O plus E VFX映画時評 2024年10月号
(注:本映画時評の評点は,上から,,,の順で,その中間にをつけています)
当映画評のメイン欄としては飛び切りの異色作である。既にCG/VFX多用作の解説を初めて四半世紀以上になるが,こういう出自の映画が登場するのは初めてで驚いた。元は日本のTVアニメだが,その実写映画化は何も珍しくない。邦画の若者向き映画では,コミックやアニメが原作なのは日常茶飯事である。そこに怪物やロボットが登場とするとなると,「実写+CG」で描くのも当然だ。CG/VFXに多額の製作費をかけるなら,「コミック→TVアニメ→劇場用実写映画」は王道で,話題を呼んだ『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN 』(15年8月号)や『鋼の錬金術師』(17年12月号)はその典型例であった。
本作の場合はコミックが原点ではなく,1970年代後半にTV放映された東映アニメの『超電磁マシーン ボルテスV』が元であり,これを「実写+CG」の劇場用映画『ボルテスV レガシー』にしたようだ。「ボルテスV」は「ボルテス ファイブ」と読む。5色のカラフルな戦闘スーツの隊員たちがいるから,所謂「戦隊もの」である。本作のメイン画像(表題欄)を見ると,アニメ版と同じ赤と青の配色の巨大ロボットがメカっぽさを強調して描かれている。なるほど,これは間違いなくCG描画であり,背景のビル群や雲もCGなのだろう。となると,当然CG/VFXの実績のある東映アニメーションのもつ技術力で達成したのだと思った。ところが,何とこれはフィリピン映画であり,監督・脚本,俳優,撮影,編集やCG/VFXまで,すべてフィリピン製であるという。同じアジア人であるから,顔立ちに違和感はない。
そもそも,これまでフィリピン映画など観たこともなかった。欧米のアクション映画でマニラを舞台にしたシーンが登場することはあっても,丸ごとフィリピン映画は初めてだ。今月の「論評 Part 2」の『ジョイランド わたしの願い』も同様にパキスタン映画は初めてだったが,米国の大学院で映画制作を学んだ監督であったから,長編デビューで立派な劇映画を作ったことに納得した。一方,本作は普通の劇映画ではなく,CG/VFX多用作である。監督もどこかでVFXを学んだのかも知れないが,フィリピン国内に技術力のあるVFXスタジオがないと観賞に堪えるクオリティにはならない。そこで予告編1本を観たが,これがかなり見事な出来映えで,結構様になっているではないか。おまけに5人の戦士の飛行艇が合体して巨大ロボットになる。もうこうなると『トランスフォーマー』シリーズと比べ得るVFX映画に仕上がっているのか,お手並み拝見しようと,大きなスクリーンで細部まで点検することにした。
【本作の概要と登場人物】
地球から1万光年以上離れた蠍座の球状星団にあるボアザン星の侵略軍が地球に到来した。NY, ロンドン,パリ等の大都市は破壊され,地球は未曾有の危機に瀕した。もうこの時点で既にCGはフル出動で,エッフェル塔も万里の長城もCGで描かれていた。ボアザン軍の宇宙空母と思しき巨大艦の動きは,お馴染みの『スター・ウォーズ』のイントロ風で,これはご愛嬌だった。
その後の物語は,すべて地球表面とその上空で展開する。オスカー・ロビンソン司令官は,地球防衛軍を組織して防戦する。ボアザン帝国地球侵略軍のリーダーは皇帝の息子のプリンス・ザルドスで,地球を見下ろす戦闘指揮艦スカールークから攻撃の司令を発していた。とりわけ,巨大獣型ロボット「ビースト・ファイター」は強力で,海から現われた「ドクガガ」は防衛軍の空母や戦艦を壊滅させてしまう。蛾のように空も飛べて,戦闘機を一蹴してしまう。
その頃,地球の前線基地「ビッグファルコン」には,5人の若者が集められていて特別訓練を受けていた。スティーヴ,ビッグ・バート,リトル・ジョンのアームストロング3兄弟,マーク・ゴードン,そして司令官の娘のジェイミー・ロビンソンである。彼らは,3兄弟の母であるマリアンヌ博士が秘密裏に開発した5機の高性能ボルトマシンに搭乗して,ボルテス編隊として出撃する(写真1)。各ボルトマシンに備わっていたクロウ・ブーメランやボンバー・ミサイルといった新兵器はボアザン軍の兵器を打ち破ることができたが,屈強なドクガガには歯が立たなかった。
その時,ボルテス・チームの指揮官であるリチャード・スミス博士から5機の合体指令が出される。全員が同時に赤いボタンを押し,「レッツ・ ボルトイン!」のかけ声で合体したボルトマシンは,巨大な人型ロボット「ボルテスV」の姿となった(写真2)。ドクカガと対峙したボルテスVは,特殊な超電磁テクノロジーや長く延びる「天空剣」を振るって,ようやくこれを倒す(写真3)。ところが,ボアザン側はもっと強力なビースト・ファイターの「バイザンガ」を繰り出してきたため,さらに壮絶なバトルが繰り広げられる(写真4)。果たして,ボルテス・チームの5名は地球を守ることができるのか……。
言葉以外は,フィリピン臭は全く感じなかった。ストーリーは単純明快で,お子様映画の域を出ない。この種のロボット対決映画に懐かしさを感じない観客には,他愛もない映画に過ぎない。そもそもアニメの『超電磁マシーン ボルテスV』の実写版リメイクなのだから,それは以上を求めるのは酷である。思わず涙する感動ドラマやあっと驚くドンデン返しの映画を期待していた人はいないはずだ。監督はかつての大ヒットアニメを大好きだったフィリピン国民しか意識していないし,本稿で論じるのは,VFX史の中での位置づけ,出来映えだけである。
途中何度アニメ版の主題歌だった「ボルテスVの歌」が,元の日本語の歌詞のままで流れる。ただし,さすがに原曲を歌った堀江美都子の声ではなく,本作の挿入歌はフィリピン人歌手が日本語で歌っていたようだ。いつもなら,主演級俳優や主な助演俳優を紹介するのだが,全く知らない俳優ばかりなので,名前も過去の出演作も割愛する。
前述したように,同じアジア人の顔立ちなので,日本人にもいそうな俳優たちである(写真5)。吹替版の日本語のセリフで観ても,全く違和感を感じない。個々にはアニメ版の顔とは余り似ていないが,3兄弟の太めの次男,まだ子供の三男はそれらしいイメージを醸し出している。長男のスティーヴや補佐役のマークを演じる俳優は,いかにもジャニーズ系の顔立ちだ。敵方のプリンス・ザルドスもかなりのイケメンだった(写真6)。これじゃ敵に見えないので,もっと悪役面の俳優を起用すべきだと思ったのだが,原典のアニメ版も美男だったので,それを踏襲したためのようだ。
助演の大人の俳優は,さほど日本人には似ていなかった。ロビンソン司令官は少し滑稽で愛嬌のある顔立ちで,いかにもフィリピン人だと感じた。スミス博士もマリアンヌ博士も顔はアニメ版と似ていないのだが,この実写版の後でアニメ版を観たら,雰囲気はそっくりだった。メイクや口調で原典のアニメに極力近づけようとしていたことが感じられた。
監督名だけ記しておくと,「マーク A. レイエス V」で,偶然なのか最後に「V」がつく。生粋のフィリピン人の監督・脚本家で,1990年代からTV分野で活躍して来たが,映画は既に16本の監督経験があるようだ。予告編やメイキング映像にも登場し,「ボルテスV」への熱き愛を語っている。
【原作アニメとフィリピンでの熱狂】
原典であるTVシリーズ『超電磁マシーン ボルテスV』は40話が作られ,1977〜78年に毎週土曜日の18時からテレビ朝日系で放映されていたようだ。映画化の企画もあったが,実現しなかった。東映製作,長浜忠夫監督のTV放映用ロボットアニメとしては,3部作の2作目に当たる。当時としてはかなり力を入れたシリーズで,名作と評価されている。映像作品としては,定番の「戦隊もの」に「合体ロボット」の併せ技である。この種のアニメは登場するロボットは,提携するトイ市場でもヒット商品となることが当てにされている。合体後の「ボルテスV」のデザインだけでなく,チームの1号機から5号機までのボルトマシン(飛行艇)のデザインも重要であり,商品としては敵側の獣型ロボットも次々と登場させる必要がある。
いつものように世界各国に輸出されたが,手の込んだ製作方針が斬新に見えたのか,特に1978年から放映されたフィリピンで大人気を博し,最高視聴率は58%に達したという。大人も含めた国民の認知度は92%だったそうだから,ほぼ全国民がこのアニメを知っていた訳である。余りの過熱ぶりと子供教育への悪影響を懸念して,最終回を待たずに大統領令で放映禁止になったという。20年後の1999年に再放送が始まり,リバイバル大ヒットした。その後も何年かおきに再放送されているのは,我が国の『ウルトラマン』シリーズ等の場合と同じである。
フィリピンでの「実写+CG」によるリメイクは,2020年にその計画が発表された。最終的には,原典を上回る90話のTVシリーズとそれを要約した映画版1本が完成した。フィリピン国内では,2023年4月にまず映画版が劇場公開され,それを追ってTVシリーズが5月に放映開始された。日本の「TVアニメ→実写映画化」の実情とは逆順である。これは,劇場版『沈黙の艦隊』(23年9月号)とネット配信版『沈黙の艦隊 シーズン1~東京湾大海戦~』(24年2月号)の関係を思い出す。今後,映画館興行の価値が下がって前座扱いとなり,ネット配信ドラマの方が高い地位を占めて行くことも十分考えられる。
今回の東映配給での日本公開版は,フィリピン国内での映画版に未収録シーンを増やして再編集し,CGの品質も向上させた「超電磁編集版」とのことだ。故郷に錦を飾るのに「恥ずかしいものは見せられない」の思いなのかと感じる。何しろ,宣伝文句は「フィリピンの大き過ぎる愛で実写化!」である。この「超電磁編集版」の公開を機に,旧作アニメ40話の期間限定無料配信や,フィリピン版の20話のTOKYO MXでの放映も始まるようだ。
既にYouTubeでは,旧作アニメの何話を見ることができた。筆者の場合は,本作のマスコミを観た後に,旧作を数本か観たが,至るところで驚くほど似ている。とにかく原典からの変更を最小限に留め,映像クオリティだけ上げて,誰もが旧作のシーンを思い出すように配慮している。実写リメイクとはいえ,ここまで徹底している例は見たことがない。それだけ「ボルテス愛」が強い訳である。ハリウッド版ゴジラには,そこまでの愛は感じられない。
【フィリピン製CG&VFXの出来映え】
まず見比べようとしたのは,本作の数日後に観ることになっていた『トランスフォーマー』シリーズの最新版である。これは半分空振りに終わってしまった。公開順は逆だったので,既に『トランスフォーマー/ONE 』(24年9月号)として掲載済だが,同作は「実写+CG」ではなく,フルCGアニメであった。これでは,まともな比較対象にならない。よって,同シリーズの旧作数本を部分的に見直した。
本作の日本語公式サイトのMOVIE欄では,8本もの予告編の類いが用意されていて,「VFXメイキング映像」も含まれている。その中のBefore/After映像や予告編で登場するシーンも使いながら,出来映えを論じたかったのだが,残念ながら(1点を除いて)掲載許可が降りなかった。よって,以下は在り来たりのスチル画像だけでの解説となることを断っておきたい。
■ 総じて言えば,フィリピン映画が欧米豪の著名スタジオに外注せず,国内だけでここまでCG/VFX技術をマスターしていることは驚きであった。その一方で,CGクオリティ的には,ハリウッド大作に比べると10数年以上の差があると思う。技法的にはオーソドックスな手法を採用しているので,質感では合格水準にあるが,何ヶ所かでデザイン的にチープだなと感じた。もっとも,邦画の場合でも,山崎貴監督作品以外は,お粗末さを感じることは多々ある。レンダリングは,既存のツール類を使いこなせれば大きな差は出ない時代になっている。一方,デザインセンスはCGアーティストの感性に頼らざるを得ないので,最初から美的感覚の優れた人材を集めるか,経験を積んで向上させるしかない。今年紹介した『流転の地球 -太陽系脱出計画-』(24年3月号)で分かるように中国のレベルは相当上がっているし,『ジガルタンダ・ダブルX』(24年9月号)で言及したようにインド映画界は層が厚い。
■ どのVFX大作もそうであるように,冒頭シーケンスには力を入れる。本作もその例に漏れず,ボアザン帝国侵略軍の地球の大都市攻撃は見応えがあった。「VFXメイキング映像」からも分かるように,市街地のモデリングにはかなり力を入れている。その他のシーンの背景部がややお粗末に感じるのは,お手本にした旧作アニメ版の背景描写がプアだったからかも知れない。この点では,『トランスフォーマー/ONE』のアイアコンシティの描写とは格段の差がある。
■ その一方で,ボルテスVやビースト・ファイターたちのモデリングや金属光沢の質感,陰影表現は十分合格点である。写真7を見れば,ボルテスVの巨大さがよく分かる。色も形も原典アニメを損なわない範囲で,しっかり逞しい巨大ロボットに描けている。バイザンガと戦う際に登場するバズーカ砲(写真8)もアニメ版を真似たのだろうが,もう少し斬新なデザインでも良かったかと思う。5人が乗る各ボルトマシンのデザインも同様だ。合体シーンも少し大人し過ぎる。『トランスフォーマー』シリーズは,その1作目『トランスフォーマー』(07年8月号)から変形・変身の動きとスピード感が魅力的だった。それと比べたくなるのは当然だから,ボルテスVへの合体シーンにも同シリーズの要素を取り入れるべきだったと思う。即ち,各ボルトマシンを一旦いくつかの部品にバラして,そこからボルテスVに組み上げる感覚である。
■ 敵側のビースト・ファイターは,監督の言う通り,原典アニメのトンボ,魚,カメでは滑稽で威圧感がない。これは一新して,オリジナルの醜悪で重量感のあるドクガガとバイザンガにしたのは正解だったと思う(写真9)。欲を言えば,2体だけでなく,もう数種類欲しかったところだ。これは製作費の限界だったのだろうか? TV版の90話の中にはもう何種類か作られていたのなら,「超電磁編集版」に加えて欲しかった。ボルテスVとのバトルは,手を変え品を変えで延々と続くのは良いとして,途中からはロボットの躯体に汚れや傷を加えて描くべきである。破損して,部分的に欠けて行くシーンも欲しかった。そうでないと漫画的に見えてしまう。ゲームでは難しいが,映画でならできるはずだ。天空剣も刃こぼれがあってしかるべきだ。全体的にロボットの質感は悪くないが,動きにはまだまだ改善点があると感じた。格闘技の殺陣をCGアニメに活かす技も経験の積み重ねであり,この点では『トランスフォーマー』シリーズは1作毎に進化していた(映画としては面白くなかったが)。また,戦いの中で発生する爆発や炎の描写も今イチだった。
■ 地球防衛軍の前線基地ビッグファルコン(写真10))とボアザン軍の髑髏型指令艦スカールーク(写真11)は,いずれも好く出来ていたと思う。一目見て,アニメ版とそっくりと感じさせる形状でありながら,CGモデルとしてはかなりの細部までしっかりとデザインされている。この2つの描写には,相当なマンパワーをかけたと思われる。
■ ビッグファルコンの内部も同様だ。唯一例外的に提供されたのが写真12である。劇中では,2種類の卓上型3Dホログラムディスプレイと思しき機材が登場していた。これはアニメ版にはないオリジナルだろう。1つは予告編にも登場するロビンソン司令官が使うタイプで,半透明の地球が表示されていた。もう1つはこの画像にあるもので,主にスミス博士が作戦会議に使い,市街地の建物がワイヤーフレーム表示されていた。いずれも,SF映画やスパイアクション映画に再三登場する定番の情報提示機器であり,何も珍しくない。これを自分の映像作品で描けたことが,レイエス監督には余程嬉しかったのだろう。後者は劇中で執拗に何度も登場する。少し微笑ましい。
■ 写真12の背景には,階段の上に5つの椅子が描かれている。これはエレベータ機能のある椅子で,ボステス・チームの5人がこれに座って上から降りて来て,各自のボルトマシンに乗って出撃するというシーンが登場する。椅子の上の番号はメンバー番号であり,ボルトマシンの番号にも対応している。即ち,真ん中の1番はリーダーのスティーヴの席であり,端の5番は紅一点のジェイミーの席と言う訳である。この椅子型EVの周辺のデザインも各メンバーの降下から出撃までの行動も,ほぼ完全にアニメ版にそっくりである。またもやこの場面でも,ここまで似せるのかと呆れるが,それを泣いて喜ぶフィリピン人ファンのために作られた映像作品であるので,他国の観客がとやかく言う筋合いの映画ではないのが本作である。日本のアニメは世界的商品であるが,それをこうしたVFX映画として実写リメイクしてくれたことは,当欄にとっては喜ばしい限りだ。
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