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O plus E誌 2010年2月号掲載
 
 
 
アバター』
(20世紀フォックス映画)
 
      (C) 2009 Twentieth Century Fox  
  オフィシャルサイト[日本語][英語]  
 
  [12月23日よりTOHOシネマズ日劇ほかにて全国ロードショー公開中]   2009年12月21日 TOHOシネマズ梅田[プレミア試写会(大阪)]  
         
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
  これぞ,3D映像時代の本格化を告げる記念碑的大作  
   本号が出る頃には,既に公開後1ヶ月以上経っているはずだが,まだBox Office Chartを快走していることだろう。試写会が間に合わず,先月号で紹介できなかったが,当欄としては何ヶ月遅れでも語らざるを得ない作品だ。何しろ,ジェームズ・キャメロン監督の『タイタニック』(98年2月号)以来12年ぶりの劇映画である。着想から14年,製作に4年以上かけたという代物だ。3D映像技術にことさら熱心なキャメロン監督のこだわりは,3D版予告編を観ただけで直に伝わってきた。
 世界一斉公開のはずが日本だけ遅れ,しかもプレミア試写会は一般公開の前々日だった。研究室の忘年会と重なったので,公開日まで待とうかと思ったが,意を決して大阪まで駆けつけた。キャメロン監督が来日し,舞台挨拶の模様を東京・六本木から大阪・梅田へ3D生中継するという。映画自体もさることながら,この3D中継の画質を確認したかったからである。その模様は後述するとして,会場はぎっしり満席で,熱気に溢れていた。「こういう話題先行の映画は,大抵虚仮威しなんだよなぁ」と声にする観客もいたが,観賞後,彼はこの発言を恥じたことだろう。まさに,本格的3D映像時代の到来を告げるに相応しい逸品だった。あのジェームズ・キャメロンが伊達に12年間を過ごしていたわけはなかった。
「アバター(avatar)」とは,「分身」「化身」を意味していて,仮想電子社会「ハビタット」や最近の「セカンドライフ」等で,利用者の代役として画面に登場するアイコン・キャラクターもこう呼ばれている。この映画の時代設定は22世紀で,荒廃した地球から5光年離れた惑星パンドラが舞台だ。地球では,この星に眠る貴重な地下資源アンオブタニウムを得るため,先住民ナヴィにそっくりのアバターを創り上げ,ナヴィ族と接触し,立ち退かせようとする計画が進行していた。下半身不随の元海兵隊員ジェイク・サリーは,アバターを操って潜入調査の任務に就くが,やがてナヴィの族長の娘ネイティリと恋に落ち,ナヴィ族との全面戦争を辞さない地球軍の前に立ちはだかる決断をする……。
 主人公のジェイクには,『ターミネーター4』(09年7月号 )で脳と心臓以外はマシンのサイボーグを演じたサム・ワーシントンが抜擢された。ヒロインのネイティリには,『スター・トレック』(同6月号)でTOS乗務員の紅一点ウフーラ役だったゾーイ・サルダナが起用された。ただし,本作では素顔は見せず,CG化されたナヴィの下地となる演技だけだ。ジェイクを助ける植物学者グレース・オーガスティン博士役にシガニー・ウィーバーというのが嬉しい。キャメロン監督の出世作『エイリアン2』(86)でのリプリー役が懐かしい。
 SF/宇宙ものでお馴染の俳優を起用しているが,パンドラ星の景観やナヴィ族の様子,様々なクリーチャーなどは,むしろ『ロード・オブ・ザ・リング』3部作のようなファンタジーの世界観に近い。ナヴィの森での戦いは,同じP・ジャクソン監督版の『キング・コング』(06年1月号)も彷彿とさせる。実写部分はすべてニュージーランドで撮影され,VFXの主担当がWeta Digital社であることも無縁ではないだろう。ロマンチックな木の精の登場場面など,ルックやテイストが近く,『ロード…』シリーズのファンは本作品も気に入るに違いない。一方,物語のタッチは,むしろかつての西部劇に近い。新天地を求める白人と原住民の戦いの中で,騎兵隊の偵察将校がインディアンの娘と恋に落ちる物語という構図がぴったり当てはまる。
 シンプル過ぎるストーリー,かつて観た映画を思い出させる既視感に対して,低い評価を下す批評家もいるが,そんな批判など百も承知の上で書かれた脚本だと思う。高邁なイデオロギーを難解なメッセージとして発することなく,侵略者のエゴや環境破壊への警鐘を自然な形で盛り込む技は見事だ。ハリウッド大作の方程式を守り,尺の長さと観客のレベルを考慮した上で,一般観客にはしっかり入場料分の満足度を与えている。同時に同業の映画人には,とても敵わないと感じさせる新しい映像を見せつけ,映画製作が進むべき道も暗示している。完全主義者J・キャメロンの真骨頂である。
 
   
  一流のアーティストを集め,最新技術をフル活用  
   以下,技術面を中心とした筆者の感想である。
 ■ キャメロン監督は,『タイタニック』(97)の大成功の後,ドキュメンタリー映画『ジェームズ・キャメロンのタイタニックの秘密』の撮影に当たり,自ら投資して深海撮影可能な3Dカメラを特注したことは,同作品の紹介記事(03年10月号)で書いた。これは,ソニーHDC-F950を2台使用したもので「リアリティ・カメラ・システム」と呼ばれていたが,現在は「フュージョン・カメラ・システム」と名を変えている。本作品の撮影(写真1)には,HDW-F900かHDW-900Rをベースとしたものを使ったようだ。先駆者で研究熱心な上に,もはや2D映画は撮らないと広言しているだけあって,3D空間の使い方が巧みだと感じた。最近の3D映画は,観客側への飛び出しを多用せず,スクリーン面を基準面とし,そこから奥行きを表現することに大転換している。ちょっと奥行き偏重過ぎると感じるくらいだ。その点,本作品は少し原点回帰して,随所で飛び出しも混ぜている。前後方向での空間の使い方が上手いというのが,日本のある映画監督の感想だ。
 
   
 
写真1 フュージョンカメラとジェームズ・キャメロン監督
 
   
   ■ 3D上映方式に関して,筆者には2つのサプライズがあった。画面がビスタサイズでなくシネスコサイズを採用していたこと,3Dかつ日本語字幕での上映であったことだ。これまで,3D上映は日本語吹替え版が常識で,実写映画の場合はビスタサイズばかりが使われてきた。シネマスコープするのにアナモルフィックレンズを介すので,画素数に限界があるデジタルHDカメラとデジタルプロジェクタでは,両端部分で画質の低下が避けられないとされていたからだ。この問題をどう解決したのかは不明だが,シネスコサイズを選んだのは大正解で,ワイド画面は本作品に相応しい。
 ■ 3Dでの日本語字幕も,これまで目に良くないという理由で避けてきたに過ぎない(後日調べてみると,先月号の『カールじいさんの空飛ぶ家』も3D字幕版が公開されていた)。この一線を越えるからには,工夫も凝らしてあった。まず,字幕は白ではなく,黄色みがかっていた。文字は少し丸みのある字体で,影付きのフォントを採用している。そして,1カットごとに,前後方向での字幕を置く位置を調整している。眼鏡を外して眺めれば,文字の二重写しの度合いがカット毎に違っているのが分かるだろう。それでも,字幕設定位置より手前の物体に字幕が重なった時には,少し奇妙な感じがする。この現象を極力避けるため,随所で画面内での字幕の高さも変えてあった。この面倒な作業のため,日本公開が遅れたのだろうと想像する。
 ■ 大阪では,TOHOシネマズ梅田のシアター2での試写上映だったが,映像の画質も素晴らしかった。この劇場では2Kプロジェクタでの上映のはずだが,この完成披露試写だけ4Kプロジェクタを導入したのかと思えるほどだった。それだけきめ細やかな映像に仕上げられていたからだろう。ならば,本格的なデジタル上映には4K以上が必要という話は,一体何なのだろう? これまでのフィルム上映では,相当劣化した映像を見せられていたということになる。東宝系や松竹系シネコンが採用している液晶シャッタ眼鏡のXpanD方式は,他方式よりも画面が暗くなりがちだが,この映画はあまりそう感じなかった。眼鏡を外すと,通常の映画よりも随分明るい。3D版は最初から普通より明るめのデータで配給されているのだろう。もっとも,後日同方式の他のシアターで再度観た時は,少し暗く感じたから,この試写会場のプロジェクタの光量が十分で,丁寧に調整されていたのだと思う。3D映画は上映方式の違いだけでなく,シアター個々の設備の影響も大きい。
 ■ 物語は単純でも,J・キャメロンが創ったこの映画の素晴らしさは,最新技術をフルに駆使した映像に見合った超一流のデザイン,それを活かすだけの世界観にある。まず,パンドラ星の生態系とナヴィ族が棲む森の設定が素晴らしい。強力な磁場で空に浮遊するハレルヤ・マウンテンのシーン(写真2)はSF的であり,魂の木の存在はファンタジーだ。熱帯雨林のような森(写真3)の造形が秀逸だし,それを縦横無尽に捉える構図やカメラワークも非凡だ。ほぼ全ての映画人が,もうこれだけで新時代の映像だと感じるはずだ。ニュージーランドの自然を生かしたとはいえ,相当高度なCG合成を駆使したはずで,PreVizレベルで細部に渡るカメラワークとカット割りが決定されていたと思われる。そう感じて観ていたのだが,この森のシーンはフルCGでの制作だったという。そーか,これが全部CGとは……。それはそれで凄いデザイン力とモデリング力だ。
 
   
 
写真2 幻想的なハレルヤ・マウンテン浮遊シーンに驚かされる
 
   
 
写真3 ナヴィ族が棲む森。これが全部CG表現とは驚き!
 
 
 
   ■ アバターという設定もナヴィ族のデザインも,実によく考えられている。アバターは,先月号の『サロゲート』に登場する遠隔操縦のアンドロイドと,基本概念は同じである。サロゲートは椅子に座って操縦したのに対して,この映画のアバターは操作者(ドライバー)がカプセルに寝そべって入り,意識を結合させることで動作させる。サロゲートは人間そっくりなので,若作りメイクの俳優が演じるだけで済んだが,平均身長3mで手足が長いナヴィ族やアバターは勿論CG技術の産物だ(写真4)。両眼立体視特有の現象として,人間は小顔で細面に見えがちだが,それを逆手にとって,このデザインにしたのだろう。地球人類と混在させたシーンで,その大きさが際立つ大きさ設定も巧みだ。  
   
 
写真4 ジェイクのアバターが誕生。身長は人間の5/3倍。
 
     
   ■ このCG製のナヴィやアバターはまるで生きているかのようだ。確実に『ロード…』のゴラムより進化していることが分かる。一部のシーンだけでなく,ほぼ全てのシーンが俳優の演技をキャプチャーして作られている。『ポーラー・エクスプレス』(04年12月号)や『ベオウルフ/呪われし勇者』(07年12月号)でR・ゼメキスが開拓したパフォーマンス・キャプチャーをさらに深化させ,とりわけ顔の表情表現を高精度化している(写真5)。「エモーショナル・キャプチャー」なる用語は,言い得て妙だ。ポスターや予告編での男女のルックスだけで,この映画を毛嫌いする女性たちもいたが,騙されたと思って映画館に足を運んで欲しい。ナヴィ族の中で,彼ら2人は美男美女であり,恋を語り合うに相応しい表情に仕上がっていると感じることだろう。  
   
 
 
 
 
 
写真5 エモーショナル・キャプチャの様子(上)と完成映像(下)
 
     
   ■ クリーチャーデザインは,お馴染みのスタン・ウィンストン・スタジオの担当だが,いつにも増して気合いが入っていた。馬に似たダイアホース,犀に似たハンマーヘッド等も上々だが,黒い狼のようなヴァイパーウルフ(写真6)の精悍さと素早い動きが見ものだ。何よりも目を見張ったのが,バンシーと呼ばれる翼竜のデザインと空を飛ぶ姿だ。類したクリーチャーは過去にも見かけたが,これまでで最高のCGクリーチャーだろう。スチル画像が全く公開されないのが残念だ。ナヴィが乗り,多数のバンシーが空を飛ぶ姿は壮観である。  
   
 
写真6 疾走するヴァイパーウルフ。動物はすべて6本脚。
 
     
   ■ 本欄では,毎度未来の情報機器の形態や形状もチェックして来たが,その点でもこの映画は抜かりがなかった。透明で若干湾曲した個人ディスプレイ・モニターのデザインは素晴らしい。複数人で囲む立体ディスプレイ(写真7)も見事な描写で,薄型でハンディな端末もお洒落だ。地球軍が繰り出す戦闘ヘリやロボットのデザインも秀逸で,手抜きの『サロゲート』とは雲泥の差だ。細部に至るまでしっかりした世界観で貫かれているゆえのデザインだ。  
   
 
写真7 基地内に設置された3Dディスプレイ
 
   
   ■ 前半はパンドラ星やナヴィ族の紹介が中心だが,後半1時間余は息もつかせぬ展開になる。戦闘シーンのデザイン,構図,カメラワークまでも見事としかいいようがない(写真8)。見応えがあり,迫力もあるが,それが長過ぎないことも,この映画を引き締めている要因だ。とにかく,すべてにおいてジェームズ・キャメロンは上手いと褒めざるを得ない。CG/VFX担当は前述のWeta Digitalで,他にILM,Framestore,Hybride,Hydraulx,Prime Focus,BUF等の各社が参加している。映画におけるCG/VFX利用は,J・キャメロンが開拓した世界とはいえ,それを3D映画の中で,見事に結実させた記念碑的作品だ。  
   
 
 
 
写真8 戦闘ヘリのデザインも戦いの演出も上々
(C) 2009 Twentieth Century Fox. All rights reserved.
 
   
  舞台挨拶の模様を専用回線で3D生中継  
   東京会場と大阪会場を結んでの舞台挨拶の3D生中継にも触れておこう。これはTOHOシネマズ 六本木ヒルズのシアター7から同梅田のシアター2に,同社のNGN(Next Generation Network)を介して行われた立体映像の中継であった。これは一方通行ゆえに大阪会場だけ見られたので,ちょっと得した気分になった。大作ゆえのプロモーションの一部とはいえ,商業レベルでこうした3D-HD映像生中継が行われるのは喜ばしいことだ。
 3Dの効果を見せるため,舞台挨拶だけでなく,東京会場にゲスト(赤井英和,神田うの等)が次々と入場して来るシーンも伝送されてきた。うまく遠近感を演出できる撮影ポイントを選んであったのだろうが,これは効果的だった。舞台挨拶自体は,動きが少なく,カット割りやズーム等を縦横に駆使することはできないハンデがあるが,立体感・臨場感のテストとしては価値があった。
 カメラはSony HDC-T1500を2台使い(写真9),ハーフミラーで合成し,サイド・バイ・サイドに配置合成する方式が採用されていたようだ。最近,Blu-rayでの3D映像記録として提案されている方式だ。これを大阪側で24pに再構成し,XpanD方式で上映した訳である。非圧縮ではなく,AVC/H.264にて約30Mbps に圧縮した伝送だそうだが,映像は想像した以上にきれいだった。花束を受け取るキャメロン監督の手までが,はっきりと捉えられていた。
 まだ改良の余地はあるが,この品質なら,舞台中継,イベント中継の3D化にも十分に耐えられると思う。大きなシアターのスクリーンで,この種の中継を観る習慣が根づくか,それとも家庭用TVの3D化が先か,楽しみではある。過去のブームとは一味違った3D映像ブームが到来しているが,その大きなきっかけとなったのが,ジェームズ・キャメロンの『アバター』であることは間違いない。
 
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写真6 ソニーPCLが用意した3D映像撮影装置
 
   
     
  (本稿は,O plus E誌掲載分に本文は加筆,画像も追加したスペシャル版となっています)  
   
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