O plus E VFX映画時評 2026年9月号掲載

その他の作品の論評 Part 2

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


(9月前半の公開作品はPart 1に掲載しています)

■『ワンオペレーション』(9月18日公開)
 後半は,この映画から始める。この数年,急に流行語化した「ワンオペ」がテーマで,さすがに題名はフルワードであった。家事,育児,自らの仕事に追われるシングルマザーを想像したが,少し違っていた。難病の娘に振り回され,口うるさい夫の口撃や顧客患者の対応に追い詰められ,パニックに陥って行く主人公の物語である。その姿を想像して,きちんと紹介できるか自信がなくなってきた。洋画だったので,てっきり『One Operation』かと思ったら,原題は全く違っていた。『If I Had Legs I'd Kick You』であった。ようやく思い出した。今年のアカデミー賞ノミネート作品であったが,一向に公開されない映画であった。オスカーは逃したものの,GG賞ではしっかりM/C部門の主演女優賞を獲得している。これは見逃せない。コメディ要素もあるのかと楽しみにした。
 主人公のリンダ(ローズ・バーン)は心理療法士だったが,毎日,原因不明の摂食障害をもつ幼い娘に振り回されていた。夜も栄養補給用チューブを取り換えるため,常に睡眠不足である。口が達者で我が侭な娘を連日病院に連れて行くが,厳格な担当医(メアリー・ブロンスタイン)からは,体重が目標値に達しないことを叱責される。夫チャールズ(クリスチャン・スレイター)は船乗りで,一度出航すると長期間家にいないが,心配性のため頻繁にスマホに電話をかけてくる。職場では多数の顧客を相手にするが,中でも産後不安でパラノイア気味のキャロライン(ダニエル・マクドナルド)は扱いにくかった。リンダ自身も同僚のセラピスト(コナン・オブライエン)のセラピーを受け,積もった鬱憤をぶちまける。
 そんな日常の中で,突然自宅の天井に大きな穴が開き,家中が水浸しになる。止むなく格安モーテルで暮すことになった。そのフロントの女性や病院の駐車場係の横柄な態度に思わずキレてしまう。修理業者は休暇をとって,一向に修繕に来ない。さらにキャロラインがリンダのオフィスに赤ん坊を置き去りにして失踪する。リンダは毎夜悪夢を見るが,遂に幻覚まで見えるようになる……。
 よくぞ,ここまで不愉快になる脚本を書いたと感心した。監督・脚本は女優で脚本家のメアリー・ブロンスタインで,これが長編2作目ある。心理学の修士号を持ち,プレイセラピーの経験や,重病の娘とのモーテル暮らしは,監督の実体験のようだ。さすがに天井崩落はフィクションで,「自伝ではないが,感情的には真実」だと言う。
「私に脚があれば,お前を蹴ってやるのに」を意味する原題から,主人公が歩行不能になり,劇中でこのセリフが登場するのかと思ったが,全くそれはなかった。主人公の「極度のストレスと無力感を象徴する言葉」としてこのタイトルをつけたようだ。強迫観念で精神錯乱になりながら,母親としての責任感を真っ当しようとする主人公を演じたR・バーンは,確かに演技賞に値する熱演であった。それは評価できたが,面白い映画ではない。
 日本での映画宣伝では,「ワンオペ問題」「ワンオペ地獄」「現代社会の構造的問題」がかなり前面に出ている。そのため,単に「家事・育児・仕事を一人で頑張る母親」の映画だと受け取られるなら,監督の深い意味の意図を損なっている。原題が日本語化しにくいのは理解できるが,単純な『ワンオペーレーション』にしてしまったのは,安易な広報宣伝用と見做されても仕方がない。

■『さとこはいつも』(9月18日公開)
 一転して,楽しい映画だ。観た人の誰もが幸せを感じる映画で,今月の一推しである。「監督・脚本 沖田修一」の名前を見ただけで,待ち遠しかった。長編デビュー20周年で,完全オリジナル脚本だという。最近3作の視聴機会がなかっただけに,余計に期待が膨らんだ。  過去作では『南極料理人』(09年9月号)と『横道世之介』(13年3月号)の印象が強いが,当欄では他に『キツツキと雨』(12年2月号)『モヒカン故郷に帰る』(16年4月号)『モリのいる場所』(18年5・6月号)『おらおらでひとりいぐも』(20年Web専用#5)の4本も紹介している。改めて読み直してみると,毎度,この監督にはもっと多くを求めるような書き方をしていた。
 タイトル中は「さとこ」と仮名であるが,「15歳の中井聡子」「35歳の西田沙都子」「55歳の飯田里子」の3人それぞれが主人公で,この監督には珍しい3話オムニバス形式である。ところが,ポスターやチラシの画像では,3人並んで教室らしき部屋に座っている。各話は全く独立したエピソードではなく,他人だった3人が少しずつ交差して行くという。どの場面で3人の「さとこ」が揃うのかを楽しみに観ることにした。
 中学3年生の聡子(姫野花春)は慢性のアレルギー性鼻炎で,耳鼻科でネブライザーを鼻の穴に入れて薬剤を吸入していた。そこにイケメン同級生の早瀬(小川冬晴)が現われ,同じ治療を受ける。恥ずかしい姿を見られたことから聡子は親しみが湧き,一気に早瀬に恋をする。
一緒に並んで歩く病院帰りは,聡子の至福の時間だった。歌舞伎鑑賞の感想文を国語教師の寺尾(吉田羊)に褒められ,文章練習を勧められた。聡子は次第に夢中になり,早瀬との初恋を文にし始める。ところが,早瀬が別の女子生徒とヨリを戻し,寺尾先生も転勤したことから,聡子は書き上げた「初恋物語」の束をゴミ箱に……。
 映画配給会社勤務の沙都子(有村架純)は韓国映画担当だったが,宣伝素材を巡って上司や後輩と意見が合わず,文案もボツになる。印刷会社の営業・村本(オダギリジョー)との不倫関係も6年目を迎えたが,それを知った村本の妻がナイフを持って沙都子を襲う。元々は小説家志望であった沙都子は,病室での退屈凌ぎに,村本との出逢いから事件の顛末までをPC上で綴り始めた。復職した沙都子は,韓国オタクの新入社員・嶋(青木柚)と仕事を進める内に男女関係に進んでしまい,村本との不倫小説のファイルは消去ボタンの対象となり……。
 20年間,毎朝3人の息子のお弁当を作り続けた里子(石田ひかり)は,ようやくその最終日を迎えた。緊張の糸が切れた里子は,大好きなトランポリン練習中に落下して右腕を骨折してしまった。病院での同室者との会話から,かつて作家になる夢を抱いていたことを思い出し,「初恋の物語」をノートに書き始めた。それを覗き見した夫・重明(筒井道隆)は,息子にも読ませることを勧め,息子はそれを自分のPCに入力し始める……。
 少し風変わりな人物を描くのが得意な監督であるが,本作の3人はさほどの奇人ではなかった。それでも,3人の「さとこ」が考える小説の展開が可視化され,見事に描き分けられていた。聡子の初恋は暴走気味の妄想で,沙都子の不倫恋愛の記憶追跡は呆れる展開,年配の里子の初恋は古風なほのぼのとした恋心のレベルであった。有村架純,石田ひかりや,各話での助演陣は名のある俳優だが,聡子役の姫野花春はオーディションで選ばれた新人である。美少女ではないが,愛らしい。とりわけ,初恋で有頂天になる様子の演技が秀逸だった。
 どこで物語が交差し,3人が出会うかは観てのお愉しみとしておこう。ソフトボール部,韓流映画のシーン,花屋の店頭,書店の書棚等々の小ネタの鏤め方も相変わらず上手い。3人の「さとこ」の共通点は,アレルギー性鼻炎と塩辛好きであり,各話で美味しそうな「おでん」のシーンが登場する。きっと監督か家族の誰かがそうなのだろう。ちなみに,筆者も花粉症で,塩辛やおでん好きであるが,耳鼻科に通うほどではない。小説を書きたいとは思わなかったし,自伝や初恋体験を他人に語る気もない。せいぜいこうした映画評を書き,その中で自分の嗜好や経験に軽く触れる程度である。

■『八つ墓村』(9月18日公開)
 言わずと知れた横溝正史の代表作の1つで,これが4度目の映画化である。TVでも何度かドラマ化されている。横溝ファンなら,すぐに『本陣殺人事件』『獄門島』『犬神家の一族』『悪魔が来りて笛を吹く』等々の題名を思い出すはずだ。と書いてから気になったのは,最近の若い世代は,題名どころか,「横溝正史」の名前すら知らないのではないか,この映画に興味をもたないのではとの懸念である。
 いやそんなことはない,世代の問題でなく,本格ミステリーファンは,古典的名作を漁り,同じ作家の代表作を次々と読む。映画化されていれば,旧作ビデオを探して眺め,名探偵役の俳優を比べるはずだ。アガサ・クリスティと同レベルで横溝正史は知っていて,ポワロ役と同様,金田一耕助役の俳優を比較したくなるに違いない。
 横溝作品が爆発的にヒットしたのは1970年代後半で,角川文庫化が契機となり,映画は1975〜81年に8本も公開されている。その後は,15年後の『八つ墓村』(96),さらに10年後の『犬神家の一族』(06年12月号)があっただけで,本作までの20年間,全く映画化されていない。ただし,2007年以降も,稲垣吾郎や吉岡秀隆主演のTVドラマが多数放映されている。よって,今回は「原作小説を多数読破している層」「70年後半の映画を観まくった層」「この20年間のTVドラマでファンになった層」を前提とした紹介記事を書くことにした。本作の監督は,Jホラーの旗手・清水崇監督であるので,謎解きよりも,ホラー性が強いこと意識した方がよい。
 東京に住む井川辰弥(奥智哉)は,就職内定ゼロ,彼女なしの大学生だったが,15年前に自分を捨てた母の訃報が届いた。不思議な探偵・金田一耕助(尾上松也)が現われ,「名家・田治見家から辰哉の捜索依頼を受けた。莫大な遺産の相続人になっている」と言う。彼に誘われ,岡山県の「八つ墓村」に向かうと,最寄り駅に妖艶な未亡人の森美也子(堀田真由)が待っていた。彼女が運転する車で山奥の村に向かう途中,「8人の落ち武者伝説」が残る「古い因習の孤立した村」だと告げられる。
 大きな屋敷に着くと,大叔母にあたる双子の老婆の田治見小竹・小梅(高島礼子の二役),異母兄の久弥(滝藤賢一)や一族が,物々しく出迎えていた。久弥からは,田治見家を守って欲しいと懇願される。そして,双子の老婆や金田一らも見守る大広間の中で,最初の毒殺事件が起こる。その後も,不可解な殺人事件が続き,関係者が次々と死亡して行く。辰哉や金田一も,この一連の事件に巻き込まれる……。
 この種の映画は,続きを書くとネタバレになってしまい,楽しみがなくなるので,これ以上,物語の展開は書かない。ただし,原作や旧作『八つ墓村』(77)との共通点や大きな違いには言及しておこう。配給元の松竹が「金田一耕助登場80周年の令和版」と強調するだけあって,見事に現代化されていた。岡山に向かう新幹線車中で,辰哉はスマホを操作して「八つ墓村」や「田治見家」を検索している。清水監督らしく,ホラー性は強調され,ビジュアル的な恐ろしさが増している。毒殺事件の数も被害者もかなり異なる。金田一耕助は犯人探しの探偵役でなく,「村に400年間渦巻く怨念・呪いの正体を暴く狂言廻し」で,辰哉とはバディ関係のガイド役である。結末も改変され,森美也子の扱いがかなり異なる。
 清水崇監督も「新解釈やオリジナル展開」というだけあって,まるで別の映画かと思う内容だ。「横溝正史の皮を被った,清水崇流の新しい戦国ホラー映画」と考えることもできる。それでいて,1977年当時,流行語となった「祟りじゃーっ!」のセリフはしっかりあるし,鍾乳洞のシーンも登場する。旧作へのオマージュである。尾上松也の金田一耕助に関しては,歴代と比べても遜色はなかった。もう数作,この役に起用して好いかと思う。
 最後に「原作や70年代の金田一耕助映画のファン」のために,筆者の失敗談も披露しておこう。20年前に『犬神家の一族』(06)を観ながら,あれっ,「双子の老婆」や「祟りじゃーっ!」は出て来ないのか,と思ってしまった。2大ヒット作の「犬神家の一族」と「八つ墓村」が,記憶の中で混線していたのである。そもそも横溝作品は類似性が高く,両作とも「地方の名家」「莫大な遺産相続」「血みどろの連続殺人」の王道要素を含んでいた。本作ではしかと「双子の老婆」「祟りじゃーっ!」は出て来るが,期待しても「生首の菊人形」や「水面から突き出た足」は登場しないので,注意されたい(笑)。

(以下,9月後半の公開作品を順次追加します)
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