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O plus E 2021年Webページ専用記事#4
 
 
フリー・ガイ』
(20世紀スタジオ/ウォルト・
ディズニー・ジャパン配給 )
      (C) 2021 20th Century Studios
 
  オフィシャルサイト [日本語][英語]    
  [8月13日よりTOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー公開中]   2021年8月13日 TOHOシネマズ二条
       
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
  モブキャラが活躍する新感覚の「ライトムービー」  
  今年の夏休み公開のVFX大作の中で,2番目に面白かった映画である。断トツの1位はこの「21Web専用#4」内の別稿『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党,集結』であり,それには負けるが,他の『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』『ジャングル・クルーズ』よりは間違いなく面白く,作品としても優れている。本誌7・8月号掲載の邦画『妖怪大戦争 ガーディアンズ』も全く勝負にならないレベルだった。
 今はなき「20世紀フォックス映画」時代に企画され,製作が始まっていた作品である。主演のライアン・レイノルズが,少し風変わりなスーパーヒーローを演じるという。となれば,てっきり無責任でお調子者のヒーロー「デッドプール」であり,その新作か番外編かと思ったのだが,オリジナル脚本の全く新しいキャラクターのようだ。そもそも『デッドプール』シリーズ自体が『X-Men』シリーズのスピンオフ作品群であり,自己チュー人間のデッドプールも人体改造でハイパワーを得たマーベル・ヒーローの1人だった。ところが,ポスターを見る限り,同じR・レイノルズ主演とはいえ,人畜無害の生真面目そうな男の姿がある。明らかにデッドプールとは違う。一体どんなヒーローなのか,そう思わせること自体が広報戦略なのだろう。
 余談だが,予告編でも映画本編でも,あのFOX映画のオープニングロゴのサーチライトが復活していることが嬉しかった。厳密には,かつてのロゴの「FOX」が「STUDIOS」に変わっている。日本では,マーベル・スタジオやピクサー制作作品と同様,「ウォルト・ディズニー・ジャパン」の配給だが,米国では「20世紀スタジオ(20th Century Studios, Inc.)」名義で配給されている。ディズニーが買収した映像製作・配信サービス部門とは別に,FOX-TVやFOXニュースを運営するFOXコーポレーションが生まれたため,ロゴからもFOXの文字を消したようだ。そうであっても,あの懐かしいサーチライトがまた見られるようになったのは,映画ファンとしては嬉しい限りだ。
 さて,本作の主人公だが,ブルーの半袖Yシャツを来て,ネクタイを締めている。スーパーヒーローのスーツも着ていなければ,スパイダーマンやバットマンのようなマスクで顔を隠してもいない。これじゃまるで銀行員じゃないかと思ったら,本当に銀行の窓口係の「ただの人」であり,スーパーヒーローに憧れているだけだった。その夢が叶う物語であるが,彼は現実世界にいる人間でもなければ,彼が住む街も実在する都市ではなかった……。彼の名前は単なる「ガイ」。彼が存在しているのはオンラインゲーム「フリー・シティ」の中であり,彼も親友の警備員バディ(リル・レル・ハウリー)も,実はこのゲーム内の「モブキャラ」だった(写真1)
 
 
 
 
 
写真1 銀行員のガイと警備員のバディは2人共モブキャラ
 
 
  馴染みのない読者のために解説しておくと,「モブキャラ」とは,漫画やアニメで使われてきた業界用語で,背景中で描かれる主要人物以外の,名もなき脇役やその他大勢の群集を指す言葉である。オンラインゲームの場合は,ゲームプレイヤーが自分の分身として参加させるアバターに対して,最初からゲーム世界内の存在している「背景キャラ」の意味で使われている。即ち,ただ背景中に描かれているだけで,プレイヤーは操作しないし,会話もしない存在なのである。それゆえ,この映画の中でも,「ガイ(男)」「バディ(相棒)」なる無個性の役名が与えられている。
 ところが,毎日銀行で退屈なルーチンワークをこなしていたモブキャラのガイは,「モロトフ・ガール」(写真2)なる女性キャラ(ジョディ・カマー)に恋をしてしまう。舞い上がった彼は,モブキャラとしての制約を無視し,自らの意志で世界を救う「いい人すぎるヒーロー」として立ち上がろうとする。ガイの身勝手な振舞いに激怒したゲーム開発会社スナミの経営者アントワン(タイカ・ワイティティ)は,プログラムを書き換えて,ガイを抹殺しようとする。その一方で,このゲームのコアとなるソースコードを開発した若い男女とそのコードを無断流用した経営者との間での版権を巡る攻防も,物語展開の中に織り込まれている。
 
 
 
 
 
写真2 「モロトフ・ガール」は, 実はゲーム開発者ミリーのアバター姿
 
 
  監督は,『ナイト・ミュージアム』シリーズのショーン・レヴィ。肩の凝らない素直なエンタメ作品の演出に長じていて,それが本作にも生きている。アイテム,経験値,レベル,パワーといったゲーム用語も飛び交うが,ゲーム世代でない映画ファンにも十分ついて行ける内容だ。スーパーヒーローもの,オンラインゲームの世界,流行のAI技術に関する話題を盛り込んだSFアクションコメディに仕上げている。純文学に対して「ライトノベル」があるなら,重厚なヒューマンドラマに対して「ライトムービー」とでも名付けたくなる軽快なタッチの映画である。
 以下,CG/VFXを中心とした当欄の視点からの感想と論評である。
 ■ 映画の冒頭から登場する「フリー・シティ」は,明るい大都会として描かれている。NYのようにもLAのようにも見える。いかにもスパイダーマンが蜘蛛の糸でスパイダースウィングしそうな街だ。少なくとも,バットマンのゴッサム・シティのような暗い街ではない。街も登場人物も,ゲーム世界を感じさせるようなCG風の描写ではなく,普通のリアルな都会だ。このゲーム世界の中で,モブキャラでないアバターはサングラスをかけていて,それを着けると写真3のように見える。要するに,これはAR眼鏡であり,ゲーム参加者たちには,様々な注釈情報やアイテムがリアルな都市風景に重畳表示されて見えるという設定である。現実の工業製品として,AR眼鏡はまだこんな小型軽量にはできない。オンラインゲームも今はフルCGで描かれた画面内でプレイしているだけだが,近い将来,現実世界の中でAR眼鏡をかけてプレイできるようになればこうなる,というイメージを与えている。
 
 
 
 
 
写真3 ゲームプレイヤー用のサングラスをかけるとAR世界が見えてくる
 
 
  ■ モブキャラのガイが銀行強盗からサングラスを奪って眺めるフリー・シティは,いかにもゲーマー好みのAR世界である(写真4)。スーパーヒーロー映画としては,驚くほどのレベルではない。ガイを抹殺しようとする暗殺者たちと戦うアクションシーン(写真5)も,アクション映画としては大人しい方だ。コメディタッチの本作には激しい戦闘は不要という考えなのだろう。(少しネタバレになるが)思いっきり笑えたのは,2つのパロディシーンである。1つめは,キャプテン・アメリカの楯が武器として登場するシーンで,まさに本物そっくりの金属製の楯であった。ここで一瞬,(クレジットされていない)クリス・エヴァンスが登場して,「僕の楯?」と話すのには笑い転げた。この場面では,アベンジャーズのテーマ曲が流れている。もう1つは,これまた本物そっくりのライトセーバーで戦うシーンで,そのバックには誰もが知っている,ジョン・ウィリアムズ作曲のあのテーマ曲が流れる。ここでも大笑いだ。どれもこれもディズニー資本下に入ったゆえに可能となった流用だが,映画業界内の買収劇までパロディ化する遊び心に畏れ入った。

 
 
 
 
 
写真4 これがゲーマーにとっての「フリー・シティ」の日常光景 
 
 
 
 
 
写真5 刺客たちと戦うアクションシーンはこんな感じ
 
  ■ スナミ社で働くゲーム・プログラマーのキーズ(ジョー・キーリー)とマウサー(ウトカルシュ・アンブドゥカル)の会話も興味深かった(写真6)。キーズはMIT出身の優秀な技術者だが,ゲーム開発会社に入ったために処遇は冴えないらしい。同じゲーム・プログラマーでも,黒人のマウサーの扱いはもっと酷いらしく,所得格差や人種差別問題を風刺している。ガイが自らの意志をもち,モブキャラを逸脱した行動をとるようになるのは,最新のAI技術ゆえの産物とのことだったが,あまり納得できる説明ではなかった。人間のプログラマーによって書かれたプログラムが,新たなプログラムを自動生成するというのは,原理的に何も難しいことではない。それが増殖し,自律的な振舞いを見せ,自己組織系と呼べるレベルに達するかは,条件設定や外部から与える情報にも依る。そうしたプログラムが意志や意識をもつかどうかは別問題で,人形やロボットが意志をもち得るかという,昔からある哲学的論議の範疇に入る。最近流行のAI=深層学習法は関係なく,簡単に解決できる問題ではない。
 
 
 
 
 
写真6 左から,経営者のアントワン, プログラマーのマウサーとキーズ
 
  ■ 終盤,ガイが戦う相手として大柄な体躯のマッチョマン「デュード」が登場する。何と,顔はガイにそっくりで,筋肉ムキムキの身体部分だけが違う。即ち,顔はR・レイノルズをフェイシャル・キャプチャしたものだが,首から下はアーロン・W・リードなるボディ・ビルダーの体躯だそうだ。どうせVFXで合成するなら,適当な筋肉体系の人体CGモデルを作り,誰かの動きをMoCapして済ませればいいようなものだが,本物の筋肉マン(多分,米国では有名人なのだろう)を起用することも,お遊びかつ宣伝効果を狙ったものだと思われる。
 ■ CG/VFXで最も感心したのは,フリー・シティのリアルな描写である。一部,リアルな実物大セットや実際の市中で撮影されたシーンもあるが,その利用は恐らく10%以下だろう。街全体がCGモデリングされ,現実の街と区別できない画質でレンダリングされている(写真7)。ラストバトルの少し前の市中の攻防で,今まで本物と思っていた街が,現実には有り得ない壊れ方をして,ようやく全部CGだったと気付く訳である。今や,大手スタジオでは,NYやロンドンは,過去数百年間の任意の時点の光景を再現できるように準備されているが,生データのない架空の街「フリー・シティ」をここまでリアルに描き込むのはかなりの作業だ。デザイン・センスも良くなくては,こうは行かない。本作のCG/VFXの主担当はScanline VFXで,他にILM,Digital Domain,Lola VFX, Mammal Studios, Raynault VFX, Halon Entertainment等々,多数社が参加している。
 
 
 
 
 
写真7 海に面したフリー・シティの俯瞰光景だが, 一部で破壊が始まっている
(C)2021 20th Century Studios. All Rights Reserved.
 
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