head
titlehome略歴表彰学協会等委員会歴主要編著書論文・解説コンピュータイメージフロンティア
| TOP | CIFシネマフリートーク | DVD/BD特典映像ガイド | 年間ベスト5&10 |
title
 
O plus E誌 2016年12月号掲載
 
その他の作品の短評
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
   『この世界の片隅に』:食わず嫌いではないのだが,観客セグメントが狭い邦画アニメは好きになれない。ただし,大人向きのこの作品には少し注目していた。こうの史代作画の原作は,漫画アクションに連載されたコミックで,出世作となった「夕凪の街 桜の国」と同様,「戦争と広島」をテーマとしている。「夕凪の…」が原爆投下から10年経った広島を描き,小説,舞台劇,ラジオドラマ,実写映画などに翻案されたのに対して,こちらは戦前,戦中から終戦直後までの広島,呉で過ごした1人の女性を描いた物語である。TVドラマ化の後,片渕須直監督の強い希望でアニメ映画化されたそうだ。その情熱通りの素晴らしい脚本で,期待通り,いや期待以上の秀作だった。戦前の広島市,呉市の風景を描いたカラフルで淡いタッチの絵で,ほのぼのとした日常と戦時下の緊迫感を描き分けている。これは原作コミックよりも数段素晴らしく,実写映画でもここまでの情感は出せなかっただろう。主人公の北條すずを演じる「のん」(旧名・能年玲奈)の演技が絶賛に値する。元々素質ある若手女優だが,本作は改名後の初作品で,声優としても稀有な実力の持ち主であることを示している。
 『ガール・オン・ザ・トレイン』:欧米で大ベストセラーとなった同名ミステリーの映画化作品で,主演は筆者のお気に入りのエミリー・ブラントだ。ただし,「ガール」というには薹が立った離婚歴がある女性で,疲れ切った,化粧気のない顔で登場する。これは,アル中で,心を病んだ主人公レイチェルという役柄のせいだ。最近アクション映画づいているが,サイコ・ミステリーもよく似合う。毎日の通勤電車の車窓から見る風景で,彼女は人妻の不倫現場を目撃する。やがて,その人妻が死体となって発見され,レイチェルにも嫌疑がかかる。ベストセラーなら当然最後に納得の行くサプライズがあるはずと予想して観たのだが,期待に違わぬ見事な結末だった。登場する男共がロクデナシばかりだったので,てっきり女性監督の作かと想像したが,これは見事に外れた。その代わり,原作者ポーラ・ホーキンズ,脚本家エリン・C・ウィルソンが女性で,納得が行った。
 『五日物語−3つの王国と3人の女』:ボッカッチョ作の「デカメロン」=「十日物語」は知っていたが,「ペンタメローネ」=「五日物語」は知らなかった。共にイタリアの物語集だが,前者は13世紀の作であるのに対して,後者は17世紀に書かれた民話集で,世界最初のお伽話だという。その中から,イタリアの鬼才マッテオ・ガローネが,3つの物語を1つに括り,3人の女たちの欲望と悩みを独自の映像美で大人のファンタジーとして描く。そう聞いただけで,毒がたっぷり入ったダークファンタジーを予想したが,こちらは正に予想通りだった。「国王の命と引き換えに海獣の心臓を手に入れて食べ,男児を出産する王妃」「好色の国王に美声を見初められて若さと美貌を取り戻した姉と見捨てられた妹」というだけで,ダークもダーク,ぎらぎらした色彩の世界が想像できるだろう。食通にはたまらなく美味だが,口に合わない客も多数いる豪華料理の類いだ。
 『ハンズ・オブ・ラヴ 手のひらの勇気』:LGBTが市民権を得つつあるためか,その種の映画も増えている。権利は認めつつも,個人的には好きになれない。女性の同性愛者の映画では,1950年代を描いた『キャロル』(15)が記憶に新しい。本作の舞台となるのは,21世紀初頭の米国ニュージャージー州だ。難病で死に直面した婦人警官が,遺族年金を同居生活をおくる女性パートナーに遺そうとするが,群政委員会に却下され,戦う物語である。主演は,警官役のジュリアン・ムーアと,自らもレズビアンであることを公言しているエレン・ペイジ。まさにぴったりのキャスティングだ。2人の力演も相俟って,同性愛者達の権利は当然と感じるようになり,思わず応援したくなる。原題は原作の短編ドキュメンタリー『Freeheld』と同じだが,邦題はマイリー・サイラスが歌う主題歌の曲名「Hands of Love」を採用している。美しく,心に沁みる名曲だ。
 『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』:時代は1940年代,ニューヨーク社交界の華で,ソプラノ歌手であったフローレンス・フォスター・ジェンキンスを描いたヒューマン・コメディである。絶望的な音痴でありながら,人々に愛され,何と伝統のカーネギーホールを満員にしたという。そのフローレンスを演じるのは,大女優で歌唱力も抜群のメリル・ストリープ。その演技力の凄さは改めて言うまでもないが,音痴で聴くに堪えない歌唱までも堂々と演じている。献身的な年下の夫シンクレアを演じるヒュー・グラントとの相性も抜群だ。ピアノ伴奏者マクムーン役に抜擢されたサイモン・ヘルバーグも好い味を出しているが,新垣隆氏を思い出してしまった。監督は『クィーン』(06)のスティーヴン・フリアーズ。物語の落とし所が上手い。奇声を発する歌唱の場面も1940年代のジャズも,丸ごとそのまま収録したサウンドトラック盤は一聴に値する。
 『古都』:文豪・川端康成の代表作は,過去に1963年岩下志麻,1980年山口百恵の主演で,2度映画化されている。本作はそのリメイク作ではなく,時代を現代に移し,主人公たちの20数年後の後日譚として描いている。生き別れになって再会した双子の姉妹(千恵子と苗子)を前2作と同様,一人二役で演じるのは松雪泰子。それぞれに,舞(橋本愛),結衣(成海璃子)なる娘がいるという設定だ。前半は,昔の松竹大船調のタッチで,最近の映画に慣れた目には,少々かったるい。夏休みの宿題で,退屈な川端文学を読まされた想い出が甦る。物語はスローだが,映像的には,京都の風情ある景色に加え,華道,茶道,書道,日本舞踊,和服の着付け等々が矢継ぎ早に登場する。まるで,外人向けの京都観光案内だ。エンドロールには,膨大な数の後援,協賛,協力団体の名前が並ぶ。監督は,ハリウッド出身で,これが長編2作目となるYuki Saito。一家言も二家言もある京都文化人や京都通がひしめく中を,よくぞ途中で空中分解せずに撮り終えたと褒めておきたい。
 『RANMARU 神の舌を持つ男』:邦画が続く。ポスターやチラシには赤桃色の舌のイラストが派手派手しく描かれている。舐めると何でも瞬時に成分分析してしまう「絶対舌感」をもつ男が主人公のようだが,これじゃザ・ローリング・ストーンズの「赤い舌」のロゴマークのパクリだ。監督・堤幸彦,主演・向井理で描く温泉ギャグ・ミステリーで,映画の冒頭には,先に放映されたTVシリーズが大コケしたので,映画化版で名誉挽回を図るというメッセージがついていた。謙遜かと思ったが,なるほどこれじゃ類い稀なる低視聴率というのも無理はない。くどいギャグや駄洒落はどれも面白くなく,全く笑えない。試写会に出向いて,時間を浪費した。何も書かずに済まそうかと思ったが,余りの酷さに一言書きたくなった。日本版ラジー賞の「蛇いちご賞」は2011年度を最後に選考休止されているが,今もあれば,ぶっちぎりの大本命だろう。
 『ヒッチコック/トリュフォー』:英国生まれで,ハリウッドで大成功を収めたスリラーの巨匠アルフレッド・ヒッチコックとフランス映画のヌーベルバーグの旗手フランソワ・トリュフォー。表題からは,国籍・年齢・作風がまるで違う2人の監督を対比して語った映画論かと想像してしまうが,中身は全く違う。1962年,ヒッチコックに私淑するトリュフォーが,丸1週間,約50時間ものインタビューを行なって書いた本がある。「定本 映画術 ヒッチコック/トリュフォー」なる大部の名著で,その本に関するドキュメンタリー映画である。インタビュー時に撮影した写真と録音テープが残されていて,2人の肉声が聴ける。書籍の記述をもとに,10人の映画監督(D・フィンチャー,M・スコセッシ,R・リンクレイター等々)がヒッチコックの映画作法を語る。特に『めまい』(58)と『サイコ』(60)が俎上に載る。33本のヒッチコック映画の代表シーンが登場するのが嬉しい。帰りの車中で,伝説の定本をネット注文し,駅前のビデオレンタル店で『めまい』を探してしまった。
 『ミス・シェパードをお手本に』:英国の劇作家アラン・ベネットの実体験に基づく物語。黄色いバンの中で暮らすホームレスの老女との15年間にわたる不思議な交流を描いている。原題は『The Lady in the Van』。1999年に舞台劇の戯曲として書かれ,日本でも『ポンコツ車のレディ』の題で公演され,黒柳徹子が老女を演じたという。本作では,舞台版と同じマギー・スミスが,偏屈で誇り高いミス・シェパードを演じる。『ハリー・ポッター』シリーズで,マクゴナガル先生を演じていたあの老女優だ。彼女のミス・シェパードは,当たり役を通り越して,伝説的名演の風格を感じる。自ら作家は二重人格という作者のアラン・ベネット役を,アレックス・ジェニングスが一人二役で演じるのも興味深い。ユーモアとぺーソス,英国らしさがぎっしりつまった映画で,人生の様々な側面が感じられた。ただし,評者にはこの邦題は今一つピンと来なかった。
 『フィッシュマンの涙』:韓国映画で,製薬会社の新薬実験に参加し,副作用から「魚人間」に変身してしまった青年の悲喜劇を描いている。『メン・イン・キャット』の「猫人間」対「魚人間」で,どちらをメイン欄で取り上げようかと思ったが,こちらはCGやVFXはなく,すべて魚の頭部のかぶり物だというので,短評に留めた。スチル写真で見ると気味が悪いが,無表情な中に悲しみと憂いを含んだこの魚の顔は,なかなか良くできている。予想に反して,全くコメディ的要素はなく,就職難や社会的格差を告発する正義感に溢れた映画だ。主義・主張は理解できるものの,掘り下げ方が浅く,余り怒りを感じないし,感情移入もできない。監督・脚本は,これが長編デビューとなるクォン・オグァン。着想は悪くないので,数作経験すれば,良い監督になることだろう。イ・グァンス,イ・チョニ,パク・ボヨンの若手俳優3人も有望株だと感じた。
 
  (上記の内,『RANMARU 神の舌を持つ男』は,O plus E誌には非掲載です)  
  ()  
   
  Page Top  
  sen  
 
back index next