O plus E VFX映画時評 2023年11月号

『マーベルズ』

(ウォルト・ディズニー映画)




オフィシャルサイト[日本語]
[11月10日より全国ロードショー公開中]

(C)Marvel Studios 2023


2023年11月8日 TOHOシネマズ梅田[完成披露試写会(大阪)]

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


女性スタッフが描いた, 女性3:1の宇宙空間壮絶バトル

 久々のマーベルものである。この数年間,劇場公開のMCU映画は年3作であった。酷評した『アントマン&ワスプ:クアントマニア』(23年2月号),大絶賛した『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3 (GotG3)』(同5月号)に続く今年3作目であるから,同じペースなのである。それなのに久々感があるのは,ディズニー配給網からは今年既に13作目であり,『GotG3』からは半年強も空いたからかと思う。いや,『GotG3』が余りの秀作であったので,マルチバースにかまけて最近もたつき気味のMCUらしくなく,加えて監督のジェームズ・ガンがライバルのDCUの総帥となったゆえ,『GotG3』が直近のMCU第32作だったという印象が希薄だったからかと思う。
 さて本作は,MCUの第33作でフェーズ5の3作目,「キャプテン・マーベル」の主演作の2作目に当たる。そう言われても,熱心なMCUファンでない限り,第1作『キャプテン・マーベル』(19年3・4月号)の内容をすぐには思い出せず,主演俳優すら余り知られていないようだ。1つには,直後に公開された『アベンジャーズ/エンドゲーム』(19年Web専用#2)が余りにも完成度の高い記念碑的大作であったからだろう。もう1つは,ブランド名そのものの大きなヒーロー名を背負っていて,「キャプテン・アメリカ」と混同されがちということもあるようだ。
 マーベルコミックの歴史の中で,「キャプテン・マーベル」は3代目だ。当代は,元米国空軍の女性パイロットのキャロル・ダンバース(ブリー・ラーソン)で,異星人のDNAによって超能力を得て,マーベル・ヒーロー中でも最大級のパワーの持ち主となっている(写真1)。この経緯は第1作の前半で語られていて,後半はしっかりとそのパワーが発揮されていた。その最大級というのが,女性のルックスとしっくり来ず,名前負けと思われているのかも知れない。


写真1 勿論,空中浮揚でき,お馴染のポーズ

 彼女の知名度の低さを気にしてか,予告編では「キャプテン・アメリカ」や「アントマン」から,指パッチンの最凶の敵「サノス」までも登場させ,アベンジャーズたちと縁が深く,彼女がサノスと対等に渡り合えるパワーの持ち主であることを強調していた。調べてみると,『アベンジャーズ』シリーズでは,最終編の『…/エンドゲーム』に少しだけ登場し,サノスを後一歩のところまで追い詰めている。別の予告編では,「エンドゲームは始まりに過ぎなかった」と流れ,手配師のニック・フューリー(サミュエル・ジャクソン)からキャロルに「もう一度だけ戦ってくれ」と依頼するシーンを描いている。

【主要登場人物とキャスティング】
 前作に引き続き主演のブリー・ラーソンの出世作は『ルーム』(16年4月号)で,GG賞,アカデミー賞主演女優賞を受賞している。出演時はまだ25歳で,演技派として活躍するには早過ぎると思ったが,MCU初の女性単独主演作に抜擢されたのには少し驚いた。最近は,念願のワイスピ・シリーズへの出演を果たし,『ワイルド・スピード/ファイヤーブースト』(23年5月号)ではミスター・ノーバディの娘テス役で,美形女性トリオの一角を演じていた。改めて本作で見ると,三十路の女盛りで,美貌が増しているように感じた。
 フューリーの依頼で戦う本作の敵役は,キャロルに個人的な恨みをもち,復讐を誓うクリー人の女戦士ダー・ベン(ゾウイ・アシュトン)である。キャロルの守ってきたものすべてを奪おうとする強敵で,地球が破壊される危機に直面していた。では,そのダー・ベンとキャロルの一騎打ちなのかと言えば,それが違う。不思議な現象から,別の2人の女性超能力者と知り合い,3人で力を合わせて強敵と戦うことになる(写真2)。1人は,フューリーが管理する宇宙ステーションS.A.B.E.R. (写真3)で勤務するエージェントのモニカ・ランボーで,キャロルの空軍時代の同僚マリアの娘である。もう1人は,女子高生のカマラ・カーン(イマン・ヴァラーニ)で,アベンジャーズ・オタクであり,中でもキャプテン・マーブルであるキャロルの熱烈ファンで,自らは「ミズ・マーベル」と名乗っている。

 
写真2 新たにチームを結成(左から,カマラ,キャロル,モニカ)

写真3 フューリーが管理し,モニカが勤務する宇宙ステーション

 初登場の2人とチームを組み,ダー・ベンと戦う(写真4)。強敵とはいえ3:1は不公平じゃないか,と言えばその通りだが,仕方がない。極論すれば,本作は女性トリオの結成が主目的であり,可哀想だが敵役は誰でもいい,どうでもいい脇役なのである。モニカとカマラは本シリーズ初登場であるが,MCUには初登場ではない。2人とも既にDisney+配信のMCUドラマシリーズに登場していたからだ。モニカは,当欄でも紹介した『ワンダヴィジョン』(21年3・4月号)で,ワンダ・マキシモフを抹殺しようとする上司の命令に従わず,ワンダを理解し,説得する役を担っていた。ワンダが作り上げた現実と虚構の境目「ヘックス」を通過したことから,超能力を得ている。一方のカマラは,2022年6月から配信開始された『ミズ・マーベル』(全6話)の主人公であり,祖母から贈られた魔法の腕輪のパワーで,祖先は地球外からやって来た一族であることを知る。粗製乱造気味のMCUドラマシリーズはとても全作を観る余裕はなく,筆者は未見である。


写真4 3人がかりで,強敵のダー・ベンと戦う

 即ち,モニカとカマラは,キャロルと本作でチームを組むことを前提として,予めドラマシリーズに登場させてあった訳である。モニカは第1作『キャプテン・マーベル』にはマリアの11歳の子供として登場し,子役が演じていた。『ワンダヴィジョン』以降は大人で,当初は話好きの隣人であったが,青いオーラに包まれた超能力者となって以降と本作では,パワフルで意志の強そうな黒人女性として描かれている。一方のカマラは,18歳のパキスタン系米国人であり,少し肥満体形の剽軽な少女である。白人女性のキャロルとチームを組む上で,人種や年齢構成を考慮してのキャスティングだと思うが,見方によってはキャロルの引き立て役と言えなくもない。そんな見え見えの欺瞞的な配役よりも,ワンダとブラックウィドウとのトリオの方が注目を集めたと思う。それが無理でも,せめてナターシャの妹のエレーナ,アントマンの娘のキャッシーあたりを起用して欲しかった気もする。
 敵役のダー・ベンを演じるZ・アシュトンもウガンダ系英国人の有色人種であるが,容姿の点では整った顔立ちである(写真5)。曽祖父はウガンダの大統領兼首相であったという。そのせいか,あるいは3:1で戦うためか,さほど悪人には見えなかった。元はキャロルのために故郷の惑星ハルが滅亡の途に進んだことに対する復讐であり,むしろダー・ベンに同情してしまった。


写真5 ハンマーを持ち,腕輪を着けたダー・ベン。余り悪人には見えないのだが。

【物語の概要とキーポイント】
 上映時間は105分で,最近のMCU映画にしては短めである。その中にトリオ結成の経緯や新メンバーの紹介を入れ,敵との戦いの理由付けも入れるのであるから,テンポがいいとも言えるし,駆け足過ぎて,物語展開を把握しにくいとも言える。地球だけでなく,複数の惑星が登場して目まぐるしいが,さほどストーリー性は高くなく,全編でひたすら戦っているだけとの印象であった。
 詳細は避け,いくつかポイントだけを述べておこう。身に付けるとパワーを発揮する腕輪は「バングル」といい,1つはカマラが,もう1つはダー・ベンが持っている(写真6)。両腕分が揃うと世界を揺るがすパワーを得るというので,その争奪戦が本作の中心テーマである。もう1点は,キャロル,モニカ,カマラのいずれかが超能力を発揮すると,彼女らの居場所が入れ替わってしまう不思議な現象が発生する。例えば,モニカが技を出した途端に,女子高生カマラのオタク部屋にいるという現象が起きる。慣れない内は,それが起こると訳が分からなくなる。劇中でも「一体,どうなっているのよー」と登場人物が叫ぶくらいだから,観客にはもっと訳が分からない。


写真6 これが伝説の腕輪「バングル」。2つ揃うと,さらに強大なパワーが。

 3人に共通する技は,強力な光線を発射する能力であり,「フォトン・ブラスト」と呼ばれている(写真7)。3人の光のパワーが繋がったというのがチーム結成の原動力であるが,全編この光線ビームだらけで,スーパーヒーローものとしての面白みに欠けていると感じた。


写真7 全編で再三登場する光線発射のフォトン・ブラスト

 その一方で,3人の掛け合いは結構楽しかった。3人の入れ替わりも,アクション的には新しかったと言える。ネット配信の『ミズ・マーベル』は,若い女性に人気だったという。アベンジャーズ・オタクで自分もそうなることに憧れるというのが,等身大の新ヒーロー像を与えていたのかも知れない。その意味では,本作の女性トリオという打ち出し方は,従来のMCUにはない新機軸なのだろう。
 振り返れば,前作の監督はアンナ・ボーデンとライアン・フレックのコンビだが,女性のアンナが主導権をとっていた。脚本担当の3名も女性であった。本作では全員が降板しているが,代わってメガホンをとったのはホラー作品『キャンディマン』(21年9・10月号)の女性監督ニア・ダコスタである。脚本は『ワンダヴィジョン』のミーガン・マクドネル,音楽はローラ・カープマンで,意図的に女性路線をひた走っている。

【CG/VFXの見どころ】
 ■ 常に戦っていると書いたように,全編でアクションの比率は高く,必然的にVFXシーンも数多い。いつものようにメイキング映像を探すべく「The Marvels, VFX」で検索したところ,大半はVFX業界の過酷で劣悪な過労働環境が話題で,「もうマーベルの仕事は無理」「細部に拘るマーベルには閉口する」との声が多く,業界横断的な労働組合結成のニュースが流れていた。それを聞くと以下で出来映えを論じる気が萎えるが,当映画評の役目柄,止むを得ない。先に書いておくと,本作のCG/VFXの主担当は老舗ILM,副担当はWetaFX, DNEG, Sony Pictures Imagewoksの大手3社で,他にMethod Studios, Rising Sun Pictures, Clear Angle Studios, Hybride, The Yard VFX, Rise FX, Cantina Creative, Trixter, Image Engine等の多数社が参加している。PreVis & PostVisは最大手のThe Third Floor,3D変換はSDFX Studiosが担当である。彼が過酷な労働を強いられている訳だ。
 ■ 冒頭は宇宙のシーンから始まる。キャロルは宇宙各地の問題解決役であり,モニカは宇宙ステーションの従業員であるから当然とも言えるが,それにしても宇宙シーンが多い。写真8は序の口で,宇宙に穴を開けたり,その境界部をめくり上げたり,始末が悪い(写真9)。太陽を私物化したり,破壊しようとしたり,壮大過ぎてついて行けない。すばり言って,宇宙空間でのバトルは面白くなかった。監督・脚本の構想が荒唐無稽で,VFXデザインがそれに追いついていないと感じられた。


写真8 とにかく宇宙のシーンが多い。美しいが,簡単なCG/VFXシーン。

写真9 破壊光線で宇宙空間に穴を開けようとする

 ■ 宇宙ステーション内のシーンも多く,宇宙船や飛行艇も何種類か登場する。フューリーの飛行艇の形状はエレガンスに欠け,逆に面白みを感じた。抜群のデザインはなく,全体としては,まずまずの出来映えだった(写真10)。乗り物ではないが,カマラが楯やジャンプ台として使う円盤状の物体がユニークだ(写真11)。デザイン的に美しかったのは,水の惑星アラドナである(写真12)。この豊な水資源をダー・ベンに狙われてしまうのだが…。

   
写真10 宇宙飛行艇の操縦席。デザイン的にはまずまずの出来映え。

写真11 楯,踏み台,ジャンプ台として使われる円盤状の浮遊物質

写真12 水の惑星アラドナ。上:建物や離着陸ポートが印象的, 下:突如,海面が上昇する。

 ■ 最も驚いたのは,前作にも登場した猫のグースで,フューリーが溺愛している(写真13)。ただの猫ではなく,「フラーケン」と呼ばれる危険な生物で,口から複数の触手を出して,どんな物でも飲み込んでしまう。画像がないのが残念だが,その使われ方が極めて斬新かつ有益(?)で,多数の猫=クラーケンを生み出すことになる(写真14)。何の役に立つのかは,観てのお愉しみとしておこう。前作では,実物の猫とCGの併用だと書いたが,本作では95%以上はCGだろう。逆に最も退屈したのは,光線同士の対決や何度も登場する爆発シーンだ(写真15)。安易に爆発させるのも,監督&脚本家の着想力の貧困で,描画を任されたVFX労働者が愚痴をこぼしながら,連日作業したことと思われる。


写真13 フューリーが溺愛する猫のグース。実は危険なクラーケン。

写真14 避難民運搬役として多数登場。ほぼ全てCG製。

写真15 いたるところで安易に登場する爆発シーン
(C) Marvel Studios 2023

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