O plus E VFX映画時評 2024年3月号

『流転の地球 -太陽系脱出計画-』

(中国電影/ツイン配給)




オフィシャルサイト[日本語][英語]
[3月22日よりTOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー公開中]

(C)2023 G!FILM STUDIO [BEIJING] CO., LTD. AND CHINA FILM CO., LTD.


2024年3月19日 オンライン試写を視聴

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


エレガンスに欠けるが, VFX満載の本格的な宇宙SF映画

 今月のメイン欄はまさに異例続きだ。『ニモーナ』に続いて,短評欄からメイン欄への2本目の移設である。ただし,事情は少し異なる。従来からCGアニメは2本まとめて語ることが多かったので,その例に倣い,『FLY!/フライ!』を語る上での比較相手として『ニモーナ』を格上げした。一方,本作『流転の地球 -太陽系脱出計画-』は単独での格上げ移設である。公開時期が近づき,オンライン試写で視聴したところ,その出来映えの良さに感心し,VFXも多用されていることから,急遽メイン欄で紹介することに決めた。しかるべき画像データを揃えるのに時間がかかるため,まず公開日前日に短評を掲載しておき,じっくりと語ることにした訳である。
 中国製のSF映画であるが,それじゃ最初はメイン欄には値しないと考えていたのかと言えば,まさにその通りである。SFに限らず,中国映画の大作には大味な作品が少なくない。代表的監督のチャン・イーモウ(張芸謀)作品は,その典型である,デビュー作『紅いコーリャン』(87)を始め,『あの子を探して』(99) 『初恋のきた道』(同)等の農村を舞台にした恋愛もの,家族ものは素晴らしい出来映えだったのに,『HERO』(03年9月号)『LOVERS』(04年9月号)『王妃の紋章』(08年5月号)等の大作は,豪華絢爛,人海戦術なだけで,見事なまでに凡作揃いだった。『サンザシの樹の下で』(11年7月号)で原点帰りして流石と思ったのだが,大作『グレートウォール』(17年4月号)で元の木阿弥だと感じた。CG/VFXもそこそこ使われていたが,予算の無駄使いとしか思えなかった。低予算映画が佳作,大作は駄作という,ある意味で分かりやすい監督である。
 王朝もの,歴史戦闘ものですらこうなのに,中国製のSF映画となると,成功例の記憶がない。ところが,SF界で最も権威あるヒューゴ賞をアジア人で初受賞した中国人・劉慈欣の作品の映画化というので,少し気になった。厳密には受賞作そのものではなかったのだが,同氏の作品がベースであることは確かなようだ(詳しくは後述)。加えて,本作はアカデミー賞国際長編映画賞部門の中国代表映画に選ばれていた(最終的にはノミネートされなかった)。それで,それなりの敬意を払いながら試写を見始めたところ,全く予想に反して,語るに足るSF映画であった。具体的には,以下の3点で,筆者の予想を超えていた。
 ■ 1つ目の驚きは,真当な宇宙SF映画であり,そのスケールの大きさであった。1960〜70年代のSFの主流は「スペースオペラ」と呼ばれた「宇宙が舞台の冒険活劇」であり,地球上でも描ける活劇の舞台を宇宙に移しているに過ぎなかった。目下話題の「砂漠の惑星」などはその典型で,退屈極まりないSF長編小説である(と筆者は感じる)。『DUNE/デューン 砂の惑星』(21年9・10月号)や今月の『デューン 砂の惑星 PART2』を高評価したのは,ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の語り口と映像美が素晴らしかっただけだ。むしろ,あの駄作をよくぞ見事に映画化したと言いたい。それに対して,『ゼロ・グラビティ』(13年12月号)『インターステラー』(14年12月号)『オデッセイ』(16年2月号)は,科学的知識を盛り込み,宇宙ならではの危機や冒険を描きつつ,CG/VFXを駆使して映画としての魅力に溢れていた。本作もまさにその範疇に入るストーリー展開であり,迫り来る危機からの脱出を見事なタッチで描いている。
 ■2つ目の驚きは,地球が消滅する危機から結成された「地球連合政府」における中国の振舞いであった。前作『流転の地球』ではほぼ中国人しか登場しないが,本作では様々な国が登場する。加えて,国連を信頼し,安全保障理事会や総会で責任ある発言をし,世界人類の未来のために行動するというスタンスを貫いている。映画中では,国連本部ビルやその本会議場のシーンが何度も登場する。現実の世界では,ならず者国家を支援し,近隣諸国を脅して我が物顔に振舞い,世界レベルでの覇権を隠そうともしない現中国政府の政策とは,大違いだ。政府とは別で,知識人や映画業界がこういうマインドであるなら喜ばしい。
 ■ 3つ目の驚きは,CG/VFXの充実振りであった。脚本は少し粗っぽく,語りのテンポも芳しくないが,VFXに関してはハリウッド大作に近い質と圧倒的な量であった。ビジュアル面での美的センスではまだまだと言えるが,ほぼ中国国内だけで,このレベルに達しているとは思いもよらなかった。このことに関しては,事例を上げなから,後で詳しく述べる。

【移山計画の概要と本作での展開】
 中国人SF作家・劉慈欣のヒューゴ賞受賞作は,2006年にSF雑誌に掲載され,2008年に出版された長編小説「三体」で,「地球往事」3部作の第1作とのことだ。NetflixでTVドラマ化され,シーズン1(全8話)が去る3月21日から映像配信されている。基本設定にニュートン力学の古典的な「三体問題」があり,ある三重星系の三重星人と地球人との関わりを描いているというので,科学的知識がベースかつ宇宙が舞台であることは確実なようだ。
 一方,同氏の短編小説「さまよえる地球」を映画化したのが『流転の地球』(19)で,上映時間125分の長編映画である。中国では歴代4位の大ヒット作となり,世界的にもかなりの興行成績を上げたようだ。日本では東京・中国週間に限定公開されたものの,全国の劇場での公開はなかったので,筆者も知らなかった。2019年4月からNetflixで配信され,現在も観ることができる。小説も映画も原題は「流浪地球」で,英題は「The Wandering Earth」である。
 これに対して,本作の原題は『流浪地球2』,英題は『The Wandering Earth 2』であるから,完全に続編の扱いである。ただし,時間軸上では未来の後日譚ではなく,17年前から10年前までの前日譚として描かれている。邦題には「太陽系脱出計画」なる副題が入ったが,これは前日譚だけの計画ではなく,「流浪地球」全体のテーマである。前作のような短編小説の脚色でなく,オリジナル脚本とのことだが,「流浪地球」がベースであることには違いない。
 まず「流浪地球計画」全体から要約しよう。2044年に,宇宙物理学者が老化した太陽の核融合速度が急変していることを発見し,100年後に地球を包み込む大きさになり,300年後に赤色巨星となって太陽系が消滅するという(写真1)。この地球規模の緊急事態に対して,「世界連合政府」が発足し,様々な存続計画の中から,「米・露・中・印」の4ヶ国の対応策が生き残った。米国案は限られた人類だけを太陽系外に脱出させる「ノアの方舟計画」,ロシア案は月を改造して脱出ポッドとする「逐月計画」,印度案は人類の知能のみを保存して移動する「デジタル生命計画」であったが,採択された中国案は,核融合を利用した「地球エンジン」を地球上に1万基敷設し,その推進力で地球を丸ごと別の太陽系の惑星に移動させる「移山計画」である。淋しいことに,日本はお呼びではなかったようだ。


写真1 太陽が地球を包み込んでしまう危機のイメージ

 具体的には,以下の5段階である。
①世界のGDPの15年分で,1万基の地球エンジンを製造し,同時に1万の地下都市を建設して,世界人類の半数を移動させる。
②赤道上のトルクエンジンで地球の自転を停止し,月の引力と太陽の周りを回る公転軌道から離脱する。
③木星の引力を利用してスウィングバイし,現在の太陽系から脱出する。
④その後,500年かけて光速の0.5%まで加速し,1300年間滑空する。
⑤向きを変え,700年かけて減速し,4.2光年先のケンタウルス座アルファ星系に入り,惑星として定着する。
 計2500年の壮大な計画である。地球消滅の危機は定番のテーマだが,所謂ディストピアものではなく,言葉だけの移住計画でもない。所用年数と地球人100世代先を考えた移民計画というのに惚れ込んだ。2500年は長いように思えるが,紀元前4世紀から現代までの時間であるから,地球人類の歴史からすれば僅かな時間だ。世界人口の半数約40億人を1万の地下都市に収容するには,40万人/都市であるから,そう無茶な話ではない。現実には,物理的にも経済的にも有り得ない構想なのだろうが,科学的根拠がありそうで,一見もっともらしい理屈ではある。SF小説やSF映画には,それが大事だ。
 この「移山計画」の概要は,既に前作の前提になっていた。前作の舞台は,2075年に木星の近くにあった地球で,そこで想定外のトラブルに遭遇し,その危機に対処し,太陽系から脱出するまでの物語であった。
 本作の中心となるのは,17年前の2058年の出来事で,この年に生じたトラブルへの対処と苦闘が描かれている。そこからの7年後の2065年までに残り3000基の地球エンジンが完成し,「移山計画」は「流転地球計画」に名称変更し,10年かけて軌道を修正するというところで映画は終わっている。10年後は前作の2075年だから,辻褄は合っている。
 本作の冒頭は,「移山計画」に反対し「デジタル生命計画」を進めようとするテロリスト達の襲撃から始まる。続いて,計画の実現性を疑問視する声に対して,地球エンジン第1号基の実験が成功し,「移山計画」の本格始動にゴーサインが出る。地球エンジンの製造は,量子コンピュータの利用で効率化され,無重力の月面での自動生産が本格化して,地球上に7000基を配置するまでが前半だ。ところが,月の内部に異変が発生し,地球の潮位が上がり,NYも上海も海底に没した(写真2)。このままでは月が地球上に落ちて来るので,緊急策定された「月球危機対応計画」をいかに成功させるか,手に汗握る展開が後半である。上映時間173分の長尺であった。


写真2 水没したNYと上海の光景

 この「月球危機対応計画」も,もっともらしい計画であるので,紹介しておこう。基本は,接近限界を超えると3日以内の地球に落ちてくるので,それまでに月を破壊しようという計画である(写真3)。(i)地球上の核爆弾を3750個集めて月に運び,選んだクレーターに敷設する,(ii)宇宙ステーションからの遠隔操作でこれを爆発させ,月の内部で核融合を起こして月を解体する,(iii)地球では停止していたインターネットを復旧し,地球エンジンに点火する,(iv)その推力で地球を出航させ,月の破片落下を回避する,という手順である(写真4)


写真3 接近限界を超え,落下してくる月の解体計画

写真4 (上)宇宙ステーションからの遠隔操作で月を爆破,
(中)インターネットで地球エンジンに点火, (下)エンジン始動で地球の出航

 月面での核爆弾配置に,50歳以上の宇宙飛行士300名が向かうことになり,ロシア人,日本人,英国人の名前が呼ばれていた。また,インターネット再起動のルートサーバーとして,北京,東京,ダレス(ワシントンDCの近く)が選ばれ,ようやく日本の出番があった。月の破片落下地点には,エディンバラ,パリの他に,レイキャビク,エル・ククイ,サレント,フェロー諸島等の光景が次々と映し出されていた。聞いたことがない地名もあり,このSF映画は全地球的視点で描いているとの主帳が感じられた。

【主要登場人物とキャスティング】
 監督はグオ・ファンで,全財産を投じた前作に引き続き,メガホンをとっている。前作でも脚色の一部を担当していたが,本作の脚本は,前作を興行的に成功させた彼が指導的役割を果たしたようだ。
 本作の主役は,宇宙飛行士のリウ・ペイチアン(ウー・ジン)で,本作の前半では,まだ宇宙飛行士候補生としてテロ攻撃と戦っていた。前作では,彼は国際宇宙ステーションに勤務していたが,地下都市から偽造IDカードで地表に出て息子のリウ・チーは,母の延命治療を打ち切ったことで父親を憎んでいた。宇宙飛行士には家族の地下都市居住権が与えられていたが,余命僅かの妻はその枠を自らの父親に譲り,息子を親代わりで育ててくれるよう託したのであった。この事実は,前作の終盤で明かされ,父子のわだかまりが消えるという筋立てある。
 本作では,リウ・ペイチアンと同じく候補生であったとハン・ドゥドゥ(ワン・ジー)が結ばれ,息子チーが生まれること,太陽放射線によって引き起こされた癌のため,息子を祖父に託す顛末が克明に描かれている。前作と本作を繋ぐエピソードで,その点では抜かりはない。物語設定上,後日譚ではリウ・ペイチアンを復活させることができないため,監督は続編を前日譚にしたという。
 ちなみに,主演のウー・ジンは,『MEG ザ・モンスターズ2』(23年8月号)で,剽軽な中国人大富豪を演じていた男優である。同作では,深海作業用のパワー潜水服を着て登場するシーンがあったが,本作では宇宙服を着用して月面で活動している。見比べると,少し楽しくなる。
 共演はお馴染みの大スターのアンディ・ラウで,量子科学研究者トゥー・ホンユーを演じている。量子コンピュータの1号機550Aの開発に成功し,続く550Cで月エンジンに点火する業務に就いていた。彼は交通事故で妻と娘を失ったが,愛娘YYをデジタル生命として復活させようとしていることが露見し,逮捕された。最終的にはトゥーとYYが,AIを搭載した最強機550Wを使って「月球危機対応計画」を成功させる。後半の主人公は完全に彼で,W主演とも言える活躍ぶりである。
 大作に相応しく,多数の人物が登場するが,目立ったのは後2人だ。1人は,トゥーの上司のマー・ジャオ主任(ニン・リー)で,地味ながらもトゥーの逸脱した行為を諭したり,励ましたりで,科学者の良心を感じさせる人物を演じていた。もう1人は,「移山計画」の責任者であり,地球連合政府の中国代表のジョウ・ジョウジー(リー・シュエチェン)で,出番も多い。半世紀近い俳優歴をもつ名優のようだが,国連本会議場での信念ある発言から,まるで国家主席かと思わせる威厳を感じた。
 以上の5人の内,下3人は本作が初登場である。同じプロットがベースの続編であるが,深みをもたせた登場人物の追加により,B級SF映画の域を出なかった前作から,本作を風格ある大作に見せる役割を果たしている。
【美術セット,機材デザイン,撮影現場】
 あらゆる面で総製作費3.2億元(約65億円)だけのことはあると感じさせる映画だった。ハリウッド大作の200億円超は当たり前という製作費に比べると低額だが,人件費の安い中国ではかなりの高額だ。『ゴジラ−1.0』(23年11月号)の約15〜20億円が話題になったが,日本円の安さを考慮しても,本作の方が大作である。
 物量作戦はお手のものの中国映画だが,90万平米超のスタジオセット,5万平米超のオープンセットは,月面を模した空間や大型施設に見せるセット構築を可能にしている。その半面,デジタルモデリング技術を駆使し,デジタル旋盤,3Dプリント,レーザー彫刻等の最新技術を駆使して,宇宙服や様々な小道具を大量生産したという。
 各々の事物は,かなり精緻なレベルまででデザインされているが,余り美的センスがあるとは思えない。トゥーとマー主任の量子コンピュータ研究室や1号機550Aの野暮なデザインはその典型だ。意図的に古めかしいラボに見せているのかと思うが,550Aはまるで一昔前のレーザープリンターを思わせる味気ない筐体である(写真5)。地球上から集め,月面に敷設される核爆弾もしかりで,本当にこんな大きさなのかと感じてしまった(勿論,実物は見たこともないが)(写真6)。世界各国から集めた物が,同じ大きさと形状というのも不思議だ(核爆弾にISO規格やグッドデザイン賞があっても困るが)。


写真5 (上)量子コンピュータ研究室, (下)旧式の550Aの外観

写真6 地球から月に運び込まれた核爆弾の搬入

 一方,地球エンジンは,自動車エンジンのような大きさではなく,かなり大型の施設である。1万基とはいえ,地球を動かすにはかなりのパワー出力を要するだろう。その余熱による地球温暖化でかなりの都市が水没したとしている。その外観形状はまずまずであったが,その第1号基の武骨な姿には呆れた(写真7)。まるで廃虚となった古代遺跡だ。せめて,もうちょっと美的には描けないものかと…。


写真7 (上)地球エンジンの幾何形状モデル, (中)第1号基の外観,
(下)これを1万基も作って配備するという

 宇宙服のデザイン(写真8)に関しては,可もなく不可もなくといったところで,まあこんなものだろう。優れていたのは,国際宇宙ステーションと宇宙エレベーターだ。後者はアイデア自体も秀逸だ。いずれもかなりの出来映えで,ご自慢らしく,CG描画で何度も登場するので,画像を交えて後述する。


写真8 宇宙服を着ての月面上での作業

 オリジナルデザインのロボットが2体登場するが,ピーター・ジャクソン監督が設立したWeta Workshopがデザインしたようだ。1つは,「犬型」と呼ばれる小型月面走行車だ。自律的に月面を走行しているが,類似タイプが水没した北京のシーンでも登場していた(写真9)。More VFX社のメイキング映像を見る限り,フルCGでのシーンが大半のようだが,この程度は実物大モデルが創られていても不思議はない。もう一方は,コの字型のユニークな二足歩行機で,こちらは遠隔操作で歩行させるタイプだ。北京のルートサーバーを復旧する海底シーンで作業するため,ジャンプさせて海に潜らせている(写真10)。2065年の世界では,オフィス内で自律的に歩こうとして倒れていた。この形状のロボットを2足歩行させるのは,そんなに簡単ではない。数十台一斉に並んだシーンだけが実物大モデルで,他はすべてCG描画での歩行やジャンプだと思われる。


写真9 (上)これがご自慢の犬型走行車, (中)月面を自在に自律走行する,
(下)ほぼ同型が海中作業にも登場する

写真10 (上)遠隔操作用のハンド, (中上)太いゲーブルに繋がれた二足歩行機,
(中下)海中に向けてジャンプ, (下)水没した北京の海底を移動中

「デジタル生命」となったトゥーの愛娘のYY(ヤーヤーと読む)は,子役のルオシ・ワンが演じている。フルCGでなく生身の子役を起用したのはいいとしても,tただのPC画面に登場させているのはお粗末だ(写真11).せめて,3Dホログラムに見えるように加工して,空間中に配置して欲しかったところだ。一方,彼女のデータを移植し終えた550Wは,科学者トュウーに向かって,自分を以後「モス(MOSS)」と呼んでくれという。前作に登場していたAIエージェントの名称で,ここでも見事に両作で辻褄を合わせている。名前の由来は,「550W」を上下逆にすると「MOSS」に読めるからだそうだ。映画中では語られず,後日由来を知ったが,この洒落っ気には感心した。


写真11 デジタル生命の娘YYが画面から父親に呼びかける

 撮影風景のメイキング画像が入手できたが,かなり大掛かりなセット内撮影である(写真12)。まだ流行のバーチャルセットでの実時間VFXの利用にまでは至っていないようだ。


写真12 (上)スタジオ内で宇宙空間の活動を撮影,
(下)屋外の撮影基地。実物大二足歩行機が多数スタンバイしている。

【CG/VFXの見どころ】
 幸いにも,CG/VFX主担当のMore VFX社やT-VFX社から,「Behind Scenes」の映像がYouTube等で公開されていた。それらを活用して,以下の分析とVFX解説を行う。
 ■ 冒頭は「移山計画」の反対勢力によるテロ攻撃である。多数の高性能ドローンによる攻撃は,今やウクライナ侵攻でも日常的に爆撃に利用されているが,本作では勿論CG描画されている。直ちに迎撃戦闘機が飛び立つが,宇宙エレベーター(以下,宇宙EVと略す)付近で壮絶なバトルが展開する(写真13)。その結果,国際宇宙ステーション(以下,ISS)が破壊されて,地球上に落下する(写真14)。このVFXシーケンスの出来映えは上々であったが,かなり長い攻防で,もう少し短くても十分だと感じた。


写真13 (上)テロ集団が放った多数のドローン, (中上)迎え撃つ戦闘機群,
(中下)宇宙EVを守る戦闘機, (下)3基の宇宙EV付近での攻防

写真14 遂に宇宙ステーションが落下する大惨事

 ■ ここで破壊された宇宙EVとISSに関して触れておこう。宇宙EVは,地上とISSを結ぶ宇宙回廊で,宇宙飛行士や機材や物資をISSに運ぶ輸送機能も有している(写真15)。これは本作のオリジナルだ。過去のSF小説やアニメに登場していたのかも知れないが,こんな風にビジュアル化し,SF映画中で描かれたのは,筆者の知り得る限り初めてである。一方のISSは,古くから数多くのSF映画で登場し,現実の宇宙開発計画でも実運用されている。意匠デザインとしては,伝統的にはトーラス状のものが多かったが,最近は棒状の細長い円筒が複数の箱形区画を串刺しにしている形状が増えている。実用的な運用と製作コストを考えないなら,いくらでもCGでユニーク形状をアピールできる。実際にそうしているSF映画もあった(例えば,上述の『インターステラー』)。本作のISSは,伝統的な円板形状の頭部の下に,細長い棒状の区画や7本指の足があり,テーブルを思わせる複合形状である。その先端には推力エンジンも配されている(写真16)。本作のISSの特長は,形状デザインとしてのユニークさはアピールせず,ズームアップに耐えるよう,かなり細かな区画までモデリングしていることである。


写真15 (上)地上とISSを結ぶ宇宙エレベーター。右上は地球エンジン,
(下)宇宙EVから見る夜の光景も美しい

写真16 (上)ISSの頭頂部は円形, (中)かなり細かな部分までモデリングされている,
(下)尾部に推進エンジンがあり自分で移動できる。先に見えるのは月面。

 ■ 月面での諸作業や出来事に描写が見事だった。広大な広さのスタジオにCGオブジェクトやデジタルマットを描き加えて,月面上の活動を描いている(写真17)。月面基地内での地球エンジンの製造工程や,月面での磁気嵐の描写も好い出来映えだった。


写真17 (上)よく見かける光景だが, 月にはかなりの起伏がある,
(中)しっかり描き込まれた月表面の大半はCG, (下)有人の月面走行車両

 ■「月球危機対応計画」は本作の後半の主テーマだが,その月面側での行動は核爆弾のクレーター内への敷設は,3,371個を232人で実行したと語られていた。全宇宙飛行士が退避した後,点火,爆発,月の破片の地球への落下,地球の出航までのCG描写は白眉だった(写真18)。航行する地球の光景(写真19)は,前作の木星の引力圏から離脱の際にも登場したが,本作の方が数段美しい。一方,地球側でのインターネットサーバーの復旧には,北京の水中での作業,パリの管制センター,NYの国連会議場のシーンが頻繁に切り替わり,一大ドラマを展開していた。


写真18 (上)敷設した核爆弾に点火, (中上)月面の解体が進む
, (中下)月の破片が地球に到来, (下)地球の出航により, 月の破片は地球を避けて通る

写真19 南極を船首に流転地球号が航行する。赤道付近と北半球の地球エンジン作動している。

 ■ その他では,地球温暖化による主要都市の水没,追い討ちをかけるように,月の接近による大津波の発生がいい出来映えだった(写真20)。地上や月面での大型施設の描写は,ほぼ全てCGの産物だと考えて良い(写真21)。全体でVFXシーンは約6,000カットだというのも頷ける。エンドロールには,ISSや地球エンジン等のモデリングデータ等が描かれていたが,この部分はなかなかのハイセンスだと感じた。CG/VFXの主担当はMore VFX社で,エンドロールでは EcoPlants, Orange VFX等の10数社の名前があった。いずれも,中国のVFXスタジオである。プレス資料で書かれていたハリウッド系のPixomondoやWetaの名前が見当たらない。書き漏れなのか,意図的に外したのかは不明だが,中国のスタジオだけでかなりの実力を蓄えていることは間違いない。


写真20 上3枚は, 高さ数十mの津波映像の制作手順。下は別地点が襲われる完成映像。

写真21 大型の施設は, クルマや人も含めCGで描画。かなりのポリゴン数だが, 見事に描き切っている。
COPY RIGHT (C)2023 G!FILM STUDIO [BEIJING] CO., LTD AND CHINA FILM CO., LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

【総合評価】
 メイン欄に格上げしたこともあり,長々と書き連ねてしまったが,それだけのことはある本格派SF映画であった。これだけのSF映画がSF後進国である中国から生まれたということが驚きであり,喜びである。強いて欠点を挙げれば,173分が長尺過ぎるのと,美術セットやVFXシーンがエレガンスに欠ける点だろうか。前作の前日譚であるので,改めて「移山計画」を語り直す必要があったことを考慮しても尚,長過ぎると感じた。メモを取りながら映画を観ている筆者としては,VFXシーンが長めなのは有り難いが,その分テンポが悪く,冗長に感じる。全体を145分程度にして,メリハリをつけた方が,もっと楽しめたと思う。
 美術センスに欠けるシーンは個々に指摘したが,モデリング力,レンダリング力はあるのだから,ほんの少しセンスの良いアーティストを起用すれば済むことだ。もっとも,地球全体の未曾有の危機への対策時に,地球エンジンや量子コンピュータのデザインに凝っている余裕ないはずだ,と言われれば,それも説得力があると感じてしまう。
 中国政府は宇宙開発でも覇権を得ようとしているが,この映画では,世界の危機に際して国際協力を第一義に考え,その上で中国が率先垂範しようとしているスタンスが喜ばしい。ただし,今後ISSに配備したAIの決定は,国連の安全保障理事会の承認を得てから実行に移すとまで言われると,おいおい本当かよと,感じてしまう。この映画のスタンスは,国内外に向けた偽装のプロパガンダなのかも知れないが,そうではないと信じておこう。ともあれ,既に3作目の製作に入っているというので,それが待ち遠しい。

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