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O plus E 2020年Webページ専用記事#1
 
 
クロース』
(Netflixオリジナル映画 )
      Netflix映画『クロース』
 
  オフィシャルサイト[日本語][英語]    
  [2019年11月15日よりNetflixにて独占配信中]   2020年1月18日 Netflix配信動画を視聴
       
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
  アニメ界のベテラン監督が描いたオリジナル物語  
  短評欄の『失くした体』と同様,アカデミー賞長編アニメ部門にノミネートされるまで,この映画を知らなかった。例によって,Netflix配信作品は試写案内が来ないし,ゴールデングローブ賞の候補にもなっていなかったからである。
 表題は「Cloth」か「Close」のカタカナ表記なのかと思ったが,原題は『Klaus』だった。サンタクロースの誕生秘話なのである。道理で,クリスマスの1ヶ月以上前の11月15日からネット配信されていた訳だ。いかにも少年少女向きの童話で,クリスマスものの定番をCGアニメ化した『グリンチ』(18年11・12月号)とオリジナル脚本の『アーサー・クリスマスの大冒険』(11)を足して2で割ったかのような物語である。
 富豪のヨハンソン氏は,出来の悪い息子のジェスパーを鍛えるため,暗くて寒い辺境の町・スミレンスブルグの郵便配達員として派遣し,多数の郵便物を扱うことを命じる。何と,配達ノルマは6千通だ。ジェスパーは,この町で出会った人嫌いのオモチャ職人クロース爺さんと出会う。彼が作る精魂込めたオモチャは大人気であり,子供たちにオモチャをリクエストする手紙を書かせることを思いつく。クロース氏も奮起し,多数の子供たちにオモチャを配達する手はずであったが,長年争ってきた住民間の対立で計画は頓挫しかける。困難に直面し,ダメ男だったジェスパーの熱意が,次第に人々のわだかまりを解いて行く……。なかなか良くできた心温まる物語で,これならクリスマスの定番映画になっても不思議はない。Netflix配信のため,Box Officeランキングの上位に登場しないのが残念だった。
 そう感じたのだが,初見での筆者の評価は☆☆+だった。よくある3D-CGアニメの1つで,技術的には余り見るべきものないと思い込んだためである。これがトンデモナイ不明,最近の勉強不足ゆえであったことが後日判明し,恥じ入った。そのことは後述しよう。
 スペイン映画だが,オリジナルの音声は英語で,監督はセルジオ・パブロスとクレジットされている。どう観ても北欧を想定した物語で,Netflix資本で製作した映画が,何でスペイン映画なのだ?スペイン出身の監督が,同国で自ら運営するSergio Pablos Animation Studios(SPAスタジオ)を表に出した監督デビュー作品であるため,こう分類されているようだ。
 今まで名前を知らなかったこの監督は,ユニバーサル映画の『怪盗グルー』シリーズの総合プロデューサーであり,キャラクター・デザインの責任者であったという。即ち,あの大人気の「ミニオン」たちの生みの親である。そう言えば,手足を極端に細く描いているのも,怪盗グルーにそっくりだ。ソニー傘下のコロンビア映画『スチュアート・リトル3 森の仲間と大冒険』(06),20世紀フォックス配給の『ブルー 初めての空へ』(11)でもキャラクター・デザインを担当し,ワーナー・ブラザース作品の『スモールフット』(18年Web専用#5)では,原案と製作総指揮を務めているから,3D-CGアニメの大ベテランである。いやいや,さらに経歴を辿れば,元々はディズニー・アニメの出身で,『ヘラクレス』(97)ではアニメーター,『ノートルダムの鐘』(96)『ターザン』(99年11月号)『トレジャー・プラネット』 (02)ではキャラクター・デザイナーであったというから,伝統的なセル調2Dアニメの制作が,デジタル技術で変貌して行く過程を体験していた訳である。20年以上も最先端のアニメ業界に身を置いてきた経験が,本作の制作方法に深く関係していることは後で知った。
 
 
  多彩な経験と自らのスタジオゆえになし得た挑戦  
  ずばり言えば,2Dアニメのタッチを取り入れた3D-CGアニメだと思ったのが,全くその逆で,3D-CGのツールを最大限に駆使して制作した2Dアニメだったのである。では,その誤解の原因と筆者の失敗談,斬新な制作手法について順に語ることにしよう。
 ■ 本作の主役ジェスパーや他の登場人物を観て,当然3D-CGの産物だと思っていた。少し歴史を振り返ると,長編フルCGアニメの第1作『トイ・ストーリー』(95)の頃は,当然コンピュータ・パワーも限られていたから,オモチャ達は勿論,アンディ少年もママもかなりマンガ的なルックスであった。その後,背景はどんどんリアルなCG映像に進化して行くが,人物は2D時代と同様,2.5頭身程度の親しみやすい風貌のキャラが採用されていた。スタイルから顔つきまで人間に似せたフルCG映画としては,和製ゲームの映画化を試みた『ファイナルファンタジー』(01年9月号)が最初であった。ビデオゲームは3D化し,ひたすら写実性の向上を追求している時代であったから,まずリアルタイム・レンダリングの制約がない映画で,登場人物をリアルに見せたかったのだろう。その後,新技術の導入に熱心なロバート・ゼメキス監督が,『ポーラー・エクスプレス』(04年12月号)『ベオウルフ/呪われし勇者』(07年12月号)『Disney's クリスマス・キャロル』(09年12月号)の3作で,フルデジタル映画の可能性を見出そうとした。彼は,背景の写実性はどのようにも調節できるので,後は俳優さえリアルなCGで描ければ,映画革命が起こると考えたようだ。いずれも大ヒット作とならなかったためか,この路線はほぼ消滅してしまった。ただし,技術的にはどんどん進歩し,当欄で多数紹介する「実写+VFX」映画でデジタル・ダブルを利用することは,もう当たり前になっている。実在の俳優の顔を,さほど違和感なく若返らせることまでできるのは,『ジェミニマン』(19年Web専用#5)や『アイリッシュマン』(20年1・2月号)で証明済みである。
 ■ 一方,マンガ映画の系譜を引くファミリー映画としてのCGアニメであれば,擬人化された動物同様,主人公をかなりデフォルメされたルックスにしておくのは当然だった。人気の『ヒックとドラゴン』シリーズの「ヒック少年」,この監督が生んだ「怪盗グルー」から,最近のヒット作『ボス・ベイビー』(18年3・4月号)に至るまでしかりである。ただし,2D手書きのキャラを3D化するのは得策ではなく,どの角度からレンダリングしても通用するよう3D-CGでデザインするのが主流となる。ディズニー・プリンセスでは,ラプンツェル,エルサ,アナ,モアナ等は,最初から3Dモデリングされている。そこまで分かっていながら,いや分かっていたからこそ,ジェスパー,アルバ,子供たちは,すべて3Dでデザインして描画し,それを2D風に描き直しただけだと思っていた(写真1)。その大きな要因の1つは,ほぼ全員の目玉が真ん丸で,光っていたからである。今思えば,そう思わせるフェイクだったようだ。
 
 
 
 
 
写真1 この人物デザイン(特に目玉)を見れば,今でもCG製だと思ってしまう
 
 
  ■ 3D-CGがベースと思い込んだのは,背景もそれらしき描き方をしていたからだ。キャラをマンガ風に描く半面,背景をかなり高度でCG技法でリアルに描く場合と,背景もまた2Dアニメ風,絵画風にして,意図的にCGらしく見せない場合の2つに大別できる。ピクサー作品の多くは前者で,『トイ・ストーリー4』(19年7・8月号)では,実写かと見紛うほどのシーンが随所で見られた。3D-CGでレンダリングした映像を絵画調に見せるツールは「Toon Shader」と総称され,10数年前から当たり前のように使われている。それでもベースが3D-CGであるなら,構図やカメラワーク等は2Dアニメにない演出が可能である。手書きアニメーターを多数雇用するより,CGアーティストを投入する方がコスト減になり,(日本のアニメ業界を除いて)3D-CG全盛の時代が到来した。本作の場合,遠近感のある構図,いかにも3Dモデリングして絵画調に変換したと思しき場面(写真2)が随所にあったので,何も疑わなかった。写真3のように,見事なまでに多数のパーツを描き込んだシーンがあったことも,これはCG描写だと信じ込ませる一因であった。
 
 
 
 
 
 
 
写真2 背景は伝統的なアニメ・タッチだが,3D-CGが得意な遠近感や立体的な構図が使われていた
 
 
 
 
 
写真3 手書きだと困難と思える多数のパーツを描き込んでいた
 
 
  ■ 今にして思えば,クロース爺さんは,この監督がかつて担当した『ターザン』そっくりの画調である(写真4)。さすがに本作の中盤以降は,顔の表情もドタバタ劇風の動きも,クラシックな2Dアニメ調だと感じていた。それでもまだ,これは3D-CGであると疑わず,一体どうやってここまでの2Dテイストを盛り込んだのか,後でメイキング情報を入手して調べようと思っていた。実際,Netflix配信なので,一度観た後でも,何度でも好きなシーンを選んで熟視することができた。そこで初めて,これは部分的にそっくり2Dで制作して,3D制作映像と編集したのではないかと疑い始めた。そこで,「Here's What Made The 2D Animation ‘Klaus’ Look ‘3D’」なる記事を入手し,それで読んで初めて,これは2Dアニメを3D風に見せていただけだと知った。見事に騙された。不覚だった。
 
 
 
 
 
写真4 そう言えば,クロース氏のルックスは,『ターザン』の画法を想い出す
 
 
  ■ 最後まで3D-CGとしか思えなかったのは,どのシーンのどの事物にも,しっかりシェーディングが施されていたからである。上記記事を読むと,この陰影付けに至るまでにも,手書きスケッチからスタートし,様々なデジタル・ツールが駆使されていることが分かる(写真5)。アーティストのラフスケッチをきれいに連続線化し,動きをトラッキングし,彩色までの行程も,すべてツール類がほぼ自動処理してくれる。極めつけは陰影の付加である。写真6は本作の1コマではなく,企画段階で作られたサンプル画像らしいが,なるほどこの陰影表現を見れば,2Dベースでやらせてみようと思ったに違いない。一方,写真7は本作中の1シーンで,期待通りのクオリティに仕上がっている。予備知識なく,これを2Dアニメだと思えという方が無理というものだ。実際には,各シーン毎にレイヤーを分け,最大8レイヤーでライティングを付加したという。もはや,これを2Dアニメと呼ぶべきだろうか?
 
 
 
 
 
 
 
写真5 アニメーターの手書きデッサン自動処理で線画化→コンピュータが彩色→本作特有の陰影付加の手順。
普通の2Dアニメなら彩色までで終えるところだ。
 
 
 
 
 
写真6 これは製作前のコンセプト画像。なるほど,これなら,この企画を認めたくなる。
 
 
 
 
 
写真7 こちらは完成作品中のご自慢の1カット。2Dアニメでこの陰影づけは凄い。
 
 
  ■ ライティング以外にも,材質感を与える高度な手法が使われたようだ。3D-CGなら,各点や各面に表面属性を与え,マイクロテクスチャの物理的な反射特性を考慮したレンダリングを施すところだが,2Dだとそうは行かない。むしろ絵筆のペイントスタイルを決め,それに合った「テクスチャリング」を施したそうだ(写真8)。もうここまで来ると,2D制作,3D制作の両方を実体験した監督,アニメ界のマイスターゆえになし得た快挙であることが分かるだろう。3D-CG全盛時代に2Dアニメの良さをアピールしたかったこともあるだろうが,(筆者も見事に騙されたように)業界人をアッと言わせたかったのだと思う。
 
 
 
 
 
写真8 背景の壁面のテクスチャ表現も見事
Netflix映画『クロース』
 
 
  ■ 本稿の大半を書き終えたところで,1月25日(日本時間1月26日)にアニメ界のアカデミー賞と言われる「第47回アニー賞」の授賞式があった。結果は,本作が作品賞,監督賞を含む最多7部門で最優秀賞に輝いた。ノミネートされた全部門での受賞であるから,筆者と同様,本作に制作手法に驚かされ,それが賞賛に変わったのだろう。では,このままアカデミー賞長編アニメ部門のオスカーも獲ってしまうかと言えば,投票の母集団が違うので,そちらは『トイ・ストーリー4』が戴冠すると予想しておく。
 
 
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