンダースは製作総指揮に名前を連ねているだけである。この実写版の物語展開(即ち,脚本)は①のアニメ版第1作だけをそっくりリメイクしている。即ち,主要登場人物や登場ドラゴンの名前も同じで,結末までほぼ同じと考えてよい。強いて言えば,約95%は同じで,人物描写に深みが増していると言える。それゆえ,①〜③を予習しておく必要なく,この実写版だけで「ヒックとドラゴン」の世界が理解できると言ったのである。大抵の場合,実写リメイクでは新しいキャラクターを追加したり,結末にも少し変更を加えて,旧作のファンも取り込もうとする。ここまでそっくりなのは珍しいが,そもそもアニメ版の監督が実写版の監督を務めることも珍しい。
実は,デュボア監督は実写リメイクには大反対だったという。折角①で高評価を得たファンタジー世界が,中途半端な実写化で無惨なリメイクになった事例を多数知っていたからだと発言している。それならば,自らが意義ある実写版にすると手を挙げたそうだ。そこには①の脚本に対する愛着心と,原作本を映画の尺に合うよう見事に脚色した自信のほどが伺える。それゆえ,ほぼそのままの脚本で映像の質感向上に徹している。
撮影監督に『マトリックス』3部作やMCUで実績のあるビル・ポープを起用したことで,VFX大作としての重厚感が増している。音楽担当はアニメ3部作から引き続きジョン・パウエルであることも安心だ。アニメ時代からのファンが最も喜ぶのは,ヒックとトゥースが心を通わせるシーン(写真6)(写真7),訓練場でのドラゴンとの戦いのシーンであり,ほぼ同じ構図で既視感を覚えることだろう。アニメ版のファンが失望することはなく,間違いなくこの実写版も気に入るはずである。
改めて,前述のRotten Tomatoesのスコアを見ると興味深い。批評家は物語に新規性なしと見做して評点(Tomatometer)を下げているが,観客満足度(Popcornmeter)はこの実写版が最高なのである。CinemaScoreやPostTrakの評点も高い。まさにデュボア監督の面目躍如である。
【原作本と本シリーズとの違い】
原作と映画は別物と考えるのが一般的であり,特に原作がシリーズものの場合,映画1本にまとめるにはかなりの簡素化が必須である。さらに原作が童話の場合,邦訳では題名や人名を子供が覚えやすく,親しみやすい名前に変更するのも定番となっている。本作の場合,CGアニメの第1作から原作をかなり改編していることが知られていた。特に,主人公の相棒となるトゥースのルックスが原作とかけ離れていて,ひいては人間とドラゴンの共存の意義もかなり異っていた。以下の議論で,単に「映画」という時は,CGアニメ版と実写版の総称で,原作小説と対比させている。
題名は,童話も映画もずっと長い「How to Train Your Dragon」で通している。直訳すれば「ドラゴンの訓練方法」になるのだろうか。ただし,原作童話の2巻目以降には「How to Be a Pirate」「How to Speak Dragonese」等の個別の題名も付されている。邦訳本は「深海の秘宝」「天牢の女海賊」といった類いで,原題には対応はしていない。「Train」は「体力や筋力を増強するトレーニング」ではなく,野性の動物を「飼い馴らす」「家畜にする」か,せいぜい「調教する」程度の意味で使われている。
①の公開前に邦訳本が出版されていたので,映画の邦題も登場人物名もほぼ原作の邦訳を踏襲している。簡素化した『ヒックとドラゴン』は童話らしくて覚えやすい。主人公の「ヒック」は,正しくは「Hiccup」なのだが,邦訳本は「ヒック」で通している。それに従って,映画でもアニメ版も実写版も「ヒック」だが,英語版の俳優たちは「ヒカップ」と正しく発音している。もっと正式には「Hiccup Horrendous Haddock III」(ヒック・ホレンダス・ハドック三世)で,バイキングの英雄として名をなした晩年の彼が少年時代を回想するという形式を採用している。原著の著者名はこの英雄で,バイキングの古ノルド語をC・コーンウェルが英語に翻訳したという体裁で,邦訳本もそれを踏襲している(写真8)。ある種の洒落っ気と言えようか。
原作と映画で最も異なる点は,「トゥース」の大きさや存在感である。原作では,軟弱なヒックがようやく捕まえたのは,並外れて小さく,仔犬くらいの大きさのドラゴンだった。他のドラゴン同様,恩知らずで,かなり我が侭な存在として描かれている。歯がなかったことから,仲間のスノットが「トゥースレス」(Toothless; 歯無し)と呼んだことから,これが定着する。邦訳本も映画の英語版もこの名前で通していたのに,これを短い「トゥース」としたのは日本国内での公開映画だけである。映画の「ナイト・フューリー」には実は歯はあるが,外からは見えず,歯を出し入れできるというから,まあ「トゥース」でもいいかと思う。
原作の「トゥースレス」は全く伝説の「ナイト・フューリー」ではなく,小さいヒックやアスティを背に乗せて大空を飛翔できない。邦訳本第1巻の「伝説の怪物」とはバーク沖の海底に住む「シードラゴン」のことである。映画版に対応したドラゴンマニュアルでは,ナイト・フューリーは「漆黒の鱗に全身を覆われ,極めて知能が高く,飛びぬけた飛行能力を備え,闇に紛れて行動するので,その姿を見て生きて帰ったものはいない」と記されている。そのナイト・フューリーと心を通わせ,バディ関係となったゆえ,ヒックの存在価値が増したという物語設定である。
原作シリーズでヒックは最初からドラゴン語を話し,バイキングの各種族はドラゴンを飼い馴らしているが,ヒックが「自分たちのドラゴンは敵か?」と悩むのは第10巻辺りからである。それまでは,宿敵ローマ帝国軍に捕えられたり,深海や火山の島に棲む極悪種のドラゴンとの戦い等の冒険物語が描かれている。映画版では,バイキングにとってドラゴンは最初から敵であり,力で征服して屈服させる対象であった。ドラゴンたちは支配者レッド・デスに献上するため,やむなく島から略奪をしていたのであった。それを知ったヒックのみが,ドラゴンとの共存を仲間に説き,父親の考えまで改めさせる。それ以降,バーク島の村民たちはそれぞれのパートナーとなるドラゴンを見つけ,見事な共存社会を作り上げる。
ドラゴンを人間の別の種族に置き換えれば,人種差別や覇権主義に反対するヒューマニズム映画なることは容易に分かるだろう。見事なまでの世界平和主義を貫いた物語であるが,それをクサくなく,大人も子供楽しめる娯楽映画に仕上げたのは脚本力のなせる技である。所詮,童話だからと馬鹿にする勿れ。現在の世界情勢は,折角築き上げた民主主義,平和主義を,わずか数十年で全体主義,覇権主義の国家が葬ろうといることを考えると暗澹たる思いになる。
CGアニメの第1作が登場した時,シニカルなDWAらしくなく,まるでディズニーアニメかと思ったという声が多かった。それもそのはず,C・サンダース&D・デュボアは『リロ・アンド・スティッチ』(02)の監督・脚本担当のコンビである[当欄が低評価した実写版『リロ&スティッチ』(25年6月号)は別監督が担当]。さらに,C・サンダースだけをとれば,ディズニーアニメの第2次黄金期の3部作『美女と野獣』(91)『アラジン』(92)『ライオン・キング』(94)の原案作成者であり,『ムーラン』(98)の脚本担当であり,そして今年当欄が絶賛したDWA作品『野生の島のロズ』(25年2月号)の監督である。この経歴なら,本シリーズに全盛期のディズニーフレーバーが満ちあふれているのは当然と言える。C・サンダースもD・デュボアも現在はホームグランドをドリームワークスに移し,図らずも,今年アニメ映画と実写映画で単独監督して良作を生み出していることになる。
【主要登場人物とドラゴンたち】
個々の人物とドラゴンを紹介する前に,全体を語っておく。原作本では,バーク島に住むバイキングたちは,「モジャモジャ族」「ドロドロ族」「ブサイク族」等の部族に別れていて,それぞれ個性もあり,部族間対立もある。一方,映画ではその区別はなく,単にバイキングたちの集落があり,一致団結して戦士たちが「バイキングの巣」への戦闘に出向いている。
一方のドラゴンは,原作シリーズで100種類以上も登場し,全13巻の他に「ヒックとドラゴン ドラゴン大図鑑」も発行されている(写真8参照)。かなり稚拙な絵だが,原作者が挿し絵も描いているようだ。ドラゴンの種類も分類されていて,邦訳本では「ヘイボンドラゴン」「フライドラゴン」「モンスタードラゴン」「ムードドラゴン」等の分かりやすい名前がつけられている。映画では,それぞれ個性的なドラゴンではあるが,こうした分類は明示されていない。原作から映画にはかなり情報圧縮しなければならないので,多数を登場させる訳には行かないし,分類するまでもない。別の見方をすれば,映画は人物もドラゴンも「いいとこ取り」をして,識別しやすくしているとも言える。
主要人物のキャスティングに移ろう。ヒック役の主演メイソン・テムズはいかにも青年らしい風貌で,現在18歳である。これが長編4作目であるが,デビュー作のホラー映画『ブラック・フォン』(22年Web専用#4)で主役に抜擢され,その後の単館系作品2本から本作まで全て主演であるから大したものだ。本作でさらに知名度も上がり,今後,有力作品での起用が増えることだろう。
ヒロインのアスティは原作にはなかった役柄である。原作にも若い女性のバイキングは何人か登場するが,ヒックの恋のお相手ではない。英国人女優ニコ・パーカーは現在20歳なので,彼女の方が2歳年上だ。アニメ版のアスティほど美人ではないが,笑うと愛らしい。むしろ,戦闘能力抜群のしっかり者の女戦士として描かれている(写真9)。俳優歴は『ダンボ』(19年Web専用#2)でデビューし,『ブリジット・ジョーンズの日記 サイテー最高な私の今』(25年4月号)等のメジャー作品にも起用されたが,Disney+配信映画『サンコースト』(24)では主役に抜擢されている。
最も存在感があるのは,父親ストイックのJ・バトラーだ。『オペラ座の怪人』(05年2月号)での好演以来,押しも押されぬ大スターとなり,大半が主演であるから今さら紹介の必要もないだろう。何しろ,アニメ版①②でもこの族長ストイック役であったので,印象はそっくりそのままである(写真10)。スコットランド生まれというのもバイキングのリーダーにぴったりだ。彼をそのまま実写版で起用できたのが本作の最大の成功要因である。元々大柄な方であるが,それでもさすがにこの族長ほどの巨漢ではない。肩パッドの入った上着やその下に何重にも衣服を着せて上半身を大きく見せたようだ。重さは40kgもあったという。
概要欄では名前を挙げなかったが,族長の右腕で親友のゲップは重要な役である。鍛冶職人としてヒックの師匠であり,優れたドラゴントレーナーで若手戦士の教育係でもある。ドラゴンとの戦いで右腕と左足を失ったが,義手と義足は自分で作ったという(写真11)。原作での名前は「Gobber the Belch」で,邦訳では素直に「ゴバー教官」であったのに,映画ではアニメ版以来「ゲップ」なるおどけた名前になっている。演者のニック・フロストは英国のコメディアンであるから,この名前はピッタリとも言える。映画出演の過去作では『宇宙人ポール』(12年1月号)でのサイモン・ペッグの相棒役が印象に残っている。ヒック,アスティと一緒にゲップ教官のドラゴン訓練を受ける仲間は,屈強なスノット,肥満体型のフィッシュ,双子の兄妹のタフとラフだが,さして名のある俳優は演じていないので省略する。
ドラゴンはというと,映画中で多数のドラゴンは空を飛ぶシーンはあるが,名前がついていて,その特徴が解説されているものはごく僅かだ。終盤でこの種のドラゴンとその背中に乗る訓練生とは1:1対応となっている。最も好戦的で残虐なのは「モンスター・ナイトメア」で,ヒックは最終試験で全身を炎で包んだこのドラゴンと戦うが,見事に手なずける。終盤ではスノットが乗りこなしている(写真12)。青い鱗,黄色い棘,鳥のような大きな翼をもち,マグネシウムの炎を吐くのは「デッドリー・デンジャー」で,アスティを背に乗せて飛ぶ(写真13)。小さな翼で肥満体型のドラゴンは「グロンクル」(写真14)で,体型が似ているフィッシャー用である。「ダブル・ジップ」は頭と尾が2つある双頭のドラゴンで,双子のタフとラフが並んで乗ることもすぐ分かるはずだ(写真15)。この対応関係はアニメ版から継承されている(写真16)。
何といっても,最も出番が多いのは,ヒックが乗る「トゥース」こと「ナイト・フューリー」である。本来は最も恐ろしい伝説のドラゴンのはずが,大きな目の愛らしい顔にしてしまったため,全く怖く感じない。原作本の「トゥースレス」は小さいながらも角や棘があるのでドラゴンらしいが,映画のトゥースは頭部に小さめの耳と粒のような小突起があるだけなので,これがドラゴンなのかと思ってしまう。さすがに今回の実写版では,最初ヒックと出会う時の目つきはかなり恐ろしく描いてあった(写真17)。本シリーズのドラゴンのデザイン担当はDWA所属のキャラクターデザイナーのニコ・マルレで,彼は『カンフー・パンダ』シリーズも担当していた。なぜトゥースだけを一風変わったデザインにしたのか,興味深い。黒猫の仕草や犬の忠実さを参考にし,大きな目と丸みのある体型で「愛着の持てる友達的な相棒」に見せたかったようだ。それでいて,猛禽類や戦闘機を彷彿とさせる飛ぶ姿の格好良さももたせている。
その他のドラゴンでは,仔犬程度の小さな「テリブル・テラー」が登場する(写真18)。これは原作の「トゥースレス」を大きくしてしまったための埋め合わせなのか,それとも何かご愛嬌でペット的なもの入れ,グッズ市場での人気商品にするためだろうか。そう言えば,今年取り上げた映画の中で,『野生の島のロズ』(25年2月号)では雁の雛の「キラリ」,『ミッキー17』(同3月号)ではベイビー・クリーパー,先月の『ジュラシック・ワールド/復活の大地』(同8月号)では少女が「ドロシー」と名付けた小角竜を登場させていたので,ファミリー映画にとってはこの種の小動物の存在はもはやお約束事なのだろう。CGですぐに描けることもこの傾向に拍車をかけている。
同じように,最後に戦うラスボスを巨大に描くのにもCGは一役買っている。本作の「レッド・デス」は女王蜂的な存在で,働き蜂的のドラゴンたちに食物を貢がせている。悪役を巨悪に見せるにはひたすら巨大に描くに限る。さらに吐く炎の規模が大きいほど好ましい。アニメ版に比べて実写版本作では,躯体も炎もかなりスケールアップしている。
【ロケ地,撮影方法,実写ならではの工夫】
今回の実写版がCGアニメ版の物語とほぼ同じであること,それを前提にデュボア監督は実写映画ならではの映像品質向上を目指したことは既に述べた。2度目の試写を観て,細部を点検すればするほど,同一監督でゆえになし得た臨場感表現だと感心した。以下は,公式のプレス資料の他に,監督やFramestore社が公開しているメイキング映像を基にしていることを断っておきたい。
■ アニメ版のCGクオリティは,登場人物の顔立ちは意図的に漫画風の素朴なタッチで描いている。第1作の2010年当時は,既に写実的表現を追求することから脱し,アニメらしさを強調し始めた頃である。それでいて,甲冑や武具の光沢感はしっかり表現されていたし,人物に比べて背景の方が写実性はやや高い。各ドラゴンも漫画風に頭部や翼はかなり誇張したデザインだったが,アップのシーンでは皮膚の質感は低くなかった。こうしたCGモデルが既に存在していたが,実写版の本作では基本デザインは継承しつつも,背景に合わせて高画質のドラゴンに描き直していることは写真12〜15から明らかだろう。この間にCG技術が飛躍的に進歩したのではなく,単に方針の違いで,この程度のドラゴンは15年前から容易に描けた。
■ 実写化での質感向上の第一歩は俳優のヘアメイクや衣装で,次いで甲冑や武具にリアリティを持たせることは言うまでもない。アニメ版を継承しつつ改めてバイキング文化を調べ直して,細部をデザインし直し,手作りで兜や革製の鎧を作成している。写真19を見ると,衣装も兜も質感たっぷりで,さすが実写映画にしただけの価値があると感じる。ただし,この兜は通常のシーンでは金属製を使用するが,激しいアクションシーンには3Dプリンタで作った軽量ポリウレタン製の兜を使ったという。写真20では,族長ストイックの甲冑は金属製,船やトゥースの革製の拘束具は本物で,トゥースの身体はCGだろう。
■ バイキングは海を愛する武装集団で船は必需品だが,本作では実物大の船を作り,12トンの重さに耐え得る油圧制御式のジンバルに設置して大きな波による縦・横方向の揺れを表現したという(写真21)。即ち,船は本物でも海上で航行させてはいない。多数の船を描くシーンは,勿論CGである。では,海や波はすべてCG かと言えば,そんなことはない。かつてバイキングが活動した海や島をロケ地に選んで撮影し,かなり多数の映像素材を収集している(写真22)。具体的なロケ地は,フェロー諸島が主で,アイスランドやスコットランドの海岸や陸地も追加撮影している。ちなみにフェロー諸島とは,スコットランドの北,アイスランドの東南海岸とノルウエー西岸の中間地点にある島々で,グリーンランドと同様,デンマークの自治領の扱いである。バーク島は架空の島だが,このフェロー諸島の付近の島と考えるのが妥当だろう。
■ 本作の制作拠点は英国北アイルランドのベルファスト市のタイタニック・スタジオである。敷地内には「タイタニック博物館」があって観光名所となっているが,広大なバックロットの中に本作のバイキングの集落やドラゴンと戦う訓練場のセットを組んでいる。前者はCGでデザインした上で実物大の集落の個々の家を新築している(写真23)(写真24)。博物館の付属オープンセットとして見学可能にして欲しくなる出来映えだ。後者の組立の方が大掛かりで,完成後に海のすぐ側にあるようにVFX合成している(写真25)。ここの訓練場の中で,訓練生役の俳優がCG製のドラゴンと戦う(写真26)。
■ どの映画でも,目には見えないCG製の人間や動物相手に演技するのは俳優にとってはかなりの負担である。対象が同じ立ち位置にいるなら,何か目印を置くことが多い。それが動き回る場合は,大抵はブルーかグリーンの衣服を着た代役がしかるべき演技をする等の対策を講じる。本作のヒックのようにトゥースとの絡みが多い場合はどうするのだろう? 言葉は発しないが,表情変化が多いし,ヒックとは大きさがまるで違う。出会いから,手作りの尾翼をつけ,心を通わせるまでだけでもかなりの絡みがある。ハリウッド資本の大作なら,せめて頭部だけでもアニマトロニクスを導入し,表情変化をつけてヒック役の若手俳優を誘導することが好ましい。後でCGに置き換えるならば,『エイリアン:ロムルス』(24年9月号)のような外観まで精巧なアニマトロニクスでなくても,トゥースに表情変化があるだけで,俳優は感情移入しやすくなる。そう考えたのだが,当たらずとも遠からず程度だった。遠隔機械制御のアニマトロニクスは一切使わず,大きな張りぼての頭部パペットを作り,昔ながらの操り人形方式で目,耳,顎を動かし,表情をつけたとようだ(写真27)。この頭部は不気味にも見えるが,滑稽にも見える。俳優が笑い出してしまわないかと思ってしまう。このパペット操作の試行錯誤で,トゥースの喜び,怒り,好奇心,恐怖心等を表現し,そのデータは最終的なCG描画に活かしたという。なるほど,写真28 はトゥースの警戒心がよく表現できているし,写真29 はアニメ版に比べて,落ち込むヒックをトゥースが心配げに眺めている感じが見事に描けている。ただし,このパペット操作はかなり大掛かりで,頭部担当の1人の他に,胴体に1人,長い尾には3人の計5人がかりで動かしていたようだ。
■ ヒックとトゥースの出会い,訓練場での最終試験も見どころであったが,実写版最大の魅力はヒックを背にトゥースが空高く飛翔し,海面すれすれに滑空するシーンの素晴らしさである。CGアニメ版ならヒックとトゥースを1セットにして適当な動きをつけるだけで済むが,背中のM・テムズを実写撮影するとなるとそう簡単ではない。乗馬練習機のような装置を導入し,それを上下左右に揺らしていると想像した。これは当たっていたが,筆者の予想よりも遥かに大掛かりな撮影であった。バイキング船用のジンバルよりは小型だが,もっと機敏に動くモーションベース装置に首から前だけのドラゴン模型を乗せ,乗馬用の鞍や鐙で俳優を支えている(写真30)。太陽光も表現に必要な照明を設置できる大きなスタジオを準備し,試行錯誤する場合は,専任の操作者が別室からジンバルの動きを制御している(写真31)。複雑な動きが必要な場合は,予めCGシミュレーションした上で,設計した動き通りに揺動させている(写真32)。双頭のダブル・ジップの場合は,背に乗る2人分を並置させ,同期を取る必要がある(写真33)。さらに横方向の回転(ローリング)を重視する場合は,長い柱状のプラットフォームを導入し,その上に着座位置を設けている(写真34)。このメイキング映像は眺めているだけで楽しかった。それを観終えてから再度本編を観ると,さらに楽しかった。さすがハリウッド大作と言える撮影方法で,それを選んだデュボア監督も大した眼力と実行力である。
【その他のCG/VFXの見どころ】
■ 既に数多くのCG/VFXシーンを掲載したが,漏れたものも紹介しておく。多数のドラゴンが空を舞うシーンは何度か登場する(写真35)。個々の種類はとても識別できない。本作でのドラゴンはすべてCG製である。本番撮影時に使ったパペットもジンバルの上に乗せた模型もすべて後処理でCGに置き換えているし,ドラゴンが吐く炎もCGで描き加えている。人間は基本的には俳優が演じているが,写真36ような多数の兵士はおそらく一部は実写で,残りや背景はCGだろう。どこがその境界なのかは識別できない。あるいはすべてCGかも知れない。
■ 撮影方法だけ紹介したが,肝心のヒックとトゥースの飛翔シーンの画像を列挙しておこう。大空高く舞い上がり,バーク島の山の上,崖の側,海の上を移動しながら一巡りする映像は頗る美しい(写真37)。是非大きなIMAXスクリーンで観て欲しい。ヒックが識別できないほど小さいシーンの場合,CGを描き加えただけなのは明らかだが,背景はバルト海や北大西洋で撮影した映像そのものか,それをディジタル的に編集・加工したものなのかは判然としない。写真38 は前項の方法で撮影したヒックとCG製のトゥースの合成だが,こちらも下に見える島がフェロー諸島の実映像か,それを参考にしたCGなのかは分からない。圧巻は,この飛翔シーンの後半で海面近くを飛んで来て,岩の隙間をくぐり抜けるシーケンスである(写真39)。似た光景は実在したのかもしれないが,素材撮影はヘリからであり,ドローンではなかったので,こんな視点移動は不可能だ。よって,岩も海もCG製に違いないが,まるで自分がヒックになって体験した気になり,興奮してしまう。3D映像ならもっと興奮したと思うが,日本では3D上映されないのが残念だ。3Dで観た『アバター』(10年2月号)は,マウンテン・バンシーなる怪鳥に乗って山岳地帯を飛行するシーンが絶品であった。ただし,パンドラ星は架空の星であり,岩山が空中の浮遊している光景は現実には有り得ないと誰もが思ってしまう。それに対して,本作の飛翔シーンはフェロー諸島近辺に実在する景観なのかと思わせてくれる分,より価値があると感じた。
■ 見応えとしては,この飛翔シーンには敵わないが,終盤のラスボスとの戦いもしっかり描かれていた。ただし,アニメ版とは少し受ける印象が違う。アニメ版のような詩的な感じはしないが,VFX大作の壮大感を重視している。何しろ,レッド・デスが吐く炎が凄まじい(写真40)。この映画全体で炎の使い方が見事だが,実物の炎を使ったシーンとドラゴンが発するCG製の炎の使い分けや境界は全く分からなかった。(少しネタバレになるが)炎が飛び移り,トゥースの翼が燃えて穴が空く描写に感心し,ドキドキした(写真41)。結末は分かっているはずなのに,炎の中の落下シーンは,自分が炎に包まれた気分になる(写真42)。さらに余談になるが,写真43のヒックの足に注意されたい。何が起こったのか,誰がこの処置をしたのかは,観てのお愉しみとしておこう。アニメ版を観手いる読者は思い出すだろうが,これで喪失感を感じるか,未来への希望に繋がるかの余韻を少し変更したように感じた。
■ 本作のCG/VFXは,Framestoreの1社での独占的な作業の産物である。3D変換のみをClear Angel Studioが担当している。先月の『ジュラシック・ワールド/復活の大地』も,ほぼILM 1社での請負であった。少し前までは約10社が参加していたのに,急遽1社態勢になりつつある。これはユニバーサル映画だけのことなのか,VFX業界の業態変化の前触れなのかが気になっている。
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