O plus E VFX映画時評 2025年12月号掲載
(注:本映画時評の評点は,上から![]()
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■『殺し屋のプロット』(12月5日公開)![]()
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ワクワクするような題名だ。クライム・ムービーであることは自明で,名うての殺し屋が鮮やかに決め技を披露する姿が思い浮かぶ。宣伝用の惹句に「孤高の老ヒットマンが人生最期の完全犯罪に挑む」とあるから,スナイパーの一撃ではなさそうだ。原題は『Knox Goes Away』。Knoxは主人公の姓で,彼が「消え去る,逃げおおす」では面白味がないが,「プロット」の一言を入れたことで, 知力を振り絞って警察を欺く犯罪を完成させ,それを最後に引退するのだと想像してしまう。
監督・主演・製作はマイケル・キートン。かつてのバットマン俳優は長い低迷の後,『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(15年4月号)で完全復活し,オスカー受賞作『スポットライト 世紀のスクープ』(16年4月号)では記者役で渋い演技を見せた。『ビートルジュース ビートルジュース』(24年9月号)では,36年ぶりの続編で前作の主人公を再度怪演し,健在ぶりを印象づけた。ただし,監督作は国内劇場未公開の『クリミナル・サイト 〜運命の暗殺者〜』(09)があっただけで,本作がまだ2本目である。筆者の興味は彼の演出技量よりも,助演の老優・アル・パチーノがどんな役柄で登場し,主人公の完全犯罪にどう関わるのかであった。
主人公のジョン・ノックス(M・キートン)は,2つの博士号を持つ元陸軍偵察部隊の将校で,裏稼業が辣腕の殺し屋であった。それがバレて妻子と別れたため,今では独り暮らしで哲学書を読みふけり,毎週木曜日に売春婦のアニー(ヨアンナ・クーリク)を自宅に呼んで,孤独な日々を紛らわせていた。物忘れが酷くなり,神経科の診察を受けたところ,アルツハイマーではなく,「クロイツフェルト・ヤコブ病」だと宣告される。進行速度は速いが治療法はなく,完全に記憶を失うまで数週間の猶予しかない。彼はすぐに裏稼業からの引退を決意した。ところが,最後の一仕事で発作を起こし,標的以外に無関係な女と相棒のマンシー(レイ・マッキノン)も誤って殺してしまう。 何とか,3人が撃ち合ったように現場を細工し終えて立ち去った。
帰宅したノックスを,10数年間疎遠だった息子・マイルズ(ジェームズ・マースデン)が突然訪ねて来て,「人を殺した。助けてくれ」と言う。16 歳の娘ケイリーをレイプして妊娠させたパーマーなる男を衝動的に刺し殺したと言う。急ぎ犯行現場を点検したが,大量の証拠が残されていたため,マイルズの犯行を隠蔽する「完全犯罪」を思い着いた。翌日,彼を殺し屋稼業に勧誘した親友・ゼイヴィア(A・パチーノ)を訪ねて協力を依頼するが,2つの殺人事件を担当することになったイカリ刑事(スージー・ナカムラ)は,監視カメラからノックスに辿り着いた。果してノックスは「完全犯罪」を成し遂げることができるのか……?
これで「記憶が消える前に,罪を消せ」の意味が分かり,A・パチーノが標的でも戦う相手でもないことに安心した。上記では「?」を付したが,この種の映画が成功で終わらない訳はない。手口は明かせないが,どんな終わり方になるのかを愉しむ映画であるとだけ言っておこう。欲を言えば,A・パチーノの出番がもっとあって欲しかった。一方,日系アメリカ人S・ナカムラ演じるイカリ刑事はかなり優秀で,彼女がノックスを追い詰める描写も本作の脚本の優れた点であった。
■『ペンギン・レッスン』(12月5日公開)![]()
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この邦題は原題をカタカナ表記しただけだが,一体,ペンギンにどんなレッスンをするのかが気になった。原作は英国人作家トム・ミッチェルが自らの体験を2015年に表わしたベストセラーノンフィクション「人生を変えてくれたペンギン 海辺で君を見つけた日」で,それを『フル・モンティ』(97)でオスカー監督となったピーター・カッタネオが映画化している。彼の作品を当欄で紹介するのは初めてだが,何と16年ぶりのメガホンだという。
舞台となるのは1976年,軍事政権下で政情不安のアルゼンチンのブエノスアイレスである。人生に行き詰まりを感じた英国人のトム(スティーヴ・クーガン)は名門寄宿学校セント・ジョージ・カレッジに赴任し,英語教師でラグビー部の副担当も任された。生徒は裕福な家庭の子弟であったが,大半が不真面目で,授業中にも手を焼いた。軍事クーデターが勃発し,学校が休校になったため,気分転換に同僚の物理教師タピオ(ビョルン・ グスタフソン)とウルグアイを訪れた。酒場で知り合った現地女性カリナと明け方のビーチを散策すると,重油まみれになった瀕死状態のペンギンが見つかった。カリナに説得されてホテルまで運び,浴槽で油を落として保護した。カリナはさっさと帰ってしまったので,翌朝,トムはペンギンを海に帰したが,何度も彼の元に戻って来てしまう。止むなく寄宿学校に持ち帰り,「フアン・サルバドール」と名付けて,部屋の中での奇妙な同居生活が始まった。それを応援してくれたのは,メイドのマリア(ヴィヴィアン・エル・ジャバー)と彼女の孫娘ソフィア(アルフォンシーナ・ カロシオ)であった。
生徒の態度もさることながら,何事にも無関心な英国人教師にも好感がもてず,前半は退屈な映画であった。ところが,後半になって映画の印象が一変する。寄宿学校の同僚や生徒に共感を示し,政治的意識に目覚めて行くトムの心情の変化を主演男優S・クーガンが見事に演じていた。それがペンギンの可愛い仕草が影響していると感じさせる監督の演出も秀逸であった。教室に連れて行くと,たちまち人気者になったサルバドールのお陰で,生徒たちの態度までが激変する。ペンギンの存在を知り,一旦はトムに出て行くよう命じた厳しい校長(ジョナサン・プライス)までが心変わりするのには驚いた。
サイドストーリーとして,孫娘ソフィアが共産主義者として逮捕され,軍の幹部に彼女の解放を求めたトムまで拉致されてしまう政治的展開が描かれていた。原作にはない脚色らしいが,軍部の圧政を描いたゆえに,ペンギンの愛らしさがもたらすヒューマンドラマが引き立っていた。「レッスン」はペンギンを飼いならす教育ではなく,ペンギンの存在による学校教育への良好な効果,人間社会が受けたペンギンからの「レッスン」であった。実話であるというから,原作者も寄宿学校も影響を受けたのであろう。人間側の演技としては,祖母マリア役のV・E・ジャバーの存在感が光っていた。
ところで,かなりの演技力を感じたペンギンはどう見ても本物で,CGには見えなかった。実際は,2羽のマゼランペンギン(ババとリチャード)を使い分けて撮影したようだ。それでも,本物のペンギンを重油まみれにする訳には行かない。階段の上り下り等,実物のペンギンには無理がある場面は,人形やアニマトロニクニクスを使用したという。エンドロールには多数のVFXアーティストの名前があったので,そうしたシーンを本物らしく見せるため,VFX処理を加えていたと思われる。
(以下,12月公開作品を順次追加します)
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