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O plus E VFX映画時評 2023年2月号

『ペリフェラル ~接続された未来~』

(アマゾン・スタジオ)




オフィシャルサイト[日本語][英語]
[2022年10月21日よりAmazon Prime Videoにて独占配信中]

(C)Amazon Studiosx


2023年2月13日 シーズン1(全8話)視聴完了

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


全8話だが, じっくり観て欲しいSFスリラー作品

 記事本体はとっくに書き終えていたが,Webページ化してアップロードするのが遅くなった。公開日が迫っていた『アントマン&ワスプ:クアントマニア』(23年2月号)と季節ものの「第95回アカデミー賞の予想」(同)の作業を優先したためである。本作は,Amazon Prime Videoで昨年秋から独占配信されている。読者は公開期間を気にすることなく,いつでも観られるというのも,アップロード遅延の言い訳の1つである。
 昨年末にネット配信映画の海外での高評価作品を探した時に見つかったもので,単発の「映画」扱いではなく,全8話(各話は,58〜72分)の「TVドラマシリーズ」扱いの作品である。ほぼ同時期に観たのが『ペーパーガールズ』(23年1月号)だが,本作の方が格段に出来がいいと感じた。それゆえ,単独のメイン欄で語ろうととって置いた訳である。時間のある時にこの記事を参考にし,作品自体も是非ネット配信でじっくり観て頂きたい。
 時代設定は近未来の2032年で,米国のアパラチア山脈の麓にある田舎町が舞台だ。主人公は3Dプリントショップで働く若い女性フリン・フィッシャーで,ビデオゲームの達人である。病気がちで目の不自由な母親,退役軍人の兄バートンとの,平凡な3人暮らしを送っていた。ある日,新型VRゲームのテストプレイで大金が稼げると聞きつけた兄が,天才的プレーヤーのフリンに身代わり体験させたところ,彼女は余りのリアルさに驚愕する。やがて,彼女が体験したのはVR空間ではなく,2100年の実世界のロンドンであったことが判明する。フリンがそこで巻き込まれた事件の結果,フィッシャー兄妹はプロの殺し屋集団に命を狙われることになる……。
 その後も兄妹や兄の友人が2032年と2100年を往復する。VRと思わせておいてのタイムワープものだが,未来社会に本人が移動する訳ではない。2032年から2100年の躯体を操作するので,アバターものでもある。当初は兄の身代わりで男性躯体を使っていたが,やがて本人そっくりの躯体が用意されるので,意識だけが時間旅行していることになる。2039〜2041年に世界的なパンデミックで人口は激減するという設定であるから,ある種のディストピアものでもある。ただし,全く荒廃した未来社会ではなく,それなりに現代より進んだ未来文化が形成されている。複数の集団の抗争に主人公達が巻き込まれるSFスリラーであるが,宇宙人の到来や破滅的な機器の利用で人類滅亡の危機を瀕している訳ではない。シリーズの終盤で流行のマルチバースへの移行を暗示しているが,実際に同時代の並行宇宙が登場することはなかった。
 となると,在り来たりのSFフレーバーを振りかけただけで,何が新しい,何が面白いのかと問われてしまいそうだ。その通りで,驚くような新しさはないのだが,物語展開がよくできていて,第2話,3話と進むにつれ,どんどん引き込まれる。現代に近い2032年と2100年の対比や,SF的な要素の盛り込み方が巧みだ。荒唐無稽さはなく,むしろこれぞ本格的SFだと感じてしまう。


原作者は, SF界の巨人ウィリアム・ギブスン

 脚本がいいのは,しっかりした原作小説があるに違いないと,中盤の第4話辺りになってから調べ,原作者名を知って驚いた。長編小説「The Peripheral」(14)の作者は,何と,現代SF界の巨人の,あのウィリアム・ギブスンではないか! 過去の著書で何度か触れたのだが,当欄の若い愛読者のために,W・ギブスンのことを語っておこう。1948年3月生まれの米国人で,筆者とほぼ同世代のベビーブーマーの作家だ。1984年に発表した長編小説「ニューロマンサー」が,ヒューゴー賞,ネビュラ賞を含むSF小説の5冠を達成し,SF界の超新星となった。それまでの他愛もない「スペースオペラ」で沈滞気味であったSF界で,切れのある文体でノワール調の近未来社会を描いた小説を発表し,絶賛を浴びた。
 上記に先立つ短編「クローム襲撃」(82)で使った造語「サイバースペース(Cyberspace)」を,同作で多用し,ハイテクに支えられた近未来を鮮烈に描き出していた。その日本語訳は「電脳空間」で,原語のカタカナのルビが振られていた。ここでいう「電脳」は中国語の「コンピュータ」のことではない。「電極」を人間の「脳」に接続し,視覚化された空間を体感するということから,「電脳空間」と命名されていた。しかもそのCyberspaceは世界中に張り巡らされたネットワークに接続されているという。全くVRやインターネットそのものであるが,「Virtual Reality」なる用語も「World Wide Web」の概念も1989年に登場したので,W・ギブスンの「サイバースペース」の方が先だったのである。
 同作と続く同系統の「カウント・ゼロ」(86)「モナリザ・オーヴァドライヴ」(88)は,併せて「電脳3部作」と呼ばれている。W・キブスンは「サイバーパンク小説」の旗手と呼ばれ,SFの新潮流の教祖的存在となった。筆者はこの3部作は何度も読み,その後の「ディファレンス・エンジン」(91) 「ヴァーチャル・ライト」(94)辺りまで精読している。今回の「The Peripheral」の後,「Agency」(20)が出版され,執筆中の「Jackpot」と併せて「ジャックポット3部作」となるらしい。


VFXは高度ではないが, 効果的な登場の仕方

 本作は,ギブスンの原著を基に,ネット配信シリーズ用に脚本家のスコット・スミスが脚色している。彼も自著をもつSF作家であるから,本作が本格派SFであることも頷ける。製作は,TVシリーズの『ウエストワールド』(16 - 19)を成功させたジョナサン・ノーランが担当した。クリスファー・ノーラン監督の実弟で,兄の『ダークナイト』(08年8月号) 『インターステラー』(14年12月号)等の脚本,『レミニセンス』(21年9・10月号)の製作を務めてきた人物である。監督は,ヴィンチェンゾ・ナタリとアルリック・ライリーが4話ずつを担当している。
 主人公フリンを演じるのは,『ヒューゴの不思議な発明』(12年3月号)『キャリー』(13年12月号)のクロエ・グレース・モレッツだ。兄バートン役にジャック・レイナー,兄妹の幼馴染で元軍人のコナー役にイーライ・ゴリー,2100年でフリンを導くウィルフ役にゲイリー・カーが配されている。全8話ともなると多数の人物が登場するが,知名度でも登場機会でも,クロエちゃんが断トツの一枚看板である。
 彼女は現在26歳,撮影時には24歳だが,『キック・アス』(10年12月号)の頃に比べると随分大人になったなと感じる(写真1)。この数年の筆者のミューズは,このクロエちゃんとエル・ファニング,邦画では広瀬すずで,最近は永野芽郁がお気に入りだ。それぞれ,愛らしい少女から,どのような大人の女優に成長して行くかを楽しみにウォッチしている。近作の広瀬すずは,無理に大人の女性役を与えられ過ぎで,容色も劣化気味だが,本作のクロエちゃんは,可愛さ,清楚さは残しつつも,大人の女性らしい魅力も引き出されている。改めて見ても,整った顔立ちの美形で,キリリと引き締まったウエストは,アクション女優としての資質も備えている。


写真1 少し大人になったが,やはり美形で可愛い

 そんな彼女の魅力を最大限にアピールしたドラマシリーズであるが,当欄の読者に味わってもらいたいのは,むしろSFドラマとしてのバランスの良さである。以下,当欄の視点からの論評である。
 ■ 原作がW・ギブスンの小説だけあって,定番の概念に少し凝った用語が使われている。本作の「ペリフェラル」とは,PCの周辺機器ではなく,未来社会に登場するアバターの物理的な躯体である。ゲーム感覚で操作する人間からすれば,ゲーム機本体に時間軸を介して接続された周辺機器と言えるかも知れない。医学用語では,「末梢神経系」や「末梢血液」の「末梢」に当たる単語であるから,脳神経系を使って制御する別空間の躯体の意味であってもおかしくはない。一方,「ジャックポット(Jackpot)」は,人類に振りかかる「大災厄」の意味で使われている。スロットマシンの場合は「大当たり」を指すが,本作では嬉しくない,悪い意味での「大当たり」な訳である。別途存在する「並行宇宙」は,流行の「バース」ではなく,「スタブ」と呼んでいる。まぁ,ざっとそんな調子である。
 ■ CG/VFXの登場シーンは,マーベルやDCのスーパーヒーロー映画とは比べ物にならないが,『ペーパーガールズ』に比べるとかなり多い。例えば,2100年のロンドンでは,市街地にギリシャ彫刻風の大きな彫像が立っている(なぜ,これがあるのかは不明だが)(写真2)。市内の著名な観光名所も,それと分かるように加工されているし,一見普通に見える高層ビルも,現代のロンドンのビル群をVFX的に増強している。


写真2 上:最初の体験は2100年の夕暮れのロンドン
   下:市中の大きな彫像もビッグベンもCG製

 ■ フリンがVRゲーム用として渡されたヘッドセット(第1話)は,顔面を塞ぐHMDではない(写真3)。脳波を検出してペリフェラルを制御するようだ。未来を感じさせる斬新なデザインの典型は,第3話,第6話に登場する球形の操作端末だ(写真4)。シリーズ中で何度か登場する敵方のステルスカーは,透明になったり,姿を現したりする(写真5)。一方,この時代の自動車は当然全自動運転のためか,タクシーには運転手はいない。道路走行中に進路を示す図形が路面に表示されているのは,自動運転中を示すサインなのだろう(第1話,第3話)。湖の上にホログラム風のディスプレイが登場するのも,約70年後の未来だと思わせる演出だ(第3話)。


写真3 このヘッドセットでペリフェラルを体験する

写真4 球形の表示画面をもつ未来の情報端末

写真5 神出鬼没のステルスカー(フロントが透明になりかけている)

 ■ 操作者当人そっくりに作られたペリフェラル躯体は俳優が演じているだけだが,コナーのペリフェラルを制作する過程は,それらしい演出で楽しめた(第6話)。いかにもロボットだと感じさせるウエイトレスの女性(第1話)は頭部をVFX加工したものであり(写真6),コイドなる2足歩行ロボットはフルCGである(第7話)。いずれもある種のペリフェラルであり,人間らしく見えるかどうかが違うだけで,技術的に大きな差はないという設定のようだ。一方,人間に対するVFX加工は,身体に入れたタトゥが動画のように動くのが面白かった(第2話)。兄バートンらの元従軍兵士の体内に埋め込まれている「ハプティック」なるデバイスが,彼らの身体能力を拡張している。研究分野の用語で言うなら「Augmented Human」だ。いかにもキブスンのSF小説らしい味付けである(第3話)。


写真6 いかにもロボットと思えるウエイトレス

 ■ その他では,廊下の床が透けて下が見えるシーン(写真7)や,多数のCG製の蜂が女性研究員を殺害するシーン等々が登場する(第3話)。技術的に特筆するほどではないが,物語を盛り上げる上でのご愛嬌と言える使い方だ。全編のCG/VFXの大半を処理したのはBlueBolt社で,他はCrafty Apes,Zoic Studios等が少しだけ参加している。当欄でBlueBoltの名前が出るのは初めてだが,ロンドンにある中堅VFXスタジオである。劇場用映画は『ノースマン 導かれし復讐者』(23年1月号)を手がけているが,大作の『ゲーム・オブ・スローンズ』(11 - 19)や最近の『コブラ』(20- )等,TVシリーズを請け負うことが多いようだ。使える制作費が限られることは理解できるが,出来映えを見る限り,1級スタジオとは言い難い。緊張感を維持しながら全8話を見られたので,脚本は秀逸だったと言える。2時間半程度の上映時間で,もっとハイレベルなCG/VFXを駆使した劇場用映画にしていたら,十分話題を呼ぶ大作になっていたと思われる。


写真7 床が崩れると思わせて,実は透明化しただけ
(C) Amazon Studios

 ■ 筆者は昨年の内に「シーズン1」を観終えていたのだが,本稿を書くに当たって再点検したら,長めのエンドロールの後に,ポストクレジット映像があることに気づいた。是非それも逃さずに観て頂きたい。これは最初からあったのだろうか? 最近,本作の「シーズン2」の製作開始が正式に発表された。『ロード・オブ・ザ・リング:力の指輪』(22年Web専用#6)の好評が,続編の制作を後押ししたようだ。後追いで追加された予告映像かも知れないが,「シーズン2」が楽しみなことは言うまでもない。


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