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O plus E 2022年11・12月号掲載
 
 
マッドゴッド』
(ロングライド配給)
      (C)2021 Tippett Studio
 
  オフィシャルサイト [日本語][英語]    
  [12月2日より新宿武蔵野館ほか全国順次公開予定]   2022年10月9日 オンライン試写を視聴
       
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)  
   
  徹底した手作りSFXで描いたダークファンタジー  
  実は,上記2本よりも楽しみにしていた1作だ。その理由は,SFX界の伝説的存在フィル・ティペットが自ら製作・監督した初の長編映画であり,構想当初から約30年後に完成したという代物だからである。
 F・ティペット氏の最も著名な写真は,『スター・ウォーズ/ジェダイの復讐』(83)で4脚歩行の輸送機「AT-AT ウォーカー」を操作している画像だろう(写真1)。『ジュラシック・パーク』(93)でもアニマトロニクス製の恐竜を担当するはずが,CG描画の採用により失業同然の状態になり,本人は茫然自失だったという。ところが,CG製の恐竜のモデリングはできても,どうやって恐竜の動きを与えるかの段になり,再度ティペット氏が起用され,独自のメカを考案して動きを表現することに成功した(写真2)。このエピソードは,SFX史で必ず語られるネタであり,『クリーチャー・デザイナーズ ハリウッド特殊効果の魔術師たち』(22年5・6月号)でも紹介されていた。
 
 
 
 
写真1 AT-AT ウォーカーに動きをつける若き日のティペット氏
(C)Lucas Film Ltd. All Rights Reserved.
 
 
 
 
写真2 この2枚は『クリーチャー・デザイナーズ…』からも転載
(C)FRENETICARTS 2015
 
 
  両作で2度オスカー受賞者となった同氏が本作の着想を得たのは1990年頃で,冒頭シーンだけ撮影してオクラ入りしていた。20年後にスタッフが倉庫を掃除中に人形やセットが見つかり,企画が再燃したという。そこからも紆余曲折があり,コロナ渦にもティペット氏自身が撮影を続けて,ようやく2021年に完成した。
 本作で描かれているのは荒廃した未来社会で,しかも地獄のような地下世界だけで物語が進行する。孤高の戦士の暗殺者が地下都市に潜入するところから物語は始まる(写真3)。そこには老朽化した地下壕があり,拷問された魂,醜悪で不気味なクリーチャー達が蠢いていた。その間をくぐり抜ける中,意味不明のグロテスクな殺戮と破壊の地獄絵巻が延々と続き,核爆発と思しきことも起こる。宇宙の誕生と生命の発生が繰り返され,化け物たちの巣窟と化したこの世の終りに遭遇する……。
 
 
 
 
写真3 孤高の暗殺者が地下空間へと降りて行く
 
 
  といった呆れるまでのダークファンタジーで,爽快な結末を期待してはいけない。基本的にセリフはないから,熟視していないと物語展開も理解できない。いや,そもそも物語性は乏しく,どう贔屓目に見ても,面白い映画ではない。敢えて読者に宣言しておくなら,これは物語を楽しむ映画ではなく,今やレガシーと化したF・ティペット氏とその弟子たちが古典的な手法で作った手作り映像を,マニアックな観客が堪能することを前提としている。それ以外の何ものでもない。  以下,当欄の視点からの分析と論評である。
 ■ 広報宣伝ではStop Motion Animation (SMA)映画であると強調されているが,むしろその範疇に入らないシーンが随所に見られる。登場キャラや物体を少し動かしてスチルカメラで撮影する「コマ撮り」がSMAだが,ティペット氏は動きのあるミニチュアを系統的に撮影する「ゴー・モーション (Go Motion)」の提唱者であり,その発展形と言える技法が多用されている。冒頭の大砲の発射,カプセルの地下への降下シーンが既にそうだ。動く模型の他,生身の俳優(アレックス・コックス)(写真4)までが登場する。それゆえ,純然たるSMAに比べて,前後の引きや回り込みのカメラワークも頻出している。ただし,『ロード・オブ・ザ・リング』(02年3月号)以降使われるようになった,CGゆえのズームアップと回転を組み合わせた派手なカメラワークではない。手作り感ゆえの,微妙なカメラワークを盛り込んでいるというレベルである。
 
 
 
 
 
写真4 人類最後の男を演じるA・コックス。本業は映画監督&脚本家。
 
 
 ■ 地下世界に住むクリーチャーの造形には力が入っている。写真5の網目状の顔,写真6の植物やティーポット等,表面質感が高い複雑な事物を配していて,意図的にCG表現が難しい対象を選んでいる。写真7のライティングによるブーツの反射も,CGでここまで質感を表現するのは至難の技だ。事物をかなりアップで捕えたり,手前に進行するカメラワークが目立つのも,ご自慢の質感を強調するためだろう。その一方で,登場キャラの表情は乏しい。フルSMAのキャラ(例えば,『ひつじのショーン』シリーズ)のように,差替え可能な多数の頭部や身体パーツを準備していないからだろう。この点では,CG描写に敵わないことも明白だが,勿論,CGと優劣を競うつもりは全くない。
 
 
 
 
 
写真5 質感重視でデザインされた網目状の顔
 
 
 
 
 
写真6 CGじゃとても描けないと思わせる複雑なシーン
 
 
 
 
 
写真7 このライティングの反射による質感もCGでは難しい
 
  ■ ファミリー映画のSMAでは,動きのぎこちなさ,キャラ造形のシンプルさを,むしろ愛らしさの表現として活用しているのに対して,実写映画の一部の特撮シーンからスタートしたティペット氏は,映画的構図や質感を重視している(写真8)。ただし,従来ならミニチュアセットの造形にも拘ったと思う場面で,かなりの部分をVFX合成で代用しているとも感じられた。
 
 
 
 
 
 
 

写真8 映画的な構図やカメラワークを積極的に導入

 
 
  ■ この映画のメイキング画像が何点か公開されているが,それらを眺めているだけでも楽しい(写真9)。SMAの他,パペットや小型アニマトロニクス等の古典的SFX技術を縦横に駆使しているが,SFXパートは10人以下で制作したようだ(写真10)。ティペット氏自らが,クリーチャー制作や撮影にも参加している(写真11)。四半世紀以上掲載してきた当映画評の紙媒体での最後のメイン記事が,前世紀の技法で作られた長編アニメというのは少し皮肉だが,CGによるVFXが全盛の今,こういう映画が作られたことが素直に嬉しい。この映画は,米国では劇場公開はごく僅かで,VODでの配信が大半だったようだ。それを輸入してきて,全国で劇場公開してくれる配給会社に敬意を表しておきたい。本作に啓発され,この伝統芸と最新CG/VFXを有機的に結びつけ,もっと魅力的な作品を生み出そうという若手映画人の登場を期待したい。
 
 
 
 
写真9 手作り感が溢れるティペット・スタジオの制作工房
 
 
 
 
 
写真10 SFXの主要メンバーは,たったこれだけ
 
 
 
 
写真11 ティペット氏自らがミニチュア制作や撮影も担当。
(C)2021 Tippett Studio
 
 
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  (O plus E誌掲載本文に加筆し,画像も追加しています)  
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