head

O plus E VFX映画時評 2023年6月号

『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』

(ウォルト・ディズニー映画)




オフィシャルサイト[日本語]
[6月30日より全国ロードショー公開中]

(C)2023 Lucasfilm Ltd. & TM.


2023年6月22日 T・ジョイ梅田[完成披露試写会(大阪)]

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


名物シリーズの最終作, 当欄独自の視点からも注目作

 人気シリーズの最新作で,これで5作目,そして最終作だというので,早くからマスコミが話題にしていた。「最終作と言っておきながら,また作るのだろう」との声もあるが,無理もない。当初3部作の予定で,第3作は「…最後の聖戦」と題していた前科がある。ただし,主演のハリソン・フォードは現在80歳で,まもなく81歳となる高齢者なのである。もっとも,ジョー・バイデン大統領は彼より半年年長で,次期大統領選に出馬する気でいるし,一回り年長のクリント・イーストウッドは約1年半前の『クライ・マッチョ』(22年Web専用#1)で監督兼主演をこなしていた。ただの老人役ならそれも可能だろうが,秘宝を求めてのアクション演技が要求されるインディ・ジョーンズ役は,さすがにもう1本は無理だろうと思うのが普通だ。
 それゆえ,これが見納めとの興味が湧く。筆者もその1人だ。その一方で,80歳(撮影は,78歳から79歳の時)の老いた姿で現れ,かつての颯爽としたイメージを壊して欲しくないという声もある。それも理解できる。公開後には,賛否両論でファンの思いは二分されることも考えられる。筆者は,この映画の完成披露試写を公開の8日前に観て,5日前にこの稿を書いている。好感度の高い俳優ゆえに,どちらの感想が多くなるのか愉しみにしている。
 今回の冒険が何であれ,ヒロインや敵役が誰であれ,当欄としては,じっくり点検し,分析しておきたいことがある。海外のポスターやチラシから,若き日のインディ・ジョーンズが登場することが明らかだったからだ(写真1)。第1〜3作は1980年代に製作・公開された冒険活劇であり,『スター・ウォーズ3部作(EP4〜6)』で大成功を収めたジョージ・ルーカスの原案を,盟友スティーヴン・スピルバークが監督として映画化した。それゆえ,ルーカス・フィルムの一部門であったILMの特撮技術をフルに活用した斬新な娯楽大作であったが,CGは殆ど使われていなかった。19年後の第4作『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』(08年7月号)の頃には,もうCGの活用は当たり前であったので,伝統的なSFXがどれだけCG/VFXに置き換えられているかを中心に点検した。第5作目の本作の注目点は,老いたインディ(=79歳のH・フォード)をいかに若返らせているかである。主演俳優の昔の姿をデジタル処理で描いた例は既に多数あるが,本作の若いインディのルックスは,どんな技術で,どんなレベルまで到達しているかを見ておきたい。その点を中心に,この最終作に臨んだ。


写真1 上が普通のバージョン。公開が近づくと,下も登場した。

【物語の概要と時代設定】
 まず前4作をざっと振り返っておこう。主人公のインディアナ・ジョーンズは,一貫して考古学者の大学教授で冒険家だ。第1作『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(81)は1936年が舞台で,神秘の力を宿す「聖櫃」がエジプトの遺跡で見つかり,ナチス・ドイツ国防軍の発掘部隊と争奪戦をくり広げた。主人公名が入った第2作『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』(84)は,上記の前日譚で1935年の設定であり,インドの宮殿の地下で,聖なる石「サンカラストーン」を巡って邪悪な密教の教団と戦った。トロッコで坑道を疾走するシーンが圧巻だった。第3作『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』(89)は1938年の時代設定で,キリストの聖杯を探し,またもやナチス・ドイツとの争奪戦である。聖杯探索の第1人者で行方不明になっていた父・ヘンリー(ショーン・コネリー)の救出劇もあり,この父子の掛け合いの面白さが見どころであった。
 第4作『…クリスタル・スカルの王国』は,第3作から19年後であることを物語内でもきちんと反映させていて,東西冷戦下の1957年の時代設定だった。さすがにナチスはもういないので,今度はソ連が敵となり,南米ベルーのインカ帝国遺跡を舞台に,水晶で作られた頭蓋骨模型の秘宝「クリスタル・スカル」の争奪戦を描いていた。よくもまあ,似たような設定で4作も楽しませてくれたと思う。
 さて,前作から15年後に公開される本作だが,劇中での中心は12年後の1969年で,3年ずれている。これはコロナ禍で製作が遅れたための不一致だろう。1969年はアポロ11号の月面着陸成功の年であり,劇中でのそれを祝う賑やかなパレードが描かれている。本作の秘宝は,題名通り「運命のダイヤル」(写真2)で,実は「アルキメデスの羅針盤」と呼ばれる究極の機械だそうだ。実は,これを巡っては。またナチスとの因縁があり,時代は1944年に遡る。そこで,1944年のインディが登場するという訳である。1969年に戻っての争奪戦は,米国からモロッコ,地中海のシチリア島へと移動する。「運命のダイヤル」によって,もっと大きな移動が生じるが,これは観てのお愉しみとしておこう。


写真2 これがナチスと奪い合った「運命のダイヤル」

 本作の監督はS・スピルバーグではなく,彼は製作の1人に退いていた。代わってメガホンをとったのは,『ウルヴァリン:SAMURAI 』(13年10月号)『 LOGAN/ローガン』(17年6月号)『フォードvsフェラーリ』(19年Web専用#6)のジェームズ・マンゴールドである。1995年監督デビューであるから,既にベテランの域に達している。最近は大作づいていて,VFXの扱いも安心して見ていられるが,監督の手腕としては,かつての『17歳のカルテ』(99)『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』(05)『3時10分,決断のとき』(09年8月号)の方が印象に残っている。

【登場人物とキャスティング】
 最終作だけであって,本シリーズの過去作に登場した人物が何人か出演し,パロディシーンも散見された。ただし,4作目で息子マットを演じてシリーズの後継者と期待されたシャイア・ラブーフは,全く登場しない。マットは従軍して死亡したと劇中で語られている。その母で,第1作の恋人だったマリオン(カレン・アレン)とは離婚協議中という扱いであったが,最後は落ち着くべきところに落ち着く。父親のヘンリー役S・コネリーは既に故人だが,ハリソン・フォード若返らせるのなら,かつてのフィルムから彼の姿を再現して,1944年のシーンに少し登場させるお遊びがあっても良かったかと思う。その他で懐かしいのは,第1作,第3作に登場した発掘屋のサラー(ジョン・リス=デイヴィス)の再登場であった。
 新登場組では,ヒロインのヘレナ役に英国女優のフィービー・ウォーラー=ブリッジが抜擢されていた(写真3)。1944年の出来事で登場する旧友の大学教授バジル・ショウ(トビー・ジョーンズ)の娘で,インディが名付け親という設定である。知的には見えるが,かなりの長身で,「運命のダイヤル」を巡っての攻防ではアクションもこなすタフな女性である。ボンドガール的な存在ではない。筆者が脚本担当なら,父ヘンリーに隠し子がいたという設定で,美形の妖艶な女性を1人登場させて盛り上げたと思う。


写真3 名付け子のヘレナが,このダイヤルを持ち逃げしてしまう

 敵役は,元ナチスの科学者のユルゲン・フォラー博士で,お馴染のマッツ・ミケルセンが演じている。「北欧の至宝」と言われるこの名優が,欧州映画では人格者や心優しい主人公を演じるのに,ハリウッド大作となると悪役として登場するのは面白いものだ。ただし,本作でのヴィランはさほど悪辣ではなく,『007/カジノ・ロワイヤル』(07年1月号)の悪役ほどの迫力はなかった。

【当欄の視点での見どころとVFX】
 ■ さて,本稿の本題の1944年のインディ・ジョーンズの顔の生成である。現役俳優の顔を若返らせた過去の事例は,『ジェミニマン』(19年Web専用#5)の記事中で詳述しておいたので,それを参照されたい。本作の若いインディは,静止画で見ても,第3作に出演時のH・フォードの6年後の顔に見える(写真4)。とてもじゃないが,1969年のインディを演じる79歳のH・フォード(写真5)を特殊メイクしたくらいではこうはならない。さりとて,CGモデルに顔画像テクスチャマッピングした程度の人工的な顔でもない。そもそも,現在のH・フォードを3Dスキャンしても皺だらけで,幾何形状モデルも顔面テクスチャも役に立たない。『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(09年2月号)のブラッド・ピットや『ジェミニマン』のウィル・スミスはまだ40代だったので,そこから10〜20歳程度若返らせるのは,従来の手法でもさほど難しくなかった。


写真4 画像生成AIが描いたと思われる1944年のインディ

写真5 この年齢で冒険家を演じるのは少し痛々しい

 ■ その一方で,本作の方が好都合であるのは,80年代の3部作の映像中で,彼の登場シーンがたっぷりあることだ。その映像を学習データとして深層学習させれば,最新の「画像生成AI」が,望むアングル,表情でのインディ・ジョーンズを生成してくれる。ただし,静止画では精緻な画像を生成できても,長い動画のシーケンスとなるとボロが出る。顔の表情合成だけなら,顔の筋肉モデル+Facial Captureには長年の蓄積があるが,その既存技術と「画像生成AI」との融合はまだこれからなのだろう。正直を言うと,筆者はもっと多彩な表情,見事な出来映えを期待していたのだが,さほどの結果ではなかった。ハリソン・フォードの過去の出演シーンを多数所有していても,どの場面の映像で学習させるかの選択にも,ノウハウの蓄積が必要だ。まだ担当のアーティスト/VFXエンジニアが,「画像生成AI」を十分使いこなせていないのだろうと思う。
 ■ 1944年のシーンでは,上記のようなクオリティでなくても通用するシーケンスがある。カメラを引いたシーンでは,単に体形が似たスタントマンを起用するだけで十分だ(写真6)。実際,「1944 Indiana Jones Double」なる役名で2人のアクション俳優がクレジットされている。写真7のように少しアップになっても,顔を少し差し替えるだけで通用する。そもそも列車上のアクションシーンは,スタジオ内で撮影し,車上にVFX合成されているのが普通だ。


写真6 このシーンなら代役で十分だし,CGでも大丈夫

写真7 ここまで近づくと,顔だけ置き換えだろう

 ■ 同じことは,1969年のシーンでも言える。月面着陸を祝うパレードで馬に乗って疾走するシーンで,H・フォードが演じているシーンはごく僅かだろう(写真8)。馬には乗れても,実際に疾走するシーンで79歳の主演男優にすべて演じさせる訳にはいかない。その場合は,代役が演じ,顔だけすげ替えだろうが,馬の疾走も一部はVFX合成の可能性が大だ。屋外道路はともかく,地下鉄構内へ階段を降り,線路内を疾走するシーンでは,馬自体もシーンによっては本物ではなく,CGの方が安全策である。地下鉄車両もCGで描画できるので,シーン自体がフルCGもあり得る。この場合は,若返らす必要はないが,頭部のすげ替えだけの場合も,「画像生成AI」の利用は作業量の軽減に繋がり,コストダウンの役目を果たす。


写真8 どこまで本人が演じていたかは疑わしい

 ■ 他では,トゥクトゥクでのチェイスシーン,車両間の乗り移りの場面も,代役の起用+VFXだろう(写真9)。ヘレナのバイクから飛行機への乗り移り,墜落するユルゲンの飛行機からの脱出等もVFXの出番だが,特筆するに値しない。少しネタバレになるが,BC218年のシチリア島のシーンが登場するが,ここでのローマ軍の描写は余り感心しなかった。最近の大作のCG/VFXとしては少しチープだ。本作のCG/VFXは,言うまでもなくILMが大半を処理しているが,前作のように1社で丸ごと担当ではなく,本作では他にRising Sun Pictures, Soho VFX, Important Looking Pirates, Crafty Apes, The Yard VFX等にも発注されている。PreVis とPostVisの担当はProof社である。


写真9 上:この程度は本人の演技か? 下:こちらは若手の代役だろう
(C)2023 Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved.

【音楽と音響】
 1944年から1699年に移った瞬間に,高らかにビートルズの“Magical Mystery Tour”が流れる。誰かがカバーしているのではなく,オリジナルのポールの歌唱である。であれば,これは1967年のヒット曲である。1969年を象徴したいなら“Get Back”や “Come Together”で良かったと思うのだが,なぜ1967年の曲を使ったのだろう? そう言えば,前作で1957年であることを示すのに,エルヴィス・プレスリーの“Hound Dog”を流していた。これは1956年のヒット曲である。多少前後しても,時代を感じれば良い程度の選曲なのであろうか。随分,杜撰だ。
 全体の音楽担当は,引き続き巨匠のジョン・ウィリアムズだった。お馴染の「レイダースのテーマ」が流れるだけで,誰もがフェドーラ帽に革の笞,革ジャンを着たインディ・ジョーンズの勇姿を思い出す。パブロフの犬の条件反射のようなものだ。
 ところが,その他の音楽,スコアが全く有り難くなかった。余りの騒々しさに,物語への集中力を欠いたほどである。曲が悪いのではなく,音響設備が感心しなかった。この映画の完成披露試写は,Dolby Cinemaを導入しているシアターで行われた。IMAX近いサイズの大型スクリーン,高精細のDolby Visionと立体音響技術Dolby Atmosをウリにしていて,上映前から,その音響効果の宣伝が盛んだった。この映画のSound MixにはDolby Atmosが採用されていたため,その技術宣伝を兼ねてDolby Cinemaの採用シアターとタイアップしたのかと思われる。筆者が試写を見た映画館の技師のチューニングが悪かったのか,元のSound Mixが過剰品質だったのかは不明だが,異常なほどの大音量,広過ぎるダイナミックレンジに閉口した。映像もしかりで,大画面上映に適した画角ではなかったので,人物像が大き過ぎ,僅かな動きで広画角の移動になり,目が疲れた。大スクリーン上映を考慮した撮影になっていないからである。本作に関しては,大きなスクリーン,大音響のシアターは避けた方が良いと助言しておこう。

【総合評価と感想】
 全体として,まずまずの出来映えだったと思う。思ったほどの大団円ではなかったが,最終作として許せる範囲のエンディングであった。ハリソン・フォードには,熱演ご苦労様でしたの労いの言葉しか出て来ない(これで俳優業を引退する訳ではないが)。過去作の再上映やDVDも売れるので,権利を有している配給網としては大満足だろう。1ファンの正直な意見としては,やはりこの映画はなくても良かったと思う。いや,4作目の前作もなくて,当初の3部作のままで終わっていたのがベストだった。


()

Page Top