O plus E VFX映画時評 2026年2月号
(C)2025 Courtesy of Apple, Inc.
2026年2月12日&6月20日 Apple TV+映像配信を視聴
(注:本映画時評の評点は,上から![]()
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(「概要&感想」だけ先に書き,画像入りの完成版を書くと宣言してから数ヶ月も経ってしまった。映画館での上映期間が限られる映画を優先し,いつでもネット配信で観られる本作を後回しにしたためである)
例年,冬枯れで2月号のメイン記事の該当作が乏しい。正月映画と春休み映画の端境期で,CG/VFX多用作の大作が公開されないためだ。幸いにも毎年,当欄で未紹介のアカデミー賞ノミネート作がいくつか出て来るので,今年もそれに頼ることにした。
その1本目は,いきなりアカデミー賞視覚効果賞部門の5作品に飛び込んで来た本作である。GG賞にはVFX部門はないが,年末に発表されたアカデミー賞のShortlistの10作品には,『エレクトリック・ステイト』と本作『ロスト・バス』の2本が見慣れない名前であった。いずれもネット配信映画であったが,他は当映画評の「2025年度ベスト5&10」でリストアップしたVFX大作揃いだ。よって,両作ともShortlistまでの参加賞止まりであると考えるのが普通で,最終の5作品に残るとは思わず,それ以上は調べなかったのである。ハリウッドメジャー系のVFX大作であれば,かなり早い時点で噂を聞いているし,映画館では数ヶ月以上前から予告編でも見かける。本作は,昨年10月にApple TV+でネット配信開始された映画だったので,全く気付かなかった。
テーマは,ずばり「山火事」だ。2018年11月に米国カリフォルニア州北部のビュート群パラダイスで起きた未曾有の大規模な山林火災(通称:「2018キャンプ・ファイア」)を描いた実話に基づく映画である。となると主役は地元の消防士たちで,彼らの奮闘ぶりを描いた物語を想像してしまうが,少し違っていた。主人公は,題名通り,スクールバスの運転手である。彼が,延焼で火災が広域に広がった中,小学校に取り残された生徒22名を救出するまでの過程を描いている。冒険ものというより,感動系のサバイバル映画と考えた方が良いだろう。米国では,まだこの未曾有の大災害を記憶に新しいに違いない。それを見事に再現した映画であるという点で注目を集め,高い評価を得たようだ。
【監督と主要キャスト】
監督・脚本は, マット・デイモン主演の『ジェイソン・ボーン』シリーズや『グリーン・ゾーン』(10年5月号),トム・ハンクス主演の『キャプテン・フィリップス』(13年12月号)『この茫漠たる荒野で』(21年Web専用#1)等のポール・グリーングラスである。当欄でお馴染みの名匠であるから,出来映えは折り紙付きだ。実話ものとしては,同時多発事故時のハイジャックを描いた『ユナイテッド93』(06年8月号)の緊迫感が印象に残っている。
主人公のスクールバス運転手ケヴィン・マッケイを演じたのは,マシュー・マコノヒー(写真1)。若い頃は,比較的素直なイケメンの主人公役が多かったが,21kg減量してガン患者を演じた『ダラス・バイヤーズクラブ』(14年3月号)が鬼気迫る熱演で,見事にオスカー男優となった。その後は,『追憶の森』(16年5月号)で富士山麓の青木ヶ原樹海で自殺しようとやって来た知的な米国人役を演じるかと思えば,『ジェントルメン』(21年Web専用#2)では大麻農園で財をなしたボス役等,まさに多彩な役をこなしている。本作では,地味で冴えないバス運転手かと思いきや,後半はしっかり責任感のある英雄である。既に還暦に近い年齢だが,やはりこういう役の方が似合う。
バスへの同乗を求められた小学校教師メアリー・ラドウィッグ役のアメリカ・フェレーラ(写真2)は,当欄で紹介するのは初めてだ。TV分野を中心に活躍してきた米国人女優で,GG賞(テレビ部門)やエミー賞の主演女優賞を得ている。劇場用映画出演はそう多くないが,大ヒット作『バービー』(23年8月号)では,バービー人形の発売元のデザイナー役を演じ,アカデミー賞助演女優賞にノミネートされていた。アニメ映画での声優役も多く,『ヒックとドラゴン』(10年8月号)ではヒックの恋のお相手のアスティの,『ARCO/アルコ』(今月号)ではアルコ少年の母親の声の出演をしていた。
ケヴィンの女性上司ルビー・ビショップ役のアシュリー・アトキンソンも紹介は初めてだ。映画,TV,舞台等の様々な役をこなしてきた米国人女優で,本作でケヴィンをたしなめる個性的な上司役は,印象的な好演であった。当欄で取り上げた映画では,『ウルフ・オブ・ウォール・ストリート』(14年2月号)『ブリッジ・オブ・スパイ』(16年1月号)『ブラック・クランズマン』(19年Web専用#2)に出演していたようだ。
少し驚いたのは,ケヴィンの母親シェリーと反抗的な息子ショーン役を演じていたのが,M・マコノヒーの実の母ケイ・マッケイと実の長男リーヴァイであったことだ。なるほど,3世代で同じ映画に出演するのだから,その人間関係(気遣いや反発)の描写にリアリティが高いのも納得できる。とりわけ,ラストシーンの親子対面では,ここはフィクションだろうと思いつつも,ドラマとしての完成度の高さを感じてしまった。これはグリーングラスが意図的に配したのではなく,息子リーヴァイは「マコノヒー」姓を隠してオーディンを受け,合格したのだという。本作は,彼の初の出演映画である。
【山火事の再現と映画化の評価】
別の意味の主役は,山火事の猛火である。『ランニング・マン』(26年1月号)で,今やCGで火災や爆発を描くのは何でもないことと述べ,その事例もいくつか示した。さすがに歴史に残る大規模山林火災となると,火炎の広がりや延焼の模様も正確に描く必要がある。その意味では,アカデミー賞のFinal Listに残るだけのことはある出来映えだった。物語自体は,少し脚色した英雄譚として描いているが,実話ベースの大災害映画として,どの程度現実に即したかに興味をもった。どのように山火事をリアリティ高く描いたか,批評家や災害対応の関係者からはどのような評価を受けているかを調べてみた。
まず,バス運転手Kevin McKayと女性教師Mary Ludwigは,いずれも実在の人物であり,2人とも映画制作にも協力者として参加している。ただし,実際の避難では別の教師 Abbie Davis も重要な役割を果したそうだが,物語を簡潔にするため,彼女の出番は描かなかったようだ。その他,カリフォルニア州消防局長,消防隊長,小学校校長,損害賠償を求められたで電力会社PG&Eの関係者等も実名で登場させている。
山火事の出火原因,災害の規模と避難の実情の克明な記録は,リジー・ジョンソンが2021年に出版したノンフィクション『Paradise: One Town’s Struggle to Survive an American Wildfire』を参考にしているが,映画としては,ポンデローサ小学校に取り残された22人の児童の避難輸送に絞っている。通常なら10分で着く距離を,道路大渋滞に見舞われ,迫り来る炎の中を迂回路を求めて5時間かけて安全な避難場所に辿り着くという物語である。過去の火災映画の成功例は,『タワーリング・インフェルノ』(74)『バックドラフト』(91)であった。いずれも,消防隊や消防士の視点で描いた映画であったが,本作はバス運転手の視点で脱出劇を描いている点が新しいと言える。
映画評論家や一般観客からは,既に「恐ろしいほど本物らしい」「観客を火災の真っ只中に放り込む臨場感」等の高評価を得ている。とりわけ,「煙による視界の喪失」「昼間なのに夜のようになる異様な暗さ」「多数の避難時にあり得る大混乱」が挙げられている。では,消火関係者,救護・輸送関係者からの評価と言えば,こちらも概ね好評で,目立って否定的な意見はないようだ。劇中での火災表現に関しては,「火炎の接近速度」「火の粉(embers)が飛散する様子」「風向きと地形による延焼や煙の拡散」等を現場体験者の証言を得て映像化したというから,リアリティが高いのも当然と言える。
さらに,スタッフは実際にパラダイス市周辺を調査し,道路の曲がり方や地形まで,Google Mapsや現地撮影映像で確認して再現したという。まさにドキュメンタリー出身の監督の面目躍如である。グリーングラス監督は一貫して「できるだけ事実に忠実であることを重視する」という方針であり,これは同監督の『ユナイテッド93』や『キャプテン・フィリップス』に近く,「実話を基礎にした再現ドラマ」なのである。
【山火事災害描写おけるCG/VFXの役割】
本作は,アカデミー賞ノミネートによって初めて知った映画であり,CG/VFXが大きな役割を果していることは自明だった。当欄の目的は,そのCG/VFXのレベルを評価することであり,山火事だけの映画がさほど斬新なのかという思いであった。ところが,実際に映画全体を観た時の印象は,想像した以上に炎や煙の描写は多彩であり,昼間でも夜のように感じる描写は見事であった。ただし,それは現在のVFX技術をもってすれば,当たり前に達成できるレベルでもあった。
ここで,気になったのは,実話とはいえ,これは報道機関や消防関係部局や撮影した山火事映像に基づく描写なのか,それとも制作スタッフやVFXスタジオが想像で描いた山火事なのかであった。いくら監督が現実の忠実さを求めても,口頭取材だけでは映画は描けず,参照すべき本物の記録映像がなくては「嘘の再現映画」になってしまう。
改めて調査した結果は意外であった。VFXチームによると,「参考映像が少なくて苦労した」のではなく,「記録映像が多過ぎて取捨選択・整理に苦労した」であった。具体的には,以下が存在したという。
・CAL FIRE(加州消防局)の公式記録映像
・消防隊員の個人撮影映像
・避難車両のダッシュカム映像
・住民撮影のスマホ映像
・報道ヘリからの空撮映像
・鎮火後,現地で追加撮影した記録映像
なるほど,スマートフォン時代に起きた山火事だとこうなのかと納得した。
その後,CG/VFX担当のILM,boloFX,cinesite,outpost VFXから「VFX Breakdown映像」が公開された。これらを熟視した結果,筆者の感想は「ほぼほぼ予想通りのテクニックと出来映え」とも言えるし,「思ったよりも手の込んだ処理をしている」とも感じられた。以下では,その一部を選んで掲載している。
■ グリーングラス監督は,インタビューで「CGだけに頼らず,可能な限り本物の火や煙を使う方針を採った」と発言している。大規模なガスバーナーによる実火炎撮影も行っていたようだ。以下に示す画像はCG製の火炎が大半であるので,VFXスタジオが関与していない火災シーンもかなりの比率で存在していることも承知されたい。
■ まだ山火事が発生しない時点でのシーンでは,スクールバスは実物が走行している。即ち,バスの外観は実際の路上での撮影である。その一方,ケヴィンのアップの映像やバス車内の映像は,ごく普通のスタジオ内撮影も行っている(写真3)。山火事が発生し,高く舞い上がる煙は勿論CG製である。まだ煙に覆われて暗くならない時間帯や地域では,路上で撮影車を走らせて,窓から見える光景を描いている。写真4では,街路樹や多数のクルマを描き加え,空に煙を描いている。この程度ではまだ他人事だが,空の大半を煙で描くだけで,かなり恐怖感が増して来る(写真5)。煙に包まれた地区となると,上書きする煙の量を調整するだけで暗く見える(写真6),やがて完全に夜のように見せることができる(写真7)。
■ 煙で空が暗くなり,視界が確保できなくなるに連れ,CG/VFX描画の比率が増える。写真8,写真9は,バスは実物だが,周囲はCGで加工し,さらに空を暗くしている。ただし,広めのスタジオで撮影したか,路上に出て撮影したかは不明である。同じような森の中のバス走行でも,写真10はバスも周囲もすべてCGだ。炎の種類,煙の量は,シーンによって微妙に調整している。
■ 炎の形,色,勢いは,燃える物質の種類で異なる(写真11)。VFXチームは,「草地火災」「樹木火災」「家屋火災」「自動車火災」「煙の中から見た火災」「煙の外から見た火災」を,きちんと区別して描いている。写真12では,左の建物が燃える炎と右手前の草木が燃える炎は明らかに色が違う。炎の大きさや煙の量は,自在に制御できるツールが用意されている(写真13)。ここまで道具が揃っていれば,実物の家屋を燃やすことなく,CG製の建物を炎で包むことも容易である(写真14)。
■ 遠景から広い範囲を描くシーンになると,ほぼ全面的にCGの出番となる。実際の森や市街地で撮影し,VFX処理で炎や煙を描き加えた方が簡単に思えるが,日中に撮影すると,光の反射や屈折があり,煙で暗くなったように見えない。それなら,モデリングにコストをかけてフルCGにして,CG製の煙で夜のように見せる方が効率的に達成できるのだと思われる。写真15はメアリーが水を探しに行くトレーラーパークのシーンである。微妙なライティングの調整が見事だ。渋滞する道路も,現実に再現することは難しく,これもCG製のクルマの出番となる(写真16)(写真17)。
■ 写真18は鎮火後の光景で,まだ一部に煙が残っている。これだけなら,フルCGにせずに,実際の郊外シーンに煙だけ描けば済みそうだが,大災害から7年も経つと,建物や一部の木々が燃えて荒廃したシーンを描くのに適した場所がなかったのだろう。最後に余談だが,ヘリの一部は実物,消火剤散布用の飛行機も消火剤もCGである(写真19)。本作のCG/VFXの主担当はILMで,その他,beloFX, Cinesite, Rise VFX,Outpost VFXが参加していて,PreVis担当はProofであった。
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