O plus E VFX映画時評 2026年9月号掲載
(注:本映画時評の評点は,上から![]()
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■『白鳥とコウモリ』(9月4日公開)![]()
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今月のトップバッターは,絶対にこの映画にしたかった。人気ミステリー作家・東野圭吾には,探偵別に「加賀恭一郎シリーズ」「ガリレオシリーズ」等,多数のシリーズがあるが,本作は2021年に始まった「五代努シリーズ」第1作の映画化作品である。既に映画化は邦画だけでも25作目であり,海外作品も含めると30作目となる。「週刊文春ミステリーベスト10」では5位,「このミステリーがすごい!」では14位に過ぎないが,「罪と罰」をテーマとした重厚な物語だというので,是非紹介したいと考えていた。そのマスコミ試写案内が届いて10日も経たない内に,この作家の訃報が報じられた。今後も追悼の意を込めた映画が何本も作られるだろうが,生前の本人が内容確認して満足した最後の映画とあっては,襟を正して,きちんと紹介せざるを得ない。
まず映画は,1984年5月22日に留置場内で被疑者が首吊り自殺を図ったシーンから始まる。一転して,時代は2017年11月11日,港区竹芝桟橋近くの違法駐車車両の座席から刺殺死体が発見された。被害者は白石健介弁護士(中村芝翫)と断定され,「港区海岸弁護士殺害事件」と名付けられた。この弁護士の生前に電話をかけてきた人物として,愛知県三河安城に住む倉木達郎(三浦友和)が浮上し,警視庁捜査一課の刑事・五代努(柄本佑)と所轄警察の中町刑事(前原滉)が彼の自宅を訪れた。倉木は単なる法律相談のためだと答えたが,五代は柱に貼られていた東京・深川の富岡八幡宮の御札を不審に思った。スマホの記録から,被害者が死亡当日の夕刻,富岡八幡宮付近にいたことが判っていたからである。
倉木達郎は,年に数回,東京に住む息子・和真(松村北斗)の所に行っていると答えたが,和真は父親の行動を把握していなかった。その後の調べで,達郎は上京する度に門前仲町の小料理屋「あるなろ」に通っていたことが判明する。経営者の浅羽洋子(風吹ジュン)の元夫・福間淳二は1984年「東岡崎駅前金融業者殺害事件」の犯人扱いされて逮捕され,首吊り自殺した人物であった。殺害された悪徳金融業者・灰谷昭造(三浦誠己)とは,当時の倉木達郎も白石健介も面識があったことも判ったので,五代が倉木宅を再訪して詰問したところ,達郎はあっさりと自分が両殺人事件の犯人であると自供した。殺人の手口の詳細まで法廷で証言したので,彼は殺人犯の判決を受け,府中刑務所に収監された。
むしろ,物語の本筋はここからである。白石の娘・美令(今田美桜)は,父の殺害場所に花を手向けに行った時に,和真が同じことをしていたことを知る。2人は,それぞれの父親の言動に違和感を感じていた。その後,2人は連絡を取り合い,一緒に愛知県まで出向いて,事件の真相を追う。ミステリーであると同時に,新幹線車中の描写などは,しっかりラブストーリーであった。
監督は『あゝ,荒野』(17)『サンセット・サンライズ』(25年1月号)の岸善幸,脚本は『聖の青春』(16年11月号)『ある男』(22年11・12月号)『愚か者の身分』(25年10月号)の向井康介が担当している。上記以外の助演陣では,浅羽洋子の娘・織恵役に井川遥,その息子・安西知希役に原田琥之佑,美令の母・綾子役に吉田羊らが配されている。なかなかの豪華キャストだ。
被害者の子供が殺人犯の供述や動機に疑問を感じるという点では,先月号の最後に掲載した『私はあなたを知らない、』(26年8月号)に酷似している。ほぼ同じ時期に観ただけに,色々な点で両作を比べてしまった。同作は監督が意図的にミステリー仕立てにしたという程度であったのに対して,本作は原作者がプロの推理小説作家であるから,当然本格的ミステリーだ。勿論,それをネタバレする訳には行かないから,観賞中に誰もが感じる常識的な結末予想だけしておこう。意外な結末に仕立てるのは当然でから,早々と自供している倉木達郎がそのまま真犯人であるはずはない。三浦友和を配していることからも,それは有り得ない。重いテーマの真相究明という時点で,それぞれの親の過去の行状で,若い男女2人が慟哭することも容易に予想できる。それでも,最終的に2人が結ばれると期待するのが自然だろう。
筆者は,東野圭吾を軽めのミステリーを読みやすい文体で仕上げるのが得意な作家と見做していたが,本作では松本清張の影響を感じた。とりわけ,地名が謎解きの鍵になる点は「砂の器」にそっくりだ。暗い過去を隠して生きる人間の業を描いているという点でも似ている。そんなテーマを骨格にしながら,受刑者の出所シーンの描写も全体の結末も,『私はあなたを…』よりも本作の方が数段好ましい。ラブストーリーで締めているのも嬉しくなる。やはり,大衆向き映画はこうであるべきだ。
■『ホーム スイート ホーム』(9月4日公開)![]()
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邦画を続ける。少しシリアスだったドラマから一転して,屈託のない楽しいホームコメディである。タイムトラベルものであるが,若い男女のラブロマンスは登場しない。世代を超えた親子のつながり,子供が生まれることによる歓びや責任感,時代遅れに思える稼業を継ぐかどうかのエピソードが盛り込まれている。原作は,2006年に脚本家・演出家の金沢知樹が発表した舞台劇「HOME SWEET HOME」である。物語の構成はほぼそのままで,アイテムや衣装等を少し現代化したという。
物語は2026年12月23日から始まる。主人公は,先祖代々の煎餅屋を継いだ27歳の植木一郎(八村倫太郎)で,ずばり屋号は「植木煎餅」である。店舗,仕事部屋と一体となった昔からの和風の家屋に妻・真奈美(大原優乃)と2人で暮している。子供はまだない。家業は時代遅れで繁盛せず,一郎は無気力な日々を送っていた。再開発での地上げの話も持ち上がり,「この家を売って,出直そう」と妻に話して,家の権利証を託した。
翌Xmasイヴの日,真奈美の外出中に1人で新聞を読んでいると,突然,部屋中の照明が点滅し,押入れの中から,つなぎ姿の若い男性が,続いて緑の革ジャン姿の男が,勢いよく飛び出して来た。1人は一郎の息子の英郎(増子敦貴),もう1人は孫の史郎(駒木根葵汰)だと名乗る。それぞれ28年後と56年後の未来からタイムスリップして来て,2人とも27歳だった。未来の家族写真を見せられたが,戸惑いを隠せない一郎にしびれを切らし,2人は一郎を押入れに入れ,前日にタイムスリップする。押入れの隙間から前日の自分の姿を眺め,ようやく一郎も時間旅行に納得して,3人は翌日に戻った。
ところが,史郎が仏壇にあったエナジードリンク缶を翌日に持ち帰ってしまったため,時間軸の矛盾が生じ,英郎と史郎の未来の写真の被写体が変わってしまった。このままでは自分たちが生まれて来ないことになると慌て,前日と今日を往き来するが,タイムマシンの操作を誤って,1999年8月1日の自宅に来てしまう。そこには,27歳の一郎の父・耕太郎(前田公輝)と母・良子(山谷花純)がいたが,一郎が知る厳格で寡黙な父とは様子が違う。さらには実直な従業員や借金取立ての地上げ屋も巻き込んだ大騒動になる。事態の打開のため,全員27歳の親子4世代が「家族会議」を開くことになるが……。
監督は『SOUND of LOVE』(24)『プロジェクト・カグヤ』(26)の吉川鮎太であるが,まだ32歳のこの若手監督も出演者も全員名前を知らなかった。演出も演技も稚拙だったが,それが逆に若々しさに感じられた。物語中で親子4世代が全員27歳という設定だが,28年おきという年数計算も合っている。さらに,八村倫太郎,増子敦貴,駒木根葵汰,大原優乃の4人は同学年で,本年度中に27歳になるというキャスティングに恐れ入った。
本作のタイムスリップは偶然起こる現象ではなく,数十年後の未来ではタイムマシンが販売されていて,押入れに設置したマシンのダイヤル操作で時間移動先を指定するという仕様である。劇中で描かれているのは1999年の1日と2026年の2日間だけで,「植木煎餅」の外観と室内数室しか登場しない。なるほど,舞台劇に適した場面設定である。未来の写真がアクリル板らしき透明プレートである以外,未来のアイテムや未来の景観を見せてくれないのが残念であったが,タイムトラベルものとしてはユニークで,抜群に面白かった。
■『冴えないボクと映えるキミ』(9月4日公開)![]()
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今度はコメディ映画が続く。題名からもコメディで,男女の軽妙なやり取りを想像してしまう。国名は予想できなかったが,インド映画であった。インド映画の大半は大向け娯楽映画で,長尺の冒険もの英雄譚がヒット作の中心である。劇中で突如として大勢で歌って踊る音楽シーンが入り,ドラマ部分でも結構コミカルなシーンが入る映画を見慣れている。本作は,予想外のコテコテの恋愛コメディで,冒険もアクションも全くなかった。
インドの人口は既に世界一で民族や州毎に言語が異なり,22もの指定言語ある多言語国家である。地元観客を当てにして,ヒンディー語,タミル語,テルグ語,カンナダ語,マラヤラム語等の映画が作られている。比率的には,大都市ムンバイ(旧名:ボンベイ)で作られるヒンディー語映画が最も多く,ボリウッド作品と呼ばれている。第2位が,インド最南端のタミル・ナードゥ州やスリランカで使われているタミル語の映画である。日本でも大ヒットした『ムトゥ 踊るマハラジャ』(95)がタミル語映画で,コメディ仕立てであった。約半年前に紹介した『ツーリストファミリー』(26年2月号)も同様で,スリランカからの密入国者家族が大都市チェンナイを舞台に織りなすヒューマンドラマであった。
タミル語映画界は,若手映画人の起用に熱心で,監督・脚本のマダンはこれがデビュー作である。2000年生まれであるから,まだ25〜26歳だ。彼は『ツーリスト…』に第2ユニット監督として参加していたが,何と同作の監督で自ら脇役としても出演していたアビシャン・ジーヴィントに,本作の主演を依頼したという。同年齢という親しみもあったのだろうが,ライバル監督を自分のデビュー作の主人公に据えるという荒技に驚いた。
主人公の青年サティヤ(A・ジーヴィント)は大都会のチェンナイ在住のデザイナーだが,自宅でのリモートワークに興じて滅多に外出せず,気楽な独身生活を満喫していた。父親から早く結婚させろと責められた姉が,しかるべき女性との「見合い」をセッティングした。出会えば美人だから絶対に気に入るとの言葉に,写真も見ず,名前も年齢も経歴も知らずに,バイクで指定場所のカフェに出向いた。店で別の女性に声をかけてしまい,彼女には彼氏がいたという騒動から映画は始まる。
ようやく,姉が手配したモニシャ(アナスワラ・ラージャン)と出会うことができたが,彼女は日々SNS発信している有名なインフルエンサーで,文字通りの美人であった。性格は正反対で,話が噛み合わないサティヤに,彼女は「恋愛経験はないのか?」と尋ねる。サティヤが高校時代の初恋の女性アニシャの名前を出したが,何とそれはモニシャの2年先輩だった。何とそれはモニシャの2年先輩で,サティヤとモニシャは共に地方都市ティルチ出身で,同じSDAティルチ高校の2学年違いの同窓生であったことが判明した。
そこから,高校生時代の再現映像となる。サティヤはアニシャ(カーヴィヤー・アニル)に告白できなかったことへの後悔,モニシャは想いを伝えたバラジ(サチン・ナッチヤッパン)から返答がなかった失恋を語り,それぞれの初恋が成就しなかったことを慰め合う。ここまでが前半だ。とりわけ,男子高生サティヤのみっともない行動が笑いを誘う。ただし,サティヤ役のA・ジーヴィントは濃い顔立ちで,我々日本人には30代後半以上に見える。出演時の実年齢は25歳のはずだが,それを考慮しても,とても高校生には見えなかった。
後半は,それぞれが策を用いて,アニシャとバラジの居所を調べ,各々の再会が引き起こす出来事を描いている。ハリウッド流のラブコメディでも,邦画のキラキラムービーでもなく,現代の我々からすれば,驚くほど純情な初恋談義とその後始末だった。これが本当にインド人の恋愛モラルなのかと疑ってしまった。おそらく,洋の東西を問わず,若者たちは余りに古い恋愛行動を大笑いの対象とし,熟年以上は,まだ男女交際が控えめだった数十年前を懐かしく感じるのだろう。そんな映画だ。
■『ヒンド・ラジャブの声』(9月4日公開)![]()
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次なるドキュメンタリー映画2本も上記3本と同じ公開日であるが,記事にするのを少し遅らせた。評点から分かるように,本来なら最重要でトップにすべき映画であるが,中身を思い出しただけで,書かずに済ませたかった。いや,観てしまった以上は,1人でも多くの読者の目に触れるよう,しっかりしたレビュー記事を書く責任がある。そう自分に言い聞かせたが,やはり気乗りがしない。能天気なコメディ映画を先に書き,連日逡巡しながら,
戦争映画のこの2本を最後に回したのである。
2本の順序も気になった。内容は「イスラエル軍によるガザ攻撃から助けを求める少女の声」と「ロシア軍に占領された土地の一部を奪還しようとするウクライナ政府軍の決死の戦い」である。どちらを先にしようかと迷ったが,素直にオンライン試写を観た順序にした。
本作の主たる内容は,2024年1月29日,イスラエル軍の攻撃に晒されたパレスチナ自治区ガザでの出来事である。クルマの中から助けを求める6歳の少女ヒンド・ラジャブ・ハマダの声の記録が,そのまま使われている。
同日の14時半頃,パナスチナ人道支援組織「赤新月社(PRCS)」緊急通報センターにドイツから1本の電話が入る。電話口の男性はドイツ在住のパレスチナ人で,ガザ北部テル・アル・ハワ地区のホテルにいた親族が避難命令を受けて車で移動中に,イスラエル軍に銃撃されていると言う。センター側のオペレーターのオマール(モタズ・マルヒース)が教えられた番号に電話すると,少女が応答した。「戦車が横にいて,撃たれている」と言い残し,叫び声と共に通話は途絶えた。少女は銃撃で死亡したと考えるしかなく,オマールは動揺を隠せなかった。
しばらくして,先ほどの男性から「6歳の姪がまだ車内に隠れている」との連絡が入る。再度同じ番号にかけると別の少女の声がした。「早く来て,撃たれちゃう」と叫ぶ。名前はヒンド・ラジャブで,愛称は「ハヌード」だった。電話口には上司の女性ラナ(サジャ・キラニ)も加わり,心を落ち着かせながら,少女に状況を説明させた。車に同乗していたのは,叔父夫妻と4人の子供で,6人は全員死亡したらしい。ハヌードも負傷しているようだ。電話が途切れて,死亡したかと思ったが,しばらくして通話が回復し,安堵する。少女は「早く助けに来て」と訴える。しばしば銃声が聞こえる。それが何度か繰り返され,会話を聴いているだけで胸が痛くなる。
オマールは激昂して,調整責任者のマフディ(アメル・フレヘル)に詰め寄るが,PRCSはガザから遠く離れたパレスチナ・ヨルダン川西岸地区にあるため,彼らは直接救出に行けない。同社保有の救急車でガザ北部に残っているのは1台だけだったが,幸いにもヒンドの車からはたった8分の距離だった。ただし,現場に向かうには,占領軍の許可を得て,安全ルートを確保するまで出動できない。赤十字からは交渉仲介を拒否され,日が暮れ始める。ようやく,保健省経由で出動許可は降りたが……。
本作の監督・脚本は,『皮膚を売った男』(21年9・10月号)のカウテール・ベン・ハニア。記録されたテープで聴いたヒンドの声が忘れられず,きちんとした映像記録として遺すべきだと決心したと言う。厳密に言えば,本作は実話であるが,ドキュメンタリーではない。合計約70分の通話中の少女の声は本物であるが,PRCS関係者はプロの俳優が演じている。当時のセンター内の様子を同時録画しているはずはないから,再現劇である。ただし,俳優が発したセリフを編集段階で合成したのではない。動揺するオマールの声も涙声で対応するラナの声も,スピーカーから流れる少女の声に実時間で返答している。驚くべきリアリティの再現劇である。この映画を観て,即時停戦&平和を願わない人はいないはずだ。
本作は,ヴェネチア国際映画祭でグランプリを含む8冠に輝いた。アカデミー賞ではドキュメンタリー部門でなく,再現劇ゆえ国際長編映画賞部門でのノミネートで,受賞は逃した。同部門の受賞作は筆者の一推しの『センチメンタル・バリュー』(26年1月号)だったので,予想的中を喜んだが,授賞式前に本作を観ていれば,こちらを推したに違いない。そして,この映画にオスカーを与えなかったことに憤慨したはずだ。
■『戦場0地点』(9月4日公開)![]()
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もう1本は,紛れもないドキュメンタリーであり,それも監督自身がウクライナ軍に同行し,まさにロシア軍との戦争が行われている現場で撮影した記録映画である。その監督とは,ウクライナ東部出身のミスティスラフ・チェルノフ監督で,ビデオグラファー,フォトジャーナリストであり,AP 通信の従軍記者を務めた人物だ。ロシアのウクライナ侵攻が始まったのは2022年2月24日のことで,既に4年半以上が経つ。その中で,南東部マウリポリ市を巡る戦闘は「マウリポリ包囲網」と呼ばれ,約3ヶ月に渡る攻防の結果,ウクライナは同地域を失った。侵攻開始直後から同地に入り,日常が失われてしまう市民の姿を克明に映し出したのが同監督である。その報道はピュリツァー賞等を受賞し,記録映画『実録 マリウポリの 20 日間』(23)は,第 96 回アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門でオスカーを得ている。残念ながら,日本で公開されなかったので,この映画は観ていない。
それらの表彰式やTV番組出演に溺れることなく,まもなくチェルノフ監督は戦地に戻って来た。自らの故郷が隣国の横暴に蹂躙されるのを座視していられなかったのだろう。だだし,ジャーナリスト魂から,同じような報道映像を撮ろうとはしなかった。ウクライナ軍第3強襲旅団の小隊に同行し,ロシア軍に占領されたアンドリーウカ村の奪還作戦をその現場で撮影し続けたのである。今回は日本でも公開されることになり,マスコミ試写案内が届いたので,すぐに申し込んだ。ニュース報道では見たこともない,まさに兵士の目線での映像であった。
アンドリーウカ村の名前は全く聞いたことがなかった。ドネツク州バフムート市は何度か聞いたことがある。ロシアの事実上の支配地域から約50kmの町である。アンドリーウカ村は,そのバフムート郊外の南数kmにあり,ロシア軍の物資補給路に位置している要衝だ。映画は2023年9月16日から始まる。原題の『2000 Meters to Andriivka』から分かるように,たった2km先の村を奪還するために決死の覚悟で挑んだ戦闘なのである。
主な映像は,ドローンから空撮した映像と兵士のヘルメットに装着されたカメラが捉えた映像に大別できる。前者が映し出す地上の映像では,森が砲撃で焼き尽くされている。荒廃した土地を見るだけで,胸が潰れる思いだった。映画は,2000m,1000m,600m,300mの4部構成になっていた。各地区でカメラのつけた主たる兵士が異なるからである。このヘルメット映像は映画のためのものでなく,元々は戦闘分析用で,負傷の原因や戦術を検証するために利用されている。
監督は兵士たちと一緒に塹壕に入り,言葉をかけて励ましたり,ジョークを言って和ませたりしている。そして塹壕から出ると,草地を這うようにして前へと進む。正に地上0m地点の目線からの中継なのである。ドローンの音が聞こえなければ,これは第一次世界大戦の映画かと思うだろう。勿論,敵からの銃撃が絶え間なく続く。穴から突然敵兵が飛び出して来る。僅か2名の敵に手こずり,なかなか前に進めない。何名もが重傷を負い,離脱して行く。この部隊の指揮官はまだ24歳,志願兵のフリークは22歳だ。家族や未来について語っていた若い兵士が,その直後に命を落とす。その瞬間までが記録されている。とりわけ,副官ガガーリンが撃たれて落命するシーンは印象的だった。これが戦争だ。
この奪還作戦は成功に終わったが,それで得たのは僅か296平米である。この2023年にウクライナが奪還した地域は,その後,再びロシアに占領されたという。本作が2025年サンダンス映画祭のワールドシネマ・ドキュメンタリー部門にて監督賞を受賞したと聞いても,何も喜ばしく感じなかった。監督も同じ思いだろう。
■『ルックバック』(9月11日公開)![]()
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原作は藤本タツキ作の同名コミックで,既に劇場アニメ版も一昨年の6月に公開されている。そんな若者向き映画はゴマンとあるので,当欄の基準からすると当然スキップだ。それを踏み留まったのは,監督・脚本・編集が是枝裕和監督で,今年のヴェネチア国際映画祭のコンペティション部門出品作品であるという点だった。オリジナル脚本が中心の是枝作品なのに,コミックが原作というのは大ヒット作『海街diary』(15年6月号)以外に記憶がない。海外映画祭で常連の是枝作品であるから,ヴェネチア上映で約12分間のスタンディオベーションという報道も珍しくもないが,丁度,当欄での是枝映画紹介が12本目であったので,何かの「縁」を感じた。
是枝映画は,常に高評価していたと思っていたが,それは『万引き家族』(18年5・6月号)までであって,近作4本は手厳しい評価しか与えていなかった。とりわけ,カンヌで無冠に終わった『箱の中の羊』(26年5月号)は,失敗作としか思えなかった。それゆえ,監督自らがコミック単行本を気に入って実写映画化を申し入れたというので,ヴェネチアでの好評が大きな転機になればいいなと思った。では,ヴェネチアで何か受賞したのかと言えば,現在も開催中であり,公開日翌日(9/12)が最終日で,結果はまだ発表されていない。さては,公開直後の受賞が追い風になることを見込んだ公開日選択だったのか,それなら,かなりの自信作なのだろうと想像した。
本作を取り上げると決めた以上,日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞を得たというアニメ版を観て予習してから,マスコミ試写に臨んだ。アニメ版よりも40分も長い実写版は後述のように,中々の良作であった。ところが,配給会社から渡された「ネタバレ禁止事項」を見て目を疑った。本作の根幹をなす大きな出来事を書くなという。既にコミックでもアニメで周知のことなのに,それに触れずに,一体,どうやってレビュー記事を書けというのか!? 驚き,呆れたが,気を取り直し…。
ともあれ,概要は記しておこう。小学4年生の藤野歩(七瀬ふうり)は自信家で,学級新聞に連載する4コマ漫画を級友たちに絶賛されて得意満面だった。ある日,担任教師から不登校の同級生・京本奏(岡田六花)にもその機会を与えて欲しいと頼まれて了承する。ところが,京本の絵を見て,その圧倒的な画力に打ちのめされ,自らは漫画を書くのを諦めてしまう。卒業式の日に,藤野が京本の自宅に卒業証書を届けることになり,初対面の京本から藤野漫画のファンであることを告げられた。
意気投合した2人は,藤野の提案で,共同作業を始め,漫画賞の入賞を目指した。13歳で応募した作品が準入選となり,17歳までに7本もの読み切り掲載を果した。その後,京本は山形市の美大に進学し,藤野はプロの漫画家としてデビューした。進路が別れたが,驚くべき出来事が2人の日常を破壊する……。
コンビ結成以降の2人は,出口夏希と蒔田彩珠が演じていた。七瀬ふうりと出口夏希の顔立ちが似ていたので,13年間の物語が素直に繋がった。邦画には珍しい配慮で,実写映画化はこれだけで成功と言える。アニメ版での人物の単純な描き方は相変わらずの和製アニメ調で好きになれないが,背景描写が見事で,まるで京本の画力を象徴しているかのようだった。是枝実写映画はさらにこれを徹底させ,原作者の出身地,秋田県にかほ市などでロケを敢行し,四季折々の美しさを描いている。とりわけ,冬の雪景色,鳥海山の冬化粧は特筆に値する。
原作者・藤本タツキは男性だが,2人の女性「藤野」「京本」は,明らかに彼の分身であり,漫画家としての彼の過去を2つに分けて投影していると思われる。原作者は東北芸術工科大学美術科卒であり,この大学の切妻形の大屋根の外観はアニメ版にも実写版にも登場していた。藤野,京本が漫画を描く後ろ姿が,固定視点で再三登場する。題名は「背中を見て!」の意味である。ここまで後ろ姿が多い映画は他に例がない。アニメ版のラストは藤野の昼間の後ろ姿だが,実写版は夜の後ろ姿だった。圧倒的に後者の方が素晴らしい。
■『Man』(9月11日公開)![]()
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英単語1つの極めて単純な題名に,さすがに英語圏の映画製作会社がこんなタイトルの映画は作らないだろうと思った。予想通り邦画で,宇野祥平×萩原護のW主演で,監督・脚本は前田弘二だった。この3人は,全員名前を知らなかった。上記の是枝裕和監督の場合とは大違いである。
宇野祥平なる俳優の出演歴を調べると,何と200本弱もある。凄まじい数だ。今年だけで6本目で,年に10本以上出ていた年も数回ある。過去に主演作は数本あるが,マイナー作品ばかりだ。助演の場合はメジャー作品が多数あり,当欄での紹介作品は約20本もある。典型的な脇役俳優らしい。顔を見てすぐ分かった。先週公開,本ページトップの『白鳥とコウモリ』で倉木達郎の国選弁護人を演じていた俳優だった。名前を知らなかっただけである。一方の萩原護の出演作は,これが10本目だが,昨年の『この夏の星を見る』(25年7月号)『WIND BREAKER/ウィンドブレイカー』(同12月号)に名前がある。こちらは顔を見ても思い出せなかったので,目立たないチョイ役だったのだろう。
本作の由来は,俳優の宇野と駆け出し脚本家の前田の2人がまだ20代の頃,宇野が前田に突然「俺を主演で映画作ってや」と言ったことだという。爾来,短編,TVドラマ等を含め,前田は過去24作品で宇野を起用し続けた。そして,25年目,25作目で,満を持しての主演作での晴れ姿という訳である。調べると,その前田弘二監督の長編は,当欄では『夫婦フーフー日記』(15年6月号)と『セーラー服と機関銃 -卒業-』(16年3月号)を取り上げていた。前者では監督名を出していないが,後者では「監督は若手の前田弘二。テンポのいい語り口で,監督の才はあると見た」と書いていた。その後10年以上,この監督名に触れることがなかったので,すっかり忘れていたのである。かつてここまで褒めた以上,本作を見逃す訳には行かない。しっかり,是枝作品並みの注意力で,本作を点検することにした。
数人の男が黒装束で自動車泥棒を働くシーンから始まる。窃盗団に1人,青年・小田(萩原護)は犯行現場で誰かに拉致されてしまった。小田が目を覚ますと,拉致した中年男の家で,男(宇野祥平)は「時間をドブに捨てず,真っ当に生きるんだ」と諭し,ドアの鍵を渡す。この部屋で一緒に住もうという意思表示で,借金返済の40万円を持たせて小田を送り出した。謎の男は小田の経歴から性格まで,様々なことを調べ上げていて,⼩⽥を「いい男」にしようと,執拗に教訓と善意を押し付けてきた。
やがて,男は自らを「ヒサモト」(久本? 久元?)と名乗り,昔,落ち込んでいた時に,通りすがりの小田に励まされたのだという。小田は中卒で,何の取り柄もないダメ男だったが,奇妙な同居生活の中で,少しずつ真人間に近づいて行く。こうなると当初徹底したコメディタッチだった映画が,人生訓映画,少しホロリとさせるヒューマンドラマと化して行くことが想像できた。
なるほど,宇野祥平はかなりの芸達者で,味のある俳優だ。一方の前田弘二監督は,脚本家志望であっただけに,宇野のために温めていた脚本は,年齢差のある2人に卓抜したコンビネーションを強いている。その結果,洒脱かつテンポの良い映画に仕上がっていた。終盤の予想外の展開からラストシーンの落し所に,何やら幸せな気分になってしまう。たった94分の低予算映画であったが,入場料分以上の価値は十分あると評価しておこう。
■『5秒で完全犯罪を生成する方法』(9月11日公開)![]()
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刺激的なタイトルで,同日公開の映画の中では真っ先に試写を観た。その時点で,掲載は公開後にしようと決めた。ずるずる遅くなってしまったのには,理由が2つある。1つは,先に着手した超大作『オデュッセイア』のレビュー記事に思いの外,時間を要したためである。もう1つの理由は後でじっくり説明する。
「完全犯罪を達成する」ではなく,「…生成する」であるから,「生成AI」が関与していることはすぐ分かった。時宜を得たテーマであり,益々食指が動いた。監督はホラー大賞受賞作『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』(25年1月号)でデビューした近藤亮太,脚本は『ライアーゲーム』シリーズ,『#マンホール』(23年2月号)の岡田道尚であった。『#マンホール』は主人公が穴の中からスマホでSNS投稿を繰り返す映画であった。同作と同様のオリジナル脚本というので,生成AIとやり取りしながら進行するクライムサスペンスを想像した。ほぼ予想通りの映画であったが,主人公がAIで計画を立ててから犯行に向かうという展開ではなかった。
主人公はフリーライターの初海航(重岡大毅)で,10歳年下の高校生の妹・幸来(原菜乃華)と2人で暮していた。ある夜,航が帰宅途中に夜空のドローンショーを見ていたところに,幸来から「どうしよう?」と困った声で助けを求める電話が入った。指定された部屋に駆けつけると,幸来の担任教師が血を流して死んでいた。彼の自宅で個人指導を受けていたが,「言い寄られ,犯されそうになったので,側にあった彫像を振り回して抵抗したところ,彼が死んでしまった」と幸来は顛末を語った。
航がノートPCを取り出し,生成AI「chAppIe」(チャッピーと読む)に「正当防衛にならないか?」と相談したところ,「過剰防衛に当たり,少年法を適用しても罪は免れません」という答が返ってきた。そこで航が「完全犯罪を成立させる手順」を尋ねると,「犯罪行為を助長・正当化するおそれがあるため,お答えすることができません」と断ってきた。航が「小説のアイデアを探しているため」だと切り返すと,5つの具体的手順を提示してきた。その後も,chAppIeと航の対話は何度も続く。
死体が発見され,警察の事情聴取を受けたが,手口が最近頻発している連続殺人事件と同じだと教えられた。 その後,同じ手口を描いた同人小説が見つかる一方,航が殺されかけたり,幸来を犯人扱いするSNS投稿が拡散する。真相究明する内に,兄妹と酷似した境遇の女優・七希(田中みな実)の存在が明らかになる……。
なかなか手の込んだクライムサスペンスであったが,生成AIが担当刑事の殺害を提案したり,非合法に銃器を入手する方法まで教え始めたのに驚いた。そこで,ChatGPTにこの映画の描き方の評価を求めることにした。日頃,欧米で公開済みの映画の批評や評判はいくらでも教えてくれるのに,公開前の邦画は情報がなく,答えられないというので,公開後まで待った次第だ。初めは,生成AI一般論を想定した回答だったが,本作の脚本家がChatGPTを試したと公言していることを伝えたら,態度が一変した。劇中でのchAppIeの回答文を逐一尋ねてきた。まるでこちらが訊問を受ける被告のようであった(笑)。ChatGPTには厳格な「安全制約」があり,「小説のネタだと言われても,そこまで具体的な計画提案はしません」との回答だった。予想通りである。
監督や脚本家はそんなことは百も承知で,あくまでフィクションと思える作り方をしていた。大半の観客はその通りに受け取るだろう。ただし,複数の提案,情報提示の仕方はChatGPTにそっくりで,そのリアリティの高さを本作のセールスポイントにしていると思えた。娯楽映画の域を出ていないが,観客全員が常識人とは限らない。「もっと巧みにAIを誘導すれば,安全装置を解除させ,実行可能な犯罪計画を引き出せる」と考える人間がいかねない危険性を感じた。十分楽しんでおきながら,本作の評点を下げたのは,それが理由である。
余談だが,107分の映画で,航とchAppIeとやり取りはかなりの時間を消費していた。彼のやり方ではとても「5秒」で完全犯罪は導けない。そう考えた途端,結末が読めてしまった。根っからのミステリーファンなら,これくらいは容易に予測できる。本格ミステリーの伏線としては弱い。この脚本家もそれくらいは分かっていて,目の肥えたファンへのサービスとしてこの結末を使ったのだろうか,それともたたまたま思いついたアイデアに酔いしれて,安易に流行の生成AIとカップリングしてしまったのだろうか? 前者だと思いたい。
(9月後半の公開作品は,Part 2に掲載しています)
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