head
titlehome略歴表彰学協会等委員会歴主要編著書論文・解説コンピュータイメージフロンティア
| INDEX | 年間ベスト5 | DVD特典映像ガイド | SFXビデオ観賞室 | SFX/VFX映画時評 |
title
 
O plus E誌 2002年3月号掲載
 
 
star star star
『ロード・オブ・ザ・リング』
(ニューライン・シネマ作品/日本ヘラルド&松竹配給)
 
(c)New Line Productions, Inc. All Rights Reserved.
       
  オフィシャルサイト[日本語][英語   (2002年1月31日 日本ヘラルド映画試写室)  
         
     
  ILMを脅かす超大作の出現  
   本映画時評としては,この時期になると気になるのがアカデミー賞の視覚効果部門だ。この号が出る前にはノミネート作品が発表されているはずだ。
 この業界をリードし,80年代から90年代前半まで常勝であったILM (Industrial Light+Magic)社が,1994年度を最後に賞に見放されている(表1)。95年度の代表作『ジュマンジ』はノミネートすらされなかったが,同じ動物ものなら,『ベイブ』の斬新なアニマル・トークに完敗したのは頷ける。96年度以降は毎年代表作がノミネートされるのだが,どうしてもオスカーまで手が届かない。実力No.1なのは誰しも認めるところだが,多少判官びいきもあり,新興勢力の新鮮なタッチの方に票が流れるようだ。また,SFX/VFXの技では引けを取らなくても,映画全体の評価に左右されるきらいもある。昨年度の『グラディエーター』がいい例で,駄作『パーフェクト ストーム』では太刀打ちできなかった。
 2001年度は,『ハムナプトラ2』『パール・ハーバー』『A.I.』『猿の惑星』『ジュラシック・パークIII』と主要作品はすべてILMが関与していたので,今年こそ王座復活は間違いなしと思われた。秋の話題作『ハリー・ポッターと賢者の石』にも参加していたので,ILM作品同士の戦いになるとさえ考えられた。ところがどっこい,年末にとんでもない超大作が待ち受けていて,一発大逆転の可能性が高まってきた。
 
 
表1 過去10年のアカデミー賞(特殊)視覚効果賞受賞作品
対象年 受賞作品名 主担当社名 ILMからのノミネート作品
1991 ターミネーター2 ILM
1992 永遠に美しく… ILM
1993 ジュラシック・パーク ILM
1994 フォレスト・ガンプ/一期一会 ILM
1995 ベイブ Rhythem & Hues
1996 インデペンデンス・デイ 特になし ツィスター
1997 タイタニック Digital Domain ロストワールド ジュラシックパーク
1998 奇蹟の輝き Mass. Illusion マイティ・ジョー
1999 マトリックス Manex Visual Effects スター・ウォーズ エピソード1/ ファントムメナス
2000 グラディエーター Mill Film パーフェクト ストーム
 
3作まとめて撮影済み
 クリスマス・シーズンに満を持して公開されたこの『ロード・オブ・ザ・リング』は,最初から大作の呼び声が高かった。原作はJ.R.R.トールキンの『指輪物語』。筆者の年代は1954年発表のこのファンタジー文学に馴染みがないが,子供たちに聞くと中学校で必ず名前を聞く名作だそうだ。その全3部作(単行本は各上下で全6巻,文庫本は全9巻で,評論社から刊行)を一挙に撮影し,これを毎年1作ずつ映画化して公開するという。最初から『ハリー・ポッター』シリーズとがっぷり4つに組んで競い合う構図だ。既に書店では,ハリポタに負けじと原著や関連本がどっさり平積みされている。ともに映画が契機になって,本を愛読する人が増えるのは喜ばしいことだ。
 製作は『フェイス/オフ』(97)『マトリックス』(99)等を手がけたバリー.M.オズボーン。監督はニュージーランド出身のピーター・ジャクソン。『乙女の祈り』(94)でヴェネチア映画祭銀獅子賞を受賞したというが,今までメジャーな存在ではなかった。この3部作をまとめて撮影するのに抜擢され,製作・脚本も担当し,大方の予想を遥かに上回る大ブレイクをした。ロケ地には彼の故郷ニュージランドが選ばれ,撮影は15ヶ月に及んだ。この自然に恵まれた国は,この物語の舞台である「中つ国」(Middle-Earth)を描くのにも最適だった。
 主人公のホビット族のフロド役に選ばれたのは,『ディープ・インパクト』(98)のイライジャ・ウッド。まだ弱冠20歳の青年だが,ギリシャ彫刻のような顔立ちは気品がある。仲代達矢の若い頃にもよく似ていて,目のむき方やシェークスピア劇風のセリフ回しもそっくりだ。助演陣は,魔術使いのガンダルフに『X-メン』(00)のイアン・マッケラン,エルフ族の女王ガラドリエルに『エリザベス』(98)のケイト・ブランシェットなど,沢山の役どころがあって書ききれないが,人間の戦士アラゴルン役のヴィゴ・モーテンセンが存在感を発揮していた。2作目以降も重要な役割を果たすだろう。
 闇の冥王サウロンが作った世界を滅ぼす魔力をもった「指輪」をめぐる物語である。魔法使いや人間の他に,ホビット族,ドワーフ族,エルフ族などが中つ国に住んでいる。ホビット族のビルボ・バキンが隠しもっていた指輪を引き継いだ従弟のフロドは,指輪のもつ魔の運命に巻き込まれる。ガンドルフの忠告により,この指輪を破壊できるモルドールの地に向うのに9人の「旅の仲間」が結成されるが,道中,指輪を狙う悪の勢力との数々の戦いが待ち受けていた。というのが,第1作目の概要だ。20世紀を代表する物語だけあって,冒険も友情も満載で中身が濃く,2時間58分も長く感じさせない。映画史に残る作品というのも過言ではない。
     
  無名のスタジオの実力に驚嘆  
   この映画のSFXやVFXを担当したのは,ニュージーランドのWETA FX社だ。ごく一部のシーケンスをデジタル・ドメインやリズム&ヒューズが請け負ったが,95%以上はWETAが引き受けたという。初めて聞くこの会社は1980年代中頃の設立で,現在は造形や特殊メイク専門のWeta Workshop社とVFX専門のWeta Digital社に分かれている。93年設立のWeta Digitalにはジャクソン監督自身も関与しているが,これまで映画のVFX経験はまだ数本しかなかったようだ。
 監督のコネで地元の無名スタジオを使ったのなら,分量も出来栄えもその程度なのだろうと思っていたのだが,これが大違いだった。映像を観て,まさしくぶっ飛んだ。
  筆者は,既にこの映画を3度観た。1度目は,日本での試写会が待ち切れず,豪州出張の折にメルボルンのシネコンで深夜興行に駆けつけた。公開後1ヶ月以上経っていたというのに,金曜夜の劇場は満席だった。どうせ全部は分からないからとセリフには注意を払わず,映像だけを注視していたのだが,冒頭の戦闘シーンの後は,花火や煙草の煙にCGを感じる程度で,しばらくVFXらしきシーンはなかった。ま,予想通りだなと感じた後に,圧倒的なスケールのVFXオンパレードとなった。分量的にもすごいが,そのクオリティの高さにただただ驚いた。翌日国際会議を抜け出して,もう一度市内のシアターに細部を確認しに出かけた。
 3部作全体の実写撮影は2000年12月に終了しているので,ポスプロには1年近くあった。なるほど,それに見合うだけの内容だ。以下,その要点である。
 ■とにかく全編にわたり映像のスケールが大きく,この物語の世界観にフィットしている(写真1)。それを可能にしたのが,WETA社のSFXとVFXだ。例えば,写真1左上は中国奥地の秘境を思わせる「裂け谷」のシーンで,左手前は実寸での撮影,他は模型ベースでCGの滝や植生を多重合成しているのだろう。『パール・ハーバー』並みの100層くらいはあると思われる。
 
     
 
写真1 壮大なスケールを感じさせるVFXの数々。
(c)New Line Productions, Inc. All Rights Reserved.
 
     
   ■右上は,後半の見せ場のアルゴナスの柱のシーンだ。この静止画を観たときは彫像だけCGかと思ったが,この後のカメラワークが大胆で,360°の視界すべてがディジタル映像らしい。むしろ彫像は模型をベースにしていると思われる。左下でのホビット達はクロマキー撮影での合成,右下はフルCGだろう。多数の柱が壮観で,そこに驚くべき数のゴブリン達がうごめく。
 ■このレベルのVFX多重合成が次々と現れる。固定視点なら驚かないが,思い切ったカメラワークとの組み合わせが秀逸だ。構図も素晴らしい。3度観て気がついたが,まず実写の俳優を意識させるアップで入り,次にカメラを思い切って引いて背景の壮大さを強調し,そこからぐるっと派手なカメラワークを見せる,というのが共通したパターンだ。一部はモーションコントロールかCGでしかあり得ない視点移動だが,継ぎ目は感じさせない。これは,プレプロダクションが相当しっかりしていないと全体がバラバラになってしまう。全編でCGによるPre-visualizationを行ったというから,アポロ計画並みのプロジェクト管理だったことだろう。
 ■写真2は,「モリアの洞窟」で遭遇するトロールだ。またこの手の怪獣なのかと思ったが,質感も動きも素晴らしかった。皮膚のレンダリングやモーションデータにも最新技術が使われている。これとは別の魔物バルログの動きや炎の処理もいい出来だ。監督や撮影監督が予めHMDをかけて,CGでのシミュレーションを確認し,カメラアングルを決めたという。その成果は明らかだ。
 
     
 
写真2 (上段左より)クレイモデルをスキャンして得た高解像度NURBSデータ(370万制御点),これを2万8千点に圧縮した低解像度版,低解像度版に高解像度版との差をディスプレイス・マッピングしたもの,色をつけた最終レンダリング結果。(下段)質感だけでなく動きも素晴らしいケイブ・トロールは,リアルタイム・モーション・キャプチャで実現
(c)New Line Productions, Inc. All Rights Reserved.
 
     
   ■2人の魔法使い,サルマンとガンダルフの対決シーンも見ものである。ワイヤー操作とディジタル処理の合わせ技とはいえ,老人2人がここまでのアクションを見せるのは驚きだ。ガンダルフが高い塔の上から鷲にのって逃げるシーンの構図力にも感心した。
写真3 冒頭の戦闘シーン。上:CGによる群集シミュレーション,中:前景の一部を実写撮影,下:最終合成映像。
(c)New Line Productions, Inc. All Rights Reserved.
 ■忘れてはならないのが,主役を務める身長1mそこそこのホビット族の表現だ。そんな俳優がいるわけはないので,新旧のさまざまな工夫が施されている。俳優の立ち位置と小道具の大きさで遠近法の錯視を利用する古典的な方法や,大小2つのセットを用意して別々に撮影したカットを繋ぐやり方,ホビットのみクロマキー合成,顔の見えないシーンでは小人や子供を代役に,等々である。ホビット達のアップには,バスト・ショットが多用されている。多少不自然さを感じるシーンもあるが,全体としては,よくぞここまで騙せたものだ。
 ■写真3は,冒頭の戦闘シーンのメイキングである。群集シミュレーションは,むしろ後半のオーク族の襲撃シーンの方が凄い。既製プログラムでなく,ここにも独自の新手法が使われている。AIのエージェント手法により,それぞれは衝突を回避し,敵と戦い,それでいて群集として調和のとれた振る舞いをする。各オークには約300の動きサイクルが与えられ,全体として10,000人の戦闘集団を形成したというから恐れ入る。
 ■洪水の中から白馬が浮かび上がるシーン(ここだけがデジタル・ドメイン製らしい),無数の鳥の襲撃,等々,メモを見なければ思い出せないVFXも少なくない。最近は優れた既存ツールがあり,大手スタジオでも1本あたりの新手法の開発は3〜4つだというのに,この作品には27もの新技術が開発・導入されたという。
 
     
  技術の進歩が映画を変えた  
 
 世界は広い。こんな作品を作れる監督,スタッフがニュージーランドにいたのだ。この映画のために200人以上のプロが世界中から集められたというが,それを統率する力が要る。英国,オーストラリアとともに英語圏だから有利なのだろうが,日本はとても太刀打ちできない。アカデミー視覚効果賞はこの作品で決まりだろう。映画としての出来が段違いだから,ILMの『パール・ハーバー』はまた涙を飲むことになりそうだ。意外な結末になるとすれば,皆がそう思い込んで,同情票が集まる場合だけだろう。
 素晴らしいVFXを支えているのは,Weta Workshopの造形物制作能力である。この映画のために,1,200の甲冑,2,000の武器,68のミニチュア,12種類のクリーチャーを作った。特殊メイクの腕もいい。
 音楽はエンヤの新曲2曲が話題を呼ぶだろうが,全体としてクラシック調で重厚さを醸し出している。THX立体音響も効果的に使われている。しっかりした原作があり,撮影は済んでいて,これだけのスタッフがそろっているのだから,残り2作の品質は保証つきだ。『ハリー・ポッター』も負けじと,2作目以降をぶつけてくることだろう。映画ファンには楽しみが増えた。
 準メジャーでB級作品中心だったニューライン・シネマにとっては,社運を懸けての意思決定だっただろうが,その賭けは見事に成功した。最近,VFX多用作に駄作が多かったが,これで評論家たちの目も変わるだろう。『ターミネーター2』から丁度10年,その充実ぶりは感慨新ただ。技術の進歩が映画を変えてしまった。
 
     
  ()  
   
  Page Top  
  sen  
 
back index next
 
     
<>br