O plus E VFX映画時評 2026年2月号掲載

その他の作品の論評 Part 2

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


(2月前半の公開作品はPart 1に掲載しています)

■『おさるのベン』(2月20日公開)
 翌週の2/27公開作品が沢山あったので,2/20公開分の試写を観るのは少し控えた。話題作『センチメンタル・バリュー』をGG賞ノミネート作品のページで先に紹介したため,残ったのは本作と次の『幻愛』の2本だけになってしまった。どちらをトップにしようかと迷ったが,Part 1を「パンダ」で始めたので,Part 2は「おさる」からにした。
 この題名からは,動物たちだけが登場する童話か,人々に可愛がられて暮らす「愛すべき猿」を予想する人が多いだろう。後者は人気TVアニメ『おさるのジョージ』からの連想である。原題は『Primate』で霊長類を意味する単語に過ぎないのに,名前を入れ,仮名文字の「おさるの…」を冠したのは,国内配給会社の担当者が,ジョージを連想することを当てにしたのかも知れない。
 筆者の興味は,この猿が本物なのか,CGなのかであった(その結果は後で語ろう)。予告編で確かめるべく,公式サイトを開けたところ,まず「かわいい動物が出るからといって安心できる映画でありません」という警告文があった。「覚悟して入る」を押したら,ほんの数秒の映像が流れた。若い女性たちの絶叫シーンだけだったが,どうやらホラー映画らしい。最後に「本予告」「海外版予告」等の一覧があったが,何とその内の1つは既に試写を観終えていた『ランニング・マン』(25年1月号)の予告編であった。同じ東和ピクチャーズの配給,主人公名まで同じ「ベン」だというので,宣伝担当者が洒落っ気(悪ノリ?)で,それも入れたのかと思う。
 映画の冒頭シーンは,獣医師が猿らしき動物に近づいて襲われるシーンから始まる。この凄惨な描写で,ホラー映画として本格派であることが分かる。時間は36時間前に戻り,若い女子学生のルーシー(ジョニー・セコイヤ)が友人たちを連れ,夏休みを一緒に過ごそうと,ハワイにある実家に向かう。家族や長年可愛がっていたチンパンジーのベンとの再会を楽しみにしていた。言語学者であった亡き母の教育で,ベンはタブレット端末を使って人間と意志疎通できる能力があった。崖沿いの家に到着すると,ベンはルーシーから土産のテディベアをもらい,大喜びする。この時点では,まだ愛すべきペットであった。ところが,その夜からベンの様子が少し変になる。翌朝,有名な作家の父アダムが出かけたので,残されたのはルーシーと妹のエリン,自宅に招かれたニック,ケイト,ハンナになった。その夜,ベンは凶暴化し,エリンに噛みつく。捕えようとしたニックは崖から転落死した。ベンは水が苦手で怖がるので,女性4人はプールに飛び込むが,簡単には出られない。その後は,ベンとルーシーたちとの駆け引き,知恵比べとなる。
 この時点で,ベンはマングースに噛まれて「狂犬病」を発症していることが判明していた。咬まれた人間も死亡するので,緊急のワクチン接種が必要なことも知らされていて,観客も恐怖と緊迫感を共有する。ベンが1人ずつ人間を襲う場面が激烈で,サバイバルホラーとして固唾を呑む。スマホで警察に連絡しようとするが,様々な理由でそれが達成できない。途中から機内で知り合った男どもがナンパしにやって来る。こんなバカ男たちはさっさと死んでしまえと思ってしまう。ようやく父アダムが帰宅するが,彼は聴覚障害者であったため,助けを呼ぶ声や物音に気付かないという演出が見事だった。
 日本では余り知られていない「狂犬病」に対する啓蒙映画の役割を果たしていた。監督・脚本は『海底47m』(17年8月号)のヨハネス・ロバーツで,パニック映画の演出はお手のものだ。父アダム役は『コーダ あいのうた』(22年1・2月号)でアカデミー賞助演男優賞を受賞したトロイ・コッツァーだった。本物の聴覚障害者であるから,手話のリアリティも高かった。
 さて,ベンの実現方法である。CGは殆ど利用せず,ワイヤーアクションも含め,小柄で特殊な身体動作が専門の俳優2人が猿メイクをして演じたという。その代わりに,SFXやVFXの出番はベンが人間に噛みついたり,顔を破壊したり,下顎を引き抜くシーンであった。ベンの歯や人間の下顎は3Dプリンタで制作し,破壊された顔面はCG/VFXで描いている。大した技巧だ。

■『幻愛 夢の向こうに』(2月20日公開)
 題名だけでラブストーリーだと分かる。「幻愛」なる言葉は初めて聞いたが,「現実と幻の境界を彷徨う男女の切ない愛」とまで説明されなくても想像はできた。この映画のために作られた中国語の原題であり,英題が『Beyond the Dream』であるから,邦題はそれを繋ぎ合わせたに過ぎない。予告編には美しいピアノ曲が流れていた。
 若い女性リンが市中で発作を起こし,衣服を脱ぎ捨て,下着1枚で座り込むシーンから物語は始まる。通りがかりの女性が咄嗟に自分の上着を被せて人目から遮り,知人らしき男性がリンに声をかける。男は小学校教師のレイ・ジーロック(李志楽)で,後日,手を差し延べた女性が同じ団地の上階に住むヤンヤン(欣欣)だと知り,上着を返却する。通勤電車で2人は意識し合うが,ある夜,酒乱の父親に追い出された欣欣をロックは自室に招き入れる。まもなく2人は恋人同士になる。
 リンと同様,ロックも統合失語症を患い,何とか日常生活を送っていた。病状が悪化した彼は職を失った挙げ句,欣欣が幻覚であったことを知り,絶望状態になった。グループカウンセリングに参加したロックは,そこで欣欣そっくりのイップ・ラム(葉嵐)に出会う。葉嵐は心理学専攻の大学院生で,「恋愛妄想」に関する論文執筆のため,理想的な研究対象としてロックに協力要請をした。欣欣に瓜二つの葉嵐に心を奪われたロックは,勿論快諾した。自らの研究に彼を利用する後ろめたさ感じる葉嵐も,次第にロックに惹かれて行く。やがて,2人の関係を大学当局が知るところとなり,指導教授から「患者との恋愛は許されない」と諭され,葉嵐は「臨床心理士となる道を捨てるかどうか」の決断を迫られる……。
 ロック役は本作が長編デビューのテレンス・ヤンが演じ,欣欣と葉嵐は一人二役で,セシリア・チョイが演じていた。少し情緒不安定に見えた欣欣に対し,爽やかな笑顔の葉嵐に,観客の誰もが恋したに違いない。本作は台湾製か中国製か分からずに観ていたが,本作が香港映画とは全く気付かなかった。アクション中心との先入観があり,こんな美しいラブストーリーが香港製とは意外だった。そもそも「恋愛妄想」が心理学の本格論文になり得るのか疑問だったが,キウィ・チョウ監督は大学時代に心理学を学んだというので納得した。葉嵐が欣欣にそっくりという展開は安直過ぎると感じたが,それが必然であった理由も物語の中で理解できた。
 香港映画と思えなかったもう1つの理由は,劇中で何度も登場する小型の魅力的な軌道電車である。香港で有名なのは,山頂から眺めが名所の香港島と対岸の九龍地区にあるペニンシュラホテルで,いずれも名作『慕情』(55)で描かれていた。両地区で,こんな路線と駅は見かけたことがなかった。ロケ地は九龍地区から大きく外れた「屯門」で,電車は「軽電」と呼ばれているそうだ。香港出身の監督も脚本家に勧められるまで考えつかなかったというから,我々日本人が知らないのも無理はない。香港の西の外れで,深圳に近い新興住宅地である。
 退学処分からの救済措置を提示された葉嵐がどちらを選択するのか,物語の行方が気になる映画だった。この種の恋愛劇は結ばれるのが相場だが,いずれかが命を絶つ不幸な結果も頭をよぎった。それだけ見事な脚本だと言える。結末は観てのお愉しみとしておこう。
 余談だが,本作は7年前に撮影された映画で,香港電影評論學會大奨で最優秀男優賞と最優秀女優賞に輝いている。その後の2人の活躍は目覚ましい。本作出演後に彼らは本格交際を始め,昨年秋に軽井沢で結婚式を挙げたそうだ。それが契機で本作の日本公開が決まったという。そうと知れば,さらに映画の結末が気になるはずだ。

(以下,2月後半の公開作品を順次追加します。)

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