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O plus E誌 2003年8月号掲載
 
 
『ハルク』
(ユニバーサル映画/UIP配給)
 
       
  オフィシャルサイト[日本語][英語]   2003年7月8日 ナビオTOHOプレックス  
  [8月2日より全国東宝洋画系にて公開予定]      
         
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
  オスカー監督演出のアメコミは一味違う  
   これは,この夏一番のオススメ映画だ。本欄の性格上VFX多用作品は一般大衆向け娯楽大作が多いのは仕方ないが,飛んだり跳ねたり暴れたりのアクション系はさすがに食傷気味だ。ましてや,昨年の『スパイダーマン』(2002年6月号),今年に入ってからの『デアデビル』(4月号)『X-MEN2』(6月号)に続いてのマーヴェル・コミックスの映画化作品となると,またかの感は否めなかった。正直言って,ほとんど期待していなかった。少しドラマ性の高い,メンタルな面を描いた映画も観たいなと思っていたところに,うってつけの良心作だった。
 1962年にコミックとして誕生し,1976年からTV映画化され,日本でも1979年から放映されていた『超人ハルク』だが,筆者はその世代でないので観ていない。怒りを感じると3mから5mにも巨大化して,緑色の超人と化すという。グリンチ,シュレック,そしてスパイダーマンの敵役のグリーン・ゴブリンも皆この色だから,アメリカ人好みの怪人色なのだろう。
 期待はしなくても気になっていたことが2つあった。監督は『グリーン・デスティニー』(00)のアン・リーだという。何であの台湾出身のオスカー監督がアメコミを撮るのか,と思うのが普通の感覚だ。まさかマーヴェルの総帥で製作総指揮のスタン・リーの親戚という訳じゃあるまいし……。もう1つは,VFXの主担当は老舗ILMで,それも御大デニス・ミューレンがスーパバイザを努めるという。アカデミー賞視覚効果賞8回受賞のこのベテランが乗り出す以上,必ず新しい技を出して来るに違いない。『T3』は中堅のパブロ・ヘルマンに任せ,こちらに回ったというだけで気になるではないか。
 超人ハルクの常人の姿は遺伝子学者のブルース・バナーで,主役には『ブラックホーク・ダウン』(01)でデルタ兵士を演じたエリック・バナが抜擢された。こちらも駄洒落で選んだ訳ではないだろうが,いい選択だった。随所で『スーパーマン』のクリストファー・リーヴを彷彿とさせる表情を見せる。顔立ちが似ている上に,意図的な演出もあるのだろう。
 ヒロインの同僚の学者ベティ・ロスには,『ビューティフル・マインド』(01)でアカデミー賞助演女優賞に輝いたジェニファー・コネリー。この映画の成功要因の1つは,このキャスティングだ。ブルースの恋人でハルクを鎮められるただ1人の理解者で,知的で芯の強い現代アメリカ女性の理想像のような役どころにはピッタリだ。『ビューティフル…』のオスカー演技より,こちらの方が上だろう。ブルースの父で彼に恐ろしい遺伝子を残した父デヴィッドには,『48時間』シリーズのニック・ノルティ。あの武骨で不器用そうな大男がすっかり老けて,偏屈な爺さん役で登場する。リドリー・スコット監督に少し似ている。この3人の絡みや精神的葛藤のドラマは,従来のアメコミものにはない味付けだった。なるほど,アン・リーがメガホンを取っただけのことはあるデキだ。
 物語の前半は,ブルースの生い立ち,彼のトラウマとなる事件,成人し父と同じ遺伝子学者となり,事故で強力なガンマ線を浴びて超人ハルクの性質が引き出されるまでを描く。乳児,幼児,青年期,成人してからと俳優は変わるが,それぞれ結構似た人物を選んでいるのが心憎い。そして超人ハルク役はというと,これはILM製のフルCGだ(写真)。その変身やブルースに戻る過程の処理も素晴らしい視覚効果で実現されている。TVではプロレスラーが演じていたらしいが,今やこの種の怪人,超人を苦もなく作りだせるのだから,CG技術の貢献度は大きい。3年前なら実現できないレベルだと断言していいだろう。
 
写真 緑の超人ハルクは全編ILM製のCGキャラ     
 
 
     
  御大ミューレン・チームの名人芸が冴える   
   さすがD・ミューレンと思わせるシーンが次々と登場する。ハルクの重量感,すこし漫画的な振り付けの跳躍シーン。跳躍と着地にその苦心の跡が窺える。100層で描く皮膚と1,165もの要素から成る筋肉,260万時間の処理時間という技術的背景がありながら,リアリズム一辺倒に走らず,アニメ・キャラのタッチを醸し出している。余裕だ。音響効果との相性もいい。
 砂丘や岩山の描写も完璧だ。ハルクが着地し破壊するのを見ると,一部あるいは大半はCGなのだろう。ニューメキシコの砂漠やレッド・ウッズ国立公園でのロケがベースだというが,その実写シーンとCGの砂や岩が見事にマッチしている。全くどこまでがCGなのか分からない。クライマックスのサンフランシスコ湾や市街地でのバトルは,構図もカメラワークも素晴らしいとしか言いようがない。ハルクが通った跡であるかのように,街を描くのはそう簡単ではないはずだ。それをいとも簡単にやってのけるとは,ILM内でもミューレンは特別有能なチームを与えられているのだろう。期待に違わぬ高品質のスーパー視覚効果だ。
 一方,アン・リー監督は,この映画でかつて流行したスプリット・スクリーンを多用した。画面を複数の長方形に分割し,別視点のマルチ映像を見せるやり方だ。急にカメラを引いたり回したり,さまざまなワイプ・パターンも多用しているが,これもいかにも古くさい。シリアスな場面では使わず,展開の早いシーンで意図的に使っているのは分かるが,観客にはかなり煩わしく,効果のほどは疑問だ。
 超人ハルクの誕生後は,悪人どもをバッタバッタと投げ倒す痛快譚を想像したが,予想は見事に裏切られた。その種の映画ではない。ジキルとハイドを思わせるブルースの二面性,科学者の良心との葛藤,親子の相克などに加え,トラウマの原因をミステリータッチで描くなど,アン・リーの面目躍如だ。ブルースとベティの抑え気味の淡泊な男女関係は『グリーン・デスティニー』を思い出させる。東洋人の美学だろうか。このシーンでヨーヨー・マのチェロが聞こえて来ても不思議はなかった。普通のアメコミとは全くの別世界だ。
 家族づれで楽しむアメリカの夏映画。子供たちはハルクの跳躍と破壊力を楽しみ,大人は少し真面目な映画らしいドラマも味わえる。娯楽大作にそんな二面性も盛り込めるのも,ハリウッド資本だからこその芸当だ。
 
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