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O plus E 2022年Webページ専用記事#2
 
 
スワン・ソング』
(Apple TV+)
      (C)APPLE TV
 
  オフィシャルサイト [日本語]    
  [2021年12月17日よりApple TV+で独占配信中]   2022年1月28日 Apple TV+の配信映像を視聴 
       
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)  
   
  精巧なクローンが登場するSF映画。背伸びしないVFXが上出来。  
  当初は今年のゴールデングローブ賞ノミネート作品のページで,短評扱いで紹介すると予告したのだが,別ページのメイン記事として書くことにした。クローン人間が登場する近未来社会を描いたSF映画だが,さほどの大作ではない。物語もCG/VFXも大仰でなく,味があって心地よい映画として取り上げたくなったという訳である。
 当のGG賞はと言えば,主演のマハーシャラ・アリがドラマ部門の主演男優賞にノミネートされていたが,受賞は逃した。アカデミー賞にはノミネートされていない。受賞したのは,『ドリームプラン』のウィル・スミスで,アカデミー賞でも有力視されている(筆者は,さほどいい演技と思わなかったのだが)。という訳で,賞獲りレースでの興味でなく,純粋に見どころのあるSF映画と受け止めてもらいたい。
 主人公のキャメロン・ターナーは不治の病で,医師から余命僅かだと宣告される。それを愛する妻子にどう伝えようかと逡巡する内に,ある実験に参加することを勧められる。同じ病を起こすDNAだけを除いて,他を全て複製したクローン人間を作り,彼の身代わりとして家族に遺すという計画である。身体的な複製であるだけでなく,様々な訓練期間を経て,仕草から記憶まですべて本人と同じにしてしまうという。本人とクローンが話し合う機会まで設けている。2人が実生活で入れ替わった後は,家族と生活するクローンには入れ替わったという記憶自体が消されている。なるほど,これなら妻子も友人も全く気付かず,完璧な入れ替わりが成立するという訳である。
 クローンが登場するSF映画は数多く,当欄で取り上げた中だけで,『シックス・デイ』(01年1月号)『アイランド』(05年8月号) 『クラウド アトラス』(13年3月号)『オブリビオン』(同6月号)『アス』(19年Web専用#4)等を思い出す。クローンを制作過程まで描いた映画としては『レプリカズ』(19年5・6月号)があり,最終的な利用目的は近く,記憶転写も行っていたが,生前の当人とクローンが共同生活を送るといったプロセスはなかった。
 現実には有り得ないと思いつつ,自分が主人公なら,クローンの存在と入れ替わりをどう受け止めるだろうかと真剣に考えつつ観てしまった。少なくとも,異星人が地球人をコピーして地球を侵略したり,大量複製されたクローンが叛乱を起こして人間が危機に陥るといったバカバカしいSFではない。
 監督・脚本は,ベンジャミン・クリアリー。この名前を全く知らなかったが,短編映画『僕はうまく話せない』(15)で,アカデミー賞短編ドキュメンタリー賞を受賞した監督だそうだ。これが長編映画のデビュー作であり,オリジナル脚本とのことである。一方,製作にも名を連ねているM・アリはと言えば,オスカー受賞作『ムーンライト』(16) 『グリーンブック』(19年Web専用#1)で,自らも2度助演男優賞に輝いた文字通りの演技派男優である。数々の話題作の助演はあるが,主演は本作が初めてのようだ。言うまでもなく,本作では,主人公とクローンの1人2役である。
 主要な助演陣には,女性3人を配している。まず,妻役はナオミ・ハリス。最近は『007 スカイフォール』(12年12月号)以降のシリーズ3作で,ユニークなミス・マネペニーを演じていたため,その印象が強いが,上記『ムーンライト』では主人公の母親役を演じて,M・アリとも共演している。次に,クローン実験の責任者である女性博士役にはグレン・クローズ。相変わらず『天才作家の妻 40年目の真実』(19年1・2月号)『ヒルビリー・エレジー −郷愁の哀歌−』(21年Web専用#1)等で個性的な役を演じていたが,本作では比較的オーソドックスな役柄で,責任感のある知的な科学者を好演している。3人目は,『フェアウェル』(20年3・4月号)『シャン・チー/テン・リングスの伝説』(21年Web専用#4)のオークワフィナだ。重病で余命が少なく,同じ実験に参加している若い女性役で,彼女のクローンも登場する。即ち,助演陣は黒人の中堅女優,白人のベテラン女優,アジア系の若手女優と,見事なアンサンブルである。
 ところで,題名の「Swan Song」(白鳥の歌)とは,人生の終末期に最高の作品を残すこと,あるいはその作品を指す言葉のようだ。白鳥が死の間際に歌を歌うという伝承によるもので,詩人や作曲家の最後の作品名で使われることが多いそうだ。実際,シューベルトの遺作の歌曲集は,「Swan Songs」と呼ばれている。本作の場合,主人公が自分の身代わりとして,家族に彼のクローンを遺すことを指しているようだ。彼が作った作品ではないので,ちょっと違う気もするが,精巧なクローンであることは間違いない。
 以下,いつものように当欄の視点からの論評である。
 ■ 中盤以降,本人とクローンの交流する場面が続くので,同じ画面での1人2役も頻出する。かつては,画面を2つに割り,別々に撮影した映像を合成する「スプリットスクリーン」が普通だった。最近は,1人だけが演技して,フルCGのDigital Doubleを使ってVFX合成することが増えている。Digital Double自体が,危険なシーン等で代役として使えるレベルに達しているのだから,当然こうした1人2役での合成にも使える訳だ。『ジェミニマン』(19年Web専用#5)では,ウィル・スミスの若造りのクローンをCGで描き,本人と共演させていた。そこまではっきりと識別できるようにせず,ほんの少しだけ違和感があるCG製のDigital Doubleを使った方が,よりクローンらしいと思わせる手もあったかと思う。本作ではそうした方法は採らず,M・アリと体格が似た俳優とを登場させ,後処理で別俳優の顔だけをCGに差替えるという方法を採用している(写真1)。ただし,2人登場する場面で,M・アリは主人公当人とは限らず,クローン側を演じたりもしている(写真2)。演技のしやすさでこの方法を選んだのだろうが,どの方法でも成功したことだろう。今やCGで描く人物像は,そのレベルにまで達している。
 
 
 
 
 
 
 
写真1 上:クローン(左)は代役俳優が演じている
下:頭部だけM・アリのCGモデルに差替え
 
 
 
 
 
 
 
写真2 上:白服のクローン(左)をM・アリが演じ,右が代役
下:このシーンでは,代役(右)の全身を差替え
 
 
  ■ 近未来を演出するため,新機能のついた情報機器や斬新なデザインのクルマが登場するのが嬉しい。コンタクトレンズにはカメラ内蔵,TV電話の画面は大型高解像度の壁面ディスプレイ,ガラス面に投影したGUIでのインタラクティブ操作等はよくあるパターンだが,写真3の薄型端末のデザインはいいデザインだと感じた。クルマの曲面デザインは平凡だが,乗降時に自動的に大きく側面が開くので,出入りに便利だ(写真4)。運転席はなく,対面座席のどこかに座ると自動運転で走行してくれる。楽しめたのは,親子で楽しむネットワークARゲームのシーンだ。離れた場所にいる父と子が自分のゲームキャラを選び,各自の目の前の現実空間に登場させて戦わせる(写真5)。CG的には何も驚くことはないが,有ったら楽しいだろうなと思わせてくれる。いずれをとっても最先端の技術ではないが,背伸びをせず,それでいて随所でSFらしい味付けのCG/VFXシーンを織り込んでいることに好感がもてた。VFXの担当社は,Image Engine社だけだった。中堅どころのスタジオ1社で処理できるレベルの分量だとも言える。
 
 
 
 
 
写真3 卓上に置かれた薄型の情報端末。スタイリッシュで,いいデザインだ。 
 
 
 
 
 
 
 
写真4 側面が大きく開いて乗降に便利。勿論,自動運転車だ。
 
 
 
 
 
 
 
写真5 怪獣やロボットの3Dキャラが,現実空間に登場するAR型のファイトゲーム。楽しそうだ。
(C)APPLE TV
 
  ■ 映画全体としても,背伸びしない淡々とした描き方である。アクションシーンは全くないし,殺人も行われない。主人公が自らの人生を振り返ったり,自分でない自分が家族と過ごすことの意味を考えて少し苦しむシーンなど,哲学的なテーマも含まれている。ラストシーンもいい収め方だった。こういうクローン映画は珍しい。劇中で何度か流れていた曲は,スタンダード・ナンバーの“Moon River”だった。なぜこの曲が使われたのかは,筆者には分からなかった。
 
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