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O plus E 2021年Webページ専用記事#4
 
 
シャン・チー/テン・リングスの伝説』
(ウォルト・ディズニー映画)
      (C)Marvel Studios 2021
 
  オフィシャルサイト [日本語]    
  [9月3日よりTOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー公開予定]   2021年8月26日 大手広告試写室(大阪)
       
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
  MCU25作目は初のアジア系ヒーローだが, 評価に困った  
  例によってコロナ禍で何度も公開延期された作品だが,他の大作のように1年以上の待機ではなく,半年強の遅れである。公開日は9月3日だが,筆者としては,この夏最後のCG/VFX多用作で,早く紹介し終えてしまいたいという思いだった。本誌7・8月号と9・10月号の狭間の「21Web専用#4」だけで,何本ものメイン記事を書いて疲れたので,今回は少し荒っぽい感想と評価になってしまった。
 お馴染みMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)の最新作で,これが25作目となる。24作目『ブラック・ウィドウ』(21年7・8月号)の公開日から,まだ2ヶ月も経っていない。ディズニー配給網からは,この「21Web専用#4」だけで『ジャングル・クルーズ』『フリー・ガイ』に続く3本目であり,何やら溜まっていた作品を必死で捌いている感じもする。秋にも大作が控えているので,緊急事態宣言下で余り観客動員が見込めない中でも,こうせざるを得ないのだろう。
 さて,そのMCU最新作の主人公は,(筆者が)全く聞いたこともないヒーロー「シャン・チー」だった。名前からすぐ分かるように中国系の人物である。アメコミのマーベル・ヒーローにこんな中国人がいたのか? 大団円で終わった『アベンジャーズ/エンドゲーム』(19年Web専用#2)後の作品系列を考える上で,無理やり新しいキャラクターを生み出したのでは? と思ったのだが,コミック版では「マスター・オブ・カンフー」の別名をもつ武芸の達人が存在していたようだ。ヌンチャクを手にした姿(写真1)からは,かなりブルース・リーを意識した人物造形のようだ。彼を高額の製作費を投じた実写映画の主人公にするのは,映画市場として大きなウエイトを占め始めた中国を見込んでのことと思われる。即ち,名作ディズニーアニメを実写映画化した『ムーラン』(20年9・10月号)と同じ路線である。上述の『ブラック・ウィドウ』やDisney+での配信のTVシリーズ『ロキ』(21)は,MCU中で人気の高かった準主役を主役に引き上げて成功を収めたが,知名度の低いこのヒーローが人気を呼ぶのか,MCUを支える存在になるのかが興味の的である。
 
 
 
 
 
写真1 どう見てもブルース・リーがモデルの「マスター・オブ・カンフー」
 
 
  語の概略だけ記しておこう。シャン・チー(シム・リウ)は父シュー・ウェンウー(トニー・レオン)と母イン・リー(ファラ・チャン)の息子で,最強の暗殺者となるよう幼児期から父親に訓練されてきたが,犯罪組織を率いる父と対立し,米国に渡る。サンフランシスコのホテルで働き,地味な普通の生活を送っていたが,彼の能力を利用しようとする父の陰謀に巻き込まれ,中国へと戻る。そこで,離れて暮らしていた格闘家の妹シャーリン(メンガー・チャン)と再会し,彼らは伝説の地ター・ロー,古代遺跡に向い,巨大な怪物と戦うことになる……。「テン・リングス」というのは,ウェンウーが千年前に手に入れた無限のパワーをもつ10個の腕輪であり(写真2),彼が支配する犯罪組織名にもなっている。この物語が,タイムライン的に『アベンジャーズ』シリーズのどの時期に当たるのかは明確にされていないが,『…エンドゲーム』直後の世界のようだ。
 
 
 
 
 
写真2 これが無限のパワーをもつ10の腕輪
 
 
  監督・脚本は,『黒い司法 0%からの奇跡』(20年Web専用#1)のデスティン・ダニエル・クレットン。父親はアイルランド系,母親が日系アメリカ人で,中国系の血は引いていない。共同脚本のデヴィッド・キャラハムは両親とも中国系アメリカ人なので,中国に関する知識は彼に頼っているようだ。
 ずばり,映画全体の印象は,前半は米国流カンフー映画,後半は中国版の『ロード・オブ・ザ・リング』(02年3月号)だ。マーベルのスーパーヒーローものの爽快感はない。
 プレスシートはペラペラで,キャスト&スタッフの十分な情報がなく,プロダクション・ノートは皆無だった。後述のように,魅力的なCG/VFXシーンのスチル写真もロクにない。「配給会社はやる気あるのか! これじゃまともに作品評価できないぞ」と言いたくなるほどだが,以下,部門別評価で長所・短所を指摘しておこう。

【キャスティング】
 MCU期待の最新作だというのに,俳優選定が絶悪だ。シャン・チー役にカナダ人男優のシム・リウが抜擢されているが,まるで魅力を感じない。何でこんな平凡なルックスの俳優を選んだのか理解に苦しむ(写真3)。コミック版の精悍な顔立ちには似ても似つかない。ガソリンスタンドの従業員かその他大勢の工場労働者,あるいは悪役一味の手下なら頷ける。イケメンの父親の方が遥かに存在感は大きい(写真4)。母親役の香港女優もそこそこの美形だから,その2人の息子なら,もっと美男俳優でないとおかしい。
 
 
 
 
写真3 スーパーヒーローとしては,地味で平凡過ぎる 
 
 
 
 
 
写真4 トニー・レオン演じる父親の方がイケメンで,存在感も上
 
 
  彼と行動を共にするホテルの同僚(恋人までは至っていないようだ)ケイティは,『フェアウェル』(20年3・4月号)のオークワフィナが演じている。どう見ても,3枚目の盛り立て役だ。もっと美男・美女にしてロマンスが発生する筋立てにしても良かったのに,これじゃお互いその気にならないだろう。
 妹シャーリン役も美形とは言い難い(写真5)。3人揃ってこれでは,アジア人蔑視なのかと思えてくる。一般人なら顔の美醜で人物を評価すべきでないが,映画の主要登場人物には求めてもいいだろう。
 
 
 
 
 
写真5 格闘家の妹シャーリンも美形とは言い難い 
 
 
 最低の★評価でも良かったのだが,父親に名優トニー・レオン,伯母のイン・ナン役に(かつての)ボンド・ガールのミシェル・ヨーを配したことは評価できるので,精一杯☆評価に引き上げておこう。

【物語の舞台と展開】
 物語にも全く魅力を感じなかった。千年の昔に始まり,父親を見限ったシャン・チーが家を飛び出して米国で働き,暗殺団に狙われるところまでは分かりやすかった。後半の不思議な神話の世界からがさっぱり面白くなく,物語に没入できない。壮大な物語にしたかったのだろうが,ロクな説明もなしに,異世界や奇妙な生物が次々と登場して来る。シリーズ化するために,1作目は主人公の生い立ちや彼を取り巻く世界を描くことに終始したのだろうが,ストーリーテリングを楽しんだり,結末の満足感が得られる脚本ではなかった。

【アクション演出とボリューム】
 冒頭シーケンスは,父のウェンウーが戦いに勝ってテン・リングスを手に入れるまでだが,戦闘シーンの描写は,可もなく不可もなくの平均的なレベルだった(写真6)。続いて,父と母が竹林内で戦って,やがて結ばれることになる。カンフーアクションのレベルはごく普通だが,映像が美しい。美男・美女の戦いには,それが相応しい。伝統的なワイヤーアクションも一部で使っているかも知れないが,これだけのジャンプはVFX合成だろう(写真7)
 
 
 
 
 
写真6 映画は千年前の戦いのシーンから始まる 
 
 
 
 
 
写真7 竹林でのカンフーアクション・シーン
 
  そして,前半の見ものは,シャン・チーが犯罪組織に襲われるバスの中のアクションシーンだ(写真8)。アクションのキレもいいし,カメラワークも素晴らしい。後半の異世界での攻防には,アクションシーンが満載だった。MCUの中でもアクションのボリュームは最大級と言える。ただし,物語的にこれだけの量が必要であったとは思わないが。
 
 
 
 
 
写真8 バスの中でのアクションは前半の見もの 
 
 
 【CG/VFXの分量と出来映え】
 冒頭の大軍の戦闘からバスの中のバトルまで,CG/VFXの使われ方は少し控えめだった。中盤以降,シャン・チー兄妹が古代遺跡に向かう辺りから,CG/VFXの分量が飛躍的に増す。登場するクリーチャーもバトルの背景の描写も,しっかりデザインされ,レンダリングされている。ところが,そうしたシーンが予告編にも出てこなければ,スチル写真としても公開されていない。せいぜい,写真9のような平凡なシーンや地下格闘技会場(写真10)までだけである。
 
 
 
 
 
 
 

写真9 (上)リング同士の戦い,(下)優れた動体視力で水が止まって見える

 
 
 
 
 
写真10 地下格闘技会場には,こんな怪物も登場する
(C)Marvel Studios 2021
 
 
  止むなく言葉でだけ触れておくなら,伯母が守る神話の街に住む生物たちのデザインが秀逸だった。馬や犬といった在り来たりの動物がベースだとすぐ分かるが,そこに得も言われぬ,ユニークな変形が施されている。同様に,ダークゲートの向うから飛来する多数の怪鳥のデザインもユニークだった。さらに言うなら,シャン・チーはお馴染みのドラゴンの背に乗って飛翔するが,このドラゴンの顔が滑稽かつ醜悪なのが笑えてきた。
 本作のCG/VFXの主担当はWeta Digitalで,なるほど『ロード・オブ…』の世界を感じたのは,同社のデザイン力のなせる技かと納得した。副担当はTrixterで,その他 Rising Sun Pictures, Digital Domain, Scanline VFX, Rodeo FX, Method Studios, Luma Pictures等々の実力ある中堅スタジオが多数参加していて,質・量ともにMCUの平均レベルをかなり上回っている。

【総合評価】
 正直言って,かなり評価に困った作品である。この夏は駄作揃いと感じたその流れを引いている気もするし,MCUとして新機軸と打ち出したい意欲も感じる。筆者の迷いだけでなく,一般観客や批評家の評価も分かれる作品だと思う。アクションやビジュアル面で工夫の質・量を重視するなら,高評価で不思議はないし,堂々たる物語を期待したならば,かなり不満の残る一作と言える。
 もはやMCU作品のCG/VFXはこれくらいは当り前と思うので,筆者自身は,物語性のプアさを大きなマイナスに感じた。今夏のディズニー配給の3作品では,『フリー・ガイ』と『ジャングル・クルーズ』の中間だとしておこう。
 
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