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O plus E 2019年Webページ専用記事#5
 
 
アップグレード』
(ユニバーサル映画 /パルコ配給)
      (C)2018 UNIVERSAL STUDIOS
 
  オフィシャルサイト[日本語][英語]    
  [10月11日より渋谷シネクイントほか全国ロードショー公開予定]   2019年9月28日 サンプルDVD観賞
       
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
  B級SFだが,痛快アクションとラストが印象的  
  公開日からすると,本誌9・10月号で紹介すべきだったのだが,最近までこのSFアクションの存在を知らなかった。監督や出演者の顔ぶれからすると,どう考えても低予算のB級SFである。あらすじを読むと,時代設定はAIチップが威力を発揮する近未来社会で,予告編からはVFX的にも結構見どころはありそうに感じた。メジャーではないが,いくつかの映画祭で観客賞を得ているらしい。
 既にマスコミ用試写会は終了していたので,配給会社から提供されたサンプルDVDで観ることになった。なるほど,観客賞を複数受賞しているだけのことはある。SF映画史に残るほどの名作ではないが,エンタメとしては上々だ。当欄にとって,技術分析も含め,語るに値するネタも沢山ある。DVDで観たのは正解だった。細部を詳しく見直すのには最適だった。
 主人公のグレイ・トレイス(ローガン・マーシャル=グリーン)は自動車修理工で,妻のアシャ(メラニー・バレイヨ)と共に,修理済みのヴィンテージ・カー「ファイアーバード」を巨大IT産業ヴェッセル社の経営者エロン・キーン(ハリソン・ギルバートソン)に届けるところから物語は始まる。帰路,夫妻の乗った自動運転車が暴走して制御不能となり,人気のない波止場で横転して,ようやく停止する。そこに突如現れた謎の組織の一味にアシャは射殺されて落命し,車から引きずり出されたグレイも撃たれて重傷を負う。一命は取り留めたものの,首から下が麻痺状態で四肢が使えなくなったグレイは,妻の仇を討つため,組織への復讐を誓う。エロンの勧めにより,ヴァッセル社が開発したAIチップ「STEM(ステム)」の力を借りて歩けるようになる道を選択する……。
 製作は『パラノーマル・アクティビティ』(07)や『ゲット・アウト』(17年11月号)をヒットさせたジェイソン・ブラム,監督・脚本は『インシディアス』シリーズの脚本を担当したリー・ワネルだ。このコンビは,ホラー性のある低予算作品で,企画力・脚本力で成功しているようだ。上記3名以外の出演者は,女性刑事コルテス役にベッティ・ガブリエル,グレイが対峙する暗殺者集団のリーダー「フィスク」役にベネディクト・ハーディが配されているが,いずれも当欄で名前を挙げるのが初めての脇役俳優である。
 映画全体の評価としては,肩の凝らないSF映画だが,緊迫感は十分ある。SF映画として,確たる思想性がある訳ではないので,観る側も未来社会への警鐘などと小難しく考える必要はない。途中までは痛快アクション映画として楽しめ,終盤は展開の意外性を味わえる。ラストの落ちは良かった。この結末の印象で,記憶に残る映画である。
 
 
  実用化技術の延長線上にある近未来とその可視化  
  映画中で登場する先端技術とその可視化を支えるCG/VFX技術を,当欄の視点から論評しておこう。
 ■ 最新のAI機能を搭載したMPU「STEM」は,奇妙な虫のような形をしている(写真1)。まるで生き物であるかのように見せたいだけで,このチップの接続子の形状に大して意味はない。グレンは手術を受け,このチップを頚椎部に埋め込まれる(写真2)。四肢を動かす神経が切断され,脳からの信号が途絶えているだけだから,それを仲介する役目を果たすのだという。手足を動かしたいという意志を筋電位計測で検出し,金属製の義手や義足を動かす身体補装具は既に実用化されているが,その発展形だと考えられる。本作では,手足には何も付けず,STEMからの信号だけで,グレンの手足が動き,歩けるだけでなく,激しいアクションもこなせるようになる。基本モードはグレンの意志が主導権を取るが,グレンの許可で単独行動モードに入ると,STEMが勝手に敵の動きを察知し,グレンの手足を操って,次々と敵をなぎ倒す。この設定が頗る面白く,痛快アクションシーンの連続だ。人工的なチップを入れているので,ある種のサイボーグであるが,生身の肢体がAI機能で動作するので,SF作品でお馴染みのアンドロイド的な描き方だとも言える。

 
 
 
 
 
写真1 AIチップのSTEMは虫のような形をしている 
 
 
 
 
 
写真2 四肢を動かす信号を送るため,STEMはグレンの頚椎部に埋め込まれる 
 
 
  ■ STEMはグレンに語りかけて来て,指示を求めたり,AIによる情勢判断を伝えたりする。骨伝導を通した会話なので,他人には聞こえない。1人でスマートスピーカーに向かい,AlexaやSiriに語りかける,あの感じの会話である。かく左様に,既に実用化されている最新技術の延長線上を描いている。なるほど,これは「改良版(アップグレード)」だ。近未来はこうなっても不思議はないと思わせるリアリティが随所で見られる。例えば,夫妻の自動運転車はもう普通に市中を走っている。他のクルマの大半はまだ旧式で,運転者の姿も見られるから,まだ全面的に普及してはいないようだ。警察は市中監視にドローンを使っているが,いわゆるマルチコプター・タイプではなく,少し武骨な大型のものだ。負傷したグレンの家庭内では,介助ロボットが食事補助をしたり,投薬もしてくれる(写真3)。STEMは万能のように見えて,アナログ式の盗聴器を発見できず見逃しているし,電気自動車以外は遠隔制御できない。このエピソードが面白く,思わずニヤリとさせられる。
 
 
 
 
 
写真3 車椅子生活のグレンをロボットアームが介助する 
 
 
  ■ 上記の近未来の先端技術は,CG/VFXで可視化されている。都市部の高層ビルの景観,グレン宅の居間のインテリア,手術室のデザインや手術中の半透明表示のビジュアルセンスは悪くない。エロンが操作する大型壁面ディスプレイ(写真4)には,手で触れられそうな雲が立体的かつリアルに投影されている。いずれも短い時間しか映らないのが残念だ。その他,掌に埋め込まれた銃(写真5),暗視&透視機能のある眼球カメラ,腕に表示されるARディスプレイ,フィスクの呼気から発射されるマイクロ殺人兵器等々も登場する。さほど高度なCG表現ではないが,低予算映画の枠内でかなり健闘していると言っていいだろう。CG/VFXの主担当はCutting Edge社で,副担当としてVan Dyke Visual Effects社の名前もあった。
 
 
 
 
 
写真4 リアルな雲まで表示できる大型立体ディスプレイ 
 
 
 
 
 
写真5 掌の発射口から弾丸や火炎が射出される
(C)2018 UNIVERSAL STUDIOS
 
 
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