O plus E VFX映画時評 2023年11月号掲載

その他の作品の短評 Part 2

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


(紙媒体の紙幅制限はなくなったため,短評と言いながら各記事を長く書くことが多くなりました。ページが長くなって見にくいとの声があったので,月の前半と後半に分けることにしました。月の前半の公開作品はPart 1に掲載しています)

■『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』(11月17日公開)
 素直に面白い映画だ。世界中の誰もが知る名画「モナ・リザ」に関する映画かと言えば,全く違う。オリジナルストーリーの主人公の少女の名前であり,レオナルド・ダ・ヴィンチは登場しないが,名画を模した少女の似顔絵が登場するので,その意味で無関係ではない。微笑まない女性主人公であることを逆説的に強調するのに,作者がこの名前をつけたのだろう。その少女が赤い月を見上げるポスターを見た時には,ただのB級ホラーかと思ったのだが,開始10分でワクワクする映画であった。ホラーではなく,強いて言えば,スタイリッシュなダークファンタジーだろうか。宣伝文句では,「ポップで,ダークなおとぎ話」と謳われている。
 東洋系の女性モナ・リザ(チョン・ジョンソ)は,統合失調症と診断され,12年間も精神病院に隔離されていた。赤い満月の夜,彼女は他人を操る特殊能力に目覚める。守衛を制御して,脱出に成功し,刺激と快楽の都市ニューオーリンズへと向かう。夜の街で様々な人々に出会うが,彼女に危害を加えそうとしたチンピラや拘束しようとした警官を操り,自傷させて,逃げおおせる。この特殊能力を見抜いたストリッパーのボニー(ケイト・ハドソン)は,モナ・リザを帯同させ,酔客に多額のチップを出させたり,ATMの利用者に現金を引き出させ,それを着服する。ボニーの自宅に住むことになり,モナ・リザは息子チャーリー(エバン・ウィッテン)と意気投合する。母を軽蔑する賢い少年のチャーリーは,モナ・リザと共に別の町に向かおうとするが……。
 やっていることは犯罪だと思いつつも,こんな人物がいたら,便利だな,自分も利用したいなと思ってしまう。さらには,不幸な人生を歩んで来た少女に感情移入し,保護者的な目で見守りたくなる。監督・脚本は,新鋭女性監督アナ・リリ・アミリプールで,「次世代のタランティーノ」と目されているそうだ。着想もストーリー展開も素晴らしい。将来が期待でき,これからも彼女の作品をウォッチし続けたい。影のあるモナ・リザ役の韓国人女優チョン・ジョンソは,きちんとした髪形にすると,なかなかの美形だった。本作はアミリプール監督の抜擢によるハリウッド初出演とのことだが,こちらもウォッチしたくなる対象である。

■『OUT』(11月17日公開)
 ヤンキー漫画は青年コミックの一大ジャンルであり,その実写化映画作品には『クローズZERO』(07) 『ROOKIES -卒業-』(09)『ごくせんTHE MOVIE』(09)等のヒット作があって,いずれも続編が作られている。何本かは機中で観ていたが,この種の青春映画は当欄の対象外としていた。ところが,『東京リベンジャーズ』(21年Web専用#3)をすっかり気に入り,続編『同2 血のハロウィン編 -決戦-』(23年6月号)も取り上げ,その勢いで本作も観てしまった。やはり機中で観た『ドロップ』(09)の関連作品ということも食指が伸びた一因である。
『ドロップ』の原作は漫画ではなく,お笑い芸人・品川祐の自伝的小説である。品川ヒロシ名義で監督・脚本も担当して映画化し,監督としての才能があることを証明した。その中で,実名で登場する「井口達也」は品川祐の中学時代の友人であり,「狛江の狂犬」と呼ばれた筋金入りの不良である。その井口達也自身が自らを主人公として実体験を書いた原作のヤンキー漫画(作画:みづたまこと)を,品川ヒロシが監督・脚本を担当したのが本作である。もうそれだけで話題性は十分だ。
 舞台は東京都狛江市でなく,今度は西千葉だ。というのは,少年院送りとなった井口は仮出所で保護観察対象となり,地元では生活できず,身元引受人の叔父夫妻の焼肉屋で働くことになったからだ。案の定,西千葉の暴走族「斬人-キリヒト-」と親しくなり,薬物を扱う半グレ集団「爆羅漢」との抗争に巻き込まれて行く……。『東京リベンジャーズ』とは構図が酷似していて,タケミチ(北村匠海),マイキー(吉沢亮),ドラケン(山田裕貴)に対応するのが,主人公・井口達也(倉悠貴),「斬人」の総長・丹沢敦司(醍醐虎汰朗),副総長・安倍要(水上恒司)である。総長が金髪で小柄なのもそっくりで,副総長に侠気があることも似ている。タイ厶リープはないので,物語展開は本作の方がシンプルだが,保護観察中ゆえ,井口がケンカできないというハンデがある。元が「人間味が感じられる不良漫画」というだけあって,言わば現代風の仁侠映画である。
 助演の叔父夫妻の存在が好い味付けになっていた。とりわけ可愛げのある「おばちゃん」が好かった。演じていたのは元おニャン子クラブの渡辺満里奈で,ヒロイン皆川千紘役の与田祐希は「乃木坂46」の現役メンバーである。女性アイドルグループが,今後も中年・熟年女優の供給源となって行くことが期待できると感じた。

■『リアリティ』(11月18日公開)
 題名から実話ベースの物語で,実在の事件を忠実に反映していることを期待したが,想像を遥かに上回る再現映画であった。まず,主人公の女性の名前がリアリティ・ウィナーであり,題名は掛け詞となっている。彼女はNSA(米国国家安全保障局)の25歳の職員であり,土曜日に買い物から帰宅したところ,2人の男性が来訪し,話を聞きたいという。彼らはFBI職員であり,気さくで穏やかな会話から始まる。捜査令状を携行していて,次第に彼女自身の任意尋問へと移り,ついに逮捕され,起訴されて懲役5年の判決を受ける。罪状は機密漏洩罪で, 2016 年米国アメリカ大統領選へのロシアのハッカーの介入疑惑の報告書をメディアにリークしたという罪だった。
 2017年6月13日の3:30pmから5:17pm まで,FBIはリアリティとの全会話を音声記録していて,それが裁判の証拠資料となり,一般公開された。その会話の一字一句が,本作の台詞となっている。咳払い,笑い声,彼女のために水をもってくる会話まで復元されているが,当時のニュース報道等も少し補足収録されている。基は音声記録だけなので,自宅の様子や操作員の服装等の映像はリアリティやその家族,FBI職員への取材による再現のようだ。自宅の一室での椅子もない立ち話での尋問,容疑者が少し回想したり,涙ぐむシーン,連行される前にトイレに行き,後手錠をかける様子,窓辺にいたカタツムリまでも描かれている。音は入っていないが,時間の経過を秒単位で忠実に再現している訳である。
 なるほど,訊問はこういう風に進めるのかと,納得してしまった。リアリティの言い分は,NSAが得た情報を公にしないことへの反発であり,国を憎んでいると証言していた。音声録音を残すことは驚きでないが,それを公表するのは,さすがアメリカだ。であれば,大統領選挙に大きな影響を与えた事実を先に公表しなかったことも重大事である。本作でリアリティ・ウィナーを演じたのはシドニー・スウィーニー,監督は新進気鋭の劇作家ティナ・サッターで,これが初監督作品である。第2のスノーデンとして英雄視され始めたリアリティの伝記映画『Winner(原題)』は,エミリア・ジョーンズ主演で製作中である。今度は『勝利者』とも受け取れる題名で,つくづく映画化には好都合な名前である。

■『首』(11月23日公開)
 当欄が北野武監督をあまり評価していないのは,既にご存知だろう。本作は見事な快作で,少し彼を見直した。厳密に言えば,監督としての腕でなく,主人公・豊臣秀吉を演じる「ビートたけし」に惚れ直したと言うべきか。北野作品が海外映画祭で高評価なのは,とにかくハリウッド製娯楽作品を嫌うカンヌやヴェネティアの審査員達にとって,映画作りの常道を外した極東のお笑い芸人の「エスニックぶり」が新鮮に映ったためと解釈している。一旦,お仲間扱いされれば,それを崩さない連中ゆえに,後は招待や受賞が続く訳だ。本作は,今年のカンヌ(第76回)で「カンヌ・プレミア」に出品され,公式上映されたたものの,さほどの高評価が聞こえて来なかったのは,海外の目よりも日本人へのウケを重視した映画であったためと思われる。日本人なら誰もが知る「本能寺の変」を中心に戦国時代の人間模様を北野流解釈で描いているが,多数の登場人物の背景が理解しにくかったのだろう。
 構想30年というが,昔思いついたテーマというだけだと思う。NHK大河ドラマのパロディとも言えるが,荒木村重の謀反と一族の六条河原での処刑,安土城での家康饗応,本能寺の変,家康の伊賀越え,高松城の水攻め,中国大返し,山崎の戦い等,しっかり時代順に正確に辿っている。とはいえ,人物描写はかなり個性的だ。尾張弁で語る織田信長(加瀬亮)の異様さは特筆もので,他作品の狂気ぶりとは違う。明智光秀(西島秀俊),黒田官兵衛(浅野忠信),徳川家康(小林薫),荒木村重(遠藤憲一),千利休(岸辺一徳),安国寺恵瓊(六平直政)らに少しイメージが違う俳優を起用しているのも意図的と思われる。豊臣秀長,本多忠勝,服部半蔵,斎藤利光らの脇役までも丁寧に描いているのが印象に残った。
 人物像の外し方の半面,時代劇としての美術は正統派で,衣服,甲冑,農家等の外観,銃や矢の音が絶品だ。ロケやセットが充実しているのも,潤沢な製作費ゆえに実現できている。原田真人監督作品を思い出す。VFXの産物だろうが,冒頭からの首を刎ねるシーンに驚く。最後の2人の首のリアルさも見事だ。CG/VFXは,高松城の水攻め,山崎の戦いでもしっかり使われていた。
 予告編では,ビートたけしの滑舌の悪さ,およそ秀吉に見えないのを最大のミスキャストと思ったのだが,本編では,むしろこの秀吉が愛らしかった。これは歴史上の猿面の羽柴秀吉として観るべきではない。戦国武将相手に「バカヤロー」「何やってんだ,この野郎」の連発は,バラエティ番組で「たけし軍団」に罵詈雑言を浴びせる「ビートたけし」そのものである。その視点で観れば,楽しく,「異説 本能寺の変」を堪能できる。いっそ,織田信長や明智光秀らには,そのまんま東,グレート義太夫,井手らっきょ,ガダルカナル・タカらを起用した方が面白かったと思うのだが,如何だろうか。

■『ロスト・フライト』(11月23日公開)
 お馴染みのジェラルド・バトラー主演のアクション・サスペンス映画だ。例によって,突如降りかかった難事に,正義感丸出しで臨むタフな熱血漢の姿が健在だ。リーアム・ニーソンやジェイソン・ステイサムの主演作ほど粗製乱造ではないので,まだこのスタイルがエンタメとして結構楽しめる。本作の役柄は,大統領の護衛官や警察官ではなく,民間航空機の機長である。
 主人公のブロディ・トランスは,かつて大手航空会社に在籍した実力あるパイロットだが,ある出来事により,現在は格安のLCCに勤務している。中国系のサミュエル・デレ副機長(ヨソン・アン)とは初コンビで,シンガポール発のトレイルブレイザー119便は,東京経由,ホノルル空港に向かう。悪天候が予想されたが,経費節減を理由に迂回は許されず,高度を上げた4万フィートでの飛行を余儀なくされる。案の上,フィリピン上空で嵐と落雷に遭遇し,電気系統は停止,通信も途絶え,制御を失った機体はかろうじてスールー海の孤島に不時着する。ようやく割り出した島は,イスラム過激派のゲリラが支配する最悪の「ホロ島」であった……。
 機長のトランスは,やむなく元傭兵で護送中の犯罪者ガスパール(マイク・コルター)と手を組むことにして島の探索に向かうが,その間に残る乗客・乗員15名はゲリラに捕えられ,身代金要求の人質となっていた。即ち,飛行機パニックものと人質奪還のサバイバルものの両方の要素をもったサスペンス映画である。島からの脱出方法は大体想像でき,トランス機長がこの事件を解決できるのは自明だが,果たして何人が落命せずに生還できるかハラハラドキドキで,観客満足度は高い。
 全く知らなかったが,単なるフィクションではなく,フィリピンのこの地域が世界で最も危険なエリアであるのは事実らしい。さすが,MI6勤務経験のあるスパイ小説家チャールズ・カミングの脚本だけのことはある。航空会社の危機管理室とのやりとり,ジャングル内でのゲリラとの攻防もかなりリアルだ。監督はフランス人のジャン=フランソワ・リシェで,J・バトラーとの初のタッグである。相性は良さそうなので,今後も何度かタッグを組みそうだ。

■『ゴーストワールド』(11月23日公開)
 2001年の公開作品のリバイバル上映だが,同じ年に製作された『アメリ』(02年1月号)も全く同日に再公開される。配給会社も異なり,タイアップしている訳でもないので,これは全くの偶然だろう。公開時は圧倒的に『アメリ』がヒットしたが,本作は「低体温計青春映画」としてカルト的人気を得るようになったとのことだ。筆者は,公開時にこの映画の存在を全く知らなかった。
 主人公は高校の卒業式を終えたばかりの女性イーニド(ソーラ・バーチ)とレベッカ(スカーレット・ヨハンソン)の2人で,進学も就職もせず,毎日気ままな生活を送っていた。ある日,悪戯心から出会い系サイトへの投稿者シーモア(スーティブ・ブシェミ)を呼び出して会うが,彼は冴えない中年男のレコード・コレクターだった。ダサくても独自の世界をもつシーモアにシンパシーを感じたイーニドは,奇妙な友情を感じ,次第に深い仲になって行く。一方,コーヒーショップで働き始めたレベッカは社会生活を送ることに目覚め,共同生活を送るはずのイーニドとの距離が開いて行く……。
 時代を先取りした映画とされているが,さすがにファッションは古くさい。PCはバカでかく,まだスマホもタブレットもない時代だ。親友同志の2人だが,ルックスも性格も対照的に描かれている。黒縁メガネのイーニドは少し知的で意志の強そうな女性だが,レベッカはただの若く可愛い女性に過ぎない。W主演のような紹介のされ方だが,出番も存在感もイーニドが断然多く。レベッカは単なる添え物である。筆者の目的は,その若き日のS・ヨハンソンを観たかっただけだ。ビル・マーレイと共演した『ロスト・イン・トランスレーション』(03)でブレイクした彼女だが,しっかり観たはずの『モンタナの風に抱かれて』(98)『スパイダーパニック!』(02年12月号)での脇役は全く記憶にない。そこで準主役の本作を観たのだが,若々しく,輝くような美しさだった。高校卒で18歳の役だが,当時の彼女の実年齢は15歳というのに驚く。『ロスト・イン…』の人妻役当時も18歳に過ぎない。それでいて38歳の現在も若々しい。
 実を言うと,本作の「ダメに生きる」なるテーマも,「低体温系」なる注目のされかたも興味はなかった。個性派のS・ブシェミの存在がこの物語引き締めていたが,ただそれだけのことだ。何が面白いのか全く理解できなかったが,筆者のように S・ヨハンソン観たさにこの映画を観に行くというのも,大いに有りだと思う。

■『サムシング・イン・ザ・ダート』(11月24日公開)
 かなりユニークな映画だ。毎月の短評欄でこれだけの数の映画を取り上げていれば,異色作品に出会うのは当然だが,その中でも飛び切りユニークな映画だった。舞台となるのはロサンゼルスで,全編がLA地区で閉じている。主人公は,LA近郊の古アパートに引っ越してきたリーヴァイ(ジャスティン・ベンソン)と,見下ろした中庭にいた隣人のジョン(アーロン・ムーアヘッド)で,彼らはすぐに意気投合する。ある日,2人はリーヴァイの部屋にあった結晶体が妖しい光を湛えながら浮遊するのを目撃する。この現象は何度も登場し,かつその手掛かりをLA各所で発見したことから,2人でこの現象を証明するドキュメンタリー映画を制作することにした。あわよくば,この映画で一獲千金をと夢見たが,次第に深い迷宮に嵌まって行く……。
 ドキュメンタリー映画ではない。その制作過程を描いた2人の男の物語である。もっともらしい理屈や現象の解説が続くが,実話でもない。こういう設定で映画を作るとどうなるかを試している実験的な作品とも言える。擬似ドキュメンタリーであり,ダークコメディの要素もたっぷりと盛り込まれている。どきっとさせられる台詞が何度も登場するが,ほぼすべてジョークだ。
 製作・監督・編集は,映画に登場する2人で「ムーアヘッド&べンソン」の監督コンビとして,マーベル作品にも抜擢された気鋭の映画人である。本作はベンソンが脚本,ムーアヘッドが撮影を担当している。徹底したDIY映画だが,追加編集,撮影補助,音楽,VFXには,他の数人も参加している。映像制作の経験と数学・物理学の素養があると感じさせる映像の連続で,ほぼ全シーンの構図もカメラワークも極端に恣意的だ。映画専門学校の卒業制作かと思わせるタッチで,いかにも映画祭の審査員好みの作品である。映画オタクが作った映画オタクのための映画と言える。この映画に入場料を払って観ることを勧めるかと問われれば,映像センスを磨きたい映画監督志望者には向いていると言っておこう。

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