O plus E VFX映画時評 2026年6月号掲載
(注:本映画時評の評点は,上から![]()
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(6月前半の公開作品はPart 1に掲載しています)
■『黒牢城』(6月19日公開)![]()
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Part 2は邦画の力作2本から始める。冒頭は,もの凄い受賞数を誇る歴史ミステリーの映画化作品からだ。何しろ,米澤穂信作の同名小説は,直木賞,山田風太郎賞,本格ミステリ大賞(小説部門)の他,4大ミステリー年間ランキングすべてで第1位という快挙である。きっと映画化されるに違いないと思い,この小説を買わずに待っていた。
小説と映画は,先に読んだ/観た方の先入観に左右されやすいため,その影響が少ない評価となるよう,かつて何度も試みた方式を採用することにした。即ち,まず小説を25〜30%読んでから,マスコミ試写会に臨み,観終わった後に原作の残りを読み終えるという方式だ。本作の場合,文庫本の本編は512ページもあり,短い序章,終章の他は4章構成であった。そこで,まず「序章+第1章」(140ページ)を読んだ。約27%であるから丁度良い。受賞数に恥じない格調高い文章で,内容は,有岡城主・荒木村重の依頼で,彼に捕縛されて入獄中の小寺官兵衛が謎解き探偵役を務めるという物語であった。
時代劇であるが,映画の制作・配給は東映でなく,松竹であった。まだ京都に時代劇スタジオもあるので,安心感がある。監督が「黒沢清」というのに少し驚いた。フランスかぶれのこの監督にとって,初の時代劇である。かつては「余り好きでない監督」の筆頭格であったが,最近は少しマイルドになり,大衆化路線でも成功を収めていた。そのためか,当欄では『クリーピー 偽りの隣人(16年6月号)以降の7作品全てを紹介している。とりわけ,『クリーピー…』と『散歩する侵略者』(17年9月号)『Cloud クラウド』(24年9月号)を高評価した。この最初の2作は松竹配給作品であり,山田洋次監督も是枝裕和監督も初の時代劇は松竹作品であったから,心配無用かなという気もした。ただし,若干の懸念材料は,本作がカンヌ・プレミア部門の出品作品であったことだ。受賞と無縁な部門だが,カンヌに集う批評家の目ばかり意識した映画になっているのではないかと…。
先に原作の一部を読むことを意識したせいか,試写会場でプレスシートを見るまで,主演の2人を知らなかった。何と,謀反人・荒木村重役に本木雅弘,天才軍師・官兵衛役に菅田将暉である。何たる配役だ。過去の映画や大河ドラマでは,妻子や家臣を見殺しにして1人で逃亡した卑怯者・村重役は,典型的な悪人面か小ずるい醜男が相場だったのに,本木雅弘では美男子過ぎる。演技力のある菅田将暉は知的な役もこなすが,放映中のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟』で,同じく天才軍師・竹中半兵衛を演じていた。それをライバルで盟友である官兵衛に乗り換えさせるとは,何たる無神経な配役かと呆れた。
ともあれ,お手並み拝見と見始めたところ,織田信長に謀反を起した荒木村重に対して,羽柴秀吉配下の官兵衛が使者として,単身で有岡城に向かうが,説得に失敗し,土牢に幽閉される。史実通り,原作通りだ。冬・春・夏・秋の4部構成で,それぞれで不可解な怪事件が起こるが,これも予定通りだ。主演2人の対話シーンでのセリフの多さは,舞台劇の方が適していると感じた。
かなり脚色されていたが,元々探偵役は全くのフィクションであり,初時代劇としてはまずまずの出来映えであった。ただし,それは吉高由里子,青木崇高,柄本佑,オダギリジョー等の助演陣の演技力や松竹・美術班の経験値によるところが大きい。同じ「クロサワ」である黒澤明の『影武者』(80)『乱』(85)を思い出したのは,外国人への分かりやすさを重視していたからだと思う。
大きな欠点が2つあった。本作では,終始「黒田官兵衛」で通している。当時は「小寺官兵衛」であり,原作では,きちんとそのことに言及している。勝手にそれを変更するのでは,歴史ものを描く資格がない。
決定的な欠点は,ラストシーンだ。終章の最後まで描いてこそ,原作の味わいが出るのに,その手前で終っている。謎解きは済んでいたが,拍子抜けのエンディングだ。図らずも,本作の公開日直前の大河ドラマは,竹中半兵衛が小寺官兵衛の嫡子のために行った配慮を描いていた。「両兵衛」を繋ぐ,この史実を削除するとは,映画監督としての見識を疑う。この映画は,元松竹社員の本木克英監督(現在はフリー)に任せるべきであった。どんなジャンルの映画でも卒なくこなす彼なら,原作を尊重したオーソドックスな好い映画になっていたと思う。
■『免許返納!?』(6月19日公開)![]()
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こちらも力作で,東映の力の入れ方からもそれが分かる。主演は舘ひろしで,前作『港のひかり』(25年11月号)は7年ぶりの主演で,彼には珍しい年老いた漁師役だった。監督・脚本は藤井道人,撮影が木村大作というだけで,重厚なドラマを予想したが,期待に違わず,「舘ひろしのベストムービーであり,俳優人生の集大成」と評したほどの出来映えだった。一転して本作は,この題名で,しかも「!?」付きであるから,完全にコメディだと分かる。
主人公は人気俳優の南条弘で,『免許がない!』(94)の続編とのことである。プレスシートには,南条弘の出演映画一覧が載っていた。『ハーレーライダー』(80)の体当たり演技でアクション俳優としてスターダムにのし上がった彼は,『あぶない刑事』(87)『もっとあぶない刑事』(89)で人気を不動のものにした。コメディの『免許がない!』以外にも,『義務と演技』(97)『終わった人』(18)等の記載があるので,どうやら舘ひろしの分身的な扱いで,出演リストには舘ひろしの代表作が並んでいた。
映画は,南条弘の古稀を祝うパーティから始まる。キネマ旬報主演男優賞等,映画賞を総なめにした『老人家族』(24)での枯れた演技が来賓たちから賞賛されていた。『ハーレー…』で共演した尾崎誠(宇崎竜童)とは会場で再会したが,「芸術映画なんかやりやがってよ〜」と毒づかれ,2人は睨み合った。その後,尾崎がハリウッド映画に出演することを聞いた南条は,嫉妬と怒りで荒れ狂う。彼もまたアクション映画に戻りたかったのだ。
そんな尾崎がバイク事故を起して重体になったことから,南条の所に報道陣が殺到する。「車やバイクよりも大事なものがある」と発言したことから,SNSで「南条弘(70)は,免許を自主返納へ」と拡大解釈されてしまった。その上,政府広報の「免許返納CM」出演の依頼があり,『ハーレー…』の懐かしいスタッフが集結して,CM撮影も無事終わった。これじゃ愛車フェラーリにも,バイクにも乗れないと嘆く南条に,今度はハリウッドから超大作『バイクショーグン』のオファーが舞い込み,撮影はノースタント,ノーCG,クライマックスは長回しの本格アクションというので,所属事務所も沸き立った。
前半は予想通りのコメディタッチで,映画愛に溢れていた。とりわけ,事務所社長・三宅篤(吉田鋼太郎)やマネージャーの川名舞(西野七瀬)との掛け合いが絶妙だった。本物の赤いフェラーリも魅力的だったが,眼鏡姿の西野七瀬も可愛かった。既に30代のはずだが,中年管理職なら,こんなアシスタントが欲しくなるはずだ。
後半は一転して,アクション映画とヒューマンドラマの併せ技に転じる。川奈を伴って,かつての『ハーレー…』のロケ地を再訪し,バイクに乗りながらショットガンをぶっ放すシーンを思い出す。その一方で,盟友・尾崎を福島の病院に見舞い,「死ぬまでに生き別れの息子・亮(黒川想矢)に一目逢いたい」という尾崎の最期の願いを叶えてやろうと,南条は奔走することになる……。
監督は『総理の夫』(21)『身代わり忠臣蔵』(23)の河合勇人で,コメディが得意だ。脚本は,『みなさん,さようなら』(13年2月号)から『火喰鳥を,喰う』(25年10月号)まで11本も取り上げている人気脚本家の林民夫だった。尾崎誠は離婚歴3回という設定であり,4人の妻,大地真央,真矢ミキ,MEGUMI,南野陽子というキャスティングも豪華だった。とりわけ,舘ひろしと南野陽子のカラオケデュエットのシーンは盛り上がる。舘ひろしの1984年のヒット曲「泣かないで」で,河合監督の念願のシーンだったという。舘ひろしの実年齢は74歳だが,今も頗る恰好いい。劇中の南条弘は,まさに舘ひろしそのものであった。
この映画を観て,前作の『免許がない!』よりも,46年前の『ハーレーライダー』を観たくなった。現在80歳の宇崎竜童が,34歳でハーレーダビッドソンに跨がる姿が観たかったからだ。探してみたが,レンタルビデオにもAmazonにもなく,配信サービスでも見当たらない。まだDVDはない時代の映画だが,本作中では確かにDVDの外観が登場していた。宇崎竜童の出演リストを調べると,彼は1975年から40本以上の映画に出演していて,『港のひかり』でも共演していたが,『ハーレーライダー』なる映画は存在していなかった。完全に騙された。劇中劇に過ぎなかったのだ。南条弘の出演リストに本物の映画を何本か混ぜ,ありそうな映画祭名まで入れて,その受賞歴を披露するとは,一体,どういう了見なのか…(笑)。いやはや,楽しい映画であった。
■『プリティ・クレイジー 〜悪魔が引っ越してきた〜』(6月19日公開)![]()
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韓国映画で,なかなか楽しいラブコメディだった。英題は『Pretty Crazy』だけだが,邦題の副題にはしっかり「悪魔」が入っている。それでいて楽しいとなると,転居人が「悪魔のごとき非情な人物」という譬えに過ぎないのかというと,そうでもない。実を言うと,Part 1の『NEW GROUP』と『ジェニー・ペンはご機嫌ななめ』は,両作ともホラータッチで,恐怖を感じる映画であったが,悪霊は登場しなかった。そこで,この副題の映画には,オカルト系のホラーを期待してしまった。その意味では,本作には間違いなく怨念をもって100年生き続ける「悪魔」が登場する。ただし,恐怖心は全く感じない,むしろコメディタッチのラブストーリーであったのだ。余計な解説はなく,素直に映画を愉しんで貰えばいいのだが,それではレビュー記事にならないので,物語の概要は書いておこう。
主人公の青年ギルグ(アン・ボヒョン)は,仕事を辞め,退屈な日々を暮らす「ヘタレ男子」だった。ある日,町で見かけた天使のように美しい女性(イム・ユナ)に一目惚れする。彼女に付きまとう内に,家族でパン屋を営む女性ソンジだと分った。その彼女が,何と同じアパートの階下の部屋に引っ越して来た知り,有頂天になった。ところが,ある夜,エレベーターの中で遭遇した彼女はまるで別人の狂暴な女性だった。それでいて,翌朝には元の優しく愛らしいソンジを目にする。そんなことが数日続き,彼女は二重人格なのかと疑った。
ソンジの正体を探るギルグに対して,父親のジャンスが家族の恐るべき秘密を明かす。ソンジは,昼間は留学を目指す聰明で穏やかな女性だが,深夜2時になると,彼女に取り憑いた悪魔が目覚め,別人のようになるという。ソンジには,その時間の記憶すら残っていない。ギルグはアルバイトとして雇用され,ソンジを常時見守り,隙を見て,彼女から悪魔を追い出すことを命じられた。かくして,ギルグは毎夜ソンジの中の悪魔と行動を共にし,この悪魔が辿った過去の秘密を知る……。
実のところ,最初の内は悪魔の顔は長い髪で半分隠されていた上に,少し見える顔も余りにも表情が違うので,これが同じ女優なのかと疑った。次第に顔全体が見えるようになると,表情は険しいが,やはり美形だった。悪魔と普通のソンジの見分け方は髪形である。やがて,その違いも曖昧になり,ギルグの中にこの悪魔を助けたいという思いが芽生える……。ここまで来ると,その先の展開は,大体想像できるだろう。
イム・ユナは,元はガールズ・グループ「少女時代」のメンバーで,ヒット作『コンフィデンシャル/共助』シリーズに出演して,人気女優となった。同シリーズでは醜男刑事の恐妻の妹役で,北朝鮮のイケメン刑事に恋心を抱いていた。本作で,悪魔と優しいソンジを演じ分けることで,演技力にも磨きがかかった。一方,ギルグ役のアン・ボヒョンは『ベテラン 凶悪犯罪捜査班班』(25年4月号)に容疑者役で登場していたようだ。共にポリスアクションのヒット作の出演歴があり,いずれも本作と全く異なる役柄であったことが興味深い。
プレス資料でも公式サイトでも,監督・脚本のイ・サングンはデビュー作のサバイバル映画『EXIT イグジット』を大ヒットさせ,主演女優イム・ユナを再起用,同作のスタッフも再登板と書いている。この表記に関して,配給会社のギャガに小言を言っておきたい。彼のデビュー作は『EXIT』(19年11・12月号)であり,公開時にカタカナ表記の副題はなかった。主演女優も単に「ユナ」だった。DVD販売でもレンタルビデオでも『EXIT』のままであるのに,いつの間にか同社の公式サイトもカタカナ付きの表記に変えてしまっている。こんな身勝手な変更は許されない。「EXIT イグジット」で検索すると,2000年公開のフランス映画『EXIT-イグジット-』が出て来るからである。紛らわしくて,迷惑だ。本作の監督の手腕をアピールするのに,前作にも関心を持たせたいなら,公開時の題名に戻すべきである。
■『四月の余白』(6月26日公開)![]()
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少し気合いを入れて観た映画だった。予め粗筋を読み,予告編も観た上で深呼吸し,心構えをしてから観たと言ってもよい。まず魅かれたのは題名だ。4月はGWの前月の30日間に決まっているが,「余白」とは何のことか分からなかったからだ(観終えた後も,よく分からなかったが)。それが𠮷田恵輔監督の最新作で,自らの不良少年時代を振り返った作品というので,一気に身構えてしまった。
当欄で紹介したのは『空白』(21年9・10月号)『ミッシング』(24年5月号)の2本に過ぎないが,個人的はもう数本見ている。いずれも衝撃作であるが,この2本と代表作『ヒメノアール』(16)は特に過激で,不快感から途中で投げ出したくなった。ならば見なければいいのだが,主演が「一ノ瀬ワタル」と知って,好奇心の方が上廻った。「ワル」を演じさせては,彼に勝る男優はいない。既に何本もの映画で,見事な悪役演技を紹介した。その彼が,元半グレで元受刑者というのはハマり役だが,道を外しかけた不良少年たちを体当たり指導する主人公を演じるというのが気になった。途中,どれだけ不快に感じても最後まで観て,監督が本作に込めた意図を汲み取ろうと決めた。その意味での「身構え」であった。
若い頃に非行少年で犯罪を重ねた西健吾(一ノ瀬ワタル)は,過去の過ちを恥じて改心し,海の見える地方都市で全寮制更生施設「みらいの里」を運営していた。自らの過ちと経験を糧として,学校や社会から見放された少年たちと真正面から向かいあうべく,深夜の町で見回りもしていた。彼が施設の運営方針を語る講演を聞いた中学校教師の草野冬子(夏帆)から,「対話ではどうにもならない生徒とどう向き合えば良いいいのか」との相談を受ける。彼女のクラスには,凶暴な生徒,内藤悠(和田庵)と澤海斗(上阪隼人)がいて,学級崩壊状態だった。 深刻な家庭内暴力に疲れ果てた澤海斗の母・綾子(占部房子)は,冬子の話を聞き,手に負えない息子を託す先として西の施設に送ることを決断した。
「みらいの里」への入寮後の海斗の振舞いや,寮生から受ける報復の描写は,なかなか見ものだった。大半の観客は,体罰の必要性も感じることだろう。年配者なら,かつての「戸塚ヨットスクール」のことを思い出すはずだ。それでも空気の読めない海斗の狂気は尋常でなく,脱走した挙句に傷害事件を起こして逮捕される。「人は変われる」と信じる西でさえ,海斗の言動に言葉を失う。やがて,「みらいの里」の実態を調査し始めたマスコミの心ない報道により,思いがけない事態となる……。
なるほど,この非行少年たちの行動や心情の描写は,𠮷田恵輔監督にしか書けない脚本である。事なかれ主義の校長や教育委員会の態度,無責任極まりない報道機関に対する手厳しい描写も,同監督ならではだ。海斗の父親と西との関係などは,驚くべき設定である。それでも,過去作のような救いのない映画ではない。明らかに,主人公・西の描き方には愛情が感じられた。西健吾は吉田監督の分身なのである。だからと言って,全員幸せになれる穏やかな結末にしないことは,容易に予想できた。
ともあれ,一見に値する映画だ。筆者は,この映画がどんな評価を受けるかを楽しみにしている。一ノ瀬ワタルと夏帆の演技は,複数の映画賞の候補となるはずだ。過去2本の紹介作では,この監督は「描くことだけに興味があり,観客がどう感じるかは考えていない」と書いたが,それは訂正しておこう。ただし,この映画を見たら,中学校教師をめざす若者は激減するかも知れない。
■『シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE』(6月26日公開)![]()
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当映画評Webサイトのこの論評ページでは,映画の題名を色分けしていることに気付いておられただろうか? 邦画は緑色,インド以東のアジア映画は茶色,その他の外国映画は藍色で表示している。本作は,日本と台湾の合作映画であり,主演は日本の岸井ゆきの,台湾の若手人気男優ツェン・ジンホアであるから,どの色にすべきか迷ってしまった。映画の舞台は90%以上が台北市であるが,その一方セリフは99%日本語である。それでも,原作は吉本ばななの短編集「ミトンとふびん」に収録の小説「SINSIN AND THE MOUSE」で,真壁幸紀監督以下,スタッフはほぼ日本人というので,邦画扱いにすることにした。
主人公の光岡ちづみは,両親の離婚以来,母・沙都子(余貴美子)と2人暮らしの独身女性である。母の病状が悪化したので,ライヴハウス勤務を辞めたが,その母が他界したことから,深い悲しみを抱えたまま無為に過ごす日々を送っていた。それを見かねたミュージシャンの友人・マサミチ(藤原季節)とサチ(中田青渚)は,気分転換に自分たちが台湾で開催するライヴ公演に同行しないかと「ちづみ」に提案する。かくして,ちづみは喪失感を埋める旅に出る。
しばらく1人で台北の町を歩いたが,心の空白は埋まらない。マサミチ,サチとの昼食時に,青年シンシン(ツェン・ジンホア)に紹介される。彼は台湾人女優の母と日本人の父を持つ混血児で,だどたどしい日本語を話せた。夜のライヴ開演までにかなり時間があったので,2人は行動を共にすることになり,シンシンが台北市内の名のある場所へと案内する。その間の何気ない会話から,2人はそれぞれの孤独感や子供頃からのトラウマを打ち明け合い,心のぬくもりを感じるようになった。
昼食から夜のライヴまでの半日間の2人を描いた,ただそれだけの映画である。2人が特別な男女関係に発展することはない。ハイテンポのアクション映画や,身の毛もよだつホラーばかり観ていると,これだけゆったりと時間が流れる映画は久々であった。テーマとしては,喪失感から抜けだせなかった女性が,小さな光を感じて生きる力を得る物語ということになるのだろう。
題名中の「THE MOUSE」は,シンシンが子供の頃に読んだ絵本に登場するネズミである。シンシンは,このネズミたちも自分と同じように生活していると感じることを生き甲斐としてきた。いかにも文学的な題材で,名前の「ちづみ」は明らかに「ネズミ」からの命名だ。長身でイケメンのツェン・ジンホアに対して,小柄な岸井ゆきのは,次第にネズミのように見えてくる。岸井ゆきのは演技力も存在感もあり,常に気になる女優であったが,彼女の主演作では,『おじいちゃん,死んじゃったって。』(17年11月号)と『ケイコ 目を澄ませて』(22年11・12月号)が印象に残っている。本作では,自然体に見える演技力が遺憾なく発揮されていた。実年齢は既に34歳,劇中では30歳の役柄だが,今も「永遠の少女」然としている。回想シーンでは,中学生時代もそのまま彼女が演じていたが,全く違和感はなかった。
近代的な高層ビルと昔ながらの古い街並みが混在する台北市は,日本の仙台,金沢,福岡のような地方中核都市を彷彿とさせ,懐かしさを感じさせる。劇中では,「迪化街」「周胖子餃子館」「饒河夜市慈祐宮」「富錦街」「黒膠咖啡」「青田茶館」等が登場して,さながら台北観光映画でもあった。この映画を観ると,また台湾に行きたくなるし,餃子や小籠包を食べたくなること必定だ。この映画を観た数日後に,日本に出店している台湾資本の有名店に小籠包を食べに行ったが,長蛇の列で断念した。
■『雲と大地のはざまで』(6月27日公開)![]()
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この題名からは,壮大な自然を舞台とした映画だと想像したが,どこの国の映画だか分からなかった。松山千春の代表曲を思い出したが,それは「大空と大地の中で」であった。まさか北海道が舞台の邦画ではあるまい。英題は『Through Rocks and Clouds』であるから,ほぼ直訳に近い。メイン画像を見て,すぐに分かった。青い空と白い雲,雪を残した高い山をバックに,岩が点在する草地にアルパカの群れがいる。ペルーにあるアンデス山脈の高地が舞台に違いない。すぐに予告編を見て,もっと気に入った。アンデス山脈も美しいが,これだけ沢山のアルパカを見るのは初めてだ。映画国籍はペルー,チリで,言語はケチュア語,スペイン語となっているが,ほぼケチュア語で語られるペルー映画のようだ。
となると,この組み合わせですぐに思い出すのは,2ヶ月前に観たばかりの『今日からぼくが村の映画館』(26年4月号)である。ペルー版『ニュー・シネマ・パラダイス』と言うべき映画で,初めて見た映画に魅せられるシストゥ少年が主人公だったが,本作はサッカー・オタクの少年フェリシアーノが主人公であるから,ほぼ相似形である。配給会社(ブエナワイカ)も全く同じだった。いずれもアンデス山中の小さな貧しい村が舞台で,農業や牧畜で暮しているというのも酷似している。『今日から…』は2019年の映画で1970年代を描いていたが,本作は2024年公開の映画だ。時代設定はほぼ現代のようだが,ペルーのサッカー代表がロシアで開催のFIFA W杯の予選を戦う過程を描いていたので,2018年前半の設定である。日本での公開をこの時期まで遅らせたのは,当然今年のW杯開催期間に合わせたに違いない。
前半は,平穏な毎日で,8歳のフェリシアーノ少年(アルベルト・メルマ)が愛犬ロッキーや「ロナウド」と名付けたアルパカと戯れる日々が描かれている。美しい音楽がバックだが,山や湖やアルパカの群ればかりが映り,まるで観光映画であった。ペルー選手にはいないのに,なぜ「ロナルド」なのかは不明だった。隣国ブラジルのかつての英雄の名をとったのだろうか(ならば,同じスペイン語圏のアルゼンチンの「マラドーナ」や「メッシ」でも良かったのに)。思い出せば,『今日から…』にロバは登場したが,アルパカの姿はなかった。アルパカは3,500〜5,000mに棲息するので,『今日から…』の村はそれより標高が低く,本作の村の高度は約4,000mのようだ。富士山より高いというのに驚く。
後半は少し物語展開があった。この土地での鉱山開発を推進する採掘会社に対して,地元住民は団結し,先祖伝来の土地は譲らないと抵抗する。ちなみに,本作の原題は『RAÍZ』で,スペイン語の「根」を意味している。本作では,何世代もアルパカと暮してきた生活基盤,大地との繋がりを象徴する言葉のようだ。そんな村民が揃って,W杯予選コロンビア戦のパブリックビューイングを見ている間に,アルパカ2匹が殺され,ロッキーもロナウドも姿を消してしまった。鉱山開拓の反対派を切り崩すための採掘会社の仕業に違いない。物語としては他愛ないのだが,必死でロナウドの行方を探すフェリ少年に感情移入してしまい,一緒に先住民の守護神アウキ・タクタに祈る気持ちになってしまう。
監督は,アルベルト・メルマ。『今日から…』のセサル・ガリンド監督より約30歳若く,まだ長編は2作目のようだ。インタビューで日本映画への印象を尋ねられて,まずお馴染みの黒澤明,小津安二郎,宮崎駿の名前を出し,それから北野武,河瀨直美,濱口竜介といった監督名が出てくる。結局,ベルリン,カンヌ,ヴェネツィア辺りの映画祭しか観ていないのかと,少し残念な気持ちになった。せめて,『ゴジラ-1.0』(23年11月号)くらいは見てくれていないのかと。
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