O plus E VFX映画時評 2026年3月号掲載

その他の作品の論評 Part 1

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


■『しあわせな選択』(3月6日公開)
 今年のGG賞で「作品賞(M/C)」「主演男優賞(M/C)」「非英語映画賞」の3部門にノミネートされた韓国映画である。受賞は逃したが,トロント国際映画祭の観客賞をはじめ,前哨戦の多数の映画祭で受賞し,批評家と観客の両方から高い評価を得ていたので, アカデミー賞の有力候補と目されていた。蓋を開けると,別項の『ウィキッド 永遠の約束』と本作の名前がどこにもないのが意外であった。
 監督・脚本は,韓国の名匠パク・チャヌク。何しろ,日本の劇画を映画化した『オールド・ボーイ』(04年11月号)の印象が強烈だった。ハリウッド・デビュー作の『イノセント・ガーデン』(13年6月号)も見事なサスペンス・スリラーに仕上げ,サスペンス・ロマンスと称した最近の『別れる決心』(23年1月号)でも健在ぶりを見せてくれた。その彼が本作の主人公に選んだのは,韓流トップスターの地位を保ち続けているイ・ビョンホン。この2人のタッグは何本もあるのだと思っていたが,大ヒット作『JSA』(00)以来,21年ぶりの主演起用というのが意外だった。このコンビで,さぞかし洗練された恐ろしいスリラーを見せてくれるだろうと期待した。もう1つ意外だったのは,まるでホームドラマや甘いラブロマンスを思わせるような表題だった。「そんなはずはない。きっと緊迫感あふれたサスペンスドラマのはずだ」と自分に言い聞かせて,マスコミ試写に臨んだ。
 主人公のユ・マンス(イ・ビョンホン)は製紙会社ソーラーペーパーのエリート管理職で,広い庭と温室のある郊外の邸宅に住んでいた。夫の出世に満足な妻ミリ(ソン・イェジン)との関係も良好で,息子&娘との4人暮しである。娘は2階の広いベランダでチェロの練習に励み,庭には犬が2匹いる。これじゃ,題名そのものの「何の不自由もない幸せな中流生活」だ。そんなはずはない。
 と思ったのも束の間,買収されて会社が米国企業の傘下に入ったため,20%リストラを余儀なくされ,25年も勤務したマンスがその対象となってしまった。3ヶ月以内に再就職先を見つけると宣言したものの,スーパーのアルバイトしかない。13ヶ月経って受けた別の製紙会社の面接にも失敗する。住宅ローンが払えなくなり,止むなく自慢のマイホームの売却,妻もミリも歯科医の助手になって働き始めるなど,最低限の生活が始まった。とはいえ,終始コメディタッチで進行する映画だった。
 マンスは日本市場を開拓して成長を続けるムーン製紙への就職を目指したが,同社のソンチョル班長(パク・ヒスン)から屈辱的な扱いを受ける。彼のポジションこそ自分が就くべき席だと感じたマンスは,驚くべきアイディアを思いつく。「ライバルをすべて消してしまえば,すべて自分のものになる」と確信した彼は,父親がベトナム戦争時に使っていたライフル銃を探し出した……。
 コメディタッチは続いたが,後半は思いもかけない展開となった。iPhoneの窃盗,愛人との浮気,歯痛,ヘビの出現,ダンスパーティ…,その上に銃撃が渾然となって登場すると言われても,展開や結末はとても想像できないだろう。すべては観てのお愉しみである。全編がブラックユーモアであり,邦題の『しあわせな選択』は見事な皮肉である。英題の『No Other Choice』と言い換えると,主人公のアイディアと符合する。
 すべてが製紙業界内での出来事というのが印象的だった。製紙工場は大規模な設備を必要とするため,リアリティを重視してほぼすべて本物の製紙工場でロケを行ったという。デジタル化の進展,出版業界の縮小により業界の再編,人員削減は,現実にこの業界が遭遇した社会現象らしい。最後に登場する「無人化工場」の描写に驚いた。とりわけ,巨大ロール紙からレーザー光で1枚の紙を切り出すシーンは圧巻だった。大半はCG描画で,未来像の視覚的メタファーとして描いたのだろう。

■『ブルームーン』(3月6日公開)
 こちらも上記と同様,GG賞で「作品賞(M/C)」「主演男優賞(M/C)」にノミネートされたが,受賞は叶わなかった。ところが,本作はアカデミー賞でも「主演男優賞」が生き残り,「脚本賞」ノミネートも加わり,2部門で約10日後の授賞式での栄冠を待つ形となっている。監督はこちらも名匠のリチャード・リンクレイターで,本作ではブロードウェイの伝説的作詞家ロレンツ・ハートを取り上げ,彼が訪れたパーティで過ごす一夜を描いた映画だという。主演はイーサン・ホーク。リンクレイター作品の常連で,『恋人までの距離』(95)の主演を皮切りに8作品に出演したが,本作は『6才のボクが,大人になるまで。』(14年11月号)』以来,久々のタッグである。L・ハートは作曲家リチャード・ロジャースと数々の名作ミュージカルを生み出した。“Blue Moon”は,彼が作詞した名曲の1つとのことである。
 映画は,雨の夜に鼻歌混じりで歩いていた男が路上で倒れるシーンから始まる。翌日のニュースが,高名な作詞家ロレンツ・ハートが48歳で死亡したことを伝える。場面は7ヶ月前の1943年3月31日に移る。ミュージカル「オクラホマ!」の初演の舞台を見ていた男が,NYの街を歩き,「サーディーズ」なる店に入って,バーのカウンター席に座る。馴染みの店らしく,顔見知りのバーテンダーのエディ(ボビー・カナヴェイル)と会話を始め,そこから延々とこの男の長広舌が続く。20分以上,彼がL・ハートを演じるE・ホークであることに気がつかなかった。ハートは途中から登場して,この男と絡むシーンが始まるのだと思っていた。
 パーティ会場らしくなかったこともあるが,何よりもE・ホークとは似ても似つかぬ貧相な小男であったからだ。E・ホークは若い頃から颯爽としたイケメン男優だった。9年おきに製作したリンクレイター監督の『ビフォア』3部作で,彼が年齢を重ねて渋い男優に成長して行く過程も見ていたので,こんな頭髪が薄くなった醜男を演じているとは考えもしなかった。話の前後から,ようやく彼がハートだと気付いた。その後は,頭部や顔面はメイクで誤魔化せるが,どうやって約150cmの小男を演じているのかを注視した。大半は椅子に座ったまま演じていたし,他の人物と一緒のシーンは上半身しか映らない。唯一彼の全身が見えるシーンは後ろ姿であったから,この場面はその身長の代役を起用したのだろう。ちなみに,E・ホークの実際の身長は179cmである。
 物語は,「オクラホマ!」の舞台の2次会パーティがこの店で開催されるという設定である。R・ロジャース(アンドリュー・スコット)が新たなパートナーのオスカー・ハマースタイン2世と作った新作ミュージカルの出来映えが素晴らしかったことに嫉妬して,途中で劇場を抜け出し,先に店に来ていたのであった。ようやくパーティ客も多数やって来るし,ハートが思いを寄せるエリザベス(マーガレット・クアリー)も姿を見せる。なかなかの美人で,勿論,ハートの片思いだった。
 この映画の中でハートの登場場面は80%以上,いや95%以上かも知れない。他の登場人物も含めたセリフの90%以上はハートがしゃべっている。主人公のセリフの多さではギネスものではないかと思う。中身は,愚痴が中心で,焦りや憧れ,嫉妬や諦め,恋愛劇や詩作に関する蘊蓄等々で,彼の感情が高ぶり,狂気を帯びてくる様子も見事に描かれている。こんな脚本をよくぞ書いたものだと感心したが,長々と続く彼の弁舌に少し退屈した。なるほど,主演男優賞ノミネートには値する演技ではあるが,オスカーまでは届かないと予想しておこう。
 エンドロールで登場するハントの似顔絵や実在のハントの写真と,E・ホークのメイク顔はそっくりだった。バーでのピアノ奏者モーティ(ジョナ・リース)が弾く曲は名曲揃いであったが,聴き覚えがあった“Blue Moon”は絶品で,改めて名曲だなと感じた。

■『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』(3月13日公開)
 何とか授賞式前にこの映画を観ることができた。「第98回アカデミー賞の予想」でも愚痴を述べたが,有力候補の1つである本作のマスコミ試写を見る機会がなく,公開日に映画館に駆けつけた。作品賞,監督賞を含む9部門ノミネートだが,とりわけ主演男優賞部門でティモシー・シャラメが本命視されていた。映画を見ずして,彼が3度目の正直でオスカーを得られるかどうかの予想ができなかったからの行動である。
 結論を先に言うと,そんな先入観なしでこの映画を観ていた場合でも,娯楽映画としては一級品であり,T・シャラメの演技力も褒めていたと思う。とはいえ,最終予想が迫っていたので,どうしてもオスカー男優に値する演技か,他候補よりも優れていたかを気にしながら観ていたと思う。であれば,この紹介記事はいつものスタイルを崩し,その観賞視点から述べることにする。
 まず,T・シャラメの経歴からだ。マンハッタン生まれの生粋のNYっ子であり,19歳で映画デビューした。出世作はLTBTQ映画の『君の名前で僕を呼んで』(18年3・4月号)で,ゲイの男性なら放っておかないと思える美青年であった。これが最初のオスカーノミネート作だ。その後も順調に主演作が続き,『デューン 砂の惑星』シリーズや『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』(23年12月号)では,まさに「Prince of Hollywood」に名に恥じない一族の王子,貴公子然とした役柄で登場する。ミュージカル映画の後者は,歌って踊れる美男子にぴったりの主役であった。前作の『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』(25年2月号)の主人公のボブ・ディランは,歌も性格も殊更クセのあるシンガーソングライターだが,その曲者を見事に演じ,劇中では本人以上の歌唱力でディランの持ち歌を歌っていたのに感心した。「第97回アカデミー賞の予想」では,主演男優賞を獲らせたい俳優として☆印をつけた。
 さて,本作の主人公のマーティ・マウザーである。世界一の卓球選手になることを夢見る天才プレイヤーだが,「女ったらしで嘘つきで自己中なサイテー男」らしい。伯父の会社の金庫から現金を強奪したり,既婚の幼馴染みの女性と不倫して妊娠させ,元大物女優とも愛人関係になるというから,これまでの貴公子とは随分イメージが違う。この人物のモデルは,3度世界選手権に優勝した実在の卓球選手のマーティ・リーズマンで,彼自身がかなり破天荒な人物だったようだ。その自伝本を読んだジョシュ・サフディ監督が,大きな可能性を秘めた俳優としてT・シャラメを選び,本人史上最高の演技を引き出して,人たらしの憎めない男を演じさせたという。
 とここまでの事前情報もって本作を観た。舞台は1952年のNYの下町。洗練された大都会でなく,戦争の傷を抱えた人物も登場する。度の強い眼鏡にチョビ髭というT・シャラメのルックスは初めてだった。凄まじいマシンガントークも初めてだ。物語も1.5倍モードかと思うスピードで展開する。金と女に汚いというが,極悪人ではなく,遠征費用を工面するための「チョイ悪」程度だった。大仕掛けの犯罪組織を作る訳でもなく,犯罪や嘘がバレる度に,それに応じたお仕置きが待っていた。これは監督の良識と倫理観に基づく脚本なのだと感じた。
 何とか出場できた英国での世界選手権では,決勝戦で聴覚障害のある日本人選手・エンドウに破れる。この役を演じたのが東京2025デフリンピック(聾者の五輪大会)の卓球日本代表・川口功人選手であるので,リアリティが高い。後半でマーティは日本遠征し,八百長試合を演じた上に,クライマックスはマーティとエンドウの真剣勝負であった。T・シャラメはかなり卓球の練習をしたというが,さすがに激しいラリー場面はCG描画だったと思われる。当時の日本の描写も良くできていた。
 女性陣は,引退した大物美人女優ケイ役にグウィネス・パルトロウが配されていたのが嬉しかった。実年齢は既に五十路に入っているが,今も頗る美しい。『アベンジャーズ/エンドゲーム』(19年Web専用#2)を最後にスクリーンで姿を見なかったので,まさに適役である。不倫相手レイチェル役のオデッサ・アザイオンは初めて知った女優だが,さほど美人でなく,いかにも下町育ちだ。マーティの彼女が再会するエンディングが絶品で,サフディ監督が8年かけて企画しただけのことはある。
 ところで,本作のマシンガントークでのセリフ量で,思わず上記『ブルームーン』で同じ主演男優賞候補のイーサン・ホークを思い出した。出番やセリフの比率では彼の方が断然だが,本作の上映時間は1.5倍あるので,言葉数で大きな差はないかも知れない。何よりも,E・ホークが25年前にこのチャラ男マーティを演じていたら,もっとハマり役だっただろうと感じた。同時に,あと四半世紀経てば,T・シャラメも人生の悲哀を感じさせる役でオスカー候補になっているだろうと想像した。それもあって『ブルームーン』のE・ホークが愛しくなり,主演男優賞予想で彼を格上げしてしまった(笑)。

■『96分』(3月13日公開)
 てっきり,リーアム・ニーソンのヒット作『96時間』(09年8月号)の新シリーズかと思った。『28日後…』(02)『28週後…』(07)の続編が,18年後に『28年後…』(25年6月号)として製作され,ヒットしていたからである。本作が台湾映画で昨年度興行収入1位のノンストップアクションと聞いても,まだパロディ的なリメイクなのだろうと思っていた。ところが,娘が誘拐されるわけでも,父親が元秘密工作員でもなく,『96時間』とは無関係の「列車パニック映画」だった。よく考えれば,誘拐事件を解決するのに96分間では短過ぎる。目的駅までの走行時間が96分の物語なら,何とか一件落着できそうだ。
 列車災害映画には緊迫感を煽る秀作が多く,車内での出来事に限れば,潜水艦映画,航空機映画と並ぶ密室もの映画の宝庫である。大別して①車内での殺人事件の犯人探し,②テロリストによる列車ジャック,③制御不能な暴走列車,④爆発物,細菌兵器,パンデミックの危機等がある。①は『オリエント急行殺人事件』(18年1月号),②は『暴走特急』(95),③は『アンストッパブル』(11年1月号)をすぐ思い出す。④の『新感染 ファイナル・エクスプレス』(17年9月号)は,車内パンデミックである上に,ゾンビ映画にもなっていた。
 本作は,高速走行する列車に仕掛けられた爆弾が,減速して停車させると爆発する危機を描いているという。その設定なら,『新幹線大爆破』(75)やそのリブート版『』(25年4月号)と同工異曲である。製作陣は日本映画を参考にしたと公式に発言していないが,どう考えても台湾版「新幹線大爆発」であり,それなら動機・展開・結末を大幅に変更して独自性を出そうとしているに違いない。そこで邦画の2作と見比べて,この映画を論じることにした。以下では,比較のために軽いネタバレをしている箇所があることを予め断っておきたい。
 主人公は爆発処理専門家・宋康仁(リン・ボーホン)で,映画は彼が劇場内の座席にセットされた時限爆弾を解除する緊迫したシーンから始まる。見事にこの任務を達成したと安心したのも束の間,近くのデパートが爆発し,大勢の命が奪われた。3年後の嵐の夜,彼は母と警官の妻・黄欣(ヴィヴィアン・スン)と3人で,台北発高雄行きの台湾高速鉄道(高鉄)列車115号に乗客として乗っていた。デパート爆破事件の被害者追悼会を終えた多数の遺族らも同じ列車の乗客だった。宋康仁の元上司の李傑(リー・リーレン)がやって来て,この列車には爆発物を仕掛けたと犯人・楊澧輝からの通報があり,速度を落としても,列車外に投げ捨てても爆発すると告げる。爆発物の探索と解除は宋康仁に託された。
 不審な男・劉楷(ワン・ポーチエ)が李傑と宋康仁の前に現われ,3年前のデパート爆発は宋康仁が切断した結線と連動していたので,自分の子供の死は警察の責任だと追求する。さらに前を走行する高鉄289号には彼の妻で楊澧輝の姉である媽媽が別の爆弾が持ち込んでいることが判明する。片方の結線を切断すれば,もう片方が爆発するという3年前の再現である。追い詰められた宋康仁らは両列車の乗客を救うことができるのか……。
 台北-高雄間の所要時間が96分であるので,その時間内に事件解決の必要があるとの設定である。現在は台北駅より北東の南港駅まで延伸されていて高雄までの所要時間は90分に過ぎない。映画は前日譚/後日譚やエンドロールも含めて120分であった。『新幹線大爆破』(75)の動機は身代金目的であり,リブート版(25)は終盤まで曖昧にしていたのに対して,本作はかなり早い時点で復讐劇であることが明示されていた。減速すると爆発という構図は邦画と同じで,前方や後方に乗客を避難させること,2つの列車を並走させ,その間を主人公が移動するというアイディアはリブート版を真似ていた。その一方,爆発処理専門家が主人公であり,2つの爆薬を連動させていて二者択一を迫るという構図が新しく,物語の根幹をなしていた。犯人側との車内での攻防も多く,アクション性も増していた。映画としてのスケール,列車走行シーンの多さはリブート版の方が圧倒的に上だが,パニック映画としては本作も十分満足できるレベルに達していた。少しだけネタバレしておくと,本作は全員無事で終着駅に到着しない。結末は観てのお愉しみだ。
 日本人観客として嬉しかったのは,車両が日本の東海道新幹線のN700系であったことだ。ただし,16両編成ではなく,高鉄は8両編成である。ブラッド・ピット主演の『ブレット・トレイン』(22年Web専用#5)はJR東海とタイアップしながら,車両も車内も全く似ていない劣悪デザインだった。元々,台湾は日本の新幹線輸出の第1号であり,本作は撮影のために日本から本物と同じ車両を輸入して,車内セットとして利用していた。カラフルさは東北新幹線のE5系を採用したリブート版に負けるが,東海道新幹線に乗り慣れた筆者は,見慣れた車内での物語展開を楽しめた。少し驚いたのは,本作の新幹線にはまだ車内販売があり,女性従業員が見慣れたワゴン車を引いてやって来る。これは羨ましかった。

(3月後半の公開作品は,Part 2に掲載しています)

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