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O plus E 2020年Webページ専用記事#3
 
 
透明人間』
(ユニバーサル映画 /東宝東和配給)
      (C)2020 Universal Pictures
 
  オフィシャルサイト[日本語][英語]    
  [7月10日よりTOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー公開中]   2020年6月24日 東宝試写室(大阪)
       
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
  帰ってきたユニバーサル・ホラーのモンスター  
  映画興行再開後,ようやくカラー画像入りのメイン欄で紹介できる映画がやって来た。素直に嬉しい。単館系の作品は続々と公開され,来たる7・8月号での短評欄で多数紹介するが,メジャー系は腰が重い。次の製作予定が立たなかったハリウッド映画界が,既に撮り終えているVFX大作を,秋以降か来年まで待機させているからである。
 本作がこの時期に公開できるのは,海外では大半の国で2月最終週か3月初めに公開済みだったからである。コロナ禍が激烈だったイタリアだけが6月まで待機し,日本はさらにそれより遅い公開となった。テーマの「透明人間」は,誰もが知っている存在で,怪奇小説,舞台,TV,映画でもう何度も翻案して取り上げられ,演じられている題目である。この機会にちょっと復習しておこう。
「The Invisible Man」の題名で,最初に身体が透けていて他人から見えない人物を描いたのは,「SFの父」と呼ばれるH・G・ウェルズだ。1897年に出版され,「タイムマシン」(1895)「宇宙戦争」(1898)「月世界最初の人間」(1901)等と並んで,斬新な発想のSF黎明期を形成した。主人公は光学が専門の科学者グリフィンで,薬品と特殊光線で他人からは姿が見えなくする効果を達成した。このSF小説の翻訳本は現在も10種類以上あるが,最初に「透明人間」と訳したのは誰なのだろう? なかなかの名訳だと思うが,その一方で「透明 (Transparent)」と「不可視 (Invisible)」の物理的意味は異なるという議論が早い時期からあったようだ。
 映画化の最初の作品は,ジェイムズ・ホエール監督のユニバーサル映画『透明人間』(33)で,地名・人物名,基本骨格はウェルズ作品を踏襲しながらも,グリフィン博士をより醜悪な殺人者に仕立てていた。顔面の包帯を取ると,中は透明人間だったというスタイルもこの作品で定着する。これ以降,「フランケンシュタイン」「ドラキュラ」「狼男」等と共に,「ユニバーサル・モンスターズ」を構成することになる。
 筆者の子供時代には,同名の30分TV番組が毎週放映されていた。記録を調べると米国では1958年,本邦では1960年から放映となっている。人前では顔を包帯とサングラスで覆っているのは同じだが,名前はブラディ博士で,悪人ではなく,正義の味方であったと思う。もっとも,この時期のTV作品は『スーパーマン』『モーガン警部』『ローン・レンジャー』『ライフルマン』『怪傑ゾロ』等々,いずれも主人公は「正義の味方」であった。
 身体が不可視というだけが同じで,数々の派生作品が作られるが,CG/VFX的に見どころがあったのは,ポール・バーホーベン監督の『インビジブル』(00年10月号) である。主人公は天才科学者で,人体を透明化する血清の開発を試み,透明化には成功するものの,復元には失敗し,精神異常を来して犯罪に走るという物語だった。人体を外側から徐々に透明化して,皮膚,筋肉,血管,骨の順に見えなくなる過程を描いたCG/VFXが秀逸だった。筋肉の収縮,体液に光がどう反射するかまでも計算していた。これはコロンビア映画配給で,原題は『Hollow Man』(空洞の男)だったが,邦題を『インビジブル』としていたのが興味深い。
 さてさて,おさらいが長くなったが,本作は伝統あるユニバーサル・モンスターとして復活した「透明人間」である。ユニバーサル映画は,このモンスター達を最新技術でリブートした「ダーク・ユニバース」シリーズを売り出そうと企画した。その第1作『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』(17年8月号)が製作され,続いて『透明人間』『魔人ドラキュラ』『フランケンシュタインの花嫁』『大アマゾンの半魚人』をリブートすることが発表されていた。ところが,この1作目が興行的に大コケしてしまったため,シリーズ企画全体が空中分解してしまった。それでも,既に走り出していた『透明人間』はすべて白紙にする訳には行かず,方向性を変えた独立作品として再スタートした。言わば,敗戦処理として,新企画で製作されたのが本作だったのである。
 
 
  CG/VFXはプアだが,ホラー・サスペンスとしては上々の出来  
  監督・脚本を託されたのは,『ソウ』『インシディアス』両シリーズの脚本家のリー・ワネルだ。即ち,CG/VFXを多用した大作というより,ホラー・ファンの目を意識したスリラーとしてアピールしようという企画である。監督としてはこれが3作目で,当欄では昨年SFアクションの『アップグレード』(19年Web専用#5)を紹介している。
 主演にクレジットされているのは,中堅女優のエリザベス・モスだ。TVシリーズの『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』で主演し,エミー賞やゴールデングローブ賞を受賞しているようだが,劇場用映画ではこれまで助演の地味な役だけである。短評欄で紹介した『アス』(19年Web専用#4)にも名前はあるが,全く記憶にない。本作では,富豪の科学者エイドリアン・グリフィンの恋人のセシリア役で,独占欲の強い彼の束縛から逃れようとして,執拗な追跡に合うという役柄である。
 姓はH・G・ウェルズの原典を踏襲したエイドリアンは,自宅にハイテクの実験室をもつ光学分野の天才研究者で,オリヴァー・ジャクソン=コーエンが演じている。こちらも,ほぼ無名の俳優である。物語は,セシリアに去られたことを悲しみ,「エイドリアンが手首を切って自殺した」として葬儀までが営まれるが,セシリアはこれを信じない。やがて,彼女の周りに不思議な現象が次々と起る……。
 冒頭からホラーとしての出来映えは上々で,音楽が恐怖心を掻き立てる。それでいて,大きな音や,いきなりカメラを切り替えて,不気味な物を見せて驚かせるという邪道の演出はない。じわじわ恐怖が迫り来る正統派のホラー演出である。エイドリアンの自殺が偽装であり,彼が「透明人間」に変身することは誰でも分かっているから,問題はそのタイミングであり,セシリアが迫る危険をいかに切り抜けるかだ。筆者は,どうやって身体を透明化するかの理屈が通っているか,その謎解きも盛り込まれているかを注意して,この映画を見守った。
 この種のホラーの主演は,若い金髪美女というのが定番だが,このセシリアはさほど美人でもなければ,若くもない。むしろ印象は,意志の強い,タフな女性だ。後半はホラー性が薄まり,アクション中心のサスペンス・スリラーとして物語が進行する。ここで,彼女のタフさが強調され,まるでサラ・コナーの再来だと感じた。結末を書く訳には行かないが,オチが素晴らしく,「なるほど,その手が有ったか」と膝を打ってしまった。メジャー作品にしては低予算だが,一級のホラー・サスペンスとして楽しむことができる。
 以下,当欄の視点からのVFX解説とコメントである。技術的分析でのネタバレを含むので,それを嫌う読者は観賞後に読んで頂きたい。
 ■ 結論を先に言えば,CG/VFXは論じるに足るレベルではなく,20年前の『インビジブル』に遠く及ばない。古典的な特撮技術は勿論,数多く使われている。拳銃や物体や人物をワイヤー吊りするだけで,透明人間か操作したかのように思えてしまう(写真1)。紐で強く引いたり(写真2),グリーンスーツを着た人物が絡むことで,透明人間らしい挙動に見せることもできる。何しろ,透明化が完全なら,誰からも一切見えない。それで済ませるのなら簡単なことだ。
 
 
 
 
 
写真1 単に拳銃をぶら下げただけで,透明人間の存在を感じさせている 
 
 
 
 
 
写真2 こちらは,セシリアを紐で引っ張っただけ 
 
 
  ■ 少しだけ半透明にして,うっすら存在が見える描写(写真3)は,ほんの少しだけ登場する。これとて,『インビジブル』に全く負けている。先日紹介したTVシリーズの『ザ・ボーイズ』(20年5・6月号)でも,身体を透明化できる「トランスルーセント」を少し可視化されるシーンがあった。最新の劇場用映画なら,この種のシーンをもっと多用して欲しかったところだ。本作のVFX担当はCutting Edge 1社で,余り人数をかけていなかったから,制作費がかなり抑えられていたのだろう。
 
 
 
 
 
写真3 透明人間らしさを感じるVFXシーンはほんの少し 
 
 
  ■ それでも当欄で取り上げたくなったのは,他人から不可視に見せる理屈付けがなされていて,しかもそれが筆者の(本業の)研究テーマそのものであったからだ。本作の身体の透明化は,薬品に頼るのではなく,純粋な光学技術で達成されている(という設定だ)。富豪のエイドリアンは,世界有数の光学研究者であり,自宅内に自前の実験室を有している。即ち,トニー・スターク社長が自宅で「アイアンマン・スーツ」を作ったように,エイドリアンも自宅で「透明人間スーツ」を開発し,これを着用していたのである。写真4はさほど立派に見えないが,他のシーンでは,このスーツを作れそうな機材が揃っていた。このスーツには,多数の小型デバイスが埋め込まれていた。説明はなかったが,身体の周りの全方向を観察するカメラと距離センサが含まれているのだろう。写真5は中盤の見どころで,セシリアが透明人間に白いペンキを振りかけたシーンである。ゴルフボールのディンプルのような凹凸が,このデバイスの配置密度を示している。
 
 
 
 
 
写真4 光学研究者エイドリアンの実験室。少し殺風景だが,それなりの機材が揃っている。 
 
 
 
 
 
写真5 白いペンキをかけて可視化する中盤のハイライトシーン
(C)2020 Universal Pictures  
 
 
  ■ 光学技術で透明に見せる原理はそう難しくない(精度よく実現するのは難しいが)。背中の位置から後を撮影した映像を前面から投影すれば,身体を透過して背景を視認できたように見える。東大の稲見昌彦教授は,この技術を「光学迷彩」(Optical Camouflage)と呼び,約20年前に試作システムを発表している。筆者が提唱する「隠消(いんしょう)現実感 (Diminished Reality)」は,これを一般化したもので,拡張現実感 (AR)/複合現実感 (MR)の発展形で,現実世界に実在する物体を視覚的に隠蔽&消去すること技術の総称である。物体背後の隠背景映像を前面から重畳描画することで,物体が消えたかのように見せることができる(写真6)。事前に隠背景を観測しておいても良いし,ライブでは他方向から隠背景を捕えた映像を幾何学変換して重畳しても良い。前面にプロジェクタを配せる場合や,観察者が特殊眼鏡(HMD)を装着している場合は実現しやすいが,何もなしに肉眼で透明に見せるのは容易ではない。「透明人間スーツ」には多数の小型ディスプレイも埋め込まれていたと考えるのが自然だ。といった理屈付けが可能な筋書きになっていた。
 
 
 
 
 
写真6 隠消現実感の事例(左中央の猫の人形を隠蔽消去した結果が右)
(C) RM2C Lab., Ristumeikan University  
 
 
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