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O plus E VFX映画時評 2023年3月号

『長ぐつをはいたネコと9つの命』

(ドリームワークス映画/東宝東和&ギャガ配給)



オフィシャルサイト[日本語][英語]
[3月17日よりTOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー公開中]

(C)2022 DREAMWORKS ANIMATION LLC.


2023年2月21日 大手広告試写室(大阪)


『シング・フォー・ミー, ライル』

(コロンビア映画/SPE配給)




オフィシャルサイト[日本語][英語]
[3月24日より全国映画館にてロードショー公開予定]


  

2023年1月30日 ソニー・ピクチャーズ試写室

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


今月はメイン欄が4本, 2本ずつ2組に分けて紹介

 冬枯れの1, 2月号から一転して,3月ともなると春休み公開の大作が目白押しで,メイン欄で取り上げたくなる映画が4本もある。当然のことながら,ファミリー層や若者をターゲットにしていて,しかも月の後半の公開に集中している。ようやく観終えても,記憶が曖昧になり,どれがどれだか混乱してくる。少し頭の整理を兼ねて,2本ずつ2組に分けて紹介することにした。
 最初の2本の共通項は,いずれもファミリー映画で,動物が主人公,原作はよく知られた童話だという点だ。ともに音楽にも力を入れている。ただし,映画制作の観点からは結構違う。片方は,フルCGアニメのシリーズ2作目で,GG賞やアカデミー賞の長編アニメ部門にノミネートされていた話題作だ。もう一方は,実写映画で動物だけがCG合成という当欄にとっての標準スタイルだ。心温まるファミリー映画で,ミュージカル仕立てである。


ようやく登場した2作目は, 絶好調DWAのパワー全開

 やっと登場したシリーズ2作目だ。前作『長ぐつをはいたネコ』(12年3月号)から10年以上も経っている。元は『シュレック』シリーズのサブキャラであったため,広報宣伝は前作はスピンオフ映画であることが強調されていた。かなり力作であったので,当欄では「当然1作で終わらず,このままシリーズ化するつもりなのだろう」と予想していたが,ようやくそれが実現したわけだ。
 本シリーズは題名の一部が仮名表記だが,元が童話の「長靴をはいた猫」であることはすぐ分かるだろう。内容は17世紀にシャルル・ペローが書いた童話とは無関係で,羽飾りのついた帽子をかぶり,革製のベルトとブーツ姿というキャラ設定を借用しているだけである。もっとも,東映アニメーションのヒット作『長靴猫シリーズ』(1969〜76)は,可愛い系のルックスで,名前は原作者シャルル・ペローからとった「ペロ」であったのに対して,本シリーズは原作の「Puss in Boots」をそのまま踏襲し,主人公名も原作通りの「プス」としている。
 監督は前作のクリス・ミラーからジョエル・クロフォードに,脚本はトム・ウィーラーからポール・フィッシャーに替わっている。プスの声はアントニオ・バンデラスが続投し,ヒロインだったキティ・フワフワーテも元婚約者として再登場し,引き続きサルマ・ハエックが演じている。前作では,この2人と元親友のハンプティ・ダンプティのトリオで活躍していたが,クライマックス・シーンでハンプティは自ら犠牲になり,橋の上に落下し,金色の卵と化してしまった。日本では馴染みは薄いが,マザーグースにも登場する卵形のキャラで,また卵から復活するのかと思ったが,歌詞通りに,元には戻らなかったようだ(シリーズが続けば復活するのかも知れないが)。その代わりに,新たに「ワンコ」なる癒しキャラが登場して新トリオを結成するが,このことは後述する。
 題名の「9つの命」とは,「猫に九生有り」なる諺があるように,猫は8回生まれ変わるそうだ。本作のプスは既に8つの命を使い果たしていると告げられ,これが最後の命かと慌てふためく。どんな願いも叶うという「願い星」の存在を知り,命のストックを得るために奔走するが,お尋ね者の彼の賞金首を狙う敵たちと戦うことになる……。
 上述したように,前作同様,アカデミー賞長編アニメーション部門にノミネートされたが,今回もオスカーには届かなかった。「第95回アカデミー賞の予想」(23年2月号)でも書いたように,大本命『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』(22年Web専用#7)があったためだ。それでも敢えて対抗の○を本作につけたのは,フルCGアニメ3作の中では頭1つ抜けていることを明示したかったからだ。『私ときどきレッサーパンダ』(22年3・4月号)と『ジェイコブと海の怪物』(23年2月号)を☆☆☆評価にした以上,本作も当然最高点評価である。公開年が不遇だっただけで,『ギレルモ…』とぶつかっていなければ,本作がアカデミー賞の栄誉を得ていたはずだ。
 では,何がそんなに優れているのかと言えば,それがなかなか言いにくい。全体的に作品レベルが高いフルCGアニメ業界の中でも,ドリームワークス・アニメーション(DWA)は絶好調であり,脚本,キャラクター設定,ギャグやアクション演出,CGデザイン,音楽等のバランスがいいと言える。以下,項目毎にそれを眺めてみよう。
 ■ まず,キャラクター設定が素晴らしい。ハンプティ・ダンプティに代わってトリオを組むのは,癒し犬の「ワンコ」である(写真1)。実は犬なのに,猫のふりをして猫の集団に紛れ込んでいたという変わり種だが,これが頗る可愛い。どう考えても日本語なので,元の英語版ではどういう名前かと調べたら「Perrito」だった。スペイン語で単に「仔犬」の意味らしい。これを単純に「ペリート」としなかったのがエライ。グッズ市場での商品価値も考えてのネーミングなのだろう。プスの必殺技である「つぶらな瞳」を3匹揃ってやるシーンには大笑いした(写真2)。この必殺技は,すぐにマスターしたワンコに引き継がれるようだ。


写真1 左:元カノのキティ,中央:新登場のワンコ 

写真2 3匹揃って,必殺技のつぶらな瞳

 ■ プスを狙う敵役の筆頭は,最恐の賞金稼ぎのウルフだが,クールでひたすら恰好いい(写真3)。プスとの決闘シーンは,一体どうなるのかと見守ってしまう(写真4)。犯罪組織「3匹の熊」の女性リーダーのゴルディ(写真5),魔法で世界征服を目論む裏社会の大物ジャック・ホーナー(写真6)もかなり個性的なキャラだ。前者は英国の童話「ゴルディと3びきのくま」の少女ゴルディが大人になった姿,後者はマザーグースの歌に登場するパイ好きの少年が,食べ過ぎて肥満体になった姿だという。欧米の児童文学の素養がある観客が楽しめる仕掛けとなっている。


写真3 最恐の賞金稼ぎウルフがクールで,恰好いい

写真4 決闘シーンで流れるモリコーネ風の音楽に痺れる

写真5 童話に登場した少女が,今や犯罪集団のリーダー 

写真6 パイ好きの少年は,食べ過ぎた結果この肥満体に

 ■ CG描写で技術的に新しいものはない。元々プスの毛並みはいい出来だったが,本作では約120万本も生えているという。当然,ワンコ,ウルフ,クマの毛もそれに合わせているだろう。背景シーンで写実性を強調したシーンはなかった。その一方で,ママ・ルナの家では37種類の猫が飼われていて,合計150匹が走り回っていたという。一見目立たない細部に力を入れているようだ。
 ■ 前作同様,ラテン文化一色に彩られている。前作ではスペインのどこかだと思ったが,本作ではイタリアかと感じてしまう。シリーズ全体はグリム童話風のややブラックなタッチと,マカロニ・ウエスタンのテイストの混在だが,本作では後者が強く出ている。同じDMAの『バッドガイズ』(22年9・10月号)が『オーシャンズ11』(02年1月号)のパロディであったのに対して,本作は明らかに『続・夕陽のガンマン』(66)を意識している。音楽は,歌もオリジナルスコアもそれを意識させてくれる。作曲はブラジルのギタリストのヘイター・ペレイラだが,まるで故エンニオ・モリコーネが遺した曲なのかと思ってしまった。
 ■ 本作の試写は日本語吹替版で観た。残念だったのは,プスの声が竹中直人でなく,山本耕史だったことだ。キティの声も,声優の本田貴子から,歌手で女優の土屋アンナに替わっている。山本耕史は達者な俳優で,歌もうまい(写真7)。プスのイメージに合っていて80点はつけられるが,この役だけは竹中直人がピッタリで,彼なら120点だ。このシリーズが続くなら,次作以降で彼に戻すよう切望しておきたい。


写真7 ラテンバンドをバックに,プスが主題歌を歌う
(C)2022 DREAMWORKS ANIMATION LLC. ALL RIGHTS RESERVED. 

 ■ 上記の吹替俳優の件を除けば,欠点が感じられない秀作だ。北米のBox Officeでは,本稿執筆時点で,公開後連続12週間もTop10入りしていることからも,人気の程が分かるだろう。ところが,力作が続いても,DMA作品は本邦で人気が上がらない傾向がある。ディズニーやピクサーに比べて,ファミリー層への知名度が低いせいだろうが,今春は珍しく,この両社の公開映画がない。鬼の居ぬ間に,好成績を挙げることを期待しておきたい。


主人公からして, これは当然ミュージカル仕立て

 もう1本の『シング・フォー…』は,すばり楽しい映画だ。まさに春休みのファミリー観客向きの映画である。大人が驚くような動物や怪物を少年少女は怖れず,友情を育む話はファミリー映画の定番中の定番とも言える。宇宙人や恐竜はCGで描くしかないが,実在する動物でもライオンやゴリラも演技させることも無理で,これもCGに頼るしかない。本作に登場するワニもその範疇に入る。ペットとして飼うことも,少しは訓練することも可能だろうが,さすがに実写映画に登場させて,俳優に合わせて演技させるのは無理だ。俳優側にとってもそれは御免蒙りたい。よって,本作でもワニはすべてCGで描かれている。
 その意味では,上述のフルCGアニメと比べるのは適切ではなく,ジャンル的には約1年前の『でっかくなっちゃった赤い子犬 僕はクリフォード』(22年1・2月号)が最も近い存在だ。原作が絵本という点で同じで,本作は児童書の「ワニのライルのおはなし」シリーズ(大日本図書刊)を映画化した作品である。最初は生まれたばかりの小さな存在だが,いつの間にか大きくなっていて,人間にとっての脅威となり得るという点も,物語進行が酷似している。ただし,本作のライルはワニとしては普通サイズであり,クリフォードのように体高3mまで巨大化する訳ではない。
 クリフォードは12歳の少女エミリーに引き取られ,ハワード家で暮している。ただし,クリフォードは人間の言葉は話せなかった。では,本作のワニのライルは話せるのかと言うと,少し違う。人間の言葉を話す動物の映画なら,『テッド』(13年2月号)や『パディントン』(15年12月号)等,珍しくもないが,本作もライルはもっとユニークだ。そう,題名から分かるように,ライルは言葉は話せないのに,人間語で歌が歌えるのである。しかも,これが人をうっとりさせるような歌唱力なのである。邦題はそれを暗示するような命名だが,映画の原題も原作も『Lyle, Lyle, Crocodile』で,Lyleの名前も語呂合わせからつけたのだろう。
 ある日,マジシャンで興行師のヘクター・P・ヴァレンティ(ハビエル・バルデム)は,NYの古びたペットショップで小さなワニが素晴らしい声で歌っているのを耳にする。彼はこの珍しいワニを買って帰り,ライルと名付け,ショーの相棒として使って一儲けしようと企む(写真8)。ところが,ステージ恐怖症のライルは何も歌えず,ショーは大失敗となり(写真9),借金を抱えたヘクターはライルを屋根裏部屋に残して去ってしまう。長い年月の後,プリム家がこのアパートに引っ越して来て,少年ジョシュ(ウィンズロウ・フェグリー)が屋根裏にいた大人のライルを見つけ,次第に心を通わせるようになる……。


写真8 興行師のへクターはライルの商品価値を見抜いた 

写真9 ステージ恐怖症のライルは,舞台で立ち往生

 最初は驚いた両親にも愛されるようになったライルだが,危険視する隣人たちに通報されて動物園送りになったり,やがて再びプリム家の一員となる顛末は,クリフォードの場合と全くの相似形である。最も異なるのは歌が歌えることだから,それを強調し,映画はミュージカル仕立てとなっている。
 以下,当欄のCG/VFXの視点中心の論評である。
 ■ 最近のVFX大作と比べると,CGの利用量はそう多くない。ライルの登場場面+αだけCGにすれば十分で,この点でもクリフォードの場合と同じだ。児童書の素朴な挿画のイメージが残るよう,ライルのルックスは少し漫画的で,シンプルなデザインである。幼児期の小さなライルはかなり可愛い(写真10)。本物のペットのワニはここまで可愛くない。大人のライルは,よく見れば皮膚表面はしっかりモデリングされているが,余りリアルに見えないよう,意図的に質感は抑えているようだ。ワニの顔で喜怒哀楽は表現しにくいのだが,写真11のようなオフザケのシーンでもライルの表情は上手く描いている。これは和む。


写真10 ベイビー・ライルは可愛く,歌唱力も抜群

写真11 入浴は大好きで,絵画のモデルも卒なくこなす

 ■ 圧巻なのは,ママ(ジョジュの継母)とキッチンで歌って踊るシーンだ(写真12)。一緒に料理を作るシーンが楽しい。多分,青色か緑色のスーツの相手役を配しての撮影だろうが,ワニと踊っているかのように演技する女優(コンスタンス・ウー)も大したものだ。この他にも,歌って踊るシーンはいくつもあり,見事なミュージカル・スターである(写真13)


写真12 最大の見どころは,このキッチンのシーン

写真13 戻って来たへクターが住み着いて,一緒に踊る

■ もう1つの見どころは,NYの夜景をバックに,屋上でライルが主題歌“Top Of The World (最高の世界)”をソロで歌うシーンだ(写真14)[注:The Carpentersのヒット曲とは無関係の曲]。劇中の挿入歌は既存のヒット曲とオリジナル曲の混在だが,オリジナルの8曲にはすべてライルの声が入っている。その声の出演は,カナダ人の人気歌手のショーン・メンデスだった。魅惑的な歌声のはずだ。この映画の試写は字幕版で観たのだが,日本語吹替版はそのまま英語で残したのかと思ったら,日本人吹替俳優が日本語で歌っているようだ。セリフのないライルの歌は,どんな歌手かと思ったら,何と,大泉洋とのことだ。なるほど,ライルのルックスには合っている。公式サイトでは,上記の主題歌歌唱シーンは和洋両方があり,聴き比べができる。大泉洋なら,いつもの大袈裟で軽妙なトーク風の歌唱かと思ったら,意外と大真面目に正調で歌っている。それなら,彼を配した以上,原作に違反することを恐れず,日本語吹替版だけでも,ライルにセリフを与えて欲しかったところだ(さすがに,それは無理か)。


写真14 NYの夜景をバックに主題歌を歌うシーンが絶品  

 ■ ライルの他は,猫,ハト,ニシキヘビ,動物園にいる他のワニたちがCG描写だろう。プリム家のアパートの階下に住む飼い猫のロレッタは,再三登場する。一部は本物かも知れないが,大半を占めるはずのCG製ロレッタはかなりリアルで,両者の区別がつかない(写真15)。動物園に入れられたライルの檻には,先住者のワニたちがいて,質感たっぷりでリアルに描いてあった。描こうと思えば,これくらいは簡単と言わんばかりである(写真16)。CG/VFX主担当のFramestoreなら造作もないことだ。他には,Opsis,Luma,Day For Nite,Territory Studio,Labyrinth Cinematic Solutions等が参加していたが,他は一流スタジオとは言い難い。本作のVFXシーン数からすれば,これで十分とも言えるが,もっと製作費を投じて,作品のレベルを上げていれば,観客満足度も高かったと思う。例えば,動物園の多数の動物たちをもっと暴れさせたり,ライルに危機が迫って手に汗握るアクションシーンを盛り込めば,終盤はぐっと盛り上がっただろう。ワニに歌わせるというユニークな着想だっただけに,少し惜しい気がした。


写真15 飼い猫ロリータは,本物かCGか区別がつかない(この画像は多分CG)

写真16 動物園内のワニの質感は極めてリアル

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