O plus E VFX映画時評 2026年7月号掲載
(注:本映画時評の評点は,上から![]()
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(7月前半の公開作品はPart 1に掲載しています)
■『オブセッション 災愛』(7月17日公開)![]()
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今月のPart 1は「ずっと記憶に残る映画」のオンパレードであった。気がつけば,それがPart 2に続いている。しかもホラーばかりなので,そこまでホラー全盛時代なのかと驚く。まず,米国で大ヒットした佳作から始めよう。
原題は『Obsession』だけで,「妄想,執着,執念」という意味だが,副題の「災愛」なる言葉は知らなかった。プレス資料には,以下のように書かれていた。
さいあい【災愛】[名]
①ある特定の人物に対して愛情が極度に集中し,その結果として周囲や本人に深刻な悪影響や混乱をもたらす状態。愛情の過剰さが制御を失い,比喩的に「災害」のような惨事を引き起こすことをいう。
②そのような状態を生み出す,過度で破壊的な愛情の感情そのもの。
恐怖工房「ブラムハウス」製のロマンチックホラーで,キャッチコピーは「最愛のあの子が,災愛に変わる」であった。どれほど破壊的な惨事なのか,楽しみにした。
繊細で内気な青年ベア(マイケル・ジョンストン)は,バイト先の楽器店の同僚ニッキー(インディ・ナヴァレッテ)に恋をしていたが,その思いを伝えられずにいた。ある日,アクセサリー店で「One Wish Willow」(願いの柳)を買ってしまった。「柳の枝を折って祈ると,購入者の願いことが1つだけ叶う」という玩具であった。まもなく楽器店を辞めるというニッキーを,仲間のイアンやサラが誘った飲み会にベアも参加する。楽しい時間が終わり,ベアがニッキーを車で送り届ける好機を得たが,告白する勇気のないベアはニッキーの後ろ姿を見送るだけだった。思わず,購入した柳の枝を折り,「ニッキーが僕を誰より愛してくれますように」と祈ると,ニッキーが舞い戻ってきた。今夜は一緒にいたいという。
ベアの自宅でベッドを共にすると,ニッキーは奇声を発したり,泣き出したり,不可解な行動をとった。その後の共同生活で愛を確かめ合うことまでは良かったが,ニッキーの異常行動はエスカレートし,独占的な愛を求める。恐怖を感じたベアは,Willowの相談室に解約を伝えたが,「願いは取り消せない」「君が生きている限りは」との返答であった。暴走するニッキーの愛は,サラやイアンを巻き込んだ大惨事を引き起こしてしまう…。
こう書いただけでは,奇行や事件の凄まじさは理解できまい。意図的に具体的な表現は避けたので,是非映画館で,快作ぶりを確認して頂きたい。願いごとを叶える物語は,他のドラマや小説でも多数見聞きしたが,これだけの過激さは初めてだ。ニッキー役を演じた女優は,よくぞこんな役を引き受けたなと感心するほどである。「災愛」なる言葉は,他の辞書には全く載っていなかった。国内配給会社の担当者が,この過激さを伝えるのに,思わず「造語」したくなったのだろう。
本作の監督・脚本・編集はカリー・バーガーで,俳優兼脚本家でもある。本作は,100万ドル未満の低予算で製作されたが,本稿執筆時点で,北米興行収入のTop10に9週間ランクインしたままで,興収は既に2億5千万ドル以上に達している。これだけのマネーメーカーは引く手あまたで,ホラー界の寵児となることだろう。既に次回作に入っている上に,『悪魔のいけにえ』(74)のリブート企画にも参加しているようだ。
■『チルド』(7月17日公開)![]()
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次は邦画で,コンビニを舞台に描くホラー作品だという。題名からは,内容を全く想像できなかった。「効率性,利便性への叛逆。生きながらにして死んでいる現代人への警鐘」となれば,穏やかではない。ベルリン国際映画祭フォーラム部門に出品され,国際映画批評家連盟賞を受賞している。
舞台は,東京の片隅のコンビニ「エニーマート倉冨町7丁目店」である。副店長・堺(31)[染谷将太]は,学生時代に働き始めて以来,20代の殆どをこの店で過ごした。レジ打ちに品出し,廃棄処理等の繰り返しで,厳格な店長・今井(44)[長島竜也]からは在庫管理で叱責された。同僚の室田(33)[くるま]や芳賀(53) [正木佐和]とは世間話を交わす程度で,無感動な日々を送っていた。
そんな中,新人アルバイトの小河(22)[唐田えりか]が加わった。美容師になる夢をもつ彼女は前向きに働こうとしたが,次第に店の異様な秩序と閉塞感に圧倒されて,何かがおかしいと感じ始める。その主原因は潔癖症のオーナー(58)[西村まさ彦]の秩序への執着,厳格な規律で,全員が「管理されること」を強要され,それが常態化していた。ある日,店長・今井が起こした一大事もオーナーは眉一つ動かさず,古参の女店員・芳賀は規律違反で解雇される。2人が去った後は,外国人出稼ぎ労働者らが黙々と働いた。店長に昇格した堺が,店長研修を終え,明るい店舗運営を目指して店に戻ると,そこは恐るべき修羅場と化していた……。
監督・脚本は,CM界出身の岩崎裕介。短編のホラー『VOID』(24)が国際的な評価を受け,本作が長編デビュー作である。この監督の微に入り,細に入りの表現力,演出力は秀逸だった。とりわけ,見たことがなかったコンビニのバックヤードの描写に感心し,コンビニ運営の実態が理解できた。向かいの店舗の客離れや,一転しての大繁盛ぶりは笑いを誘う。堺が面会するマッチングアプリの利用者たちも同様だ。研修後の堺の意気揚々とした態度は爆笑ものである。一方,小河が通う美容専門学校にあった多数のマネキン人形の頭部は気味が悪かった。ただし,全体としては,全くのコメディタッチの社会風刺劇であったので,この映画のどこがホラーなのかと思ったが,終盤で一気に驚くべきホラーとなる。
徐々に種明かしをして行く演出なので詳しくは書けないが,淡々と明かされるオーナーと堺の関係には,誰もが驚くこと必定である。この映画は,染谷将太と西村まさ彦の演技力を最大限に活用していた。映画冒頭の染谷将太の無機質で無気力な表情,終始一貫して感情を表に表さない西村まさ彦には,テーマである「精神的には死者に近い人間」を感じてしまう。若く前向きな小河役の「唐田えりか」は,名前は知っていたが,映画でじっくり観察したのは本作が初めてだった。当欄の過去紹介作品では,『ラブ×ドック』(18年Web専用#2)『ナミビアの砂漠』(24年9月号)に出演していたようだが,全く記憶にない。長身で,かなりの美形の魅力的な女性であったので,今後はしっかりと覚えておきたい。
■『ストレンジ・ハーベスト インランド・エンパイアの怪事件』(7月17日公開)![]()
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上記『チルド』のホラー描写は終盤だけで,残りは笑いながら観ていられたが,本作はそうは行かない。全編で緊張のしっぱなしで,凄惨な犯行現場,目を背けたくなる死体の連続であった。米国カリフォルニアで起きた18年にわたる連続殺人事件の顛末を,犯人を追った映像と,関係者の証言をもとに取材班が完成させた映像で構成されていた。
この映画には,語り手が2人配されていた。サンバーナーディーノ警察重大殺人課刑事のジョセフ・カービーと上級女性刑事レクシー・テイラーである。カービーは2007年から15年まで捜査班の責任者であった。2人は取材班が準備した部屋でピンマイクを胸につけ,知られざる事件について語り始める。
サンバーナーディーノ群はLAの東95kmの位置にあり,「インランド・エンパイア」というのは,LA東部の内陸部の総称のようだ。映画はまず2010年7月9日から始まる。数日間連絡の取れない友人シェリダン家の安否を確認してほしいという911通報が入る。保安官がその邸宅に足を踏み入れると,幼い娘を含む一家3人が大腿動脈を切断され,失血死させられていた。その血を使って,天井には謎のシンボルが描かれていた。カービーは,1993年から95年に発生した未解決の連続殺人事件を思い出す。儀式的な手口や残忍性が酷似していたからだ。殺害されたのは,身体を切断された若い女性,鈍器で殴打され刺殺された高齢男性,誘拐された上に肝臓を摘出された少年の3人であった。
2010年の殺人事件はその後も続き,それぞれが惨い死を遂げている。「ミスター・シャイニー」と名乗る犯人が警察に送りつけた手紙にも同じシンボルが記されていたことから,カービーらは15年前の悪夢がまだ終わっていなかったことを実感した。カービーとテイラーは犠牲者のコンピュータの履歴を追跡し,遂に犯人(本名レスリー・サイクス)の居場所を突き止めたが,その家は空で,玄関ドアには同じシンボルが刻まれていた。そして,サイクスが古代遺跡やオカルト儀式について学んでいたことが判明するが,800年に一度という珍しい日にサイクスはある計画を実行しようとしていた……。
映画の冒頭で「過激な描写が含まれますので,鑑賞の際はご注意ください」との断り書きが登場していた。こうした観客への事前警告文の大半は,さほどのことはない。本作に関しては,予想以上の過激さであった。凄惨な犯行現場を事件の数だけ見せつけられ,まだ出てくるのかと辟易する。おそらく,警察が目にする現場はこうなのだろう。それをストレートに見せるスチュアート・オルティス監督はかなり悪趣味だ。自ら製作・脚本・編集も担当している。最初の通報者のケーシー・ポーターを始め,多数の当事者や関係者が名前入りで証言するが,当時の記録映像ではないので,本人ではなく,再現劇を演じる俳優なのだろう。カービー役はピーター・ジッゾ,テイラー役はアンディ・ラウアーであった。
よくできた再現劇だと思いつつも,最後の800年に一度の出来事は実話とは思えなかった。以下のどれなのかは,観客の判断にお任せしたい。
(A) 連続殺人事件そのものは実話で,名前も実名だが,最後は映画用にかなり誇張されている。
(B) 事件の骨格は実話だが,刑事の名前を含め,登場人物名は仮名で,かなりの部分が脚色されている。
(C) 映画全体がフィクションで,実話と思わせる「モキュメンタリー」に過ぎない。
■『デッドマンズ・ワイヤー』(7月17日公開)![]()
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次も警察もので,1977年に米国インディアナポリスで起きた人質立て籠り事件を描いたクライム・スリラーである。こちらは刑事側の視点でなく,人質に銃を突きつけ,それを盾にして移動する犯人側の視点で描かれた映画のようだ。題名の意味は分からなかったが,予告編を見ただけでは,犯人は当然,連続殺人犯だと思ってしまった。主演の犯人役が,『IT/イット』シリーズのビル・スカルスガルドであったからだ。上記の『ストレンジ…』を観た直後だったので,「驚愕の実話」なるキャッチコピーも俄には信じられなかった。
ところが,監督が名匠ガス・ヴァン・サントであると知って,見る目が変わった。最近の単館系映画には,長編デビュー作がやたらと多く,その分,奇抜な視点の映画ばかりである。この名匠ならば,事件の発端から,犯人と警察の駆け引き,決着までを,奇をてらうことなく描くはずだ。犯人が人質をとるに至った言い分も,きちんと盛り込むに違いない。『エレファント』(03)でコロンバイン高校の銃乱射事件を描いていたからである。この事件も実話であることを信じて,映画本編を観始めた。
1977年2月8日火曜日,独身中年男性のトニー・キリシス(B・スカルスガルド)は,筒状の荷物を抱えて,不動産ローン業のメリディアン・モーゲージ社を訪れた。アポを取っていたはずが,社長のM.L.ホール(アル・パチーノ)は休暇で不在だった。息子で役員のディック・ホール(デイカー・モンゴメリー)が社長室で相手をするという。部屋に入るや否や,トニーは筒からショットガンを取り出して,ディックの首に突きつけた。さらに,ディックの首と自分の首を円形ワイヤーに通し,それを銃に固定した。ディックが逃げようとしたり,警察がトニーを捕獲しようとすると自動発砲され,ディックに命中するという仕掛けだった。これが「デッドマンズ・ワイヤー」なる装置だったのである。
トニーは,言葉巧みに投資させ,全財産をホール親子に騙し取られたと信じていた。彼は謝罪や補償を求め,モーゲージ社の不正を暴露しようと事件を起こしたのである。トニーはディックを人質に取ったことを地元警察に通告し,手を出せない警察からパトカーを奪う。ディックに運転をさせて,警察や地元記者の追跡を受けながら自身の自宅へと向かった。自宅から人気ラジオDJフレッド・テンプル(コールマン・ドミンゴ)に電話をかけ,彼を巻き込んで,自分の訴えを電波に載せさせた。3大ネットワークを通してのトニーの訴えは世論を二分し,国中が大混乱となった。一方,連絡を受けた父親M.L.は,頑なに謝罪を拒んだ……。.
日本では殆ど報道されなかったが,米国ではかなり注目を集めた事件だったようだ。さすが名匠,その一部始終が目撃できる期待通りの映画に仕立てていた。最近は寡作だが,近作2本『追憶の森』(16年5月号)『ドント・ウォーリー』(19年Web専用#2)は当欄で紹介している。
主人公のトニーは連続殺人犯どころか,本作で誰も傷つけていない。主演のビル・スカルスガルドは,『チルド』の「唐田えりか」より,俳優としての格は上のはずなのに,彼の顔を覚えていなかった。『IT/イット』シリーズでは白塗りのピエロ顔しか知らず,『ノスフェラトゥ』(25年5月号)でも,大半は特殊メイクで登場する「悪魔の吸血鬼」顔であったからだ。改めて,トニー役の彼を見ると,かなりのイケメンで,口髭もよく似合う。美男の主人公が犯人の場合,観客は彼を善人としか思わない。ある種の「ストックホルム症候群」なのだろうか。もう1人のお目当ては,M.L.役のアル・パチーノであった。出番は少しだったが,さすが貫録の演技である。こちらも,謝罪しない彼の主張がまともに思えてしまった。
さて,誰もが気になるのが,この事件の結末である。トニーは隙をついた警察に射殺されるのか,国民を味方につけて目的を達成するのか…。命はあっても,逮捕は免れまい。そう予想したのだが,全く思い掛けない結末であった。本作もまた,映画館に足を運ぶ価値がある。
■『隣人たち』(7月24日公開)![]()
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前週に引き続き,ホラー系作品が続く。当欄では,心温まるヒューマンドラマも,アート系や音楽系のドキュメンタリーも積極的に取り上げているはずなのに,なぜホラー系の案内ばかりが届くのかと訝ったのだが,やはり最近は確実にホラー系の比率が増えている。かつて怪談映画は夏休みが定番であったように,ぞっとする映画の公開は真夏まで待とうという配給会社の思惑なのかも知れない。
今週の2本は「サイコスリラー」と言った方が正確だ。どちらを先に書こうかと迷ったが,オスカー女優の数から本作にした。アン・ハサウェイとジェシカ・チャステインの共演というのが魅力的だった。キービジュアルには,涼しげな淡青色と淡緑色のドレスを着た2人の女性が並んでいる。少し距離を置き,視線を少しずらしているのが意味ありげだ。過去にも『インターステラー』(14年12月号)と『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』(23年5月号)で共演しているが,いずれもA・ハサウェイは準主演の重い役,J・チャステインは個性的な助演であった。本作は対等のW主演で,宣伝文句には「二大女優の狂演」と書かれ,「これは現実? それとも妄想?」の文字列が付されていた。
ベルギー人作家バーバラ・アベルの小説を映画化した『母親たち』(18)のハリウッドリメイク作品で,フランス人撮影監督ブノワ・ドゥロームの監督デビュー作となっている。原題は『Mothers' Instinct』で,「母性本能」の意である。この邦題を敢えて『隣人たち』としたのは,良い選択で,それに相応しい緊迫感を醸し出していた。
時代は1960年代,大都市郊外の高級住宅地の隣り合う家に住む主婦セリーヌ(A・ハサウェイ)とアリス(J・チャステイン)には,同い年の一人息子マックスとテオがいた。2人は親友同士となり,両家はまさに家族ぐるみの交流をしていた。ところが,体調不良で早退したマックスが,セリーヌが目を離した隙にバルコニーから転落死してしまう。失意で心を閉ざしたセリーヌは,アリスを遠ざけ,隣家から転落を目撃しながらすぐに駆けつけられなかったアリスも罪悪感に抱いていた。
やがてセリーヌは悲しみを埋めるようにアリスの息子テオを可愛がり,親友を失ったテオもまたそれを受け容れる。2人の余りの親密さに,アリスは異様さを感じる。アリスの義母の突然死やテオのアレルギー症状の発作に遭遇したアリスは,これはマックスの死を救えなかった自分を責めるセリーヌの悪意による復讐ではと疑い始める。夫サイモンはそれを妄想だと決めつけるが……。
前半の裕福な両家の交流を描いた1960年代の再現は,髪形,衣装,家具,自家用車,町並みまで,完璧だった。日本人の大半が,米国の豊かさに憧れた時代である。これはベルギー映画でなく,ハリウッドリメイクゆえの豪華さだと感じた。後半は一転して,2大女優の演技合戦となる。筆者は,演技力はJ・チャステインの方がやや上なので,2人の役を入れ替えたらどうなっただろうかの興味で観ていた。各々の夫の出番もあるが,完全に主演女優2人の映画であり,男優は完全に添え物である。
結末がどうなるかは全く読めなかったが,鮮やかなエンディングであった。リメイクしたくなったのも理解できる。結論として,J・チャステインとA・ハサウェイの役は,この組み合わせで正解だったと思う。
■『プライベート・ケース』(7月24日公開)![]()
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次は,名優ジョディ・フォスターの単独主演作である。『告発の行方』(88)『羊たちの沈黙』(99)で,アカデミー賞,GG賞,英国アカデミー賞の主演女優賞を得ているのでオスカーの数では負けていない。5年ぶりの銀幕復帰作『ホテル・アルテミス -犯罪者専門闇病院-』(18)ではベテラン看護士,続く『モーリタニアン 黒塗りの記録』(21年9・10月号)では,無実の青年を養護する人権派弁護利士であったから,大半は主演の上に,知的な役ばかりである。本作は精神分析医というので,まさにハマり役だと思った。少し珍しいのは,フランス映画初主演で,彼女も全編フランス語のセリフを話すことである。
主人公はパリで精神分析医として開業した米国人のリリアン(J・フォスター)で,映画の冒頭では,長年の男性顧客から厳しい苦情を突きつけられた。彼女から受けた禁煙のためのセラピーは全く役立たず,外部での1回だけの催眠療法で禁煙に成功したので,これまでの治療費を返せという主張だった。続いて,9年間診療を続けた患者ポーラ(ヴィルジニー・エフィラ)の突然死の連絡を受ける。日頃の診療では,その兆候はなかった。
「故人を偲ぶ会」に参加すると,ポーラの夫シモン(マチュー・アマルリック)が激しい憎悪を向け,リリアンを追い出した。一方,ポーラの娘ヴァレリー(ルアナ•バジュラミ)は警察に母親の解剖を依頼し,何かを聴き出そうと,執拗にリリアンの診療所に押しかけた。遺族の異様さに,リリアンも事故死ではなく,殺人事件ではないかと疑うが,患者の個人情報には守秘義務があるため,警察に頼ることはできない。このため,リリアンは自ら真相を探るため,探偵まがいの捜査を始める。
一方,ある日から無自覚で涙が止まらない。元夫の眼科医ガブリエル(ダニエル・オートゥイユ)の診察を受けたが,原因不明だった。止むなく,リリアンは噂の「催眠療法」を受け,潜在意識に潜む記憶の扉を開けたところ,ポーラとシモン,自分の息子ジュリアン(ヴァンサン•ラコステ)の姿が見えた。これは何を暗示しているのかと悩むリリアンに,思いがけない事件が起こる…。
警察が事故死や自殺扱いをする案件が,実は殺人事件というのは,よくあるパターンだ。ただし,こんな素人探偵の未熟な捜査と推理から真犯人が見つかる映画とは思えなかった。断じて,敵意剥き出しの夫シモンが殺人犯ということはないだろう。そんな単純な映画ではないはずだ。そもそも,プロの精神分析医が他人の催眠療法士に頼るというのも変な話であるし,催眠療法がそんな簡単に威力を発揮するというのも信用できなかった。映画は,筆者のその疑問のまま進行する。正直なところ,後半から最後まで不可解で,不愉快な映画であった。J・フォスター主演作というので,期待し過ぎたためかも知れない。
本作の監督・脚本は,フランス人女性監督のレベッカ•ズロトヴスキで,長年J・フォスターに憧れと敬意をもっていて,彼女の主演作を撮りたかったようだ。英題の『Private Case(私的領域)』は精神分析医が扱う患者情報かと思ったのだが,フランス語に原題『『Vie Privée(私生活)』は少しニュアンスが異なるようだ。リリアンの元夫との復縁,疎遠だった息子との関係改善も盛り込みたかったのだろうが,欲張り過ぎて,観客は消化不良を起こしてしまう。そのため,勝手に期待し過ぎたとからとは思いつつも,少し厳しい評価にした。
■『開戦前夜』(7月31日公開)![]()
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例年この時期になると戦争映画の新作が複数公開され,日本が敗戦した太平洋戦争での人物模様のヒューマンドラマ,真摯な反省を込めた社会派映画が多い。本作は昭和16年12月の開戦前の出来事が中心で,珍しい視点の映画であった。結論を先に言えば,今夏の最高傑作であるだけでなく,歴代でも佳作の部類に入り,正に今観るべき映画である。
昨年8月に2夜連続放送されたNHKスペシャル「シミュレーション〜昭和16年夏の敗戦〜」のドラマ部分を約40分拡張した映画化作品で,原案は猪瀬直樹著の同名ノンフィクション書籍(1983年発行)である。かつて日本に実在した首相直轄機関「総力戦研究所」の活動が描かれている。軍・官・民の頭脳明晰な精鋭を集め,日米開戦時の勝敗の行方を徹底調査・討論したという。猪瀬直樹と言えば,資金調達問題を追求され,僅か1年で東京都知事を辞任した人物だが,「ミカドの肖像」(86)で大宅賞を受賞した実力作家だ。原案の著は知らなかったが,「土地の神話」(88)「欲望のメディア」(90)等は読んでいて,その独自の取材能力は信頼するに足る。映画はさすがNHKと思える豪華出演陣で,監督・脚本・編集が『舟を編む』(13年4月号)『本心』(24年11月号)の鬼才・石井裕也というのも,大いに食指が動いた。
物語の始まりは真珠湾攻撃の8ヶ月前の昭和16年4月で,産業組合中央金庫(現・農林中金)の調査課長・宇治田洋一(池松壮亮)は新設の政府機関「総力戦研究所」のメンバーに選抜された。召集されたのは,国内の各団体から出向の若きエリート達で,その初会合には,時の総理・近衛文麿(北村有起哉)や陸軍大臣・東條英樹(佐藤浩市)の姿もあった。研究所長の陸軍少将・板倉大道(國村隼)からは,「模擬内閣」を構成して,自由で忌憚のない意見を戦わせて欲しいとの訓話があった。あろうことか,宇治田は内閣総理大臣役となった。
首相直轄とはいえ,明らかに軍主導で設置された機関で,陸軍大臣,陸軍次官役等は現役軍人の開戦派である。一方,内務省・大蔵省・文部省・農林省の大臣役は,官僚や民間法人の職員で,それぞれ経済動向,物資調達の視点からの分析を行う。当時の日本で,ここまで客観的な分析をしていたのかと驚いた。詳細は省くが,その調査分析と激論だけでも一見に値する。最も印象に残ったのは,南アジアに侵攻すれば大量の石油は容易に入手できるが,それを日本本土に輸送する船舶がない,すぐに連合国軍の潜水艦に撃沈されるという予想であった。
現代の我々からすれば,米軍と戦って勝ち目のないことは明白だ。この模擬内閣の激論の結果も「長期戦になれば,日本は必敗」であった。それを最終報告として具申しても,結果は日米開戦に至ったことは最初から分かっている。近衛文麿が政権を放り出して内閣総辞職し,止むなく首相に祭り上げられた東條英樹が,敗戦は承知の上で,戦争ムード一色の世論に抗しきれず,昭和天皇(松田龍平)に開戦を言上する……。
冷静沈着で戦後の未来予想図までを描く宇治田に対して,同盟通信社政治部記者で内閣書記官長担当・樺島茂雄(仲野太賀)は平気で毒舌を掃き,議論を混ぜ返す闊達な人物であった。池松壮亮&仲野太賀のコンビは,明らかに放映中の大河ドラマ『豊臣兄弟』の裏返しだ。大河ドラマしか観ていない視聴者には,ハチャメチャな秀吉役の池松壮亮が正統な演技派男優であったことに驚くに違いない。この映画を今夏に公開することは,最初からNHKの計算の上での企画だったのだろう。
この2人以外の主要登場人物,海軍大臣担当・村井和正(岩田剛典),企画院総裁担当・峯岸草一(三浦貴大),陸軍省軍務局高級課員・西村良穂(江口洋介)等にもかなりしっかりした出番が与えられていた。猪瀬直樹のノンフィクションでは,実在の取材対象は全員実名で書かれていたようだが,TV放映&本作では,近衛文麿,東條英樹以外は仮名であり,かなりフィクションを加えて脚色していると思われる。特筆すべき人物がもう2人いた。所長・板倉大道は心の広い人物で,彼が所員たちを気遣う行動は理想の上司像だ。彼を演じた國村隼の表情1つ1つが名演技で,この映画を支えていた。もう1人,禿頭の東條英樹役で登場する佐藤浩市には驚いた。いつもダンディな彼には似合わないと思ったが,天皇の真意を知り,逡巡しながら日米和平交渉の余地を残す部分の演技は見事であった。これまで悪役としか描かれたことがない「東條英樹」が,本当にこうした大人物であったかは怪しいが,正に新しい東條英樹像であった。
この映画が現代の我々に突き付けているのは,当時の世相が「開戦期待」「神国日本の鬼畜米英征伐」一辺倒であったことだろう。ややもすると,敗戦ゆえに日本は改造でき,現在の繁栄があると賞賛するのは,安易な結果論である。筆者は戦後生まれであるが,祖父はずっと「天皇陛下は生き神である」と信じていた。母は「死ぬまでずっと食料不足の時代が続くと思っていた」と語っていた。沖縄戦から本土空爆,原爆投下までした米国が,戦後豹変して日本を同盟国に育て上げたのは幸運な偶然に過ぎない。もしソ連が駐留していればどうなったかは,現在の北朝鮮や過去の東ドイツを見れば明らかだろう。その米国が世界のリーダー役を放棄した現在,今こそ冷静に世界の情勢を分析する研究機関が必要と感じた。
(以下,7月後半の公開作品を順次追加します。)
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