O plus E VFX映画時評 2026年9月号掲載
(注:本映画時評の評点は,上から![]()
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(9月前半の公開作品はPart 1に掲載しています)
■『ワンオペレーション』(9月18日公開)![]()
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後半は,この映画から始める。この数年,急に流行語化した「ワンオペ」がテーマで,さすがに題名はフルワードであった。家事,育児,自らの仕事に追われるシングルマザーを想像したが,少し違っていた。難病の娘に振り回され,口うるさい夫の口撃や顧客患者の対応に追い詰められ,パニックに陥って行く主人公の物語である。その姿を想像して,きちんと紹介できるか自信がなくなってきた。洋画だったので,てっきり『One Operation』かと思ったら,原題は全く違っていた。『If I Had Legs I'd Kick You』であった。ようやく思い出した。今年のアカデミー賞ノミネート作品であったが,一向に公開されない映画であった。オスカーは逃したものの,GG賞ではしっかりM/C部門の主演女優賞を獲得している。これは見逃せない。コメディ要素もあるのかと楽しみにした。
主人公のリンダ(ローズ・バーン)は心理療法士だったが,毎日,原因不明の摂食障害をもつ幼い娘に振り回されていた。夜も栄養補給用チューブを取り換えるため,常に睡眠不足である。口が達者で我が侭な娘を連日病院に連れて行くが,厳格な担当医(メアリー・ブロンスタイン)からは,体重が目標値に達しないことを叱責される。夫チャールズ(クリスチャン・スレイター)は船乗りで,一度出航すると長期間家にいないが,心配性のため頻繁にスマホに電話をかけてくる。職場では多数の顧客を相手にするが,中でも産後不安でパラノイア気味のキャロライン(ダニエル・マクドナルド)は扱いにくかった。リンダ自身も同僚のセラピスト(コナン・オブライエン)のセラピーを受け,積もった鬱憤をぶちまける。
そんな日常の中で,突然自宅の天井に大きな穴が開き,家中が水浸しになる。止むなく格安モーテルで暮すことになった。そのフロントの女性や病院の駐車場係の横柄な態度に思わずキレてしまう。修理業者は休暇をとって,一向に修繕に来ない。さらにキャロラインがリンダのオフィスに赤ん坊を置き去りにして失踪する。リンダは毎夜悪夢を見るが,遂に幻覚まで見えるようになる……。
よくぞ,ここまで不愉快になる脚本を書いたと感心した。監督・脚本は女優で脚本家のメアリー・ブロンスタインで,これが長編2作目ある。心理学の修士号を持ち,プレイセラピーの経験や,重病の娘とのモーテル暮らしは,監督の実体験のようだ。さすがに天井崩落はフィクションで,「自伝ではないが,感情的には真実」だと言う。
「私に脚があれば,お前を蹴ってやるのに」を意味する原題から,主人公が歩行不能になり,劇中でこのセリフが登場するのかと思ったが,全くそれはなかった。主人公の「極度のストレスと無力感を象徴する言葉」としてこのタイトルをつけたようだ。強迫観念で精神錯乱になりながら,母親としての責任感を真っ当しようとする主人公を演じたR・バーンは,確かに演技賞に値する熱演であった。それは評価できたが,面白い映画ではない。
日本での映画宣伝では,「ワンオペ問題」「ワンオペ地獄」「現代社会の構造的問題」がかなり前面に出ている。そのため,単に「家事・育児・仕事を一人で頑張る母親」の映画だと受け取られるなら,監督の深い意味の意図を損なっている。原題が日本語化しにくいのは理解できるが,単純な『ワンオペーレーション』にしてしまったのは,安易な広報宣伝用と見做されても仕方がない。
■『さとこはいつも』(9月18日公開)![]()
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一転して,楽しい映画だ。観た人の誰もが幸せを感じる映画で,今月の一推しである。「監督・脚本 沖田修一」の名前を見ただけで,待ち遠しかった。長編デビュー20周年で,完全オリジナル脚本だという。最近3作の視聴機会がなかっただけに,余計に期待が膨らんだ。
過去作では『南極料理人』(09年9月号)と『横道世之介』(13年3月号)の印象が強いが,当欄では他に『キツツキと雨』(12年2月号)『モヒカン故郷に帰る』(16年4月号)『モリのいる場所』(18年5・6月号)『おらおらでひとりいぐも』(20年Web専用#5)の4本も紹介している。改めて読み直してみると,毎度,この監督にはもっと多くを求めるような書き方をしていた。
タイトル中は「さとこ」と仮名であるが,「15歳の中井聡子」「35歳の西田沙都子」「55歳の飯島里子」の3人それぞれが主人公で,この監督には珍しい3話オムニバス形式である。ところが,ポスターやチラシの画像では,3人並んで教室らしき部屋に座っている。各話は全く独立したエピソードではなく,他人だった3人が少しずつ交差して行くという。どの場面で3人の「さとこ」が揃うのかを楽しみに観ることにした。
中学3年生の聡子(姫野花春)は慢性のアレルギー性鼻炎で,耳鼻科でネブライザーを鼻の穴に入れて薬剤を吸入していた。そこにイケメン同級生の早瀬(小川冬晴)が現われ,同じ治療を受ける。恥ずかしい姿を見られたことから聡子は親しみが湧き,一気に早瀬に恋をする。一緒に並んで歩く病院帰りは,聡子の至福の時間だった。歌舞伎鑑賞の感想文を国語教師の寺尾(吉田羊)に褒められ,文章練習を勧められた。聡子は次第に夢中になり,早瀬との初恋を文にし始める。ところが,早瀬が別の女子生徒とヨリを戻し,寺尾先生も転勤したことから,聡子は書き上げた「初恋物語」の束をゴミ箱に……。
映画配給会社勤務の沙都子(有村架純)は韓国映画担当だったが,宣伝素材を巡って上司や後輩と意見が合わず,文案もボツになる。印刷会社の営業・村本(オダギリジョー)との不倫関係も6年目を迎えたが,それを知った村本の妻がナイフを持って沙都子を襲う。元々は小説家志望であった沙都子は,病室での退屈凌ぎに,村本との出逢いから事件の顛末までをPC上で綴り始めた。復職した沙都子は,韓国オタクの新入社員・嶋(青木柚)と仕事を進める内に男女関係に進んでしまい,村本との不倫小説のファイルは消去ボタンの対象となり……。
20年間,毎朝3人の息子のお弁当を作り続けた里子(石田ひかり)は,ようやくその最終日を迎えた。緊張の糸が切れた里子は,大好きなトランポリン練習中に落下して右腕を骨折してしまった。病院での同室者との会話から,かつて作家になる夢を抱いていたことを思い出し,「初恋の物語」をノートに書き始めた。それを覗き見した夫・重明(筒井道隆)は,息子にも読ませることを勧め,息子はそれを自分のPCに入力し始める……。
少し風変わりな人物を描くのが得意な監督であるが,本作の3人はさほどの奇人ではなかった。それでも,3人の「さとこ」が考える小説の展開が可視化され,見事に描き分けられていた。聡子の初恋は暴走気味の妄想で,沙都子の不倫恋愛の記憶追跡は呆れる展開,年配の里子の初恋は古風なほのぼのとした恋心のレベルであった。有村架純,石田ひかりや,各話での助演陣は名のある俳優だが,聡子役の姫野花春はオーディションで選ばれた新人である。美少女ではないが,愛らしい。とりわけ,初恋で有頂天になる様子の演技が秀逸だった。
どこで物語が交差し,3人が出会うかは観てのお愉しみとしておこう。ソフトボール部,韓流映画のシーン,花屋の店頭,書店の書棚等々の小ネタの鏤め方も相変わらず上手い。3人の「さとこ」の共通点は,アレルギー性鼻炎と塩辛好きであり,各話で美味しそうな「おでん」のシーンが登場する。きっと監督自身か家族の誰かがそうなのだろう。ちなみに,筆者も花粉症もちで,塩辛やおでん好きであるが,耳鼻科に通うほどではない。小説を書きたいとは思わなかったし,自伝や初恋体験を他人に語る気もない。せいぜいこうした映画評を書き,その中で自分の嗜好や経験に軽く触れる程度である。
■『八つ墓村』(9月18日公開)![]()
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言わずと知れた横溝正史の代表作の1つで,これが4度目の映画化である。TVでも何度かドラマ化されている。横溝ファンなら,すぐに『本陣殺人事件』『獄門島』『犬神家の一族』『悪魔が来りて笛を吹く』等々の題名を思い出すはずだ。と書いてから気になったのは,最近の若い世代は,題名どころか,「横溝正史」の名前すら知らないのではないか,この映画に興味をもたないのではとの懸念である。
いやそんなことはない,世代の問題でなく,本格ミステリーファンは,古典的名作を漁り,同じ作家の代表作を次々と読む。映画化されていれば,旧作ビデオを探して眺め,名探偵役の俳優を比べるはずだ。アガサ・クリスティと同レベルで横溝正史は知っていて,ポワロ役と同様,金田一耕助役の俳優を比較したくなるに違いない。
横溝作品が爆発的にヒットしたのは1970年代後半で,角川文庫化が契機となり,映画は1975〜81年に8本も公開されている。その後は,15年後の『八つ墓村』(96),さらに10年後の『犬神家の一族』(06年12月号)があっただけで,本作までの20年間,全く映画化されていない。ただし,2007年以降も,稲垣吾郎や吉岡秀隆主演のTVドラマが多数放映されている。よって,今回は「原作小説を多数読破している層」「70年後半の映画を観まくった層」「この20年間のTVドラマでファンになった層」を前提とした紹介記事を書くことにした。本作の監督は,Jホラーの旗手・清水崇監督であるので,謎解きよりも,ホラー性が強いことを意識した方がよい。
東京に住む井川辰弥(奥智哉)は,就職内定ゼロ,彼女なしの大学生だったが,15年前に自分を捨てた母の訃報が届いた。不思議な探偵・金田一耕助(尾上松也)が現われ,「名家・田治見家から辰哉の捜索依頼を受けた。莫大な遺産の相続人になっている」と言う。彼に誘われ,岡山県の「八つ墓村」に向かうと,最寄り駅に妖艶な未亡人の森美也子(堀田真由)が待っていた。彼女が運転する車で山奥の村に向かう途中,「8人の落ち武者伝説」が残る「古い因習の孤立した村」だと告げられる。
大きな屋敷に着くと,大叔母にあたる双子の老婆の田治見小竹・小梅(高島礼子の二役),異母兄の久弥(滝藤賢一)や一族が,物々しく出迎えていた。久弥からは,田治見家を守って欲しいと懇願される。そして,双子の老婆や金田一らも見守る大広間の中で,最初の毒殺事件が起こる。その後も,不可解な殺人事件が続き,関係者が次々と死亡して行く。辰哉や金田一も,この一連の事件に巻き込まれる……。
この種の映画は,続きを書くとネタバレになってしまい,楽しみがなくなるので,これ以上,物語の展開は書かない。ただし,原作や旧作『八つ墓村』(77)との共通点や大きな違いには言及しておこう。配給元の松竹が「金田一耕助登場80周年の令和版」と強調するだけあって,見事に現代化されていた。岡山に向かう新幹線車中で,辰哉はスマホを操作して「八つ墓村」や「田治見家」を検索している。清水監督らしく,ホラー性は強調され,ビジュアル的な恐ろしさが増している。毒殺事件の数も被害者もかなり異なる。金田一耕助は犯人探しの探偵役でなく,「村に400年間渦巻く怨念・呪いの正体を暴く狂言廻し」で,辰哉とはバディ関係のガイド役である。結末も改変され,森美也子の扱いがかなり異なる。
清水崇監督も「新解釈やオリジナル展開」というだけあって,まるで別の映画かと思う内容だ。「横溝正史の皮を被った,清水崇流の新しい戦国ホラー映画」と考えることもできる。それでいて,1977年当時,流行語となった「祟りじゃーっ!」のセリフはしっかりあるし,鍾乳洞のシーンも登場する。旧作へのオマージュである。尾上松也の金田一耕助に関しては,歴代と比べても遜色はなかった。もう数作,この役に起用して好いかと思う。
最後に「原作や70年代の金田一耕助映画のファン」のために,筆者の失敗談も披露しておこう。20年前に『犬神家の一族』(06)を観ながら,あれっ,「双子の老婆」や「祟りじゃーっ!」は出て来ないのか,と思ってしまった。2大ヒット作の「犬神家の一族」と「八つ墓村」が,記憶の中で混線していたのである。そもそも横溝作品は類似性が高く,両作とも「地方の名家」「莫大な遺産相続」「血みどろの連続殺人」の王道要素を含んでいた。本作ではしかと「双子の老婆」「祟りじゃーっ!」は出て来るが,期待しても「生首の菊人形」や「水面から突き出た足」は登場しないので,注意されたい(笑)。
■『ハート・オブ・ビースト』(9月25日公開)![]()
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試写を観る前から,かなり期待した映画である。その理由は2つある。1つは,ほぼ世界同時公開で,完成披露試写の案内が届いたからだ。大きな前宣伝がなかったのにこの扱いの場合は,内容が充実していて,配給会社にとって自信作である証拠だからだ。
2つ目は,監督はデヴィッド・エアー,主演はブラッド・ピットという組み合わせだったからである。D・エアー監督はアンチヒーロー映画『スーサイド・スクワッド』(16年9月号)の印象が強いが,ブラピとのコンビでは『フューリー』(14年12月号)があった。第二次世界大戦末期の戦車隊の物語で,なかなかの良作だった。製作会社Plan Bのオーナーであるブラピが自ら主演で登場する場合は,まず間違いなく意欲作で,脚本が秀逸である。その点でも本作は期待がもてた。
ところが,ある紹介記事によると,彼の演技は「助演男優賞」ものだという。他の主演級俳優の好演に食われてしまったのかと言えば,そうではない。そもそも彼の他に人間の出演者は2人しかいない。劇中でずっとバディ関係を組む犬が主役で,このシェパード犬がパルムドッグ賞級の名演技らしい。そのつもりでこの犬の演技を凝視して観たが,期待通りの良作であった。
さて,このレビュー記事を書こうとして,プレス資料を眺めようとしたところ,別の映画のファイルを開けてしまった。先月の『ラスト・サバイバー』(26年8月号)である。なぜ混同したかの原因は,同作との類似点や出来映えの比較を含めて後述する。
主人公のジェームズ・ベルモント(B・ピット)は元米国陸軍の上級曹長で,特殊部隊に所属し,長年イラクやアフガニスタンで危険な任務に就いた経験があった。退役した彼は,右前脚に義足をつけた元軍用偵察犬のオーディン(ウーバー)を相棒として,セスナの水上機でアラスカ奥地の湖を巡り,豊かな自然の中での生活を満喫していた。途中で出会ったのは,旅人のワトキンス(J・K・シモンズ)だけで,湖近くのキャンプ地で缶ビールを飲みながら談笑する。その後のフライト中にジェームズが心臓発作を起こし,からくもある湖の中に墜落する。何とか一命は取り留めたものの,彼らが落ちたのは人里からはかなり離れた「魔の領域(Heart of the Beast)」であった。峰々をいくつも越え,獰猛な熊や狼にも遭遇する中で,かつて戦場で得た生き残り術をフル活動して,生還までの戦いが続く。果して,彼らは無事にホームに戻り着くことができるのか……。
『フューリー』のレビューで「戦争映画史に残る一作」と書いたが,本作は「サバイバル映画史に残る傑作」である。そのサバイバル術の描写が見事で,それだけで興味津々だった。最大の見どころは,朽ちた丸木橋上の移動と崖下の急流に落ちたジェームズをオーディンが救出するシーンであった。訓練された犬とはいえ,ここまでの演技を引き出せるのか,一体どうやって撮影したのだろうと思う名場面である。
『ラスト・サバイバー』との混同は,主人公のセスナ機の飛行とシェパード犬の登場が共通で,本作がサバイバル映画の上,『ラスト…』の原題が『The Dog Stars』であったからである。メイン画像が,中央に主人公と犬という構図までそっくりだ。まだ同作は映画館で上映中であるし,本作は地味な題名で覚えにくい。後々,ネット配信での視聴やDVD購入の場合も,間違って選ばないよう注意されたい。筆者は本作の試写観賞中から,『ラスト…』との類似を意識しながら観ていた。『ラスト…』も『シェルター』(26年8月号)も,愛犬が途中で死亡していたから,本作のオーディンが最後まで生き残れるか心配になった。ネタバレになるので結末は書けないが,冒頭の道路上のシーンを思い出せば,答は最初から与えられていたことが分かる。
アラスカの山々の美しさに感激したが,実際はニュージーランドで撮影したそうだ。地球の反対側と言える程離れているが,壮大な山脈,氷の川や氷河の景観は驚くほど似ていたという。オーディンを演じるシェパード犬もニュージーランドで4匹を調達したが,メイン犬は体重45kgの「ウーバー」である。元警察犬,捜索救助犬であったから,履歴も文句なしだ。義足を外すと,右前脚が半分なかったので驚いたが,これはCG/VFXの産物だろう。ともあれ,映画としての出来映えは,『ラスト…』よりも本作の方がかなり上だと感じた。
■『藁にもすがる獣たち』(9月25日公開)![]()
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今月号の締めは,ここから4本邦画が続く。不思議なことに,今月はかなり邦画が多かった。16本中11本で66.8%,Part 2だけなら,何と75%である。5月号31.3%,6月号50%,7月号33.3%,8月号30%であったから,今月の邦画比率が格別に高い。その理由はよく分からない。
本作の原作は,江戸川乱歩賞作家・曽根圭介の同名小説で,先に2020年に韓国で映画化されていた。当欄では(21年1・2月号)で紹介した。この邦画の監督は『嗤う蟲』(25年1月号)『名無し』(26年5月号)の城定秀夫,脚本は『岸辺露伴は動かない』シリーズの小林靖子である。原作や韓国版で初老の男であった主人公を,YouTuberの大学生に変更しているというので,「韓国版」との違いを意識して観ることにした。
チャンネル登録者数たった2桁のマイナ-YouTuberの佐藤寛治(鈴鹿央士)は認知症の祖母・富子(風吹ジュン)と暮していた。ある日,バイト先のネットカフェで,急ぎ店を出て行った客が残したボストンバッグを開けると,中には何と1億円もの札束が入っていた。寛治はそのバッグを一旦保管庫に置き,タイミングを見て,自宅に持ち帰った。
一方,生活安全課の不良警官・江波戸良介(成宮寛貴)はヤクザ組長・郷田巌(岩松了)から借りた金を返せずいた。怪力男の組員から激しい取り立てを受けていたが,思わぬ金の話が舞い込み,良介はそれを当てにした。また,平凡な主婦・庄田美奈(MEGUMI)は投資の失敗で多額の借金を抱え,夜の店で働き始める。夜の街で出会った悪女「し〜な」(森七菜)が,美奈に近づき,保険金絡みの怪しげな計画を持ちかけた。そんな中で,山中で遺体が発見され,それまで無関係であった人物たちの人生が「1億円」によって交錯し始める……。
最初に1億円入りにバッグを見せておき,なぜ大金がネットカフェに置かれていたかの事情を徐々に解き明かすという構成である。店に通う客の武藤真哉(前田旺志郎)は本気で美奈に恋してしまい,美奈の窮状を救うため,思い切った行動を起こす。また,刑事・良介の元カノで,組長・郷田の元愛人である「真梨愛」なる小悪魔的な女性が,彼女は自分の店をもちたいと良介に持ちかけ,郷田から借金をさせる。このトラブルメーカーの女性が物語の大きな鍵を握っていた。
韓国版では,江波戸を刑事でなく,出国管理局の職員にしていた上に,殺される対象やバッグを置きに来た人物を原作から改変していた。結末を含め,本作も様々な変更を加えていたが,観てのお愉しみとしておこう。予め鏤められていた伏線が,ラストで一気に回収される痛快サスペンスであることは,両作とも同じだった。
劇中映画である『仁義なき戦い』(73)での,菅原文太の登場シーンが嬉しかった。おー,これは東映映画であったなと実感する。普通に観ていれば,何とか寛治が1億円を手にできるようにと応援してしまう。他の出演者の中では,森七菜に悪女は似合わないと感じた。意外性をもたせたキャスティングだろうが,もっとワルに見える女優を配した方が良かった。老女役の風吹ジュンの認知症(?)ぶりが楽しかった。エンドロールまで観終えると,彼女が事実上の主役であると思えてきた。
■『しびれ』(9月25日公開)![]()
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Part 1の『ルックバック』は是枝裕和監督作品で,今年のヴェネチア国際映画祭のコンペティション部門出品作品であったが,こちらはベルリンのパノラマ部門出品で,監督・脚本は内山拓也監督である。『若き見知らぬ者たち』(24年10月号)は,全体的に暗く,結末も爽やかな映画ではなかった。「初の商業映画」という触れ込みであったので,才能は認めつつも,「プロの映画監督を続けて行くなら,観客を楽しませる映画作りであって欲しい」という苦言を呈した。本作は,この監督の自伝的作品であり,舞台も出身地の新潟が中心であるというので,前作からの進歩があるのかを意識して試写を観た。
映画の冒頭は,父親(永瀬正敏)の激しいDVシーンから始まる。日本海沿いの町に暮らす少年・大地(穐本陽月)は,幼少期の父親の振舞いで,言葉を発しなくなった。少年時代の大地(加藤庵次)は,母の亜樹(宮沢りえ)と雑居ビル屋上のプレハブ小屋に暮らしていたが,夜の水商売で生計を立てる母は殆ど家に帰らなかった。生活は困窮していて,大地は家事も買物も1人でこなしていた。ポリタンクで川に水汲みに行き,近くの店で野菜を万引きする。僅かな小銭で,母親のために自販機から缶ビール(キリン一番搾り)と洋モク(マールボロ)を購入する。他人とは,筆談でしか接することができなかった。もうここまでで,哀れを誘った。
数年後の大地(榎本司)は,既に病もちの母親ともに,叔母の智子(赤間麻里子)の家に居候していた。ユダヤ教信者の叔母は最低限の住まいは与えてくれたが,姉・亜樹の乱れた生活に呆れ,大地にも厳しく接した。ここでも居場所のなかった大地は,ますます内気になる。母の愛人の暴力に耐えかねた大地は入水自殺を図るが,不法滞在のロシア人(タラセンコ・ロマン)に助けられた。大地にとって,唯一の心を許せる友であった。25歳になった大地(北村匠海)は東京で,バーテンダーとして働いていた。耳にピアス,顔,手,首から肩にタトゥを入れている。新潟の施設で暮す母を訪ねた時に,父がまだ新潟に住んでいることを知る。その居場所を突き止めた大地の手には,ナイフが握られていた……。
主演の北村匠海の出番は僅か40分程度だった。幼少年期に3人の子役を配しただけあって,監督が自らの同時期を演じるに足る俳優を選んだのだろう。母親役の宮沢りえは,年齢とともにすっかり演技派女優となり,当欄では『トイレのピエタ』(15年6月号)『人間失格 太宰治と3人の女たち』(19年Web専用#4)『映画ラストマン -FIRST LOVE-』(25年12月号)等の数本で様々な役柄を紹介した。本作は「息子への確かな慈愛が滲む母親役」というが,余りそうは思えなかった。こういう自堕落な母親は他作品でもよく見かけるが,誰も全く好きになれない。家族愛の物語なら,『湯を沸かすほどの熱い愛』(16年11月号)の母親役のようであって欲しかった。一方,父親役の永瀬正敏は,冒頭の暴君から一転して,終盤の老いた姿の演技が渋く,見事だった。
子供時代,両親,叔母,ロシア人は,すべてこの監督が体験したことなのだろうかと思いつつ観ていた。多少の誇張はあるのだろうが,ほぼ個人体験通りだと思えた。全編で暗い物語であったが,最後に少し明るい笑顔が見られたのが救いであった。この少年が,文化服装学院を経て,独学とはいえ,どうやって映画監督デビューできたのかが知りたくなった。次作は,その部分の自伝を明るい映画として描いてくれることを期待したい。
■『ナギダイアリー』(9月25日公開)![]()
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こちらはカンヌのコンペティション部門の出品映画で,監督・脚本は『淵に立つ』(16)の深田晃司,主演は松たか子だ。邦画に分類したが,映画国籍としては,フランス,シンガポール,フィリピンとの共同製作となっている。長編作品をすべて海外映画祭に出品している監督であるから,事前運動や広報目的も兼ねた戦術なのだろう。
この監督の映画は,当欄では過去に,インドネシアとの合作映画『海を駆ける』(18年5・6月号)と筒井真理子主演の『よこがお』(19年7・8月号)を紹介している。前者は,盛り沢山で,食い散らかした感があり,好きになれなかった。後者は,脇役俳優の筒井真理子が主演というのが珍しかったが,地味な初老の女性を描いた人間模様の描写に好感が持てた。本作は,劇作家・平田オリザの代表的な戯曲『東京ノート』が原案で,舞台を地方都市の美術館に移して展開させた映画だという。
主人公は,自然豊かな町「ナギ」に住む彫刻家の遠藤寄子(松たか子)で,日々創作活動に明け暮れていた。ある日,台湾と東京で建築家として活動する坂下友梨(石橋静河)が,数日間の休暇とって,寄子に会いに来た。友梨にとっての寄子は,別れた夫の姉であるが,今も2人の交流が続いている。早速,友梨は彫刻のモデルを務めるとともに,ナギに住む人々とも接する。住む環境や価値観が異なる女性2人が本音を語り合うシーンが長々と続く。その一方で,妻を亡くした寄子の幼なじみ・井口好浩(松山ケンイチ)とその息子・春樹(川口和空)も寄子と親しくしている。当然,好浩と寄子が結ばれると思ったのに,一向に進展がない。それでは,好浩が友梨に思いを寄せるのかと思ったが,それもなかった。
前半は何事も起こらず退屈だったが,残り1/3辺りから,急にドラマチックな展開となる。春樹の親友の圭太(藤原聖)が自分の思いを伝え,春樹がそれを受け容れたため,少年2人の同性愛物語となる。2人は高校進学を断念し,一緒に暮すと言う。当然,常識人の親は反対したため,2人は嵐の夜に家出してしまった……。
「ナギ」は架空の町で,モデルは岡山県奈義町だという。モデルではなく,どう見てもそのものだ。『東京ノート』のモチーフは小津安二郎の『東京物語』(53)であるから,本作は『奈義日記』で良かったのにと思った。それをカタカタ題名にしたのは,海外映画祭を意識したためだろう。終盤をLGBTQ映画にした意図が理解できなかった。『東京物語』にも『東京ノート』にも,そんな要素は微塵もない。これも海外ウケ狙いなのか,それとも女性2人の会話だけでは尺がもたないので,キャッチコピーの「知らなかった。私のこと,あなたのこと」を拡大解釈して,Boys’ Loveまで盛り込んだのだろうか。『東京ノート』のような群像劇にするには,奈義町は小さ過ぎる。
それでも,筆者にとっては,大きな収穫が2つあった。「奈義町現代美術館(Nagi MOCA)」の存在を知っただけでも本作を観た価値があった。巨大インスタレーションと建築が一体化した芸術作品が目玉で,よくぞ人口5千人台の町にこんな美術館を造ったものだと感心した。
もう1つは,友梨役の石橋静河の魅力を再認識したことである。出世作『夜空はいつでも最高密度の青色だ』(17年5月号)では,「さほど美人でない」「石橋凌と原田美枝子の娘」との記憶しか残っていない。その後,『きみの鳥はうたえる』(18年Web専用#4)を含め,当欄では出演作を5作品も紹介しているが,特別な印象はなかった。本作での存在感は抜群で,完全に松たか子を食っていると感じた。週明けから始まるNHK朝ドラ『ブラッサム』の主演を務めるというので,本作の公開時期はそれに便乗したのかも知れない。
■『襲名』(9月25日公開)![]()
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今月の当欄のトリは,日本の伝統芸能・歌舞伎の一大イベントである名跡継承を描いたこの映画だ。大ヒット作『国宝』(25年6月号)が「伝統の血か,才能か」がテーマであっただけに,本作はどちらなのかと気になった。本作はドキュメンタリー映画であり,それも歌舞伎界の頂点「十三代目市川團十郎白猿襲名」を正面から捉えた映画であった。しかも,監督は三池崇史であり,これが彼の初ドキュメンタリーだという。もうそれだけで話題性は十分だ。
三池監督と言えば,当欄でしばしば「何でも撮る鬼才」と称するように,純愛映画,怪物映画,和製西部劇等々,ジャンルを問わず,どんな映画でもこなす。監督作は70本を超え,当欄でも10数本を紹介しているはずだが,三池監督と当代・市川團十郎の組み合わせには,格別の思いがあった。今から15年前の『一命』(11年10月号)で,まだ十一代目市川海老蔵時代の「梨園の御曹司」を主演に起用していた。三池監督にとっては『十三人の刺客』(10年10月号)の大成功の後の時代劇2作目であったが,市川海老蔵は元暴走族の男に暴行された事件後の主演作であった。無期限の歌舞伎出演自粛中であったため,「それで,映画出演なのか」とメディアの標的となっていた。実際は,事件前に撮影された映画で,内容的にも堂々たる本格的時代劇であった。当欄の紹介記事では,「所作にも目の演技にも型があり,初老の武士になり切った迫真の演技」と高評価していた。
さて,そうした経緯の後に観た本ドキュメンタリーである。映画は十三代目襲名の見事な「口上」のシーンから始まる。一転して,2019年5月,十三代目として「市川團十郎白猿」を名乗ること,長男・勸玄が「八代目市川新之助」を同時襲名することの記者会見場面となる。その後,初代からの「市川團十郎」の歴史が詳しく語られる。さらに,当人の幼少期からの悩み,十三代目襲名を意識した頃からの名人に近づこうとする真摯な態度への変化等,大名跡継承に相応しい見事な構成であった。
見どころは多過ぎて書き切れないが,「義経千本桜」をベースにした通し狂言「星合世十三團」での1人13役の早変わりへの挑戦,その舞台裏の描写が白眉だった。父・十二代目市川團十郎が「歌舞伎十八番」の内,長らく演じられていなかった「外郎売(ういろううり)」を復活させたこと,それを孫の八代目市川新之助が継承する舞台も感慨深かった。ビジュアル的には,現代美術家・村上隆による「歌舞伎十八番」をモチーフにした祝幕(縦 7.1m×横 31.8m)の創作過程が印象的であった。
そうしたエピソードの後,最後にコロナ禍で延期されていた襲名披露公演の見せ場が登場する。「助六由縁江戸桜」の「花川戸助六」と,「勧進帳」の「武蔵坊弁慶」である。後者では,十一代目と十二代目の過去の舞台映像が登場し,十三代目の演技と重なってシンクロするのに驚いた。ジャンルは違えど,マーティン・スコセッシ監督の『ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト』(08)に匹敵する名作かと思って観ていたが,この様々な演出上の工夫により,本作の方が数段上である。
本稿を書くに当たって,本作がヴェネチア国際映画祭のアウト・オブ・コンペティション部門出品作品であったことを知った。日本映画として初めて「Cinema & Arts Award」の最優秀作品賞を受賞した。被写体である團十郎自身も参加し,レッドカーペット上を本物の歌舞伎衣裳と化粧姿で歩いたという。現地ではさぞかし話題になったことだろう。
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