O plus E VFX映画時評 2026年6月号掲載
(注:本映画時評の評点は,上から![]()
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■『シラート』(6月5日公開)![]()
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ようやくこれで出揃った。『ハムネット』(26年4月号)『シンプル・アクシデント/偶然』(同 5月号)の時にも書いたが,今年のアカデミー賞ノミネート作は大半を授賞式前に試写を観ていたが,公開が4月号以降になる映画が5本あった。本作が残っていた最後の1作で,ほっとした。
当事は予想記事を書くのに,受賞候補に入れるか,言及に値するかを判断するのに精一杯で,オンライン試写で再度観られる作品は後日じっくり観直そうと思った。とりわけ,『シンプル…』と本作は一度観ただけでは意味不明で,好きになれる映画ではなかった。共に国際長編映画賞の候補作であり,『シンプル…』は他に脚本賞,本作は音響賞の候補になっていたが,いずれも受賞には至らなかった。両作とも「砂漠の中にバンが停まっている光景」の印象が強く,内容を混同しがちであった。改めで両作を観直すと,テーマも結末も,監督の意図や経験もかなり違っていた。結末の「予測不可能」は両作に共通していたが,老練なジャファル・パナヒ監督に比べて,これが長編3作目のオリベル・ラシェ監督の脚本・演出は未熟に感じた。それでも,誰も観たことがない映画を創ろうとした野心は,半分以上達成していると感じた。
タイトルの「Sirāt」はアラビア語の「道」らしい。「地獄と天国の狭間に橋があり,その道は髪の毛よりも細く,剣よりも鋭い」という文字列から映画は始まる。舞台はモロッコ南部の砂漠で,大きな音響装置を設置しているシーンが続き,主人公のルイス(セルジ・ロペス)は,息子エステバンと愛犬ピパを伴い,砂漠でのレイヴパーティに参加したまま帰らない娘マールを探して,パーティ現場にやって来た。そこに娘の姿はなく,さらに砂漠の奥地の別のレイヴ会場に向かおうとしたが,戦車軍団が到着し,隣国との戦闘が激化したため参加者に避難命令を出す。2組のバンが逃げ出して砂漠の奥地に向かったため,ルイスらも後を追う。様々なトラブルに見舞われながら,一行は次第に絆を深めて行ったが,その先には想像を絶する恐るべき運命が待ちかまえていた……。
なるほど,展開が全く読めなかった映画であり,観終わった後も,これで終わりなのかと狐につままれた思いだった。緊迫感はあったが,これが天国と地獄の境界体験というほどの面白さではない。厳重なネタバレ禁止条項があったので詳しくは語れないが,少しだけ書いておこう。中盤近くで,息子と愛犬を乗せた小型バンはが崖下に転落し,2人は落命する。父ルイスは悲嘆に暮れるが,その後,肝心の娘探しはどうなったのかと思う展開だった。この監督は,物語内容はどうでも良く,単に重低音が鳴り響く,映像体験をさせたかっただけなのか。
「レイヴ (Rave)」とは,ダンス音楽を大音量で一晩中流す音楽イベントで,多数の参加者が踊り狂ってカオス状態を楽しむ非日常体験とのことだ。本作ではレイヴ会場だけでなく,バンが砂漠を走行中も,リズムを刻む重低音が鳴り響いていた。なるほど,音響効果の良い映画館で見るべき映画であり,「映画は考えるものでなく,体感するもの」という監督の主張の具現化なのだろう。観客の大半は「この映画は何を伝えたかったのか分からない」と言うことは覚悟の上だったようだ。本作を「驚異的な傑作!」「映画館で体験すべき真の映画」と評する批評家は少なくなかったので,監督の目論見は成功したようだ。
音楽好きであるが,メロディなしのこの種の音楽を好まない筆者には,むしろ苦痛であった。この監督の真の意図は,レイヴ擬似体験を与えたかったのか,天国と地獄の境目を描きかかったのか,理解できなかった。二兎を一気に得たいと考えたなら,虫が良過ぎると感じた。それでも,この挑戦心は評価しておきたい。
■『アン・リー/はじまりの物語』(6月5日公開)![]()
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しばしば映画のタイトルに拘る当欄であるが,本作は全く誤解していた。てっきり,名匠アン・リー監督の最新作で,題名が「はじまりの物語」なのかと思った。本作の「アン・リー」は,18世紀の新興宗教「シェーカー教団」の女性指導者の名前であり,その伝記ミュージカル映画だという。そんな教団名も教団指導者も聞いたことがなかった。映画関係者であれば,アカデミー賞3度受賞,ヴェネツィアの金獅子賞,ベルリンの金熊賞を2度ずつ受賞している台湾人監督の方を思い浮かべるのが当然ではないか。当欄では『ハルク』(03年8月号)『ウッドストックがやって来る!』(11年1月号)『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』(13年2月号)『ジェミニマン』(19年Web専用#5)を紹介したが,もう7年間も新作がない。ようやく最新作の西部劇の『Gold Mountain(原題)』が今春クランクインしたようだ。
さて,本作のアン・リー(アマンダ・セイフライド)は,1736年英国マンチェスター生まれの女性で,貧しい鍛治職人の家で育った。幼い頃から信仰心が厚い半面,男女の性行為を罪としか考えず,父母の行為ですら憎んだ(だったら,自分はどうやって生まれた?)。やがて,弟ウィリアム,姪のナンシーと共に,即興で叫んだり、踊ったり,歌って礼拝する「シェーカー教徒」に傾倒し,同じ信者のアブラハムと結婚する。夫と愛のない性の営みを嫌悪するが,4人の子供が生まれたものの,全員1歳未満で死去した。益々神に救いを求めた彼女は過激な発言を繰り返し,投獄される。そこでアダムとイヴの幻視を見た彼女はそれを教徒たちに伝え,「キリストの再臨」として崇められたが,他からは魔女扱いされた。
1774年米国での伝道活動を決意したアンは,総勢9名で大西洋を渡る。死を覚悟した過酷な航海の後,NYに到着したが,黒人が奴隷として売られる国に衝撃を受けた。新天地を求めて川を登った一行は途中で奇跡を体験した。1780年,性別・人種の平等信仰でユートピアを実現しようとした「シェーカー教団」は理想とした教会を完成させるが,その一方で過激な言動に対する迫害も起こり,苦難の運命が待ち受けていた……。
監督・脚本・製作は女性脚本家のモナ・ファストヴォールドで,『ブルータリスト』(25年2月号)の共同脚本でアカデミー賞ノミネート経験をもつ。一方,主演のA・セイフライドは大好きな女優の1人である。『マンマ・ミーア!』シリーズ,『レ・ミゼラブル』(13年1月号)で歌唱力は折り紙付きであり,ミュージカル仕立ての本作の主人公はハマり役と言える。歌なしの『Mank/マンク』(20年Web専用#6)でも達者な演技力を披露していた。GG賞の主演女優賞(M/C)部門にノミネートされていたのも,その実力からして当然と言える。それでいて本作が作品賞候補とならなかったのは,作品としての評価は今一歩ということなのだろう。
本作は激賞する批評家もいて,「まさに宝石のような作品」「宗教,ミュージカルを融合させた素晴らしい映画」とも評されているが,筆者には不愉快極まる伝記映画だった。新興宗教の胡散臭さ,その指導者の過激な発言に辟易した。いくら何でも「キリストの再臨」は言い過ぎだ。信じる信じないは自由であるが,現在,殆ど信者を失っている2世紀半前の宗教事情を今更映画化する意味があるのかと感じてしまった。
評価でも良かったくらいだが,A・セイフライドの熱演で![]()
評価に留めた。
■『君と僕の5分』(6月5日公開)![]()
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この映画に関しては,題名の意味を深く考えず,素直に観た。上記で大勘違いをしたせいもあるが,この素朴なタイトルからは何も思い浮かばなかった(実は観終わって,この記事を書く段階になってから考え始めた)。時代は21世紀の初め,韓国で最も保守的な街とされる大邱(テグ)の高校生たちの青春ドラマである。「君と僕」と言っても,若い男女関係のラブストーリーではなかった。男子高校生2人が友情を育み,ある日から突然離れて行く微妙な関係を丁寧に描いた素晴らしい映画であった。
21世紀最初の年の2001年,主人公の少年ギョンファン(シム・ヒョンソ)は地方都市・大邱の進学校に転入して来た。内気で無口な彼は休み時間も小型MP3プレーヤーでずっと音楽を聴いていたので,クラスでは「オタク」扱いされた。当時の韓国ではまだ日本の音楽の流通は禁止されていたが,彼は海賊版音楽サイトから日本のアニメソングやJ-POPをダウンロードしていた。
ある日,隣の席にいた学級委員長のジェミン(ヒョン・ウソク)が漏れる音を聴いて,globeの「DEPARTURES」だと知り,ギョンファンのイヤホンの片方を自分の耳に当ててしまった。ジェミンもJ-POPの大ファンであった。帰る方向が同じだと知り,毎日2人は帰宅時に同じバスに乗り,イヤホンを分け合ってglobeを聴く。ジェミンは「FACES PLACES」の方が好きだと主張する。次第に2人の距離は縮まり,特別な友人関係となった。ところが,ギョンファンが自分の秘密(同性愛嗜好)を打ち明けた途端,ジェミンの態度は一変し,視線も合わさず,口も利かなくなる。そして,唯一の心の拠り所をなくしたギョンファンを見かねて,母親は別の町に再転居することに決めた。それを知ったジェミンが取った行動は……。
当時の韓国では,同性愛は最も嫌悪されるタブーであり,それが知れると激しいバッシングを受けた。ギョンファンと過ごす2人の共有時間の中で,ジェミンも自分の中に自覚のない好意を感じ始めていたゆえに,自己防衛本能が働いたのだろう。単なる音楽好きの「オタク映画」と思ったのだが,この2人の少年の心の揺れの描写は見事だった。全編で挿入曲としてglobeの曲が使われていたが,とりわけ「DEPARTURES」が繰り返し流れる。監督・脚本のオム・ハヌルが若い頃に何度も聴いていた想い出の曲らしい。
プレス資料にあった監督の顔写真を見て驚いた。おかっぱ頭にかなりの肥満体型は,典型的な「オタク」だ。同性愛者であったかは不明だが,1990年代から21世紀にかけての韓国事情,日本文化への憧れ,オタク少年へのいじめ等々は,すべて監督自身の体験のようだ。本作が長編デビュー作ゆえに,丸ごと自己体験を盛り込みたかったのだろう。今や「オタク」は,韓国や欧米でもそのまま通じる国際語であることを,本作で初めて知った。
さて,題名である。ハングル語の原題は邦題とほぼ同じらしいが,何が「5分」なのか映画の最後まで分からなかった。どうやら,「DEPARTURES」の収録時間5:15のことのようだ。ギョンファンにとって貴重であったジェミンとの共有時間を指していると思われる。
もっと分からなかったのは,英題の『404 Still Remain』の意味であった。原題や邦題とまるで違う。本作の基となった同監督の短編の題名が『404 Not Found』である。Webページが検索できない時のエラーコード「404 Not Found(ページが見つかりません)」を使ったのだった。かつて同性愛が社会から「存在しない(Not Found)」ものとして扱われたことを意味しているようだ。それを長編化した際に英題を『404 Still Remain』としたのは,社会から無視された自分たちの想いや恋心が「今も確かにここに残り続けている(Still Remain)」と言いたかったのだろう。映画の終盤で,大人になったギョンファンが昔を懐かしむシーンが登場する。その彼の心情を表現したのがこの英題なのかと思われる。あのオタク体型の監督が,こんな見事な青春映画を作る才能の持ち主だというのに驚いた。
■『山口くんはワルくない』(6月5日公開)![]()
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続いては,邦画の青春ラブストーリーで,こちらは高校生の男女が主人公である。となると,恒例の,なぜ取り上げる気になったかの理由を説明する必要がある。実は,深い理由はなかった。上記の韓国映画を観た後だったので,久々に邦画の青春映画も観たくなったに過ぎない。強いて言えば,題名から「山口くん」がどれほどの「ワル」なのかと確認したくなったのである。彼は転校生でコワモテ関西弁男子だという。となると,その関西弁がどれほどのものか,点検してやろうじゃないか。「別冊フレンド」連載の斉木優による同名少女コミックの映画化だというので,女子中高生が対象の他愛もない映画だということは覚悟の上で,オンライン試写を観始めた。
主人公の女性側は恋に夢見る平凡な女子高生・篠原皐で,「全日本国民的美少女コンテスト」でグランプリを獲得した「髙橋ひかる」が配されていた。一方,通学中の車中で彼女に痴漢を働いた男を締め上げた高校生が山口飛鳥で,アイドルグループ「なにわ男子」の高橋恭平が演じている。即ち,「Wタカハシ」が主演の男女優である。そんな出逢いの後,彼が同じクラスへの転校生だったこと判明した。金髪にピアスとヤンキーだったので,クラス内では「ヤクザ」と噂された。朝の出来事から意識し始めたが,山口くんの素顔は,照れ屋で優しいピュアボーイだった。知れば知るほど,皐は彼を“ひとりじめ”したくなったが,山口くんを何かと目の敵にするイケメン男子・石崎琳央(岩瀬洋志)が立ちはだかる。実は,彼も山口くんに特別に好意を抱いていることが判明し,不思議な「恋のトライアングル」に進んでしまう……。
とまあ,一応のあらすじは書いてみたものの,極めて平凡なラブストーリーだった。最終的に2人がどうなるかは,誰もが容易に想像できる。片方が不治の病で悲恋に終わることもなければ,過去や未来にタイムワープすることも,皐がテロリストに誘拐されることも,実は2人は血を分けた双子の兄妹だった,などというサプライズもなかった。おいおい,本当にこのまま何もなく平凡に終わってしまっていいのかよ,と感じてしまう。数年前に高校生男女が中心のキラキラムービーが多数あったが,まだしも少しは緊迫感や意外性はあったのに……。
これで映画興行が成り立つのかと心配したが,原作ありで,この平凡さということは,最近の少女漫画も平凡でハッピーなラブストーリーが好まれているということなのだろう。この原稿は,意図的に公開週の週末興行成績ランキングが出るのを待ってから書いている。珍しく,前週も今週もTop 3が洋画だった。本作は,Best 10の6位だったが,同日公開映画の中では最上位である。同日公開の上記の3本,『シラート』『アン・リー…』『君と僕の5分』は僅差どころか,全くランクインしていない。第6位は立派な成績であり,若い男女の映画観客はこの平凡さを支持したのである。
折角,真剣に観たので,少し注文をつけておきたい。まずは,山口くんの関西弁からだ。一応の合格点だったが,高橋恭平は大阪府出身なのだから,これくらいは当然だ。もっと強烈なコテコテの関西弁で,笑いを誘うくらいが丁度いい。最初は「ワル」という設定なら,もっと裏社会に通じた「半グレ」でも良かった。そもそも,昔から不良がかった男子ほど若い女性にはモテた。日活全盛時の石原裕次郎や小林旭はそうだったし,大人気恋愛漫画で一世を風靡した「愛と誠」の「太賀誠」は,凶暴な愚連隊のボスだった。
一方,皐役の髙橋ひかるは美形であるが,高身長すぎる(169cm)。山口くんとも,そう差がない。同級生女生徒と並んで歩くと頭1つ背が高く,大人の女性然としていて,まるでキャリアウーマンだ。実年齢24歳で,とても高校生には見えない(高橋恭平は26歳だが)。実年齢は髙橋ひかるの起用は所属プロダクション)の都合もあったのだろうが,もう少し原作コミック風のオメメぱっちりの小柄な女性の方がバランスが良かったと思う。
■『NEW GROUP』(6月12日公開)![]()
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漢字も仮名も入らない英単語だけの題名だが,本作も邦画である。しかも舞台は高校で,主人公は内気な女子学生と海外帰りの転校生で学校に馴染めない男子学生だという。それじゃ,「海外帰り」を除くと,上記の『山口くん…』と殆ど同じではないか。『山口くん…』は平凡過ぎて退屈したので,是非両作を見比べて論じようと思った。ただし,こちらは原作が少女漫画ではなく,監督・脚本・原案はデビュー作『みなに幸あれ』(24)をヒットさせた下津優太監督の劇場公開第2作のオリジナル作品であった。この監督の名前ははっきりと覚えている。
というのは,『みなに…』は日本ホラー大賞受賞作の短編を長編化した映画だというので,興味をもっていた。オンライン試写の視聴リンクまで得ていたのに,前週の公開映画を7本も紹介したため,時間的余裕がなくなり,断念せざるを得なかった。本作も同じくKADOKAWA製作・配給であるので,2年前のリターンマッチと考えた。本作は「組体操」をモチーフとした「SFサイコエンタテインメント」とのことである。早速,予告編を観た。なるほど「人間ピラミッド」は登場するが,これは「SFホラー」と呼ぶべき代物に思えた。これなら退屈しそうになく,『山口くん…』と対比しながら観始めた。
映画の冒頭は,宇宙空間に不思議な光が走り,宇宙から地球を眺めている光景から始まる。これがSF的味付けらしい。続いて,建物から出て来た男女を報道陣が取り囲んで詰問し,袋叩きにする。さらに学校の屋上で生徒達が踊り狂い,町の商店街で中年男性が札束をバラまく奇妙なシーンが続く。一体,この映画は何だ!? と思ったところで,主人公の少女・愛(山田杏奈)の目が覚めた。怖い夢を観ていたのだ。朝食を終えた愛が登校し,クラスでは転校生の優(青木柚)が紹介される。愛は引っ込み思案で級友たちに馴染めず,一方の優も日本流の協調性や集団行動に適合できなかった。そんな中,校庭で四つん這いのまま動かなくなった生徒が出現した。同じような生徒が増え,やがてそれは多段の人間ピラミッドになってしまった。間違いなく,これはホラーだ。何もかも奇妙で,『山口くん…』の高校とはまるで違う。
愛が見た夢の世界が現実となり,地域全体の集団怪現象に発展した。非日常の異常な世界が日常になった。それを煽っていたのは,校長(ピエール瀧)だった。人々は嬉々として彼が勧める集団活動に参加する。まるで新興宗教の信徒である。その象徴が20段もの人間ピラミッドだった。この怪現象に感化されず,「みんな目を覚まして」と叫ぶのは,愛と優だけだったが……。
前半は確実にホラーだと感じたのだが,本格派ホラー映画の恐怖感はなかった。不穏な音楽を流して不快感を覚えさせているだけである。後半途中からはコメディ色が強くなり,結末はまるで「お笑い」だった。なるほど,純然たるホラーでなく,ある種のエンタメである。
監督の意図は,集団行動の危険さを社会派映画としてストレートに警告するのではなく,滑稽味のある娯楽映画として描きたかったのだろう。それは理解できたが,ホラーとしては幼稚,コメディタッチもお粗末であった。巨大な人間ピラミッドはCGで描いていたが,そのクオリティが低レベル過ぎて笑えてしまった。一方,学校の廊下で主人公たちを襲う「動く組体操」は出色だった。さすが,日本体育大学の学生が演じただけのことはある。
この種の奇妙奇天烈な映画を好む観客がいても不思議はないが,筆者は上記の『アン・リー…』と同じ不快感しか感じなかった。コメディタッチであっても,新興宗教的な勧誘行動には拒絶反応が先に立つ。改めて考えると,『山口くん…』の平凡さが懐かしくなった。解釈の紛れがない分,健全な純愛映画だと,同作を再評価した。
■『ジェニー・ペンはご機嫌ななめ』(6月12日公開)![]()
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原題は『The Rule of Jenny Pen』と平凡なのに,この邦題が魅力的で,ジェニー・ペンとはどんな人物なかのが気になった。ポスターや公式サイトに恐ろしげな幼児の顔があり,「誰も逆らえない」と書かれているので,この少年に違いない。早速,予告編を観た。「ソリッドサイコスリラー」とされているが,これぞ新種のホラーで,上記『NEW GROUP』と比べて語りたくなった。高校が舞台の青春映画に対して,ニュージーランド製の終活映画で,映画で舞台はケアハウス,高齢の老人2人が戦うようだ。「組体操」に対するのは「指人形」だ。
物語の概要を語る前に,少し前提知識を整理しておこう。「ケアハウス」は,日本では「軽費老人ホームC型」とされているが,本作では普通の立派な「老人ホーム」である。「指人形」と言えば,各指に小さな可愛い人形を嵌める「Finger Puppet」が一般的だが,本作に登場するのは,やや大きい人形に片手を入れ,指先で顔や手を動かす「Hand Puppet」である。「手遣い人形」の方が正確だが,本作の字幕では「指人形」で通している。オーストラリアやニュージーランドでは,この種の人形を使った精神療法の「ドールセラピー」を積極的に高齢者にも導入しているとのことである。
正義感の強い人権派判事のステファン・モーテンセン(ジェフリー・ラッシュ)は,ある法廷で裁判長として判決を読み上げている途中に脳卒中で倒れた。一命は取り留めたが,半身不随で車椅子生活を余儀なくされたため,リハビリを兼ねて一時的に郊外のケアハウスに入居した。個室希望だったが,元ラグビー選手のトニー・ガーフィールド(ジョージ・ハナレ)との相部屋になってしまった。プライドの高いステファンにとって,老人向けの娯楽イベントは退屈極まりない生活だった。
やがて,この施設では1人の暴君が老人たちを支配していることを知る。元職員で長期入居者のデイヴ・クリーリー(ジョン・リスゴー)で,昼間は快活で善人ぶっていたが,夜になると「ジェニー・ペン」と名づけた指人形を使って各老人に陰湿ないじめを行なっていた。腹話術を使ってジェニーに語らせ,ご機嫌ななめだとして暴行を加えるのである。報復を怖れた高齢者達は誰もそれを告発せず,少し苦情を述べても介護人たちは一笑に付して取り合わなかった。同室のトニーはその犠牲者の1人で,見るに見かねたステファンが抗議したところ,今度は夜な夜な彼が標的となる。身体機能が低下し始めたステファンは,デイヴに立ち向かう決心をするが…。
監督・脚本は,ニュージーランド出身のジェームズ・アッシュクロフトだった。本作は同国の作家オーウェン・マーシャルの短編を映画化したもので,これが長編2作目である。スリラーとしての描写以前に,ケアハウスでの終活の模様も克明に描かれていた。団塊の世代の高齢者たちは,いずれこういう生活になるのかと覚悟するのに丁度良い。色々苦情を訴えても,管理人や介護人達は,幼児を宥めるようにして取り合わない。小学校で数多くの「いじめ問題」に接する教員たちも,きっとこういう態度なのだろうなと想像できる。
ホラーとしては,死者や悪霊が登場するオカルト映画でなく,常人たちだけでの恐怖映画である。それは『NEW GROUP』も同様であるが,脚本も老優2人の演技力も圧倒的に優れていた。指人形の腹話術をいじめに使うのも秀逸だ。ただし,スティーヴン・キングの「今年観た最凶の1本」という評価ほどの恐ろしさではない。S・キングも既に78歳であるので,筆者と同様,老人施設に入るとこうなるのかという怖れを感じたのだろう。
W主演扱いの内,J・リスゴーは実年齢80歳だが,これまで助演中心で余り記憶に残っていない。特注の入れ歯で臨んだ本作が俳優人生で最も印象に残る演技であった。『M3GAN/ミーガン』(23年6月号)のAI人形を手がけたクリエーターがデザインしただけあって,ジェニー・ペン人形も陰湿な脅迫用にはピッタリだった。
もう1人のG・ラッシュは現在74歳だが,デビュー作『シャイン』(96)でオスカー主演男優となった名優である。その後は,『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズ全5作での海賊船船長,『英国王のスピーチ』(11年3月号)でのスピーチ矯正士,当欄が絶賛した『鑑定士と顔のない依頼人』(13年12月号)の天才美術鑑定士が印象的だった。本作もそれらに準じる名演技である。
(6月後半の公開作品はPart 2に掲載します)
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