O plus E VFX映画時評 2024年11月号

『ヴェノム:ザ・ラストダンス』

(コロンビア映画/SPE配給)




オフィシャルサイト[日本語][英語]
[11月1日より全国ロードショー公開中]

(C)2024 CTMG. (C)& TM 2024 MARVEL.


2024年10月26日 109シネマズグランベリーパーク(IMAX先行上映)

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


3部作の完結編は, 物語は大味で, CG/VFXの無駄使い

 スパイダーマンの宿敵の1人ヴェノムをダークヒーローの主役にしたスピンオフシリーズの3作目であり,SSUの5作目に当たる。いくつかの理由で楽しみにしていた映画であり,是非メイン欄で語らねばと考えていた。まず第1の理由は,前作『ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ』(21年Web専用#6)は画像入りのメイン記事扱いで紹介することをTopページで予告しておきながら,他の記事や諸雑務に忙殺されて,それが達成できず,止むなく短評記事で済ませてしまったことである。残念だったのは,2作目であるこの映画が上々の出来映えであったからだ。少なくとも,1作目『ヴェノム』(18年Web専用#5)よりは,ストーリーもCG/VFXの使い方も格段に優れていた。それゆえ,短評の最後に「更なる続編が作られ,シリーズ化することを熱望しておこう」と書いてしまった。
 ここまで書いて,当欄では一度もSSUに言及していないことに気がついた。上記の2作目で語るつもりが,短評にしたために,その余裕がなかったのである。既に5作目になっているが,記録として残し,後日検索して出て来るように今回記しておくことにする。既に何度も語り尽くしたMCU (Marvel Cinematic Universe)との関係から始めなければならない。
 CG/VFXの進歩で,マーベル・コミック(以下,MC)の人気キャラクターを主役とした実写映画は21世紀に入って本格化するが,MC本社は,20世紀フォックスには「X-Men」「ファンタスティック・フォー」の,コロンビア映画に(即ち,ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント; SPE)には「スパイダーマン」の独占的な製作・配給権を与える契約を結んだ。その他は,自ら製作しても,パラマウント映画,ユニバーサル映画等のルートで配給していた。統一的な世界観のMCUを宣言して,傘下のマーベル・スタジオが制作するようになっても,この製作・配給ルートは同じであったが,MCがディズニーに買収されてからは契約の見直しが行われる。その結果,SPEとの間ではクロスオーバーが実現する。トム・ホランド主演の『スパイダーマン:ホームカミング』(17年8月号)以降の実写スパイダーマン・シリーズはマーベル・スタジオが制作し,コロンビア映画は配給だけとなるが,「アイアンマン」や「ドクター・ストレンジ」が登場するようになる。一方,ディズニー配給のMCU作品にはスパイダーマンがアベンジャーズの一員として参加できるようになり,ウイン-ウインの関係となる。
 この再契約の際に,コロンビア映画側にもスパイダーマンの関連キャラ(ヴィラン等)を使った映画の製作・配給権が残された。そのシェアード・ユニバースのフランチャイズをSSU (Sony’s Spider-Man Universe)と呼ぶようになった。SSUとMCUはマルチバースの関係にあり,互いのフランチャイズ間でのストーリーには矛盾が生じないとの好都合な言い訳が通用している。上記の『ヴェノム』シリーズがSSUの1作目,2作目,即ちSSU-1,SSU-2であり,SSU-5が本作という訳である。では,SSU-3,SSU-4はどうしたのかと言えば,『モービウス』(22)『マダム・ウェブ』(24)であった。映画自体は観たのだが,いずれも噂に違わず,余りに酷い出来映えの駄作であった。掲載の価値なし,短評で触れる時間すらもったいないと考えて,2作とも無視する結果となった。
 その意味では,SSU-5である本作にも一抹の不安はあったのだが,ともあれシリーズ化を希望して3作目が作られたのだから,公開は待ち通しかった。ところが,原題にも邦題にも「Last」が入っている。どうやら,トム・ハーディ主演のシリーズとしては3部作で完結のようだ。ヴェノムが他作品に登場したり,何年か先に別人に寄生したリブート作品が登場する余地は残されているとのことである。であれば,本作は3部作の完結編に相応しい力作になっているはずだ。結論を先に言えば,この期待は裏切られた。SSU-3, SSU-4ほどではないが,SSU-2よりも明らかに劣化している。以下,苦情,ボヤキを交えつつ,この映画を語ることにした。

【本作の概要】
 主人公の記者エディ・ブロック(トム・ハーディ)に寄生したヴェノムは,「シンビオート」なる食人衝動がある宇宙生命体だが,宿主なしでは暮らせない。そのシンビオートの創造主ヌルは闇の邪神であるが,どうやら反逆者たちによって,別の惑星に幽閉されているらしい。その惑星は暗く地獄のような世界で,気味の悪い生物が蠢くシーンが映画の早々で登場する。そして,ヌルが登場し,「コーデックス」が見つかったので,それが得られれば自分は解放されると語る。シンビオートが別の生命を蘇らせた際に生成される物質(?)のようだ。どうやら,ヴェノムにはそれが備わっているらしく,ヌルの手下でシンビオート捕獲者の「ゼノファージ」が地球に派遣される。
 エディとヴェノムは共に別世界に転送されていたが,元の世界に戻って来ていて,すっかりバディ関係になっていた。ヴェノムに変身したエディのスーパーパワーを観客に思い出させるために,市中で絡んで来たチンピラ達を撃退するシーンが登場する(写真1)。スーパーヒーローものの快感を感じる場面である。続いて,ヴェノムが他の生物に暫定的に寄生する練習台として馬に乗り移って大ジャンプするシーンも見られる。この辺りまでは楽しかった。


写真1 (上)エディからヴェノムへの変身途中, (中)舌を出してヴェノムへの変身完了
(下)変幻自在なので手は簡単に伸ばせる

 エディ&ヴェノムが最初にゼノファージに襲われるのは,ジェット機の側面に貼り付いての移動中だった。機体の屋根の上での格闘の末,砂漠に落下する。本格的な大バトルは,ラスベガスの北北西にある「エリア51」で展開する。米空軍の飛行訓練城内にあり,UFOの研究や過去に捕獲したエイリアンが収容されているという噂のある施設の通称である。本作では,「エリア51」の地下にある「エリア55」なる研究所で,テディ・ペイン博士(ジュノー・テンプル)とセイディ・クリスマス(クラーク・バック)なる2人の女性科学者がシンビオートの生態を研究していて,地球上で捕獲されたシンビオートを培養して実験材料としているという設定である。
 バトル・シーンは大きく2つに別れていた。1体のゼノファージは何とか片づけたが,その後多数のゼノファージが送り込まれて来る(写真2)。さらに,エディとヴェノムを執拗に追跡し,シンビオートを捕獲しようとするレックス・ストリックランド将軍が率いる軍隊がこれに加わり,三つ巴の戦闘が延々と続く。これがクライマックス・バトルの前半である。後半は,本作の肝となるエディとヴェノムの関係が変化するパートであり,詳しく書く訳には行かない。最後は3部作の終わりらしく,少しホロリとさせるエンディングになっていたが,全体としては大味で,長いCGバトルシーンに辟易した映画であった。


写真2 次々とゼノファージが送り込まれて来る。ここまで大きく光って見えるのはやり過ぎか。

 MCUは乱発しすぎで飽きられた感があるが,SSUはここまで駄作が続くというのは,製作サイドに何か問題があると言わざるを得ない。企画自体が杜撰なのか,脚本の詰めが甘いのか,娯楽映画の基本に立ち返って見直す必要があると
思う。
【監督とキャスティング】
 監督は1作目のルーベン・フライシャー,2作目のアンディ・サーキスから,女性監督のケリー・マーセルに交替している。英国出身の元女優,脚本家で,これが監督デビュー作である。1作目は共同脚本,2作目は製作・共同脚本であったが,今回は製作・監督・脚本に昇格したようだ。であれば,本シリーズのことは熟知しているはずであるが,2作目よりも質が落ちている。やはり,まだまだ監督としては未熟なので,バランスの悪い映画になってしまったのかも知れない。
 主演は勿論エディ役のトム・ハーディで,前作までと同様,彼の声を加工してヴェノムの声として使っている(日本語吹替版はエディとヴェノムで別人の声を使っている)。残念なことに,このT・ハーディが太り過ぎで,容色がかなり劣化している。服装もだらしなく,ただの中年太りの親父だ(写真3)。1作目を見直すと,ずっとスリムで,革ジャン姿の敏腕記者としてバイクで疾走していた。とても同一人物とは思えない。『ダークナイト ライジング』(12) 『レヴェナント:蘇えりし者』(16年4月号)での迫力ある悪役,『欲望のバージニア』(13年7月号)『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(15年7月号)での凛々しさとクールさを併せ持ち,男も惚れる男を演じていた男優は一体どこに行ってしまったのか。本シリーズでは少しくだけた役柄とはいえ,3部作の締めくくりとしては情けない姿だった。


写真3 あの凛々しくクールだった男優が劣化し過ぎ。服装もだらしない。

 前作で重傷を追ったNY市警のパトリック・マリガン刑事(スティーヴン・グレアム)が継続出演している。寄生していたシンビオートが死んだため,合体が解消されて生き延びていたが,本作では軍に捕まって尋問を受けた上に,別のシンビオートに寄生される。1作目からずっと出ているコンビニの店主チェンさん(ペギー・ルー)の再々登場する。ラスベガスのホテルで再会し,ディスコサウンドに乗ってヴェノムとダンスを踊る(写真4)。本作の中で最も楽しいシーンだ。


写真4 (上)ラスベガスの夜景が美しい。おそらく花火は描き加え。
(下)仲良しのチェさんとヴェノムが楽しそうに踊る。きっとこれがラスト・ダンス。

 新登場組の筆頭は,ストリックランド将軍を演じるキウェテル・イジョフォーである。『それでも夜は明ける』(14年3月号)の主役で多数の主演男優賞を受賞したが,助演での出演も数多い。MCUでは,『ドクター・ストレンジ』シリーズの魔術師モルドを演じている。本作もかれの存在で少し引き締まる。一方,女性科学者を演じる2人の女優ジュノー・テンプルとクラーク・バッコはいずれも見覚えがなかったが,経歴を調べると対称的だった(写真5)。J・テンプルは女優歴も長く,大作にも目立たない脇役(『マレフィセント』シリーズの妖精等)で出演している。一方のC・バッコは,映画出演はまだ数作目だ。本作では出演場面も多く,重要な役であったので,これでブレイクするかもしれない。以上の内,チェさん以外の全員がシンビオートの宿主となって変身する姿が見どころであるとも言える。


写真5 (左から)ストリックランド将軍,ペイン博士,クリスマス。全員シンビオートに合体する。

 素顔では登場しないが,最も意外だったキャスティングはCG製のヌルを演じる俳優だった。何と前作の監督のアンディ・サーキスである。『ロード・オブ・ザ・リング』『ホビット』両シリーズのゴラムを皮切りに,『キング・コング』(06年1月号) のコング,『GODZILLA ゴジラ』(14年8月号)のゴジラ,『猿の惑星』3部作のシーザーの動きをMoCapで演じたプロ中のプロである。その彼をさほど出番のないヌルの動作と声に起用したのは少しもったいなと感じた。そのまま監督を継続した方が,良い作品になったと思う。

【CG/VFXの見どころとその評価】
 バトルが延々と続き,辟易とするくらいと書いたのであるから,CG/VFXの量は物凄い。3作目ともなると手慣れたもので,ヴェノムの描写は全く文句のつけようがない。残念なのは,最近のVFX大作では大抵公開されている「Behind the Scene映像」が全くないことである。さらに,後半のクライマックス部分は,スチル画像も皆無に近く,予告編にも含まれていない。それゆえ,海外でもVFX解説がほぼないに等しいので,当欄ごときは手も足も出ない。今回は解説に使える素材が殆どないことをご容赦願いたい。
 ■ 闇の邪神ヌルが捕らえられて惑星は,さすがに不気味で良い出来だった(写真6)。CG製のヌル自体も不気味だが,折角アンディ・サーキスを起用するなら,もっと出番を増やして欲しかったところだ。一方,ヴェノムが馬に乗り移って,空高く飛翔するシーン(写真7)は特にストーリー上で必要ではないが,ある種のお遊びだろうか。なかなか好い出来映えだった。


写真6 (上)不気味な生物が徘徊する地獄のような惑星
(下)これがシンビオートの創造主の邪神ヌル

写真7 (上)これは普通の馬, (中)なるほど,ヴェノムが取り憑いたとすぐ分かる
(下)エディを乗せ, ヴェノムのパワーで大ジャンプ

 ■ ヴェノムの姿になって飛行機の側面に貼り付き,機内を覗き込むシーンは予告編にも登場するが,乗客が驚く顔は笑わせる。そこに現れたゼノファージとはジェット機の屋根も上で対決するが,ヴェノムよりも数倍大きい(写真8)。余談だが,この機体はラスベガス中心に運行されている国防契約社EG&Gの「エリア51コミューター」のボーイング737型機をそっくり真似ている。この後,エリア51中心に物語が展開することを暗示しているようだ。ゼノファージは長い6本足の怪物だが,原作コミックよりも醜悪に描かれていて,合格点を与えられる(写真9)。ゼノファージの名前の由来は知らないが,『エイリアン』シリーズの「ゼノモルフ」をイメージするように命名したのかも知れない。


写真8 (上)ヴェノムとエディは飛行機の側面に貼り付いて移動
(中)機上の中央がゼノファージ。ヴェノムの数倍大きい。(下)この醜悪さは怪獣として合格点

写真9 6本足の節足動物。足も尻尾もかなり長い。

 ■ エリア51とエリア55に関する公開画像は写真10写真11だけである。実験室内のデザインは秀逸で,美的にも見応えがあったし,そこで起る騒動のVFX活用も水準以上であった。三つ巴でのバトルは長過ぎて退屈するだけで,バトルそのもののビジュアル的なクオリティは低くない。特に,主要登場人物がそれぞれシンビオートに変身し,激しく戦うシーンはもう少し露出して欲しかったところだ。後半から終盤での公開画像は写真12写真13の2枚だけである。写真12に続きがどうなるのかは,観てのお愉しみとしておこう。


写真10 空軍敷地内にあるエリア51施設。撮影は不許可だろうから,適当にデザインしただけか。

写真11 地球上で捕獲したシンビオートを保存し, 実験材料として利用

写真12 (うろ覚えだが,多分これは)一時的にクリスマスに寄生したヴェノム

写真13 ヴェノムは手を伸ばし,エディに触れようとする
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 ■ 前2作のCG/VFXの主担当はDNEGであったが,本作の主担当はILMで,副担当がDNEGである。その他Digital Domain, Rodeo FX, Territory Studio, Clear Angle Studio等々,一流スタジオの名前が並ぶ。PreVisは最大手のThe Third Floorである。老舗ILMが主担当の映画がまたしても駄作というのは,不憫に感じる。その一方,SSUであるのに,なぜSony Pictures Imageworksが参加していないのかが不思議であった。


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