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O plus E誌 2015年9月号掲載
 
その他の作品の短評
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
   『ビッグゲーム 大統領と少年ハンター』:フィンランド人監督ヤルマリ・ヘランダーが,英・独との3カ国合作で撮ったサバイバル・アクション映画だ。米国大統領機エアフォースワンがテロリストの地対空ミサイルで撃墜され,フィンランド国内の山中に不時着し,からくも脱出した大統領(サミュエル・L・ジャクソン)を13歳の狩人少年が救出するという物語である。同じ非ハリウッド映画でも,上述の『キングスマン』は遊び心があり,クオリティも高かったが,本作はアクションもVFXもしっかり盛り込まれているのに,チープ感が否めない。不時着時の機体破壊も湖上での大爆発も,15年前ならVFX最前線であり,邦画なら今でも十分大作の部類だ。フィンランドの美しい山や湖も堪能できるのに,B級エンタメの域を出ないのは,監督がさして演技力もない甥の少年(オンニ・トンミラ)を起用し,子供だましの物語にしてしまったからだろうか。
 『夏をゆく人々』:カンヌ国際映画祭のグランプリ受賞作。イタリア中部の孤立した土地に住む,旧民族エトルリア族の家族生活が描かれている。昔ながらの方式で養蜂業を営む家族で,厳格な父親と4人姉妹の長女,美少女ジェルソミーナを中心に物語は展開する。時代設定は現代だが,半世紀前でも,四半世紀前でも,10年後でも通じる話だ。思春期の少女の父への抵抗と成長,家族の絆を繊細なタッチで描く等,すぐに女性監督の作品だなと分かる。物語の輪郭は曖昧だが,何となく心が洗われる感じがする。饒舌ではなく,言葉少な気に純文学調で語る映像は悪くないが,終盤近くの展開が説明不足だったのが少し残念だ。
 『わたしに会うまでの1600キロ』:若い女性の自己再発見のための過酷な旅というので,一瞬既に観た映画かと思った。先月号の『奇跡の2000マイル』は豪州の砂漠横断で,ラクダ4頭と愛犬連れの7ヶ月の旅だった。本作は,メキシコ国境からカナダ国境まで米国西海岸を縦断する自然歩道を,重いバックパックを背負って歩く約3ヶ月の単独行だ。原題は『Wild』。主演はリース・ウィザースプーン,回想シーンに何度も登場する母親役はローラ・ダーンで,今年のアカデミー賞で主演女優賞,助演女優賞に同時ノミネートされた話題作だった。なるほど,そのノミネートに相応しい好演で,大自然の景観も素晴らしい。ロードムービー中の出来事だけでなく,荒んだ過去の生活の回顧にも重きが置かれている。原作者は,この体験記出版後,エッセイスト,コラムニストとして成功を収めているが,その決断力,実行力が,現代女性に感じるものを与えるのだろう。
 『しあわせへのまわり道』:今度は既に書評家として成功している熟年の女性(パトリシア・クラークソン)が,長年連れ添った夫に去られ,最悪の状態から人生を再スタートするヒューマンドラマだ。こちらはトレイルも歩かないし,ラクダも連れていない。離婚し,新しい世界に飛び込む決意として運転を習い始める過程で,インド人個人運転教師(ベン・キングズレー)と心を通わせて行く様を描いている。ほのぼのとした味付けは,『めぐり逢わせのお弁当』(14年9月号)を思い出したが,本作はインド映画ではなく,米国映画で舞台もニューヨークである。いかにも女性監督の作品で,主人公のファッションやインテリア等,女性観客の目を意識して描いているのだなと感じる。CG/VFX満載のアクション映画や邦画のガキ映画が続くと,こういう肩の凝らない,お洒落な映画もいいものだ。
 『世界で一番いとしい君へ』:韓国映画で,17歳の高校生男女が「出来ちゃった婚」で結ばれる。テコンドー青年と毒舌女の組合わせなので,ギャグ中心の青春コメディかと思ったが,全く違うハートフル・ドラマだった。韓流お得意の難病ものでこの表題なら,どちらかが急逝する悲恋ものが定番だが,それも違った。難病の持ち主は2人の間に出来た男児で,身体が急速に老化する「早老症」を病み,16歳なのに80歳の老体で,余命も僅かだという。真っ当なお涙映画で,試写会場はすすり泣きの連続だった。アクション・スターのカン・ドンウォンが,心優しい父親役を真摯に演じている。33歳のソン・ヘギョが若作りで女子高生を演じると,しっかり17歳に見える。美人は得だ。それより凄いのは,難病少年の老人顔メイクだ。ハリウッドのプロの指導を受けての技で,老人の肌に見え,しかも進行していると感じる。このリアルさが本作を支えている。
 『バレエボーイズ』: 低予算作品ながら大ヒットした英国映画『リトル・ダンサー』(00)のノルウェー版との触れ込みだったので,同じような青春ドラマかと思ったが,少し前提が違った。バレエダンサーの少年が主人公なのは同じだが,本作の対象は3人であり,彼らの12歳から16歳までを密着取材したドキュメンタリー作品である。毎日の厳しい練習,その運動量はスポーツ選手並みだ。学業との両立に悩む少年,将来プロを目指すのか逡巡する日々等々,彼らの若々しい姿,生の声が見事に映像化されている。仲良く3人揃って国立芸術アカデミーに入学するのかと思ったところに,1人の少年(ルーカス)だけに名門・英国ロイヤル・バレエスクールからの招待状が届く……。まさに筋書きのないドラマ,ドキュメンタリーの魅力全開で,その行方を見守る。音楽も軽快で,躍動感に溢れている。
 『映画 みんな!エスパーだよ!』:監督・園子温,主演・染谷将太とくれば,映画では『ヒミズ』(12)以来のコンビだが,本作のTVシリーズでもずっと組んできた関係である。ともに売れっ子で,染谷主演作は今年になって5本目(内,4作を当欄で紹介)で,さらに年内公開の出演作が3本も控えている。園監督作品も,これが今年の5本目(内,当欄では4ヶ月間で3本目)というから凄まじい。となると,粗製乱造ではないかと心配したが,それ以下だった。原作はコミックで,TVシリーズの布陣がほぼそのまま再結集というだけで,お手軽の安易な企画だ。超能力者が多数登場するエスパーものというので期待したが,中身は語るに足りないただの青春エロ映画だ。いや,エロ映画もどきのアホ映画で,まだしもアダルト作品の方がマシだ。後述の『ヒロイン失格』の前半の健康的なハチャメチャとはまるで違う。B級どころか,C級以下で,日本ラジー賞があるなら全部門で受賞確実だ。作る方も,出演する方も,こんな映画に関わって恥ずかしくないか? こんな描き方をされて,舞台となった豊橋市民は怒らないのだろうか?
 『Dearダニー 君へのうた』:ちょっと異色の音楽映画だ。新人アーティストのインタビュー記事を読んだジョン・レノンが,彼に激励の手紙を書き,それが数十年後に本人に届いたという。この実話に着想を得ているが,主人公も物語も全くのフィクションだ。富と名声を得て,マンネリ化したステージを続ける人気歌手ダニー・コリンズを演じるのは,何とあのアル・パチーノ。最近はブロードウェイで活躍し,トニー賞も受賞しているが,彼が歌う姿を見るのは初めてだ。大ヒット曲と新曲の2曲を彼が歌う他は,ジョン・レノンの名曲の数々がバックに流れる。豪邸,自家用機,高級車,高級ピアノの富豪振りが愉快だし,ホテル支配人役のアネット・ベニングとの掛け合いも洒落ている。ハリウッド定番の父子愛の物語を盛り込まざるを得ないのは仕方ないとして,エンディングが実に見事だ。
 『クーデター』:単純ながら,良質のサバイバル・サスペンスだ。家族連れで東南アジアに赴任した米国人技術者一家が,到着早々クーデターに遭遇する。外国人を標的にする暴徒に命を狙われ,言葉も通じず,土地勘もない市内から,決死の脱出を試みる。主演はオーウェン・ウィルソン,夫人役はレイク・ベル,彼らを助ける旅行者で5代目007のピアース・ブロスナンが登場する。開始20分に暴動が起き,後はただ逃げまくるだけだが,緊迫感の演出が素晴らしい。国名が特定されていないのは,政治的配慮からだろうが,市中の雰囲気からは,タイでロケしているように見えた。川を渡ってベトナムに逃げ込むという物語設定からは,カンボジアを想定しているようだ。昨年カンボジア旅行をしただけに,もし自分が遭遇したらと考えると,緊張感もひとしおだった。私なら確実に落命している。
 『ピース オブ ケイク』:20代の女性たちの恋模様を描いたコミックの映画化作品で,主演は多部未華子。『HINOKIO』(05)の少年役が鮮烈だったが,あれから10年経ってめっきり女性っぽくなったが,とても26歳には見えない可愛さだ。前半の若い男女の生態や会話には,これが現代の価値観かと呆れるが,かなり誇張した演出のようにも思えた。ところが。中盤以降は,結構まともなラブストーリーに転じる。彼女の新しい恋のお相手は,アパートの隣室に住む,バイト先の店長役の綾野剛だ。『新宿スワン』(15)で新境地を見せたが,それに劣らぬ好演で,いい俳優になったなと思う。筆者がこの種の映画を観る場合,若い主人公になった気分で感情移入できるか,あるいは第3者として若者の恋愛展開を応援できるかを基準にしている。終盤,彼らの再会,復縁を期待して見守り,少し気恥ずかしく感じたので,十分合格点だ。監督は,個性派俳優の田口トモロヲ。女優よりも,男優の演出の方がうまい。
 『黒衣の刺客』:今年のカンヌ国際映画祭の監督賞受賞作で,妻夫木聡,忽那汐里の出演も話題になっていた。唐代の中国が舞台で,人気女優スー・チーが題名通りの凛々しい女刺客を演じる武侠映画である。ただし,『トランスポーター』(02)や『西遊記~はじまりのはじまり~』(14年12月号)のような娯楽性,痛快さを期待したら,見事に当てが外れる。中国史劇の定番の権力争いだが,まるで面白くない。詩的であり,美的であるが,何度も睡魔を覚えた。どうも評者とカンヌ受賞作の相性は悪く,ここの審査員の審美眼,評価基準とは肌が合わない。そのカンヌ常連のホウ・シャオシェン監督作品だと先に知っていれば,期待するのではなかった。評者と同年齢であるが,代表作『悲情城市』(89)(これは,ヴェネチアの金獅子賞受賞作)をはじめ,彼の作品に感動したことは一度もない。これは好みの問題に過ぎないから,高く評価する人がいることも理解はできる。
 『ザ・ヴァンパイア 残酷な牙を持つ少女』:こちらは気鋭の女性監督の初長編作品で,同じく黒衣の 美少女が主人公である。彼女は実はヴァンパイアで,孤独な人間の青年との運命的な出会いから,互いに惹かれ合う。『ぼくのエリ 200歳の少女』(08)『モールス』(11年8月号)『ビザンチウム』(13年10月号)と似た設定だが,その後の展開はまるで違う。この監督は,両親がイラン人で,英国出身,米国在住だが,映画には英語ではなく,ペルシャ語が使われている。LAで撮影しながら,舞台はイランのある都市という設定だ。モノクロでシネスコ・サイズの映像はデヴィッド・リンチ調で,音楽はマカロニ・ウェスタン風とくれば,これは玄人ウケ,映画賞狙いであることはミエミエだ。既にインデペンデント系の映画賞をいくつか取っているようだが,策に溺れている感じで,好きになれない映画であった。
 『ヒロイン失格』:上述の『ピース オブ ケイク』と同様,本作も人気女性コミックの実写映画化作品だ。設定年齢が少し若く,高校生男女の青春ラブコメディが,ハチャメチャな明るさで展開する。主演は桐谷美玲で,なるほど原作コミックの主人公・松崎はとりにそっくりだ。こちらも,とても実年齢が25歳には見えない。前半はリース・ウィザースプーン主演の『キューティ・ブロンド』シリーズに匹敵する面白さだった。主演時の実年齢も近く,顎のとがり具合も似ている。最後までこのギャグ一辺倒で突っ走ればをつけたのだが,途中で在り来たりのラブストーリーに劣化してしまった。結末は見えている他愛もない話だから,これは惜しい。あまりに惜しい。『ピース オブ ケイク』に比べると,男優陣の薄っぺらさが目立った。ところで,桐谷美玲もやがては演技派女優に変身し,15年後にはもっとWildな役を演じているのだろうか。
 『ぼくらの家路』:ドイツ映画で,ベルリン国際映画祭で話題を呼んだヒューマンドラマである。子供たちを愛しながらも,男漁りに絶え間のない奔放なシングルマザーと2人の男の子が登場する。掲載作品を振り返ると,離婚済みか離婚寸前の両親の多さに驚くが,本作の場合は,父親は死別したらしい。養護施設を抜け出した10歳の長男が,他家に預けられた6歳の次男を伴い,家を留守にしている母を捜し求める。ベルリン市内を巡る3日間のミニ・ロードムービーだが,描写が繊細で心を打たれる。駐車場内の廃車で寝たり,たびたび書き置きを残す姿が切ない。ようやく帰宅した母親の姿を見て,我々もホッとした。それも束の間,ラストシーンには少なからず驚かされた。通常はすぐに分かるのだが,本作は男性監督か女性監督か分からなかった。TV界で活躍してきた男性監督(エドワード・ベルガー)が,演劇畑の女優兼脚本家の力を借りて書き上げた作品だという。それなら納得できる。長男役の少年(イヴォ・ピッツカー)の演技が素晴らしい。何ヶ月もオーディションして,最後に見つけた子役だけのことはある。
 
  (上記の内,『映画 みんな!エスパーだよ!』『黒衣の刺客』『ザ・ヴァンパイア 残酷な牙を持つ少女』は,O plus E誌には非掲載です)  
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