O plus E VFX映画時評 2025年2月号掲載

その他の作品の論評 Part 1

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


■『ショウタイムセブン』(2月7日公開)
 今月は韓国映画のリメイク作品であるこの邦画からだ。爆弾テロ犯とニュース番組の人気キャスターが生番組中に丁々発止の交渉を行うという緊迫感溢れるパニック映画である。上演時間はたった98分。それからも想像できるように,映画内で起こる事件とその決着までをほぼリアルタイム進行で描いている。予告編程度は構わないが,余計な予備知識なしに観ることをお勧めする。
 主人公は,TV局アナウンサーの折本眞之輔(阿部寛)。国民的人気報道番組「ショウタイム7」のキャスターを降ろされ,ラジオ番組に左遷されていた。ある日の午後7時からの生放送中に謎の男から電話があり,過去の事件に対する電力会社の社長の謝罪がないと発電所を爆発すると予告する。相手にせず無視すると,予告通りの発電所爆破が起こる。なぜか折本を指名した電話であったので,彼はこれが独占放送の好機と捉え,TVカメラを持ち込んだ生放送で爆弾魔との交渉を始める。要求は総理からの謝罪にエスカレートし,折本は同時進行中の「ショウタイム7」のスタジオ内に乗り込んで生中継での交渉を再開するが,そのスタジオ内でも爆発が起こる…。
 願わくば,以下は映画を観終えてから読んで頂きたい。監督・脚本は『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』(23)の渡辺一貴。元NHKのディレクターであるから,TV局内の内幕を描くのはお手のものだ。「ショウタイム」とは「生放送」の意である。その雰囲気を重視して,TVスタジオ丸ごとのセットを組み,約10分長回しの演出も行われていた。監督がお手本にした元の韓国映画は,既に当欄で紹介した同じ98分の『テロ,ライブ』(14年9月号)である。「先が読めない展開,ライブ感満喫の上質サスペンス」と書いて評価を与えていた。本作は「じゃんけん後出し」であるから,犯人の恩師の登場,終盤から結末への展開等で変更を加えている。視聴率第一主義の東海林プロデューサー役の吉田鋼太郎が絶品だった。
 今回改めて韓国版を再点検したが,テロのスケールの大きさ,緊迫感の演出では韓国版が勝っていた。逐一比べて観るのでなければ,本作もエンタメ映画としては十分満足できるレベルである。ただし,気になった点が2つあった。民放の報道生番組が午後7時開始は不自然で,午後9時代の方が座りが好い。都会のTV局から見える距離に大規模な発電所というのも有り得ない。韓国版では交通量の多い橋の爆破であったから,それを踏襲して「レインボーブリッジ」の爆破にすべきであった。そうすれば,近くの民放TV局は観客誰もが勝手に想像する。そのTV局内の不祥事の告発,社長の謝罪等まで盛り込めば,まさに時宜にかなった話題で,興行成績第1位を達成したことだろう(笑)。さすがに企画時に現状は予測できなかっただろうが,製作陣は韓国版通りにしておけば良かったと口惜しがっているに違いない。

■『大きな玉ねぎの下で』(2月7日公開)
 例によって,余り観ない若者の恋愛映画を取り上げた理由を語っておく。不思議な題名が第1理由で,何となく聞いた覚えがあった。直木賞か本屋大賞の受賞作かと思ったが,そんな小説はなく,本作の公開時にノベライズ版,コミカラズ版が発売されるだけだ。ここでの「玉ねぎ」とは日本武道館の屋根の上にある「擬宝珠」ことらしい。
 映画は1988年(昭和63年)から始まる。三浦南高校の生徒達の会話中で「爆風スランプ」という言葉が出て来る。そう言えば,その頃にサンプラザ中野が紅白歌合戦で歌っていた曲の題名が「大きな玉ねぎの下で 〜はるかなる想い」だったと気づいた(実際には,1989年末の紅白歌合戦)。35年以上も昔の曲である。
 突如として物語は2024年に移る。舞台は,夜はバー,昼はカフェとして営業する店「Double」である。バイトで夜働く堤丈流(神尾楓珠)は大学に通う就活生で,昼働く村越美優(桜田ひより)は看護学生だが,2人は業務引き継ぎのノートに連絡事項を書き込む。互いに名前も知らない関係だったが,次第に趣味や悩みも綴る文通のようになり,心が通じ合う。実はこの2人は既に顔見知りで,しかも犬猿の仲だった。それが連絡ノートで,一緒に日本武道館でのコンサートに行く約束をしたから,さあ大変……。最後は恋人同士になることは容易に予想できるが,それだけならただの恋愛映画だ。
 本作の場合は,1988〜89年の出来事も並行して描かれ,交互に登場する。こちらは虎太郎(藤原大祐)と今日子(伊東蒼)の恋物語で,やはり日本武道館での出会いを約束する。それぞれ親友に手紙の代筆をさせたり,名前や写真を借用する代理恋愛の形で進行させている点が少しユニークだ。要するに,平成初期と令和の2組のカップルが,それぞれ「大きな玉ねぎの下で」出会うことができるのかがクライマックスだ。その上,この2組は特別な関係で結ばれているというオマケがつく。
 年長者は,今の若者が文通などするのかと思いがちだが,同じことはSNS経由でもあり得る話だ。それを映画化したのは,原案『トリガール!』(17)の中村航,監督『アイミタガイ』(24年11月号)の草野翔吾,脚本『東京リベンジャーズ』シリーズの髙橋泉というトリオである。出演者での注目の的は,ヒロインの桜田ひよりだった。当欄で取り上げたのは,『バジーノイズ』(24年5月号)『ブルーピリオド』(同8月号)を含み,これで既に6作目である。好い女優に育って行くことだろう。
 余談だが,この映画のすぐ後に来月公開の『35年目のラブレター』の試写を観た。同じ東映配給作品で,両作とも「35年後」である。何か理由があるのかと尋ねたら,何もなく,ただの偶然だったようだ。先月の『TOUCH/タッチ』は51年後で,それよりは短いが,これくらいの間が空くと感慨深い物語も作りやすいのだろう。我が国は,バブル崩壊後にこの長さの「失われた時代」を経験した。そろそろこの「空白」も終わりにしたい。

■『愛を耕すひと』(2月14日公開)
 主演は「北欧の至宝」と言われるマッツ・ミケルセン。『007/カジノ・ロワイヤル』(07年1月号)『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』(22年Web専用#3)『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』(23年6月号)等では敵役を演じていたが,やはり北欧が舞台の孤高の主人公の方が似合う。母国のデンマーク映画でこの題名だと外れはない。同国の作家イダ・ジェッセンが書いた歴史小説「The Captain and Ann Barbara(英題)」が原作で,18世紀のデンマーク開拓史に残る実在の英雄を描いた映画である。
 物語は1755年から始まる。主人公は退役軍人のルドヴィ・ケーレン大尉で,長年不可能とされた荒れ地の開墾に名乗りを挙げる。国王の領地であり,この開拓に成功して貴族の称号を得ることを目指していた。ところが,この土地の所有権を主張する地元領主のフレデリック・デ・シンケル(シモン・ベンネビヤーグ)があらゆる策を使って開拓を阻止しようとする。タフで人望が厚いケーレンは,逃亡者やタタール人等を雇用して開墾を続けるが,その都度シンケルの妨害行為は激しくなり,彼の拷問は残虐を極めた。まさに徹底した,救いのない悪人である。その拷問の方法を始め,武器,当時の農法,じゃがいもの栽培,入植者の派遣も興味深かった。ヒースと呼ばれるこの荒れ地の開墾の苦労に比べると,明治時代の北海道開拓史など天国のようなものに思える。
 監督は『ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮』(13年4月号)でタッグを組んだニコライ・アーセルで,同作は同じ18世紀後半の王室のスキャンダルだった。本作の地方貴族に豪華絢爛さはないが,それでもこれだけの権力を振りかざしているのかと呆れる。人物描写では,ケーレンを慕う3人の女性の描き分けが見事だった。父親の命でシンケルとの政略結婚を迫られる貴族の娘エレル(クリスティン・クヤトゥ・ソープ),シンケルの元使用人で復讐を果たすアン・バーバラ(アマンダ・コリン),タタール人の少女アンマイ・ムス(メリナ・ハグバーグ)である。この少女が肌が黒いという理由だけで忌み嫌われるのは,米国の黒人差別以前に欧州でもこんな人種偏見があったのかと暗澹たる気持ちになる。観ているのが辛くなる映画であったが,結末で少しだけ心が和らぐ。

■『ドライブ・イン・マンハッタン』(2月14日公開)
 タクシー運転手を描いた映画は数多いが,運転手と乗客のやり取りが中心の映画となると,『パリタクシー』(23年4月号)を思い出す。山田洋次監督が木村拓哉+倍賞千恵子でリメイクした『TOKYOタクシー』が今秋公開されるそうだ。いずれも老女を高齢者施設に送り届ける道中を描いた映画だが,本作は題名通り,舞台となるのはNYだ。乗客は若い美女で,空港から自宅まで送り届ける道中の会話を描いた映画である。主演はショーン・ペンとダコタ・ジョンソンで,完全にこの2人だけが登場するワンシチュエーション劇だった。
 若い女性が夜のJFK空港から1人でタクシーに乗る。行先はマンハッタン44丁目の9番街と10番街の間で,「ヘルズキッチン」と呼ばれている地域だ。初老の運転手が話しかけると,女性もジョークで応えたので,波長が合うのか徐々に話し込む。渋滞に巻き込まれ,所在ないので互いの身分,プライベートなことまでが話題になる。女性はプログラマーで,親代わりの姉から嫌がらせを受けていたこと,既婚者と交際していることを話す。運転手は自らの女性遍歴を語り,年長者としての助言を与え始める。いくつか図星だったので,女性は驚いて聞き入ってしまう。道中で交際相手から女性のスマホに性的なメッセージが入るが,過激さに女性は動揺する。やがて自宅が近づき,女性は自らの秘密を告白する……。
 監督・脚本は,劇作家のクリスティ・ホール。舞台劇として書いた脚本を自ら映画化することになり,これが長編デビュー作である。映画独自の演出として,実際に走行して撮影した映像が車外風景として合成されている。NYの住人ならどこを通っているのか識別できるはずだ。ショーン・ペンの演技は予想通り絶妙だった。
 一方,ダコタ・ジョンソンは全く出演作の記憶がなかった。『ソーシャル・ネットワーク』(11年1月号)『ブラック・スキャンダル』(16年2月号)は端役だが,『サスペリア』(19年1・2月号)『ロスト・ドーター』(22年Web専用#1)は主役と準主役である。怪演のティルダ・スウィントンやオリヴィア・コールマンの印象が強く,正統派美女の彼女は存在感が薄かったのかと思う。本作のようにじっくり眺めて,これだけの美女となると,もう忘れない(笑)。母は『ワーキング・ガール』(88)のメラニー・グリフィス,祖母はヒッチコック監督の寵愛を受けた『鳥』(63)『マーニー』(64)のティッピ・ヘドレンとなると,まさに根っからの美人家系なのである。
 この映画を観た読者に少し注意をしておきたい。タクシー運転手は,同じように若い女性客に気楽に話しかけて説教をしてはいけない。IT企業の上司は娘世代の女子社員と愛人関係になり,卑猥な行為を強要すると,セクハラ犯罪で解雇されると覚悟すべきである。

■『セプテンバー5』(2月14日公開)
 上記のショーン・ペンが製作陣に名を連ねている社会派映画で,アカデミー賞の脚本賞ノミネート作である。1972年の五輪と言えば,日本人がまず思い出すのは札幌五輪での70m級ジャンプでの金銀銅制覇だ。まだ冬季と夏季が同年開催の頃で,夏季のミュンヘン五輪でも男子体操のメダルラッシュ,男子バレーボールの金メダルで日本中が沸いた。ただし,最も衝撃的で今でも覚えているのは,本作が描くパレスチナ・ゲリラによるテロ事件である。
 同年9月5日の午前4時頃,パレスチナ武装組織「黒い九月」が選手村のフェンスを乗り越え,イスラエル選手団宿舎に突入した。2人を殺害し,9名を人質にとって宿舎に籠城し,イスラエル国内に収監されているパレスチナ人囚人ら300名以上の解放を要求した事件である。五輪放映権を得ていた米国ABC放送は宿舎の至近距離に特設スタジオを設けていたため,そこから見える映像を世界中にライヴ中継した。既に社会人であったため,生でずっと見ていた記憶はないが,定時ニュースでは宿舎でテロリストが銃を構えている姿や人質までが映っていた。試写前の予習として,Wikipediaで事件の詳細,ABCの放送をテロリスト達が観たための影響,狙撃隊の失敗,最終的な結末までしっかり読んだ。当時を知らない若い観客は,事件の結末は知らずに観た方が緊迫感は増すので,事前知識なく映画を観ることを勧める。
 本作は,事件を生中継したTVクルーの視点から描いた劇映画である。ただし,彼らはニュース番組担当ではなく,スポーツ番組中継のチームであった。そのコントロールセンター内の再現は極めてリアルで,まるでドキュメンタリーかと思ってしまう。当時の放送映像をTVモニター内に流し,センター内の模様の再現映像との使い分けや合成が素晴らしい。走査線の有無を除いては,当時の収録映像と映画の色調,照明を完全に合わせている。コントロールセンターは当然セットだろうが,当時の機材(スイッチャーや幅広録画テープ等)も見事に再現している。周囲のミュンヘンの町は今回現地で撮影したと思われるが,時代が違うので,VFXやミニチュア利用の複合利用で当時を再現したようだ。
 この生中継は,その後のメディア報道を一変させたと言われている,映画としては,エスカレートするテロリストの要求,機能しない現地警察,全世界が固唾を飲んで事件の行方を見守る中での中継チームの極限状況を事件の決着まで描いている。五輪中継を解説するキャスターのジム・マッケイは当時の本人の映像であり,主人公のルーン・アーレッジは『ニュースの天才』(03)『17歳の肖像』(10年4月号)のピーター・サースガード,ジェフリー・メイソンは『ファースト・カウ』(19)のジョン・マガロが演じている。まるで彼らが同時代に同じチームにいたかのように感じられる。アカデミー賞では脚本賞だけのノミネートだが,編集賞の候補であってもしかるべきだったと思う。
 上記の『ショウタイムセブン』と題名は似ていて,生中継の現場という点でもそっくりだが,登場するキャスターやプロデューサーの人格や心構えが違う。取材を重ねての新聞・雑誌報道とはメディアの形態は異なるが,ジャーナリズムの姿勢を正面から捉えた佳作としては,『大統領の陰謀』(76)『スポットライト 世紀のスクープ』(16年4月号)に匹敵すると思う。

■『コメント部隊』(2月14日公開)
 この題名からはどんな映画か全く想像がつかなかった。部隊と言っても,軍事作戦を敢行する特殊部隊でも国家機密の諜報活動を行うCIAの頭脳集団でもなさそうだ。韓国映画で,国家情報院による世論操作事件を題材にしたチャン・ガンミョンの同名小説を映画化作品とのことである。そして,ここで言う「コメント部隊」とは,金儲けのために「ネット世論」を操って,真実を嘘に,嘘を真実のように思わせる活動を行う集団である。映画の冒頭では,「実話に基づく過去の事件を再構成」「訴訟沙汰を避けるため仮称を使用」なる字幕が出る(これ自体,本当か?)。
 映画は2016年の韓国ソウルでのロウソク集会の報道映像から始まる。4ヶ月で1,685万2,360人がデモに参加し,現職の朴槿恵大統領がの弾劾にまで及んだ出来事である。このロウソク集会の最初の立案者は16歳の少年イ・ソンチョルで,ネット上の旅行情報掲示板を運営する彼が1992年に「パソコン通信の有料化」の反対を市民に呼びかけたのが発端だった。それが24年後に形を変え,彼と弟の2人が仕組んだロウソクを掲げるデモへの呼びかけが,大統領弾劾の一大事に繋がった。
 本作の主人公は,チャンギョン日報の社会部記者イム・サンジン(ソン・ソック)で,巨大企業「マンジョン」の不正に関する特ダネ記事を書く。それが誤報であることが判明し,ネット上で炎上したことから,彼は停職処分となる。ある日,ネット世論を操るコメント部隊「チームアレブ」のメンバーと称する人物から連絡が入り,報酬次第で「真実を嘘に,嘘を真実にできる」と言う。部隊の構成員はチンフォッキング,チャッタッカッ,ペブテクなる若者3人で,彼らのアジトを中心とした恐るべき情報操作の模様が描かれる。女子大生の自殺,仲間割れが起こり,さらには裏にイ・ソンチョルの存在が浮かび上がって来る……。
 監督・脚本はアン・グクジンで,風刺映画が得意な監督らしい。目まぐるしい展開で,どこまでがフィクションで,何が実話なのか全く分からなかった。今や我が国でも都知事選や県知事選の結果を左右する「ネット世論」であるので,公にはならないものの,この種の世論誘導があるのかと感じてしまう。この映画の欠点は,画面の見にくさであった。端末操作やPC画面が頻出するのは止むを得ないが,ハングル文字が気になって,字幕をゆっくり読んでいられない。しかも,画面内の文字の日本語訳が右に縦書きで,ナレーションや台詞の字幕が下に横書きで出て,しばしば白背景と重なって読めなかった。
 後で調べると,韓国のロウソク集会の歴史は1970年代から始まっていて,1987年には大規模な市民デモも行われていた。となると,少年イ・ソンチョルが発端という話も怪しくなり,すべてがフェイクの犯罪映画だったのか……。本作をネット社会への警鐘と考えるか,ただの娯楽映画なのかの判断は,観客に委ねられている。

(2月後半の公開作品は,Part 2に掲載しています)

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