O plus E VFX映画時評 2024年12月号掲載

その他の作品の論評 Part 1

(注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています)


■『イベリン:彼が生きた証』(10月25日配信開始)
 毎年の恒例だが,12月になると日頃観る余裕がなかったネット配信映画をせっせと観始める。Netflix, Amazon Prime, Disney+等のオリジナル映画だけでも膨大な数なので,既にいくつかの映画祭で受賞している高評価作品の一部だけでも精一杯だ。GG賞やアカデミー賞ノミネート作の観るための準備も兼ねている。まずは,Netflix独占配信のノルウェー製ドキュメンタリー映画から始める。25歳で早逝した青年の人生を,彼が残したブログ記録等から振り返る伝記映画である。
 主人公はマッツ・スティーンで,映画は彼の誕生前後から幼児期の様子のホームビデオ映像から始まる。発達は遅かったが,まもなく「デュシェンヌ型筋ジストロフィー」であることが判明する。母親の遺伝子から男児のみが発症する難病で,次第に末端から筋肉の萎縮が始まり,四肢の動作困難,呼吸困難へと進行し,死に至る。マッツ君は小学生で早くも車椅子生活となり,青年期になっても自宅の離れでのビデオゲームを楽しむだけの生活となる。その種の闘病記の実録映画なら多数あるが,このドキュメンタリーはかなりユニークだった。
 ホームビデオ映像中心に彼の人生を振り返るのかと思いきや,それは彼の死まで僅か10数分で終わる。彼が自分のブログ「人生に思うこと」のパスワードを残したことから,両親はブログの読者に息子の死を通知し,多数の弔意のメッセージが届く。驚くべきは,彼が8年間プレイしていた「World of Warcraft」(世界一の登録者数を誇る大規模多人数同時参加型オンラインRPG)でのログが4万2千ページ分も残されていて,それが閲覧できたことである。本人のチャットでの発言だけでなく,他の参加者の発言や各アバターの行動までが記録されていた。そのログを基にしたRPG風のCG再現映像とマッツが交流した実在の人物のインタビュー含む約1時間の映像が,本作の本体ともいうべき内容だった。その後,彼の葬儀と追悼シーンで締め括られていた。
 表題の「イベリン」は,マッツが「Starlight」コミュニティで使っていたアバターの名前である。その中で彼はルースという女性に恋をする。現実にはできなかった恋愛の擬似体験である。息子の引き籠りに悩む母親レイクの相談に乗り,RPG内で母子の関係修復を仲介し感謝される。彼は自分が身体障害者であることを隠していたので,多数が集まる現実世界でのオフ会にも参加できない。病状が進むにつれ,彼は不機嫌になり,他の参加者を誹謗し,次第に嫌われ者になる。ゲーム管理者の自宅訪問も拒絶するが,やがてイベリンは全員に謝罪する。
 背景画面は「World of Warcraft」そのもので,各アバターのCG形状も実際使われた幾何モデルがベースだが,アニメーターが付与した表情と声優のセリフが見事だった。マッツがイベリンとして,本当にこの通りの人生体験をしたかのように思えてしまう(実際は,文字だけのチャット対話)。ある種の再現伝記映画だが,彼は他人の人生にも影響を与えた価値ある存在で,友情を築いていたことがしっかりと感じられた。教会での葬儀の挨拶で,父ロベルトは死後にそれを初めて知ったことを語る。葬儀には国内外からStarlightメンバー5人が参列したが,毎年,彼の命日に多数のメンバーがStarlight内に集まり,イベリンのことを偲んでいるという。
 監督は,ドキュメンタリー専門のノルウェー人監督のベンヤミン・リーで,本作は既にサンダンス映画祭で観客賞,監督賞を受賞している。原題は『The Remarkable Life of Ibelin』で,台湾では『伊貝林:在魔幻世界登入人生』だが,日本での副題が圧倒的に素晴らしい。この映画のエッセンスを最も適確に表現している。

■『幸せの列車に乗せられた少年』(12月4日配信開始)
 同じくNetflix配信映画で,まだ受賞歴はないがなかなかの良作だ。イタリア映画で,ヴィオラ・アルドーネ作の同名小説の映画化作品である。「幸せの列車」とは,第二次世界大戦後,敗戦国としての混乱期に,南部の極貧家庭の子供を,一時受入れ先の北部の裕福な家庭に連れて行くために運行された列車をこう呼んだそうだ。国力が回復した1960年代に書かれた小説かと思ったら,原作者は1974年生まれで2012年に作家デビュー,2019年に第3作として上梓された書籍であり,比較的新しい。邦訳は2022年が初版である。
 時代は1994年,ある初老の紳士(ステファノ・アコルシ)が,ホテルの部屋で母の死を知らされる電話から映画は始まる。名前はアメリーゴ・ベンヴェヌーディ,著名なバイオリン・ソリストで,彼のための演奏会の途中,自らの少年時代を回想する物語となっている。まず1944年のナポリ市中で,空襲に逃げ惑う母子の姿がある。2年後の1946年,生活に窮した母アントニエッタ(セレーナ・ロッシ)は社会福祉活動に応募し,8歳の息子アメリーゴ(クリスチャン・セルヴォーン)を北部の家庭に預けることに同意する。多数の子供たちと一緒に向かった先は北部の町モデナであった。アメリーゴを受け容れてくれたのは,独身女性のデルナ(バルバラ・ロンキ)だったが,兄夫婦と子供3人のベンヴェヌーディ一家に隣接した家で暮らすことになる。
 地元の小学校に通い,ホームシックにかかりながらも,心優しい家庭で一冬を過ごす。人々は,戦争中はドイツのファシストに蹂躙された生活に苦しみ,戦後は共産主義が台頭して行く中で,ソ連に呑み込まれる恐怖にも脅えていた。そんな生活の中で,新しい知識や生活習慣を学ぶアメリーゴ少年が成長して行く姿の描写が心地よい。とりわけ,デルナの兄からバイリオンの才能を認められ,手作りの楽器を贈られることから,彼の将来が読めてしまい安心する。半年間の仮住まいを終え,彼はナポリに戻るが,元通りの貧しい生活と実母の厳しい対応に我慢ができず,北の家庭に戻ってしまう……。
 映画としては,当時の列車や町の再現が秀逸で,貧困生活や学校教育の描き方も興味深かった。育ての母を慕う子供心の複雑さ,我が子の未来のために連絡を絶つ実母のメッセージに涙すること必定である。監督は『心のおもむくままに』(96)等のクリスチナ・コメンチーニ。さすがベテラン女性監督と思える演出であった。「幸せの列車」は実在した制度であり,戦前からの反動とはいえ,国策でこうした社会活動が行われていたことに感心する。

■『フード・インク ポスト・コロナ』(12月6日公開)
 アカデミー賞ドキュメンタリー部門にノミネートされ,エミー賞2部門,英国のゴッサム賞を受賞した『フード・インク』(08)は,アメリカの食品業界の闇を暴いた話題作であり,日本では2011年に公開された。工業化された食品生産の弊害,巨大食品産業数社の寡占の弊害,遺伝子組み換え作物の問題点,高カロリー食品が引き起こす健康への影響,労働者の低賃金,政治と企業の癒着等が描かれていた。「ファストフードが世界を食いつくす」の著者エリック・シュローサーが製作陣に加わり,ロバート・ケナー監督との二人三脚で行った綿密な調査と説得力のある実例に基づいていたので,米国人の食の意識に大きな衝撃を与えた。本作はその続編であり,コロナ禍を経験したことにより,浮き彫りになった更なる問題点に切り込んでいる。
 と偉そうな概要を記したが,実は前作は未見であり,ファーストフードの弊害が問題になっている程度の認識だった。今回,本作を観てから感心し,配給会社に前作のオンライン視聴を希望して,そちらも点検した次第である。結論を先に言えば,同じく前作未見の読者は,それをする必要はない。前作の趣旨は継承し,問題は要約されているので,本作だけをしっかり観れば十分である。
 逆順で本作を観る前に意識したのは次の2点である。
①前作での問題提起の結果,具体的な改善や画期的な成果はあったのか? 続編の本作で指摘されているのは,新たに生じたか,顕在化した問題なのか?
②本作の映像(特にカメラワーク)が極めて個性的であり,論点の整理やグラフやアニメを挿入しての解説が素晴らしい。これは前作でも使っていた手法なのか?
 まず①に関しては,前作の果たした成果は自慢げに語られていないので,よく分からない。名指して批判された企業(タイソン社,モンサント社)は社会的批判をかわすため,何らかの改善はしただろうし,訴訟は解決したかも知れない。本作で観る限り,巨大企業4社の市場独占は益々進み,しかも利益は増え続けている。タイソン社は相変わらず諸悪の根源に思える。本作では「超加工食品」という言葉が多用されていて,その健康被害,子どもの糖尿病の増加が指摘されている。
 コロナ禍を経て,個人農家の衰退と貧富格差の拡大が深刻化した。移民を中心とした労働者の低賃金問題を強くアピールし,政府の対応を求めている。新しい話題として,植物だけを利用して肉の味がする食物の開発を紹介し,食用動物の削減を提言している。また持続可能な農業の事例は,アイオワ州での移動式畜舎を利用した有機農法やコネチカット州の海洋農家での海藻を使った海洋生態系の再構築で,斬新で興味深かった。すぐには浸透しないだろうが,こうした革新的な農業が食料の未来を見据えた試みとして生まれつつあることが喜ばしい。
 ②のカメラワークは前作でも少し使われていたが,本作ではそれを多用している。ドローンを利用した空撮が様々な大規模な農園や牧畜農場を捉え,地上では食品工場,畜舎,スーパーの陳列棚で膨大な数の食材,家畜動物,食料品の列を見せつける。被写界深度の深いレンズで遠近感のある構図から前後左右にカメラ移動させるので,巨大産業のスケールの大きさ実感でき,圧倒される。アニメやプレゼン資料もカラフルで分かりやすい。農業問題,食品問題とは別にしても,印象的で説得力のある映像作法として学ぶに値する出来映えだ。

■『ホワイトバード はじまりのワンダー』(12月6日公開)
 原題は単なる『White Bird』だが,邦題には少し説明的な副題がついている。『ワンダー 君は太陽』(18年5・6月号)は,先天的障害で特異な容貌の少年オギーを家族や教師たちが励まし支える感動の物語であった。同作の原作者R・J・パラシオが,同作から派生した物語として書いた小説の映画化作品が本作である。この映画にオギー少年の姿はなく,彼を最も苛めた級友ジュリアンが登場する。では,彼が主人公の映画かと言えば,そうでもない。彼の祖母サラの若き日を中心に描き,同じ作者らしく,こちらも感動の物語である。
 オギー君を苛めたことにより,問題児のジュリアン(ブライス・ガイザー)は退学処分となり,NYの別の学校に転入する。15歳の彼はすっかりいじけてしまい,何事にも無気力で,新たな友人も作ろうとしない。ある日,父母の留守中にパリ在住の祖母サラ(ヘレン・ミレン)がやって来る。世界的な画家で,メトロポリタン美術館で彼女の回顧展が開催されるためだ。孫の惨状に呆れた彼女は,敢えて自らの少女時代の出来事を語り始める。
 時代は1942年,少女サラ(アリエラ・グレイザー)はフランスの片田舎のべルヴィリエ・オ・ボア村に住んでいた。ナチスがフランスに侵攻し,古代林に囲まれた村でもユダヤ人狩りが始まる。ユダヤ人生徒たちが連行される中で,サラ1人だけが同級生ジュリアン(オーランド・シュワート)に助けられ,彼の自宅の納屋に匿われる。ポリオの後遺症で足が不自由なジュリアンは,毎日のように納屋に通い,学校に戻れないサラのために勉強を教え,一緒にゲームをする。やがて心を通わせ合い,2人で空想の旅をするシーンが微笑ましい。約1年の納屋生活の間も,ナチスの再三の検閲を家族ぐるみの協力で切り抜けるが,不幸な出来事が起こる……。
 中盤の大半は典型的なユダヤ人迫害の映画だが,青春ラブストーリーを巧みに組み込んでいる。祖母のサラが途中で何度も注釈を入れるので,少女サラが生き延びることは確実で,安心して観ていられた。孫にジュリアンの名前をつけたことからも物語の行方が想像できる。最後は現代に戻り,何事からも逃げ出さず,未来を切り開く大切さを訴えるヒューマンドラマとなっている。
 監督は『チョコレート』(01)のマーク・フォースター。当欄では彼の監督作を7本も紹介している。『ネバーランド』(05年1月号) 『プーと大人になった僕』(18年9・10月号)はほのぼの系,『君のためなら千回でも』(08年2月号)はお得意のヒューマンドラマだ。その一方で『007/慰めの報酬』(09年1月号)『ワールド・ウォーZ 』(13年8月号)等のアクション大作も手掛けている。そのためか,VFXにも通暁していて,ジュリアンとサラの空想の旅の描写にもCG/VFXが活用されていた。冒頭と最後で空を飛ぶ白い鳩も当然CG描写だろう。
 これまで,ナチス支配下のフランスで現地のフランス人がユダヤ人を庇う映画は何本も観たが,この映画のジュリアン一家ほど献身的にサラを匿った姿は珍しい。第二次世界大戦中にこうした援助で生き延びた欧州のユダヤ人たちは,今のガザ地区でのイスラエル軍の非人道的行為を,どういう思いで見ているのか知りたくなった。

■『スピーク・ノー・イーブル 異常な家族』(12月13日公開)
 米国からロンドンに移り住んだ3人家族が,イタリア旅行中に知り合った英国人の家族からの招待を受け,一緒に休暇を過ごす。という「あらすじ」を読んで,既に観た映画ではないかと思った。まさに「異常な家族」の映画だった。であれば,デンマークからオランダに渡るはずだと…。それは『胸騒ぎ』(24年5月号)であった。その記事中では,ホラー専門のブラムハウスがリメイク権を得たと自分で書いている。国は違えど,「じゃんけん後出し」なら,より恐怖心が高まる上質のリメイクになっていることを期待した。たった半年でもうリメイクしたのかと驚いたが,前作は2022年製作の映画だった。それなら,十分な改良時間がある。
 ベン&ルイーズ夫妻と娘アグネスのダルトン一家は,パトリック&キアラ夫妻と息子アントの3人が暮す山中の農場で休暇を過ごすことになった。最初は再会を喜び,自然豊かな環境を楽しんだが,次第に押しつけがましい「おもてなし」に違和感を感じ始める。自称医師のパトリック(ジェームズ・マカヴォイ)が威圧的で,堪えきれないと妻ルイーズ(マッケンジー・デイヴィス)が訴え,深夜に車で逃げ出すが,娘アグネスが人形を忘れたと言い出し,引き返す。無断の出発を責められたダルトン家は止むなく滞在を続けるが,言葉を話せないアントが写真を使ってアグネスに恐るべき秘密を知らせる…。
 ここまでは,ほぼ前作をなぞる展開であり,登場人物の名前も似せていた。残り時間はまだ1時間弱もあったので,後半は少し違った展開になり,結末もかなり変えていると予想できた。J・マカヴォイ演じるパトリックが実に嫌な奴で,見事な怪演だ。1人でホラーの恐怖を背負っている感じである。ダルトン夫妻の関係も冷え切っていることが強調されている。パトリックとは対照的に夫ベン(スクート・マクネイリー)が優柔不断で頼りなく,妻の不倫すら咎められない。終盤はルイーズが主導権をとる現代風の脚本となっていた。
 前作のクリスチャン・タフドルップ監督は,風刺映画として意図的に観客が不快感を感じる映画にしたと語っていた。実に後味の悪い映画だった。本作はその真逆の演出で,散々恐怖心を煽った上で,見事な着地で爽快感を感じさせてくれる。終盤の畳みかけが秀逸だった。さすがブラムハウスだ。『イマジナリー』(24年11月号)で見くびったこと詫びなければならない。本作の監督・脚本は,『ウーマン・イン・ブラック 亡霊の館』(12年12月号)のジェームズ・ワトキンスだった。既に『胸騒ぎ』を観た読者も,改めてこのリメイク作を観るだけの価値がある。ましてや,本作が初めてなら,文句なしに楽しめるサスペンススリラーだ。

■『はたらく細胞』(12月13日公開)
 ホラーから一転して,題名から楽しく教育的内容だと分かる映画だ。清水茜(作画)の人気コミックの映画化作品である。てっきりアニメだと思ったのだが,これが実写映画であった。永野芽郁と佐藤健のW主演だというので,その点でも食指が動いた。赤血球や白血球等を擬人化してその機能を解説した科学的内容と分かった上で,しっかりマスコミ試写を観終えた。そこで配布された小冊子状のプレスシートを自宅に置いていたところ,遊びに来た小学生の孫たちがしげしげと眺めて「こっちも面白そう」と言う。コミック単行本(全6巻)は学校に置いてあって,学童保育時間中に眺めていても良いし,貸出しもできるらしい。アニメ版は理科の授業中に観たという。
 原作は「月刊少年シリウス」で2015年3月号から連載された全30話で,アニメ版(全22話)は2018年からTOKYO MX等で放映され,来年4月からNHK Eテレでの再放送が始まるようだ。さらにノベライズされた小説,絵本,図鑑の出版,ラジオ番組や舞台劇化,別の作者でのスピンオフ漫画(「はたらく細菌」「はたらく血小板ちゃん」等)も作られているから,一大メディアミックスである。フランスでは「夏休みの推薦図書」に入り,アニメ版は中国で国営放送された。以上は,映画を観終えてから知ったのが,それに値する内容であった。
 コミックもアニメも1話完結型の冒険物語だが,それを110分の長編映画化するに当たって,新しい視点が追加された。以下の2つの視点が並行して描かれている。
 ①原作を基に,主要な血球の種類と役割の科学的解説を,擬人化された細胞の視点で語る群像劇である。
 ②人間側の視点での親子の物語で,不摂生な父(阿部サダヲ)と素直な娘・ニコ(芦田愛菜)が登場し,彼らの病状悪化や回復の過程に①の役割が盛り込まれている。
 ①では永野芽郁が新米赤血球,佐藤健が白血球(好中球)を演じ,助演陣も「肺炎球菌」(片岡愛之助)「キラーT細胞」(山本耕史)「ヘルパーT細胞」(染谷将太)「肝細胞」(深田恭子)と豪華だ。かなり真剣に観てしまい,「マクロファージ」「化膿レンサ球菌」「黄色ブドウ球菌」「NK細胞」等々まで,必死で機能を覚えようとして,頭がパンクした(笑)。絵柄が派手な上に動きも速い。もう少しゆったりした展開が望ましいと感じた。
 ②はネタバレになるので詳しく書けないが,物語としては分かりやすく,結末は予想できる。名子役と名をはせた芦田愛菜は随分大きくなった。既に20歳の大学生である。さすがに愛らしさはなくなり,さほど美人でもないが,もっと大人になって良い女優になると思う。
 監督は,『テルマエ・ロマエ』シリーズ,『翔んで埼玉』シリーズの武内英樹で,大作慣れしている。本作では当然CG/VFXも使っていると思ったが,予想していたよりも多かった。しかるべき画像が提供されればメイン欄で語りたかったのだが,それがなく断念した。

■『映画「ふしぎ駄菓子屋 銭天堂」』(12月13日公開)
 上記と同日公開で,比べて語りたくなる実写映画だ。東宝配給の平均的青春映画よりも対象年齢は下のファミリー映画だが,まず題名に惹かれた。予告編を観て,これは当欄で語るべき映画だと確信した。こちらの原作はコミックでなく,廣嶋玲子(著),jyajya(挿絵)の同名の児童小説である。当然アニメ化されていて,NHK Eテレで現在も毎週金曜日(10分番組)に放映中である。書籍は「小学生がえらぶ!“こどもの本”総選挙」で1位になり,全国学校図書館協議会選定図書となっている。韓国,台湾,中国,ベトナム,タイ,ロシア等で翻訳されて人気を博し,スピンオフ小説も発行されている。西武園ゆうえんちのアトラクション,舞台劇,ビデオゲームにもなっていて,「はたらく細胞」に引けをとらない。
 予告編で注目したのは,銭天堂店主の紅子(べにこ)を演じる天海祐希のルックスと駄菓子屋の美術セットである。前者は元宝塚歌劇の大スター男役で,退団後のTV番組や映画出演では,女性役としても凛とした美しさを披露してくれた。元々長身で,既に還暦に近いが,顔も体躯も幅広の紅子の容貌には驚いた。相当な特殊メイクが施されているに違いなく,ことによってはVFX加工されている可能性もある。もう1つの駄菓子屋内の造形や装飾が精巧に見えたので,同じ東宝配給の『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズの「茶川商店」と比べてみたかったのである。さらに,監督が中田秀夫というのも気になった。清水崇と並ぶJホラーの旗手が児童映画を撮るとは,全くイメージに合わなかったからである。
 叶えたい望みがある人物が,猫に誘導されて路地裏にある銭天堂にやって来る。紅子が選んだ駄菓子を購入し,それを食べるとたちまち望みが叶うという仕組みである。アニメ版は1話完結方式だが,『はたらく細胞』同様,劇場用長編映画のための物語設定と人物設定がなされていた。母校の小学校に新米教師として戻ってきた等々力小太郎(大橋和也)とファッション雑誌の編集者・相田陽子(伊原六花)のラブロマンスが,生徒達の望みを叶える複数のエピソードに混じって展開する。
 小太郎が小学校5年生の担任であるので,観客の主対象はその前後の学年なのだろうが,それ以下でも十分に理解できる。ほのぼの感を出した中田秀夫の演出は十分合格点だ。ホラーの巨匠の面目躍如は,敵対する「たたりめ堂」の店主・よどみを魔女のように描き,これが初の悪役という上白石萌音に演じさせていたことだ。徹底した敵役ではなく,監督の演出を楽しんでいたように見えた。天海祐希演じる紅子のメイクは,毎日3時間かかったという。「ござんす」言葉も貫録十分の所作も,アニメ版そのもののイメージで,こちらも合格点である。
 銭天堂のお菓子は,「ヤマ缶詰」「もてもてもち」「型ぬき人魚グミ」「インココイン」「おしゃれサブレ」「虹色水飴」「デッサン汁粉」「瞬間冷糖」「堂々ドーナッツ」「ドクターラムネキット」等で,「強欲アンコ」はたたりめ堂側のお菓子である。その大半は原作に登場する菓子類から選んでいる。ドラえもんのポケットから出てくる小道具のお菓子版だと考えれば良い。悪用や過剰使用を戒めていて,子供や大人を問わずに,自己責任と自己成長を説いている。少し教育的だが嫌みはない。
 銭天堂店舗の美術セットは細部まで丁寧に作られていたが,筆者が期待していたものとは少し違っていた。「三丁目の夕日」が描いていたのは筆者の子供時代の昭和30年代だったが,本作は昔風の駄菓子屋とはいえ,時代設定は現代なので,昔の店頭にはなかったアイスクリーム,羊羹,グミ等が並んでいて,少し豪華だった。
 黒猫,金色の招き猫,不幸虫をはじめ,お菓子の効果や「よどみ」の魔女世界等々も,しっかりCG/VFXで描かれている。さほど高度なCGではないが,プアではなく,ドラマのレベルに合わせたシンプルなCGである。CGではないが,「虹色水飴」の色の変化が効果的だった。2Dアニメでは,この演出は難しい。いずれも正しい使い方であるので,メイン欄で取り上げたかったのだが,カップリングすべき『はたらく細胞』側での画像提供がなく,今月は他にCG/VFX大作が目白押しだったので,本作もこの「論評欄」に留めた。[付記:すっかり気に入って,筆者は毎週Eテレ放送を録画して眺めている。]

■『不思議の国のシドニ』(12月13日公開)
「不思議」つながりで,次はこの映画だ。映画国籍は仏・独・スイス・日だが,監督も撮影・編集スタッフもフランス人で,全編フランス語なので,普通に考えればフランス映画である。ただし,舞台はほぼ日本であり,登場人物も殆ど日本人だ。フランス人の女流作家が書いた本が日本でも翻訳出版され,出版社が主催する講演会・サイン会に招かれて来日する。その滞在中の出来事を時間順に追う物語である。監督・脚本は『静かなふたり』(17)のエリーズ・ジラールで,これが長編監督3作目だ。女優経験もある彼女が2013年に初来日した時の体験が基になっているそうだ。「不思議の国」とは,彼女の目から見た日本のことで,文化の違いに戸惑いながらも,日本人の死生観に染まって行く過程を描いている。
 夫を失ってから初めて小説「影」を書いた作家シドニ(イザベル・ユぺール)は,気乗りのしないままにフランスの空港を出発し,関西空港に降り立つ。出迎えに来ていたのは,出版社の担当者・溝口健三(伊原剛志)で,彼女の離日までずっと行動を共にする。大阪を通り越し,京都のホテルに宿泊するが,このホテルでシドニは亡き夫アントワーヌ(アウグスト・ディール)の亡霊を見る。宿が変わっても出没頻度は増えるばかりで,やがてシドニに語りかけて来て,死者と生者の夫婦間の会話が始まる。姿が見え,声が聴こえるのはシドニだけで,他人には全く感知できないという設定だ。よくある穏やかな亡霊のパターンで,ホラー映画ではない。
 講演会や書店でのサイン会が京都・奈良で催される。この間にもしっかり日仏間の通訳がつき,随伴する溝口役の伊原剛志も全編でフランス語を話す。同じ宿に連泊でもいいと思うのだが,都市ホテルに始まり,純和式旅館,和風装飾の洋室旅館,瀬戸内海の見えるリゾートホテルへと移るのは,観光映画を兼ねているからと思えた。京都では比叡山が見える桜並木の加茂街道,谷崎潤一郎の墓のある法然院,奈良では定番の奈良公園と大仏殿等々,筆者には全ての場所が特定できた。ホテル内部も観光地も,旅行ガイドブックのように忠実に描いていたのが好ましかった。直島滞在の辺りから,シドニと溝口が男女関係に発展し,やがて夫の姿が消えてしまう…。
 名優I・ユペールの出演作は,当欄では『愛,アムール』(13年3月号)『エル ELLE』(17年9月号)『ポルトガル,夏の終わり』(20年3・4月号)等,計7本を紹介している。最近は,かなりアクの強い風代わり女性役が多かったが,本作では比較的素直で可愛い熟女を演じていた。直島の後,新幹線の車窓から富士山が見えるので,てっきり東京に向かったと思ったのだが,次の滞在先は神戸・三宮駅前の高層ホテルだった。翌日には,加茂街道を逆にたどる光景が登場する。その夜には,都内の夜の青山通りを車で走り,翌朝には成田空港第1ターミナルから出発するという支離滅裂ぶりだ。フランス人相手の観光映画であるから,日本的な光景を適当に出しておけばそれで十分と思ったのだろうか。終盤近くまで,日本文化と情緒溢れる光景を正確に順序立てて見せていただけに,最後に崩壊したのが残念だった。

■『太陽と桃の歌』(12月13日公開)
 食欲をそそる題名だ。明るい太陽の下,一面の桃畑が広がっている光景が目に浮かぶ。映画の舞台となるのは,スペインのカタルーニャ地方の桃農園である。ただし,物語の中身が全て明るい訳ではない。親子3世代の大家族の桃農家が,突然地主から土地を明け渡すように言われ,窮地に陥った家族の悲喜こもごもの様子が描かれている。本作は,ベルリン国際映画祭コンペティション部門金熊賞受賞を始め,各国の映画祭で56ノミネート,20受賞に輝いた。その心構えで観るに値する力作である。
 カタルーニア地方の小さな村アルカラスで,ソレ家は老祖父のロヘリオと大叔母のペピタの他,当主キメットに妻ドロレスと3人の子供,妹ナティとその夫シスコには双子の男児の計16人の大家族で桃栽培を営んでいた。ところが,夏の収穫期を前に,突然地主のピニョールから秋口までに土地を明け渡せと求められる。桃の木を伐採して,その土地にソーラーパネルを設置するためであった。借地の利用は先代と地主の口約束だけで,契約書は存在していなかった。裁判しても勝ち目はなく,困り果てたところに,地主からは「家は出て行かずに,パネルの管理をして暮さないか」と提案される。渡りに船とナティ夫妻は乗り気になるが,キメットは激怒して地主を追い返す。その他,別の妹グロリアの娘を連れての里帰り,キメットの長男ロジェーの大麻栽培,ダンスに夢中の長女マリオナの行動等々のエピソードが盛り込まれている。価値観と意見の対立から,大人を信用できなくなった子供たちの怒りが,祭の日に大爆発する……。
 核家族化が進んだ現代日本だが,筆者の祖父の世代はまだ大家族で,かつての日本の農家もこうだったのだろうと想像してしまう。監督・脚本は,『悲しみに,こんにちは』(17)でデビューしたスペイン期待の女性監督カルラ・シモンで,これが2作目である。桃栽培の描写や大家族内の会話にリアリティが高いと感じたが,それもそのはず,彼女の実家はこの地方の桃農家であり,プロの俳優は起用せず,全員現地の農家の人々を出演させたという。監督は「飛び交う会話,対立するエネルギー,混沌,小さいけれど味のある仕草,ドミノ効果を引き起こす感情」を描き,旧世代の価値観の終焉,新時代への適応の重要性を表現しようとしたと語っている。
 群像劇であるので,各観客は誰に感情移入するかで味わいが違うと思う。筆者の場合は,キメットの妻で3兄妹の母ドロルスの発言が最も考えが近かった。家族間のコミュニケーションの欠如や一族の結束の危機を描きながらも,基本的な視点は人間讃歌であると感じられた。

(12月後半の公開作品は,Part 2に掲載しています)

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